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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・2『初めてのアーカイ部』

2022-04-18 15:47:09 | 小説6

高校部    

2『初めてのアーカイ部』  

 

 

 へえ、二回モデルチェンジしてるんだ……。

 

 玄関わきのショーケースには歴代の制服が飾ってある。

 元々、要高校は女子高だったから、共学になる前の2001年までは赤線三本のセーラー服。

 その横には二組の男女の制服。

 二十年続いた制服は、今年から改定されて、その横に並んでいる。

 以前の共学制服は、特徴のない紺のブレザー。

 この四月からの制服は、ちょっとカッコいい。

 女子のブレザーは一見変化がないみたいなんだけど、微妙にウエストが絞ってあって、ボタンの位置も二センチほど高い。そのぶん襟元がつぼまってるんだけど、シャッキリしていて、スマートで脚が長く見える。

 男子は、ほとんど詰襟なんだけど、襟が低いのと首元の角を丸くしているので、雰囲気が柔らかい。

 そして、一応男女の別はあるけど、トランスジェンダーへの配慮で、性別にかかわらず、どちらを着てもいいことになっている。でも、入学式で男女逆の制服着用者は見なかった。

 校舎も五か年計画の改築が完成して、まるで新設の学校に入学したみたいだ。

 お祖父ちゃんは、古い学校だ的に言ってたけど、自分の記憶にある昔の印象を言ったんだろう。

 これは嬉しい思い違い。やっぱり、施設とかは新しい方がいいよ。

 

 どこの学校でも、そうなんだろうけど、部活の勧誘はすごかった。

 みんな部活のユニフォームを着たり、部活の道具を持って必死に勧誘していて、見ている分には楽しい。

 こういう勧誘では、吹部とか軽音とか演奏のできる部活はアドバンテージが高い。勧誘も、そんなにガッツイタ感が無いので、それぞれ一曲聞いてしまった。

 ダンス部は、よくスタミナが持つなあと感心。だけど、よく見るとメンバーは三班あって、交代しながら踊っている。

 まあ、全員踊り出したら、ピロティーの半分がダンス部が占領してしまうだろう。

 驚いたのは、コスプレ同好会。

 コミケとかは行ったことないけど、SNSで見たコミケみたいなコスを着て、みんなが写真を撮っている。

 メイド服とか巫女服はどうってことないんだけど、ハイレグの魔法少女とかサキュバスとかはどうなんだろね(^_^;)。

 もう十回くらい「うちの部活に!」って迫られたけど「もう決まってますから(^_^;)」というと残念そうな顔をされたり、早まっちゃいけない的なことを言われたり「え、どこに決めたの!?」と迫ってこられたり。

「アーカイ部です」

 そう答えると「え、それなに?」って顔をされる。茶華道部の三年生だけが「アーカイ部じゃ仕方ないね」と返された。

 

 それで、部活の勧誘広場(正門からピロティーにかけて)を離れて、部室があると言われている旧校舎を目指した。

「え…………?」

 旧校舎は、ホームページの写真とかで見た旧校舎ではなかった。どう見てもそのもう一つ前の木造校舎。

 旧々校舎と言った方がいいような、明治村とかに似つかわしい建物だ。

 それも、中央部分と思われる玄関を含んだ部分だけが残されていて、いかにも文化財という感じ。

 玄関も廊下も電気が点いていない。階段の踊り場の窓からこぼれてくる明かりが唯一で、玄関に足を踏み入れただけなのに、ちょっと閉じ込められた感がある。

 

 ギシ……ギシ……

 

 恐るおそるという感じで足を進めると、階段の横、一つ扉を隔てて『亜々会部』の気の札がかかっている。

 トントン

 ひょっとしたら留守かと期待したけど、しっかり返事が返って来る。

「入れ」

 女の人の声だけど、特殊部隊の女性隊長を思わせるような厳しい感じ。お祖父ちゃんならララ・クロフト、いや、攻殻機動隊の草薙素子って言うだろう。

 覚悟を決めてドアノブを握る。

 ギーー

「失礼します」

「新入生の田中鋲だな、話は聞いている」

「あ…………」

 顔を上げて驚いた。薄明りの部室の奥、肘掛椅子をクルリと回して、こちらを向いた女子生徒。

 コンマ一秒で、ロン毛美人だと知れるんだけど、この人の制服はショーケースで見たばかりの赤線三本のセーラー服だ。

 思ったとたんに、頭がクラっとした……。

 

 

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ピボット高校アーカイ部・1『お祖父ちゃんの仕事』

2022-04-12 20:34:16 | 小説6

高校部     

1『お祖父ちゃんの仕事』   

 

 

 すごい…………………………あ!?

 

 感動のあまり、お盆を落としてしまうところだった。

 ちょっと零れただけなので、ティッシュで湯呑とお盆を拭いて、サイドデスクの上に湯呑を置く。

「どうだ、いいできだろう」

 振り向くとお祖父ちゃん。

「うん、最高だね」

「はは、鋲の誉め言葉は、いつも『最高』だな」

「だって、最高だから」

 ディスプレーには、レトロな建物を背景に七人の人物が映っている。

 建物はコロニアル風と言われる明治時代の建物、明治の二十年代かな?

 洋装の男女に混じって和装の女の人、この時代は、和装の方がしっくりくる。

 明治とか大正のころの仕事は、よくある。昭和の初めくらいまでは和装が主流だ。

 日本人の体形……というよりは、着こなし身のこなしのせいだってお祖父ちゃんは言う。

 試しに脚を長くして見せてくれたことがあるけど、やっぱりサマになってなくて、お祖父ちゃんの目の確かさに感心した。

「動くんでしょ?」

「ああ、エンターキーを押して……」

 エンターキーを押すと、七人の人物は、なにか談笑しながら三人が椅子に座り、四人が後ろに立った。

「ズームしていい?」

「ちょっとコツが……」

 お祖父ちゃんが操作すると、一人一人の人物が順番にアップになっていく。

 実業家の一家なんだろうか、みんな幸せそうで、性格は違うけど、穏やかな表情をしている。

「和装の女の人、きれい……なんか凛々しいなあ」

「うん、お祖父ちゃんも好きなタイプだ……」

 お祖父ちゃんが操作すると、その和装の人は立ち上がって、クルリと一回りした。

「おお……」

「マガレイトっていうんだ、この髪型は……ほら、笑顔も素敵だろう」

「うん、でも、ちょっと話しにくそう」

「はは、鋲は女性恐怖症だからなあ」

「恐怖症ってほどじゃないよ、もう、たいてい平気で話せるよ」

「そうか、それはすまん」

『柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君~』

「おお……」

「骨格から、こんな声だろうって、喋らせてみた」

「こんな声だったの?」

「八割がた……東京弁だったら、こんな感じだ」

「今のは、和歌だよね?」

「与謝野晶子……ちょっと過激だったかな」

「これも注文なの?」

「それがな……」

「あ……」

 お祖父ちゃんがキーを操作すると、その和装の女の人は、夜明けの霧のように消えてしまった。

「依頼主の注文でな、この人は消してしまうんだ。たぶん、依頼主の一族には都合の悪い存在なんだろうさ」

「そうなんだ……」

 お祖父ちゃんは、会社や、有名人や、お金持ちの注文で、昔の画像や映像を処理する仕事をしている。本業は、古い映画や映像をデジタル処理して、このニ十一世紀の鑑賞に堪えるものにする仕事。

 お祖父ちゃんの手にかかって、見直された映画やテレビ番組はけっこうある。

 仕事だからやってるけど、トリミングで人や物を消してしまうのは、あまり好きじゃないみたい。

 でも、仕事だからね。腕もいいし。

 僕が大学を卒業して社会人になるまでは頑張るって言ってる。

 仕事以外は、からっきしってとこがあるから、家の事は、及ばずながら僕がやっている。

「あ、肘のところほころびてる」

「あ、トイレのドアにひっかけちまったかな」

「ソゲが立ってた?」

「ああ、家、古いからなあ」

「あとで直しとくよ」

「すまんなあ、リアルの家はデジタル処理できないからなあ」

「脱いで、繕うから」

「あとでいいよ」

「後にすると忘れちゃうから」

「そうかい、じゃあ……あ、明日から学校だな」

「うん、お祖父ちゃんのお蔭だよ、あやうく中学浪人するとこだった」

「まあ、施設は古いけど、いい高校だからな」

「うん、がんばるよ……」

 

 僕は高校受験に失敗した、それも二つも。

 二つ落ちるとは思ってなかったから、もう行ける高校が無くなってしまった。

 お祖父ちゃんは、いろいろツテやらコネやら使って調べてくれた。

 もう通信制の高校でもいいと思ったんだけど、お祖父ちゃんが、やっと見つけてくれて、新入学に間に合った。

 ピボット高校。

 能力的には、僕には過ぎた高校で、勉強について行けるかどうか心配なんだけど、頑張るしかない。

 入学に当っては、一つ条件がある。

 学校が指定する部活に入ること。

 これに関しては、僕に選択権は無い。

 で、その部活が、ちょっと想像がつかない。

『あーかい部』

 アーカイブのことか?

 でも平仮名だし、正確には『亜々会部』と書くらしい。

 要高校のホームページで見ても出てこないし、ちょっと意味不明。

 まあ、明日の入学式に出てみれば分かるだろう。

 お祖父ちゃんのセーターを繕い、ドアのささくれは、養生テープを貼って仮補修して、いつもより早く寝た。

 

 

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明神男坂のぼりたい・109〔男坂のぼりたい〕

2022-03-24 07:54:21 | 小説6

109〔男坂のぼりたい〕 

 

 

 え………………………………?

 

 病院に運ばれたはずなのに、家の前に居る。

 見上げると、ついさっき見た男坂の谷の空。

 見渡すと、人の気配が無い。

 男坂の反対側は452号線の大通り、深夜にだって車が走っているのに、気配もない。

 ちょっと怖い。

 家に入ろうと思ったら二階の玄関には鍵がかかってる。

 階段下りて、一階のドアもビクともしない。

 

 カツーン………………カツーン………………カツーン………………カツーン………………

 

 なんだか音がする……男坂の上の方だ。

 男坂の向こうの空が、懐かし色に光っている。

 夕陽?

 男坂の向こうに夕日が傾くと、時期とタイミングによっては、この谷底を神々しく茜に染めてくれる。

 でも、ちょっと違う。

 男坂を上って行けば、あの懐かし色の中に入っていけそうな。

 懐かし色の向こうは、とても穏やかで気持ちのいいところなんだ。

 そう思って歩き出すと、坂の踊り場のところに佐渡君。

 

 あ、やっぱり、さっきから居たんだ。

 

 佐渡君は、照れながらも嬉しそう。

「久しぶりだねえ……」

 石段を上がると、嬉しそうなんだけど、嬉しそうなまま首を横に振ってる。

 さらに上がると、今度は両手をワイパーみたいに振る。

「行っちゃだめ?」

 コクンと頷くと、消えてしまう。

 

 カツーン………………カツーン………………カツーン………………カツーン………………

 

 音が、さらに大きくなって、坂の上を見上げると、お祖母ちゃん。

 ほら、しゃくばあじゃない方、去年亡くなった方のお祖母ちゃん。

「おばあちゃん……」

 手を伸ばすと、お祖母ちゃんも――さあ、おいで――って感じで手を差し伸べてくれる。

 認知症で、孫のわたしの顔も忘れた時の顔じゃなくて、よちよち歩きの時「アンヨがじょうず、ここまでおいで~」って、あの時のお祖母ちゃん。

 カツーン………………カツーン………………カツーン………………カツーン………………

 え、音が大きくなって、音が邪魔する感じになって、脚が前に進まない。

 待って、お祖母ちゃん。

 明日香、いま行く、いま行くから。

 カツーン………………カツーン………………カツーン………………カツーン………………

 なに、なんで、この音は邪魔すんの?

 カツーン………………カツーン………………カツーン………………カツーン………………

 別にバリアーとかじゃないんだけど、石段を上ろうとすると力が抜けてしまう。

 カツン

 音が止んだ。

 あ、脚に力が戻ってきた。

 そして、石段を二三段上がったところで、下から上がってきた人に抜かされた。

「え、しゃくばあ?」

 石神井のおばあちゃんが、あたしを追い越して、坂の上まで上って行く。

 上まで着くと、二人のお祖母ちゃんは光になって西の空に上って行ってしまった。

 

 ……わたしは、危ないところで持ち直したらしい。

 

 過労だったところに、子どもの頃に完治したと思っていた病気が再発したみたい。

 集中治療室なんだろうね、ベッドの周りに機械がいっぱい。腕や鼻にチューブ突っ込まれてるし。

 人の気配感じて目をやると、だんご屋のお仕着せが目に入る。

 さつき?

 いや、出雲阿国さんだ。

『さつきからの言付けを伝えに来たの』

『さつきから?』

『さつきね、大公孫樹(おおいちょう)使って丑の刻参りやっちゃってね』

『え、御神木の大公孫樹?』

 思い出した……あの音は、大公孫樹に藁人形打ち付ける音だったんだ!

 さつきは、滝夜叉姫って云って、丑の刻参りの御本家……でも、だれを呪って……?

『人じゃないわ、明日香に巣くった病魔よ』

 阿国さんが指を振ると、藁人形が浮かんだ。

 藁人形のお腹には『明日香の病魔』と書かれている。

『もう千年も封じてきた丑の刻参り、それも明神様の御神木でやっちゃあね……』

『巫女さんに怒られた?』

『わたしが結界張って見えないようにはしてたんだけどね、少彦名命さんに見つかった』

 スクナヒコナ……ああ、明神さまの、もう一人の神さま。

『あの人、小さいから、結界の隙間から入ってこられて、それで大黒様にも知れてしまって』

 そうだ、大黒さまも御祭神。

『お二人は、病気平癒を祈っての事だからって、大目に見ようって仰ったんだけどね、現実の大公孫樹に打ち付けたわけじゃないし。あれは、明日香の心の中の神田明神だしね』

『将門さまが?』

『うん、身内だからこそ甘い顔はできないって』

『さつきは、どうなるの?』

『しばらくは出てこられないって……』

『そう……』

 鼻の奥がツンとして言葉が出てこない。

『あ、行かなきゃ。そろそろ佳代ちゃんも起きるころだから』

 そうだ、阿国さんは、佳代ちゃんの神さまだったんだ。

 さつき……わたしのこと構いすぎだったんだよ。

 

 退院して、お母さんに聞かされた。

 わたしが入院した日に、しゃくばあが倒れて、そのまま逝っちゃったこと。

 今日は、そのしゃくばあの納骨。

 見上げた男坂の上に一片の雲がゆっくり流れていく。

 雰囲気……と思ったら、大江戸テレビのクルーの皆さんが駆け降りてくる。

 ダメですよぉ、AKRの明日香に戻るのは納骨終わってからですからね。

 ちょうど、タクシーもやってきた。

 

 ヘイ、タクシー!

 

 明神男坂のぼりたい 完

 

 

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明神男坂のぼりたい・108〔救急車に載せられて〕

2022-03-23 08:20:52 | 小説6

108〔救急車に載せられて〕 

 

 

 救急車のサイレンが聞こえて、途絶えた意識が切れ切れに戻って来る。

 

 三階でひっくり返ったもんだから、どうやって担架もってくるんだろう……?

 苦しいけど、そんなこと思った。

 佐渡君の時は路上だったから、すぐにストレッチャーに載せられて、そのまま救急車まで運ばれた。

「だいじょうぶ、ゆっくり行くからねえ……」

 救急隊員のお兄さんは、とっても口調が優しい。保育所の先生か生協のお兄さんみたいな感じ。

 ガンダムがこんな感じだったら……気持ち悪い。

 宇賀先生だったらステキ、東風先生……ありえねえ。

 イチ ニ サン

 掛け声と共にハンモックみたいなのに載せられて、三人がかりで階段を下ろしていく。

 玄関の階段を降りると、ハンモックごとストレッチャーに載せられ、ゴロゴロと振動が伝わって来る。

 あ……谷底だ。

 上向きの視界に入って来るのは、四角い空。

 男坂と両側の建物に区切られた景色は谷底のイメージ、家の前で、こんな真上を向いたことなかったもんね。

 風の谷のアスカ……なんてね。

 苦しいんだけど、ちょっと感動。

 視界の端に、ご近所の人たち。明神さまにお参りする人もチラホラ。

 あ、だんご屋のおばちゃん……巫女さん……巫女さんの笑顔以外の表情初めて見た。

 ガッシャン

 ハッチバックからストレッチャーごと載せられる。

 その瞬間、心配顔のお母さんの後ろに佐渡君が見えたような……。

 バタム

 ハッチバックが閉められて、発作みたいに救急車のサイレンが鳴り始める。

 ピーポーピーポーピーポーピーポー

 救急隊のお兄さんが無線で連絡して……搬送する病院をあたってる。

「だいじょうぶ、こんな可愛いお嬢さんだから、手を挙げる病院はいっぱいあります(^▽^)」

 心配するお母さんに、救急隊員のお兄さんはやさしい。

 お母さん、ジャージのまま……え?

 首から上はさつき?

「明日香、お母さん付いてるからね」

 声はお母さん。

 え?

 不思議に思ってると、お母さんの顔……え、あたしの顔?

 手を握ってくれて……これって、佐渡君を救急車に載せた時のあたし?

 あたしは……あたしは……

 

 そこで再び意識が……途絶え……た……。

 

 

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明神男坂のぼりたい・107〔始業式 それぞれの道〕

2022-03-22 07:27:43 | 小説6

107〔始業式 それぞれの道〕 

 

 


 こういう不意な衝撃を受けた時って、あるじゃん。

 タイムリープとか転生とかさ。

 戦国時代に飛ばされて信長の友だちとか? 異世界に飛ばされて勇者になったりスライムになったり?

 ほんの瞬間だけどさ、異世界に飛んでハーフエルフの女の子と知り合って、魔王とかやっつけて、お金や財宝ウハウハで、みんなからチヤホヤされる世界を夢想したよ。

 でも、現実は信長の友だちにも勇者にもスライムにもなれなかった(^_^;)。


 バンジージャンプって脚にゴムが結わえ付けてあるから、落ちては引き戻されてまた落ちるってのが四回ほどもある。つまり、四回も墜落の恐怖に晒されるんだよ! 特に落ちる時の衝撃はハンパ無い!

 アイドルどころか、女であることも捨てた感じ。落ちる速度と谷からの上昇気流が作る合成風力で、あたしの顔は、まるで崩れかけのプリン。

 ギャーと叫んだ口には遠慮なく空気が猛烈な勢いで入ってきて、顔全体をはためかす。中学のときに治した奥歯が銀色に輝き、喉ちんこが叫び声と風にはためいてるとこまで御開帳。鼻の穴も二倍に膨らんで見えるし、つぶった目は押し上げられて、糸ぐらいの細さ。この時間にして30秒もない映像を、さっそくSNSで流される。中には叫んで、一番不細工になった瞬間を50回もつないで流したヒマなやつもいた(#'∀'#)。

 一応アイドルだから、親会社のユニオシ興行が削除依頼してくれるかと思ったら、なんとユニオシ新喜劇の冒頭に大スクリーンに映し出してくださった!

 

 で、今日は一か月半ぶりの学校。

 予想通り、校内で顔合わす生徒のほとんどがあたしの顔見ていく。中には遠慮なく吹き出す奴もいる。相手によって、アハハと笑ったり、恥ずかしげに俯いて見せたり。このへんの使い分けは、AKRの二か月ちょっとで覚えた社交術。

「あれ、美枝は来てないの?」

 空いてる席を見てゆかりに聞いた。

「うん、もうお腹が目立ってきたからね……」

 AKRで明け暮れてた夏の間に、学校のみんなはいろいろあったみたい。

 そりゃそうだろうね。あたしだって、こんなに変わってしまった。

 他にも、いくつか空いてた席があったけど、体育館での始業式終わって戻ってみたら、全部の席が埋まっていた。さすがにガンダムクラス、帳尻は合わせてる。でも、なんか違和感……席ごと居なくなった奴がいた!

「新垣麻衣が、家庭事情でブラジルに帰った。話は、八月の頭には決まっていたけど、みんなに気づかれるのは辛いのでクラスのみんなには内緒だった……今ごろは飛行機に乗ってる時間だろ。朝早くに学校の郵便受けに、こんなのが入ってた……」

 ガンダムは、一枚の色紙を黒板に掲げた。

 

―― みんなありがとう! ――

 

 たった九文字の中に万感の思いが詰まっていた。

 くだくだしいことはなんにも書いてない。あたしだったら日本人の常套句「がんばって!」ぐらい書いただろ。さよならだけどお別れじゃない……なんて言葉を書いたかもしれない。鮮やかなお別れの言葉だった。

 ホームルームのあと、教室に残ってゆかりと夏の空を見ていた。名残の入道雲がゆっくりと流れていく。

 今までのあたしたちは、空気吸い込んだら、なにか言葉にしなくちゃもったいないというくらいのおしゃべりだったけど、二人とも無言。


「サンバ……やるよね?」

「うん、みんなで決めたことだもん」


 言いだしべえの麻衣はいないけど、文化祭でやろうというのはクラスみんなの決定。それが筋だと思う。

 

 夜のステージが終わって家に帰ると関根先輩から手紙が来ていた。

―― メールではなくて、手紙にした、きちんと気持ちを伝えるために。AKRを何回か観に行った。握手会にも並んで。明日香は、ほんとにきらきらしていた。そう感じた。明日香は明日香の道を歩いていけよ。それが一番だ。明日香のことは、明菜といっしょにずっと応援してます。鈴木明日香様 関根学 ――

 涙がこぼれてきた……関根先輩はあたしのこと思っていてくれた。で、決心した。あたしは握手会に来てくれてたことにも気がつかなかった。先輩は悩んだに違いない。そんなことは、ちっとも書いてないけど、短い文章の文字の間に痛いほど現れてる。人の心は……言えないところ、書けないところによく現れる。麻衣も先輩も……。

 返事を書こうと思って止めた。決心した人には余計なことだ。

 スマホ片手にしばらく悩んだ。

 手紙では重すぎる、メール、それも短く……そう思って、指が動かない。

―― ありがとうございました 明日香 ――

 そう打って、何度も読み返して、やっと送信ボタンを押す。

 ポチ…………

 クラっときた。

 急速に視野が狭くなって、あたりが暗くなっていって、いやな汗が噴き出してきて……せめてベッドに……

 バタン

 そのまま床に倒れて、意識が遠のいていく……。

 

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明神男坂のぼりたい・106〔バンジージャンプ〕

2022-03-21 06:54:33 | 小説6

106〔バンジージャンプ〕 

  


 AKR47の母体はユニオシ興行。

 日本で一番人使いが荒い。

 当たるとなると、半日の休みもくれない。これでは、先日の仲間美紀みたいな子も出てくる(リスカだったけど、命に別状は無し。だけど、休んでる間に、ゴーストライター付きで手記を書かされている。ほんとに無駄のない会社)

 あたたちは、まだまだ売り出し中なので、オファーのあった仕事はなんでもやる……やらされる……やらせていただく。

 今日は、わざわざ新幹線とバスを乗り継いで、バンジージャンプのメッカ愛知鷹尾ハイランドにまできている。

 あたしたちはAKBみたいに自分の番組持てるところまでいってないので、ヒルバラ(お昼のバラエティー)に10分のコーナーをもらってて、メンバーが、とっかえひっかえ、いろんなことをやらされる。

 

 水を張った洗面器に顔を突っ込んでどこまで耐えられるか競走 

 渋谷の交差点で交通量調査の要領でイケメン通過調査競走

 浅草で人形焼きの早食い競争

 東京タワーの階段早登り競争

 逆立ち10メートル競走

 温水プールバタ足50メートル競争

 とげぬき地蔵でくぎ抜き競争

 

 で、10回目記念に、六期生対抗バンジージャンプというのをやらされた。

 いえ、やらせていただきました(-_-;)。

 

「ええー、どうしても明日香がやりたいというので(だれも言ってません!)この愛知鷹尾ハイランドのバンジージャンプにやってきました。ここはジャンプしながら願い事を叫ぶと叶うそうです。デビューからたった2カ月、どんな願いがあるのでしょうか(決まってるじゃん、ゆっくり寝かせて!)でも、ここの願い事は、ジャンプするまでは口にできません。しゃべってしまうと効果が無いそうです。で、明日香にはカメラ付きの……」

 スポン

 ヘルメットを被せられた。

 顔の前には自撮り、メットの上には、あたしの視線とシンクロさせたチビカメラが付いている。

 ホントはメンバー二人が飛ぶはずで、ジャンケンに負けたカヨちゃんも飛ぶはずだったんだけど、リハでちびってしまうぐらいの緊張の末に過呼吸になって、急きょチームリーダーのあたしが二人分の内容=おもろさを出して飛ぶことになった。


「なんで、明日香が選ばれたか分かる?」

 MCのタムリが聞いてくる(なぜか大阪弁のテロップ『おまえやんけ、やれ言うたん!』)

「え、あ、センターだから?」

「いや、明日香だけが、自分の部屋3階にあるから」

「ええ、マンションの五階とかに住んでるのもいますよ」

「戸建てで、三階は明日香一人だから。で、準備は万端?」

「うん、トイレも二回もいってきたし……たぶん大丈夫」

「よし、絶対成功する御呪いしてあげる……」

 そう言って、タムリはあたしのすぐ横に寄ってきた……と思たら、突き飛ばされた!

 

 ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 そう叫んだとこまでは覚えてる。

 そのあと、あたしはモニターの中からも、みんなの視界からも一瞬で消えてしまった……

 

 

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明神男坂のぼりたい・105〔フレキシブル〕

2022-03-20 08:36:47 | 小説6

105〔フレキシブル〕 

                   

 


「美紀はいけるかもしれんなあ……」

 仲間美紀を見舞った帰り、車の中で笠松プロディユーサーが呟き、クララさんが頷いた。

 いける? なんだろう?


 事務所に帰ると、見舞いに行ったメンバーに市川ディレクターと夏木先生も加わって小会議になった。


「美紀は、どこか吹っ切れた顔をしていた。リストカットに失敗はしたけど、自分の中の何かが吹っ切れた顔になってた。どう思う?」

「わたしは、美紀ちゃん自身分かってないと思いました」

「いちおう安心はしたんだと思います。自分は死ねないという見定めがついたのか、また続けようかという気持ちかは分かりませんけど……」

 クララさんは断定的に言う。あたしは、そこまで言い切る自信は無くて語尾が濁る。

「これは、持っていきようだと思うんだ。こちらの押方次第で、美紀はどちらにでも変わる。どうだろ市川さん?」

「もう一つ勝負に出ますか」

「うん、アイドルグループで、リスカやったのは美紀が最初です。だから、それを乗り越えて続投するのも初めてになります。賭けてみる値打ちはあるかもしれませんね」

「あたしも、それがいいと思います。ここまできた六期生です。他の子たちには、まだまだ伸びしろがあります。美紀を引退させたらイメージダウンだし、みんなのモチベーションにもかなりの影響が出ます」

「そうだよな、ここまで製作費つぎ込んだ……いや、そういうことじゃなくても……」

 笠松さんは、なにやら考えながら顎をなでた。うちは、美紀ちゃんのことより、制作面やマネジメントの方に重心のある話に、ちょっと違和感があった。で、思い切って発言した。


「大事なのは、美紀ちゃんの心だと思うんです。まだ15歳です。美紀ちゃんの心に傷が残らないように考えるのが第一だと思います」

「ちょっと、俺の腕見てくれる?」

 笠松Pは左腕を水平に伸ばして見せた。

 え?

 市川Dは――ああ、それかあ――という顔をしてるけど、わたしとクララさんは、ちょっと驚いた。

 市川Dの左腕は10度ちかく逆方向に曲がってる。

 女の子で、時々逆方向に曲がる子がいるけど、体の柔らかさの証明みたいなもので、まあ、せいぜい5度くらいのもの。それが、五十前の男の人の腕が逆への字に曲がってるのは、ちょっと引いてしまう。

「小一の時に骨折してさ、病院も遠かったりで、途中で治療をやめたんだ。すると、こんな骨の付き方になっちまって」

「おまえ、それで体操部断念したんだったな」

「ああ、その腕じゃ、いずれ大きな怪我をするって先生に言われてなあ。日常生活に支障は無かったけど、人生の選択肢は狭まってしまった」

「美紀もいっしょだって言いたいのか?」

「ああ、医者は普通に日常生活できれば治ったってことになるんだろうけど、美紀の心の大事なところは曲がったままになると思うんだ。美紀は才能のある子だ、それが、ここで妥協したら、人前で自分を表現するのが苦手な子になってしまうと思う」

 人前で自己表現……学校の先生……だんご屋のアルバイト……巫女さんだって笑顔が大事だし……

「まあ、笠松は、そのおかげでこの業界に入ったんだけどな」

「うん、今度のことが、美紀の傷にならずに、将来の道を狭めることにならないように考えてやるべきだと思うんだ。それに、持っていきようによっては、美紀の心も救って、AKRをジャンプさせることもできると思うんだ」

「手記を出そう!」

「手記……そんなの書けるほど、美紀ちゃんは回復してません」

「アシスタントを付けるよ。桃井ってゴーストライターが使えると思います。大阪の奴ですが、明日にでも呼びます」

「よし、その線でいってみよう。明日、夏木さん、美紀のところに行ってくれないかな。全員じゃ多いから選抜から何人か引き連れて」

「了解しました」

 あっという間に話はまとまってしまった。市川ディレクターは、さっそく桃井さんに電話。夏木先生はメンバーに話しにいった。

 

 明日か明後日かと思ったら、その日の午後には桃井さんがやってきて、早くも全てが動き出した。

 

「桃井君、これがチームリーダーの明日香、こっちが座長の嬉野クララ。美紀が君に慣れるまで、どちらかをつかせるから、よろしく頼むよ」

「おまかせください。美紀ちゃんの心を癒して、ほんでから、同世代の同じような悩みを抱えてる子たちの心に訴えかけるような手記をものにします。お二人さんとも、どうぞよろしゅう」

 宣言して上げた顔は、どこかで見たことがある……あとでクララさんに言ったら「それなら、ビリケンさんだよ」と言われ、スマホで検索したらなるほどだった。大阪では有名な福の神で、足の裏をさするとご利益があるらしいけど、さすがに「足の裏触らせてください!」とは言う気にはなりません(^_^;)。

 桃井さんは、東京駅から直行して、あたしたちと話している。手許のタブレットには美紀に関する資料がノート一冊分ぐらい入ってた。びっくりしたことには、美紀が今まで住んでた三軒の家の外観、間取り、近所の地図と写真まで入っている。

「いつの間に揃えたんですか!?」

「新幹線には三時間近う乗ってますねんで、無駄にグリーンは乗ってません」

「え、グリーンで来たのか!?」

「はい、領収書」

 渋い顔をして領収書を経理に回す笠松P

「え、弁当代も入ってんのか、それも二つ!」

「文章書くのは頭使いまんねん。頭のエナジーは食いもんでっさかいなあ」

「アハハハハ、さすがは、一流のゴーストライターだな」

 市川Dがノドチンコむき出しで笑う。

「もう、ゴーストライターって言わんとってくださいよ、シンパシーライターです。相手の心に同化して、本人が言葉にならへん思いを文字に起こす仕事です。今度の仲間美紀さんの場合はカウンセラーでもあるつもりでっさかいね」

「ハハ、そうやってギャラ上げようって腹かあ……」

「堪忍してくださいよ、このお二人が変に思うやないですか。確かにぼくは世間でいうゴーストライターです。今のところ、そういうカテゴライズしかないからね。それから、ぼくは、これによって収入も得ている。せやけど考えてねぇ、世の中100%の善意もないけど、100%のビジネスもない。ぼくは、そのバランスはちゃんと取っているつもりだっせ」

 桃井さんは怪しげな圧があったけど、話しているうちに引き込まれていく。美紀やみんなとの二か月半を、いろいろと話した。桃井さんはヘラヘラと聞いてるみたいだったけど、マジになったり笑ったり、美紀のリスカに気づいて助けたくだりは、気づいたら手を握られていて、話終わったら昔からの知り合いのオイチャンみたいになってしまってた。

―― 明日香の世界も、たいがいだな ――

 家に帰ったら、さつきが、苦笑いしながら言う。どうやら、あたしは「乗せられてる」状況かもしれない。

 だけど、これで美紀が立ち直り、メンバーもうまくいったら、それが一番いい。

 あたしも、この業界のフレキシブルに慣らされてきたのかもしれない……。

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明神男坂のぼりたい・104〔仲間美紀の波紋〕

2022-03-19 07:04:32 | 小説6

104〔仲間美紀の波紋〕 

     

 


 カメラのランプが赤に変わると、座長の嬉野クララさんが静かに語り始めた。

「AKR47座長の嬉野クララです。今日は、みなさんにご心配、ご迷惑をおかけしたことを、まずお詫びいたします。ファンの皆さんのお引き立てと応援でAKR47はここまでくることができました。そして6期生は特にみなさんのご支援のおかげで『VACATION!』、空前のヒットをさせていただきました。わたしたち1期生をはじめメンバー、スタッフは大変喜んでおりました。しかし、みなさんの応援、ご支援に、まだ十分なお応えをする前に、大変な事故を起こしてしまいました。6期生の仲間美紀が、過労から自傷事故を入院先の病院でおこしてしまいました。幸い発見が早く、大事には至りませんでした。SNSや新聞、テレビを通じてご承知のこととは存じますが、仲間美紀の異変に気づき、いち早くその救助をしたのは、6期生チームリーダーの鈴木明日香でした。わたしたちは6期生はもとより、まだまだ未熟ではありますが、前を向く気持ちと、ファンのみなさんの気持ちを第一に、頭を打ちながらではありますが日本を代表するアイドルグループとして精進していく所存です。仲間美紀は、しばらくの間休養させます。このような大事を起こしてしまいましたが、AKR47は一日も無駄にせず、みなさんのお気持ちご支援に沿えるよう努力いたします。ご心配、ご迷惑をおかけしたことを、いま一度深くお詫びいたします」

 クララさんが頭を下げて、カメラはあたしに向けられた。

「わたしは、AKR47のメンバーになって二月あまり。チームリーダーになって一か月ちょっとにしかなりません。しかし、どの世界でもリーダーは、その立場になった時から十分に注意を払い、チームを引っ張っていく責任があります。仲間美紀の事故は、たまたまわたしが一番早く気が付き、対処できましたが、仲間をはじめメンバーの統率やケアに気が回らなかったのは、わたしの責任です。今後は、こういうことの無いように、いっそうの努力に努めます。これからも、AKR47、なにとぞよろしくお願いします」

 カメラがロングになり、あたしとクララさんのバストアップになり、二人そろって深々と頭を下げ、カメラのランプが消えた。

 ああ、なんとかお詫びのご挨拶は言えた……と、思ったらADさんが『自分の名前』と書かれたカンペをしまうところ。

 そうだ、あたしってば、所属も名前も言ってなかった(;'∀')。

「だいじょうぶよ、テロップで出てるから」

「あ、でも、すみませんでした!」

「それは、わたしじゃなくて、ADさんと、笠松さんに。ほれ」

 肩を叩かれて、ADさんと、スタジオの隅に立っている笠松Pにお詫びする。ADさんは恐縮して、逆に頭を下げられ、笠松Pには子供みたいに頭を撫でられた。

 で、クララさんへの挨拶が中途半端なのを思い出し、取って返して再び頭を下げる。

「ありがとうございました、クララさん! 6期のミスにつきあわせてしまって!」

「座長は、あたしよ。こうするのが当たり前。だけど美紀ちゃん、大したことなくって、ほんとによかったね。動画に撮られてなかったら、こんな大騒ぎにならずに済んだんだろうけど。ま、これで一区切り。前向いていこ、前向いて。ね!」

「はい!」

 録画したものは、すぐにSNSに流されていた。これで、少しは収まるだろ。

 だけど、ウソが一つあった。


 美紀は……休養じゃなくて引退。


 だけど、それは伏せた。カッターナイフで手首切って自殺しかけ、そのことで引退いうことになったら『VACATION!』そのものができなくなってしまう。プロモも二回撮った。オリコンチャートも順調。ここで止めるわけにはいかないんだ。

 あたしとクララさん、そして笠松プロディューサーで、仲間美紀の病院に向かった。ダブスタかますために……。

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明神男坂のぼりたい・103〔The Summer Vacation・10〕

2022-03-18 06:39:16 | 小説6

103〔The Summer Vacation・10〕 

           

 

 結局、仲間美紀は辞める決心をしてしまった。

「……でも、あたしを引き留めてくれるのは、明日香さん自身のためなんでしょ?」

「……そだよ、あたしのため。やっと軌道に乗りかけた6期、このまま仲間を失ったら、みんなへの影響が強すぎる。あたしの使命は一人も欠かさずに、きちんとメジャーに、AKRの看板にすることだからね」

 ちょっと一面的すぎるけども、こういうドライな言い方の方が、決心してしまった美紀にはいいと思った。

 ついさっきまで、六期生一番のイイコで通してきた美紀は、いわばきれいごとに押しつぶされてしまったんだ。そんな子にきれいごと的な説得や慰めをしても、なにも入らないと思った。

 別に、計算して言葉にしたわけじゃないんだけど、息を吸って吐いたら、こういう言葉になった。

「それで、いいと思うよ……」

 ガバ!

 美紀は、精一杯の笑顔を作ったかと思うと、ベッドの蒲団を頭からかぶって泣き出した。

 ガバ!

「も、もうほっといて!」

「美紀!」

 あたしは、ベッドの布団ごと美姫を抱きしめた。

 ウワーーーン!

 抱きしめると、たった今のドライな決心も一瞬で崩れてしまって、ただただ、いっしょに泣くことしかできなかった。

 

「あの子は精神的にまいってる。とにかく辞めさせるのが一番。治療はそれからです」

 

 お医者さんの意見で、笠松プロディユーサーも、市川ディレクターも納得した。

 気が付くと嗚咽してるのは、わたし一人。美紀は、枕に顔を埋めたまま寝てしまった。

「あ……」

 入ってきたお医者さんは、なにか注射の用意をしていたけど、コクっと頷いて、そのまま出て行った。

 取りあえず、眠らせることがいちばんだったんだろうね。

 でも、ドラマじゃないんだから、これで目覚めて丸く収まるようなことはない。

 取りあえず、ホッとして、駆けつけてきた美紀のお母さんと交代した。

 

 あたしは後悔した。

 6期は、もうみんな家族だ! 姉妹だ! そして、あたしが一番のお姉ちゃん! そう思ってた。だけどなんにも分かってなかった。危ないのは和田亜紀と芦原るみだとばっかり思てた。リーダーなのに、あたしはなんにも見えてなかった。

「まあ、一人二人抜けるのは織り込みずみだから、気にすんな明日香」

 市川ディレクターはビジネスライクに、一言でしまい。下手に慰められるよりは、気が楽だった。

 夜はステージが終わった後、ローカル局のトーク番組があった。

「美紀のことには触れないように。こっちのディレクターにも話してあるから」

 市川Dに言われた通り、あたしもパーソナリティーも美紀のことは無かったみたいに、プロモロケの話やら、アホな話で盛り上がった。

 

 家に帰ったら、日付が変わっていた。

 メールのチェックもしないで、ざっとシャワー浴びて、そのまま寝てしまった。

 

 あくる日はスタジオ入りには時間があるので、美紀の病院へ行った。面会時間じゃなかったけど、ナースステーションに寄ったら「もう落ち着いてるからどうぞ」て言われて病室へ。


 ところが、部屋に入ったら美紀の姿が無かった。

―― 明日香、トイレに行け! ――

 さつきが心の中で叫んだ。

 トイレに行くと、個室二つが閉まっていた。

 一つはノックしたらすぐにノックが返ってきた。もう一つをノック……反応が無い。


―― ここだ! ――


 さつきの声に体が反応した。ヒョイとジャンプして、個室の上に手を掛けると、自分でも信じられないぐらいの身の軽さで個室の中へ。

 美紀は手首を切ってぐったりしてたけど、あたしの姿を見ると暴れだした。

 血まみれになりながら緊急ボタンを押して、美紀のみぞおちに当て身を食らわせた。

 当身を食らわせるなんて、やったことなかったけど、これはさつきのしわざだろうね。

 切って間が無かったので、美紀は助かった。

 このことは、秘密にすることになったけど、血まみれのうちと美紀をスマホで撮ったドアホがいて、あっという間に動画サイトに投稿され、手におえないことになってしまった……。

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明神男坂のぼりたい・102〔The Summer Vacation・9〕

2022-03-17 06:52:53 | 小説6

102〔The Summer Vacation・9〕 

                      

 

 時差ボケしてる間もなかった。

 ハワイのロケから帰ってくると、そのまま毎朝テレビの『ヒルバラ』に出演。選抜6人が前で、あとの6期生は後ろの雛壇。

 当然トークは選抜に集中。

 AKRに入って2か月ちょっとだけど、差が付いたなあ……とは、まだ思わなかった。

 口先女では自信のあたしだけど、8分の間に、MCの質問受けて、プロモの話を面白おかしく話して、22人の子みんなに話振るのはできない相談。

 だいいち進行台本がある。いちど出してもらった関西のテレビは、「ここで突っ込む」とか「ここボケる」ぐらいのラフで、あとは成り行き任せいうとこがあって、ほとんど自分のペースでやらせてもらえた。

 初のメインゲストの『ヒルバラ』は東京の番組、台本から外れることはNG。タイミングになると、必ずADのカンペで指示され、否応なく台本通りに進行させられる。

「もっと面白~くできたのになあ」

 カヨちゃんが楽屋に戻りながらささやきながら、小さくファイティングポーズ。一瞬みんなで真似すると、すれ違う局の人や出演者がクスリと笑う。

 そーだよ、こういう自然なノリだよ……と思っても収録は終わってしまってる。

 楽屋に戻ったら局弁食べながらメールのチェック。ゆかり、美枝、麻友を始めあたしがAKRに入ってからメル友になった子たちに「ただいま。時差ボケの間もなくお仕事。またお話しするね!」と一斉送信。 ファン向けのSNSには「疲れた~」「ガンバ!」なんちゅう短いコメントと写メを付けて、あたりまえだけど一斉送信。

「さあ、あと10分でユニオシのスタジオに戻って夜のステージの準備。いつまで食べてんのよ。チャッチャとやってよチャッチャと!」

 チームリーダーのあたしは、いつのまにか市川ディレクターや、夏木先生の言い方、考え方が移って同じように言うようになった。みんなんも認めてくれてるし、チームもまとまってきたんで、これでいいと思ってた。

 バスでスタジオに戻るわずかの間に3人もバスに酔う子がでてきた。

「ちょっと、席代わってあげて! 舛添さん酔い止め!」

 女同士の気安さで、3人のサマーブラウスやらカットソーの裾から手を入れてブラを緩めてあげる。薬飲ませて、気を逸らせるために喋りまくり。3人もなんとかリバースすることもなくスタジオに着いた。

 でもね、バスの中で酔いが伝染。10人近い子らがグロッキー。

「ちょっと休ませた方がいいよ」

 カヨちゃんの一言で決心。

「三十分ひっくり返ってなさい。しんどい子は、薬もらって少しでも寝とくといい」

「よし、明日香。その間に打ち合わせだ」

 市川ディレクター、舛添チーフADと夏木先生ら大人3人に囲まれて、ハワイでのことを中心に反省会と今後の見通しについて話し合う。

「一番落ち込んでるのは誰だ?」

 市川ディレクターの質問は単刀直入だった。

「和田亜紀と芦原るみです」

「じゃ、カヨといっしょに支えてやってくれ。6期生はスタートが早かった。まだ気持ちがアイドルモードになり切れてないと思う。なんとか取りこぼさずに、VACATIONを乗り切って欲しい」

「分かりました」

 短時間だったけど、有意義だと思った。短い会話の中で、現状の確認と展望、これからの見通し。そして、なによりもこれから6期生全員を引っ張っていかなきゃという責任感と期待が市川さんらと共有できた。

 みんなの様子を控室に見に行って、カヨちゃんたちと相談して、休憩時間をさらに30分延ばした。

「じゃあ、6期。ハワイで一回り大きくなったところを見せるぞ!」

「「「「「「オオ!」」」」」」

 控室で円陣組んで、テンションを上げた。

 休憩時間を30分余計に取った分、レッスンの時間は減ったけど密度は高かった。この時まではいけると思ってた。

 六期は、まだまだ前座だけど、AKR始まって以来の成長株だと言われてる。

 負けられへん!

 30分間、VACATION!、TEACHERS PETなんかのオールディーズのあと21C東京音頭。間を、あたしとカヨちゃんのベシャリで繋いでいく。

 なんとか、アンコール一回やって、失敗もせずに終われた(^_^;)。

 で、楽屋で、仲間美紀が倒れた。全然ノーマークの子だった。

 口数は多くないけど、明るく愛想のいい子で、今まで不平を言うことも疲れた様子を見せることも無く頑張ってきた子だ。

 酸素吸入しても治らないので救急車を呼んだ。

―― あたしは、何を見てたんだろ ――

 ピーポーピーポー ピーポーピーポー

 やっと芽生え始めたリーダーの自信が、遠ざかる救急車のサイレンとともに消えていく……。

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明神男坂のぼりたい・101〔The Summer Vacation・8〕

2022-03-16 06:29:26 | 小説6

101〔The Summer Vacation・8〕 

         


 ハワイロケは忙しかった。

 ワイキキビーチからダイヤモンドヘッド、アラモアナ・ショッピングセンター、ハナウマ湾、カラカウア通り、モアナルア・ガーデン、クアロア牧場、記念艦ミズーリ、と二日間かけて、撮影許可が下りるとこでは全部撮った。

 親会社のユニオシ興行のやることに無駄はありません。

 あたしたちはリカちゃん人形みたく行く先々で着替えて、水着からアロハの短パン。支給された私服(?)なんかに着替え、3台のカメラで、延べ40時間分ほどの撮影。


 なんせ、曲が1950年代のアメリカンポップスの代表『VACATION!』

 あ、そうそう。帰ってから曲のタイトル『VACATION』にビックリマーク『!』が付くようになるんだって。

 マイナーチェンジ? 

 とにかく、微妙な変化を付けて差別化を図り、オタクの心をくすぐって、売り上げを伸ばそうってユニオシの魂胆。


 年寄りから若者まで、アメリカ人も日本の観光客もノリノリでノーギャラのエキストラに付き合ってくれる。むろん、あたしたちが可愛くって、イケてるからなんだけど(≧∇≦)市川ディレクターと夏木インストラクターのやることはインスピレーションに溢れてて、ミズーリの前では、どこで調達してきたのか、水兵さんのセーラー服を着て『碇上げて』を即興の振り付けでやらされました。

 夜は、泊まってるホテルの要請で急きょミニライブ。これで宿泊代が三割引き。ほんとにうちのプロダクションは……!

 そんなふうな過密スケジュールで、さすがに線が切れかかったあたしたちに、なんと半日の自由時間。メンバー22人は4、5人ずつのグループに分かれて、ちょっとの間VACATION。ただ、ビデオカメラを持たされて、とにかく撮りまくることが条件。


 これはアイデアだったよ(^▽^)。


 プロのカメラマンじゃなくて、素人のあたしたちが、好き勝手に撮るんだから、いろんなビデオが撮れます。あとは編集するだけで、経費も手間もかかりません。

 ほとんどの子は、いわゆる名所を回ったけど、あたしは、ちょっと勇気出してアリゾナ記念館に行った。

 アリゾナ記念館は、真珠湾攻撃で日本海軍がボコボコにして沈めた戦艦アリゾナの上にある。いわゆる日本の『スネークアタック』と呼ばれる、アメリカ人には忘れられない歴史記念物。日本人観光客は、あんまり行きません。

 あえて、ここを選んだのは、アメリカ人の生の反応が知りたかったから。

 入館は無料。

 沈んだままのアリゾナの真上を交差するように浮桟橋みたいな仕掛けで記念館がある。56メートルの「潰れた牛乳パック」と言われる白い箱みたいな記念館。

「中央部はたしかにたるんでいるが、両端はしっかりと持ち上がっており、これは最初の敗北と最終的な勝利を表している。大きなテーマは平静であり、人々の心の最も奥にある悲しみの表現は、その人それぞれに感じ取るものでありデザインでは省略した」んだそうです。

 亡くなった乗組員の銘板と、英文の説明文があった。

 さぞかし日本の悪口が書いてあるんだろうと単語を拾うようにして読んでたら、いかついアメリカ人のオッチャンが寄ってきた。一瞬ビビったけど、オッチャンはにこやかに握手を求めてきた。

「AKR47のメンバーだね」

 きれいな日本語。聞くとアメリカ海軍の退役軍人さん。で、あたしたちが読みあぐねてた文章を、ていねいに日本語に訳してくれた。

「アメリカ人には悲劇だけども、これは君たちのひいおじいさんたちが、どんなに勇敢に高い技術で戦ったかを書いてある。あの開戦は当時の情報技術では、悲劇的な行き違いだったけど、アメリカ人も日本人も死力を尽くした。そのことが書いてある。ここから何を読み取るかは、それぞれの人の心の問題だ」

 なんか、アメリカに一本取られたような気がした。

 そのあと、オッチャンは当たり前のアメリカ人に戻って、いっしょに記念撮影。Tシャツにサインしてあげたらムッチャ喜んでくれた。

―― なかなか粋なオッサンだ ―― 

 さつきの声がした……ような気がした。

 さつきは、明神さま(親父の将門さん)から海外に出る許可がおりなかった。

 だんご屋が忙しいというのが理由だったけど、カヨちゃんの後ろには出雲阿国が付いて来ている気配。

 きっと大人の事情てか、神さまの事情。

 まあ、お土産買って帰って、お話いっぱいしてやろう。

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明神男坂のぼりたい・100〔The Summer Vacation・7〕

2022-03-15 07:03:31 | 小説6

100〔The Summer Vacation・7〕 

                   
  

 角を曲がってジャンク通りに出るとえらいことになっていた!

 ジャンク通りのオッチャン、オバチャン、オネーチャン、オタクにメイドさんたちが100人近く集まっての大歓迎。

『歓迎AKR47 鈴木明日香さん!』『ジャンク通りアイドル白石佳代子!』なんかのノボリやボードが生い茂った夏草みたいにそよいでる。わたしを見つけて「キャー!」とか「ワー!」とか声が上がると、ほとんど百姓一揆!?

 人波の中にカヨちゃんと目が合って、一瞬で予定変更、百姓一揆のみなさんを引き連れ、十分にジャンク通りのロケーションを撮りながらAKRのスタジオへ。途中百姓一揆のみなさんは、自分の店の前に来くると、カメラを強引に店の方にパンさせる。自分たちも口々にお店のPR。だけど100人余りが、てんでに好き勝手に言うから、全体としてのガヤの勢いしか伝わらないんですけどね(^_^;)。

 カヨちゃんが、ジャンク通り期待のアイドルだということがよ~く分かった。

「東京音頭に手を加えます!」

 スタジオに着いて、レッスンの準備ができると、夏木先生が宣言した。

「ディープなファンの方々からご指摘を受けました。東京音頭は昭和七年にできたんだけど、以来、基本形は守られつつ、いろんなパターンがあるのね。ヤクルトスワローズの応援歌になってたりビビットなものなんかあったりするのよ。基本的なリズムだけ踏まえておけば、あとはやったもん勝ちの自由です。その自由と要所要所での統一感を出すレッスンをやります。テンポは基本の1・5倍でしたが、ラストは2倍にして、一気に盛り上げます。曲もニューミュージック風にアレンジしました。明日香は曲の練習ね。一時間で仕上げて、いっくぞー!」

「「「「オーーー!」」」」

 AKRはいつもこの調子。その時その時のお客さんの反応や、テレビの数字などで、イケルと思えるところはどんどん変えて、イマイチなとこはあっさり切られる。

 あたしはニューバージョンになった曲と歌詞を覚える。アレンジしたとは言え、基本は東京音頭なので、体を動かさないと曲も歌詞も勢いが出ない。この一時間のレッスンはきつかった。もう途中で取材カメラが回っていることさえ忘れてしまう。

 OKが出ると、あたしはTシャツの裾を大きくパカパカ……しすぎてブラがカメラに映ってしまった。ラッシュで気が付いて「ここカット」ってディレクターは言っていたけど。あてにはなりません(-_-;)。

「すげーなあ!」

 テレビのディレクターが思わず言うくらい、あたしたちの休憩時間はすさまじい。

「はい、休憩!」

 その声がかかったとたん、あたしらの女の子らしさはスイッチ切ったみたいに無くなってしまう。スポーツドリンクをオッサンみたいにがぶ飲みする子。バスタオルでTシャツまくり上げ汗を拭きまくる子。シャワー室へ駈け込んで、ダイレクトに体を冷やす子。二台のカメラは、そんな子らを追い掛け回して大忙し。

「もう、明日香を映してくださいよ。これ『AKR47 佐藤明日香の24時間』いうタイトルなんでしょ!?」

「あ、そうだった!」

 思い出したディレクターが、急きょあたしにインタビュー。

「車で言うとF1耐久レースですね。何百キロいうスピードで走りまくって、ピットインしてるのが今ですよ。体は一つだけど、エモーションは何人前もあるんです。一遍には出しません。F1が休憩のたんびに、ドライバーが入れ替わるように、新しいエモーション注入。え……教えられたこと……ちがいますね。この二か月間で、あたしたち自身で自然に会得した心と体のローテーションですね。キザに言うと青春の完全燃焼のさせ方ですか!?」

 我ながらうまいこと言葉が出てくる。そう言ってみんなを見ると、バテかけてるメンバーの姿が、いかにも美少女戦士束の間の休息に見えてくるぞ。

 午後からは、東京音頭がバージョンアップした分、バランスをとるためにVACATIONも手直し。
 ヘゲヘゲになったとこで、市川ディレクターから嬉しい知らせ。

「ユニオシから予算が付いたんで、週末は三日かけて、プロモの撮り直し。ハワイで!」

 一瞬間があって、みんなから歓声があがった……!

 キャーーーーー(≧∇≦)!!

 ワンコかニャンコみたくピョンピョン喜ぶ!

 その中に、さつきと出雲阿国が見えたような気がした。

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明神男坂のぼりたい・99〔The Summer Vacation・6〕

2022-03-14 06:41:27 | 小説6

99〔The Summer Vacation・6〕 

                 


『AKR47 鈴木明日香の24時間』

 このありがたくも「あんたら、そこまでヒマなんかいな!?」と言うテレビ取材の話は、昨日ユニオシの事務所から。実質業務命令の依頼できたもの。


 お母さんは嫌がったけども、お父さんは喜んでる。仕事柄、家に引きこもりみたいな毎日を送ってるお父さんにはいい刺激と宣伝の機会。

 いそいそと座卓の上に10冊ほどの自分の本を並べだす。低血圧のお母さんは、夕べ眠剤を飲んで早起きに努力の姿勢。

 あたしは、夏休みは早起きの習慣がついている(一時間でも早く起きて、休みを満喫しようという根性)ので、朝の6時にクルーが来た時には、すでに起きていた(^o^)V。


 クルーは寝起きのブチャムクレ明日香を撮りたかったらしいけど、残念でした。ハーパンにカットソーに、セミロングをポニテにして、お目目パッチリの迎撃態勢。さすがにお母さんも起きたけど、こっちは完全なブチャムクレ。三階で身づくろいと化粧にかかる。


「アスカちゃんは、いつも、こんなの?」

「はい。時間もったいないから、夏休みとかは早いんです」

「あ、朝ごはん自分で作るんだ」

「はい。うちは家族三人だけど、起きる時間も朝ごはんの好みもバラバラ……え、お父さんも一緒に食べるって!?」

 いつもは別々に食べてる朝ごはんをいっしょに食べる。ト-スト焼くとこまではいっしょだけど、お父さんはハム乗せてコーヒー。あたしはトーストの上にスクランブルエッグ載せてインスタントのコーンポタージュ。食後の麦茶は常温のにしといた。こないだみたいにお腹の夏祭り撮られたてはかないません(^_^;)。

「もう30分早かったら、朝シャワー撮れましたよ(^_^;)」

 そう言ってから、メールのチェック。麻友だけが「お早うメール」で、美枝とゆかりは「おやすみなさい」のまんま。

「学校の友達とは、ずっとメールのやりとり?」

「はい、夏休みになってから、ずっとお仕事ばっかりで、クラスの友達とは会えないから、お早うとお休みだけはやってます」

 それからFBのチェック。「お早うございます(^▽^)♪」と、取材クルーの写真付けて送信。

「ラジオ体操行きます?」

「アスカちゃん、ラジオ体操やってるの?」

「まさか、小学校までですけどね。たまにはええんちゃいます?」

 9時にカヨさんちに行く約束してあるので、それまでの時間稼ぎ。

 ラジオ体操はもちろん明神さまの境内。

「男坂駆け上がりま~す(*^^)v」

 坂の上と下にカメラ、両方にピースして、爽やかに駆け上がる。

 上がったところに箒を持った巫女さん……はいいんだけど、さつきと出雲阿国がだんご屋のノボリ持ってピースしてるのは不自然でしょ!

 テレビのクルーといっしょに行ったら、みんながびっくりしてた。半分はお年寄りなんだけど、子どもたちも混じってる。高学年の子たちは、昔いっしょにやった顔見知り。自分で言うのもなんだけど、明神男坂が出した初めてのアイドル。自然な形でどこに行ったら、いい絵が撮れるかは承知してます。

 五年ぶりに子供たちの組に混じってラジオ体操。終わったらスタッフが用意しているカードにサインしてあげる。ここで40分も尺とったけど流れるのは、せいぜい一分だろなあ。

 家に戻ると、お母さんがいつもの倍くらい身ぎれいにして、掃除と洗濯。「あら、やだ、いつの間に来られたのかしら~!」しらこいことを言いながらスタッフにお愛想。時間つぶしに両親のインタビュー。これもあらかたカットされるんだろうなあ……親の努力がけなげに思えたころに時間。

 アキバのジャンク通りまで自転車。スタッフの半分が付いてくる。

 神田白山線(都道452号)に出て北に向かう、ランドマークの昌平小学校が見えるあたりでカヨちゃんが待ってくれているはず。

 カヨちゃんの家は初めてなんで、迎えに来てくれてることになってるんだ。

 で、角を曲がるとえらいことになっていた……!?

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明神男坂のぼりたい・98〔The Summer Vacation・5〕

2022-03-13 07:26:07 | 小説6

98〔The Summer Vacation・5〕 

           


 鳥肌が立ってしまった!

 長崎県のS市で、友達殺して、その死体の手首と首を切った女子高生のニュース!

「ゲー……!」

 こういうときには、かわいらしく「キャー」は出てこない。我ながらオバハンのリアクションだと思う。
 だけど、反応してる心は17歳。殺した子も殺された子も15歳の高校一年生。あたしと一学年しか変わらない。

「またか……」

 沸きたての麦茶に氷を入れながらお父さんがポツリと言う。それほどショックではないみたい。テレビのコメンテーターは、なぜかスマホのせいにしてしたり顔。

――やっぱ、コミニケーションの取り方が、この年齢では未熟なところにもってきて、今は、みんなスマホでしょ。分からないんでしょうね、距離の取り方。やっぱ、スマホというのは……――

「オレが高校生やったころもあった……」

 何十年前だ?

「友達と喋ってたら、知らんオッサンが来て因縁つけるんで怖くなって一人で逃げた。心配になって戻ってみたら、友達は殺されてて首を切り落とされてたいうのがあったけどな、結局殺したのも首落としたのも、そいつだった……」

 あたしも、スマホに罪は無いと思う。鳥肌が立ったのは、心のどこかで同じような鬼が住んでる気がしたから。

―― 鬼って、あたしのことか? ――

 さつきが言う。正成のオッサンは、ちがう意味で鬼だ。

―― 首切るなんて、昔はいくらでもあったぞ ――

「戦の時とかでしょ、手柄の証拠に首切ったり」

―― 頭に血が上って、殺した末に首を切って晒しものというのは、今で言えば交通事故で人が死ぬくらいにはあったぞ ――

「交通事故とは同じにならない」

―― そうかあ、人が死ぬということには変わりはないだろう ――

「交通事故は、殺そうと思って殺してないよ」

―― よけい残酷じゃないのか、たかが人や荷物が移動するだけで殺されるというのは、理不尽ではないか ――

「絡むねえ。今日は」

―― 先月、鳥居の前で事故があったの憶えてるか? ――

「え?」

―― なんだ、憶えてないのか ――

 ああ、そう言えば、車同士の接触事故で、危うく鳥居にぶつかりそうになった……あれか?

―― 鳥居が無事だったんで、胸をなでおろしてるけどな、あの時重症だった七歳の女の子、今朝死んだ ――

「え、あ、そうなんだ」

―― な、そうなんだ ――

「……うん」

―― 親父殿は、うちの門前で起きた事なのに幼子の一人救ってやれなかったって、ちょっとしょげてたぞ ——

「そうなんだ……」

―― また、団子でも食いに来い。じゃ、わたしは出勤だからな ――


 気を取り直して、お母さんがUSJのハリポタで買ってきたバタービールのジョッキに氷をしこたま入れて麦茶入れて一気飲み。そのままお風呂に行ってシャワー浴びてたら、お腹が夏祭りになってしまった!

 急いで体拭いて、タオルを頭に巻き付けて、パンツ穿くのももどかしくトイレに駆け込む。日本三大祭り(祇園祭、天神祭、神田祭)いっしょにしたみたいなお腹の夏祭り。

「エアコン点けっぱなしで、お腹出して寝てるからよ」

 トイレ出たとこでお母さんに怒られた。

 ムググ……

 陀羅尼助を二人前飲んで、スタジオへ。うちからスタジオまで歩いて汗流したら、お腹も治ってきた。

「今日は、大江戸放送に選抜が出て顔売りにいきます。暫定的にリーダーは明日香。他のゲストはベテランの人ばっかりだから心配いらないけど、生だから気をつけて放送事故なんかおこさないように。他のメンバーは勉強のために見学。終わったら戻ってレッスンと夜のステージ。よろしく!」

 市川ディレクターの説明で行動開始。

 番組では、やっぱり長崎の殺人事件が話題になっていた。

 フッてこられたので、さつきと交わした話をしてみる。人の首を切り落とすのも鬼だけど、事故とかで死ぬ人に感覚が鈍ってるのも鬼だって。

 メンバーも出演者も感心して聞いてくれた……とこまではよかった。

 調子に乗って、お腹の夏祭りの話までしてしまう。

「それじゃ、明日香さん、パンツも穿かずにトイレに……!?」

 スタジオ大爆笑。

 この時、あたしはAKRのお祭り女王という称号をいただく、その原因の半分はこれですわ。

 

 

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明神男坂のぼりたい・97〔The Summer Vacation・4〕

2022-03-12 04:44:28 | 小説6

97〔The Summer Vacation・4〕 

 

       


 東京音頭しか取り柄がないんだからね!

 夏木先生の言うことは三日で変わってしまった。

 三日前からあたしのブログアクセスは30000を超えてしまった。事務所にも6期生の河内音頭が聞きたいという電話やメールが殺到。

 で、市川ディレクターと夏木先生らエライさんが相談して、6期生をシアターのレギュラーにすることにした。

 普通、研究生は一か月目ぐらいで一人15秒ほどの自己紹介と先輩らのヨイショがある。
 それから新曲がついて、グループデビューには3か月。それまでは選抜のバックと営業と決まっている。

 それが、ステージ紹介から、わずか6日でステージデビュー。

 日本で数ある女性グループで民謡、それもレトロな東京音頭。それとオールディーズのVACATIONとの組み合わせが、レトロでありながら、とても新鮮に映ったらしい。とにかく目先の人気第一主義のユニオシ興行が見逃すわけがない。

「ええ、では6期生の選抜と、チームリーダーを発表します」

 取り柄の変更の次に、これがきた。


「緒方由香、羽室美優、山田まりや、車さくら、長橋里奈、白石佳世子、鈴木明日香。あとは決まり通りバックね。ただ人気の具合では選抜入れ替えもありだから、がんばって!」

 落胆やらガッツやら、戸惑いやらが一遍に起こった。で、それを噛みしめる間もなく、夏木先生の檄。

「VACATIONの振り付けをきちんとやります。全員バージョン、選抜バージョン、1分バージョン、4分フルバージョンやるから、3時までには覚えること。3時からは東京音頭の特訓。はい、かかれ!」

 さすがは夏木先生、完全に新しい振り付け。オールディーズの匂いを残しながらも、今風の目まぐるしいまでのフォーメーションチェンジ。これはいけると思った。

 午前中で、全員バージョンと選抜バージョンをこなす。上り調子のときは覚えも早い。レッスン風景をカメラ二台で撮ってたとこを見ると、プロモも撮り直しの感触。ユニオシから予算が付いたんだろうね。

「昼からは、短縮とフルバージョンだけだからコス着けてやります。新調した衣装が来てるから、それ着てやるよ。シャワ-浴びて下着からとっかえてね」
「あの、下着の着替えは持ってきてません」

 という子が半分ちかく。充実はしてるけど、こんなハードなレッスンになるとは思っていなかった。

「あ、そっちの連絡はいってないか。仕方ない。全員分のインナー買ってきて!」

 これは、さすがに男のアシさんと違って、事務の女の人が買いに行った。全員のスリーサイズは登録済みなんで、サイズ表持っていったら、一発でおしまい。
 シャワーはいっぺんに十二人が限界なんで、大騒ぎ。衣装は着替えなきゃだし、頭もセットのしなおし。こないだのロケバスでも、そうだったけど、裏では女を捨ててかかってる。学校でこれだけ早やくやったらガンダム喜ぶだろうな。と、一瞬だけ頭にうかぶ。

 みんなスッポンポンで着替えて交代。AKRに来る子はルックスもバディーも人並み以上だけど、その人並み以上でも胸やらお尻の形が千差万別やのは新発見。

 夏木先生の言った通り、短縮とフルバージョンの違いは二回ほどでマスター。先生の指導がいいのはもちろんだけど、みんなのモチベーションが高いというのが大きいと思う。コスは赤と白を基調とした水玉。全体のデザインは同じだけど、襟やポケット、タックの取り方が微妙に違うので、自分のコスはすぐに分かる。

 三時からは、武蔵野菊水さんが来て、東京音頭の特訓。武蔵野さんは東京音頭の第一人者。ちょっと緊張したけど、あたしと同じ神田のオジサン。フリはスタンダードを教えてくれたけど、ステップさえ間違えなかったら、アレンジは自由。

「明日香ちゃん、あんた上手いなあ。それだけやれたら、盆踊り、いつでもヤグラに立てるぜ」

 本番前に、先輩の選抜さんたちに挨拶。メイクとヘアーの最終チェック。全員で円陣組んで気合いを入れる。

「今日から、6期を入れて新編成。気合い入れていくぞ!」

「おお!!」

 座長嬉野クララさんの檄で気合いが入る。

 6期の受け持ちは15分ほどだったけど、舞台も観客席もノリノリだった!

 そのあと、初めての握手会。あたしのところには長い行列。嬉しかった。

 そやけど、その中に関根先輩が混じってたのには気がつかなかった。

 鈴木明日香、一世一代の不覚だった……。

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