銀河太平記・246
世界中のプライベートボートの最高峰は孫大人の筋斗雲。第二が劉宏大統領のオイド。その第二のオイドと遜色が無いのがマイさん(実は児玉元帥)のボート。マイさんのボートもオイドを原型にさまざまな改良が成されて別物と言っていいものなんだけど、マイさんは単に『ボート』とか『うちのボート』としか呼ばない。
そのボートに乗ってモンゴル平原を目指している。
ロシアが南に下ってきている。
ロシアは最初マンチュリアに下りてきて沿海州から鴨緑江辺りを切り取るつもりだった。半ば観測のつもりで撃った弾道ミサイルが全弾撃ち落とされ、防備が硬いことを知ってモンゴルに目標を切り替えた。
最終目標は極東において不凍港を獲得し太平洋から世界に進出しようと言う、数百年前の帝政ロシア時代からの夢だ。
この宇宙時代に不凍港もないのだけど、民族的、あるいは国家的生理というのは動かしがたい、あるいは度しがたいもののようだ。
中国は漢明という核を広げようか、あるいは核のまま充実を図ろうか迷っている。
中国は大帝国になると80年、長くとも100年で衰退と分裂の時代に入る。今の中国は漢明という国号の通り、ほぼ漢民族だけで結束した国。劉宏大統領は心の奥では漢明のまま国力の充実を図ろうとしている。その方が強く安定した国家になることを理解しているんだ。
いかつい将軍の姿を捨てて王春華の可憐なボディーにPIしたのは、不慮の事故のためだと言われているが、わたしもマイさんも大統領の深慮遠謀だと思っている。
しかし、いかに劉宏大統領が可憐な姿になって中華の充実と世界の平和を願っても、漢明十億の本能を制御することは難しい。偉大な軍人であり政治家である彼は戦いながらも、絶えず現状での落としどころを探っているはずだ。
だからこそ、マイさんはシマイルカンパニーのオイドを駆って西太平洋を超えてモンゴル平原を目指している。
今次のモンゴル事変の成り行きと、劉宏大統領の目の色、心の在りかを確かめるために。そして、事変規模の紛争を戦争に拡大させないために。
「それに、どうやら孫大人もしゃしゃり出てきているようだしね」
「え、あ、そうですね(^△^;)」
心の中で思いを巡らせていただけなのに、しっかり読まれて、まるで会話していたかのように言葉が返ってくる。マイさんも油断がならない(^_^;)。
「向こうに着いたら戦うことになるんだろ、西之島戦争からこっち、実戦やってねえから、体が疼いちまってよ~」
「アハハ、しょうがない奴だなあ、ハナは」
「あ、いや、あくまで自衛のためしかしねえし」
「メグさん、ちょっと鏡見せてやってよ」
「はい」
「あ、いらねえって! あ、止めてよオートミラーは!」
首を動かしても目をつぶっても見えてしまうオートミラーを強制モードにしてやる。
「あ、アハハハ……可愛くし過ぎなんだよメグさんはぁ(''='')」
「長いことほったらかしにしといたし、年が明ければ18なんだし。日本の法律だと、もう成年だぞ」
「わ、分かってるよぉ(n*´△`*n)」
「あ、またフーちゃんの放送が始まるわよ」
マイさんが目の前をワイプするとフロントガラスの前に仮想モニターが現れた。
『ニーメンハオ漢明軍のみなさん。こんにちは世界のみなさん。胡盛媛がお送りします『KMミリタリー』の臨時ニュースです。昨日から散発的にロシア軍とモンゴル騎兵部隊との戦闘が続いていますが、今朝、未明から大きな動きがありました。青銅の騎士たちに包囲され身動きが取れなかったリムジンとドライジンの部隊ですが、未明にテムジンがわずか十数騎を引き連れて奇襲攻撃を加え、騎兵一個中隊と青銅の騎士二体を撃破しました。青銅の騎士は、それぞれ首と右腕を失いましたが完全な破壊には至っていない模様です。破壊には至っておりませんが、ロシア側は大事をとって部隊を数キロ下げた模様です。テムジンの部隊には10名ほどの戦死者が出た模様で、ただいまは、戦死者の回収と負傷者の治療にあたっているようです。軍事用語では戦場整理と申しますが、これは、おそらく数時間で終了になり、午後には再び戦端が開かれる見込み……え、あ、部長から、我々も前線に出るようにと命令を受けました、え、あ、ちょ、部長……』
『オホン、ロシア軍は思いのほか慎重、最前線での実況も可能なようなので、乾坤一擲のレポートをお送りしたいと思います(^▽^)』
「なんだか、いろいろ面白いことになりそうね」
水平線の向こうに八重山諸島が見え始め、オイドは進路を北に向けて沿海州を目指した。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー
- テムジン モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
- 朱 元尚 大佐 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟