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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

千早 零式勧請戦闘姫 2040・20『鳥居塞ぎの大岩に立ち向かうタヂカラオ』

2025-03-18 09:41:42 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
20『鳥居塞ぎの大岩に立ち向かうタヂカラオ』




 千早は二日連続で同じ夢を見た。


 先日、尾畠の民俗資料館に行った時の夢だ。

 駐車場に戻ると、乗ってきた自転車に小鬼どもが憑りついて悪さをしていた。千早は瞬間で戦闘姫に変身して小鬼どもを追い駆けまわし、バブルの森を半周したところで鬼たちを成敗し終えた(15『資料館の館長は前の校長だった』)、その時の夢だ。

 あの時の周っていない残り半分の森が気になった。

 あの時は、資料館で調べた九尾の狐のことや九尾市のあれこれ、館長が自分たちの学校の元校長であったこと、アカリン市長と館長が真剣な話をしていたことなどが気になっていた。
 それに、なによりお腹が空いていた。帰りの道のりを考えると、そろそろタイムリミット。お腹が減ると、思考力も行動力も一気に落ちてしまうのが子どものころからの千早なのだ。

 残り半分も見て回るべきだったのでは……と問いかけるのは、自分の深層心理なのか、結びつきができてしまった神々の忠告なのか……いずれにしても、悶々として春眠を妨げられる千早なのだ。

 ドン!

 ベッドごと跳ね上げられるような衝撃で、完全に目が覚めた。

 地震!?

 いや、一発のドンだけで終わる地震なんてないだろう! 思いつくと半纏一枚を羽織って外に飛び出した!

 ええ!?

 なんと、トラックほどの大きな岩が鳥居の前に出現して神社の正面を塞いでしまっているのだ!

「なんだ、どうした!?」「ええ!?」「まあ!?」「なんとぉ!?」

 祖父の介麻呂以下、両親と姉の挿も起きてきて驚くばかり。ろくに言葉も出ずに呆然としている。

「け、警察を呼べい!」「いや、消防署でしょ!」「自衛隊よ!」

 ようやく何かを呼ぼうと狼狽える中、千早は一人――そんなものでは間に合わない――と思った。

 思った瞬間、時間が停まった。

 いつもなら、ウズメに変身するのだが、兆しの光がするだけで、少しも変わらない。

「ウズメノミコトでは無理なのでござろうよ」

「え?」

 振り向くと、斎藤道三が立っている。

 神社の境内に入ったところで等身大になった道三だが、さらにデテールがクッキリ立派になっている。貞治が集めているフィギュアで言うと、クレーンゲームで獲れるプライズ品ではなく、メーカー限定のビンテージかと思うくらいにグレードが上がっている。

「ねえ、居候なんだし、家来もいっぱいいるみたいだからなんとかしてよ」

「はてさて……我らで間に合うか……者ども、あの大岩をどけよ!」

 道三が采配を振ると、百人ほどの家来が現われて鳥居の大岩に取りついた。

 エイサ! オイサ! ドッコイサ! エイサ! オイサ! ドッコイサ!

 さすがは道三の家来たち、ぴったり呼吸を合わせて岩を押す。

 しかし、岩はピクリとも動かない。

「殿、人数を増やし、外の方からも押した方がよろしかろう、辰巳の方角に押せば力は五割り増しにはなりまするぞ」

 家老風のが提案すると「よし、もう五十人出て、外から力を合わせよ!」と道三が命じる。

 その50人の家来たちが、鳥居の横から外に出ようとする……が、出られない。目に見えない障壁があって、家来たちは途方にくれるばかりだ。

「もうよい! これは、あの大岩によって結界ができたようだぞ」

「ええ……(-_-;)」

――タヂカラオを勧請せよ!――

 頭の中でカミムスビノカミの声がした。

「そうか、タヂカラオなら、天岩戸も動かす力持ちだ」

 そう思いついて、千早はタヂカラオをイメージした。

 シャラララーーン☆彡

 いつものエフェクトがしたかと思うと、絵本の古事記で見たイメージのタヂカラオに変身した。

「ああ、ちょっとハズイかも……」

 タヂカラオになったのはいいが、タヂカラオは相撲取りの神さまでもあってフンドシ一丁なのだ。

 しかし、不足を言っている場合ではない。

「うんしょっ!」

 大岩に取りつくと、道三とその家来たちも「どっこいしょ!」と合の手を入れる。

 お前らも手伝え! 

 一瞬思う千早だが、下手に手伝わせては、転がった大岩で踏み潰さないとも限らない。

 ようし、一人でがんばるか!

 ペッ!

 手に唾をして、ウンコラドッコイショ!!

 ジリ……

 少し動いたかと思うと、もう一息、勢いをつけて押し、ガラガラッと一気に転がり始め、教会の前あたりまで転がったところで大岩は霧消してしまった。

 ヤンヤヤンヤ(^▽^)/ パチパチパチ(^▭^)!

 道三たちが拍手と喝采をあげる中、これは元を絶たなきゃだめだろう、その元は、きっとバブルの森だろうと思う千早であった。

 


☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 
 

 

 
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・19『一人で掃除をしていると道三たちが戻ってきた』

2025-03-15 10:45:16 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
19『一人で掃除をしていると道三たちが戻ってきた』 




 浦安八幡は背後の森も含めて八百坪もある。

 八百坪というと、幼稚園にしては広く小学校を建てるには狭いという広さ。

 季節ごとに氏子たちが掃除や草むしりをやってくれるのだが、日ごろの掃除は宮司である八乙女家の家族がやらなければならない。

「もう、うちの神社、広すぎ!」

 時どき文句の出る千早だが、今日はやり始めて五分で三回も文句を言っている。

 なぜかというと、今朝は完全に一人だからだ。両親と姉の挿(かざし)は結婚式の打合せや準備で朝から大阪に行っている。祖父の介麻呂は腰を悪くして、二年前から外の掃除には出ない。

 貞治に手伝わせてやろうと回覧板を回すついでに教会を覗いて見ると「悪い、今日は教区の司教さまが来るんだ」と、こっちも掃除の真っ最中。

 それで、開き直ったというかあてつけというか、きちんと巫女服を着て竹ぼうきを動かしている。
 日ごろは動きやすいジーパンやジャージの上から神社の法被だけ羽織った姿でやっている。

「ああ、もう、この箒もぉ!」

 適当に持ち出した箒は、先がちびって掃きこぼしが出てしまう。柄のところを見ると『令和5年』と焼き印が入っている。

「ええ、わたしと同い年ぃ!?」

 同い年の箒に当るのもシャクな気がして、もう何度目か分からないため息をついて箒を動かす千早だ。


 ガシャガシャガシャ……ワチャワチャワチャ……


 鳥居の外で聞き覚えのある音がした。

 目を向けると、先日蔵書点検の帰り道で出くわした斎藤道三の立波たちがワチャワチャしながらこちらを窺っている。

「なによ、あんたたち。犬山の方に逃げて行ったんじゃないのぉ(ㅎ.ㅎ) ?」

――戻って参った――

 一人だけ馬に乗った斎藤道三の金波が言う。

「なんで(ಠ▭ಠ )?」

 ワチャワチャワチャ

 銀波たちが怯えたように後ずさる。何度かの妖との戦いで少し凄みが付いてきた千早だ。

――市庁舎の戦いでござるよ――

「んん(ಠ_ಠ )?」

――鬼神の如き戦いぶりに、この道三も家来共も感服いたしてござる――

「ほお(ಠ○ಠ )」

――それで、これよりは、この九尾の地に立ち戻って、千早……零式勧請戦闘姫殿に御加勢いたそうと犬山より立ち戻ってござる――

「なるほどぉ……」

――いかがでござるか?――

「……それって、わたしの家来になるってことぉ?」

――与力でござる――

「ヨリキ?」

――いかにも、羽柴秀吉に徳川家康が味方するようなものでござる――

「いやだ」

――ウ……なぜでござる。市庁舎の戦いでは少々苦戦されておったのでは?――

「うちは、これでも八幡社、武士の神さまだ。家来になるなら仲間に加えてやらないでもない」

 ワチャワチャワチャ……

――さようか。ならば、この八幡神、並びにここに祀られた神々にお仕えするということで、どうであろうか?――

「……まあ、それならいいか。変身したら、わたしも神さまだからね」

――それでは――

「あ、入ったら、とりあえず境内掃除してちょうだいね」

――お安い御用!――

 そう言うと、鳥居の前でワチャワチャしていた銀波どもが、いっせいに境内になだれ込んできた。

「え、ええ!?」

 それまで名刺大の立波であった者たちは、鳥居を潜ったところから等身大の武者に変じて境内を突き抜け、境内を取り巻く浦安の森の中に消えていった。

 振り返ると、境内にはチリ一つ雑草一本も残さずにきれいになっていた。

 

☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 
 
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・18『貞治には真相を話す千早』

2025-03-12 09:24:00 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
18『貞治には真相を話す千早』 




 ちょっと注目されてしまった。


 巫女服のままでは二人乗りすることもできないので、市役所の前から歩いて帰ったのだ。九尾市は小さな街なので、二人のことを知る人は多い。

 名前まで知る者は多くは無いが――神社の娘と教会の息子――で通っている。

 神社と教会は筋向いで、小さいころから姉弟のように育ってきたのを見て、九尾の市民憲章にある『多様性の尊重、共に生きる喜び』を地でいっているようで微笑ましく見られている。

「いやぁどうもぉ」「アハハハ」「こんにちわぁ」「いいお天気ですねえ」「またお参りに来てくださ~い」「おじいちゃんお元気ですかぁ」「うちも元気ですぅ」

 道行く街の人たちに声をかけたりかけられたり、いつもなら目礼程度で済むのだが、巫女服なのでベクトルが強い。

「千早、なんで巫女服なんだよ……っていうか、なんで急に目の前から消えてんだ。わけ分かんねえぞ」

「え、あ……それはね……」

 言い淀む千早だが、先月の末からのアレコレには貞治がいっしょのことが多い。これからのアレコレも一緒のことが多いだろうと、千早はこの半月余りの出来事を話した。

「……というわけで、わたし零式勧請戦闘姫ってのに指名されたみたいで……(^_^;)」

「ええ( ゚Д゚)!?」

「あ、みんなにはナイショだからね、お姉ちゃんにも!」

「カザシねえちゃんには言っといた方がよくないか?」

「だめだめ、お姉ちゃん、月末には結婚式なんだから!」

「あ、そうか、そうだな……」

 昨日までの自分だったら信じられないと貞治は思った。しかし、市役所前で見つけた千早は、大仕事を成し終えた、たとえば葦の海を割ってイスラエルの民を救った後のモーゼのような疲労感が見えた。市役所の周辺にも大事故の痕を始末したばかりというようなササクレた空気を感じた。

 それに、なによりも授与品のお札に熨斗掛けをしていて、テレビが甲子園の中継の途中で市役所前の惨事を映し出し、ビックリしていたら忽然と千早が消えるのを見ている。

 これは本当だと、貞治は感じたのだ。

「ああ……えと……どう言っていいか分かんねえけど、なんかあったら、また相談しろよ」

「うん、ありがとう」

 熨斗かけの残りが気になったが、いまはそれどころじゃないだろうと「手伝いが要ったらまた言えよ」と言って教会に帰って行く貞治だった。

 

☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 
 
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・17『市庁舎上空空中戦』

2025-03-09 09:11:03 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
17『市庁舎上空空中戦』 




 市庁舎を周回するゼロ戦は次々と撃墜されていく!

 え? ええ!? キャー! ウワァ! 逃げろ!

 路上や公園、建物の屋上や窓から見物していた者たちは息を呑み、ゼロ戦マニアやオタクたちはカメラを構えたまま凍り付き、周囲の歩行者たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。

 ホログラムのゼロ戦は撃墜されると、地面や周辺の道路や建物にぶつかって爆発、破片をまき散らして炎を上げる。リアルの炎が上がったり破片が飛び散るわけではないが、目撃した者たちの衝撃は本物で、人々は実際の戦場にいるようなパニックになった。

「市長です! 今の演出はなんなの!?」

 市長はハンス(ハンドスマホ)で企画室を呼びだしたが、大方のスタッフは昼休み休憩中で、ハンスに出て来た室長は『え、あ、いや、その(''◇'')』と焦るばかり。見かねた研修生が『あんなプログラムはありません、外部からのハッキングです!』『ホロを強制終了させます!』と返事をしてくれた。

 その数秒後、ゼロ戦は追いかけまわす米軍機ともども一瞬で掻き消えた。

 
「ええ!?」「ひどいねえ……」「うわぁ……」


 千早も挿も手が停まってしまった。回覧板を持ってきてそのまま手伝わされている貞治は驚きながらもペースが落ちない。

 三人で授与品の仕上げをしていると、甲子園の中継をしていたテレビが切り替わって市庁舎の惨事を映したのだ。

 ……これ、おかしい。

 思った時には変身していた。

 
 アメノウズメになった千早は市庁舎を目指して空を飛んだ。


 春霞の濃尾平野は景色が滲んでお伽の国めいて見えるが、市庁舎のあたりはそれにも増して輪郭がぼやけている。

 なにか憑りついている!

 市庁舎周辺がぼやけているのは春霞のせいだけではなかった。怪しの気が満ちて視界を周辺の半分ほどにしている。

 近づくと、その濃厚な霞はあちこちでわだかまって鬼やキツネの形をとって、千早に向かってきた!

「させるかあ!」

 叫ぶと同時に巫女舞の剣鈴が現れ、それを手に取ると瞬時に諸刃の剣に形を変え、千早、いやウズメが一閃すると、立ち向かってきた五六匹の妖どもは軋むような悲鳴を上げて霧消していく。

 セイ! セイ! トリャー!

 そのまま妖の群がりの中に突き進むと、四方八方が妖になってしまい、前方の鬼やキツネを相手にしているだけでは済まなくなる。

 シャラン☆ シャララーン☆ シャラシャラン☆ シャラララーーン☆☆

 縦横に旋回すると、剣の輝きが周囲に放射され、それに触れた妖は悲鳴を上げる間もなく霧消していく。

 しかし、輝きの縁辺に触れただけの妖は、角やシッポや体の一部が消滅するだけで、かえって猛り狂わせてしまう。

 キョン! ギェー! ギギギギィ! グギョ!

――そうだ、妖は核を切らなきゃ消滅しないんだ!――

 思い出した千早は、振りを修正。

 すると輝きは単なる球体ではなく、巨大なウニの針を思わせるトゲトゲになり、触れた妖どもの核を両断していく!

 シュ! シュシュ! シュシュシュシュ!

 触れた妖は、ほとんどトゲトゲによって核を切られ、貫かれ、ほんの数匹を残して消え去っていく。

――よし、この調子で市庁舎の向こう側もやっつけよう!――

 シュシュ! シュシュシュシュ! シュ!

 妖を消しながら回り込むと最上階にアカリン市長の姿が見えた。

 むろん時間が停まっているので千早のことが見えているわけではないのだろうが、キリっと妖たちを睨む目は金太郎を女にしたように頼もしく、周囲で怯えている職員や市民たちとは違うように思われた。

 思ったのは、ほんの瞬間。千早はウズメの姿で市庁舎の上空にたどり着くと必殺技のアラベスクの姿勢をとった!

 シャラララーーン!!

 天の岩戸が開いたような光が満ち満ちて、瞬時に妖たちは音もたてずに霧消していった。

 死角に残っていた妖がごくわずかに居たが、自分の姿に戻った千早は生身の体で追いかけても退治はおろか追いつけるはずもなく、ベンチに深く座ってハンスに話しかけた。

「ごめん、貞治、市役所の前に居るから迎えに来て、あ、裸足だから草履もね」

 そう、授与品に熨斗をかけていた千早は、巫女舞の稽古もあるので巫女装束のままで飛んできてしまったのだ。

 アカリン市長は展望食堂の眼下のベンチに巫女服が座っているのを――あれ?――と思ったが、異変の調査が先だと思い、企画室に着いた頃には忘れてしまった。

 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 

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千早 零式勧請戦闘姫 2040・16『アカリン市長の昼休み』

2025-03-05 12:10:02 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
16『アカリン市長の昼休み』 




 ムムムムム……


 アカリン市長は執務机の上の鏡を見ながら唸っている。

 アイドルを辞めて市長選挙に出る時にトレードマークのロングヘア―を切った。

 アカリンのロングは、気分によってコロコロ変わった。

 ポニテ、サイドポニテ、ツインテール、サイドツインテール、ツーサイドアップ、ドラゴンテール、ストレート……

 ロングもアレンジすれば千変万化なのだが、どこか男やファンに媚びたところがある。アイドルならば当然のことだが、政治家としてはマイナスのイメージだ。

 それで、立候補を決めたその日にバッサリ切って自分にも家族にも、そして世間にも示したのだが、うっかりすると、ロングだったころの癖が出てしまう。

 昨日の悪魔城(民俗資料館)でも出てしまった。武内館長は礼儀正しく冷静に対応してくれたが、資料館移転という問題では一歩も引かなかった。

 時間も迫って、今日は帰ろうと決めて、それでももう一言と思った時、祖父の代からの小野寺秘書に声をかけられ、思わずアイドル時代の笑顔になってしまった。話の合間にも、つい、ボブヘアの首をかしげて髪をかき上げる仕草をしてしまう。
 
 ピシャピシャ

 両手で頬を叩くと財布を掴んで市長室を出る。

「食事に行ってきます」

「キュービックですか?」

「はい、40分で戻ります」

「ごゆっくり」

 業務的な会話をすると、小野寺秘書は一瞬でモニターのドットを確認して笑顔で送り出してくれる。市長の公務中の位置情報は秘書が把握しているのだ。さすがに手洗いなどは場所にドットが浮かぶだけだが、そのほかは、これから向かう最上階の展望食堂のキュービックに至るまでカメラでトレースされている。もっとも、その情報は秘書の小野寺と市議会議長にしかアクセス権限はない。

 チャリンチャリン……ズーー

 券売機に千円札を呑み込ませるとお釣りの200円と九尾ランチの食券を吐き出す。

 新人研修中の職員がビックリしている。

 アイドル市長の明里が80代の年寄りのように実物通貨で食券を買っているのだ。

 アイドル時代ならばテヘペロの一発もかますところなのだが、さすがにポーカーフェイス。

 実物通貨を使うのは――プリペイドや仮想通貨では価値の顔が見えない――という祖父の方針だ。

 最初は実物通貨なんて不潔だと思っていたが、最近は慣れてきた明里だ。先日5千円札を突っ込んでお釣りに福沢諭吉が出て来た時には、思わず「キャー!」と市長らしからぬ感動の声をあげてしまった。こんど沖縄に出張することがあったら伝説の二千円札をゲットしようと密かに楽しみにしている。

「わ、クジラの竜田揚げ!」

「あ、苦手ですか!?」

 厨房のおばちゃんが心配そうに訊ねてくれる。

「ううん、お祖父ちゃんの好物だったから(^▽^)」

「まあ、よかった(^_^;)」

 トレーにランチとお茶を載せて窓際の席に向かうと濃尾平野が一望のもとに開けてくる。

 ペチ

 席に着いて割り箸を割ると、視界の濃尾平野は九尾市の東北部の尾畠地区にフォーカスされる。きのう視察に行ったバブルの森と悪魔の城だ。

 駅前の再開発の一環として民俗資料館を移転して博物館にグレードアップ。バブルの森はアメリカのロボット工場を誘致する。21世紀も中盤、これからは本格的に企業や一般家庭にロボットが導入される。20世紀の自動車、21世紀前半の半導体のように、ロボットはこれからの基幹産業になる。なんとしても成し遂げなければと、竜田揚げの一切れを口に入れると、タレと肉のおいしさクジラの歯応えが混然一体となって明里を幸せにしてくれる。

 ブーーーン

 その幸せの目の前をゼロ戦が飛んでいく。

 ゼロ戦百周年を記念して、市役所最上階の周囲をレーザーホログラムのゼロ戦が周回する。

 21型からはじまり52型までの機体が順繰りに市役所の周囲を飛ぶ。ランダムに少数生産の64型や、後継機の烈風も飛ぶとあって、市役所の周辺や展望台にもカメラをぶら下げたゼロ戦ファンが先日のフェスティバルほどではないが集まってきている。

「お祖父ちゃんが生きてたら喜んだだろうなあ……」

 市長として孫として、この風景を見ていると竜田揚げとともに幸福に浸れる明里だ。


 ダダダダダダダ! ダダダダダダダ!


 突然銃撃の火箭が吹き荒れたかと思うと、ちょうど目の前を飛んでいた52型が火を噴いて墜ちていってしまった!
 

 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・15『資料館の館長は前の校長だった』

2025-03-02 10:07:31 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
15『資料館の館長は前の校長だった』 




『お気持ちは分かるんです、尾畠地区は、この資料館のおかげでもっているのは。でも、こう申してはなんですが、資料館本来の役目とは離れたことですし、市としても、九尾駅前の再開発に合わせて移転するべきだと』

『こちらこそ、市長のお心積もりは理解しております。いまここでお約束頂こうとは思っておりませんが、市議会で決定されてしまっては、もう資料館の館長ごときでは対応する術がありません』

『そうですか……そうですね、とりあえずお話はうかがいました。ですので、あとは来月の市議会で参考人としてお話しいただくということでご理解ください』

『はい、それはむろんのことです。しかし……』

『市長……』

 秘書が小さく声をかけると、市長はアイドル時代に戻ったような笑顔で言葉を締めくくった。

『申し訳ありません。もう少しお話しできればいいんですが、これから二つも会議がありまして……(^〇^)』

『あ、いえ、そうですね……わざわざお越しいただいてありがとうございました』

『それでは、失礼いたします』

 市長は秘書を促すと、パンプスの音を響かせながらエントランスの方に去っていく。


 深く頭を下げて見送る館長に千早はピンときた。


「あの館長さん、前の校長先生だよ」

「え、そうか?」

「うん『九尾高校、前の校長』……ほら」

 ハンス(ハンドスマホ)に呼びかけて出て来たホロモニターを見せる。

 民俗資料館のHPの冒頭に館長の写真と略歴があって、九尾高校の前校長であったことが書かれている。

「ああ、俺たちと入れ違いに定年だった……よく憶えてんなぁ、離任式で見ただけだろ」

「うん、武内宿禰(たけのうちのすくね)に似てたからね」

「タケノウチノ……?」

「あ、応神天皇の守り役のお爺さん」

「え?」

「うちって八幡神社でしょ、八幡様って応神天皇のことで、その守り役」

「あ、ああ……」

「ま、いいんだけどね……」

 説明しながら自分でも頼りない千早。ついこないだカミムスビノカミが現われて、神社のほんとうの神さまは自分であると宣言し、千早自身『零式勧請戦闘姫』とか訳のわからない者に仕立て上げられている。

「市長、やっぱり可愛いよなあ(^_^)」

「んん(¬_¬#) ?」

「あ、いやいや(^○^;)」

 川を渡って駐車場に戻ると二人の自転車に小鬼が憑りついている。

「あ!?」

 直感で悪さをしていると感じた千早は、瞬間で戦闘姫に変身すると、そのまま小鬼たちを追いかけまわし、バブルの森を半周したところで退治した。
 駐車場に戻る途中、資料館の窓越しに館長と目が合った気がした。だが、戦闘中は時間が停まっている。知られるはずはないと、そのまま元の千早に戻って貞治とともに家に帰った。

 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中            農協の営業マン
  • 先生たち          宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち    武内(民俗資料館館長)
  • 神々たち          スクナヒコナ
  • 妖たち           道三(金波)
  • 敵の妖           小鬼
 

 
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・14『バブルの森と悪魔の城・2』

2025-02-27 10:21:41 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
14『バブルの森と悪魔の城・2』 




 學天則に似た受付ロボットに生徒手帳を見せると二秒ほどのタイムラグがあって『ヨウコソ九尾市民俗資料館ヘ』と挨拶してくれてゲートが開く。

 九尾市内の小中高生は入場無料の資料館なのだ。

 ネットに繋がっていればハンス(ハンドスマホ)の情報を読んでタイムラグ無しにゲートが開くのだが、予算不足でいまだに二十年前に寄贈された學天則に受付をやらせている。

 學天則というのは百年以上前に開かれた博覧会に出品された日本最初のロボットで、九尾市のマニアが亡くなった時に展示品として寄贈されたものだ。しかし、レプリカで資料的価値が乏しいということもあって故障した受付システムの代わりに置かれて、もう八年になる。

「いつ来ても陰気臭い ところだなあ」

「もともとどこかのお城がモデルだし、予算も少ないからね」

 入って直ぐのホールには、名産の九尾米や柿羊羹の資料に混じって百周年を迎えたゼロ戦についての展示もされていて、そういう展示物をチラ見する貞治だが。目標の決まっている千早は貞治を従えて、グイグイ奥の展示室に向かっていく。

 濃尾平野は豊かな土地で数万年前からの遺跡や遺物がゴロゴロあって、それに関する資料だけで一階は一杯。二階は古代から戦国時代、とりわけ斎藤道三や織田信長、地元の豪族九尾氏の資料が並び、三階は近世近現代の骨董品が展示されている。

 そういうものはいっさいすっ飛ばして、四つある塔の一番大きなものに直行する。

 日本の城なら天守閣と呼ぶべき塔の内部は丸ごと九尾市の伝承に関わる資料が収められていて、その最上階が九尾の狐に関するものだ。

「ラプンツェルの空き家が妖怪の棲家になったみたいだなあ(^_^;)」

「さあ、調べるよ」

 絵巻物や草紙、絵草紙が並んだり積まれたり、その全てがいわゆる草書体。21世紀の高校生には手に負えない代物なのだが、手をかざすと現代語、それもAIが生成した画像や短い動画付き出てきて、高校生の二人でも不自由しない仕掛けになっている。

『はるか平安時代の昔、鳥羽上皇に仕えた玉藻前(たまものまえ)という美女が九尾の狐であったと言われる。しかし、それは九尾の狐の一面に過ぎず、本性はさまざまに姿形を変え、日本各地にその足跡を残している……』

「なんか、とんでもない化物みたいだなあ」

「先を見るよ」

 スワイプすると、様々な人物や妖怪に変化した九尾の狐が現れる。

『坊主になったり、武士になったり、旅の女性や尼僧に化けたり、村娘や村の子ども、時には行倒れの老婆に身を変えて旅人や九尾の人たちを惑わした。鳥羽天皇のころには更衣(女官)として側近くに仕えたが、時の天台座主に見破られて九尾に逼塞した。しかし、座主が亡くなり、天皇が上皇となって院政を敷いたころには再び玉藻前として都に現れ、都を拠点として日本各地に姿を現し、前にも増して人々を惑わした』

 その後、源頼光が当地の九尾丘まで追い詰めて退治されたとある。

『しかし、鳥羽上皇と源頼光とでは100年の開きがあって(頼光は鳥羽上皇の百年前の武将)、真相は定かではない。おそらくは様々な人々の働きを酒呑童子の鬼退治で有名な頼光に仮託させたものと思われる』

 当時は、まだ山と呼ばれていた九尾丘で、頼光が四天王とともに九尾狐の本性を現した玉藻前と戦っているホログラム映像が浮かび上がる。

「聞いたことあるよなぁ、あまりに激しい戦いだったので、山の半分が削れて丘になったって……」

 数日前のゼロ戦フェスティバルを思い出すふたり。レプリカやラジコンのゼロ戦がグラマンやコルセアと模擬戦闘をやって見せたのは、そう思うと暗示的ではある。

『……ここまでが通説の主軸ではあるが、研究者の間では、九尾狐こそが日本の中心である濃尾平野に根拠地を定めて大陸からの霊威を食い止めたとの説をとる者もあって、善悪で判別するのは早計であると言えるかもしれない』

「ううん……よく分からんなあ……」

 貞治は頭の後ろ、千春は前かがみになって胸の前で腕を組む。

 その二人の目の前を、資料をビジュアル化したホログラムが次々に流れ、資料館の学芸員も途方に暮れている感じがする千早だ。

「ムム……!」

 組んだ腕を解いて、流れていくホログラムを断ち切る千早。

「あ、見えないじゃないか」

「現物を見なくっちゃ……」

 ホログラムの下は膨大な現物資料、とても高校生の二人が読めるシロモノでは無いが、千早は字の具合や訂正、書き直しや書き加えられたところ、果ては、血だか汗だか分からないシミまで見入った。

「なんか分かるのか?」

「……うん、情熱がね」

「情熱?」

「うん、なんて言うんだろ……」

 千早の家は神社なので、古い記録が山ほどある。その八割以上は明治以前に書かれたもので、奉納やお祭りに関するものが大半。
 それらは、めでたく奉納やお祭りを成し終えた穏やかで目出度い気持ちが滲み出ていて、内容はつまらないが、とても穏やかなものだ。

 それに比べて九尾狐に関する現物資料は、荒々しく禍々しく、あるいは頼もしく、あるいは酩酊している。

 えぐい! やばい! えもい! 尊い! マジ卍 !

 父の一彦や母の榊(さかき)から「鳥居を潜ったら口にするな!」と言われている感嘆詞が頭の中で弾ける千早。

「もう降りようぜ」

「あ、うん」

 貞治に言われて塔のらせん階段を下りると、ゼロ戦フェスティバルで元気に開会の挨拶を述べていたアカリン市長の声が聞こえてきた。

 

☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中           農協の営業マン
  • 先生たち         宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち
  • 神々たち         スクナヒコナ

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千早 零式勧請戦闘姫 2040・13『バブルの森と悪魔の城・1』

2025-02-22 15:12:05 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
13『バブルの森と悪魔の城・1』 




 春休みもあとわずか、朝寝を決め込んでいた貞治はハンス(ハンドスマホ)の着信音で起こされた。

――ねえ、ちょっとつきあってよ――

 ツナギ(和製line)の短信を見て窓の外を見ると、もう千早が自転車に跨っている。

 子どものころから思い立ったらスグの千早なのだ。

「まだ顔も洗ってないんだぞ」

「五分待ったげるから支度して、朝ごはんは用意してるから」

 自転車の前かごには紙袋とペットボトルが載っている。


「で、なんで朝から民俗資料館なんだよ」

 とりあえずオカカのお握りを腹に収め、お茶を飲みながら千早に聞く。その間、二人ともゆっくりではあるが自転車のペダルを漕いだままだ。

『行けば分かる……かもしれない』

 ホログラムの千早は歯切れが悪い、が、祖父の介麻呂が祝詞をあげる時のように真剣だ。ちなみに父の一彦は祝詞をあげる時もω口の恵比須顔で、やや重みに欠けるので、地鎮祭などでは介麻呂が名指しされることも多い。
 孫の千早はその両方の個性を受け継いでいるようで喜怒哀楽の幅が広く、小学校に入ったころは双極性障害があるのではと思われたことがある。姉の挿(かざし)、兄の彦太郎も個性的なのだが、ここでは触れない。

『九尾の狐を調べたいの』

「九尾の狐?」

 金波の斎藤道三が現れた時、時間が停まっていたので貞治は事情が分かっていない。

「そんなの、ハンス(ハンドスマホ)で検索できるだろ」

『直に見なきゃ分からないこともあるのよ』

 もう一つ二つ言いたい貞治だったが、前を走る千早の後姿は真剣そのものでバイホ(バイクホログラム=自転車用通信機)も音声だけになっている。

 九尾市の民俗資料館は学校のさらに北7キロの町はずれにある。

 地図で見ると九尾市の丑寅の鬼門にあたって、開発が遅れていたが、前世紀のバブルのころに企業誘致と宅地開発が同時に行われた。

 その先駆けとして、九尾市の規模に見合わぬ民俗資料館が作られた。

 しかし、バブルが崩壊、あてにしていた企業も来なければ、宅地も半分ほどが造成されただけでディベロッパーが撤退。今では、ほとんど森に戻ってしまい、今では正式な地名では無く『バブルの森』と呼ばれるようになった。森の中に点在する宅地がアンコールワットかインカの遺跡のようだと、時どき、廃墟や遺跡オタクが動画を撮りに来て再生回数をかせいでいる。

 チェコだかポーランドだかの古城をヒントにした民俗資料館は建造から60年を超え、予算不足も相まってバブルの森の魑魅魍魎から九尾の街を護る辺境の古城に見える。口の悪いオタクやマニアは「いや、とっくに乗っ取られてる」「悪魔の城」と悪口を言う。

 その駐車場に自転車を止めた二人は、駐車場と本館の間を流れる川を渡って受付に進み、胸のポケットから生徒手帳を取り出した。

 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・12『付喪神 金立波の斎藤道三』

2025-02-18 10:35:41 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
12『付喪神 金立波の斎藤道三』 




 横の草むらから波が現れた。

 波と言っても本物の波では無く『入』の漢字の両脇に水玉があしらわれたデザイン文字のようなもので、一つだけが金色のハガキ大、残りのその他大勢はうすぼんやりした銀の名刺大で、半ば透き通ってグニャグニャしている。それが、ワチャワチャしながら草むらから出てくる様子は、幼児向けアニメのホログラムが投影されたみたいで、ちょっと微笑ましい。

 あ、この波は……斎藤道三の立波?

 岐阜県の子どもなら、小学校や中学校で一度は習った美濃の国の英雄斎藤道三のトレードマーク『立波の紋所』だと、ピンとくる。

 ガシャガシャ

 沢山のヨロイが揺すれるような音がして波が停まった。

 停まると同時に銀波たちが金波を守るように囲んだ。

 金波は銀波たちをなだめるように左右を見てから口をきいた。

――卒爾ながら、貴殿は零式勧請戦闘姫であられるか?――

 言われて、自分の姿を意識すると、きのうソーラーパネルたちと戦った時のウズメの姿になっている。
 ここのところ怪異が続いている千早だが、なんとか凌いでこられた。波たちに害意も感じられず、落ち着いて金波に訊ねることができた。

「ああ……うん。そうだけど、あなたたちは?」

――儂は、斎藤道三の兜の前立てじゃ――

「前立て?」

――ほれ、兜の前に金色の飾りが付いておろうが――

「ああ、あの角みたいなのね」

――さよう。儂は、道三入道が最後の戦をした時に、外れて地に埋もれた前立てなのじゃ――

「それって……」

 付喪神(つくもがみ)という言葉が浮かんだ。

 長年大事に使われた物は神や精霊を宿して付喪神になると言われている。

――長年草の中に埋もり、このあたりの精霊どものたばねとなった。近ごろ、このあたりも剣呑になってきて、しばらくは巡邏しておったが、いささか手に負えぬようになってのう、不本意ながら郎党どもを引き連れて一時避難の途中でござる――

「銀波は、その郎党たち?」

「いかにも、背後にこのあたりの精霊たちが続いてござる。立波の紋を現わしておれば、いくらかの魔よけには成り申すでな」

「ああ……でも、ここにいたソーラーパネルは昨日やっつけたわよ」

 ワチャワチャワチャ……銀波たちがざわつくのを制して金波が続ける。

「そうか、あれを退治したのは戦闘姫どのであったか。これは礼を申さなければならぬな。かたじけのうござった」

 ワチャ

 波たちの『入』が一瞬そよぐ。お辞儀をしたということらしい。

「あ、あ、どうもぉ(^_^;)」

 お礼を催促したみたいになって、千早は恐縮して頭を掻くが、その手は途中で停まってしまう。

「……それじゃ、なぜ逃げるの?」

――あれでござるよ……――

 金波は波の先を横に向けて学校の向こうを差した。

「学校の向こう……九尾丘?」

――さよう、ちとお耳を拝借――

 言うと金波はピョンと地面を蹴って千早の肩に載った。

 ちょっとビックリした千早だが、戦闘姫らしく鷹揚に耳を傾ける。

――じつは九尾山の……が……でござるよ――

「え、ええ!?」

――じゃによって、暫時戦略的撤退でござる――

「そ、そうなんだ」

――戦闘姫が立たれるのは実に二百年ぶり、我らも勇気百倍でござるが、敵も強うござる。ご自愛めされよ、またお目にかかり申そう!――

 クルリン!

 空中一回転したかと思うと、遠足の時に郷土資料館で見た通りの、でも縮尺1/12、フィギュアサイズの斎藤道三に変身。馬に跨って銀波たちを引き連れて犬山方面に消えて行ってしまった。

 チリン

 かわいい鈴音がして、再び時間が動き始め、千早は元の制服姿に戻ると、眠そうな顔をした貞治と並んで家に帰った。



 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中           農協の営業マン
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・11『ホーホケキョ』

2025-02-15 16:11:31 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
11『ホーホケキョ』 




 三日を予定していた蔵書点検は二日で終わってしまった。

 図書委員は地味でも真面目な者が多いので、準備と指導がよければチャッチャと済んでしまうのだ。

「お疲れさま。廃棄図書の中で気に入ったのあったら持って帰っていいわよ」

 仕上げの梅昆布茶を淹れながら宮本さんが壁際に集められた本たちを示す。

 雑誌や傷んだ本は、一年分まとめて蔵書点検に合わせて廃棄される。

 紙の実体本は二十一世紀も半ば近い2040年でも健在だ。紙やインクの匂い、肌触りやページをめくる時の感触などが再認識されて、学校では一定数の実体本を備えた図書室の設置が義務付けられて、九尾高校では、その基準以上の実体本を備えている。

 千早は、色あせたり表紙が取れかけたりしている三冊を選んでリュックに入れ、もう一冊を手に取って貞治に差し出した。

「入れといて」

「オレ、要らねえぞ」

「わたしのよ、もうリュックいっぱいだから」

「ちぇ、『誤訳怪訳日本の神話』……怪しい本だなぁ」

 そう言いながらも自分のリュックにしまう貞治。

 
 梅昆布茶の香りが外へ出ても続いていると思ったら、この三日余りで学校の梅は満開になって、桜も三分咲きになっている。

 
「さあ、歩くわよ!」

「お、おお」

 今日の二人は自転車に乗っていない。

 家の鳥居を出て貞治の教会の前まで行くと、農協の田中さんに声をかけられて車に乗せてもらったのだ。貞治は帰りの足が気にかかったが「天気もいいし、帰りは歩こう」ということにしたのだ。


 ホーーーホケキョ


「あ、鶯がちゃんと鳴いてる(^▽^)!」

「え、ウグイスならゼロフェスティバルの前から鳴いてるだろ」

「ああ、これだから男は……╮(︶﹏︶")」

「なんだよ」

「こないだまでは、ケキョケキョだったでしょ」

「ええ、そうだったか」

「そうよ、何年岐阜県人やってんのよ。ねえ鶯、こないだのバージョンやってみて」

 ケキョケキョ

「ほらね」

「……両方あるんじゃないかぁ?」

「もー、大和心を知らん奴だなあ」

「ま、まてよぉ……」

 ハンス(ハンドスマホ=腕時計型スマホ)を立ち上げて鶯の鳴き声を検索する貞治。ハンスには――出始めの鶯はケキョケキョとしか鳴かない、春が本番になってホーホケキョと鳴く――とあった。

「……あ、ほんとだ」

「参ったか!?」

「アハハ、二人で歩くのって、小学校以来だな」

「あ、話題変えた。ま、いいけど」

「濃尾平野は箱根の西じゃ一番の平野だからな、こういう季節は散歩するのにちょうどいい」

「ああ、それは言えるよねぇ……フフ」

「なんだよ」

「小さいころ、犬山城見に行こうって帰れなくなったことあったでしょ」

「あ、ああ……」

「橋渡ったところで、しゃがみ込んだら動けなくなったんだよね」

「そうそう、運よく車で送ってもらったんだよな」

「うん、教会の総代さんだったよね」

「え、神社の総代さんだろ?」

「え?」

「ん?」

 ほんの幼稚園ぐらいのころの思い出。

 犬山橋のたもとでへばっているとワゴン車が通りかかり「どうしたのかなあ? あ、怪しい者じゃないですよ、総代ですよ(^_^)」と優しい笑顔で言われたので、二人ともそれぞれの神社・教会の総代だと思っていたのである。

 総代さんは「お家にはナイショにしておきましょうね」と言ったので、晩ご飯に遅れることも無く帰れたこともあり、二人はずっと内緒にしていた。

「ああ……アハハ」

「昔のことだからね」

 まあ、なにかの思い違い。

 そう思った時、また、あの音がした。


 ピシ!

 
 
☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中           農協の営業マン
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・10『スクナヒコナ』

2025-02-12 10:21:50 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
10『スクナヒコナ』 




 ぶちまけられたカード目録は大方回収されたが、何枚かが書架と書架の間に入り込んでしまった。

「ああ、やっちゃったぁ……」

 カウンターから定規を持ってきて隙間に突っ込んで二枚は回収できたが、もう何枚かが奥に入り込んで定規では届かない。

「書架をどけなきゃ無理ですねぇ」

「ハァ~~」

 腰の後ろに手を当ててため息をつく宮本さん。首がうな垂れてお腹が前に出るので、ちょっとお婆さんじみてしまう。

 書架は図書室の中で最大のもので、動かすには中の本を全部出さなければならない。書架自体も男子が三四人でかからなければならないしろものだ。

 なんとかならないのかなあ……?

 そう思うと――そうだ、これも練習になる――とウズメが呟く。

 シャラン☆

 鈴の音がしたかと思うと、時間が停まって目の前に親指ほどの神さまが現れた。

『スクナヒコナよ』

「寝てるし……子の大きさじゃ、まだあの隙間は無理かも」

『いきなり何ミリってサイズじゃビックリするでしょ。千早の鼻息じゃ飛んでしまうかもしれないし。この子はいくらでも小さくなれるから大丈夫よ』

「あ、やっぱりわたしが変身するわけぇ?」

『そうよ、目をつぶって』

「あ、うん……」

 シャラン☆

 あっという間に小さくなると、目の前にツインタワー……いや、二つの巨大な書架。その隙間は、やっとスクナヒコナの首が入る程度で、ちょっと厳しい。

『二分の一って念じてみて』

 少年の声がした。

「あ、スクナヒコナ?」

『うん、慣れないだろうから、最初だけアドバイス』

「あ、よろしく」

 ひとこと挨拶して1/2をイメージする。

 フグ!?

 両側の書架が暴力的に迫って来て千早の首を両側から押しつぶしそうになった!

 え、なんで!?

『ああ……馴染まないまま念じたから、元の千早のサイズの1/2になってしまったんだ。もう一度やってみて』

「う、うん……」

 一度もとのスクナヒコナのサイズに戻って、しっかり親指サイズであることを自覚してからイメージしなおす。

 チロリン☆

 小さなエフェクトがしたかと思うと、その隙間は家の廊下ほどになった。

 よし、これなら大丈夫!

 暗い廊下のような隙間を進んでいくと、三枚のカードが見えた。

「でも……このサイズで見るととんでもないよぉ(^_^;)」

 カードの厚みは50センチほどもあって、大きさはテニスコート以上だ……それに、とんでもない量のホコリが絡みついて、この小さな体では不可能に思われた。

『だいじょうぶ、この程度なら風を起こして飛ばせるから』

「あ、そう……じゃあ……」

『あ、それじゃ無理っぽいかなあ(^○^;)』

 千早は、蝋燭の火を消すように手をハタハタさせていただけだった。

「それじゃあ……」

 思い切り空気を吸い込んで、体の反動をつけて吹いてみた。


 フゥーーーーーーーーー!!


 ボワ!!

 三枚のカードがホコリと一緒に飛び出した。


 気が付くと閲覧室のいちばん端っこの書架の前で、元の千早の姿でひっくり返っている。

「あれ?」

『風を起こす時は、しっかり踏ん張っていないと反動で飛ばされてしまうからね。大丈夫かい?』

「そうなんだ、でも、どこも打ってないみたい」

 少しホコリがついているが、どこも打ってないので安心しながらも驚く千早。

『僕の姿の時は、蓑虫(ひむし=蛾)の衣を被ってるからね、それがクッションになったんだと思うよ』

「そうなんだ」

 ホコリを払って書架の向こうに戻ると、貞治と宮本さんが不思議がっている。

「なんだったんでしょうねえ……」

「勝手にカードが出てきたわねえ……」

「あ、千早、どこに行ってたんだ?」

「あ、ああ、向こう側からね、息を吹きこんだら出てくるんじゃないかって……いやあ、やってみるもんねえ(^▢^;)」

 貞治と宮本さんは不思議そうに千早の顔と書架の隙間を見比べて、それでも無事にカードが戻ってきたので、春一番の隙間風かと納得した。



☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・09『図書館司書の宮本さん』

2025-02-09 15:34:22 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
09『図書館司書の宮本さん』 




 キンコーンカンコーン キンコンカーンコーン……


 春休み中なのだから焦る必要もないのだが、チャイムが鳴るとペダルを踏む脚に力が入ってしまう千早だ。

「ハハハ、パブロフの犬だな」

「うるさい、いくよ!」

 ガラガラの駐輪場に自転車を止め、昇降口で上履きに履き替えると図書室を目指す。

 九尾高校の図書室は独立した木造二階建てだ。

 昭和時代からの校舎を建て替えるにあたって、それまで校舎の一部でしかなかった図書室を独立した建物にしたのが三年前。

 先代市長の肝いりで、旧制中学当時がそうであったように独立した図書館になった。

 独立した建物なので、図書館と呼ぶのが正しいのだが、生徒の多くは小学校以来呼び慣れた「図書室」と呼んでいる。

「あら、早いわね」

 司書室のガラス越しに司書の宮本さんが首を覗かせる。

「え、9時からじゃないんですか?」

「連絡いってなかった?」

「図書館便りには9時……だったよね?」

 貞治がポケットからクシャクシャの図書館便りを出すと――令和22年度蔵書点検 3月25日 午前9時~12時 各クラスの図書委員は図書館に集合すること――と書かれている。

「ああ、あとで時間変更のメモ回したんだけど……」

「「ああ……」」

 揃って溜息を漏らす千早と貞治。

「こういうとこだけは気が合うんだからなあ……」

 二人の担任、右田と左藤は仲が悪いが、こういう点にルーズだということでは一致している。

 くそぉヽ(`Д´#)ノ   またかぁ(`m´#) 

 そう思っても口には出さない。

――こういう局面であからさまに文句を言わないのは、お互い神主と牧師の子どもであることだけが理由ではないのかもしれない――

 宮本さんは思うのだが、彼女も口には出さない。そのかわり、熱い梅昆布茶を淹れて蔵書点検のだんどりを説明する。

「……という感じで、カード目録と照合して欲しいの」

「けっこうな量ですねぇ」

「うん、でも、図書委員全員でやれば、ひとり三日で800,一日じゃ300にもならないから楽勝よ。とりあえず、総記と哲学から始めてもらえるかなあ。あ、梅昆布茶飲んでからでいいからね」

「はい」「らじゃー」

 梅昆布茶と、お茶うけのクッキーをお腹に収めると、カードボックスから引き出しごと引き抜いて二人は作業にかかった。

「総記ってしれてるんだなあ」

「哲学は引き出し二つ分あるよぉ……よっこいせ」

 図書館の蔵書は二十一世紀に入ったころには電子管理されるようになり、貸し出しも返却もポスシステムなのだが、九尾高校では昔ながらのカード目録も併用している。

「重さとか見た目の量で実感できるからねぇ」

 自分も文学の目録をチェックしながら説明してくれる宮本さん。

「ああ、たしかに……」

 宮本さんがとりかかっている文学はカードボックスの実に半分を占めている。

「よいしょっと……」

 宮本さんは、模範を示そうと引き出し三つを重ねてテーブルに持って行こうとした。

 ガツン

 あ!?

 狭い通路を抜けようとして、引き出しの一つが書架に当ってしまった。

 ガッシャーン!

 落した引き出しの一つは掛け金が外れてしまい、数百枚のカードが床に飛び散ってしまった!


☆・主な登場人物
  • 八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
  • 八乙女挿(かざし)         千早の姉
  • 八乙女介麻呂          千早の祖父
  • 神産巣日神          カミムスビノカミ
  • 天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
  • 来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
  • 天野明里            日本で最年少の九尾市市長
  • 天野太郎            明里の兄
  • 田中           農協の営業マン
  • 先生たち         宮本(図書館司書)
  • 千早を取り巻く人たち

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千早 零式勧請戦闘姫 2040・08『アラベスクをキメるウズメノミコト』

2025-02-06 11:17:26 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
08『アラベスクをキメるウズメノミコト』 




 ズバッ!


 剣を抜くと同時に太陽光パネルを切った。パネルは両断されて農協の車を挟むように飛んでいき反対側の田んぼに突き刺さった。

 再び武人埴輪のように変身した千早だが、今度は頭にティアラのような天冠(てんかん)、背中にはマントが付いて魔法少女のようになっている!

――グレードアップ? また戦えってことぉ!?――

 一瞬、不満に思う千早だが、体が自然に動く。

 まだ解体が進んでいないパネルの間から黒い影たちがむくむくと湧き上がってくる。

――昨日より数が多い!――

 思うと同時に突進して中央の二体の核を切る!

 ズサズサ!

 一体はすぐに霧消したが、一体は核の中心を外してしまって不完全燃焼の煙のように蟠る。

 ゴホゴホ……

――少し吸い込んだ――

 煙を避ける。

 しかし、その数秒の間に四体の影が千早を取り囲み、輪を描き始める。

――囲まれる!――

 シュラララーーン☆ シュラッ☆ シュラッ☆ シュララッ☆ シュラン☆

 単に囲みの外に出ようとしただけなのだが、花火が爆ぜるように跳ねまわり、跳ねるたびに瞬間の決めポーズになってしまう。

――て、敵をやっつけなきゃ!――

 シュラッ☆ シュララッ☆

 数体撃破するが、やっぱり、1/100秒ほどの決めポーズ。

 追ってきた敵を眼下に捉え、そのままぶちのめせばいいのに、白鳥が羽を広げるようにポーズ! 螺旋を描きながら急降下して影の核を四つに切って霧消させる!

 シュラッ☆ シュラッ☆ シュララッ☆ シュラン☆

 それから、連続して残りを切り伏せると、目に見える範囲から敵の姿は消えてしまった。

 シャラン

 剣と盾と勾玉が震えたかと思うと、一つに合体して浦安の舞の剣鈴に変わる。

 シャラン!

 もう一度震えると、剣鈴の柄を握る手が現われ、その先が膨らんだかと思うと派手な巫女服の女神がバレーのアラベスクを決めて出現した。

 え( 〇Д〇)?

『どーもぉ、アメノウズメノミコトでーす(^▽^)』

「アメノウズメ?」

『ノミコト。ま、微妙に長いし、長い付き合いになりそうだし、アメノウズメでもいいわ』

「あの、天岩戸の……」

『そうよぉ、引きこもりのアマテラスを岩戸から引っ張り出した第一の功労者のアメノウズメノミコト、その人よ!』

 千早は思い至った。

「あんなに無駄な決めポーズやらフリを付けて戦ったのは、あなたのせい?」

『そーだけど、こんど無駄って言ったら、こうなるからね』

 シャラン

 ウズメが口をΣにして鈴を鳴らすと、停まっていた時間が動き出し、農協の車はグシャグシャになって、貞治の胴体からは血しぶきを上げながら首が千切れ飛んでしまった。

「ええ!?」

 ウズメが口をωにして、再び鈴を鳴らすと、情景は巻き戻って停止した。

『千早は巫女舞もヘタッピだからね、あたしが付いて踊れるようにしてやるから』

「あ、えと……」

『千早は神を宿す器になったけど、主神は、このウズメノミコトだから』

「主神はカミムスビノカミさんじゃあ……」

『カミムスビは神社の主神だ』

「あ、そか……」

『これからは幾柱も神を宿すことになる、管理するものが居ないと困るだろが』

「ああ、はい……ええとぉ」

『なんだ?』

「アメノウズメでも、ちょっと長いからウズメさんでいい?」

『ミコト省略かあ?』

「あ、さん付けはしてるし」

『……まあ、いいか』

「ありがとうございます!」

『うん、じゃあ。これからも励めよ』

 シャラン

 鈴の音とともにアラベスクを決めたかと思うと星くずになってウズメは消えてしまった。


 風を感じたかと思うと、貞治のホログラムが戻り、農協の車は何事もなく先を進んで、学校のある九尾本町の家並の中に混じっていった。



☆・主な登場人物

八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
八乙女挿(かざし)         千早の姉
八乙女介麻呂          千早の祖父
神産巣日神          カミムスビノカミ 
天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役  
来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里            日本で最年少の九尾市市長
天野太郎            明里の兄
田中           農協の営業マン
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・07『通学途中の異変』

2025-02-03 15:00:58 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
07『通学途中の異変』 




 未来の自転車は空を飛ぶ。


 保育所の年長さんの時、ぞうさん組の先生が言っていた。

 車の5%は空を飛ぶ時代なのだから自転車だって空を飛ぶだろうと千早は思った。自転車が空を飛ぶようになったら貞治といっしょに飛んでみたいとも思った。

 しかし、十年ちょっと未来の今日(こんにち)、九尾市の空を飛んでいる自転車は無い。

 千早は貞治と前後に連なって通学の途中だ。

「あ、やっと撤去にかかったぁ」

 三本松の角を曲がると右手に三十年ものの太陽光発電プラントがあったのだが、それが、解体撤去が決定して四年、いや五年目にようやく解体にこぎつけた。

『国の補助がやっとついたらしいぞ』

 ハンドルの上に1/4サイズで現れた貞治が――ざまあみろ――という顔で答える。

 空飛ぶ自転車は存在しないが、自転車のハンドルが多機能化し、前後を走っている人間のホログラムを1/4サイズで表示して会話できるようになっている。

 この機能が付いてから横に二列や三列になって走る自転車が劇的に減った。

 横目で相手を見て地声で喋るより、目の前に姿が見えて指向性の強いスピーカーから声が聞こえる方がいいに決まっている。

 最大五人までと話しができるが、道が混んでくると自動でホログラムは消えて音声だけになる。

――昔は、道幅いっぱいに広がって登下校して苦情が殺到したものです――

 こないだの離任式で校長先生が言っていたのを思い出す。

「プラントのあとは、なにができるんだろ?」

『田んぼになるって親父が言ってたぞ』

「おお、そりゃ楽しみだね」

『ああ、九尾丘の風車も撤去されたし、いい感じになるぜ』

 二十一世紀も半ばにさしかかり、太陽光や風力のエコ発電は、ミニ原発と深海からの採掘が商業ベースに乗ってきた化石燃料に置き換わりつつある。核融合炉さえも試験運転の目途が立つ今日、エネルギー事情は濃尾平野でも変わろうとしている。

 やっぱり濃尾平野には田んぼが似合うと思う千早だ。

 撤去工事は三分ほどの進捗状況で、角を曲がって100メートルも行くと相変わらずパネルの海が広がって――むかつくぅ――と思ったら貞治が消えた。後ろから自動車が接近して来たので、安全のため自動でオフになったのだ。

 プップー

 軽くクラクションが鳴ったと思ったら農協の田中さんの車だ。

「昨日はどうも!」

 短いお礼の言葉は聞こえたのかどうかは分からないけど、運転席の田中さんはニッコリ笑って手を振ってくれた。

 ブォォォ

 小さいが小気味いい加速音をさせて、農協のハイブリッドは二人を追い越していく。まだ農協の始業時間には間があるのだろうけど、働き者の田中さんは、お得意様周りの営業に出ているのだ。

「働き者だなあ、田中さん」

 蘇った貞治のホログラムが牧師の父親に似た笑顔で言う。時にはケンカもする幼なじみだが、この笑顔は褒めてやっていいと思う千早だ。

 あ!

 どこから風が吹いたのか、解体中のパネルがフワっと宙に舞い、田中さんの車目がけて飛んでいく!

 危ない!

 ピシ!

 瞬間氷結するような音がして時間が停まってしまった。



 
☆・主な登場人物

八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
八乙女挿(かざし)         千早の姉
八乙女介麻呂          千早の祖父
神産巣日神          カミムスビノカミ     
来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里            日本で最年少の九尾市市長
天野太郎            明里の兄
田中           農協の営業マン
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千早 零式勧請戦闘姫 2040・06『たこ焼きを食べながら』

2025-01-31 11:11:58 | 不思議の国のアリス
千早 零式勧請戦闘姫 2040  
06『たこ焼きを食べながら』 




「ねえ、なんでお寺さんになんかにお嫁に行くの?」

 トレーのタコ焼きに爪楊枝をブッ刺しながら千早が聞く。

 爪楊枝は真ん中の二個に刺す。境界線をハッキリさせるための姉妹のルールだ。それぞれ真ん中から手元に向かって食べて行けば、数に間違いがなく、無用のいさかいをしなくて済むのだ。

「う~ん……大阪はタコ焼きの本場だしね」

「ああ……でも、相手はお寺さんだよ」

「八幡さまと阿弥陀さまは同じものなんだよ」

「え?」

「むかしむかし、仏教が入ってくる前に仏さまは神さまの姿で日本人の前に姿を現された。大日如来が天照大御神、阿弥陀如来が八幡神とかね」

「ああ、神仏シュウゴウってやつ?」

 中学で習った知識で対抗、意味はよく分かっていないが、四文字熟語で対抗する千早。

「紙に書いてみな」

「う、うん」

 広告の裏に書いた字は『神仏集合』だ。姉は黙って『神仏習合』に書き換えて話しを続ける。

「神宮寺と言って神社とお寺がいっしょだったり、神前読経とか言って神さまにお経唱えたりしたんだ。明治の神仏分離令で別々になったんだけど、すぐに撤回されたし、日本人はみんな納得してるしね」

「そうなの?」

「そうだよぉ、お寺の檀家と神社の氏子足したら総人口の倍近いんだからね。両方かねて納得なんだよ」

「ふ~~ん」

「なにい、千早ぁ、お姉ちゃんが居なくなって寂しいとかあ~(`∀´)」

「ナイナイ(#`Д´#)!」

「股従姉の薬子さん憶えてる?」

「クスコ?」

「ほら、美中八幡の」

「ああ、お祖父ちゃんの実家」

 祖父の介麻呂は美中八幡からの養子で、薬子は股従姉になるのだが、年が離れていることもあって、千早は記憶があいまいだ。

「薬子さんもお寺さんにお嫁に行ってるんだよ」

「え、そうなの?」

「うん、高校生の時にお邪魔したんだけど、薬子さんもお寺もいい感じでさ。ま、いい出物と思ったわけさ」

「ふーーん」

 姉が簡単に言う時は往々にして――それ以上は聞くな――なので、千早は話題を変えた。

「ねえ、知ってる、うちの八幡さまってカミムスビノカミだって」

「うん、知ってるよ。境内の祠が、そもそもうちの神社の始まりで、その御祭神は神産巣日神でしょ」

「いや、それが……」

「神さまと仏さまがいっしょだったりするんだから、神さまがいっしょだっておかしくないでしょ」

「え、ああ……」

「さあて、お書入れが溜まってたんだ、やっつけてしまうか……」

「お札なら授与所にいっぱいあるよ」

「夏祭りの分よ」

「え、もう夏祭りぃ?」

「千早の字じゃ授与品にできないでしょ」

「ウ……」

「貞治とか見習って、少しは習字も稽古しときなさいよぉ。それに、そろそろ新学期でしょ、フラフラしてちゃだめだぞぉ」

「フラフラなんかしてないもん!」

 それには応えずに、颯爽と社務所のバックヤードに向かう挿。

 なんだか、一本とられたようで面白くなく、ドサっと座りなおすと自分の分のタコ焼きが三つ残っている千早だった。



☆・主な登場人物

八乙女千早           浦安八幡神社の侍女
八乙女挿(かざし)         千早の姉
八乙女介麻呂          千早の祖父
神産巣日神          カミムスビノカミ     
来栖貞治(くるすじょーじ)  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里            日本で最年少の九尾市市長
天野太郎            明里の兄


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