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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・81《かえでとすみれ》

2021-05-13 05:41:07 | 小説3

レジデント・81

《かえでとすみれ》    

 

 

 

 ここからは歩いていくわよ。

 

 消防車のエンジンキーを切ると、ため息一つついてビッチェが言った。

 よっこらしょっとステップから降りると、サワっと肌感覚があって着物姿になってしまった。

「あ、あれ?」

 戸惑っていると、消防車のノーズを周ってきてビッチェが……ビッチェも着物姿だ。髪も時代劇、それも江戸時代よりも前のヒッツメみたく束ねたもの。

「バックミラー見てみ」

 ミラーに映った自分も時代劇……なんだけど、束ねた髪はお姫様みたく横から垂れてるのが無くて素っ気ない。麻生地の船形袖で、丈は膝までしかなく、清潔な着物なんだけど、薄い緑色に白抜きの葉っぱが散ったような柄。

「時代が分かったら、後ろのステップの荷物、一つ持って」

「う、うん」

 後ろに回ると一抱えもある甕が二つ並んでいる。

 薄汚い甕だけど、口の所だけは真っ新な紙で覆って清々しい紙紐でくくられて、お祝いの品かなあと思う。

 二度目のよっこらしょで、ビッチェと一つづつ抱える。

「ま、入れ物込みで一貫目だから、ちょっとの辛抱ね」

「一貫目?」

「あ、3.75キロ。尺貫法の時代だからね」

「尺貫法の……?」

 そう言って、ビッチェが小さく右手を振ると消防車が消えた。

「ここでのアレコレが終わるまでは隠しとくの、この時代に消防車は無いから」

 そう言ってスタスタ歩き出す。

 チャプンチャプンと音がして、この匂い……中身はお酒だ。

 視界が広くなったと思ったら、今までいたのが、ちょっとした鎮守の森。トトロが出てくるのに相応しい。

「確認しとく、真凡、今の名前は?」

「かえで……あれ?」

 他にもいろんなことが頭の中に湧いてきて、わたしは四百年以上昔にリープしたことを知った。

 ビッチェはすみれだ。

 

「やあ、ご苦労だった!」

 

 森の外周を周って来たのだろう、痩せぎすだが敏捷そうな体の上に顔の表情筋を120%嬉しさに動員した小男が駆けてきた。

 なんだ、この陽気な120%は?

「なんとか手に入りましたよ熱田のお酒。ここで渡していいんですよね」

「ああ、すまん……いや、いっそ、付いて来てくれんか」

「あ、また思い付き」

「そう言うな、わしの思い付きは日枝神社のご託宣と同じじゃ、きっといい目が出る!」

「じゃ、お手当は十文増しね」

「いやいや、おぬしらにはかなわんなあ!」

 二人のやり取りを聞いて、やっと分かった。

 

 この大声の小男は、やっと公に姓を名乗り始めた藤吉郎……のちの豊臣秀吉だ!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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真凡プレジデント・80《東京タワーの上半分》

2021-05-12 05:00:02 | 小説3

レジデント・80

《東京タワーの上半分》     

 

 

 ガルパンのお蔭なのよ

 

 含羞を含んだ声でケイ・マクギャバン軍曹が言うと、境内に散った少女たちがエヘヘと笑う。

「あなたたち、東京タワーの上半分なのよね」

 ビッチェが言うと、エヘヘの笑い声がアハハと膨れ上がる。

 

 そうだ、増上寺の本堂の屋根越しに見えたんだ!

 

 幼い日のお正月、初詣で混雑する境内、お祖父ちゃんに肩車してもらったら、間近に東京タワーが見えてビックリしたんだ。

 しかし、本堂の上は青空が広がるばかり。

「もう少し山門の方に寄ってみたら見えるわよ」

 そんなに低いわけない。

 スカイツリーに取って代わられたとはいえ、堂々の333メートルだ。

「リフトしてあげよう」

 ケイ軍曹が手を上げると、山門付近にいた隊員たちがチアガールがやるようなピラミッドをつくり、アッと思った時には両脇に居た隊員二人に投げ上げられて、おっかなびっくりで三段目に着地した。

 

 あ………………

 

 見えるには見えたんだけど、東京タワーは第一展望台までしかなかった。

 なんだか、カメラを着けずに立っている三脚のようだ。

「リアルには、ちゃんと上まであるんだけどね。ここはスピリッツの世界だからね」

 ビッチェがニヤニヤしている。

「どういうことなの?」

「東京タワーの上半分は、朝鮮戦争でスクラップになった戦車で出来ているんだ。そうだよね軍曹」

「検索すれば分かることなんだけど、意外に知られていなかった」

「ホーー……でも、上半分とは言え、東京タワーになるんだ、大きな戦車だったのね!」

 ガルパンに出てきたドイツのカール自走砲とかマウス超重戦車を思い出した。

「一両じゃないわよ、この境内に集まった人数と同じだけ」

「……九十台?」

「うん。マヒロをリフトしてくれてんのがM24チャーフィー。わたしはM26パーシング、そっちがM4シャーマンの子たち」

 紹介される度に、一群の少女たちが顔を見合わせて微笑む。

 わたしも健二のお付き合いだったけど、映画版のガルパンは知っている。小五らしからぬ知識でガルパンの魅力についてYouTubeの動画を観ながら聞かされたので戦車の名前くらいは「あ、あれか」という程度には分かる。

「それが大事なのよ。M26とかM4とか言われてMサイズの区分とか思われてるようじゃ、たとえスピリッツの世界でも実体化はできない。戦車のことだって分かってもらえて、その何パーセントが――東京タワーの上半分は戦車で出来てる――ことも理解してくれて、初めて里帰りもできるのよ」

「そうなんだ……でも、戦車だったら男のイメージじゃないのかなあ」

「それは、マヒロもさ、わたしたちを見てガルパンのサンダース付属高校を思い出したでしょ?」

「あ、うん」

「ガルパンで、ほとんど忘れられていたわたしたちが思い出されて、その思い出してもらったエネルギーのおかげで実体化できているの」

「ああ、オタクの力だ!」

 嬉しそうに画面に食い入っていた健二の姿が浮かんだ。

「軍曹、まもなく迎えが来ます」

 シャーマンの一人が山門の方を指さすと、十数台の軍用トラックがやってくるのが見えた。

「予定より早いなあ……よし、各自本堂の阿弥陀様にお礼を言って乗車しろ」

 少女隊員たちは、各々の居所で姿勢を正して本堂に一礼して山門に向かって行った。

 

「それで、みなさんは、どこに向かわれるんですか?」

 

「決まってるでしょ、六十五年ぶりのアメリカ」

 ふと、この少女……戦車たちの精霊は戻ってこないんじゃないかという気がした。

「あの……」

「サンクスギビングは向こうで過ごすわ」

「サンクス……?」

 アニメのスポンサーになっていたコンビニを思った。

「アハハ、感謝祭のことよ。クリスマスには帰って来るわ。じゃあね」

 

 九十人の少女……戦車の精霊たちは、わたしには『ゴンべさんの赤ちゃんが風邪ひいた』に聞こえるマーチを口ずさみながら山門を出て行った。

 

「さ、わたしたちも行くわよ!」

 

 ビッチェが消防車のステップに足を掛けながら気合いを入れた。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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真凡プレジデント・79《今度は増上寺》

2021-05-11 06:24:21 | 小説3

レジデント・79

《今度は増上寺》      

 

 

  

 ドスン!!

 

 危うく舌を噛むところだった。

 ビッチェの運転が荒かったのか、昭和草原からの脱出が難しかったのか、消防車ごと空から落ちてきた感じ。

「次元を超えたショックよ、慣れるしかないわね」

 涼しい声は、少しばかり上から聞こえた。

 ウ~ン……………あ~なんかヤバい。

 着地のショックで助手席のシートにめり込んでしまったわたしは、なかなか体を起こせない。

「仕方ないわね……よっこらしょっと!」

「あ、ありがとう」

 引き起こされた助手席から見えたのは二階建ての大きな門。柱や壁が赤く塗られていて瓦屋根。軒は一面の鳥かごのように網がかけてあって……お寺の山門? どこかで見たことがある。

「後ろ見てごらんなさい」

「後ろ?」

 運転席の後ろの窓に目をやると、石段の上に二階建ての大きなお堂が見える。

 見覚えがある……あ、芝の増上寺だ!

 

 小さいころにお爺ちゃんに連れてきてもらったことがある。そうだ初詣だ!

 

 下りてみ。

 いつの間にかビッチェは外に出ていて、少し距離のある所から声がした。

 あ……え……え? え?

 ちょっと違和感。

 江戸時代から将軍家の菩提所として作られた増上寺は東京でも有数の名所だ。

 それが、わたしとビッチェの他は消防車があるきりで、人の気配がない。

 増上寺は緑が多いお寺だけど、木々の上には近隣のビル群が見えるはずだ。それが一つも見当たらない。

「異次元の増上寺よ。でもお寺って聖地だからね……きっと意味があるはずよ」

「ちょっと怖いかも……」

 見上げると空は雲一つない紺碧の青空。

 東京は快晴の日でも、どこか濁っている。

――昔の青空は、こんなもんじゃねえよ――

 初詣の青空に感心していると、お祖父ちゃんが笑ったのを思い出す。

 そのお祖父ちゃんが、ここに居たとしても――いやあ、まいったまいった――そう言って、笑い出しそうな青空だ。

 怖いと思った半分は、この青すぎる空のせいかもしれない。

 

 ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ

 

 山門の方から大勢の人がやってくる音がし始めた……

 

 え……ガルパン?

 

 なつきの弟の健二にせがまれて、お好み焼き屋たちばなの二階で観たアニメ映画のタイトルが浮かんだ。

 女子高生が戦車道とかって部活で本物の戦車に乗ってドンパチやるアニメだ。

 よくバラエティー番組なんかでBGに使ってる陽気なマーチが流れてきて、もとは、このアニメだったんだと思いだす。

 そのガルパンに出てくるアメリカっぽい、サンダース大学付属高校に似ている。

  タンカースジャケット? だったっけ……カーキ色のジャンパーをラフに着た女の子の集団がゾロゾロと山門を潜って来た。

 「やあ、あんたたち、どこの部隊?」

 先頭を歩いていたブロンドが陽気に手を上げた。ガルパンを知っているせいか日本語を喋っているのにも違和感がない。

「ヘル連隊インフェルノ大隊ボトムレス中隊ビッチェ軍曹、こっちはマヒロ伍長」

 ビッチェがおぞまし気な名乗りをする。

「ワオ、あんたたち本物の地獄部隊なんだ」

「あんたたちは?」

「混成部隊。九十人いるけど、みんな所属が違うの。あたしはケイ・マクギャバン軍曹。なんなら全員名乗らせようか?」

「それは成り行きでいいわ。消防車の機嫌次第では、すぐにでも飛んで行ってしまうかもしれないから」

「そうか。じゃあ、あたしたちも小休止! ただし、ここの境内からは出ないように! お迎えが来たときに間に合わなくなるからね!」

 ウーーッス

 ルーズな返事がして、九十人の少女たちは境内のあちこちに散った。ケイのほかに十数人が消防車の周りに集まってくる。

「懐かしいわね、ボンネットスタイルの消防車だなんて」

「あ、あなた……」

 ボンヤリした記憶だったけど、この子は覚えてる。

――告白もしてないのにフラれるわけないでしょ!――

 みんなからイジられて、赤い顔して抗議していた意外に純情な子だ。

「ハハ、憶えていてくれて嬉しいなあ。でも、それ知ってたら名前は勘弁してね」

 頭を掻きながら、純情さんは行ってしまった。

「みなさん、ガルパンのメンバーなんですか?」

 ん?

 境内に散った九十人の視線が一ぺんに集まった。

 

 えと……いけないことを聞いてしまった……?

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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  •  ビッチェ     赤い少女
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真凡プレジデント・78《見晴るかす限りの草原・4》

2021-05-10 06:27:41 | 小説3

レジデント・78

《見晴るかす限りの草原・4》     

  

 

 バン!

 

 車の揺れの為にフロントガラスに手を突いたのかと思った。

 違った。

 コウブンが手を突いたフロントガラスには『死ね東京日日新聞!』と呪いの札が張られているではないか!

「な、なにこれ!?」

「東京日日新聞が『次の年号は光文だ!』とすっぱ抜いたのよ」

「え、それで?」

「急きょ『昭和』に挿げ替えられたの」

「ほ、ほんと?」

「本当の本当!」

 にわかには信じがたくてビッチェの顔を窺うんだけど、見えないレーンを外れないように必死でハンドルを握っていて声を掛けられない。コウブンはダッシュボードに爪を立て、目に泪を浮かべながら唸っている。

「グヌヌヌ……!」

 

「年号と言うのはね……」     

 

 コウブンとわたしを取り持とうとして説明を試みるビッチェ。

「中国の『四書五経』のような漢籍から取ってくるのよ。そこから話してあげたら」

「う、うん……昭和というのは『四書五経』の「百姓明 協万邦」から取ってるのよ」

「……あ、ああ。昭と和ね」

「でもね、江戸時代に『明和』って年号がすでにあったの」

「……なるほど『百姓昭明』の昭と明の違いだけなんだ。いかにも間に合わせましたって感じね」

「でしょ! ロクヨンもガンネンもプータレテるけど、たとえ七日間とは言え、実際に存在したんだもんね。わたしなんか完全に消されてしまって、ビエーーン( #ノД`#)!!」

 ダッシュボードに顔を付けて泣き崩れるコウブン。小さな肩が震えて可哀想なんだけど、コウブンの震えが車体に伝わって振動がものすごくなってくる。ハンドルを握るビッチェも肩に力が入って必死でハンドルを操作するけど、それでもコウブンに文句は言わない。それほどコウブンは危ない子なんだ(^_^;)。

「そうなんだ……」

「平成だってね、小渕さんが発表する三時間前に毎日新聞がすっぱ抜いたのに、ちゃんと三十年も続いて……間に合わせの昭和なんかにしなかったら、もっといい時代になっていたかもしれないのに」

「でも、わたしは聞いたから、ちゃんと覚えておくわ。光文……いい響きじゃないの。平成ももう終わっちゃったし、いまは令和だし」

「だって……だって!」

「わたしが光文の年号でカウントしてあげようか!?」

「え?」

「フフ、私年号ね」

 ビッチェが呟く。

「あ、それ嬉しいかも!」

「任しといて、ちゃんとカレンダーにもするから。わたし生徒会のプレジデントだから、生徒会室にも貼っておくわ」

「あ、ありがとう! 真凡っていい奴なんだなあ!」

「どういたしまして」

「安心した……安心したら、なんだか眠くなってきちゃった……」

「いいわよ、わたしにもたれても」

「うん、ありがとう……」

 

 コウブンは、そのままもたれてきたが、重さを感じることは無かった……コウブンはそのまま溶けるように姿が消えて、右半身に感じていた圧も、フッと消えてしまった。

「コウブン……」

「真凡……この旅が終わったら、ちゃんと、ほんとうに使ってやってね」

 ビッチェと二人シンミリすると、しだいに振動が収まって、舗装したての高速道路を走っているようになってきた。

「ん……やっと道が見えてきた。抜け出すよ!」

 次の瞬間、消防車は次の世界にジャンプしていった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
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  •  中谷先生     若い生徒会顧問
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真凡プレジデント・77《見晴るかす限りの草原・3》

2021-05-09 05:56:07 | 小説3

レジデント・77

《見晴るかす限りの草原・3》     

 

 

 ビッチェが立ち上がったと思うと気が遠くなった。

 

 …………気が付くと消防車の助手席。

 消防車はあいかわらず果てしない草原を走っている。

 わたしが目覚めたのに気づくと、ビッチェが小さな声で言う。

「バックミラー……後ろ」

 え?

 戸惑っていると、チラっとビッチェの目配せ。

 バックミラーで、そっと後ろを見ろということなんだ……そう分かって、バックミラーに映る消防車の背中を覗う。

 え?

 消火ホースがとぐろを巻いているところに半透明の女の子が背中を向けて座っている。

 ロクヨンやガンネンよりも幼い印象で、半透明のせいか風になびくロングヘアーもワンピースも白っぽく、いっそう儚げだ。

「あの子は?」

「わかったら忘れて」

「忘れろって……」

「考えちゃダメ」

 

 ムギュ!

 

 右半身に衝撃を感じたと思ったら、半透明の子がビッチェとの間に割り込んできた。

「あ~あ、本格的に憑りつかれちゃったわよ」

「え、え、なに!? 誰よこの子!?」

 肌を接しているので、なんとも気持ちが悪いんだけど、走っている消防車の中なのでどうしようもない。

「ごめん真凡、運転に集中しないと、とんでもないところに行ってしまいそうなの。相手したげて」

「あ、あー、あー、えと……」

 急にフラれても出てくるもんじゃない。

「ごめんなさい、ロクヨンにもガンネンにも相手にしてもらえなくって……」

 たった七日間しかなくって認知度どん底の昭和元年と六十四年からもシカトされる存在ってなんだ?

「わたし……コウブンです」

「コウブン?」

 音の響きで浮かんだのは構文……英語の文法で出てくる分詞構文とかいう人を英語嫌いにする四文字熟語。

「漢字で、こう書きます」

 

 半透明はフロントガラスに『光文』と書いた。

 

 光文……出版社にあったような?

「ですよね~(^▽^) 鉄腕アトムとか鉄人28号とかの『少年』とか『女性自身』を発行してるぅ♪……じゃなくって!」

 一瞬般若のような顔になってバックミラー越しに睨みつけてくる。

 ヒエ~~~~!

「ご、ごめんなさい」

 今度はうなだれてしょげ返ってしまった。

「あ、えとえと……」

「ほんとうは、昭和なんかじゃなくて光文のわたしが年号になるはずだったんです」

 

 ガタン! ガタ!ガタ!ガタ!

 

 消防車が大きく揺れて舌を噛みそうになった。

 

☆ 主な登場人物

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  •  ビッチェ     赤い少女

 

 

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真凡プレジデント・76《見晴るかす限りの草原・2》

2021-05-08 05:45:14 | 小説3

レジデント・76

《見晴るかす限りの草原・2》     

 

 

 わたし昭和元年です     白いのが言った。

 わたし昭和六十四年です   黒いのが言った。

 

 なんというか、二人とも可愛いアニメ声だ。

 

 まだ昭和二十年十月を経験しただけなので勝手がわからずビッチェに目配せするが――あんたが相手しなさいよ――という顔をしている。

 仕方ないので、一回肩をすくめて白黒昭和少女に向き直る。

「あなたたちは妖精さん?」

「鈍いですねえ。わたしとロクヨンは、昭和の最初とお終いが人格化したものなんですよ」

 黒がコクコク頷いて白に目配せ。なんだか、これからの会話は白に任せたって感じ。

「そうね、ここって昭和ヶ原って言うんだもんね」

「「うんうん」」

「でもさ、元年と六十四年じゃ六十四年も違うわけじゃない。それがどうして同い年の双子みたくなってんの? それも、どう見ても7・8歳の女の子だし」

「鈍いわね、わたしもロクヨンも七日しかなかったからよ」

「え、そうなんだ」

「「もーーーー」」

 

 二人が揃ってため息をつくと、それぞれの頭の上に画面が現れた。

 

 昭和元年    1926年(12月25日 - 12月31日)の七日間

 昭和六十四年  1989年(1月1日 - 1月7日)の七日間

 

 そうなんだ、平成が区切よく四月の月末で終わったから、変な気がするけど、昭和以前の年号は天皇陛下が亡くなった日に変わるんだ。

 でも、揃って七日間というのは、あまりに短くというか……

「儚いなんて思ったでしょ?」

「え、あ……」

「あなたといっしょよ」

「わたしと?」

「なかなか人に覚えてもらえない」

 

 言いたいことを言うやつらだ。たしかに上出来のお姉ちゃんの陰に隠れて、なかなか人に覚えてもらえないわたしではある。

 でも、こんな七歳の子どもに指さされて言われることではないとも思う。

「はーーーーーーーーーーーーーーー」

 沈黙の黒が盛大なため息をつく。

「そんなため息ついたら、体中の空気が抜けてペシャンコになっちゃうぞ」

「三十点」

「なにが三十点?」

「いまのツッコミ」

 べつにツッコミ入れたつもりじゃないんだけど、なんか、この白いのはムカつく。

「ねえ、あなたには、草原以外に見えるものってないの?」

「あ……うん。わたしだけじゃないけど」

 ビッチェは背を向けた体育座りで草原の彼方を見ている。

「ビッチェはあなた次第だと思う」

「わたしなの?」

「昭和ヶ原にはロクヨンの他にも62人の妹たちが居るの……ほら、あの血みどろなのが二十年。ランニングウエアーで張り切ってるのが三十九年。パビリオンのエスコートみたいなのが四十九年……見えないのよね、この平成少女には」

えと、西暦で言ってあげれば

「ロクヨンは気弱すぎるのよ」

「でも……」

「1945年。1964年。1970年……」

「……1945年」

 

 瞬間、赤いワンピースの女の人が見えたんだけど、すぐに消えた。

 

「見えたのね……一瞬だけみたいだけど」

「うん……赤いワンピース」

「元々は白いの……赤いのは血染めだから」

「昭和二十年て終戦の年なんだよね」

「そうよ、あなたの頭の中じゃ単なる昭和二十年、終戦の年。そう書けばテスト的には完璧だもんね」

 少しは知っている、ついさっき美奈子ちゃんのこと見てきたところだし。でも、それで知っているとは言えない。

 ビッチェがゆっくりと立ち上がって振り返った……。

 

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真凡プレジデント・75《見晴るかす限りの草原・1》

2021-05-07 06:12:21 | 小説3

レジデント・75

《見晴るかす限りの草原・1》     

 

   

 カーナビとかないの?

 

 見渡す限りの草原……どうやらビッチェは道に迷ったようだ。

「わたしってエマのグループだからさ……」

 だからどうなのかは呑み込んで、ハンドルを握りなおすビッチェ。

 真剣な表情に、それ以上聞くのが憚られる。

 やがて、グイっとブレーキを踏むとハンドルに突っ伏した。

 いよいよ声がかけられない。

「閻魔の直属だったらインストールさせてもらえるんだけどね……」

 そう漏らすと、ため息ついてエンジンまで切ってしまった。

 とたんに怖いほどの静寂が訪れ、心臓の音まで聞こえるんじゃないかと思えた。

 

「調べよっか」

 

 ビッチェはドアを開けて降りると、消防車の前の方に回った。

「どこか具合悪い?」

 それには答えず、ビッチェは車の下を調べる。

「ハンドルを左右にいっぱいいっぱい回してくれる?」

「う、うん分かった」

 言われた通り、数回ハンドルを左右に切る。

「う~ん……ブレてるわけでもなさそうねえ……」

「降りてもいいかなあ」

「うん、いいよ。しばらく動けそうにないからね」

 

 よいしょっと。  

 

 小さな掛け声をかけて草原に下りる。 

 とたんに、鳥の声や風がそよぐ音がフェードインしてくる。

「耳がおかしくなったのかと思った。ちゃんと、いろいろ音がするんだ」

「真凡が馴染んでるからよ。真凡、あんがい図太いのかもね」

「そんな、ここだってビッチェの運転で来たんだし」

「道を拓いたのは真凡よ」

「わたし?」

「うん、草原で良かったわよ。荒れ野とか密林とかになることもあるからね」

「そうなんだ……」

 意味不なんだけど、それ以上聞いたらとんでもないことになりそうな気がして、収まりのいい「そうなんだ」で、締めくくる。

「昭和ヶ原だね」

「昭和ヶ原?」

「うん、真凡にとっては大草原のようなんだ……いつまでも草原じゃないだろうから、早く抜け出すにこしたことはないんだけどね。でも、しばらくはゴロリとしてよ~~~か!」

 ビッチェは、大きくノビをしたまま仰向けに倒れた。

 ボフっと音がして、一瞬ビッチェは膝丈の草の中に隠れてしまうんだけど、直後にビッチェの周りが四畳半ほどに芝生になってしまう。

「真凡も」

「う、うん」

 ビッチェの真似して、仰向けになる。

 すると、サワサワと音がして草原が引っ込んだというか、消防車を中心にテニスコートほどの広さに芝生が広がる。

「あれ……?」

 寝っ転がったところを中心にムクムクと盛り上がり、低い丘のようになった。

 少しばかり高くなったことで、風の通りが良くなったんだろうか、ビッチェともども眠ってしまった。

 

 もしも~し 

 もしも~し

 

 二人分の呼び声に目を覚ますと、丘のふもとに七歳くらいの双子みたいな二人の少女が立っていた。

 二人とも同じデザインのワンピースなんだけど、一人は純白、もう一人はほとんど黒だ。

 

 そして、二人ともそよ風が擬人化したような、控え目で穏やかなニコニコ笑顔だ……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
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真凡プレジデント・74《昭和二十年十月二十日・3》

2021-05-06 05:45:38 | 小説3

レジデント・74

《昭和20年10月20日・3》     

 

 

 ドクターも看護婦も、わたしたちを無視した。

 

 終戦直後、米軍に接収された病院。見舞いに来れるだけでも大変なことなんだろう。

 病室の隅でビッチェが化けた女先生とともに静かにしている。

「ミナコチャン、オ薬ノ時間ネ」

 検温が終わって看護婦さんが言った言葉はたどたどしい、おそらくは日系アメリカ人の看護婦さん。

 もちろん女医さんはアメリカ人。

 職業的な微笑は絶やさないが、どこか冷たく感じるのは気のせい?

「いつ退院できますか?」

 薬を手にすると、いったん口元まで持って行った手を休めて看護婦さんに聞いた。

「アーット、ソレニツイテハ先生カラオ話ガアルノ」

 看護婦さんが目配せすると、女医さんは英語で答えた。

「You wil go to USA」

「ミナコチャンハアメリカニ行ッテ治療ヲ受ケル、日本デハパーフェクトナイカラネ」

 

 え?

 

 一瞬ポカンとした顔になった美奈子ちゃん。

 たぶん、もっと早く退院できると思っていたんだろう。見かけは健康に見えるもの。

「えと……パーフェクトって、どういう意味ですか?」

「ア、ゴメンナサイネ。十分トカ完全トカイウ意味。分カル?」

「あ、はい。大切にしていただいてありがとうございます」

 

 うそだ、パーフェクトの意味が分からなくても、アメリカに行くことは理解できているはずだ。

――気をつかっているのよ。パーフェクトを意味不ということにしてごまかした――

 ビッチェの気持ちがダイレクトに伝わった。

「さっき、夢を見たんです。国民学校の担任の先生と若い吉水先生、担任が吉水先生に替わるんです」

「ソウ、ソレハ楽シミネ。ジャ、オ薬飲ンデ」

「はい……」

 

 薬を飲ませると、アメリカ的な笑顔を残して二人は出て行った。美奈子ちゃんは天井を見つめたままだ。

「美奈子ちゃん……」

「美奈子ちゃんには見えていないわ。二人が入ってきた時にステルスにしちゃったから、だから、美奈子ちゃん夢だと思ってる」

「それじゃ……」

 姿をあらわそうと思ったら、美奈子ちゃんの頬を涙が伝っているのに気が付いた。

「分かっているのかも……さっきの薬は単なるビタミン剤」

「え?」

「原爆症が薬で治るわけないじゃない」

「え、え、じゃあ……」

「ちょっとワープ……」

 

 病室がグニャリと歪んで渦巻になったと思うと、英語の表示があちこちにあるラボのようなところになった。

 

「三カ月後、カリフォルニアの陸軍のラボ……二つ向こうの棚に美奈子ちゃんがいる」

「え?」

 そこはいろんなサイズのガラス容器が並んでいて、その後ろがデコボコに見えている。わたしは、一歩踏み出した。

「見ない方がいい。保管してあるのは美奈子ちゃんの内臓だけだから」

「え?」

 ちょっと混乱したけど、棚の前に進んだ。

 見届けてあげなければならないと思ったから。

 ビッチェは止めなかった。

「………………」

 

 美奈子ちゃんは、原爆が人の臓器にどんな影響を与えるか、そのサンプルになるためにだけアメリカに渡ったんだ。

 そして、記録上は、あの病院で亡くなったということで処理された。

 

 気づくと、消防車の助手席に収まって混沌の中を進んでいるところだった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
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真凡プレジデント・73《昭和二十年十月二十日・2》

2021-05-05 05:45:54 | 小説3

レジデント・73

《昭和20年10月20日・2》     

   

 

 終戦から二か月とは思えない清らかさだ。

 

 病室は八畳ほどの個室で、開かれた窓には網戸が施され、網戸の向こうには叢林を挟んで瀬戸内の眠ったような海が広がっている。ついさっき巨神兵のような水柱がそそり立っていたのが嘘のようだ。

 その清らかな静寂に愛しまれるようにおカッパの少女が眠っている。

――来島美奈子ちゃん、国民学校の三年生よ。広島で原爆に遭って、この病院に収容されているの――

――原爆に……?――

 意外だった、ケロイドっぽい傷跡も無いし、髪も、ついさっきシャンプーしたようにサラサラだ。

 ベッドから出たパジャマの両手は癪に障るほどに白くて細い。指は小学三年にしては長くて形もよく、美しくピアノを弾いているのが似つかわしいと思った。原爆に遭ったといっても爆心からは相当離れていたんだろう。

――ううん、美奈子ちゃんは爆心から500メートル。地下室に居たので外傷は全くないの……そろそろ目覚める、もう一度化けるわよ――

 ビッチェが指を振ると、ビッチェは開襟ブラウスの女先生に、わたしは、ビッチェより若い女先生になった。

 

 ……あ 先生

 

 目覚めた美奈子ちゃんが、わたしたちに気づいた。

 透き通るような笑顔だ。

「あら、起こしてしまったわね」

「起きて良かった、寝ていたら、そのまま帰ってしまったんじゃないですか」

「ううん、起きるまで待ってるつもりだった」

「じゃ、お待たせしたんじゃ……」

「ううん、ついさっき来たところ」

「……先生、助かったんですね」

「うん、体育倉庫の陰に居たところでピカだったから、熱線を浴びなかったの」

「体育倉庫は頑丈ですもんね……よかった。そちらは?」

「吉水先生、美奈子ちゃんが良くなったら担任をしてくださるの」

「こんにちは美奈子ちゃん」

「こんにちは……えと、先生は?」

「わたしは倉敷に帰るの」

「倉敷……先生の故郷ですね」

「そう、それで代わりに担任してくださるのが吉水先生」

「どうぞよろしくね、美奈子ちゃんが戻ってくるの待ちきれなくて来てしまいました」

「嬉しい……入院してから、初めて知ってる人に会いました」

「そうね、美奈子ちゃん直ぐに良くなるだろうって、直ぐに戻って来るだろうって、先生堪え性がないから来てしまいました」

「まあ、いけない子です先生は」

「美奈子ちゃんに叱られてしまいました」

 

 アハハハ

 

 病室に笑いが満ちたところでドアがノックされ、軍服に白衣の女医さんと看護婦さんが入って来た……。

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・72《昭和20年10月20日》

2021-05-04 05:48:23 | 小説3

レジデント・72

《昭和20年10月20日》     

 

   

 きらいよ

 え?

 

 ビッチェの一言にたじろいでしまった。

 木の間がくれの沖合に三本の水柱。

 もう一度カーブを曲がって、海岸沿いを走る。その間水面から生えたみたいに屹立しているものに目を奪われて、唐突な「きらいよ」が意味不明。

「その『嫌い』じゃなくて『機雷』、進駐軍が敷設した機雷を処分してるの」

「え? ええ?」

「昭和20年の10月20日よ」

 フロントガラスに映った文字列を指しながらビッチェが言う。消防自動車のフロントガラスがコンソールパネルになっているようだ。

「やっぱりタイムリープしたんだ……」

 納得しながらも、沖合の水柱から目が離せない。

 人の形をしているわけではないんだけれど『風の谷のナウシカ』に出てくる巨神兵を目の当たりにしたようで目が離せない。

「危険なところを担当しているのは雇われた旧海軍の日本人だろうけど……曲がるわよ!」

 グワッと風景が旋回する。

 一叢の木々に視界を奪われて、嘘のように眼前に現れたのは白亜の鉄筋三階建てだ。

 建物の屋上には赤十字が星条旗と並んで翻っている。乏しい知識でも、戦後すぐに米軍に接収された病院だと見当が付く。

 

「降りて」

 

 ドアに手を掛けたビッチェはカーキ色の制服に変わっていた。

「真凡もよ」

 バックミラーに映ったわたしもカーキ色で、顔つきは外人さんになっている。

「さ、行くわよ」

「う、うん」

 その時、サーーっと雨粒が顔を撫でて行った。

「水柱の崩れが届いたのよ、海水だから拭いた方がいいわよ」

 言われて、ハンカチを出して顔や手を拭いているうちに病院の受付だ。

 受付には日本人とアメリカ人のスタッフ、ビッチェの相手をしたのはアメリカ人の方。それも、ビッチェの敬礼の手が下りるまで敬礼しているところを見ると、かなりのエライサンに化けたようだ。

「化けているのは、病室に着くまでね……はい、ここまで」

 そう言うと、ビッチェの姿が消えた。

「え? ビッチェ?」

「あ、ごめん。指を鳴らして」

 不器用に指を鳴らすと半透明のビッチェが見える。

「待って、ビッチェ半透明」

 ドアノブに手を延ばすビッチェを止める。

「完全に消えたら見えないでしょ、大丈夫、見えてるのは真凡にだけだから」

 

 音もなくドアを開けると広い個室で、ベッドには抜けるように白い肌の少女が半身を起こして海を見ていた。

 

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真凡プレジデント・71《峠を越える》

2021-05-03 05:35:16 | 小説3

レジデント・71

《峠を越える》      

 

    

 ……地獄に行くのかなあ

 

 そう呟いたのは閻魔大王の娘エマのせいでもなく、ビッチェの消防車のせいでもない。

 地獄と関りがあるというには、エマはやんちゃながらも可愛い少女っぽすぎるし、ビッチェの消防車が亡者を護送する火の車というのはfire truckの拙い和訳みたいで切迫感がない。ビッチェも地獄の使いというような禍々しさを微塵も感じさせない女の子だ。

 それなのに真凡が地獄行にいくのかなあと呟いたのは、もう一時間以上も走っている坂道のせいだ。

 悪路と言うほどではないが、ガタピシとお尻に響く振動は、今どきの日本にはありえない。

 カリフォルニアのデスバレーなら、こんな感じかと思うが、消防車の前後十メートル先が乳白色のガスだか霧だかに覆いつくされて、景色がまるで見えない。

 そのために、上り坂であるにもかかわらず地獄の印象がするのだ。

「ここは黄泉平坂(よもつひらさか)、峠を越えると根の国底の国、地獄とは、ちょっと違うの」

「それって、日本の神話に出てくるんじゃない?」

「うん、外れてはいないけど、それとも違う。えと、言うならば……」

 

 ビッチェが言葉を捜しているうちに、長かった上り坂が平たんになり、ガスだか霧だかも晴れて景色が広がった。

 

「最初はここね」

「うわーーーー!」

 

 出てきたところは、お尻の振動に変わりはないが、山の中腹の葛籠折れの下り坂。

 山肌の木々の間からは涼やかな街並みが広がり、街の向こうは麗らかな瀬戸内海。

 舗装されていない地道、道路わきの電柱はことごとくが木製で、露幅の狭さや広島までの距離を示す標識がレトロなことから、どうやら2021年の今の時代ではないことがうかがわれる。

 退院してからの数時間が現実離れしているので、この程度の違和感は何でもなくなっている。

 ビッチェが大きくハンドルを切って、崖に差し掛かったんだろう、大きく海が広がった。

「おーーパノラマだ!」

 感激していると、彼方の沖、海が大きく盛り上がった。

「え?」

 グイっと消防車がカーブを曲がって衝撃音がした。

 

 ズズズーーーーーーーーーーーン!

 

 消防車のバックミラーには灌木の向こうに、大きな水柱が三本も立ち上がっていた。

 

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・70《エマヌエラ・2》

2021-05-02 05:41:54 | 小説3

レジデント・70

《エマヌエラ・2》  

   

 

 なかなか顔おぼえてもらえないんでしょ?

 

 半ばまで開いた閻魔帳をバタンと閉じ、頬杖ついたままでエマがこぼす。

「え、あ……えと…………」

 突然の状況で突然のことを突然に、しかも不機嫌に言われて、とっさには言葉が出ない真凡。

「お姉ちゃんがベッピンさんで……フリーの女子アナだったよね。スタイルとか顔のパーツが似通ってるから、お姉ちゃんの印象に引っ張られて憶えてもらえないとか思ってるわよね」

 ここへきて印象の薄さを言われるとは思わなかったが、自分の特徴である『なかなか人に憶えてもらえない自分』を思い出す。

「あ、でも最近は、あんまし気にしてないから。うん、生徒会長やるようになってからは、ほとんど。あ、それにね、一発で覚えてくれる人もいるし、生徒会のみんなんとか先生とか」

「それはね、先生は、あんたの成績とか素行とか、提出物とかの記録で覚えてんの。でしょ、直接のかかわりがない先生は、よく間違えるっしょ? 生徒会とか友だちはね、真凡という子の……気障な言い方すると魂と付き合ってるから。魂にはスタイルと顔とか以上に表情があるからね。でも、その友達にも、将来合わなくなると数年で忘れられるわよ」

「そんなこと……」

「これ見て」

 エマが指さすとモニターに副会長のみずきが映った。私服で、ちょっと大人びている。

「五年先の福島みずき」

 パソコンの前で、なにやら考えている。

「えーーーどんな顔だったかなあ……」

 むかしの記録を見ているようなんだけど、みずきの頭に真凡のイメージが湧いていない。

「えーーーうそ!?」

 記録には写真も入っているんだけど、むかし教科書で見た歴史的人物のようにイメージを結ばない。

「それとかさ、中学の下校中にさ、暗闇で変質者に付けられたじゃん」

 そうだ、明るいところに出て、勢いよく振り向いてやったら、とたんにやる気なくしたように遠ざかっていった。

「萎えちゃったんだよ、その変質者」

「な、萎えた?」

「真凡が吸い取っちゃうんだよ、気持ちをね」

「気持ちを吸い取る?」

 それは……ビッチェが何か言いかけ、言わない方がいいという顔になって俯いた。

「幽霊を襲おうってやつはいないでしょ」

「ゆ、幽霊?」

「みたいなもん、あんたは、魂の半分を置いてきてるんだよ」

「置いてきた……って……どこへ?」

「う~ん、表現がむつかしいんだけど……ま、ざっくり言って異世界だね」

「異世界?」

「やっかいなことに、今でも、少しづつ異世界に流れ出している。それを回収しない限り、真凡は消えてなくなる」

「消えてなくなる(;゚Д゚)?」

「うん、きょう退院した時に体重が10キロ減ったのが、その兆候。退院して病院を出たところで二人に分裂したよ。ほら、道の向こうをもう一人の自分が歩いてただろう?」

 あ、あの時の……。

「自分を回収する旅に出なくてはならない、ビッチェ、あとはヨロ~」

「あ、ちょ……」

「こんど会う時は完全体で会えるように祈ってるわよ~」

 ヒョイと椅子を下りると、トコトコと地平線に向かって走り出し、ほんの数秒で消えてしまった。

 

「じゃ、いこっか……」

 

 ビッチェが消防車のエンジンをかけ、ドアを開けてオイデオイデをした。

 

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真凡プレジデント・69《エマヌエラ・1》

2021-05-01 05:46:42 | 小説3

レジデント・69

《エマヌエラ・1》  

 

    

 VRの準備画面に似ている。

 

 プレステのVRじゃなくてパソコンの方の、オキュラスとかスティームとか。

 天井と床が無限大の方眼紙のようなマス目が入っていて、彼方の地平線だか水平線だかの果ては、オボロに霞んでいる。

 VRだと、これから何が始まるんだろうかとワクワクするんだろうけど、VRのゴーグルも付けないで、この状況に投げ出されると、ちょっと心細い。

 横には降りたばかりの消防車。

 それがなければ、心細すぎて、ムンクの『叫び』みたいになっていたかもしれない。

「ちょっと見てくる」

 チッと舌打ちしてビッチェは方眼紙の地平線に消えて行った。

 わたしを待っているはずのエマちゃんとかを捜しに行ったんだ。

 消防車の周りを、ゆっくり三周して、何度目かのため息をついた。

 反対方向に回ろうと、回れ右しかけて聞こえてきた。

 

 ……なせ……なせったら! 腕が千切れる~~~~~!

 

 ドタドタという音もフェードインして、五十メートルほど先で実体化した。

 ビッチェが幼稚園の年長さんくらいの女の子を、強引にひっぱりながらやってくるところだ。

 女の子は、ゾロっとした黒のワンピに、アニメでしかありえないような長~いツインテールをなびかせ、目を✖(ばってん)にしてわめいている。

「だれ、その子?」

「ごめん、待たせたわね。この寝坊助が、なかなか起きないもんで。ほら、あいさつ!」

 犬か猫の子にするように女の子の襟首を掴んで、わたしの前に据えた。

「わたしはペットじゃないし~」

「あいさつ」

「ったわよ、ちょ、放しなさいよ。ふん、わたしがエマよ、見知りおきなさい」

「は、はあ……」

「説明してあげなきゃ分からないでしょーーが」

「ビッチェが済ましてるんじゃないの~?」

「先にやったら怒るでしょ、自分でやらなきゃ正確を規せないって」

「それは成熟体の場合、未熟体のときは、やっておいてくれなきゃ、未熟体は堪え性がないのよ、ったく……わーった、わーったから……」

 女の子が肩の高さで指を回すとヴィクトリア調というのか、シャーロックホームズ的クラシックな椅子が二脚と立派な机が現れた。

 トコトコと机の向こうに回った女の子は「うんしょ」と椅子に掛けたようなんだけど、首から上しか出てこない。

「ムーーーー!」

 唸ってからいったん椅子を下り、机の陰でキコキコ高さを調整してから座りなおした。

「わたしが担当の閻魔、エマヌエラ。田中真凡、あなたの地獄生活をプロディユースするわよ」

「え、じ、地獄!?」

 わたしがビックリすると「え、あ、違ったっけ!?」とワタワタして閻魔帳をひっくり返す。

 わたしの横では、ビッチェがジト目になって女の子を睨んでいるのであった。

  

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・68《空飛ぶ消防車》

2021-04-30 05:59:05 | 小説3

 レジデント・68

《空飛ぶ消防車》   

 

 

 びっくりしたぁ?

 

 スカイツリーを超えたところでビッチェはハンドルを手放して、こっちを向いた。

「ハンドル……」

「ここまで来ればオートなの、ポンコツだから発車と停車はマニュアルになっちゃうんだよ。じゃなくて、今の状況?」

「じゅうぶんビックリ。消防車が空飛んでるんだもん、てか、なんで消防車?」

「郵便自動車タイプもあるんだけどね、わたしの担当がこれだから」

「なにの担当?」

「お迎えの担当」

「……ああ」

 

 半年ちょっと前の12月、我が家はいろいろあって恒例のクリスマス会ができなかった。その埋め合わせのドッキリかと思った。サンタさんは夏には弱いだろうから、孫だかひ孫だかのビッチェがお迎えに来たんだ。あとから思うと突拍子もないことなんだけど、思ってしまった。

 

「サンタの孫と思われたのは初めてだ」

 口には出していないのに伝わっている。

「え……じゃ」

 夢かと思った。夢ならなんでもありだ。

「ちょっと近い……消防車は英語でファイアトラック。直訳すると火の車ね。火の車ってのは……」

 ビッチェが右手を上げると、フロントガラスがパソコンの画面見たくショートカットのアイコンがいくつも現れた。

 火の玉のようなアイコンにタッチすると、ゲゲゲの鬼太郎の一コマみたいなのが出てきた。

 鬼たちが、火で燃え盛る牛車……と言っても雅やかなものじゃなくて、鉄格子の檻に車を付けたようなの。

 その中には……ドラえもん!?

 鉄格子を揺さぶって、ドラえもんが泣き叫んでいる。あ、このドラえもん?

「そう、真凡を拉致監禁した奴。あいつ、地獄送りなんだ」

「ドラえもんの姿で?」

「本人の希望でね、ゴルゴ13が希望だったんだけど、みっともなく泣き叫んでいるゴルゴ13じゃ、著作権に関わるんで」

 火の車は、鬼たちに急き立てられ、あっという間に彼方に走り去った。

「ん?……ということは、この消防車も地獄行き?」

「そうなんだけど、そうでもない……やっぱ表現が難しいなあ……あ、もう着いちゃうから、あとはエマちゃんに聞いてくれる」

「エマちゃん?」

「さあ、着くよ、シートベルト締めて!」

 

 下降したかと思うと、消防車は富士山の火口目がけてジェットコースターのように突っ込んでいった。

 

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真凡プレジデント・67《クシャ》

2021-04-29 06:01:21 | 小説3

レジデント・67

《クシャ》    

 

 

 あれ?

 

 道の向こうを歩いているのは……なつき・綾乃・みずきの生徒会……みずきさんの陰に……え? わたし?

 

 たった今、退院して……うん、迎えの車は角の向こうのはず?

 体重が10キロ減った他に異常は無いし、体もピンピンしてるから「いいよ、一人で帰れるから」と返事した。

――ごめんね、明日の朝一番で戻らなきゃいけないから――

 お母さんは済まなさそうに、うん、電話の向こうでスマホを挟むようにして手を合わせてる姿まで浮かんできて、思わず笑ってしまった。

 たった二日の入院だったし、拉致されるっていう異常事態だったし、お母さんは無理して戻ってきてくれた。

 警察やら病院、マスコミの対応もみんなやってくれて、夕べ……今朝の未明まで付き添ってくれたんだ、一人で帰るくらいなんでもない。

 急なことなんで、なつきたちにも知らせていない。

 

 逃げ水が見える。

 

 あまりの暑さに、地表近くで空気が屈折して、あたかも水があるように見えてるんだ。

 その逃げ水に紛れて、四人連れはゆらゆら揺らめきながら朧になって消えていく。

 この距離で消えてしまうということは、やっぱ幻なのかもしれない。

 

 えと、二つ目の角……二つ目の……ヤバイ、行き過ぎるところだ。

 

 クシャ

 

 足許を見ると、バラバラになったセミの抜け殻。

 たとえ抜け殻でも踏んづけたと思うと気持ちが悪い。

 でも、死骸でないだけましかな、あちこちに落ちてるし。気を付けよう、踏んづけないように。

 

 俯いた視界の上に赤い圧を感じて視線を上げる。

 

 消防自動車……?     

 

 疑問符が付いたのは、ちょっとレトロな消防自動車だったから。

 ボンネットって言うんだろうか、昔のトラックみたくノーズの長いやつ。

 ビックリしていると、ドアが開いて赤ずきんが下りてきた。

 赤ずきんと言うのは印象で、頭巾なんかは被ってなくて、赤のTシャツに赤のミニスカ。

 小気味のいいポニテの丸顔、ちょっと気の強そうな黒目がクリクリしているのが可愛いんだけど、クリクリ動いているというのは、上から下まで、わたしを観察しているからだ。

 

「おまたせ、あなたが真凡ね」

「え、あ……うん」

「助手席に乗って、すぐに出発だから」

「え?」

「はやくはやく」

「う、うん」

「あたし、ビッチェ。よろ~」

 

 握手しながらアクセルを踏むと、ブルンと身震いして消防自動車は動き出した。

 シートに背中が押し付けられる。

 坂道を上っているのかと思ったら……え?

 消防自動車はゆるゆると空を飛んでいるではないか!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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