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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・66《退院と時をかけるまあちゃん》

2021-04-28 06:52:04 | 小説3

レジデント・66

《退院と時をかけるまあちゃん》    

 

 

 脳波は戻ったけど、10キロの体重は戻らない。

 

 しかし、他に異常は無いので週に一回の通院を条件に退院することになった。

 両親は間に合わないので、生徒会の三人が付き添ってくれる。

「ケーキバイキングは延期になったからね」

 なつきが嬉しそうに言う。

「やっぱ、みんなで行かなきゃね」

「四人揃っての方がおいしいもんね」

「あ、すみません、荷物くらい持ちます」

 ロビーに来てくれた綾乃とみずきさんが手荷物をかっさらう。

「いいよいいよ、こういうときくらい甘えていいわよ」

「すみません」

「他人行儀だわよ」

「ちょっと痩せたんじゃない?」

「あは、ダイエットになったかな(^_^;)」

「羨ましいなあ、ケーキいっぱい食べられるわよ」

「あたしもダイエットするから、ケーキバイキングは月末にしようよ」

「なつきは、うんと食べて縦に伸びなきゃ」

「あたしは、まだ育ちざかりなんです!」

 

 三人とも気を引き立てようとしてバカな話ばかり、事件のことには触れないようにしてくれているんだ。

 ありがたいことだと思う。

 たった二日間のことだったけど、病院を出た時の空気はとても爽やか。

 子どものころ亡くなったお祖母ちゃんちに行って、お姉ちゃんや従兄妹たちとかくれんぼした時のことを思いだした。

 奥座敷の押し入れの布団の間に潜り込んだわたしは、影の薄い子だったせいか誰にも見つけてもらえなくって、そのまま寝てしまった。お姉ちゃんは従兄妹たちと蝉取りに出かけてしまい、わたしが発見されたのは、お祖母ちゃんが、子どもたちが寝る布団を出そうと押し入れを開けて、よっこらしょっと布団を出した時。

 お祖母ちゃんの「あれ?」って声と、押し入れの中まで届いた西日で目が覚めた。

 お祖母ちゃんの「あれ?」は『この子誰だったっけ?』という響きがあった。「……あ、お祖母ちゃん」と目が覚めると声で分かって「ああ、まあちゃん(お祖母ちゃんは真凡じゃなくて、愛称の『まあちゃん』で呼んでくれてた)かくれんぼしてて寝ちゃったんだねえ(^▽^)。さあ、もう晩御飯だから、表の座敷に行きな」と押し入れから出してくれた。

 長い弓型の縁側を通って母屋に、ちょっと前に夕立があったのか、庭の苔や木々は葉っぱに露を宿してつやつやし、空気がとても爽やかだった。

 そう、あの時の爽やかさに似ている。

 どこかで、ヒグラシの鳴く声が聞こえたような気がした。母屋に向かう縁側ではヒグラシの鳴く声がしていたのを思い出して、母屋への縁側から見た田舎のイメージが今までになく鮮明になった。

 子ども心にも、ひょっとして、わたしてばリープした……?

 テレビで女子高生がタイムリープするドラマが高視聴率をとっていて、そのドラマの事が頭に浮かんで時めいた。

 わたしは、現実によーく似た異世界に飛ばされたのかもしれない……。

『時をかけるまあちゃん』なんてタイトルが浮かんで、ひとりワクワクしていたっけ……。

 

「あ、タクシーー来たよ」

 みずきさんが、病院のゲートに差し掛かったタクシーに手を上げる。

「ちょっと窮屈だけど、四人揃っての方がいいよね」

 綾乃の提案にみんな賛成。

 タクシーのトランクに荷物を入れると、卒業旅行のノリでシートに収まる。

 病院のゲートを出て、四車線の道路に入るためにグッと旋回。

 

 一瞬、向こう側の歩道を歩いているのが目に入った。

 もう一人のわたしが、ゆるゆると歩いているのが……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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真凡プレジデント・65《体重は何キロありましたか?》

2021-04-27 06:04:38 | 小説3

レジデント・65

《体重は何キロありましたか?》    

 

 

 

 人間の体と言うのは不思議だ。

 

 危機的状態になると脳から麻薬的な物質だったか信号だったかが発信されて痛みや恐怖を緩和するらしい。

 お姉ちゃんがMCをやった特集番組で言っていた。

 災害に遭った人が瓦礫に埋もれて、助けられたのが72時間後。ふつう36時間~48時間が限度で、誰もが助からないと思っていて。救助隊もほとんど遺体捜索のつもりだったのが無事に発見される。

 助けられた本人は72時間の憶えがなく、せいぜい24時間の感覚だったとか。

 つまり、ほとんどの時間、脳から発せられたものによって、いわば冬眠状態のようになっていて助かったのだ。

 

「72時間たったんですか……」

 

 救助された時、朦朧とした意識の中で、そう聞いたそうだ。

 実際は23時間あまりだった。

 生徒会の三人が車の特徴を覚えていて、警察は慎重に捜査。

 途中、車を乗り換えたので手こずったそうだが、今の時代、あちこちに防犯カメラ、それに行き交う車には車載カメラがついている。

 わたしが拉致されたニュースがテレビやネットで流れて、多くの人が情報を提供してくれた。

 でもって、乗り換えた車の特定も進んで、発見に至ったということらしい。

 

 フリーアナウンサー田中美樹の妹の田中真凡さんが誘拐される!

 

 そういうキャプションで世間に知れ渡った。

 なつきが撮ってくれた写真が公開された。上から下までお姉ちゃんの服で固めて、頭には毎朝テレビのキャップを被ったのが。

 世間の興味は、田中美樹 の妹の 田中真凡

 半分の人たちは田中美樹が誘拐されたと思ったらしい。

 だから、こんなに情報提供がなされ、23時間と言うスピード発見になった。

 毎朝テレビは、世間の怨嗟の中に潰れて行ったが、看板女子アナ田中美樹の人気は絶大だと再認識させられた。

 

 ミイラになることも、オモラシすることもなく救助されたわたしは、それでも23時間を確認した後意識を失った。

 

「体重は何キロありましたか?」

 念のための検査でお医者さんに聞かれる。お医者さんでも答えるのは恥ずかしい。

「あ、えと……53キロくらいです」

「……だよね、健康診断でも、そうなってるよね」

 知ってるんなら聞かないでほしい。

「体重がなにか……」

「もう一度体重計に乗ってもらえます」

「は、はい」

 おそるおそる足を載せる。

「やっぱ、42キロだね……違う体重計を使ってみよう、あ、それじゃないほう」

 看護師さんが手にしたデジタルをキャンセルして、お医者さんが指差したのはレトロなアナログ体重計というよりはハカリだ。

 そっと足を載せる。

「……42キロです」

 キッパリと看護師さん。

「きみ、載ってみて」

 言われた看護師さんは、一瞬嫌な顔をしたが、きちんとハカリに乗る。

「……62キロ……、狂ってないよね?」

「お昼を食べてなければ61キロです」

 可愛く見栄を張った看護師さんだけど、それには構わずに、わたしを見た。

「怖い目に遭って体重が減ることは、ままあることなんだけど、それでも10キロはありえないなあ」

 

 わたしって、10キロも減った?

 

 そのあと、女医さんに交代して体の隅から隅まで調べられた。

「この体格なら50キロは無いとおかしい……」

 数分腕を組んだ女医さんは、なにか思い立ったようで、ポンと膝を叩いた。

「ちょっと、脳波を計ってみましょう」

 

 ラグビーのヘッドギアみたいなのを被らされて脳波を計ることになった。

 

「この脳波計おかしい、ちょっと……」

 女医さんは看護師さんに目配せ、看護師さんは――またか――という顔をしながらヘッドギアを装着。

「やっぱ、正常だ……」

「どこがおかしいんですか?」

 思い切って聞いてみた。

「あのね……見た方が早いわね」

 女医さんは、レシートのロールに似た計測用紙を示してくれる。

 素人目にも分かった。

 脳波を表すグラフが二重になっている。

 つまり、二人分の脳波がダブっているように見えるのだった!

「いや、二人分の脳波よ」

 女医さんはキッパリと言い放って腕を組んだ……

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
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真凡プレジデント・64《真凡の絶体絶命・2》

2021-04-26 05:48:48 | 小説3

レジデント・64

《真凡の絶体絶命・2》    

 

 

 犯人は自分のアバターが『ゴルゴ13』ではなくて『ドラえもん』だと気づいて、めちゃくちゃ機嫌が悪くなった。ひょっとしたら、このまま発見されることもなく死んでしまうんじゃないかと心配になる(;゚Д゚)。

 どうやら冷房が効いているようなので、熱中症になることはないだろうけど、このまま、なにも飲めず食べることも出来なかったら……人間飲まず食わずでも一週間は生きられると何かで読んだ。

 でも、今は、凄いストレスだ。

 手と足を縛られて芋虫のように転がされて、冷房……ってことは空気が乾燥している。

 水分を摂らずにいたら、この乾燥状態では三日はもたないだろう。

 何か月も放置されて、ミイラみたくなって発見される。あまりに変わり果てた姿にDNA鑑定しなければ身元が確定できなかったり?

 いや、豊洲の冷凍庫じゃないんだから、冷房と言うのは、やがては切れるか切られるか。

 目が慣れると、どうやら使われなくなった写真スタジオ……的な?

 

 あ、でも、冷房が切れたら、この灼熱の季節。エアコン以外には換気もされていない様子、数時間もすれば40度くらいには室温が上がってしまうだろう。

 熱中症間違いなしだ。

 気だるさや頭痛から始まり、やがて意識がもうろうとして死んでしまう。たぶん半日くらいは苦しんで死ぬんだろうなあ。

 でも、今のところ冷房は効いている……いや、効きすぎている。

 寝転がらされている上に部屋は換気されていないので、いわば冷気の底にいるかっこうだ。

 リノリウムらしき床の下は、おそらくコンクリート。今や寒いと言っていい冷気は数十分後には拷問になっていくだろう。

 

 う……

 

 出かける前にトイレに行かなかったことを思い出す。

 ヤバイ……そうだ、お通じもこの二日ないんだ💦

 思い至ると、三日ぶりの〇意を感じる。

 グヌヌ……ヤバイヤバイ。

 自分の身から出たモノにまみれたあげくに熱中症のグダグダになって発見されるって真っ平だ!

 

 そ、そうだ、気をそらすんだ!

 

 なにか他の事を考えて、気をそらすんだ!

 すると犯人の言葉が浮かんだ――姉に似すぎているんで、お前自身の印象が薄いんだ――

 これは、ひょっとして真実なのかもしれない。

 子どものころから、お姉ちゃんは目立つ子だった。

 可愛くって、どこか天然で、でも、いざという時はシャキッとしていて、周囲の大人たちからも愛されていた。

 なまじ、顔のパーツが似ているもんで、人は、わたしの顔を思い浮かべるとお姉ちゃんの顔になってしまい――はて、妹の真凡はどんな顔だったっけ?――ということになってしまったのではないだろうか。

 だから、こうやってお姉ちゃんに間違われて拉致されてしまった。

 そうだ、これからは、もっと自分を磨かなければならないんだ! 自分の感性を研ぎ澄まさなきゃならないんだ!

 研ぐという言葉から、包丁が砥石で研がれているところが浮かんだ。

 包丁は、数十回研がれると水を掛けられて、研ぎ具合を見られながら、さらに水を掛けながら……ああ、水を思い浮かべると床と冷気の冷たさがひとしおになっていくよ~💦

 せっかく64回目を迎えた連載も、これでお終いか……主人公が死んで終わりになるラノベって、ちょっとルール違反……いや、あいつならやりかねない……いえ、ごめんなさい! 作者の事は信じていますから、なんとか……もっと活躍しますから……そこをなんとか……ああ、ああ……目の前が暗くなってき……た…………

 

☆ 主な登場人物

 田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生

 田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ

 橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き

 藤田先生     定年間近の生徒会顧問

 中谷先生     若い生徒会顧問

 柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス

 北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲

 福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長

 伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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真凡プレジデント・63《真凡の絶体絶命》

2021-04-25 05:50:12 | 小説3

レジデント・63

《真凡の絶体絶命》    

 

 

  

 何が起こったのか分からない!

 

 信号待ちのわたしの前に、スッとオフホワイトのワゴン車が停まり、ドアが開いたと思うと引っ張り込まれた!

 目隠しされる直前に、車の窓越しに横断歩道の向こうで待っている三人が一瞬見えた。

 窓枠が額縁のようになっているせいかもしれないけど、三人ともとってもいかして見える。

 犯人たちの手際が良すぎるために、恐怖の感覚がついてこないんだ。

 

 そして、口と鼻に押し当てられたハンカチの刺激臭……そこで意識が途切れた。

 

「気が付いたかい?」

 意識が戻ると、どすの効いた声でドラえもんが言った。

 なぜか、ドラえもんは横倒しだ。

 ……なんでドラえもん?

 目隠しは外されていたけど、手足のいましめはそのままだ。

 どうやらコンクリートの床に転がされて……だから立ってるドラえもんが横倒しに見えて……ドラえもんは50インチほどのモニターに映された映像だと分かる。

 わたし、ドラえもんに拉致られた?

 じゃ、共犯はのび太? ひょっとしてしずかちゃんと間違われた?

――お姉ちゃんの美樹と間違えたんだよ――

 え、なんで?

 一瞬思って気が付いた。今日のわたしは上から下までお姉ちゃんのグッズで固めてるんだ、ご丁寧に頭には毎朝テレビのキャップ。

――帽子と靴が決め手だったんだがな……妹だとは、ここに着いてからも気が付かなかった。眠らせたのが失敗だった、意識が無い状態じゃ区別がつかなかったよ――

 ここはどこ?  

 空気を吸っただけで声にはならない。まだ、薬の効き目が残っているんだ。

――声が出ないのはショックからだろう、だって「お姉ちゃん」とはうわ言で言えるんだからな。もっとも、うわ言がなければ妹だと気づくのに、もうちょっと時間がかかったろうけどな――

「……だ……だ……だ、だれ?」

――見ればわかるだろ――

 ドラえもんだとは分かっているが、これは単なるアバターだ、声が怖すぎる。

――おまえは見ても、よく分からない。姉に似すぎているんで、お前自身の印象が薄いんだ。大変だよな、偉い親やら姉妹を持つとよ。ま、その点で、ちょっと同情したんでな。じゃ、そろそろいくぜ……――

 ドラえもんは、きざったらしく片手をあげるとハードボイルドのヒーローのような挨拶をした。

「ま、待って、ドラえもん!」

――ん?――

「待ってよドラえもん! こんなところに置いてかないで」

――おちょくってんのか?――

「だって、アバターを使ってるんでしょ、誰だか分かんないけど」

――どんな目ぇしてるんだ! これはゴルゴ13だぞ! え、え? あ、間違えた!――

 

 次の瞬間、モニターの画像が切れて、本格的に置き去りにされてしまった。

 

 わたし、絶体絶命……!?

 

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
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真凡プレジデント・62《ひまわり模様のワンピ》

2021-04-24 05:34:04 | 小説3

レジデント・62

《ひまわり模様のワンピ》     

 

 

 

 ちょっと子どもっぽいんだけど、構わない!

 

 三人の私服は大人を感じさせる。

 綾乃はモテカワのカットソーに虹色キュロット。

 みずきはオールディーズ風水玉ワンピ。

 真凡はパステルピンクのキュロットに淡い水色のカットソー、その上にオフホワイトのボレロ。姉の美樹さんのだと見当はつくけど、似合ってるということは、真凡に、それだけの大人の魅力あるということよ。

 わたしは、ひまわり模様のワンピ。

 中学でグレてたとき、お盆休みの旅行の為に買ってくれたんだ。

 パートの篠田さんや、バイトの女の子もいっしょに行くはずだった。

 前の晩からブッチしてたわたしは、けっきょく帰らずに、いっしょに行かなかった。

――探した方がいいですよ――

 心配顔の篠田さんを――だいじょうぶ、だいじょうぶ――お呪いみたいに明るく言って予定通りの二泊三日に出かけた。

 二日日目の夜に家に戻って、ひまわりワンピが、そのまま長押に掛けてあって、ポケットに宿泊先の電話番号と行き方を書いたメモ、それに運賃の諭吉が一緒に入っていた。

 

 それっきりになってたワンピなんだけど、今日のケーキバイキングに着ていくことに決めた。

 

 決めたんだけど、きまりが悪くって言い出せずにバッグに入れて学校まで持ってきた。

「似合ってるじゃん、そうだ、みんなで写真撮ろう!」

 真凡の提案で写真を撮った、四人一緒と一人のと。

「いやー、こういう写真を撮ろうと思うのも、暑い中エアコンつけてくれた柳沢先輩のお蔭ね。そうだ、先輩に写真送っておこうか!?」

 企んでやったわけではないんだろうけど、真凡のこういうところはプレジデントの器だと思う。

 おかげで、自然な形でお母さんに写真を送れた。

 折り返し――てっきりメルカリに出されたのかと思った――のメールには、ランチタイムの忙しさを楽し気に働くお母さんの写真が添付されていた。

 やっぱ、殊勲賞だよ真凡は!

 

 その真凡が、信号を渡り損ねた。

 

 横断歩道を挟んでバツ悪げに佇む真凡。

 その真凡の前をオフホワイトのワゴンが一瞬停まって、動き出した時には真凡の姿が無かった……

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
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真凡プレジデント・61《夏の日差しをものともせずに》

2021-04-23 05:40:36 | 小説3

レジデント・61

《夏の日差しをものともせずに》    

 

 

 

 登下校に帽子をかぶる習慣がない。

 

 でしょ、たまに日傘差してる子もいるけど、荷物になるし、ちょっちダサ目なんで、日傘も差さないし帽子も被らない。

 だから制服を着たとたんに机の上に用意しておいたキャップは忘れてしまう。

 で、終業式が終わって、生徒会としての学期末の書類整理なども終え、エアコンをギンギンに効かせてお召し替え。

「真凡一人イケてるじゃん」

 ひまわり模様のワンピが健康的ではあるけど子どもじみたなつきが感心する。

「なんだか女子アナみたい!」

 本質を突いてきた綾乃はモテカワのカットソーに虹色キュロット。

「女は化けるわねーー!」

 自分の化けっぷりを棚に上げて、オールディーズ風水玉ワンピのみずき。

 

 ケーキバイキングとはいえ一流ホテルのそれなので、申し合わせもしていないのに気合いが入っている。

 

 こういうことに慣れている女子大生とかOLは、案外ラフな格好で来るのだろうと想像はつくんだけど。

 まあ、こういう背伸びも似合って見えるのが女子高生の特権でしょ。

 わたしの場合は、自分のがナフタリン臭いので止む無くってことなんだけどね。

 

「じゃ、行こうか!」

 

 踏ん切りをつけて昇降口を出たところで思い至る――帽子欲しいよねえ!――

 やっぱり制服の呪縛は大きい。

 高校生と言うのは、時と場所によって――もう大人――と――まだまだ子ども――を使い分けてるんだけど、私服になったとたん、大人の方にバイヤスがかかり、普段は、あまり気にもしない日差しが大いに気になる。

「そだ、ちょっと待ってて!」

 可愛い目をクルリと回したかと思うと、なつきがロッカーの所に戻った。

 ひとしきりゴソゴソやったかと思うと――あったー!――の声をあげて駆け戻って来る。

「はい、ちょうど一個ずつ!」

 配ってくれたのは、去年毎朝テレビの見学(これはこれでエピソードがあるんだけど、いずれ)でもらったキャンペーンキャップ。記念品は一人一個なんだけど、なつきは四つもせしめていた。

 

 こうして、イケてる四人はさっそうとケーキバイキングに乗り出した。

 

 夏の日差しをものともせずに、道行く人たちの注目を浴びて、ちょっとウキウキの四人。

「ア、信号変わる!」

 駅前まで来たところで、なつきが駆けだした。

「ちょ、待って!」

 靴までお姉ちゃんのを借りてきたわたしは、出遅れて、瞬きしだした信号に間に合わなかった。

「くそ!」

 

 向こうの信号では、三人がオホホアハハと笑っている。

 そこに、わたしの前にオフホワイトのワゴン車が停まった……。

 え……?

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・60《上から下までお姉ちゃん》

2021-04-22 05:42:59 | 小説3

レジデント・60

《上から下までお姉ちゃん》   

 

 

 

 体温よりも高い猛暑の中をケーキバイキングに行く!

 

 中谷先生にもらったSホテルのケーキバイキング優待券。

 ホテルに行くのだから私服に着替える。

 とくにドレスコードがあるわけじゃないんだけど、制服で行くとかえって目立ってしまう。

 それに、ちょっぴりオシャレをしてみたいという気持ちもあったりする。

 

 あ、ナフタリン臭いよ。

 

 久々に出したオシャレ着、胸に当てて鏡で見ていたらお母さんに指摘される。

 仕方がないので失踪中のお姉ちゃんのクローゼットをまさぐる。

 退職後はジャージばっか着ていたけど、やっぱ天下の女子アナだ、持っている衣装はハンパではない。

 トップかボトムか、一点だけ拝借して間に合わせようと思うんだけど、やっぱ、さり気に見える衣装でも、女子アナの衣装だ。ちゃちな女子高生の服には合わない。

 仕方がない、たった一日の事でもあるし。大半をお姉ちゃんので間に合わす。

 まあ、キャップだけでも自分のいこうか。

 それで、パステルピンクのキュロットに淡い水色のカットソー、その上にオフホワイトのボレロ。

 体形がほとんどいっしょなのでピッタリ収まる。

 これを学校に持って行って、午前中の授業が終わったら四人で着替えてくり出す算段だ。

 

 ローファーはありえないでしょ。

 

 玄関を出ようとしたらお母さんに言われる。

 お姉ちゃんが居なくなってから、さすがに心配になって帰って来たんだけど、あれこれとうるさい。

 でも、さすがに年の功。

 制服姿なんだけど、学校で私服に着替えることを知っているので、するどく指摘してくれたんだ。

 

「えーー、って、そだよね」

 

 鏡の前でファッションショーやった時には足元まで気が及ばない。

「サイズいっしょだから、これ持っていきな」

 お母さんが渡してくれたのはお姉ちゃんのパンプスだった。

 上から下までお姉ちゃんのグッズ……忸怩たるものがあるけど、四の五の言っていては遅刻する。

 行ってきまーす!

 ……パンプスは持ったがキャップを忘れた。

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・59《ウワーーーー(#^0^#)!》

2021-04-21 05:56:45 | 小説3

レジデント・59

《ウワーーーー(#^0^#)!》   

 

 

  何ごとも規則通りにやると息が詰まる。

 

 たとえば、道路の左側を歩けば道路交通法違反になる。

 空き地を斜めにショートカットすると不法侵入罪になる。

 女の子を五秒以上見つめるとセクハラになる。

 

 これと同じ理屈で、学校は生徒会室のエアコン使用を許可しなかった。

 

 だから、事務所と同じ感覚で校内を見て回った。

 主に教官室や教科準備室など十五か所。

 出てくる出てくる。

 冷蔵庫が十二台、エアコンが二台、洗濯機が二台、電子レンジが四台、ガスコンロが一台。

 いずれも学校の備品ではなく私物として持ち込まれたもの。コンロにいたっては隣の部屋からホースを敷いて堂々の消防法違反。

 いつもならネットに晒す。

 今回は生徒会室のエアコンを稼働したいだけなので、タブレットに取り込んだだけで事務所に向かう。

 

「これ、問題だと思うんですけど」

 

 それだけ言って主査のオッサンに見せる。

 ほんの五秒で、オッサンは事務長に耳打ち。

 チラチラと俺を見てはヒソヒソ。

「時間かかるようならエンターキー押しますが」

「「エンターキー!?」」

「はい、ネットに流れると同時に都教委と都庁の記者クラブに……」

「分かった分かった、直ぐに生徒会室の電源を入れてあげるから(^_^;)!」

 事務長は若い主事のニイチャンに指示して電源を入れてくれた。

「学校の節電努力も理解しています。給湯室のレンジなんか使用しないときはプラグ抜いてらっしゃいますもんね」

「え?」

 主事のニイチャンの背中が驚く。

 事務所の給湯室は隣接する校長室と共用で通路を兼ねている。万が一の校長の脱出ルートでもあるし、秘密の相談が行われるコーナーでもあり、生徒はいっさい立ち入れない。その給湯室の秘密なんだから驚くだろう。ただ、ヤマはっただけなんだけどね。

 

 ウワーーーー!

 

 生徒会執行部、四人の女の子が歓声を上げる。日ごろはなにかと癖のある子たちだけど、これだけの暑熱が一気に解消されると、彼女たちのコアな女の子らしさが出るんだ。エアコンの威力は絶大だ。

 それと、真凡が特徴のない女の子だと言われる理由が分かった。

 分かったんだけど、なにもかも表ざたにするのも芸のない話なので、ここでは言わないぞ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

 

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真凡プレジデント・58《柳沢先輩は手を切らない》

2021-04-20 06:07:28 | 小説3

レジデント・58

《柳沢先輩は手を切らない》   

 

 

 さすがは柳沢先輩、わたしが倉庫の整理をやっているうちにやっつけてしまった。

 むろんエアコンの取り付けよ。

 しかし、様子がおかしい。

 エアコンが付いてるわりには蒸し暑く、扇風機すら回らずに生徒会室の窓は全開になっている。みんな汗を流してペットボトルのお茶や缶コーヒーなど飲んでいる。

 

 え、あ、どうして?

 

 表情を読んだのだろう、柳沢先輩が解説してくれる。

「設置許可と電気代の問題なんだとさ」

「なんですか、それ?」

「エアコンは設置許可が必要で、電気代もバカにならないから、運転の許可が下りないの」

 お茶を飲みつくした綾乃が補足する。

「さっき事務の人がやってきて、宣告された」

「えと……わたしがいけないの」

「なんで、なつきが?」

「なつきは悪くないって」

「だって……」

「じつはね、エアコンつくのが嬉しくって、なつきがお茶を買いに行ったのよ。そしたら、自販機が故障してお茶が出てこないから……」

「あ、あ、だから事務所に知らせに行ったのよ」

「自販機の故障なら食堂のおじさんでしょ」

「ま、それで、あまりになつきが嬉しそうなもんで『なにかいいことあったのかい?』と聞かれてさ」

「『生徒会室にエアコンが付くんでーす(^▽^)/』って、言ってしまった……」

 

 なるほど、それで視察にこられて難癖付けられた……か。

 

「でも、とりあえず点けてみるとか?」

「だめだよ、配電盤のブレーカーごと電源を落とされてる」

「エアコンを撤去しない限り電源も使わせないってさ」

 杓子定規な学校にも腹が立つけど、汗を流しながらもヘラヘラお茶を飲んでる柳沢先輩もどうかと思う。

「じゃ、どんな手続き踏めばエアコンを点けられるんですか?」

「おーーーー」

「なんですか先輩!?」

「いつも取り留めのない顔だけど、怒ると、けっこう美人じゃないか」

 先輩のオチョクリに執行部の三人の視線が集まる。

「あーー確かに……写真撮っていい?」

「困ります」

「あ、もう撮っちゃった」

「あの、だから手続きは?」

 ダメならキチンと正面から立ち向かってやろうという気になっている。

「我々から生徒会顧問に言って、学校の運営委員会に掛けられて、年間の予想消費電力の見積もりなんかも添えて職員会議で許可が下りなきゃいけないんだぞ」

 う~ん、ちょっとまどろっこしいけど、やってやろうという気になって来た。

「しかしな真凡、運営委員会も職員会議も議案が詰まってるから、取り上げてもらえるのはいつになるか分からんぞ」

「え、そんなあ」

「それに、そのプロセスで代議会とか、生徒会側の評決を得てないとかで横やりが入ると、俺は見ている」

「ニヤニヤ笑わないで言ってもらえます!」

 我ながら言葉に棘が出てきた。

「学校って役所だからさ、特に事務は、モロ行政職だからな、気に入らないとなったらいくらでも邪魔するさ」

「だったら、どうしろって!?」

「よし、俺が行ってくるよ。汗も引いたし、真凡のレアな表情も見られたしな」

 

 先輩はグシャリと空き缶を握りっ潰して席を立つ。

 わたしやお姉ちゃんのように手を切らないところがシャクだ!

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

 

 

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真凡プレジデント・57《新品エアコンの恩恵にあずかろう!》

2021-04-19 05:52:52 | 小説3

レジデント・57

《新品エアコンの恩恵にあずかろう!》    

 

 

 

  ごくろうさま。

 控えめな労いの声に顔を上げると藤田先生だった。

 倉庫の中に居てはうだってしまいそうなので、とりあえず廊下に出すことに専念したので乱暴な積み方になった。残り1/3というところで、廊下に積んだ荷物が崩れそうになって、支えているところだ。タンクトップ一枚の腋が丸出しで恥ずかしい。

 先生は、言葉だけでなく、瞬間迷ってから、崩れそうになった荷物の上の方を積み直してもくださった。

 その間、先生もわたしも無言。

 声を掛けた先生も気まずいようで、目線が逃げている。

 でも、こういう気まずい状況でも、生徒が汗みずくで働いていたら声を掛けずにはおれないのも先生の好ましい個性だ。

 春先の中庭で、生徒会選挙の候補者で悩んでいる先生に出くわさなければ、生徒会プレジデントになっていることも無かっただろう。

「生徒会の資料とかがあるんで整理しているんです」

 中谷先生が言っていた建前だけを笑顔と共に述べる。中谷先生の私物処理がメインだとは言わない。

「あ、えとね……」

 気の毒そうな顔をしたまま、先生は倉庫の中に入りゴソゴソやり始めた。

「あ、もう終わりかけで、一人で出来ますから」

 先生の善意をけん制したつもりだったが、物事はよく確認しなければならない。

「あ、いや、手伝ってあげられるといいんだけどね、これから会議なもんで……」

「あ、あ、そうですか、それはそれは……(^_^;)」

 早とちりに不得要領な返事になる。

「あったあった」

 先生は、倉庫の奥から二つのものを出した。

「この台車で運べばいい、それからエレベーター使っていいからね。それと、PTAで作ったタオル。それじゃ間に合わないだろう」

「あ、ありがとうございます!」

 もうタオルハンカチじゃ間に合わないくらいの汗だったので助かる、それに、台車とエレベーターは百人力だ。

 

「ごめーーーん、助かった!」

 

 台車一杯の荷物を運んでくると、中谷先生も正直な礼を言ってくれる。先生の机の上には退学届けと退学に関わる上申書などが載っている。学期末で退学者が出て、その処理に追われていたようだ。先生にも事情があるんだと納得。

「あ、これ、ホテルのケーキバイキングの優待券。良かったら使ってみそ」

「ありがとうございます!」

 これでチャラ。

 藤田先生にボヤいたりしなくて正解だと思い、お相撲さんのような手刀きって頂戴する。

 職員室のもう一つのドアから、会議の終わった藤田先生が入って来る、微妙な目配せが中谷先生との間に交わされる。

 

 これは、藤田先生から一言あったんなあと思うが、ペコリとお辞儀だけして生徒会室に戻る。

 

 さあ、新品エアコンの恩恵にあずかろう!

 意気揚々と生徒会室に戻ったんだけど……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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真凡プレジデント・56《高校生の美徳》

2021-04-18 05:45:17 | 小説3

レジデント・56

《高校生の美徳》    

 

 

 

 高校生が正直なのは美徳なんだろうけど、役に立たないこともある。

 

 毎朝テレビでエアコンをもらって帰る途中、中谷先生からメールが入った。

――倉庫に生徒会の資料があるから取りに来て、至急ね――

 学校に着くと、柳沢先輩と執行部の三人に任せて、わたしは職員室に向かった。

 エアコンの据え付けは綾乃が拝み倒して、柳沢先輩がやってくれることになっている。

 資料を取りに行くだけだから、汗を拭いて戻るころには作業に掛かれるだろう。

 

「失礼します……オオ」

 

 ドアを開けると、どっとあふれ出した冷気に包まれて気持ちがいい。

 職員室のエアコンはガンガンかかっていて羨ましい。ま、生徒会室も一時間もすればエアコンが付く。羨むのもこれが最後だと思うと、気分がいい。

「田中さん、こっち!」

 机の島に胸壁のごとく高く積まれたゴミにしか見えない書類等やらの山から、中谷先生の手がオイデオイデをしている。

 声だけで分かってくれるのは嬉しい。

 何度も言ってるけど、わたしの特徴のなさは特筆もので、先生によっては学年の最後まで覚えてもらえないこともある。

 とっくに諦めているんだけど、今みたく間髪いれないで分かってもらえるのは、エアコンの冷気と共にありがたい。

「資料って、どこの倉庫でしょ?」

 どことは聞いたけど、職員室に附属している六畳ほどのそれだと見当はつけている。あそこなら、ドアを開けっぱなしにしておけば一分足らずで職員室と同じ涼しさになる。ラッキーだ。

「あ。こっち」

 先生は鍵束を手にするとスタスタと職員室を出ていく、ちょっち悪い予感。

 

「ここなんだけどね」

 

 先生が立ち止まったのは四階の階段を上がって直ぐのドア。

 ドアが開くと、四十度くらいはあろうかという熱気がカビとホコリの臭いをまとわりつかせて転げ出てくるる。

「このロッカーと棚にあるので生徒会らしいのは持ってってくれる? あと、わたしの名前とか書いてある……こういうやつね。これを職員室まで持ってってくれると嬉しい。大変だろうから、執行部みんなでやっていいわよ」

「あ、いえ、一人で出来ます」

 一人ではきつい量なんだけど、こんな仕事に皆を呼ぶわけにはいかない。

「あ、そう、ま、無理しないでね」

 先生はサッサと行ってしまう。

 ため息一つついてブラウスを脱ぎ、タンクトップ一つになって取り掛かる。帰りのことを考えるとブラウスを汗びちゃにはしたくない。むろん、ここを出る時にはタオルハンカチで汗をぬぐう。

――これって……――

 二三分して気づいた。

 生徒会の資料って、ほんの段ボール一箱程度。あとは先生の私物と思しきガラクタばかりだ。

 ハーーーー

 再びため息ついて周囲を見渡す。他の先生の私物とかもあって、どうやら、空き部屋を先生たちの物置にしていたようだ。

 一画がゴソッと無くなっているところや、荷造りされているのもある。おそらくは、学校の都合で部屋を整備するか使うかで、私物はどけておくように指示があったのだろう。

 ざっと見当を付けて、とりあえず廊下に出すことにする。

 廊下に出してしまえば、中よりもよほど涼しい。

「さ、やるか!」

 気合いを入れて作業にかかるわたしであった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
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真凡プレジデント・55《四人揃って来るこたーないだろ》

2021-04-17 06:28:28 | 小説3

レジデント・55

《四人揃って来るこたーないだろ》     

 

 

 

 俺が免許を持っているのは綾乃以外は知らない。

 

 だから、綾乃がバラしたのに違いないんだけど、久々に縋りつくような眼差しで頼んできたので引き受けてやることにする。

――四人揃って来るこたーないだろ――

 待ち合わせ場所のロータリーに生徒会執行部が雁首揃えて並んでいるのが目に入って、思わずハンドルを叩いた。

「エアコンの効きが悪いから、ちょいと暑いぞ」

「大丈夫よ、効きのいいエアコンを取りに行くんだからさ、さ、みんな乗って乗って(^▽^)」

 意味不明の小理屈を言って、どーしようかという顔をしている三人を急き立てて車に乗せる綾乃。

 こういう調子づいた行動は俺への甘えからなんだろうが、三人に気づかれても面白くないのでブスっとしておく。

 

「よろしくお願いします」

 会長の真凡が挨拶してくれる。

 真凡は常識ある生徒会長らしく、申し訳なさそうに眉をヘタレさせる。

 ほら、アニメとかでよくある表情、眉毛が「し」の字に、目が「へ」の字になってるやつ。

 意外に可愛い……きれいだ。

 取り留めのない造作で、かなり親しくなっても、真凡の素顔って? 考えてしまうほどに特徴が無い。アニメやゲームに出てくるNPCというか、へのへのもへじ顔というか、そんな感じ。

 しかし、元々、毎朝テレビ一押しの女子アナ田中美樹の妹ではある。磨けば相当の輝きを発する……と思って運転に集中する。安全運転のためでもあるが、助手席の綾乃の機嫌を損ねたくはない。綾乃に対して完全な優位に立てることも、近頃無いしな。

「ちょっと、窓開けていいか?」

「えーーーなんで!?」

「いや、その……窓開けた方が涼しいかなって……」

「やだ、温い風が入ってきてもしかたないよ」

 綾乃の反対に、後ろの三人があいまいな笑顔を返す。

 暑い以外に、四人の若い女のニオイで閉口しているんだけど、さすがに言えない。綾乃に、これ以上口を開かせることも剣呑だしな。

 

 毎朝テレビが近くなるにしたがって、言いようのない負のオーラを感じる。

 

 六十年以上民放の雄として君臨していた毎朝テレビが潰れたんだ。言葉では説明しきれない何かがあるのかもしれない。

 しかし、言っとくけど、俺のウィルスが原因で潰れたという呵責は爪の先ほどもない。

 駐車場に車を入れながら思ったのは、こいつらエアコンの据え付けまでやれって言うんじゃないだろうな? という心配。

 エアコンの取り付けっていうのは、テレビ局一つ潰すよりも面倒なんだぜ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
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真凡プレジデント・54《生徒会室は暑い!》

2021-04-16 06:27:16 | 小説3

レジデント・54

《生徒会室は暑い!》     

 

 

 生徒会室に無いもの=エアコンと男。

 

 その結果、生徒会役員たちは非常にダレてきてしまった。

 年代物の扇風機は暖気をかき回しているだけで効果はないのだけど、ここで稼働しなければレーゾンデートルにかかわるとばかりに唸りを上げて回っている。

「ちょっとマシかもしれないよ」

 食堂から戻って来たなつきが、キンキンに凍ったペットボトルのお茶を配る。

「よくメッケてきたわね!」

 普段は凛としている副会長のみずきがクリスマスプレゼントをもらった子供のような顔になった。

「同じ食べ物屋だから、食堂でもやってるんじゃないかと思って」

「あ、なつきんちはお好み焼き屋さんだもんね」

 ブラウスの第二ボタンまで外していた綾乃はタンクトップを引っ張って、ペットボトルを胸の谷間に収める。

「う~ん、二択だなあ……」

 とりあえずタオルハンカチでくるんで頬っぺたをスリスリしながら、みずきは悩み始める。

「なに、悩んでんの?」

「なつきみたく胸に納めるべきか、脚で挟んでみるか……」

「脚で挟む?」

「こうよ……」

 

 三人が机の下を覗くと、みずきはスカートをたくし上げ太ももでペットボトルを挟んでいる。

 

「あ、それって、女捨ててる……」

「アハハ、でも涼しいよ」

「そう?」

「足の付け根って太い動脈があるから効率的に冷やせるのよ」

「動脈なら、腋の下とか首筋にもあるでしょ」

 真凡が首筋にペットボトルをあてがって注意する。

「だって、ここがいちばん蒸れるし(^_^;)」

「うん、分かる、こうやって……下敷きであおぐと……おお、いっそう快適じゃあ!」

「「あ、そう?」」

 なつきと綾乃が倣おうとしたとき、真凡のスマホが鳴った。

「……あ、やったあああああああ! エアコンが手に入るよおおおおおお!」

「「「えーーーー!」」」

「毎朝テレビの営繕課にメールしといたの、取りにくるんだったらストックのエアコンくれるって!」

 蛇の道は蛇で、真凡は姉の知り合いにメールを打っておいたのだ。

 

 かくて、本日の執行部会議は予定の議案を一つも話し合わないまま散開することになった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
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真凡プレジデント・53《拡散の果て》

2021-04-15 06:36:57 | 小説3

レジデント・53

《拡散の果て》      

 

 

  この人手不足の世の中なのに再就職先が無いんだそうだ。

 

 毎朝テレビの出身というだけで門前払いされる。

 どこのマスメディアも狼狽えている。下手に毎朝テレビの出身者を引き受ければ――おまえの所も同じか!?――という目で見られ、自社の存続も危うくなるからだ。

 マスメディアはこぞって姿勢を変えた。阿倍野内閣がいかに真摯に政治に取り組んできたかを特集番組で賛美したり、野党が無茶苦茶な追及をしてきたかを言い出した。

「メディアのみなさん、支持してくださるのは有りがたいのですが、どうか冷静になってください」

 当の阿倍野首相が控え目なコメントを出すに至っては「なんと寛容な総理大臣なんだ!」と、メディアの社長や編成局長がテレビで言い出す始末だ。

 

 悲劇が起こった。

 

 お姉ちゃんといっしょに総理番をしていた元記者が亡くなった。

 ほら、ぶら下がり取材が終わって、何度も「総理!」と呼び止めては知らんぷりして、総理は記者の呼び止めを無視して行ってしまいましたってフェイクニュースを流した人。

 仮にSさん。

 SNSで面が割れてからは、再就職どころか、Sさんは、街を歩いていると「おいS」「Sさ~ん」と声を掛けられる。

 振り返るとニタニタ笑っている人が複数いるんだけれど、呼んだ本人が名乗りを上げることは無かった。かつて自分が総理にやったことが毎日いたるところ、行く先々でやられるのだ。日を追うに従って、呼び止める人が増えてきた。

 そして、全国的に、これが流行り出した。大勢で名前を読んだり声をかけたりして、人が振り返っても無視するいう遊び、いや、イジメが流行り出したのだ。

 こういうイジメは学校が温床となり、最初は中学、やがて高校、小学校と広がり、幼稚園児まで真似し始めると、PTAや教職員組合、果ては文科省まで騒ぎ始めた。

「人に声をかける時は、相手の前に回って、人の視界に入ってからにしましょう」

 文科大臣がバカなことを言いだす。

 前に回ったからと言って、人間はAIではないので、全てを認識できるわけではないのだ。

「じゃ、声をかけると同時に手を挙げて注意喚起することにしましょう(^▽^)/」

 斬新な提案や政策で有名な都知事が、いつものノリで、こういう提案をする。

 それはいいことだ、子どもたちは教室で普通にやっていることだから、大人も昔を思い出してやってみようということになった。

 都知事のぶら下がり会見からやり始め、野党の女性議員が推奨し、国会でもやるようになった。

「五十肩のオッサンは、ちょっと辛いものがある」

 与党の重鎮が、物言いをつけると、その日のうちに都知事がアイデアを出した。

「授業中の小学生みたいにやらなくてもいいでしょ、ちょっと肩のところまで手を挙げるだけで十分ですよ。ほら、昔、蕎麦屋の出前持ちが自転車やバイクに乗って肩の所で出前のお蕎麦をホールドしてましたでしょ(^▽^)/」

 その提案で、そのスタイルが『デマエ』という言葉で表現されるようになって、軽く手を挙げることを『デマエる』というようになった。

「ご意見ご質問のある方は、どうぞデマエてください」

 絶滅寸前のワイドショーで、なんとか生き残っていた女子アナが言い始めて流行り出したのだ。

 この女子アナは、一時は都知事と並んで有名になり、二人の対談が週刊誌に載ったり表紙を飾るようになった。

 ひかし、意外なところからクレームがついてきた

「ナチスの挨拶と同じだ!」

 アジア某国のサッカー選手が言い始め、瞬くうちにSNSで広まってしまった。

「日本はナチスを礼賛している!」

「軍国日本の復活!」

「ジャパンファッショ!」

 都知事が言い出して一か月もしないうちに、世界中からファシズム復活と避難の嵐になった。

「ドイツでは、ナチスの敬礼と混同されないように、手を挙げる時は人差し指を挙げることにしています」

 ドイツ人がSNSで親切に教えてくれたのを一種のからかいと思った野党の女性党首は、記者会見で指摘されると、からかいの一種だと思って鼻で笑ってしまった。

 フン

 ニ十分後には、画像付きでSNSで広まってしまい、ドイツを先頭に世界中から非難を受けた。

 こういう風潮にうんざりした若者が、この原因の全ては元毎朝テレビのSだ! Sこそ元凶だ!

 Sさんは、もう名前を呼ばれるだけでパニックになってしまい。赤信号の交差点にフラフラと飛び出し「危ないSさん!」の声にも振り向けず、とうとう、トラックに跳ねられて亡くなった。

 ま、それは、わたしを取り巻く一連の事件が終わってからのことなんだけどね。

 

 そんなある日、お姉ちゃんは「ちょっと出てくる」と言ったまま居なくなった。

 

 ちょっとコロッケを買いに行くようなナリだったのだけど、疾走したのでは!? 両親は心配したが、パスポートの写真を知っているので「そのうち帰って来るよ」となだめておいた。

 さあ、もうじき夏休み。

 二つ角を曲がったら正門が見える。

 一つ目のビルの角を曲がって、パッと空が広がる。

 真っ青な空にムクムクと入道雲、遠くセミの鳴き声……え、セミ?

 いくらなんでもセミには早い。

 どうやら、青空と入道雲のフェイクに感覚がフライングしたようだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
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真凡プレジデント・52《良心的性悪女と証明写真》

2021-04-14 06:08:33 | 小説3

レジデント・52

良心的性悪女と証明写真》       

 

 

 放送局……という人物評というかあだ名があったそうだ。

 

 あいつに言ったら、またたくうちに広まってしまう。そんなお喋りな人を揶揄して使う昭和的な言葉だ。

 困った奴だというほどのニュアンスで、わずかに――愛すべきお喋り――という温もりがあった。

 それが、この半月余りで意味が変わった。

 単なるお喋りでは無くて、嘘をまき散らしては人を陥れる犯罪者。ということになってきた。

 

 毎朝テレビが原因不明の電波停止になり、代わりに隠していたニュースや記録がSNSで流れてしまい、瞬くうちにフェイクニュースを垂れ流していたことが世間に知れたからだ。

 あっという間にスポンサーが下り始め、たとえ電波が戻ってきても放送事業が再開できる状況ではなくなってきた。

 ディレクターとかアナウンサーとかコメンテータというのも、真面目な顔して嘘を言う奴というニュアンスが付き始めた。

 毎朝テレビのチーフディレクターで創業者の孫である池島大輔が、自分の不正を隠すために部下の室井ディレクターを殺害して東京湾に沈めたことが発覚したからだ。

 こうなってくると弱り目に祟り目、ネットはもちろんのこと新聞や雑誌も放送局を叩き始め、SNSは放送局や放送局の事実上の支配者である大手広告代理店への非難で一杯になった。

 女子アナと言う、昭和平成の時代では女性最高のステータスもほとんど性悪女と同義語になりつつある。

 

 あーーーサッパリしたあ!

 

 久々に女子アナ時代のサマースーツで出かけたお姉ちゃんは、帰って来るなりシャワーを浴びて、ジャージ姿で上がってくると、サマースーツをゴミ袋にぶち込み、缶ビールあおってソファーにひっくり返った。

「全部しゃべってきたの?」

「うん、あらいざらいね」

「総理をイジメたことも?」

「うん、セクハラのねつ造もね。ひどいプレーを強制されたアメフト選手の気持ちが良く分かります……と締めくくっておいたから、まあ、良心的性悪女くらいのところで許してもらえるよ」

 お姉ちゃんは、毎朝テレビのドキュメントを扱ったNHKの特集番組に出てきたのだ。

「来年の秋には電波オークションが始まるって。まあ、NHKは安定の例外扱いと思ってるから、あんな番組つくれるんだろーね……あ、そだ」

 濡れた髪を拭くのを止めてスマホを取り出した。

「ね、真凡の感覚だと、どの写真がベストだと思う?」

 良心的性悪女は、数十枚の自分の写真をスクロールして見せた。全て前向きのバストアップだ。

「ひょっとして、指名手配用の写真?」

「ばか、証明写真よ」

「そっか、これなんかいいんじゃない?」

 いちばん穏やかな、髪をアップにしてるのを選んでやる。

「あんたも、そう思うよね……でもダメなんだよね~」

「どうして?」

「アップにした髪が、上のとこ切れてるじゃん」

「うん、それが?」

「髪が切れてると、その上になに隠してるか分からないからダメなんだよ」

「いったい、なんの証明写真?」

「パスポート」

「な……」

 

 国外逃亡でもやらかそうというんだろうか……?

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

 

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