一丁目と二丁目の境には崖がある。
崖と言っても二メートルほどの高さで、石垣やコンクリで固められていて、難しい言葉では法面というらしい。法面って読める? ノリメンと発音するらしいよ。聞き慣れない言葉だしピンとこない。
でも、越してきて間がないわたしには、人の行き来を拒み続ける崖という感じ。
一丁目に家があって、三丁目にある学校に通うには、この崖が邪魔だ。
五十メートルほど迂回すると、崖は数十センチほどに大人しくなって、横断する坂道や段差も現れる。
だから、そういうわたしでも通れるところまで迂回して学校に行く。
その一丁目側の崖の縁には百坪ほどのお屋敷が並んでいるんだよ。
「お屋敷だねえ……」
初めて転入の手続きのために通った時、そう呟いたら「やくもの家だって同じくらいじゃん」と、お母さんは笑った。
わたしは、まだ家に馴染めていなかったので、こういう広くて大きな家を見るとお屋敷と感じてしまう。
お母さんは、わたしが新しい環境に物怖じしないように軽く言ったんだ。
お母さんにとっては生まれ育った家と街だから物怖じなんかしない。わたしを元気づけようとして言ったんだ。けして百坪の家を軽んじて言ったわけじゃない。
「わたしのころはお友だちの家があってね……ええと……ほら、この家」
それは昭和の初めごろからあったんじゃないかと思うくらいの木造二階建て。瓦が重々しくて、屋根はお城みたい。壁は杉かなにかの木の皮が貼ってあって、窓なんかは木製の雨戸が閉められている。庭は手入れされていない庭木やなにかが猛々しく茂りっぱなしになっている。生け垣の隙間から一階の一部が覗いていて、木製のサッシが見えたので、まだ人は住んでいるんだろうか。聞いてみたい気持ちはあったけど、なんだかはばかられた。
「脇のくぐり戸を通って庭を抜けさせてもらってたの、ほら、お厨子の屋根が見えるでしょ?」
「おずし?」
「神社のミニチュアみたいなの……」
ピョンとジャンプしたら見えた。会社の庭とか屋上とかにありそうなやつだ。色褪せた小さな鳥居があって、銅の屋根が錆びまくって、そこだけ鮮やかな薄緑。
続きは崖を迂回してからだった。
「ここに出てくるのよ」
お屋敷の裏手はお城のような石垣になっていて、古城のように苔むしている。
少し窪んだところがあって、お母さんが指差したのは、その窪みにしつらえられた石段だ。
石段は道路に沿って十段ほどあって、クニっと窪みのところでLの字に折れ曲がり崖の上の裏門に続いている。なるほど、ここを通れば五十メートルの倍で百メートルは近道できる。
でも……他人様のお屋敷。
人は住んでるようだけど、お化け屋敷ぢみて見える。お母さんの口ぶりでも、このお屋敷の住人とはとっくに付き合いが無くなっている感じだ。
それから一か月。
わたしは近道することもなく、大きく崖を迂回して学校に通ったのだった。
今日まではね……。