イスカ 真説邪気眼電波伝・24
『中庭のバトル・1』
鬼の形相というのは比喩とかデフォルメとかじゃない!
もう、まるっきりの鬼だ!
薄くなった髪の毛は逆立ち、まるで脳みそが茹って湯気を立てているように見える。目と口は釣り上がり、メリメリと音を立てて裂けている。貧弱な体のくせに肺活量が並の十倍ほどに感じられ、荒い息をするたびにゴジラのようにゴーゴーと音がする、血管が赤や青に浮かび上がり、呼吸の度に膨れ上がりグロテスクなマスクメロンのようだ。
「生徒の分際で教師をコケにしやぐゎって……佐伯いいいい、ちょっとばかり可愛いからって、たてつきやがってえええ……そうだよおおお、おまえの言うとおりだったよ。ネットで調べたら、おまえの言う通りだったさ! オレは驚愕のあまり椅子からずり落ちて、もうちょっとでチビってしまうところだったよ……どこ見てんだあ? こ、これは机の上のお茶をひっくり返したからで、けっしてチビったわけじゃないからなあ……お、おまえら、廊下で笑ってただろう……ささいな間違いを、鬼の首とったみたいに笑ってただろう……可愛い綺麗な顔しながら、そんなクズの劣等生といっしょになってええええええ!」
「そ、そんな、笑ってなんかいません」
「ぐへへ……怯えやがって、怯えても可愛いって反則じゃねーかああああ!!」
ベキっと音がして、眼鏡が弾け、ブチっと音がしてシャツのボタンが跳んだ。
「こ、怖い」
佐伯さんが腕にしがみついてくる、オレも怖いんだけど、生意気にも佐伯さんを守らなきゃって気がしてくるぞ。
「ネトゲしかできない面汚しがあ……なんだよ、そんなゲームのモンスター見るような目で見やがってえ……!」
バリ!
服が裂けて肌が露出する……それはもう人ではなかった、ムリムリと盛り上がった肉はひび割れて臭くて赤黒い体液をタラタラとこぼしてオレたちに近寄ってくる。
「オレから離れないで……」
震えながらも、オレは佐伯さんを庇った、庇いながら中庭の奥にジリジリと後ずさる。
「い、いっしょに、く、くくく、食いち……ぎってや……るるる……さ、佐伯ききき、クズといっしょに噛み砕かかかか……かれて……し、し、しまえええええ!」
グワッ!!
赤い口を開けて跳躍したそいつは、もはや人間じゃなかった。
レモンほどの大きさに膨れた瞳は蛇のように縦長で、口からはみ出た舌は腕の長さほどもあって、チロチロ二枚に分かれている。
「危ない!」
佐伯さんを抱えて遊歩道を転げる。二人の下でシャワシャワと枯れ葉が砕け晩秋の香りが鼻孔に満ちる。
秋の匂いって枯れ葉の匂いだったんだ……呑気な感動をする。その秋の香りが香ばしくなって……と思ったら、モンスターが火を吐いて、舞い上がった枯れ葉の屑を焼いているのだ!
グエ!
奴のかぎ爪が伸びてくる! させるか!
佐伯さんを抱えたまま身を捩る! ビシュッ! 背中に衝撃!
「キャーーーー!」
「大丈夫、佐伯さんには掠らせもしないから!」
「血……背中から血が」
オレの背中に伸ばしていた手に血が付いたようだ……どうやら制服の上着ともども背中を切られた。
グエエエエエ!
セイ!
花壇の縁に足を掛け、その反動で転げる! 佐伯さんと俺の頬が密着する。暖かくて柔らかくていい匂いがする……こんな状況に置かれてなお……いや、この余裕なら、まだ大丈夫! ネトゲで鍛えたバトルの感覚はダテじゃねえ!
と思ったら、中庭の縁にぶち当たって逃げ場所が無くなってしまった!
「北斗君!」
振り返るまでもなく、奴が迫ってきたことを感じる!
セイ!
佐伯さんを抱えたまま跳躍……できるわけがない、ネトゲの勘は働いても、身体能力はヘタレの高校二年生だ。
せめて佐伯さんだけでも……思う自分を健気に思う。
でも、万事休す! 全身を盾にして佐伯さんを強く抱きしめる!
バシッ!!
先ほどとは比べ物にならない衝撃が背中に走った!