真凡プレジデント・69
VRの準備画面に似ている。
プレステのVRじゃなくてパソコンの方の、オキュラスとかスティームとか。
天井と床が無限大の方眼紙のようなマス目が入っていて、彼方の地平線だか水平線だかの果ては、オボロに霞んでいる。
VRだと、これから何が始まるんだろうかとワクワクするんだろうけど、VRのゴーグルも付けないで、この状況に投げ出されると、ちょっと心細い。
横には降りたばかりの消防車。
それがなければ、心細すぎて、ムンクの『叫び』みたいになっていたかもしれない。
「ちょっと見てくる」
チッと舌打ちしてビッチェは方眼紙の地平線に消えて行った。
わたしを待っているはずのエマちゃんとかを捜しに行ったんだ。
消防車の周りを、ゆっくり三周して、何度目かのため息をついた。
反対方向に回ろうと、回れ右しかけて聞こえてきた。
……なせ……なせったら! 腕が千切れる~~~~~!
ドタドタという音もフェードインして、五十メートルほど先で実体化した。
ビッチェが幼稚園の年長さんくらいの女の子を、強引にひっぱりながらやってくるところだ。
女の子は、ゾロっとした黒のワンピに、アニメでしかありえないような長~いツインテールをなびかせ、目を✖(ばってん)にしてわめいている。
「だれ、その子?」
「ごめん、待たせたわね。この寝坊助が、なかなか起きないもんで。ほら、あいさつ!」
犬か猫の子にするように女の子の襟首を掴んで、わたしの前に据えた。
「わたしはペットじゃないし~」
「あいさつ」
「ったわよ、ちょ、放しなさいよ。ふん、わたしがエマよ、見知りおきなさい」
「は、はあ……」
「説明してあげなきゃ分からないでしょーーが」
「ビッチェが済ましてるんじゃないの~?」
「先にやったら怒るでしょ、自分でやらなきゃ正確を規せないって」
「それは成熟体の場合、未熟体のときは、やっておいてくれなきゃ、未熟体は堪え性がないのよ、ったく……わーった、わーったから……」
女の子が肩の高さで指を回すとヴィクトリア調というのか、シャーロックホームズ的クラシックな椅子が二脚と立派な机が現れた。
トコトコと机の向こうに回った女の子は「うんしょ」と椅子に掛けたようなんだけど、首から上しか出てこない。
「ムーーーー!」
唸ってからいったん椅子を下り、机の陰でキコキコ高さを調整してから座りなおした。
「わたしが担当の閻魔、エマヌエラ。田中真凡、あなたの地獄生活をプロディユースするわよ」
「え、じ、地獄!?」
わたしがビックリすると「え、あ、違ったっけ!?」とワタワタして閻魔帳をひっくり返す。
わたしの横では、ビッチェがジト目になって女の子を睨んでいるのであった。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女