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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・6『百地芸能事務所・1』

2022-06-04 10:46:06 | 小説3

くノ一その一今のうち

6『百地芸能事務所・1』 

 

 

 ほう……きみが風間本家二十一代目か……

 

 たっぷり十秒ほどかけて、変態さんみたいにジロジロと社長が見る。

「あの……紹介状と履歴書……」

 視線に耐えられなくなって、二つの封筒を社長机に差し出す。

「これはご丁寧に……」

 封筒を手にすると、そのまま二秒間ほど見て、封も切らずに引き出しにしまった。

「あ、あの……」

「大事なことは、封筒の方に書いてあるんだ。忍者にしか見えない字でね」

 ほ、ほんとかなあ……。

「十七歳で覚醒……その子さんは『遅咲きではあるが、開祖に劣らぬ力を秘めている』と書いている」

「え、そうなんですか?」

「だから、よろしく鍛えてやってくれと結んでいる」

 そ、そうか……ここ何日かのニャンパラリンとか、自分でもビックリするくらいの能力だもんね。

「というのは時候の挨拶の書式みたいなもんだ」

「え?」

「あるだろう『謹賀新年』とか『新緑の候、貴兄におかれましては、益々ご清祥のことと存じます』とか、『新緑の野山に萌える今日この頃』とか『転居いたしました、ご近所にお運びの節はぜひお立ち寄りください』とか」

「え、あ、そうなんですか?」

「その行間に滲むものが本題なんだが……まあ、それを明かすわけにはいかんがな。取りあえず風魔その。今日から君は、百地芸能事務所のアルバイトだ」

「はい!」

「申し遅れた、わたしは百地芸能事務所社長の二十代目百地三太夫だ。呼び方は社長でいい」

「はい、社長!」

「うちはアクションとか殺陣とかを中心とする芸能事務所なんだがね、それだけでは食っていけないから、舞台やテレビの仕出しや着ぐるみショーとか、それに類する各種業務もやっている。そのはまだ高校生だからシフトは考慮する。考慮するにあたっては、ちょっとテストをやっておきたい」

「はい」

「これに着替えて、この地図に沿って歩いてきてくれ」

「歩いて、どうするんですか?」

「途中に課題を仕込んである、いくつこなせるか。こなし方も含めてのテストだ」

「は、はい」

 

 倉庫兼用の更衣室で着替えて事務所の外に出る。衣装は事務所のロゴが入ったジャージ。渋いダークグレーかと思ったら、元は黒だったのが色褪せてるだけで、片方の膝と肘にはツギがあたってるし、すごい石鹸のニオイするし(;'∀')。

 まあ、石鹸のニオイがするってことは、いちおう衛生には気を遣ってるんだと納得しておく。

 でもね、足もとが地下足袋。

 地下足袋ってのが世の中に存在するのは知ってたけど、見るのは初めてだし、むろん履くのは初めて。

 地下足袋って踵が無いんで、ちょっと違和感。地面に足の裏全体がペタンとくっつく感じ。

 

 地図を見ながら南へ……古本屋さんが並んでる通りに出る。

 普通のお店って、本屋さんでもエアコンとかあるからドアが閉じてるとこが多いんだけど、古本屋さんは、どこも開けっぴろげ。開けっぴろげと言っても、商店街の八百屋さんとか魚屋さんてほどじゃない。たいていガラスの向こうにいっぱい本が積んであって、表にも本棚やワゴンが出てて、その隙間みたいな入り口が開きッパになってる。

 チラ見すると、ワゴンには税込み百円均一で文庫なんか並んでる。新刊で七百円も出して買ったラノベが百円。なんか悔しい。

 いっしゅんゾワってした!

 思わず身構えると、お店の中から本が飛んできた!

 ブン!

 鼻の先五ミリくらいのとこを、ごっつい外箱の付いた本!

 すぐ横を反対方向に歩いていた人が、キャッチして、そのまま歩き去っていく。

 おっかねえ!

 気を取り直して歩き出す。

 シュッ! シュシュッ! ブン! ブン! シュシュッ!

 なんと、二三軒おきぐらいに本が飛び出してくる! 大きさはさまざまだけど、みんなケースに入ってて、当たったら気絶してしまいそう。打ちどころ悪かったら死ぬよ!

 シュッ! シュシュッ! ブン! ブン! シュシュッ! ブン! ブン!

 気が付いたら、全力ダッシュで古書店街を駆け抜けていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長
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くノ一その一今のうち・5『その修業に出る』

2022-05-28 11:45:06 | 小説3

くノ一その一今のうち

5『その修業に出る』 

 

 

 まだ幼いか……

 

 意識が飛ぶ寸前、お祖母ちゃんが呟いたような気がする。

 幼いって……さっきは代々十三歳で目覚めたとか言ってたじゃん、お祖母ちゃんは十五で、お母さんは、ついに目覚めなかったとか……。

 ヘックチ!

 自分のクシャミで目が覚めた。

 なんだか、スースーする……エアコン入れた?

 正面に天井……ということは、仰向けに寝てるんだ。

 グルッと目玉を回すと足もとにお祖母ちゃん。怖い顔で腕組みしている。

「やや小ぶりではあるが、体は十分に発育しておる……」

 え?

 なんだか裸を見られてる気がするんですけど……って……このスースー感は?

 マッパになってる!?

 ウワワワ(# ゚Д゚#)!

 慌てて起きて、脱がされた服を抱えて部屋の隅で丸くなる。

「ちょ、なんで裸に!?」

「狼狽えるな。魔石の声を聞こうとしたら気を失ったのでな、まだ熟してはおらぬのではないかと調べたのじゃ」

「い、いったい何を!? どこをさ!?」

「いろいろじゃ、しかし体の発育には問題はない」

「あ、あたりまえでしょ、もうじき十八なんだから!」

「これは、今のうちに修業に出ねばならんのう……その、明日から修業に参れ! くノ一の修業じゃ!」

「修業……って、学校あるんだけど。それに、お祖母ちゃんの世話だって。お祖母ちゃんご飯も作れないじゃん」

「それは大丈夫じゃ、儂もボケてはおられぬ」

「ボケ老人は『自分はボケてない』って言うもんだよ」

「しのが覚醒してボケてなぞおれぬわ。それに、学校も、きちんと通って卒業するのじゃ。学校が終わったら、毎日修業に通う。風魔本家当主の素養があれば、日に三時間でシフトを組めば間に合うであろう」

 なんかバイトのノリみたいに言う……

 

 で、そのあくる日の放課後。

 

 わたしは、カバンの中に魔石を忍ばせ、ブレザーの内ポケットに紹介状を入れて神田の街を歩いている。

 せめて住所とか電話番号とかぐらいは教えてよね……。

「靖国通りを西にいけば分かる」

 その一言だけで、小川町で下りて西に歩いている。

 探しているのは『百地芸能事務所』って、今どき全部漢字で表記するプロダクション。

 ここで、しばらく修業に通うことになった。

 近くまで行けば魔石が教えてくれるって……昨日はなんにも聞こえなくって気を失ったんですけどぉ。

 正直、信じてるわけじゃない。風間が風魔で、忍者の本家。どうでもいいです。

 お祖母ちゃんのボケが、ちょっち良くなって、世話しなくて済むのは助かる。

 あとは、うちの経済力に見合った短大行くか、就職とかして、将来の見通し付けたいのよ。

 ふつうの人生送りたいわけですよ。

 あたしが結婚とかするまで、お祖母ちゃん元気でいてもらって、子どもが二人ほどできて、子育ても一段落したころにポックリいってもらって、パートとかに行って、たまに食事に行ったり旅行をしたり、文化教室通ったり。

 そういうふうに、波風立てずにふつうの人生歩みたいわけですよ。

 今日は、どんな不幸な奴を見つけてもニャンパラリンなんて絶対やらない!

 まあ、見つけられなかったら、本気でコンビニとかのアルバイト見つけるか……くらいに思って神保町に差し掛かって来ると、いつの間にか南の方に道をギザギザに曲がって、見つけてしまった。

 三階建てのボロビルに、なにかの道場かって木の看板。『百地芸能事務所』

 サブいぼが立ってしまったよ……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母

 

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くノ一その一今のうち・4『その襲名する』

2022-05-23 13:03:51 | 小説3

くノ一その一今のうち

4『その襲名する』 

 

 

 目覚めたんだね

 

 家に帰ると、お祖母ちゃん、ボケの新バージョン……かと思ったよ。

 玄関入ったすぐの所に正座しててさ、ビシッと睨みつけて言うんだもん。

「こっちへおいで」

「あ、まだ晩御飯の用意買ってないし……」

「そんなことはいい……」

 お祖母ちゃんは、普段は使っていない客間兼仏間に、あたしを連れて行くと、お仏壇の前に進んだ。

「ここにお座り」

「う、うん……」

 お仏壇には、すでにお線香の煙が立っていて、昔やったひいばあちゃんの法事みたいな感じ。

 ひょっとして、今からひいばあちゃんの十三回忌? それにしちゃ季節が合わないよ、何月だったか忘れたけど、あれは春だった。やっぱ、まだらボケの新バージョン?

「これを羽織りな」

 え?

 お祖母ちゃんが示したのは、畳んだ黒の着物。

 やっぱ、法事? ひいばあちゃんの七回忌は、お祖母ちゃん黒の紋付、あたしは学校の制服だったし……て、これ紋付じゃないし。丈が短すぎるし。

「ほんとうは、装束一式身に付けなきゃいけないんだけどね、急なことなんで略式だ」

「これは……」

「忍者装束だよ」

「ニンジャショーゾク!?」

「これをご覧」

 お祖母ちゃんが差し出したのは、仏壇の真ん中に安置してある過去帳。子どもの頃から知ってたけど、おどろおどろしいので、マジマジと見たことはない。

 風魔家過去帳……カザマのマの字が違う。うちは風間と書いてカザマだよ。

「風魔とかくのが正式で、読み方はフウマだ」

「フウマ?」

 なんだか不幸な馬を連想してしまった。

「我が家は、風魔小太郎を始祖とする風魔忍者本家。そのは、二十一代目の当主になる」

「ニ十一代目? あたしが!?」

「そうだよ。そもそも風魔流忍術は、舒明天皇の御代の役小角(えんのおづぬ)を開祖とする日本忍者の本流。当主は十三の歳に開眼して忍者道に入るとされている。ひいばあちゃんは、その十三の歳に開眼。わたしは十五の歳。そのの母は開眼することなく大人になってしまい、もはや風魔の流れは途絶えてしまうものと諦めていた……しかし、その、お前は十七歳にして、ようやく目覚めたんだ……」

 え、お祖母ちゃん泣いてるし……ボケの新バージョンにしては凝り過ぎてるし……。

「あのう……だいじょうぶ、お祖母ちゃん?」

「自覚せよ! そなたは、本日ただいまより、風魔忍者本家の当主なるぞ!」

「ヒッ( ゚Д゚)」

「ご先祖様に拝礼!」

「ハ、ハヒ!」

 なんか、すごい迫力、こんなお祖母ちゃん初めてで逆らえないよ。

 チーーン  ナマンダブナマンダブ……。

 五年前の法事を思い出して、殊勝に手を合わせる。

「知らせは受けたが、いちおう確認する」

「なにを?」

「目覚めの証じゃ。昨日は、駅前で猫を助けたのじゃな?」

「え、あ、うん……猫が赤信号で渡ろうとするから、気が付いたらニャンパラリンって感じで」

「ニャンパラリン!?」

 あ、不まじめっぽい?

「えと、口にしたらそんな感じ」

「そうか……そうか……ニャンパラリンは、風魔流跳躍術の掛け声じゃ。隠れていたのじゃのう、その血の内に」

「お祖母ちゃん『じゃ』とか『じゃのう』とか、なんだか成りきっちゃって(^_^;)」

「忍者として語る時は忍者言葉じゃ。そのもおいおい慣れるがよい」

「アハハ……」

「それから?」

「えと、今日は、駅に着いたらゾワってして、ロータリーの歩道歩いてた女の人が――死ぬ――って感じて、すぐにニャンパラリンで書店の壁際に寄せて、それから、屋上に跳んで……」

「ニャンパラリンじゃの」

「う、うん。で、飛び降りかけてた男の子引き倒して、説教した」

「どのように?」

「『このまま飛び降りたら、歩道のオネエサン巻き添えにしてるとこだったよ!』って、で、一発張り倒して『死ぬのは勝手だけど、人の迷惑も考えろ!』って……」

「そうか、でかした」

「でかしたの?」

「ああ、こういう場合、張り倒しておかなければ身にも心にも入らぬものじゃ」

「そうなんだ」

「人の心は聞こえたか?」

 聞かれてハッとした。学校でも、街でもなんか聞こえた、妄想かと思ってたけど。

「妄想ではないぞ」

「あ、いま、あたしの思ったの……」

「そう。こういうことを『読む』という。ん?」

「なに?」

「パンツ、青の縞々だった……助けた男の想念じゃな」

「ああ、それ無し!」

「使いこなせるようにはなってはおらぬが、目覚めの素養としては十分じゃ……では、世襲名を与える」

「セシュウメイ?」

「代々、風魔家の当主が受け継ぐ名前じゃ……今日より、女忍者『ニ十一代目そのいち』と名乗るが良い」

 そのいち……その一……なんだかモブ丸出し。

「不足か?」

「いえいえ(^_^;)」

「『その』とは風魔家の女が代々いただく名前じゃ。わたしがその子、そなたの母はその美」

「あたしは、ただの『その』なんですけど」

「『その』は初代さまの名じゃ。二十一代にわたり、他の字を冠せずに『その』と名乗りしは、初代、十五代、そしてそなたしかおらぬ」

「そ、そうなんだ」

「襲名に当り、これを遣わす」

 なんだか懐から取り出したのは、小汚い石ころ。

「これは、風魔の魔石じゃ。大事大切なものゆえ、めったには、その身から離さぬようにのう」

 石には小さな穴があって、そこから何か聞こえてくるような……思わず耳を寄せる。

 ……………ん?

 とたんに意識がとんでしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
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くノ一その一今のうち・3『風間そのの災難・3』

2022-05-18 17:08:01 | 小説3

くノ一その一今のうち

3『風間そのの災難・3』 

 

 

 朝、校門で呼び止められて、注意されたこと以外には不幸なことはなかった。

 予習が間に合わなかった英語も、前から順番にあてられて、あたしの前に座ってるAがもたついてるうちにチャイムが鳴って助かった。ほら、ナントカ坂46のAだよ。可愛いし、アイドルのハシクレだからいたぶりたくなる気持ちも分かるけどさ。英訳のBe動詞抜かしたぐらいでカラムことないと思うよ。オーラが通じたのか、チラッと振り向いたAは「テヘペロ」をかましてた。後ろの男子どもが胸キュンしてんのも伝わってきて……ま、いいんだけどさ。

 昼休みの学食、階段の最後の二段ジャンプしたのが功を奏したのか、B定食は、あたしで売り切れ!

 やったね。

 隣のA定食(B定食より50円高い)はとっくに売り切れてた。

 この瞬間に限っては、プロレタリアJK、ブスモブ風間そのの勝利なわけさ。

 くたばれリア充! 

 思わず、トレー持つ手でVサイン。食堂のオバチャンが――よかったね(^_^;)――的に笑みを返してくれる。

 これが、他の生徒だったら、オバチャンは、こんな風には微笑まなかったと思う。

 オバチャンも、若いころからソレナリって感じしたし。通じるんだよねモブキャラ同士。

 万国のモブキャラよ団結せよ!

 モブの単純さ。それだけで、午後の授業は元気に居眠りするだけで乗り越えられた。

 

 帰りの電車も空いてたわけじゃないんだけど、ちょうど乗ったドアの横の席が空いてて、ラッキー!

 座ろうと思ったら、いっしゅん遅れてご老人が座る気で迫って来て――あ、どうぞ――的に譲ることができた。

 もうワンテンポ遅れたら、人に声かけるのが苦手なあたしは、悶々として駅に着くまで座ってたと思うよ。

 居眠り決め込むか、知らんぷりしてスマホいじってるかしてさ。そいで、隣に座ってる大学生風が「あ、どうぞ」的に席を譲って――おい、モブ子、ほんとはお前が代わるべきだろが――的に、ややあたしの前に寄って立つよ。

 まあ、昨日が昨日だったから、この程度のモブラッキーはあってもいいよね。

 よし、今日はお弁当じゃなくて、なにか作ろうか。

 数少ない料理のレパを頭に巡らせながら改札を出る。

 

 ピィーーーン

 

 改札を出て、駅前のロータリーに踏み込んだとたん、耳鳴りのようなものがして、カバン持つ手が総毛だった。

 ロータリーの斜め向こうの歩道を歩いているオネエサンが際立って見える。

 このオネエサンに危機が迫ってる!

 感じたとたんに体が動いた。

 ガードレールをジャンプして、斜め向こうの歩道に着地すると同時にオネエサンを書店の壁に押し付け、そのまま三回ジャンプした!

 ショーウィンドウの屋根、テナントの看板、電柱のてっぺん、そしてビルの屋上にトドメのジャンプを決め、手すりの外に身を乗り出していた学生風の上半身を両足で挟み込んで屋上に倒れ込んだ。

 ズサ

「このまま飛び降りたら、歩道のオネエサン巻き添えにしてるとこだったよ!」

「……………だ、だれ?」

 パッシーーン!

「死ぬのは勝手だけど、人の迷惑も考えろ!」

 我ながら、見事に平手と啖呵を決めてアホ男の自殺を食い止めた。

「ご、ごめんなさい……」

 一言詫びると、アホ男はひっくり返ったカエルのようになって、涙と鼻水でグチャグチャになった。

 ガチャ

 屋上階段室のドアが開いて、警備員さんが二人やってくる。

 もう大丈夫。ちょ、ヤバイ!

 相反する二つの気持ちが湧いて、三分たったウルトラマンみたいに、あたしはトンズラを決めた。

 

 え……いまの何? あたし、なにやったの!?

 

 ふと我に返って、ビルを振り返る。

―― パンツ、青の縞々だった ――

 な、なにを見てんのよおおおお(#°д°#)!

 アホ男の想念が降ってきて、晩ご飯の買い物もすっとんで、まっしぐら家に帰るあたしだった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母

 

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くノ一その一今のうち・2『風間そのの災難・2』

2022-05-16 18:08:05 | 小説3

くノ一その一今のうち

2『風間そのの災難・2』 

 

 

 凹んでばかりいられないので、ちゃんとスーパーで買い物をする。

 

 買い物は晩ご飯のあれこれ。

 ここんとこ、お祖母ちゃん不調だから、あたしがやってる。

 お祖母ちゃん、今年に入って晩御飯失敗してばかり。

 お味噌汁にお味噌入れ忘れたり、砂糖と小麦粉の区別つかなくなったり、金魚を三枚におろしたり。

 あと、炊飯器のスイッチ入れ忘れぐらいならいいんだけど、揚げ物、炒め物に失敗して、二回火事出しかけたし。

 危なくって任せられないから、夏の終り頃からは、あたしがやってる。

 たぶん認知症なんだろうけど、要介護認定……してもらわなきゃいけないんだろうけど、あたしも、お祖母ちゃんも、怖くって踏み切れない。

 要介護3とか出てさ、「一人にしてちゃいけませんね」とかケアマネさんに言われたら、介護付き老人ホーム入れてあげられるだけの余裕なんて無いしさ。

 まだ、まだらにまともな時もあるから、ショックだけはイッチョマエに受けて、いっそうダメになるような気がする。

 下手したら、三年のこの時期に学校辞めて、在宅介護とかしなくちゃならないかも。

 口下手だから、役所に行って相談したり……ちょっち無理。

 ああ……落ち込む。

 お料理する元気も気力も無くなって、けっきょく、五時を過ぎて半額シール貼ってもらうの待って、お弁当買って帰る……もう三日も続いてるんだけどね。お祖母ちゃん、食い意地だけはボケてないから「また、弁当買かい……」って、暗い顔して言うんだ。

 まあ、他に、糖尿とか心疾患とか、肝臓とかも悪いから、あたしが二十五になるくらいまでには死ぬだろ。

 あと、七八年といったとこかなあ。

 

「死ねばいいと思ってる目だ……」

 

 ぐっ……見抜かれてる。

「思ってないよ、んなこと……」

 ドア開けて、目が合ったのがマズかった。なんか見抜かれて、でも「そうだよ、さっさとくたばっちまえよ、クソババア!」なんて言えるはずも無く、制服のまま夕飯の用意……って、弁当並べて、インスタントの味噌汁こさえるだけ。

「制服ぐらい着替えたら……」

「食べてからでいいんだよ、お祖母ちゃんも、晩御飯、早く食べたいでしょ」

「あんまり早く食べたら、食べたこと忘れそうになる……」

 ゲ、それやめて。「その、晩御飯まだかい?」なんて、洗い物してる最中に言われるのカンベンして。

 なんか会話しなくちゃと思うんだけど、なにか言ったら、どんな変な方向に話しいっちゃうか分かんないし……駅の階段踏み外して、知らないオッサンとほとんどファーストキスしてしまうところだったあ(^_^;)!……なんて自虐ネタ……みじめになるだけ、ありえねえ。

「……猫触ったね?」

「え?」

 そうだ、猫の話……だめ、オッサンも猫も、もう黒歴史の最新ページになってしまってるし。凹んだ顔で話したら、お祖母ちゃんのまだらボケが、どんな災厄をもたらすか知れない。

「ちょっと、抱っこして……でもハンカチではたいたし、手も洗ったし」

「責めてるんじゃないよ……」

 ニャンパラリンの話……発作的なことだったし、お巡りさんには𠮟られたし、凹んだ話したら、お祖母ちゃん変になるかもだし……けっきょく、黙々とお弁当食べて、さっさとお風呂に入る。

 ちゃちゃっと着替えて、頭乾かして、やっと一日でいちばん自由になる。

 進路のことも、お祖母ちゃんの事もいっぱい心配だけど、とりあえずは、頭切り替えてネットサーフィンやって寝落ちする。

 風間そのの冴えない一日……アニメだったら、ここでエンドロール出て、また来週なんだろうけど。

 リアルの人生は一週間の余裕なんて与えてくれなくて、容赦なく朝がやって来る。

 

 そして、お祖母ちゃんとの朝の格闘……は省略して学校に行く。

 

「風間、ちょっと……」

 校門潜ろうとしたら、生活指導の先生に呼び止められる。

 脳みそをグルンと巡らせる。服装も頭髪も問題なし、遅刻って時間帯でもないし、なに? なんかしたあたし?

 生活指導室までは呼ばれなくて、掲示板の横。

 ま、大したことじゃなさそう。とりあえず恐れ入っておく、目線だけ落として真っ直ぐ立って恭順の姿勢。

「おまえ、猫助けようとして、ちょっと事故になりかけたんだってな」

 え、もう警察から連絡してきた?

「まあ、動機は責めるようなことじゃないけど、ひとつ間違えたら大事故になってるとこだ。気を付けるんだぞ」

「警察から電話あったんですか?」

「ああ、いちおう正式に電話してきたから、釘刺しとくぞ」

「は、はい」

 アリバイ指導……まあいい。

 今度、猫が轢かれそうになって、それで、駅前で大事故起こっても、あたしのせいじゃないからね。

「もういい、いけ」

「…………」

 アリバイ指導でもいいからさ、もうちょっと優しく言えないもんかなあ。

 ナントカ坂46のA子とかだったら、先生の対応、ぜったい違うよ。

 ブスモブって損だ。

 ダメだ、不足を言ったら、落ち込み急降下。

 ピシャピシャ

 頬っぺたを叩いて昇降口に向かう。また、さい先の悪い一日が始まってしまった。

 

 

 ☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
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くノ一その一今のうち1『風間そのの災難・1』

2022-05-15 16:57:50 | 小説3

くノ一その一今のうち

1『風間そのの災難・1』 

 

 

 うまく言えないけど、普通ってあると思う。

 

 普通の成績とって、普通に進路が決まって、普通に進学だか就職だかして、普通に生きるってこと。

 普通に友だちできて普通につきあって、友だちのほとんどは女子で、ちょっとだけ男子の友だちもいて、その男の一人と結婚して……しなくてもいい。見合いでもいいしさ。結婚しても普通に働く。

 普通に子育てして、普通に年取っていく。家族葬やれるくらいのお金を残して、風間家先祖代々とかのお墓とかに入って、七回忌ぐらいまで法事やってもらって、十三回忌はうっかり忘れられて、そして無事にご先祖様の端くれになっていく。

 そうだよ、ひいばあちゃんの十三回忌、お婆ちゃんうっかり忘れてたもんね。

 次は十七回忌だっけ? たぶん忘れる、わたしもお祖母ちゃんも。

 でも、まあ、そういうのが普通だと思うから、ひいばあちゃんも草葉の陰で喜んでくれると思うよ。

 あたし、普通病かな?

「風間の普通ってよく分からないけど、この成績じゃ難しいぞ」

 先生の言うことはもっともだ。もっともなんだけど、もっと早く言ってほしいよ。

 秋のクリアランスセールが始まろうかって、この時期に言われても、ちょっち遅いっちゅうの!

 まあ、ほっといたわたしも悪いんだけどさ。

 春の懇談は、お祖母ちゃん具合悪くて「いつやる?」って、二三度言われてるうちに立ち消えになって、そいで、秋の中間テスト明けの懇談が今日あって。相変わらずお祖母ちゃんは具合悪くって、けっきょく、あたしと先生の二者懇談になって。それくらいなら「春にゆっといて!」なんだけど、そういう文句言わないくらいには普通のJKでもあるわけでさ。

 これで、ちょっとスポーツができるとか、歌が上手いとか、ちょっとオーディション受けてみようかとか己惚れるぐらいにルックス良ければ、憂さの晴らしようもあるんだろうけどさ。

 体育も音楽も小学以来2ばっか。高一のとき、数少ない友だちのAとBと三人渋谷を歩いてたらスカウトのオネエサンが声かけてきて、あたしはカン無視されてさ。その時は、へんなキャッチセールスと思って三人で逃げたけどさ。

 Aはナントカ坂46のハシクレになっちゃうし、ならなかったBも「ほんとのスカウトだったんだねえ!」って声かけてもらったことが勲章だしさ。「Bは、テニス部イノチだから仕方ないよ!」って、なんで、あたしが慰めなきゃならないのさ。そういや、Bは体育大学、推薦でいけるって話だった、慰めて損した!

 ウダウダと二者懇談のアレコレ醜く思い出してるうちに電車は駅に着いてしまった。

 あ……

 エスカレーターに足を掛けようとしたら点検中で停まってる。

 仕方がないので、階段…………ウワッ!? ブチュ!

 踏み外し、なんとか手摺につかまったら、ちょうど振り返ったオッサンの限りなく唇に近い頬っぺたにキスしてしまった!

「す、すみません(;'∀')!」

 エヅキそうになるの堪えて謝る。

「き、気を付けろよ!」

「ほんと、すみません(-_-;)」

 事故とは言え、JKがキスしたんだぞ、せめてラッキースケベくらいの反応しろよ、おい、ハンカチでゴシゴシすんなよ。オーディエンスのやつらもクスクス笑うんじゃねえ!

 凹みながら改札を出て、駅前のロータリー。

 ピシャピシャ頬っぺたを叩いて切り替える。

 スマホ出して気分転換……しようと思ったら、信号待ちしてる人たちみんなスマホ見てる。

 まあいいか、この瞬間だけでも、ひとり信号を見てるのも、ささやかな気分転換さ!

 あれ?

 ちょうど、車の流れが途絶えて、横断歩道の向かい側、バカな猫が赤信号を渡ろうとしている。

 危ない!

 思った時には飛び出していた。

 迫る車の直前でバカ猫をキャッチすると、自分でも信じられないくらいの早業で歩道にニャンパラリン!

「きみ、危ないよ!」

 お巡りさんが寄ってきて「だいじょうぶ?」も聞かないで頭の上から叱られる。

 上からのはず、あたしはバカ猫を抱えたままへたり込んでいる。

「ま、猫は助かりましたから……」

「きみの猫?」

「いいえ、でも、赤で渡っちゃうから、つい必死で」

「猫の命も大事だけど、下手に飛び出したら大事故になるからね」

「はい、すみません」

「まあ、これからは気を付けて。いちおう、学校と住所と名前、聞かせてくれる?」

「え、あ……はい……○○区〇〇町……風間そのです……学校は……」

 通りすがりの人たちが――こいつ、なにやらかしたんだ?――と、好奇の目で見ていく。

 ――家出?――なんか違反?――援交?――被害に遭った?――いや、加害者だろ――ブスだし――

 ほんの二三分なんだろうけど、メチャ長かった。

 で、やっと解放されたら、バカ猫はとっくに居なくなっていた。

 あ~あ~とんだ災難の放課後だった!

 

 

 

 

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真凡プレジデント・90《おしゅらさま》

2021-05-22 06:07:03 | 小説3

レジデント・90

《おしゅらさま》    

 

 

 お寺の復旧が真っ先だったそうだ。

 

 大勢集まれる施設が、この集落ではお寺。

 被災直後は、じっさいお寺の本堂に避難した人が多かった。お寺は集落の中でも高台にあって、中でも本堂は床の高さが1.5メートルあって床上浸水を免れていた。だから防災上の問題から復旧が早くなったのかと思ったけど、集落の常識では、何を置いてもお寺からなんだそうだ。

「ここらでは、お寺と言うのが共同体の中心なんだよ」

 藤田先生の説明に「そうなんですか」と答えたけど、ピンときていたわけではない。

 最初にやったのは流木の始末だ。

 被災直後に自衛隊が粗々には片づけてくれてはいたんだけど、生活が落ち着くにしたがって、もう少しやっておきたいところが出てくる。通学や畑仕事の邪魔になっていたものや、あちこちの隙間的なところに挟まっていたり隠れていたりするものがけっこうある。

 そういうものにロープを引っかけて動かすのにはハンビーなどの軍用車両は四駆や六駆で馬力もあるのでうってつけなんだ。

 半壊した納屋や農機具小屋などの取り壊しにも役に立った。

「子守を頼んでいいかいね?」

 お祖母さんに声を掛けられた。

「子守に手をとられて、こまごましたところに気が回らないとことがあるのさ。そういうところに年寄りも出張りたいんで、子守してもらえるとありがたいんだけども」

「はい、わたしたちでよければ」

 生徒会執行部で七人の子守をすることになった。

 お寺の境内や本堂で鬼ごっこをやったり石けりをやったり、本を読んであげたりした。

 夕方になると、年長の子たちがトウモロコシを持って加わった。「どうぞ食べて」と焼きトウモロコシを勧めてくれるんだけど、被災地のものを食べるわけにはいかない。

「もう、食べ物に困ってる段階じゃないから」

 そう言ってくれるし、住職さんも「どうぞどうぞ」と勧めるし、いっしょにお話したりで夕食までを過ごした。

 夕食後、手のすいた人たちも集まって、本堂はけっこうな賑わいになってきた。

「すみません、なんだか遊びに来たみたいで……」

 恐縮して頭を掻く。

「そだ、あたしたちボランティアなんだよ!」

 なつきが寝ぼけたことを言う。

「なんのなんの、こうして楽し気になるのが一番よ」

「そうなんですか?」

「暗くなってては、おしゅらさまも退屈するけんね」

「おしゅらさま?」

「ああ、座敷童みたいなもんで、あんまり暗くしてると居なくなってしまう。おしゅらさまが居なくなると、村は寂れるでね」

 和尚さんが頭を掻く。

「ちょっと、数えてみるか」

 子守のお婆ちゃんが言うと、若い人数人で本堂に集まった人たちの人数を数え、もう一人が名簿を作り始めた。

「じゃ、名前を呼びますんで、お返事ください」

 名簿に従って呼名点呼。むろん、わたしたちも数の内。

「……最後にご住職」

「はい!」

 呼びあげた名前は三十三人。

「で、何人いる?」

「はい、三十四人です!」

 頭数を数えた青年団の女性が答える。

「よしよし、ちゃんとおしゅらさまはご座らっしゃる」

「「「「「え?」」」」」

「知った顔ばかりでも、数えると一人多い。なんなら、やってみますか?」

 和尚さんが、いたずらっぽく勧める。

「わたし、やる!」

 なつきが立候補して呼名点呼。紛らわしくならないように、みずき先輩が人数分だけ紙を用意して、綾乃が呼ばれた人に渡していく。

「紙無くなったわよ」

 和尚さんに渡して三十三枚が無くなった。

 すぐにみずき先輩と琢磨先輩が、紙を掲げてもらったうえで人数を数える。

「「三十四人……」」

 

 拍手が起こって、村のみなさんが口々に「めでたいめでたい」と唱和する。

 

 ちょっと不思議なボランティアの夜が更けていった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号

 

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真凡プレジデント・89《峠を越えて》

2021-05-21 06:20:02 | 小説3

レジデント・88

《峠を越えて》     

 

 

 

 戦車は一両もいないだろ。

 

 先生に言われて振り返る。

 たしかに迷彩塗装のいかつい車ばっかしなんだけど、大砲とか機関銃が付いた車両は一つも居なかった。

「キャタピラ履いてるのもいないだろ」

 琢磨先輩が付け加える。たしかに4WDとか6WDの車両ばかりなんだけど、キャタピラのは居ない。

「日本じゃ、キャタピラとか大砲積んだやつは許可が無いと一般道は走れないからね……ほら、これがアメリカのサバゲーマニアだよ」

 琢磨先輩がスマホで見せてくれた画面には、アメリカの道路を何両もの戦車が隊列を組んで走っている。

 それに比べれば、この車列は大人しく見える。

「これでツーリングとかしたら、カッコいいよね!」

「旅行なら使わないよ。このハンビーでもリッター八キロしか走らないからね」

 なつきの提案は、あっさり却下された。

 

 二回インターチェンジで休憩して、一般道に下りて峠を越したところで被災地が目に入ってきた。

 道路は、とたんにガタガタになってきて、ハンビーはグニャグニャ揺れながら走る。まだ、流れ出た土砂が取り切れていないで、道路の整備が完全じゃないんだ。

 横っちょを鉄道が走ってるんだけど、横目で見ても分かるくらいにレールが赤さびている。

 まだ電車は走ってないんだ……すると、渓谷に隔てられ鉄路との距離が開いて分かった。車が通っているほうの一般道はまだましだけど、鉄路の方は数百メートルにわたって、土手ごと削られていて、一般道といっしょに川を渡っている所では、鉄橋が土台を残して流されていた。

「鉄橋の復旧は年が明けることになりそうだよ」

 藤田先生がポツリと言った。

 

 もう一つ峠を越えたところで景色が開けた。

 被災地は盆地になっていて、遠目にも、宅地や田畑があちこちで皮を剥いだように土気色になり、川の堤防があったあたりは白や黒の土嚢が積まれていて、いかにも傷跡だ。

 水害から一か月もたって、もう少しはましになっているとボンヤリ思っていたけど、認識を新たにした。

 ツーリングのノリのなつきも唇を噛み、ほかの執行部員も神妙な表情だ。

 

「藤田先生、ありがとうございま~す(^▽^)」

 

 地元の小母さんたちが待ってくれていて、思いのほかの明るさで出迎えてくださった。

「すみません、一週遅れてしまって」

 ハンビーから降りると、藤田先生やサバゲーのみなさんはペコペコと頭を下げた。

「いいえいいえ、わたしらも少しは頑張ったで、峠を越えてだいぶようなりました」

 年かさの小母さんが元気に言うと、ほかの被災地のみなさんも穏やかに頷かれる。

 わたしたちには、衝撃的な被災地に見えるけど、地元の皆さんに言わせれば、うんと回復した状況なんだ。社交辞令的に「まだまだ大変そうですね」なんて言葉を用意していたんだけど、みんな口をつぐんで頷くしかなかった。

「いや、それは困ります」「もう、何度も来てもらってるんだから」「そうそう」「でも」という応酬が聞こえてきた。

 村の真ん中にあるお寺の修復が完了したので、ボランティアはお寺の本堂に泊って欲しいというのが地元の希望なのだった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
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真凡プレジデント・88《環状道路に入って驚いた》

2021-05-20 05:47:04 | 小説3

レジデント・88

《環状道路に入って驚いた》     

 

 

 

 水害被害地の救援ボランティアに行くことになった。

 

 前回(88:火曜の授業だぞ)の流れで分かってもらえると思うんだけど、藤田先生がボランティアに行っていたことを知った我々生徒会執行部は、その意気に感じて、次のボランティアに同行することになったのだ!

 そして、ボランティアというのは大変なのだと思い知った。

 ちゅ、注射すんのーーーーーーー!?

 なつきの声がひっくり返った。

 かなりの落ち着きを取り戻したとはいえ、被災地のO県S市には廃棄物の片づけや運搬・整理などの仕事があって、当然怪我をする可能性がある。破傷風と言う厄介なのがあって、その予防注射をしないと参加できないのだ。

 根っからの注射嫌いのなつきは、そのことだけで怖気をふるってしまったが、生徒会執行部のバッジを握りしめて耐えた。

「なつき、後悔してる?」

「う~~( ;∀;)つぎ行こ、つぎ」

 涙目になって注射の痕をさすって先頭を進んだ。

 

 被災地へは藤田先生の車で出かける。 

 

 その車を見てぶったまげた!

 予防注射が終わったら、すぐに出かけられるように、迎えを兼ねて病院の駐車場で待っていてくれた。

「おーーい。こっちこっち!」

 車の群れの向こうから声が掛かった。

 クネクネと車の隙間を縫い、先生の車を見て驚いた。

「これ、軍用のハンビーじゃないですか!」

 さすがの琢磨も目を丸くしている。

 女子の執行部は車の名前なんか分からないんだけども、迷彩塗装のいかつい四輪駆動に感心した。

 藤田先生は、定年間近の生徒会顧問で、後輩の中谷先生などからは「ジミー」の愛称で呼ばれている。

 面と向かっては呼ばれない「ジミー」が地味からきていることで想像がつく風情なんだ。

 

 むろん、ハンビーの前に立ってる先生は、いつものジミー。

 

 洗いざらしのTシャツにGパン。学校での先生は地味なりに清潔なナリで、先生らしさがうかがえるんだけど、今の姿は、夜道でお巡りさんに会ったら間違いなく職質されるだろう。

 それで、ハンビーとかいう目の前の車。

「先生の車なんですか?」

「ああ、趣味のサバゲーのために買ったんだが、こういう時には大いに役に立つ。さ、前に二人、後ろに三人。荷物は後ろのハッチから」

 ハッチの中に驚いた。

 これから戦争がやれるんじゃないかというくらいの禍々しいものが詰め込まれていた。

「ミリタリーばかりだが、ドンパチのものは一つもない。みんなボランティアで使うものばかりだ」

「分かります。ジェリカン、シャベル、テント、レーション、ジェネレーター、メデシンパック、CPR、ライフジャケット、携帯トイレ……」

 琢磨先輩があれこれ指さすのを、綾乃、みずき、なつきが興味津々に目を輝かせている。

 サバゲーというのは、ウェポン以外はミリタリーの実物を使うものらしく、ハンビーという車と、その中の諸々は実際に使われた様子がありありで、あっちこっち禿げていたり補修されていたりで、イメージとしては中学の時の飯盒炊爨の道具に通じる雰囲気が合った。

「乗り心地は悪いが、ちょっと辛抱してくれ」

 先生は、そう言ったけど、見かけほどに悪くはなかった。車に弱いなつきなどは「こういう沈みこまないシートがいいよ!」とかえって気に入った様子だ。

 環状道路に入って驚いた。

 なんと、いつの間にか前後を軍用車両に取り巻かれているではないか!

「ああ、サバゲー仲間と合流していくんだ」

 いろんな意味で藤田先生を見直すことになった……。   

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
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真凡プレジデント・87《火曜の授業だぞ》

2021-05-19 05:55:15 | 小説3

レジデント・87

 《火曜の授業だぞ》     

 

 

 

 特に高尚な使命感とかがあってのことじゃない。

 

 三連休が終わって最初の授業。

「うそ、火曜日?」

 魂が抜けていきそうな半開きの口から間抜けな言葉を吐くなつき。たった今までホチクリ食べていたスナックの欠片が鼻の下の産毛に引っかかって、ヒラヒラ揺れているのも間抜けさを際立たせている。

「どーしよーーー、月曜とばっか思ってたから国語の教科書ロッカー……」

 黒板上のスピーカーは、ブーーーと虫のように唸っている。本鈴の直前にアンプのスイッチが入った音だ。取りにいったら確実に授業遅刻するだろう。

 この間抜けに、どう忠告してやるべきかと思っているうちに本鈴のチャイムが鳴った。

 キンコーンカンコーン キンコーンカンコーン……

 先生が、直ぐに来るわけでもないのだけども、教室はソワソワしている。え、マジー!? 聞いてねえよ! 信じらんない! 等々の声が聞こえる。

 どうやら三連休明けの間抜けはなつきだけではなかったようだ。

 待つこと数分、人によってはアタフタの数分がたって、教室前のドアから入って来た先生に、クラスの半分が戸惑った。

 え? え? なんで? てか、まちがってね?

 入って来たのは、日本史の担当にして生徒会顧問である藤田先生なのだ。

 火曜の一時間目は国語の授業で、担当は……すぐには名前の出てこない講師の女先生だ。

 そのことには驚かない。連休前の担任の説明をちゃんと聞いていたから。

 でも、藤田先生が来るのは想定外だ……あ、女先生が休みで、藤田先生は自習監督に来たんだ。

「よかったな、どうやら自習だぞ」

 なつきを安心させて、読みかけのラノベを教科書の下に忍ばせたところで先生が口を開いた。

 

「担任から聞いてると思うが、国語の奥田先生がお辞めになったので、今日から僕が授業をする……不思議かもしれんが、僕は国語の免許も持ってるんでな。日本史と合わせて週に五回も面突き合わせるのは嫌かも、いや、嫌に違いないが、これも運命だと諦めて欲しい……おやおや、教科書の出てない奴がずいぶんいるようだが……月曜と間違えたあ?」

「ロッカーに取りに行かせてください!」

 お仲間が多いのに勇気づけられて、なつきが手を上げた。

「う~ん……どうしてくれようかなあ……」

 藤田先生は、こういうことを頭から叱る先生じゃない。この、授業の雰囲気がまるでないクラスのテンションをどうしようかと、腕組みして思案しているのだ。付き合いの長いわたしには分かる……と、気が付いた。

 先生の組んだ腕が異様に日焼けしているのだ。

「先生、その日焼けは、どうしたんですか?」

 わたしが思っていたことを綾乃に先回りされた。

「え、ああ、これか」

 イタズラを見つかった子どものように、腕を撫でると、ため息一つついて、先生は語りだした。

 授業は成立しそうにないので、いわゆる余談で時間を消化しようと決心したんだ。

「実は、連休中は水害被害のボランティアに行っていてなあ……」

 

 意外な展開になって来た……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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真凡プレジデント・86《戻ってきた!》

2021-05-18 06:25:11 | 小説3

レジデント・86

  《戻ってきた!》      

 

 

 お姉ちゃんと間違われて誘拐された。

 顔以外の背格好が似ているわたしが、お姉ちゃんの服を拝借して出かけたんだから間違えられても仕方ない。

 仕方ないというのは、間違えられたことで、誘拐が仕方がないということじゃない。

 お姉ちゃんが狙われてるって知ってたら、お姉ちゃんの服を拝借したりしないよ、まったく。

 犯人は、お姉ちゃんに恨みがあるテレビ局の関係者。もう掴まったり死んじゃったりしたけどね。

 幸運にもあくる日には発見されて、念のため一日だけ入院。

 異常なしで、あくる朝には退院した。

「でも、しばらくは通院してね」

 異常なしなのに、ドクターが条件を付けたのは、病気とか命に関わるようなものではないけど、常識では考えられない変化があったからだ。

 

 なんせ、戻ってきたら、体重が13キロしかなかったのだ。

 

「ごめん、まだ警報も出てないけど休むね」

 沖縄南方の海上で進路を変えた台風が、速度を上げてきて、今夜にも影響が出そうなんだ。

――うん、わかった。飛ばされないように柱にでも括りつけとくのよ――

 なつきに電話すると、真面目に言われた。

 一つ前の先月の台風で、表に出た女の人の腕からペットの犬が風で吹き飛ばされる動画を観た。

 犬は、あっという間に舞い上げられ、飼い主さんたちの悲鳴がした。一か月近くたった今でも犬は行方不明のままだ。

 13キロの体重じゃ、ほんとうに吹き飛ばされかねない。

 だから、台風の当たり年みたいな、この秋。警報が出るまえに学校を休むようになった。

 

 いいことって言うか、面白いこともある。

 

 体育でバレーボールをやると、ブロックの名人になった。

 軽い分だけ高く、それも素早くジャンプができるので、相手チームのボールを易々とブロックできるのだ。

 ただ、踏ん張りどころを、きちんと意識していないと、簡単にぶっ飛ばされてしまう。

 二三度、派手にひっくり返ったけど、隣や後衛の人がキャッチしてくれて事なきを得た。

 

 フライング真凡!

 

 そんなタッグネームを頂いたころ、体重が戻り始めた。

 今朝、朝シャンのあとに計ったら、五十パーセントまで戻ってきた。

 ゆうべ、秀吉さんの侍女になった夢をみた。妹のあさひさんの婚礼から始まって、後に家康さんの後添えになる為に離縁されるところまで……ご亭主の茂吉さん、一言も文句も言わないで疾走してしまった。

 茂吉さんの顔、思い出せない……思っているうちに目が覚めたんだ。

 

 わたしに限ったことではないけど、ティーンの女の子というのは見かけよりは重たい。

 だから、ティーンの体重と言うのは、ほとんど国家機密(^_^;)

 その五十パーセントなんだから、本人的には大いに満足!

 この分なら、来週には八十パーセントくらいには戻るだろう。

 

 満足すると、なにか人の為になることをやってみたくなる。あまりグダグダしていたらリバウンドするかもしれないしね。

 

 調子に乗ったわたしは、生徒会役員のみんなといっしょに○○県水害被害地のボランティアに行くことにしました!

 次回からは、そのお話をしたいと思います。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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真凡プレジデント・85《日向守失踪》

2021-05-17 05:58:50 | 小説3

レジデント・85

《日向守失踪》        

 

 

 もとより我らは羽柴家の藩屏でござる。

 

 静かに、しかし凛とした声音で茂吉……いや、日向守さまはおっしゃった。

 佐治家の書院に通され、あさひさんを離縁して家康さんに嫁がせるという秀吉さんの考えを伝えた。

 いくら秀吉さんの考えとは言え、日向守さまにはお辛い話に違いない。

 二十年以上連れ添った恋女房と別れてくれろと、藪から棒に言ったのだ。

 それを顔色も変えずに聞き終ったあとで、まるで生まれつきの名家の当主のように、あるべき応えをなさった。

「羽柴家、天下万民のためであれば、この日向に否やはござらぬ。さすがは天下の太平を祈念して止まざるお方でござる。さすれば、あさひには某から申し伝えまするによって、暫時これにてお待ち下され」

「日向守さま」

 石田さんが声をかけ、立ち上がりかけた日向守さまは静かに座り直された。

「主秀吉は、こたびのことで日向守さまに五万石の加増をなされます」

「よかった……」

 

 ちょっと意外。

 日向守さまにはお辛い話であるはずなのに、うすく笑みさえ浮かべて「よかった……」はないだろう。

 

「加増の話を先にされておれば、この佐治日向守は五万石目当てに離縁すると思われるところでござった。義兄上さまのありがたいお申し出なれど、加増の儀は平にご容赦をとお伝え下され。されば、暫時中座いたしまする」

 軽く頭を下げると、日向守さまは奥に下がられた。

 

「感服いたした……」

 

 石田さんが、珍しく素直に感動している。

 わたしとすみれさんはショックだ。

 秀吉さんは、天下人になりかけた今でも、丸出しの尾張言葉で、口の悪い大名たちは「禿鼠のくせにみゃーみゃー鳴きよる」などと陰口を叩いている。それを気にもかけない秀吉さんも偉いけど、茂吉さんのキチンとした大名としての風格……わたしたちにはショックだ。

「これは五万石では足りない、八万石は用意して差し上げねば……」

 石田さんは、聡明な頭脳で羽柴家の領地を頭に浮かべ、八万石をひねり出す算段にかかった。

「……よし、これでなんとかなろう」

 石田さんが膝を叩いた時、奥の方から尾張弁で諍う声が聞こえてきた。

 

「あれは……」

 

 すみれさんが顔色を変える、石田さんは腕組みして目をつぶった。

 少しあって、御家老さんが現れた。

「御台所様も合点為されましたよし、お伝えするように仰せつかってまいりました」

 それだけを述べると、御家老さんは蛙のように平伏した。

「承知いたしました」

 すみれさんが短く返答して、我々は退出。

 

 大坂城の天守が四天王寺の甍の向こうに見えたころ、ふと、不思議になった。

 

「日向守さま……どんなお顔をなさっていたかしら?」

「尾張の名家佐治家当主として相応しい武者ぶりでございましたよ」

「それは……」

 石田さんの感心ぶりは分かっている、立派なお殿様ぶりだった。

 でも、お殿様ではなく、茂吉さんとしての顔……思い出せない。

 

 帰城して報告すると秀吉さんは金扇をハタハタさせながら感心し「茂吉には十万石をくれてやろう!」と叫んだ。

 

 二月がたち、あさひさんが家康さんに輿入れすると、日向守さまは忽然と屋敷から姿を消した。

 家来たちを始め羽柴家からも捜索の人数が出たが、摂河泉のお膝元はもとより、尾張まで足を延ばした者たちも見つけ出すことはできなかった。

 佐治家は、先代当主の血筋の若者が後を継ぎ江戸期一杯を大名として続き、後年、養子に入った者が日本有数の洋酒メーカーを起こした。

 

「さ、つぎ行きましょうか」

 ビッチェに戻ったすみれさんが明るく言って、この時代から去ることになった。

 あ……

 去り際に、一瞬日向守の顔が浮かんだ気がしたけど、昼寝の夢のように儚く、きちんと像を結ぶ前に消えてしまった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
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真凡プレジデント・84《よう言うた!》

2021-05-16 05:52:02 | 小説3

レジデント・84

《よう言うた!》      

 

 

 

 勘違いするところだった。

 

 秀吉さんは、わたしかすみれさんのどちらかが家康さんの嫁になれと言うつもりではなかった。

 二人とも、まだ三十代で十分魅力的なんだけど、それは二十一世紀の令和の時代でこそ言えることで、戦国時代も終盤の十六世紀末、秀吉さんの感覚でなくとも――おみゃーは、もう、そういう歳ではにゃ~よ――ということなんだ。

「かえで様はお血筋ではございませぬ」

 石田さんは、そうフォローしたけど――あなたさまは年齢的に無理です――という本音がありありと分かる(^_^;)。

「おるではにゃーか。うってつけの血筋のもんが~」

 

 ピンとこない三人に正解が告げられた時、わたしもすみれさんも息をのんだ。

 え!?

 石田さんは、はっきりと反対の意思が表情に出て、一言言おうとしたところに秀吉さんが被せた。

 

「佐吉、そーゆー顔は人に嫌われるでかんわ。驚くところまではえーが、相手の言葉も終わらんうちに不足な顔するんでにゃ~」

「これはしたり。ならば、そのお使い、佐吉が承りまする」

「よし、よう言うた!」

 

 早手回しに使者を名乗り出た石田さんは偉い。それを即座に褒めた秀吉さんも大したもんだ。

 

 はっきり言って、石田さんには向かない仕事だ。

 頭の回転は素晴らしいが、この優等生顔で理屈を言われても人は反発が先に立つ。

 秀吉さんは、石田さんの申し出を、こう修正した。

「佐吉では論が立ちすぎる。それに、これは羽柴家(まだ豊臣の名乗りはしていない)と徳川家とあの家の奥向きの話だでよ、柔らこういかにゃなあ……」

 そうして、わたしとかえでさんが秀吉さんの内々の使いと言うことになり、石田さんは、頼りない奥女中二人のお目付け役ということで収まった。

 

 わたしたちは、奥女中二人の寺参りほどの身軽さで、そこを目指した。

 

 一万石の小身ながら尾張の名族である佐治日向守さまのお屋敷。

 当代は夫婦養子である。

 取り立てて業績のある大名ではないが、万事に腰が低いが卑しくもなく、実直に家を守ろうとする姿は、一族郎党から領民の間にまで悪い噂が立たない。

 その夫婦養子には、一つだけ問題があった。

 夫婦の間に子が生まれないのである。

 当主の日向守は、そのことには無頓着で、いずれ一族本流の家から養子を迎えて、自分は妻共に隠居しようと考えている。

 そうすれば、自分たちが養子に入り込むことを腹の中では反対していた佐治家の者たちも納得、夫婦二人も気楽に老後を迎えられると考えている。

 

 そう、この佐治家の当主夫妻こそが、二十年前に婚礼を上げた茂平さんと秀吉の妹のあさひさんだったのだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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真凡プレジデント・83《婚礼から二十年ちょっと》

2021-05-15 05:47:57 | 小説3

レジデント・83

《婚礼から二十年ちょっと》    

 

 

 

 ちょっと飛ぶわよ

 

 あさひさんの婚礼が、酒代の踏み倒しということ以外無事に終わって、すみれのビッチェさんが指を立てた。

 貧血の症状のように視野が狭くなって、次にパッと明るくなったと思ったら大坂城の御殿だった。

 

 どうやら婚礼から二十年ちょっとたっている。

 

 すれ違う奥女中や茶坊主やらが、みんなお辞儀をして行く。

 一瞬戸惑ったが、かえでとすみれは清州以来の奥女中として、文字通りのお局様になっているのだ。

 

「おー、待ちかねとるがあ!」

 

 奥女中らしくしずしずと奥へ向かっていると、突き当りの襖が開いてサルが……秀吉さんが駆けてきた。

「昔は、呼べば走って来たのによ、もっと、てってと来んとあかんがね」

 文句は言いながらも、清州以来のわたしたちには楽し気に言葉をかける秀吉さんだ。

「はよ来い、はよ来い」

 後ろに回った秀吉さんは、急き立てるのを口実に、わたしとすみれさんのお尻を押した。

「その気もないのに、お尻を押さないでくださいな」

「いや、すまん、この手が悪い。てい、てい」

 秀吉さんは、自分の手を叩くと、上機嫌で書院の襖を閉めた。

 

「では、わたくしは、これにて」

 

 書院の下座に座っていた若侍が頭を下げる。

 

「待て佐吉、お主にとっても勉強じゃ、この年増二人の言葉をよう聞いておけ」

「しかし、奥の事でもございますし、表のわたくしが」

「あほう、この秀吉に奥も表もにゃあわ」

「徳川殿のことでありますね?」

 すみれさんが、さらりと言う。

「さすがは、我が家いちばんの女中じゃ。して、なんで分かった?」

「石田様の、キリリとした思案顔で……」

 ここにいたって、わたしにも分かった。

 

 本能寺の変のあと、天下の雄は秀吉さんと家康さんの二大チャンピオンで決せられることになり、つい先日小牧長久手の戦いが終わったところだ。

 秀吉さんは、戦になれば負けることは無くとも、相当な被害を被り、その分天下統一が遅れてしまう。

 なんとか、戦をしないで家康さんを臣従させようかと、悩み半分楽しみ半分に考えている最中なのだ。

 秀吉さんの偉いところは、この場に佐吉と呼ばれる石田三成を侍らせているところだ。

 この問題を解決するところに佐吉さんを座らせておくことで教育をしているのだ。

 

「それで、すみれ、かえで、二人に存念はにゃあか?」

 

「あたりまえならば、越後の上杉、坂東の北条、奥羽の伊達を先に調略すべきかと」

「佐吉、お前の献策は正しかったぞ、すみれが同じことを言いよる」

 すみれさんは秀吉さんと阿吽の呼吸なんだ。とりあえずは佐吉さんの肩を持っておくんだ。

「しかし、それでは時間がかかりますね……」

 わたしもかましておく。

「四国には長曾我部、九州には島津が控えております。中国の毛利殿も幕下に加わられて日が浅く、時間をかけていては鼎の軽重が問われます」

「そこじゃ! 下手をすれば、わし一代の時間では足らんようになる……なによりも、調略は暗~てかんわな」

「家康殿には北の方は、どなたでしたっけ?」

 すみれさんが、まるで小娘のような気軽さで秀吉さんと佐吉さんにかけた。

「徳川殿の北の方は月山殿と申された今川家の姫であられましたが、総見院様(亡くなった信長様)のご勘気に触れ……」

「さすは石田さん。そうよね、家康様が泣く泣く切られたのよね」

 

「かえで殿、よう申されました!」

 佐吉さんが閃いた。

 

「上様、徳川殿に北の方様を進ぜましょう!」

 さすが! すみれさんは、ヒントをほのめかし、石田さんに思いつかせた!

「さ、佐吉、おみゃーは、とんでもにゃーことを言う。寧々はかわいいやつじゃが、もう五十路。ちょっと無理があろうが」

「め、滅相もございません!」

 分かったうえでの冗談に、真面目に反応する石田さんもかわいい。

「お身内より、相応しき姫君を養女にされて、北の方様としての縁談を勧めるのです」

「なるほどのう……しかし、養女だったら、軽~はにゃあか。この秀吉と繋がりの濃い女子でのうては……」

「え? ええ?」

 

 秀吉さんは、わたしの顔を見たよ~(;'∀')。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
  •  コウブン     スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号
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真凡プレジデント・82《秀吉の妹》

2021-05-14 06:09:57 | 小説3

レジデント・82

《秀吉の妹》   

 

 

 

 犬にまで声をかけていく。

 

 むろん通りかかった人には例外なく。

 やあ喜六! これは作次! 清八! きい! くめ! よし婆! 塩じい! 与平! ポチ!

 などと必ず相手の名前を付けて声をかけていく。目につくと犬や猫にまで声をかけるので、通り過ぎる人はクスクスと笑いが絶えない。

「なんじゃ、かめの爺さん具合悪いんか!?」

 しげというおばさんに声を掛けると元気がないので、その表情から舅の具合が悪いと察し、道を曲がってしげさんの家に寄る。

「具合が悪いのかかめ爺?」

「おお、日吉(秀吉さんの元々の名前)か、大したことは無いんじゃがな……」

 わたしが見ても分かる。かめ爺さんは栄養不良だ。

 会話を聞いていると、息子さんが足軽奉公に出て討ち死にしたようで、わずかな貯えも底をついて苦しい生活のようだ。

「今夜は妹のあさひの婚礼じゃ。大したものはありゃせんが、さかなの残りなど届けるでしげといっしょに食べるがええで。それと僅かじゃが、米買うて食べるがええ、弱った時は精をつけることじゃ」

 懐に手を入れると無造作に銭を掴みだしてかめ爺さんの枕もとに置いた。

「そのままそのまま(o^―^o)」

 恐縮するかめ爺さんにとびきりの笑顔を見せると表に出た。

「さ、いくぞ」

 それからも、あちこちに笑顔を振りまきながら目的の百姓家に着いた時は、すでに婚礼が始まっていた。

 

 ビッチェ……いや、すみれさんは分かっていたようだが、途中の村人との会話で、今夜は秀吉さんちで目でたいことがあるんだと想像がついて、かめ爺さんのところで合点がいった。

 あにさん! 日吉! 藤吉郎! 

 いろんな呼び方で歓待される秀吉さんだが、木下様と呼ばれた時は顔を真っ赤にして「それは御城中に居る時だけじゃ、勘弁勘弁((ノェ`*)っ))」と照れまくる。

「いやあ、婿殿、あさひは儂に似ぬ無口な奴じゃが気立ては良いし体は丈夫じゃ、幾久しくな、この通りじゃ」

 そう言いながら、あさひさんの頭を押さえつけて兄妹そろって婿殿に頭を下げた。

「兄者人、もったいない!」

 茂兵衛と言う婿さんは恐縮するばかりだったが、膝付き合わせて飲んでいるうちに、すっかり打ち解けた。

「日吉、おみゃー、かめ爺のとこにも寄ってくれたらしいにゃー」

 にゃーにゃーみゃーみゃーと名古屋弁丸出しで、お母さんのなかさんが目を細める。

 かめ爺さんの見舞いをしたことが知れ渡って来たようだ。

「ハハハ、うちだけが目出度いんじゃ申し訳にゃ~で~」

「いやあ、村のこと気にかけてくれて嬉しいにゃ~」

 親子の会話に、暖かい笑い声が巻き起こった。

 

 祝言もお開き近くになって、秀吉さんは後免こうむると、わたしとすみれさんを外に招いた。

 

「すまん、思いのほかかめ爺のところに置いてきてしまって、酒代もない」

「えーー、それはないですよ!」

「こ、声が大きい」

「だって、ねえ、かえでさん」

「そこで、相談じゃ、いっそ、木下家に仕えぬか? そうすれば、次の節季には給金込みで払ってやれるが」

 抜けていたのか企んでいたのか、すみれとかえでは木下家の侍女になることになった。

「ところで、婿の茂平は、どんな顔をしておったかなあ?」

「まあ、あれだけ、間近でお話していて」

 

 そういうわたしたちも、茂平さんの顔が思い出せない。

 

 印象の薄い顔と言うのは、わたしだけのデフォルトではないようだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
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