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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい06〔明日香のファッション〕

2021-12-10 05:27:53 | 小説6

06〔明日香のファッション〕  


      


 あたしはファッションには凝らない方

 ただ、オンとオフの区別はつけている。

 学校行くときは完全な制服。家帰ったらラフというか、お気楽がコンセプトの気まま服。

 まあ、ルーズにならなくて体を締め付けないものね。

 上は薄手のセーターで、外出するときはスタジャンぽいもの。

 たいていは、近所のアキバで間に合わせる。 

 アキバには一駅向こうの御徒町まで居れるとユニクロが三軒あるので、そこでウロウロ。

 でも、ユニクロで買うことってそんなにはない、けっこう高いしね。

 実際はアキバのあちこち回って探す。普通のお店で似たようなのが安くてあるしね。

 
 履き物は、近所はサンダル。冬用と夏用があって、冬用は足の甲のとこにカバーが付いてるの。夏はヒモとかベルトだけの。じゃまくさい時はお母さんのサンダルをそのままひっかけたりする。

 ちょっと遠いとこはスニーカー。学校行くときはローファーに決めてる。買うのは、やっぱアキバ。

 最近はネットで買ったりもするんだけど、ポチッとやるだけで買えてしまうので、要注意。夜のスマホは魔法が掛かってるからね、うっかりポチって、朝になったら大後悔ってことがあるから、夜にはポチらないようにしてる。

 

 明日から稽古が始まるんで、制服をチェック。

 

 制服は気に入ってる。

 男子は詰め襟に似てるけど、襟が低くて、角が丸い。そんで色が紺色。右の袖にイニシャルのGをかたどった刺繍でボタンは平べったい金ボタン。

 女子は、一見男子と同じ色のセーラー服。前開きなんで着やすいし、リボンをしなかったり短かくしたりすると、前のジッパーが見えてしもてかっこ悪い。そして袖にGのイニシャル。

 スカートは普通のプリーツみたいなんだけど、裾の下に黒で学校のイニシャルが入っいて、簡単には改造できない。

 ヘタに短くすると、イニシャルが見えなくなってしまうからね。

 さすが東京都。長年制服の改造に悩まされてきたので考えてある。

 その制服を、明日に備えてチェック……OK……と思ったら。

 あっちゃー、ローファーがいかれてた。右足の底がつま先の方から剥がれかかってる。

 

 で、アキバのABCマートまで買いに行く。

 

 着くまでに台詞が半分通せた。でも、信号やら車に気を取られて詰まってしまう。

 まだ覚え方がハンパな証拠。帰りに残り半分賭けてみようと思う。

 

 せっかくアキバまで来たので、アキバの街をウロウロキョロキョロ。

 

 ラジオ会館と駿河屋の間の道を抜けたところで、胸がチクリ。 

 関根先輩と美保先輩が、ラブラブでアトレから出てくるのが目に入ってしまった。

 昨日に続いて二日連続の遭遇。
 
 もう悪夢!

 昨日も、神田明神に行って、二人でお祈りして、おみくじひいて二人揃って大吉、マクドでかる~く「映画でも観にいかこうか?」「うん」「中味も聞かないで、うん?」「うん。学といっしょだったらどんな映画でも……」「バカだなあ」

 ウググ

 もう、その時の情景まで映画の予告編みたいに頭に浮かんで、パニック寸前。

 帰りは、案の定台詞の稽古忘れてしまう。

 

「明日香、滝川んちで新年会やるけど、付いてくるか?」

 

 帰るとお父さんに勧められた。滝川さんは、お父さんの数少ないお友だち。あたしらガキンチョでもオモロイオッサン。二つ返事でOK。

 宴会では、フランス人とのハーフのニイチャンや二十歳過ぎのベッピンさんのお話で耳学問。オッサン、オバハンは記憶には残ってない。

 まあ、この人たちのことはおいおいと。

 明日から、稽古が始まりますのですのよ!

 イタ! 
 
 舌噛んでしまった(;'∀')。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保

 

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明神男坂のぼりたい05〔外堀通り台詞のお稽古〕

2021-12-09 09:05:00 | 小説6

05〔外堀通り台詞のお稽古〕   

 

 

 

 昨日から外堀通りを歩いている。

 と言っても、学校へ行くわけではない。

 台詞を覚えるため。

 暮れの27日に台本もらってから、ろくに読んでない。

 稽古は5日から始まる。せめて半分は覚えておかないと、さすがに申し訳ない。

 台本を覚えるというのは、稽古中にやってるようではダメ。稽古は台本が頭に入ってることが前提。

 一つは、去年のコンクールでの経験。

 台詞の覚えが遅かったので、100%自信のある芝居にはなってなかった。

 前年の『その火を飛び越えて』は東風先生の創作で、初演は、八月のお盆の頃。A市のピノキオ演劇祭。

 コンクールは十一月が本番だから台詞はバッチリ……と、いいたいけど。創作劇だけあって書き直しが多い。東風先生も忙しいので、なかなか決定稿にならない。

 で、決定稿になったのが十月の中間テストの後。

 なんと台詞の半分が書き換わってアセアセのオタオタ。

 行き帰りの通学路、授業が始まるまでの廊下の隅っこ、昼休み食堂でお昼食べながら、お風呂に浸かりながら、布団に入って眠りにつくまで……いろいろやって覚えたけど。なんとか入ったいう程度。

 当たり前には入ったけど、身にしみこむいう程じゃ無い。

 台詞いうのは、算数の九九と同じくらいどこからでも自動的に言えるようにしておかないと、解釈やら演出が変わったら出てこなくなる。

 う~ん、歌覚えるように覚えちゃダメ。

 メロディーといっしょじゃなかったら歌詞が出てこなかったり、最初から歌わなら途中の歌詞が出てこないような覚え方じゃね。

 覚えた台詞は、いちど忘れて、その上に刷り込んで、自動的に出るようにしなくちゃ。

 つまり算数の九九みたいに。これは、経験と……あとは、もう一個。別の機会に言います。

 コンクールは、そこそこの出来だったけど、あの浦島に文句つけられるような弱さはあったんだと思う。難しい言い方で『役の肉体化』が出来てなかった。

 ヘヘ、難しいこと知ってるでしょ。あたしは、そんじょそこらの演劇部員じゃないという自負はある。

 その自負の割には、五日間も台本読まずに正月気分に流されてしまって反省。     

 で、昨日から外堀通りを散歩しながらがんばってる。

 

 男坂を駆けあがって、神田明神男坂門。

 門と看板は出てるけど門も扉もない。いつでもだれでも通れます。

 ラブライブでは音乃木坂高校生徒会の東條希の実家が神田明神で、希は、いつも巫女服で、このへんを掃除している。

 正月も松の内なので、平日よりは参拝者の人が多い。

 パンパン

 二拍手だけして一礼。

 ほんとは、二礼二拍手一礼が作法だけど、ご挨拶なので略式。いつもは、ペコリと一礼だけだから、まだ、あたし的には念がいってる。

 回れ右して隨神門(正面の門)から出発なんだけど、回れ右の途中で巫女さんが目に入る。

 境内を掃除していたり、祭務所(お札や御守り売ってるところ)の番をしていたり、参拝者の案内をしていたり、いろいろなんだけど、たいていは視線が合って、ペコっとお辞儀。

 隨神門を出る時に、もう一回ペコリ。

「おはよう」「おはようございます」

 団子屋のおばちゃんと挨拶を交わす。

 おばちゃんは、お店の事があるから、いつも声に出してあいさつするとは限らない。

 そのときは、ペコリしとくだけ。

 あ、このおばちゃんは、四つの時に男坂を転げ落ちた時に助けてくれたおばちゃん。

 

 さあ、ここから、台詞の稽古。

 

 台本片手にブツブツと台詞を反すう。

 …………………、…………………。

 詰まったり怪しくなったら、台本で確認して、再びブツクサ。

 ロケーションは、湯島の聖堂を曲がって本郷通、聖橋の階段を下りて外堀通りに差し掛かって、ペースが出てくる。

「よく、歩きながら台詞がおぼえられるねえ」

 友だちに感心されるけど、ながらスマホほど危なくは無い。ちゃんと景色も目に入ってるし、音も聞こえてる。

 …………………、…………………。

 役者って、役をやってると役の気持ちになってるし、その役が見ているものを見ているし、役が聞いているものを聞いている。それでいて、舞台全体にも神経くばってるし、照明の当たり具合とか、相手役のことだって見てる。

 あ、立ち位置間違ってる。そう思ったら、次の展開を考えて、こっちの立ち位置やタイミングを変えたりね。

 いわば、究極の『ながら』をやってるから、台詞のブツブツなんか、お茶の子さいさい。

 …………………、…………………。

 西に進んで行くと、医科歯科大学や順天堂大学の学生さんと並んだりすれ違ったり。

 まだ松の内だというのに、大学生はえらいよ。

 まあ、高校生とは違って、大学出たら社会人だからね。気合いが違う。

 …………………、…………………。

 通り過ぎる人とは三間(7メートルくらい)は間をとるようにする。

 声が聞こえると、ね、恥ずかしかったり、ちょっと不気味だったりするからさ。

 …………………、…………………。

 順天堂大学を過ぎると、そろそろ学校のエリア。

 学校の近くには、私学の高校が二つあって、さすがに部活の生徒とかが目につくので、横断歩道を渡って、神田川沿いの歩道に移る。

 こっちの方が、だんぜん人通りも少ないので、台詞も反すうじゃなくて、稽古のレベルになって、呼吸が変わったり、手が動いたりする。

 それでも、周囲の様子は見えてるから、あたしって天才?

 …………………、…………………。

 …………………、…………………。

 …………………、…………………。

 …………………あ。

 信号の向こうから関根先輩が歩いてくるのに気が付いた。

 関根さんは中学の先輩。

 軽音やってて、勉強もできるし、スポーツも万能。高校は、神田川の向こうの○○高校。うちの中学からは二人しか行かれなかった都立の名門校。

 あたしは卒業式の日に必死のパッチで「第二ボタンください!」をかました。

 その関根さんとバッタリ会うてしまった。心の準備もなんにもなしに……。

「おう、アケオメ。正月そうそう散歩か」

「あ、あ、あけましておめでと……」

 そこまで言うと。

「そうだ、お婆ちゃん亡くなたんだよな。喪中にすまんかった」

 なんという優しさ。孫のあたしが年末まで忘れてたこと覚えててくれはった。感激と自己嫌悪。

「あ、あの……」

 次の言葉が出てこないでいると、横断歩道を渡って田辺美保先輩が来る。

「おまたせ、セッキー!」

 田辺さんは関根さんと同期のベッピンさん。あたしより……足元にも及ばないくらいの美少女。

「じゃな、鈴木」

 関根さんは、軽く手で挨拶していってくれたけど、田辺さんは完全シカト!

―― 鈴木明日香なんか、道ばたの石ころ ――

 そんな感じで行ってしまった。

 くそ! 東京ドームシティでデートか、グルッと回って神田明神に初詣えええ!?

 

 台詞…………みんな飛んでしまった!         

 

 初稽古まで、あと二日……。

 

 

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明神男坂のぼりたい・04〔明日香の初詣〕

2021-12-08 09:15:21 | 小説6

04〔明日香の初詣〕   

 

 

 男坂を登れば、すぐ神田明神なんだけど、初詣は元日を外して二日にしている。

 

 理由はね、元日は混むから。

 なんといっても東京で一番の神社、江戸の総鎮守っていうくらいだから、大晦日から元日にかけての混みようはハンパじゃない。

 本当はね、ひと様と一緒に元日に初詣したいよ。

 でもね、あたしは、子どものころから体が弱かった。

 四つのとき、いろいろの都合で男坂の家に越してきた。

 元々、鈴木の家はここなんだ。

 でも、去年亡くなったお祖母ちゃんが「もう、この足腰じゃ男坂は心細くって」と言うので、一家をあげて越してきた。大きくなってからは、単に坂の上り下りのことじゃないって分かるんだけどね、その時は、そう思ってた。

 神田明神なら、男坂でなくっても、ちょっと遠回りになるけど、正面の大鳥居から入ればいいんだけどね。

 生まれてこのかた、男坂から上っていくのが鈴木家の流儀だった。

 越してきて、子ども心に思った。

 男坂のぼりたい!

 

 越して間もないころに奇跡を見たんだ。

 表に出たら、ちょうど、男坂の向こうに夕陽が落ちていくところ。

 いっしゅん夕陽が目に飛び込んで目をつぶる。

 宇宙戦艦ヤマトが波動砲を撃った瞬間! そんな感じ!

 波動砲撃つ時って、砲手の古代くんが言うじゃん。

「対ショック、対閃光防御!」

 そんな掛け声で、乗組員全員がゴーグルかけんの。

 そんで、ドバーーー! いや、ビシャーーー! いや、ドッカーーーン!?

 そんな感じでぶっ放した時の、画面のエフェクトみたいな。

『君の名は』で、流星がドビビシャーーーン!! 落ちて来たみたいな。

 そんな、おっかなくも、荘厳なインパクト!

 サードインパクトだったら人類補完計画を発令しなくちゃいけないような?

 そんな、ハルマゲドン? 神の啓示?

 そんな、メガトン級プラマイインパクト!

 

 で、ちょっと落ち着いて考えたら、坂の上はお馴染みの神田明神。

 

 神田明神は、それこそ、お宮参りから、七五三、神田祭に初詣、幼心にも『うちの神さま』『あたしの守り神』的な!

 それが、なにかの神託みたく、光となって四つのあたしを包み込んだ!

 ちょっと大きくなって『風の谷のナウシカ』見た時に、ラスト、ナウシカがさ、オウムたちの触角が伸びて金色の野に降り立ったみたいな!?

 ああ、あたしは神の子、神に選ばれし奇跡の子!

 そんなふうに思ったわけさ(^_^;)

 でね。

 一人で、男坂をヨチヨチ上がっていった。

 よいしょ よいしょ よいしょ

 でも、たった四つで、人よりも弱い子でさ。

 もう、途中でゼーゼー。

 男坂って、途中五か所の踊り場があるんだ。

 その踊り場は、すぐ目の上に見えるわけだから、とりあえず、そこまで上がってみようって思う。

 それでね、三つ目の踊り場まで上って、クラってきた。

 そして、光に包まれたまま天地がひっくり返って、空中に放り出された。

 光がね、神田明神のトレードマークのナメクジ巴みたくグルグル回って迫って来る。

 

 その時、見えたんだよ。

 明神さまが。

 

 ナメクジ巴の真ん中から、顔が現れて、あたしに言うんだ。

―― ようこそ あすか ――

 ナメクジ巴が、もっとグルグルして、あすかは、ポンポンポンて弾んでいくんだ。

 するとね、神田明神のご家来みたいな人の手がフワって受け止めてくれて。

 気が付くと、それはダンゴ屋のおばちゃんの手だった。

「だいじょうぶかい!?」

「え? え?」

「だめだよ、ひとりで男坂上がったりしちゃあ……あたま打ってないかい? 手は? 足は? どこも打ってないかい? イタイイタイはないかい?」

 おばちゃんは真剣に聞いてくれて、その真剣さが、なんだか怖くって、明日香は声をあげて大泣きしちゃって。

 すると、ご近所の人や、お参りの人たちが寄ってきて。

 そのうちに、お母さんもお祖母ちゃんも、坂の上からは巫女さんまで下りてきて、救急車までやってきた。

 

 男坂の真ん中から転げ落ちたというのに、タンコブ一つできなかった。

 

 これは、明神様のおかげだよ!

 お祖母ちゃんは大感激して、お母さんは、ちょっと困った顔になって、お父さんは一歩下がって収まった。

 お祖母ちゃんの強い意思で、御神酒もってお参りして、幣(ぬさ)ってハタキの親分みたいなのでバサバサってやってもらって、神主さんがゴニョゴニョ、そして、お札をもらってうちの神棚に上げた。

 それからね、神田明神は明日香の神さま。

「大晦日から元日は混みますからね、二日とか三日でもいいですよ、なあに、ご利益は変わりません」

 そう言ってくださったので、明日香の初詣は二日の朝。

 先祖代々元日にお参りしていたお祖母ちゃんも、二日に合わせてくれて。鈴木家のやり方に収まった。

 

 というわけで、今年もめでたく初詣しましたって、報告でした(^_^;)。

 

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明神男坂のぼりたい・03〔おこもりの元旦〕

2021-12-07 05:54:46 | 小説6

03〔おこもりの元旦〕   

  

 


  良くも悪くも忘れっぽい。

  友だちとケンカしても、たいてい明くる日には忘れてしまう……というか、怒りの感情がもたない。

 宿題を三つ出されたら一つは忘れてしまう。

 まあ、忘れないのはコンクールの浦島の審査ぐらい。昨日も言った(^_^;)? 

 いいかげんしつこい。


 で、忘れてはいけないものを忘れていた。

 去年の七月にお婆ちゃんが亡くなったこと……。


 夕べお母さんに言われて、仏壇に手を合わせた。


 納骨は、この春にやる予定なんで、お婆ちゃんのお骨は、まだ仏壇の前に置いてある。

 毎朝水とお線香をあげるのは、お父さんの仕事。実の母親なんだから、当たり前っちゃ当たり前。


 お母さんは、お仏壇になんにしない。むろんお葬式やら法事のときはするけど、それ以外は無関心。

 鈴木家の嫁としては、いかがなものか……と思わないこともないけど、そのお母さんに「喪中にしめ縄買ってきて、どうすんの!」と言われたから、あたしも五十歩百歩。


 お婆ちゃんは、あたしが小さい頃に認知症になってしまって、小学三年のときには、あたしのことも、お父さんのことも分からなくなってしまった。

 それまでは、盆と正月には石神井のお婆ちゃんとこに行ってたけど、行かなくなった。

  最後に行ったのは……施設で寝たきりになってたお婆ちゃんの足が壊死してきて、病院に入院したとき。

「もう、ダメかもしれん……」

 お父さんの言葉でお母さんと三人で行った。

 そのときは、電車の中で、お婆ちゃんのことが思い出されて泣きそうになった……。

 保育所のときに、お婆ちゃんの家で熱出してしまって、お婆ちゃんは脚の悪いのも忘れて小児科のお医者さんのとこまで連れて行ってくれた。

 無論オンブしてくれたのはお父さんだけど、あたしのためにセッセカ歩くお婆ちゃんが、お父さんの肩越しに見えて嬉しかったのを覚えてる。

 粉薬が苦手なあたしのために指先に薬を付けて舐めさせてくれたのも覚えてる。その後、お母さんが飛んできて、一晩お婆ちゃんちに泊まった。お布団にダニがいっぱいいて、朝になったら体中痒かったのも、お婆ちゃんの泣き顔みたいな笑顔といっしょに覚えてる。


 それから、お婆ちゃんは脳内出血やら骨盤骨折やら大腿骨折やらやって、そのたびに認知症がひどなってしまった。


 お祖父ちゃんも認知症の初期で、お婆ちゃんのボケが分からなくなって放っておけなくなった。

 最初は介護士やってる伯母ちゃんが両方を引き取り……この間にもドラマがいっぱいあるんだけど、それは、またいずれ。

 伯母ちゃんも面倒みきれなくなって、介護付き老人ホームに。

 そして、お婆ちゃんは自分の顔も分からなくなって「お早うございます」と鏡の自分に挨拶し始めた。

「しっかりしろ!」

 お祖母ちゃんの認知症の進行が理解できないお祖父ちゃんは、お祖母ちゃんにDVするようになってしまい、脚の骨折を機に、お婆ちゃんだけ特養(特別養護老人ホーム)に引っ越すことになった。


 それが三年のとき。

 お父さんは介護休暇を取って、毎日お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの両方を看ていた。

 
 お祖父ちゃんの老人ホームと、お祖母ちゃんの特養は二キロほど離れていた。

 お祖父ちゃんを車椅子に乗せて、緩い上り坂のお婆ちゃんの特養まで押していった。むろんあたしはチッコイので、手を沿えてるだけで、主に押してるのはお父さん。


 だけど、道行く人たちは、とてもケナゲで美しく見えるらしく、みんな笑顔を向けてくれた。お祖父ちゃんもあたしも気分よかった。お父さんは辛かったみたいだったけど。


 その日は、たまたまお母さんが職場の日直に当たっていて、あたし一人家に置いとくことができなかったので、お父さんが連れて行ってくれたんとだと分かったのは、もうちょっと大きなってから。


 お父さんは、三か月の介護休暇中毎日、これをやっていた。

 

 お祖父ちゃんは11月11日という覚えやすい日に突然死んだ。中一の秋だった。

 あたしはお婆ちゃんが先に死ぬと思ってた。


「お祖父さんが亡くなられた、お父さんから電話」

 先生にそう言われたときも、お祖母ちゃんの間違いかと思った。

 そして、二年近くたった、去年の七月にお婆ちゃんが一週間の患いで亡くなった。

 見舞いは行かなかった。

 お父さんと伯母ちゃんが相談して延命治療はしないことになっていたので、亡くなるまで特養の個室に入っていた。

 お父さんは見舞いに行きたそうにしてたけど、お父さんは鬱病が完全に治ってない(このことも、チャンスがあったら言います)こともあって、伯母ちゃんから言われてた。

「あんたは来ちゃダメ」
 
 で、七月の終わりにドタバタとお葬式。

 それなりの想いはあったんだけど、昨日は完全にとんでしまってた。

 我ながら自己嫌悪。

 で、お仏壇に手ぇ合わせて二階のリビングに。

 で、観てしまった。

 

『あの名曲を方言で熱唱 新春全日本なまりうたトーナメント』

 
 東京で見る雪は こっでしまいとね♪

 とごえ過ぎた季節んあとで♪

 去年より だっご よか女子になっだ♪

 
 普通に歌っていたら、どうということもないんだけど、方言で歌われるとグッとくる。

 熊本弁の『名残雪』なんか涙が止まらなかった。


「なんでだろ……」

 呟くと、お父さんが独り言のように言った。

「方言には二千年の歴史がある。標準語とは背負ってる重さがちがう……」

 背おってる……

 なるほどと思った。

 方言は普段着の言葉で、人の心に馴染んで手垢にまみれてる。歴史を超えた日本人の喜怒哀楽が籠もっている。そうなんだ……。

 そう納得した瞬間に、お祖母ちゃんのことも、読まなきゃならない台本も飛んでしまった。


 かくして、おこもりの元旦は日が暮れていった……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん


 

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明神男坂のぼりたい・02〔大晦日の明日香〕

2021-12-06 06:24:11 | 小説6

02〔大晦日の明日香〕   

          

 


 夕べのレコード大賞はどこだった?

 仕事で見落としたお父さんが聞く。

 ええと……え、どこだっけ?

「おい。若年性認知症か?」

 いっしゅん焦ったけど、寝落ちしたことを思いだす。

 まあ、お母さんが見てたのを視界の端に留めていたって程度なんだけどね。今どきの高校生は紅白なんて見ないし。

 でも、紅白をネタに娘と普段は途絶えがちなコミニケーションを計ろうとしたのかも。

 だったら申し訳ない(^_^;)

 なんか返そうと焦ったら、さっさと諦めて? 呆れて? 表に新聞を取りに行った。

 新聞とテレビが情報源……情弱のジジイになるぞ……思っても口には出さない。

 
 うちのTGH高校の演劇部は、自分で言うのもなんだけどレベルは高い。過去三年間地区大会一等賞。で、本選では落ちてくる……その程度には。

 今年は『その火を飛び越えて』という東風先生の本をやった。

 いつも通り「すごいわ!」「やっぱ、勝てない!」などの歓声が幕が下りると同時におこった。香里奈なんかは「先生、本選は土曜日とってくださいね。わたし、日曜は検定だから」と、早手回しに息巻いていた。

 上演後の講評会でも、審査員は「演技が上手い」「安心して観ていられる」などと誉めちぎってくれたけど、審査発表では二等賞だった。

 一瞬「なにかの間違い?」というような空気になった。

 一等の最優秀賞は、都立平岡高校だった。だけど、歓声も拍手も起こらない。当の平岡の生徒たちも信じられないという顔をしていた。

 次の瞬間、会場はお通夜のようになってしまった。

 

 柳先輩が、パンフを見たときの言葉が浮かんだ。

「チ、審査員、浦島太郎……!」

 

 ちなみに柳先輩は、身長160センチのベッピンさんで、けして柄の悪いアンチャンではない。

 そのベッピン柳先輩をしてニクテイを言わしめるほどに、劇団東京パラダイスの浦島太郎は評判が悪い。

 一昨年の本選で、当時は統合前だった千鳥ヶ淵高校の作品を『現代性を感じない』とバッサリ切った前科がある。現代性が尺度なら古典はおろか、バブル時代の本だってできない。

 問題は、いかに作品の中に人間を描きだすか。わたし的にはオモロイ芝居にするかが尺度だよ。

 浦島太郎は、こんなことも言った。

「二年前もそうだったけど、なんで、今時こんな芝居するかなあ。バブルの時代の話しでしょ」

 平岡高校の時は終戦直後、旧制中学が新制高校に変わるときのお話だったよ。そっちの方が時代性なくね?

 ちなみに浦島太郎っていうのはキンタローと同様に験担ぎの芸名。幼稚園の生活発表会で浦島太郎の役をやって当たったんで、そのまんまで、やっている。
 もっとも当たったのは、その日の弁当の食中毒で、本人はシャレのつもりでいてる。名前から来るマイナーなイメージには頓着してない……ところが、この人らしい。

 

 我が城北地区には、生徒の実行委員が選ぶ地区賞というのがある。

 

 我がTGH高校は、それの金賞をもらった。通称「コンチクショウ」という。まさに字の通り。

 平岡高校は、それの銅賞にも入らなかったよ。

「どうしようもないな」

 そう言ったら、東風先生に「言い過ぎ!」と怒られた。

 腹の収まらないあたしたちは「アドバイスをいただきたい」ということで、浦島太郎を学校にお招きした。

 一応相手は、プロで大人だから、礼は尽くす。

「先生の審査の柱は?」「わたしたちに高校演劇として欠けているものは?」「演出の課題は?」「どうやったら先輩たちのように上手くなれるんでしょう?」「高校演劇のありようは?」「道具の使い方のポイントは?」

 浦島太郎は「道具を含むミザンセーヌのあり方が……」「演出の不在を感じた」「エロキューションはうちの劇団員よりいい。でも、それだけではね」などと言語明瞭意味不明なことを述べ、あたしらは、ただ「恐れ入る」ということを主題に演技した。

 あたしは思った。

 ダメだと思ったら落とすための理由を審査員は探す。イケテルと思ったら上げるための理由を探す。審査基準が無いためのダブスタの弊害。

 西郷先輩が、帰りの電車で浦島太郎といっしょになった。

「いやあ、君たちのような高校生といっしょに芝居がしたいもんだ」

 西郷先輩は、そのままメールでみんなに知らせてくれた。

―― どの口が!? ――

 あたしは、そう返した。

 なんだか、がんばらなくっちゃという気持ちになって台本を読む。

「明日香、いつになったら部屋片づけのん!?」

 お母さんの堪忍袋の緒が切れた。

「あ、今やろうと思ってたとこ」

 白々しくお片づけの真似事を始める。

「今から、そんなことしないでよ。ゴミ収集が来るのは年明けの五日だぞ!」

 大人は理不尽。

「買い物行ってきて。これリスト」

「ええ、生協で買ったんじゃないの!?」

「それでもいろいろ漏れるの。さっさとしないと昼ご飯ないよ!」

 あたしは、玄関でポニーテールが決まっていることだけを確認。

「よし!」

 そして、ホームセンターと近所のスーパーをチャリンコで周る。

「ええ……ディスクのRWに電池、ベランダ用ツッカケ……たかが三が日のために、年寄りの正月はたいそうなんだから」

 そう思いながら、大事なものが抜けていることに気がついた。

 しめ縄がない。

 で、気を利かして1000円のしめ縄を買った。

 

「バカか。うちは喪中でしめ縄なんかできないでしょ!」

 

 お母さんははっきり口に出して、お父さんは背中で非難した。

 そうだ、この七月にお婆ちゃん(お父さんのオカン)が亡くなったんだった……。

  自己嫌悪で締めくくった大晦日だった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
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明神男坂のぼりたい・01〔それは三日前に始まった〕

2021-12-05 11:15:21 | 小説6

01〔それは三日前に始まった〕      

 

 


 それは三日前の12月27日に始まった。

 

―― アスカ、ちょっと学校出ておいで ――

―― え、なんでですか? ――

―― 期末の国語何点だったかしら? ――

 

 これだけのメールの遣り取りで、あたしは年内最後の営業日である学校に行かざるを得なくなった。

 東風(こち)先生は、あたしの国語の先生でもあり、演劇部の顧問でもある。

 数学と英語が欠点で、国語がかつかつの四十点。それでなんとか特別補習と懇談を免れた。四十点というのは実力……とは思っていたけど、素点では三十六点。四点はゲタで、そのさじ加減は先生次第。

 きたるべき学年末を考えると行かざるを得ない。

 

 一分で制服に着替え、手袋しただけで家を飛び出す。

 

 玄関を出て左を向くと、明神男坂。

 68段の石段をトントン駆け上がり、神田明神の境内を西に突っ切ってショートカット。

 拝殿の前を通過する時には、どんなに急いでいても、一礼するのを忘れない。

 馴染みの巫女さんが――あれ?――って顔をしている。

 テヘって笑顔だけ返して、三十秒で突き抜けて神田の街を、さらに西に向かってまっしぐら。

 水道歴史観が見えたところで外堀通りに出て、そのままの勢いで学校に着く。

 

 東風先生の名前は爽子。

 

 名前から受ける印象は、とても若々しく爽やかだけど、歳は四十八(秘密だけど)。 

 見かけはショートがよく似合うハツラツオネエサン。アンテナの感度もよく、いろんなことに気のつく先生だけど、悪く言えば計算高く、取りようによっては今日みたいに意地悪な人の使い方もする。

 

「香里奈が、健康上の理由で芸文祭に出られなくなった。アスカが代わりに出るんだ」

「あ、あたしが!?」

 見当はついていたけど、一応は驚いておく。

「三年生出しても、来年に繋がらんだろ」

「だけど、あたし、まだ一年生……」

「なに言ってんの。三年以外っていったら、香里奈とアスカしかいない。で、香里奈がダメになったら、アスカがやるしかしょうがない。だろ?」

「……そりゃ、そうですけど」

「ハンパな裏方専門という名の幽霊部員から、このTGH演劇部の将来を担える生徒になんなさい。鈴木アスカ!」

「は、はい……」

「一年でダラダラしてたら、高校生活棒にフルぞ。もう三か月もしたらアスカも二年。ここらで、一発シャキッとしとようぜ!」

 と、愛情をこめて頭を撫でられた(ほとんどシバカレた)

 あたしの学校は、都立Tokyo Global high school(和名=東京グローバル高校。意訳すると東京国際総合高校……なんともいかめしく中味のない名称であることか!)

 二年前に三つの総合科の高校が統合されて一つになった。あたしは、その二期生で、三年生は、もとの学校の名前と制服を引き継いでいる。

 統合と共にやってきた校長は、いわゆる民間人校長でTGHを含め四つの校長を兼ねて張り切っている。これは四倍の給料が出る? と思ったら、四校分の給料が出るわけではないらしい。

 なんだか火中の栗を拾うって感じで、入学式で見た時は期待した。

 あたしは、新設校は生徒への手当が厚いという中学の先生の薦めでこの学校にきたけど、どうも総合病院みたいに、ただ白っぽくてでかいだけの校舎はとりとめがなく、三校寄せ集めの落ち着きのない雰囲気にもなじめない。

 演劇部は、勧誘のAKBの歌とダンスがいけてたことと、東風先生の熱心な(下町言葉では『しつこい』)勧誘で入ってしまった。本当は軽音がよかった……とは、口が裂けても言えません。

 

『ドリームズ カム トゥルー』という一人芝居の台本をもらった。

「早めに目を通して、新年五日の稽古には台詞入れてくること!」

  ドン!

 背中をドヤされて職員室を出る。

 新設校のドアは、区立中学と違って、ピタリと閉まる。

 どうでもいいんだけど、銀行で用事を済ませて「ありがとうございました」って、行儀よく――でも、これでおしまい――って頭下げる銀行のオネーサンみたい。

 成績について色よい返事を期待したけど「もう三か月もしたらアスカも二年」という先生の言葉に脈ありのシグナルと、大人しく帰る。

 帰りは外堀通りを神田川沿いに東に向かう。

 いつもは、登校してきたルートを逆に帰るんだけどね、ちょっとシミジミの時は、少し遠回りの外堀通り。

 石柱とステンレスの柵の向こうは川沿いに結構な緑、緑の底には川が流れていて、時々電車の音。

 放電か充電か……ちょっと落ち着くんで、ま、こんな時には通るんだ。

 通り沿いにはお茶の水にかけて大学とかあって、学生さんとかも歩いてる。

 高校生や勤め人の群れの中を歩いているよりもいい。

  

 ボーっと歩いているうちに聖橋が見えてくる。

 聖橋を潜る手前に階段があって、そこを上がって403号線(都道)。

 うっかり聖橋を潜ってしまうと湯島の聖堂を大周りして200メートルほど余計に歩かなくてはならない。

 北に向かって、ちょっと行くと明神の大鳥居。

 気分によって、鳥居を潜ったり、パスして横っちょから家に帰ったり。

 

 ちょっと迷って、家に帰る。

 

 台本を読もうとするんだけど、ついテレビの特番を観てしまう。

 外国人の喉自慢にしびれ、衝撃映像百連発、ドッキリなんか観てると夜は完全に潰れ、昼間は、家の手伝いやら友だちとのメールの遣り取りなんかでつぶれてしまう。

 今日こそは……そう思ていると連ドラの総集編を観てしまって、大晦日の朝になる。

―― 台本読んでるかい? ――

 東風先生のメールで、ようやく台本を読み始める。

 かくして、この年末のクソ忙しいときに、我が『明神男坂のぼりたい』が始まってしまった!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 

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泉希 ラプソディー・7〈桜の花の散った日〉

2021-12-04 06:01:51 | 小説6

ラプソディー・06
〈桜の花の散った日〉    




 お早う、泉希ちゃん!

 玄関で大きな声がした。泉希と同じまっさらな制服を着た瑞穂が立っていた。

「ごめん、寝癖が直らなくって。おかしくないお母さん?」

「うん、大分まし。それぐらいカールしてるのも可愛いわよ」

 近頃ようやく「お母さん」という呼ばれ方に慣れた今日子。

「そう、じゃ、行ってきまーす……あ、お母さん今日はなにかいいことあるかもよ」

「どうして?」

「ほら、瑞穂がほっぺに桜の花びらくっつけてる。こりゃ花神さま」

「あ、やだ、あたしったら」

「あ、取っちゃだめ」

 泉希は、ほっぺに桜の花びら付けたままの瑞穂を写真を撮った。そして、瑞穂の制服に付いていた花びらを一枚取ると、同じようにほっぺに付け、今日子に二人そろって撮ってもらった。

 瑞穂は、あれ以来、泉希にはなんでも話せるようになり、一念発起勉強しなおして、泉希と同じ谷町高校の一年生に入りなおした。

 近所の子供たちも、瑞穂の変わりように比例するように、仲良くなった。

「ケン! 今日からは転んでも、泣かずに自分で起きるんだよ!」

 瑞穂が、電柱一本向こうでこけた小学一年のケンちゃんに言った。「わかってら!」ケンちゃんは強がって、鼻を鳴らして行ってしまった。

「態度悪ウ~!」

「去年の瑞穂なら、泣いて飛んでっただろうね」

「泉希ちゃん。あたし……ちゃんとやってけるかな?」

「大丈夫よ。今みたく、ちゃんとみんなに声がかけられれば。大丈夫、今の瑞穂なら大丈夫!」

 大丈夫を三回も重ねたので、瑞穂が笑った。

「寝癖おかしくない?」

「うん、大丈夫。最初会ったころはショートのボブだったのにね。もうセミロングだ」

「髪だけ伸びて、胸とかは、ちっとも発育しないよ。瑞穂ちゃん、少し大きくなったんじゃない?」

「やだ、そんなじろじろ見ないでよ!」

 じゃれあいながら駅まで行って改札を通ると、ホームの向こう側に満開の桜並木が見えた。この沿線ではちょっと有名な駅の桜並木だ。

「初登校には、相応しい咲き具合ね……」

 瑞穂が柄にもなく潤んだ声で言った。

「でも、帰るころには散り始めてるだろうね。そうだ、預かってもらいたいものがあるの」

 泉希は、内ポケットから貯金通帳を出した。

「なに、この通帳?」

「ちょっと、お楽しみ。始めたばっかで1000円しか入ってないけどね」

「これを?」

「今日クラスの用事で、A町に行くの。あそこの銀行無いから、代わりに駅前の銀行で記帳して、お母さんに渡してくれないかな」

「いいの、あたしで?」

「うん。頼むね」

 帰り、瑞穂は約束通り銀行で記帳した。なんと100万円の入金があった。

「100万……出版社からね……」

 瑞穂から受け取った通帳を見て、今日子は不思議がった。

「あ、これ親父が本出してた出版社だよ」

 昼にやってきた息子の亮太が覗きこんで言った。

「印税は、第二刷からしか出ないから……親父の本売れたんだよ!」

「そうなの……生きてるうちは印税なんか入ったためしなかったのに」

「ま、仏壇にでも」

「ああ、そうしようか。まあ、宝くじの5000万には及ばないけど……そういや、あのお金、運用任せてたよね?」

 亮太の顔色が変わった。

「ごめん、株に投資したら……」

「どうなったのよ!?」

「先月売り抜けときゃよかったんだけど……もう、ほとんど残ってない」

 亮太は、それが言いずらくて、夕方までぐずぐずしていたのだ。

 泉希は、その日帰ってこなかった。あくる日も、そのあくる日も……。

 警察に捜索願も出したが、見つからなかった。

 十日目に、亮太は、何気なしに父が残したUSBをパソコンで開いてみた。そこにはmizukiの文字しか入ってないはずなのに、人形が映っていた。忘れもしない、ゴミに出した父親の最後の一体が。谷町高校の制服を着て、なにかささやいた。

「さようなら」

 そう言ったような気がした。

 保存しなかったことが悔やまれた。あのUSBは、あれから見つからない。母の今日子には話だけはしたが、信じてもらえなかった。

 今日子は寂しくて仕方が無かったが、泉希が近所づきあいを復活していてくれたので、向かいの巽のオバチャンはじめ話し相手には事欠かなかった。

 今日子は、泉希がいつ帰ってきてもいいように、部屋はそのままにしておいた。

 亡夫の印税は二か月に一度、数万円ずつが振り込まれた。

 今日子は、それが泉希からの便りのように思えた。 

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泉希 ラプソディー・6〈瑞穂と決着をつける〉

2021-12-03 04:09:45 | 小説6

ラプソディー・06
〈瑞穂と決着をつける
   




 意外にも瑞穂は、ちゃんと公園にきていた。

 泉希の近所は6人ほどの子供というか未成年がいるが、互いの付き合いはほとんどない。

 泉希は、出会った子には必ず声を掛けるようにしたので、雫石の家に来てからは、一応町内の子とはあいさつ程度のことはできるようになっている。

 稲田瑞穂だけが例外だった。

 二学期になってほとんど通っていない高校は、出席不足でもうじき落第が決定する。親は、すぐに瑞穂が切れるのでロクに注意もせずにホッタラカシである。

 瑞穂は昼間は寝ていて、夕方になると原チャに乗って走り回っている。

 暴走族かというと、そうでもない……というか、そこまでいっていない。

 何度か族は見かけたし、一度は声もかけられたが、瑞穂はあいまいな笑顔で走り去った。そこまで墜ちる気にはなれなかった。だが自分を含め人間に敏感な瑞穂は、いつか自分が、そこまで墜ちてしまことを予感してはいた。

「お、約束通り来てるじゃん」

 泉希の言葉で、ドキッとした。

 瑞穂は10日前、ここで泉希に軽くいなされたことは忘れていた。その日に起こったことはその日のうちに忘れてしまう。むろん完全に記憶から消えてしまうわけではないが、夢のように思うことで意識の底に眠らせておくことはできる。その程度だから、泉希を見ると、とたんに思い出してしまった。

―― 女の子らしくしようよ。ても瑞穂は口で分かる相手じゃないみたいだから、腕でカタつけようか。準備期間あげるわ。十日後、そこの三角公園で。玉無し同士だけどタイマン、小細工はなし ――

 泉希の言葉を思い出し、瑞穂は思わず及び腰になった。

 我ながら情けない。

「腕で勝負だから、まず腕の先っぽの手からいこう。五本勝負。三本とったら勝ちね」

「手で三本?」

「ジャンケンに決まってるじゃん。指相撲もあるけど、瑞穂、肌が触れるのは嫌でしょ。じゃ、いくよ」

 最初はグー! ジャンケンポン!

 最初の4回は2対2、いよいよ最後の一本勝負。瑞穂は緊張した。

「気楽に。こんなの運と確率の問題だから」

 瑞穂は、この笑顔に騙された。気楽に出したパーであっけなく負けてしまった。

「落ち込むなって、単なるコツだから。『最初はグー!』でしょ、これを元気よくやってグー出すのはあまりいない。だったら次に出すのはチョキかパーしかない。パーはあいこ。チョキは勝ち。この理屈知ってたら、まあ70%の確率で勝てる」

 なるほど……これなら3本より5本の方が確率的には勝てることになる。瑞穂は算数は好きだったので、この理屈はすぐに分かった。ただ算数は好きだったが、数学は嫌いだ。

「じゃ、じゃ、今度は腕でいこう。腕で決めるってことにしたんだから」

「でも、どつきあいは止めておこうよ。怪我したらつまんないから」

「アームレスリング。腕相撲よ!」

 泉希は一歩前進だと思った、アームレスリングならスキンシップだ。

 犬の散歩に来た近所のオジサンにレフリーになってもらった。オジサンは珍しがり、犬はワンワン喜んだ。

 で、これも五本勝負で、最後の一本で泉希の勝ちになった。

「ハハ、瑞穂もやるじゃん。なんとかあたしが勝ったけど」

「……負けは負けだよ。何すりゃいい?」

「瑞穂の原チャで近所案内してよ。あたし、まだ引っ越して間が無いから。コンビニとポストの場所ぐらいしか分からないから」

 で、原チャに乗って、町内を一周した。瑞穂は猫の通り道まで知っていた。泉希はもの喜びするたちで、「ホー! へー!」を連発した。

 二人乗りが終わって瑞穂の家の前に来るころには、二人は友達になっていた……。

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泉希 ラプソディー・5〈谷町高校の秘密〉

2021-12-02 05:43:01 | 小説6

ラプソディー・05
〈谷町高校の秘密〉   

 



 三日目で妙なことに気づいた。

 看板と中身の違う授業が多いのだ。

 総合学習の時間は、普通に国語をやっているし、ビジネス基礎では日本史をやっているという具合である。授業の中身は30年前からまるで変わっていないように思われた。

「ねえ、谷町高校って、ずっとこんなの?」

 泉希は隣の席の子に聞いてみた。

「うん、そうよ。よその学校みたいに変な選択授業がないから主要教科に集中できるの。うち、親子姉妹ずっと谷高だけど、看板はともかく中身は変わってないわ」

 その日、都教委の定例の査察が入った。簡単に言うと、学校が都教委に届け出たとおり学校を運営しているかどうかを調べに来るのだ。大方は今の時代なので電子化された資料の点検だけど、直接授業の査察もやる。

 泉希のクラスはビジネス基礎の看板で日本史をやっている。

――こんなの、すぐにバレちゃうよ――

 そう心配したが、査察の都教委の指導主事は感心したように首を振っている。泉希は、ちょこっとだけ指導主事のオッサンの心を覗いてみた。

 なんと、オッサンにはビジネス基礎の授業に見えている。室町幕府と守護大名の関係についての説明が、日本の物流の話に聞こえている。

 で、気づいた。他の人間には聞こえないように、阿倍野清美が呪文を唱えている

―― 臨兵闘者 皆陳列在前…… ――

 その呪文は、人知れず査察が終わるまで続いた。

 査察が終わると清美はぐったりと机に突っ伏した。取り巻きの二人も同様だった。チラリ、清美と目が合ったが、今までのような敵愾心は感じられなかった。訳は分からないが、ひたすらホッとした気持ちだけが通じてきた。

 昼休み、泉希は図書室に行ってみた。

 最初は、学校が10年ごとに出している記念誌を閲覧するつもりだったが、入ってみると閉架図書の中にある歴代の卒業アルバムが気になりだした。

「すみません、閉架の卒業アルバムが見たいんですけど」

「パソコンのここに、クラス氏名と閲覧目的書いてくれる。それからスマホとかは預かります」

 司書のオネエサンが事務的に言った。

「スマホですか?」

「ええ、古い奴は住所や電話番号とか個人情報がいっぱいだから。最近のでも肖像権とかうるさいからね」

 泉希は、スマホを預け、閉架図書室に入った。司書室からはガラス張りだけど、利用者が少ないせいだろう、古い本特有の匂いがした。

「これって……」

 インスピレーションを感じる十数冊を取り出して、パラパラとページをめくってみた。

 名前も顔も違うけど、明らかに同じオーラを発している人物が映っていた。

 それも三年に一度……それは阿倍野清美だった。

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泉希 ラプソディー・4〈泉希の初登校〉

2021-12-01 06:02:24 | 小説6

ラプソディー・04
〈泉希の初登校〉   




 当たり前の自己紹介ではつまらないと思った。

「今日から、いっしょに勉強することになりました、雫石泉希です。何事も初心が大切だと思います。よろしくお願いします」

 この一言だけで、クラスがどよめいた。字面では分からないが、声と喋り方は渡辺麻友にそっくりだった。

「モットーは、『限られた人生、面白く生きよう!』です。ね、秋元先生!?」

 今度はタカミナの声色で、廊下に学年主任の秋元先生が立っていることにひっかけたのだ。

「では、だれがウナギイヌだよ!?」

 北原里英という、ちょっとマニアックなところで、袖口から万国旗をズラズラと引き出して喝采を浴びた。

「この水色に黄の丸と、緑に赤丸の国知ってるかなあ?」

 今度は、百田 夏菜子の声。で、答えが返ってこないので百田 夏菜子の声のまま続けた。

「これは、水色がパラオで、緑がバングラディシュなんだよ。日の丸をリスペクトしてんの。豆知識でした……えと、これが自分の声です。体重は内緒だけど、身長:158cm バスト:84cm ウエスト:63cm ヒップ:86cm 完全に日本女性の平均です。よろしく!」

 ほんの一分足らずだけど、そこらへんの芸人顔負けの自己紹介で一気にクラスの中に溶け込んだ……一部を除いて。

「雫石さん、あんたの自己紹介セクハラよ」

「え、どーして?」

 見上げた机の横には、揃いのポニーテールが三つ並んでいた。

「たとえ自分のでもスリーサイズまで言うのはだめよ。中には自分のプロポーション気にしてる子もいるんだから」

「そんなこと言ってたら、なんにも喋れなくなってしまいます~」

「新入りが、そんなに目立つなってこと。虫みたいに大人しくしてな」

 都立でも優秀な部類に入る谷町高校にも、こんなのがいるんだと、泉希はあっけにとられた。当然だけど、周りは見て見ぬふり。

 次の休み時間、泉希は復讐に出た。

 

「虫が言うのもなんだけど、三人とも背中に虫着いてるよ」

 そう言って、三人の背中にタッチしてブラのホックを外してやった。二人は慌てふためいたが、真ん中のがニヤリと振り返った。

「そんなガキの手品に引っかかる阿倍野清美じゃないのよ」

「なるほどね」

 突っかかるほどのことでもないと、泉希は階段を上って行った……ところが、13段しかない階段が、何段上っても踊り場にたどり着かない。後ろで三人のバカにした笑い声。

「こいつはタダモノじゃないな……」

 そう思った泉希は、階段を下りて阿倍野清美のそばに寄った。

「阿倍野さん。あなたって、陰陽師の家系なのね」

 清美の瞳がきらりと光ったが、あいかわらずの薄笑い。

 泉希はスマホを出して、画面にタッチした。画面には白い紙のヒトガタが出ている。

「やっぱ、式神か……」

 泉希は、式神を消去すると、当たり前のように階段を上って行った。

 初日からひと波乱の学校ではあった。

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泉希 ラプソディー・3〈泉希着々と〉

2021-11-30 05:23:47 | 小説6

ラプソディー・03
〈泉希着々と〉    



「泉希ちゃん、このお金……」

 嫁の佐江が、やっと口を開いた。

「はい、お父さんの遺産です」
 
「こ、こんなにあるのなら、もう一度遺産分けの話しなきゃならないだろ、母さん!」

 亮太が色を成した。

「あ、ああ、そうだよ。遺産は妻と子で折半。子供は人数で頭割りのはずだわよ!」

「そうだそうだ」

「アハハハ」

「な、なにがおかしいの!?」

「だって、お父さんの子どもだって認めてくれたんですよね!?」

「「あ……」」

 5000万円の現金を目の前に、泉希をあっさり亮の実子であることを認めるハメになってしまった。

 そして。

「残念ですけど、これは全てあたしのお金です」

「だって、法律じゃ……」

「お父さんは、宝くじでこれをくれたんです。これが当選証書です。当選の日付は8月30日。お父さんが亡くなって二週間後です。だから、あたしのです。嘘だと思ったらネットで調べても、弁護士さんに聞いてもらってもいいですよ(^▽^)」

 亮太がパソコンで調べてみたが、当選番号にも間違いはなく、法的にも、それは泉希のものであった。

 

 泉希は、亮太が結婚するまで使っていた三階の6畳を使うことにした。机やベッドは亮太のがそのまま残っていたのでそのまま使うことにした。足りないものは三日ほどで泉希が自分で揃えた。

 

「お母さん。あたし学校に行かなきゃ」

「今まで行っていた学校は?」

「遠いので辞めました。編入試験受けて別の学校にいかなきゃ!」

 泉希は三日で編入できる学校を見つけ、さっさと編入試験を受けた。

 

「申し分ありません。泉希さんは、これまでの編入試験で最高の点数でした。明後日で中間テストも終わるから、来週からでも来てください」

 都立谷町高校の教務主任はニコニコと言ってくれ、担任の御手洗先生に引き渡した。

「御手洗先生って、ひょっとして、元子爵家の御手洗さんじゃありませんか?」

 御手洗素子先生は驚いた。

 初対面で「みたらい」と正確に読めるものもめったにいないのに、元子爵家であることなど、自分でも忘れかけていた。

「よく、そんなこと知ってたわね!?」

「先生のお歳で「子」のつく名前は珍しいです。元皇族や華族の方は、今でも「子」を付けられることが多いですから。それに、曾祖母が御手洗子爵家で女中をしていました」

「まあ、そうだったの、奇遇ね!」

 付き添いの今日子は、自分でも知らない義祖母のことを知っているだけでも驚いたが、物おじせずに、すぐに人間関係をつくってしまう泉希に驚いた。

 泉希は一週間ほどで、4メートルの私道を挟んだ町会の大人たちの大半と親しくなった。

 

 6人ほどいる子供たちとは、少し時間がかかった。今の子は、たとえ隣同士でも高校生になって越してきた者を容易には受け入れない。で、6人の子供たちも、それぞれに孤立してもいた。

 町内で一番年かさで問題児だったのは、四軒となりの稲田瑞穂だった。

 泉希は、平仮名にしたら一字違いで、歳も同じ瑞穂に親近感を持ったが、越してきたあくる朝にぶつかっていた。

 

 早朝の4時半ぐらいに、原チャの爆音で目が覚め、玄関の前に出てみると、この瑞穂と目が合った。

 

「なんだ、てめえは?」

「あたし、雫石泉希。ここの娘よ」

「ん、そんなのいたっけ?」

「別居してた。昨日ここに越してきたんだよ」

「じゃ、あの玉無し亮太の妹か。あんたに玉がないのはあたりまえだけどね」

「もうちょっと期待したんだけどな、名前も似てるし。原チャにフルフェイスのメットてダサくね?」

「なんだと!?」

「大声ださないの、ご近所は、まだ寝てらっしゃるんだから」

「るっせえんだよ!」

 ブン!

 出したパンチは虚しく空を打ち、瑞穂はたたらを踏んで跪くようにしゃがみこんでしまった。

「初対面でその挨拶はないでしょ。それに今の格好って、瑞穂があたしに土下座してるみたいに見えるわよ」

 カシャ

「テヘ、撮っちゃった(^ν^)」

「て、てめえ……(╬•᷅д•᷄╬)」

「女の子らしくし……っても、瑞穂は口で分かる相手じゃないみたいだから、腕でカタつけよっか。準備期間あげるわ。十日後、そこの三角公園で。玉無し同士だけどタイマンね、小細工はなし」

「なんで十日も先なのさ!?」

「だって、学校あるでしょ。それに、今のパンチじゃ、あたしには届かない。少しは稽古しとくことね」

 そこに新聞配達のオジサンが来て「おはようございます」と言ってるうちに瑞穂の姿は消えてしまった。

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泉希 ラプソディー・2〈泉希って……!?〉

2021-11-29 05:19:08 | 小説6

ラプソディー・02
〈泉希って……!?〉    




 泉希(みずき)は、よく似合ったボブカットで微笑みながら、とんでもないものを座卓の上に出した。

「戸籍謄本……なに、これ?」

 今日子は当惑げに、それを見るだけで手に取ろうとはしなかった。

「どうか、見てください」

 泉希は軽くそれを今日子の方に進めた。今日子は仕方なく、それを開いてみた。

「え……なに、これえ!?」

 今日子は、同じ言葉を二度吐いたが、二度目の言葉は心臓が口から出てきそうだった。

  雫石泉希   父 雫石亮  母 長峰篤子

 え……?

 亮の僅かな遺産を整理するときに戸籍謄本は取り寄せたが、子の欄は「子 雫石亮太」とだけあって、婚姻により除籍と斜線がひかれていただけだった。ところが、泉希の持ってきたそれには泉希が俗にいう婚外子であることを示す記述がある。同姓同名かと思ったが、亮に関する記述は自分が取り寄せた戸籍謄本と同じ。

「これは、偽物よ!」

 今日子は、慌てて葬儀や相続に関わる書類をひっかきまわした。

「見てよ。あなたのことなんか、どこにも書いてないわ!」

 泉希は覗きこむように見て、うららかに言った。

「日付が違います、わたしのは昨日の日付です。備考も見ていただけます?」

 備考には、本人申し立てにより10月11日入籍。とあった。

「こんなの、あたし知らないわよ」

「でも事実なんだから仕方ありません。これ家庭裁判所の裁定と、担当弁護士の添え状です」

「ちょ、ちょっと待って……」

 今日子は、家裁と弁護士に電話したが、電話では相手にしてもらえず、身分を証明できる免許証とパスポートを持って出かけた。

 泉希は、白のワンピースに着替えて、向こう三軒両隣に挨拶しにまわった。

 

「わけあって、今日から雫石のお家のご厄介になる泉希と申します。不束者ですが、よろしくお付き合いくださいませ」

 お向かいの巽さんのオバチャンなど、泉希の面差しに亮に似たものを見て了解してくれた。

「うんうん。その顔見たら事情は分かるわよ。なんでも困ったことがあったら、オバチャンに相談しな!」

 そう言って、手を握ってくれた。その暖かさに、泉希は思わず涙ぐんでしまった。

 今日子が夕方戻ってみると、亮が死んでからほったらかしになっていた玄関の庇のトユが直されていた。庇下の自転車もピカピカになっている……だけじゃなく、カーポートの隅にはびこっていたゴミや雑草もきれいになくなっていた。

「奥さん、事情はいろいろあるんだろうけど、泉希ちゃん大事にしてあげてね」

 と、巽のオバチャンに小声で言われた。

「お兄さん、お初にお目にかかります。妹の泉希です。そちらがお義姉さんの佐江さんですね、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 夜になってからやってきた亮太夫婦にも、緊張しながらも精一杯の親しみを込めて挨拶した。

 なんといっても父である亮がいない今、唯一血のつながった肉親である。亮太夫婦は不得要領な笑顔を返しただけであった。

 母から急に腹違いの妹が現れたと言われて、内心は母の今日子以上に不安である。僅かとはいえ父の遺産の半分をもらって、それは、とうにマンションの早期返済いにあてて一銭も残っていないのである。ここで半分よこせと言われても困る。

「わたしは、ここしか身寄りがないんです。お願いします、ここに置いてください。お金ならあります。お父さんが生前に残してくれました。とりあえず当座にお世話になる分……お母さん……そう呼んでいいですか?」

 今日子は無言で、泉希が差し出した通帳を見た。

 たまげた。

 通帳には5の下に0が7つも付いていた。5千万であることが分かるのに一分近くかかった。

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泉希ラプソディー・01〈それが始まり〉

2021-11-28 05:28:43 | 小説6

ラプソディー・01
〈それが始まり〉
        


 

 業者は123万円という分かりやすい値段でガラクタを引き取って行った。

「まあ、葬式代にはなったんじゃない」

 息子の亮太は気楽に言った。

「でも、なんだかガランとして寂しくもありますね……」

 嫁の佐江が、先回りして、取り持つように言った。

 亭主の亮は、終戦記念日の昼。一階の部屋でパソコンの前でこと切れていた。

 今日子は悔いていた。

「ご飯できましたよ」二階のリビングから呼んだとき「う~ん」という気のない返事が返ってきたような気がしていたから。

 一時半になって、伸び切った素麺に気づき、一階に降り、点けっぱなしのパソコンの前で突っ伏している亮に気づき救急車を呼んだが、救命隊員は死亡を確認。

 そのあと警察がやってきて、死亡推定時間を正午ぐらいであることを確認、今日子にいろいろと質問した。

 あまりにあっけない亮の死に感情が着いてこず、鑑識の質問に淡々と答えた。

「おそらく、心臓か、頭です。瞼の裏に鬱血点もありませんし、即死に近かったと思います。もし死因を確かめたいということでしたら病理解剖ということになりますが……」

「解剖するんですか?」

 父の遺体から顔を上げて亮太が言った。

 今日子の連絡で、嫁の佐江といっしょに飛んできたのだ。

「この上、お義父さんにメスをれるのは可愛そうな気がします。検死のお医者さんに診ていただくだけでいいんじゃないですか?」

 この佐江の一言で、亮は虚血性心不全ということで、その日のうちに葬儀会館に回された。母の葬儀が大変だったことを思いだし、亮の通帳とキャッシュカードを持ち出したが、葬儀会館の積み立てが先々月で終わっているのに気が付いて、どれだけ安く上がるだろうかと皮算用した。

 葬儀は簡単な家族葬で行い(積み立てが終わっていたので5%引きでやれた)、亮の意思は生前冗談半分に言っていた『蛍の光』で出棺することだけが叶えられた。

 そして、長い残暑も、ようやく収まった10月の頭に、亮の遺品を整理したのである。

 亮は三階建て一階の一室半を使っていた……今日子にすれば物置だった。

 ホコリまみれのプラモデルやフィギュア、レプリカのヨロイ、模擬刀や無可動実銃、未整理で変色した雑多な書籍、そして印税代わりに版元から送られてきていた300冊余りの亮の本。

 佐江は、初めてこの家に来た時、亮の部屋を見て「ワー、まるでハウルの部屋みたい!」と感激して見せた。同居する可能性などない他人だから、そんな能天気な乙女チックが言えるんだと、今日子は思った。

 そして、一人息子の亮太が佐江と結婚し家を出ていくと、亮と今日子は家庭内別居のようになった。

 亮は、元々は高校の教師であったが、うつ病で早期退職したあと、ほとんど部屋に籠りっきりであった。

 退職後、自称作家になった。実際に本も3冊、それ以前に共著で出したものも含めて10冊ほどの著作があるが、どれも印税が取れるほどには売れず。もっぱら著作は投稿サイトでネットに流す小説ばかりであった。

 パソコンに最後に残っていたのは、mizukiと半角で打たれた6文字。佐江の進言で、その6文字はファイルに残っていた作品といっしょにUSBにコピーされ、パソコン自体は初期化して売られてしまった。

「あ、お母さん、人形が一つ残ってるよ」

 亮が仏壇の陰からSDと呼ばれる50センチばかりの人形を見つけた。

「あら、いやだ。全部処分したと思ったのに……」

 亮は、亡くなる三か月ほど前から、人形を集め始めた。1/6から1/3の人形で、コツコツカスタマイズして10体ほどになっていた。今日子は亮のガラクタにはなんの関心もなかったが、この人形は気持ちが悪かった。

 人形そのものが、どうこうという前に還暦を過ぎたオッサンが、そういうものに夢中になることが生理的に受け付けなかったのだ。

「人の趣味やから、どうこうは……」

 そこまで言いかけた時の亮の寂しそうな顔に、それ以上は言わなかった。

 しかし、本人が亡くなってしまえばガラクタの一つに過ぎなかった。惜しげもなく捨て値で売った。

 その時、どういうわけか、一体だけが取り残されてしまったようだ。

「佐江ちゃん。よかったら持ってってくれない?」

「いいえ、お義父さんの気持ちの籠った人形です。これくらい、置いてあげたほうがいいんじゃないですか」

 佐江は口がうまい。要は気持ちが悪いのだ。

 今日子は、今度の複雑ゴミで出してやろうと思った。

 人形は清掃局の車が回収に来る前に無くなっていた。

「好きな人がいるもんだ」

 プランターの花に水をやりながら、今日子は思った。とにかく目の前から消えたんだから、結果オーライである。

 水やりが終わると、ちょうど新聞の集金がやってきたので「主人が死んじゃったんで……」と亮をネタに、結婚以来の新聞の購読をやめてセイセイした。

 

 ピンポーン

 

 そのあくる日である、インタホンに出てみると17・8の女の子がモニターに溢れんばかりのアップで映っていた。

「こんにちは。泉希っていいます、いいですか?」

 それが始まりであった。

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コッペリア・49『栞と颯太のゴールデンウィーク⑩』

2021-07-10 06:09:43 | 小説6

・49

『栞のゴールデンウィーク⑩  

 

 


 三日目の今日は有馬温泉に行くのだが、颯太の提案で寄り道をしていくことになった。


「こんな下町になにかあるの?」

「オレの小さなころの……ま、行ってみれば分かるさ」

 梅田からタクシーに乗り、都島の赤川という町で降りて五分ほど歩いた。

 すると、路地を曲がった彼方に緑の壁が見えてきた。

「ああ、堤防だ……」

 その緑の壁は近づくと大川の堤防であることが分かった。

「わあ、まるで荒川みたいだ」

 今日は上天気の子供の日である。河川敷は、ボール遊びをする子どもたちや、ジョギングの大人たちが目立った。西の方を見ると河を跨いだ大きな鉄橋が見えてきた。

「あれは赤川鉄橋って言ってな、日本で一つしか見られない貴重な秘密の鉄橋なんだ」

 颯太は、子どもが宝物を見せるように楽しげに言った。

「秘密と聞いちゃ、じっとしてられないわね!」

 セラさんがハイテンションになって堤防上の道を鉄橋目がけて駆け出し、栞があとに続いた。

「ああ……」

 残念そうな二人の声が聞こえ、颯太は、何事かと駆けだした。

「あ、閉鎖されてる……」

 赤川鉄橋は、全国でも珍しい人道併設の貨物列車用の鉄橋だった。城東貨物線の鉄橋として戦前からあって、将来の複線化を見込んで、この鉄橋は複線になっているが、城東貨物線そのものが単線のままだったので、複線の片方に板と手すりを付け、半分を人道橋として使っていた。わずか数十センチのところを貨物列車が通るので、地元の子どもたちの冒険スポットであり、少年の頃の颯太も、よくここで遊んだ。

 それが、フェンスで塞がれて、鉄橋の上に出ることができない。むろん、もう貨物列車も通ってはいない。

「そうか、おおさか東線に変わったからな……」

 颯太は、やっと思い出した。

「ここに来るまでに思い出さなかったの?」

 栞が半分むくれたように言った。

 人の記憶は場所によって時間が止まっている。

 通いなれた道でもしばらく通らないうちに家が建て替えられ、久々に通って驚くことがある。

 セラさんなどは、彼女と別れて女に身体改造してからは、それ以前の記憶はセピア色の彼方に行ってしまっている。

 颯太にとって、この鉄橋は十数年間時間が止まったままだったのである。

「あれ、霧かな……」

 それまで五月晴れの空だったのが、みるみるうちに暗くなり、河川敷の大人や子どもたちのさんざめきも聞こえなくなった。

「あ、この音……」

 カタンカタン カタンカタン カタンカタン…………

 栞の声で振り返ると、鉄橋のフェンスが無くなり、列車が接近してくる鉄橋の響きがして、やがて霧の向こうから、列車が黒い影となって近づいてきた。

 すぐそばまでやってくると大きな汽笛がした。

 ポオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

     

「デゴイチだ……!」

 それは、颯太でさえ見たことが無い蒸気機関車のD51だった。それが、なぜか貨車では無く客車を引いている。

 それも、銀河鉄道999に出てくるような旧式の茶色い車体。

 

 気づくと、颯太は客車の中にいた。

 

 窓の外は乳白色の霧に覆われ何も見えなかった。

 正面の向こうの扉が開いて、詰襟の少年が現れた。

「やあ、世話を掛けてるね颯太くん」

 少年は、少しはにかんだように言った。

「世話……?」

「栞のことさ。あれのことは高校二年をダブった時に親父から聞かされた。だから、いつまでたっても、栞は女子高生だ」

「君は……」

「うん、立風颯太というのは、職員録から見つけたきみの名前を頂いた。だから名前から詮索しても僕のことは分からない。僕ももうこの世にはいないから、詮索は勘弁しておくれ」

「でも、なんで城東貨物線に……」

「きみと同じ共通体験。ぼくのはディーゼルじゃなくて蒸気機関車のデゴイチだけどね」

「じゃ、このあたりの?」

「詮索はなし。栞、高校二年になったんだね……少しずつ成長している。颯太くん、きみのお蔭だ。栞のこと、その時はよろしく頼むよ」

「その時?」

「うん、やがて来る、その時……その時にはよろしくね」

 そう言って、少年は手を伸ばしてきて、握手しようと思ったら目の前が白くなった。

 でも手は握られていて…………気づくと栞の手だった。

「大丈夫、フウ兄ちゃん?」

 颯太は唖然とした、栞の顔は人形のそれではなく、人間だった。

「栞、おまえ……」

「うん?」

 そのとたんに、いつもの人形の顔にもどってしまった。

 その時……その時は、意外に近いのかもしれない……。


  コッペリア・第一部  完
 

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コッペリア・48『栞と颯太のゴールデンウィーク⑨』

2021-07-09 06:31:52 | 小説6

・48

『栞のゴールデンウィーク⑨  

 



 関西旅行の二日目は、もう一人の颯太のことは忘れて大阪の名所を回ってみることにした。


 梅田はパスした。

 大阪まで来て東京の繁華街と変わらないところに行っても仕方がない。

 一見俗なようだが大阪城に行ってみた。

 規模的には皇居と変わらないが、ここには深遠なよそよそしさが無い。

 例えば半蔵門前や、皇居前広場でむやみに地図を広げてキョロキョロしていると、すぐにお巡りさんの職質をうける。むろん二重橋から中に入るなんて、正月や天皇誕生日を除いてはあり得ない。

 その点、大坂城は、あくまでも市立の公園なので、どこへ行こうと自由である。セラさんなどは日本一の大手門に少したじろいだ。外人さんがいっぱいだったけど、東京の名所も似たようなものなので気にはならない。

「皇居だったら、絶対皇宮警察がいて、こんなとこ立ってたら職質ね……」

「それは覚えのある言い方だな」

「フフ、まだ男だったころにね、彼女が皇居見たいっていうもんだから。天然の女って怖いもの知らずだからね」

 なんだか、皇居の二重橋を堂々と渡るようで妙な感覚で二の丸へ進み、西ノ丸公園で、ひたすらボンヤリした。

 連休だけど大阪城はメジャーすぎて、かえって観光客は少ない。

「フウ兄ちゃん、なんか考えてる?」

 栞が空を見たまま聞いてくる。

 昨日の颯太なら、答えように窮したかもしれないが、子どものころからリラックスできた大阪城。

「なあんも……」

 本気でそう応えた。

 それから江戸城にもない巨石の石垣に驚きながら天守閣へ。

「鉄筋コンクリートの天守閣としては、これが日本で一番古い」

 颯太の手馴れた案内。エレベーターで天守の最上階へ、

「程よく大阪の全貌が見える。ハルカスだと遠くまで見えすぎ。神戸や京都まで見えちゃって、大阪が実際より小さくつまらないものに見えてしまう」

「スカイツリーと同じだね。あそこも思いのほかお客さん集まらないんだってね」

「あそこは、料金も高さ以上だからね」

 栞には颯太が、自分でも考えあぐねている問題と重ねて言っているような気がした。

 昼はブッタマゲた。

 

 タクシーで着いたのは、天神橋筋商店街。

「ここ、日本一長い商店街。ほら、北を見ても南を見ても、端っこが見えないだろう」

「なるほど……」

 セラさんは、スマホを出して天六商店街について調べてみた。

「へー、2・6キロもあるんだ」

「ここ読んだ小説に出てくる『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』っていうの。二十メートルに二軒は飲食店が……あるよ!」

 栞もスマホを出して喜んだ。

 ほとんど無意識に入ったお好み焼き屋さんが、全国でもベストテンに入るお店だったので、続いてビックリ。

 それから、日本で一番おいしいといううどん屋さんに入った。入ってから「日本一のうどん屋」で献策すると、大阪のうどん屋さんが五件もヒットしたのには笑ってしまった。

「これで、まだ半分なんだ」

 そう気づいたのが天満宮への参道への横道だった。日本で一番気さくな天神さん。お守りを一つずつ買った。

 三時には、道頓堀に。

 人で一杯だったけど、颯太の説明では、ここはいつ来てもこんなものらしく、懐の深そうな……よく見ると通りのほとんどが多種多様な食べ物屋さん。

「引っかけ橋に行こう!」

 セラさんの事前情報で戎橋へ。

「なんだ、みんな鵜の目鷹の目でナンパしてんのかと思った」

 思いのほか(大阪としては)静かだった。

 振り返るとゴール寸前のランナーのようなグリコの看板。

 三人かわるがわるにグリコマンの真似して写真を撮る。

「すみませ~ん、シャッター押してもらえますか(^▽^)」

 同じく三人連れの観光客にお願いし、最後に三人でグリコマン。

 あたしと、フウ兄ちゃんのゴールはどこにあるんだろう……そう思う栞だった。


 

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