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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・17『螺子先輩のメンテナンス・2』

2022-07-14 10:03:56 | 小説6

高校部     

17『螺子先輩のメンテナンス・2』 

 

 

 一石軍太です

 

 どこから見てもゲルマン民族という感じの先生は、まるでアフレコが入ってるようなきれいな日本語で名乗った。

「あ、はあ……田中鋲です」

「帰化してつけた名前なのでね、もともとはギュンター・アインシュタインと云います。鋲くんは螺子さんの助手なんですね。わたしも、三年前までは父の助手でした。いずれ、ゆっくりお話しできるといいですね」

「は、はい、よろしくお願いします(;'∀')」

 そんなに大柄ではないんだけど、そのままディズニー映画の王子役が務まりそうな姿とアインシュタインという有名すぎる苗字に圧倒されてしまった。

「さっそくメンテナンスにかかりましょう」

 先生は慣れた無造作、でも、けしてぞんざいではないやり方、例えて言うと母親がうつ伏せのまま寝てしまった子供をそうするように、先輩の体を仰向けにした。

 あ(#'∀'#)!?

「すまない、ちょっと無神経だったね」

 先生は、先輩のおへその下をシーツで隠した。

「でも、目を背けないで見ていてください。鋲くんにも必要なことですから……ラウゲンの塗布はよくできていますよ……でも、関節や神経系の摩損がひどいですね。胸骨は寿命です、取り換えましょう。鋲くん、見ていてくださいね」

「は、はい」

 先生が右手の人差し指で、喉元から肋骨の合わせ目のところをなぞると、まるでファスナーを開いたように皮膚が開いて、中身が露わになった。

 血が出るようなことななく、まるで、シリコンかなにかで出来た人体模型を開いているようだ。

 10センチ幅ほど開いたそこには、ネクタイみたいな骨が肋骨の脚を伸ばして収まっている。

「ここはね、全身のエネルギーをコントロールするコンデンサみたいな働きをするんだ。百メートルもジャンプするにも、指先や目蓋を微かに動かす時も、ここで制御されたエネルギーが必要なだけ必要な駆動系に送られる。臨時にバリアーを張る時は、電力換算すると、小さな発電所並のエネルギーが放散されたりしてね、無理をしなければ50年は持つんだけどね、これは、まだ5年しかたっていないのにね……無理をさせてしまったね」

 カシャ

 かそけき音をさせて胸骨が外される。

 外された胸骨は、それまでの骨の質感を失って、腐食したアルミのような白っちゃけた質感に変わってしまった。

 カチッ

 しっかりした音がして新しい胸骨が取り付けられる。

「介添え願います」

「はい」

 イルネさんは、左右に開いた胸を掴んで真ん中の方に寄せ、先生は再び右手の人差し指でなぞって閉じていく。

 フウウウ

 これで終わったと思って、大きなため息みたいに息が漏れてしまった。

「これからですよ、鋲くん」

「なにをするんですか?」

「焼くんです」

「え、ええ!?」

 寝かされていた台の天板部分だけが先輩を載せたまま浮き上がり、イルネさんが開いた据え付けの窯の中に収まっていく。

「これは精霊窯と言ってね、精霊の力で、霊力を焼き付けるんです。霊力を均一に焼き付けるためには、ラウゲンの丁寧な塗布が必要なんですよ」

「先生、あとは焼くだけですから、もうけっこうですよ」

「すまない、イルネ。明日はドイツに飛ばなきゃならないんで、これで失礼するよ」

「先生も大変ですねぇ」

「ここのところ、世界情勢はダイナミックですからねえ。それでは、鋲くん、またいずれね」

 きれいな笑顔を残して、先生は一階への階段を上がっていき、少ししてドアが開いて閉まる音がした。

「窯も安定してるね……さ、鋲くんには後で螺子ちゃん送ってもらわなきゃならないから、上で休んでて、焼き上がったら知らせるから」

「はい」

 階段を上がると、すでにマスターは店を閉めていて、イートインスペースのところにお茶が用意されていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 

 

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ピボット高校アーカイ部・16『螺子先輩のメンテナンス・1』

2022-07-09 10:00:11 | 小説6

高校部     

16『螺子先輩のメンテナンス・1』 

 

 

 ごめんね田中くん、部活じゃないのに付き合わせて。

 

 部活では見せたことのない優しさで、先輩は手を合わせた。

 最初にゲートをくぐった時、お地蔵さんの陰に隠れる直前、おざなりに手を合わせた。

 あの時の男性的ぞんざいさではなく、アニメの女の子が「無理言ってごめんね」という感じなので、戸惑ってしまう。

 ちょっと反則的な可愛さだ。

「えと……いつものようには喋らないんですか(^_^;)?」

「え? いつも通りですよ」

「いや、先輩は、いつも『鋲!』って呼び捨てじゃないですか、苗字を、それも君付けなんて初めてですよ」

「え、そう? 学校の友だちには、いつも『さん』『くん』付けしてるわよ」

「あ……そうか、いまの先輩は部活時間外の?」

「え、そうよ……あ、わたしったら体操服のまんまだ!」

 そう言うと、先輩は部室のある旧校舎に駆けこんでいった。

 

 昇降口横の掲示板をボンヤリ見ながら先輩を待つ。

―― 部活は休みにするけど、ちょっと付き合って欲しい ――

 昼休みにメールが来て、さっき、待ち合わせたところだ。

 ジャージで現れたから、校内で作業をするのかと思ったら、駅前までついて来てほしいということで、さっきの「ごめんね田中くん」に繋がる。

 あ……可愛い(#^o^#)。

 旧校舎から制服で駆けてくる先輩は、スクールアイドルアニメみたいに可愛い。

 部活中、ゲートの向こうではララ・クロフトかというくらいにマニッシュで、走る姿も陸上選手のようだ。

 こっちに走って来る先輩は、腕と長い髪を左右に振って、彼のもとに走って来るアニメヒロインのようだ。

「ごめんなさい、じゃ、行こうか」

 生徒の半分は電車通学なので、駅前までは下校中の生徒たちの視線が突き刺さる。

 視線の2/3は先輩に、あとの1/3がボクに向いてくる。

 月とスッポン

 視線を言葉にしたら、その格言が湧いてくる。

「ちょっと、つかまっていいかしら?」

「え、あ、はい」

「ごめんなさいね、やっとメンテナンスできると思ったら、気が抜けてきたのかも……」

 右側を歩いている先輩は、最初は左手でボクの二の腕に掴まるだけだったけど、駅が見えてくるころには両腕ですがるような感じになって、同じ道を帰る男子生徒からは殺意さへ感じる(;'∀')。

「あ、そこだから」

「え、プッペですか?」

 先輩と入ったのは、ドイツパンのプッペだ。

 先輩が、部活中のお八つに買って来る半分以上は、このプッペの商品だ。

 

「先生は来られてるかしら?」

 

 店に入ると、ショーケースの向こうのマスターに声を掛ける。

「まだだけど、準備はできてるよ。イルネが待機してるよ」

「うん、じゃあ、お世話になります」

「鋲君もいっしょについてやって、一人じゃ階段もあぶなそうだ」

「は、はい」

 

 奥のショーケースの裏には、工房とは別のドアがあって、先輩に肩を貸しながら、階段を下りる。

 

「だいぶ参ってるみたいね」

 地下室に入ると、並んだ機器の向こうから声がかかる。

 ボクもパンを買いに来た時にレジに立っていた女の人が顔を出す。

「助手のイルネ、こっち、学校で助手をしてくれている鋲くん」

「ああ、何度かお客さんで来てくれてたわね。お互い助手同士、よろしく」

「あ、ども」

 いつの間にか、ボクは助手になってしまったようだ。

「先生、もうじき来るだろうから、先にラウゲン塗るわ。助手君は、ちょっと外で待って……」

「鋲くんにもやってもらうわ」

「え、裸になるのよ?」

「うん、この先、鋲の世話になることもあるだろうから、体験しておいてもらおうと思うの。最初だから、背中だけ」

「そうね、じゃ、助手君は後ろ向いて」

「は、はい(;'∀')」

 言葉遣いは優しくなったけど、やることは、いつもの先輩だ……。

 十秒ちょっと衣擦れの音がして「もういいわよ」とイルネさんの声。

 先輩は、手術台みたいなところにうつ伏せに寝ている。

 シーツかなにかで下半身くらい隠すかと思ったら、スッポンポン、うつ伏せとはいえ刺激強すぎ。

「こんな風にね……」

 イルネさんはサンオイルのボトルみたいなのを手のひらに出して、先輩の腰のあたりに塗り出した。

「直接手でやるんですか!?」

「抵抗あるでしょうけど、均一に隈なく塗るのは人の手がいいのよ。とくに、今みたいにメンテが遅れてるときはね……こんな風に、刷り込むように……人間だったら、新陳代謝ですむことなんだけど、螺子の皮膚は合成生体だし、ずいぶん無理してるから……」

「ミストとか、スプレーとかじゃ、ダメなんですか?」

 やっぱり、直接先輩の体に触れるのは抵抗がある、ありまくり!

「うん、前の助手は女の子だったからね、先生にも言っておくわ……さ、ここからやってみて」

「は、はい……」

 ラウゲンというのは、ほんのりと緑色で、均一に塗れていないと濃淡が出て、仕上がり具合が分かるようになっている。イルネさんは背中の上の方だけ残してくれていて、恐る恐る、おずおずと塗る。

 イルネさんに手直ししてもらいながらも数分で終えると、ドッと汗が噴き出した。

 

『先生がこられたよ』

 

 マスターの声がモニターから聞こえて、階段を下りてくる気配がした。

 なにもやましいことをしているわけではないのに、なんだかドキドキする。

 

 ガチャリ

 

 ドアノブア回って先生が入ってきた……

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ

 

 

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ピボット高校アーカイ部・15『螺子先輩の正体・2』

2022-07-04 10:20:03 | 小説6

高校部     

15『螺子先輩の正体・2』 

 

 

 大規模な通信障害が起こった。

 スマホが通じにくくなり、通販サイトや通販と繋がっている運送会社に甚大な影響があったらしい、一部には、GPSやら、救急車の手配まで影響がでたという話だけど、お祖父ちゃんとちがって、そういう方面に詳しくないボクには、よく分からない。

 仕事をサボって、うちで昼寝していた叔父がすっ飛んで行ったところを見ると、相当の大事件のようだ。

「大地震が起きて、鉄道や電気のインフラが停まってしまうのと同じ……それ以上かな」

 お茶を持っていくと、仕事の手を休めて、お祖父ちゃんが頭を掻いた。

 この仕草は、以前パソコンがウィルスにやられて仕事ができなくなった時以来だ。

「そんなに大変なことなの?」

「ああ、博のやつ、すっとんで行っただろう」

「あ、うん……」

 あの叔父の表情は、仕事サボって買いに行った馬券が大当たりした時以来だ。

 今どきの馬券はネットで買えるらしいけど、わざわざ競馬場まで出向いて馬券を買って観戦して、その結果を自分の父(お祖父ちゃん)に自慢しに来るのを、ちょっと微笑ましく思った。

「総務大臣が、重大事故だって臨時記者会見で言ってる」

 お祖父ちゃんがクリックすると、沈痛な面持ちで記者会見やってる総務大臣の動画が出てきた。

「ネットも、テレビも、こればっかりだな……」

「お祖父ちゃんの仕事に支障はないの?」

「うん、幸いな。いまやってるのは、あまり通信には関係ないからな……」

 もう一度クリックすると、お祖父ちゃんの作業画面が出てきた。

 

 え?

 

「今は、こんな下請けをやってるんだ」

 画面に現れたのは、女の子の3Dモデルだ。

 真っ直ぐに立って、両手を水平に伸ばしている。ダヴィンチだったかの人体図にこんなのがあった。

「ゲーム会社の下請けだ……」

 全身・頭・髪・胴体・胸・手・足などの項目に分かれていて、クリックしていくとさらに細かい項目。たとえば、首なら、目・瞳・まつ毛・鼻・口・耳・額・頬・顎などの細かい設定が出来る。

「ええと……」

「そうだ、シミレーション系の……まあ、エロゲだな」

「う、うん……」

 こういうのは苦手だ。

「慣れれば思い通りの女性が作れるが、ちょっとマニアックで難しい」

「だろうね(^_^;)」

「ちょっと、ゴーグルを付けてくれ」

「え、ボクが?」

「うん、まだまだ試作なんだがな……」

「うん……あ、VRなんだ」

 目の前に、たったいまモニターで見た3Dモデルがリアルに現れた。

「それで、女の子をイメージしてくれるかい」

「ええと、入力は……」

「思い浮かべるだけでいい、CPがイメージを視覚化してくれる」

「言葉にしなくてもいいの?」

「うん、そこがミソなんだ。文字とか言葉にするのは、抵抗を感じる男もいるだろう。むろん、そういう入力もできるんだけどな、ほら……」

 VRの中に、すごい入力画面が現れた。パッとでているだけで50くらい、スクロールすると、まだまだ続いていて、項目を選ぶと、さらにそれが数十の項目に分岐する。

「ああ……これじゃ、やる前に気持ちが萎えてしまうね」

「だろう……だから、思い浮かべるだけでエディットできるようにやってるんだ……ちょっと、イメージしてくれないか」

「う、うん……」

 入力画面が消えて、左上に白いドットが現れた。

「そのドットがグリーンになったら完了だ」

「えと……」

 思い始めると、ドットが心臓のようにドキドキしながら色を変えていく。

 淡いグリーンになったのでモデルに目を移すんだけど、モデルはビリビリ振動するだけで、なかなか姿を変えない。

「処理能力が追い付かないんだ……フリーズしてるわけじゃないから、そのうち出てくるだろう」

「うん、すぐには商品化はできないみたいだね(#^_^#)」

 ホッとしたような、ちょっと残念なような気持ちで、お祖父ちゃんの部屋を出る。

 

 あくる日の部活は休んでしまった。

 

 いちおう部室には脚を向けたんだけど、ドアが開かなかった。

 部室の中には気配はある、たぶん先輩はいるような気がする。

 だけど、気後れしてしまって、もう一度ノブを回してみようとか、ノックしてみようかという気にはならなかった。

―― 用事かなにかで、先輩遅れてるんだ。ひょっとしたら休みかも……あ、あとで、もう一度来よう ――

 そう正当化して、部室の旧校舎に背を向けた。

 

「あら、田中くん」

 

 昇降口の前まで来ると、帰り支度した中井さんに出会った。

「いま帰り?」

「え、あ、うん」

「いっしょに帰ろうか?」

「あ、うん」

 本当は図書室にでも行って、もういちど部室に寄ってみようかと思ったけど、あっさりと中井さんの誘いにのってしまった。

 保健室に連れて行った時は青い顔をしていたし、階段の下で話したのは、ほんの数秒だったし、こんな至近距離で中井さんと居るのは初めてだ。

 学校に居る時の三倍くらい表情が豊かだ。ボクの鈍い反応にも抑制の利いたツッコミをしてくれて、駅前までの十分ほどは、ちょっと楽しかった。

 電車で帰る中井さんを改札まで……と思わないではなかったけど、ちょっとためらわれてロータリーで別れた。

 

「鋲、できてるぞ」

 家に帰るとお祖父ちゃんが声を掛けてくる。

「え?」

「ほら、昨日の」

「あ、ああ」

 ちょっとだけ時めいて、モニターを覗き込む。

「あ……」

「なかなかいい感性をしてるじゃないか」

 お祖父ちゃんが褒めてくれた、その3Dモデルは、白いワンピースを着た螺子先輩の姿だった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

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ピボット高校アーカイ部・14『螺子先輩の正体・1』

2022-06-27 10:06:41 | 小説6

高校部     

14『螺子先輩の正体・1』 

 

 

 あれから、先輩の顔がまともに見られない。

 

 ほら、プールの壁が壊れて、その……不可抗力で先輩のお尻を見てしまってから。

 部活は一回あったんだけど、また、ポッペのケーキとか食べて喋っただけで終わってしまった。

 そのあとは二日続けて部活は休み。

 先輩も女の子だ、不可抗力とは言え見てしまったんだ、いちどきちんとお詫びを言って仕切り直しておかなきゃと思った。

 

 あ!

 

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、窓から旧校舎に向かっている先輩の姿が見えた。

 チャンス!

 階段を下りて、旧校舎に向かおうと思ったら、階段の途中で中井さんに呼び止められる。

 ほら、女子の保健委員が休みなので、僕が付き添って保健室に行ったクラスの女子。

「田中君、あの時はありがとうね。清水さん(女子の保健委員)は休みだし、あのままじゃ、教室で倒れてたよ。保健室の先生も、よくやってくれたって褒めてたし……」

「あ、いや、保健委員なんだし、ドンマイドンマイ(^_^;)」

 もう一言二言と思うんだけど、僕も旧校舎に急いでる。

 不器用な笑顔をのこして、階段の残り二段は飛び降りて旧校舎を目指す。

 

 ガッシャーン!

 

 明るいところから、急に暗い部室に入ったので、マネキンを引っかけて倒してしまった。

 先輩は部活中は、旧制服のセーラー服に着替えて、正規の制服はマネキンに着せている。そのマネキンを倒してしまったんだ。

 ウ……

 マネキンは、膝をついたうつ伏せの姿勢で倒れている。

 つまり、スカートがめくれ上がって、お尻が剥き出し(#'∀'#)……。

 え?

 脚の付け根に傷跡が……プール事件で見てしまった、あれといっしょだ。

 それまで、あっちの世界で見えてしまった時には、傷跡やあざとかは見えなかった、無かったんだ。

 

 じゃ、これは……。

 

「そんなに見つめるな、恥ずかしいじゃないか」

 斜め横から声がしてビックリした!

「せ、先輩!?」

 魔法陣のところに先輩が現れていた。

 ツカツカとマネキンに寄ると、スカートを直して腋の下に手を入れて持ち上げ、スタンドに戻した。

 

「見られたからには仕方がない、説明するから、そこに座ってくれ」

「は、はい」

「急なことで、お茶も無いが、辛抱してくれ」

「い、いいえ」

「実は…………」

「はい?」

「わたしは……ではないんだよ」

「え?」

「に……ではないんだ」

「え、えと?」

「大きな声では言えない、ちょっと寄れ」

「は、はい……」

 う、先輩の息がかかる。

「実は……人間ではないんだ」

「はい?」

「人形だ!」

 スポ

「ええええ!!」

 先輩は、両耳のあたりを手で挟むと、ヘルメットを脱ぐように首を外した。

「実はな、ボディーは二つあるが、首は一つしかない。そういう人形なんだ」

「あ……えと……首だけで喋られると、勘が狂います……」

「あ、そうだな……よいしょっと」

 首をはめると、手で360度まわしてから落ち着いた。

「…………(;'∀')」

「回さないと、ロックがかからないんでな。まあ、見慣れてくれ」

「は、はい……」

「一度に話しても、理解できないだろうから、少しずつな……わたしは、このピボット高校と同時に作られた。このピボット高校を基地として次元や時空の歪を直すための人形、アンドロイド、流行りの言葉ではオートマタかな」

 黒のミニワンピで、大剣を振り回す銀髪のゲームキャラを思い浮かべた。

「うん、そういう感じだ。ソウルはヘッドにあるんでな、時々ボディーを付け替えるわけだ。ボディーは二体とも同じ能力なんだが、そっちの方はちょっと前に痛めてしまってな、戦闘のときは、このボディー。日常生活はそっちと切り替えている。しかし、そっちは、日常の動作にも不具合が出てきたようで、こないだの水泳の授業では、よろめいて、鋲にあられもない姿を晒してしまった。そろそろメンテナンスだ」

「た、大変なんですね(^_^;)」

「他にもあるんだが、いっぺんに説明すると混乱するだろ。ま、おいおいとな」

「は、はい」

「騙して参加させたようで申し訳ない。鋲は能力が高いんでな、実は、最初から狙ってピボットに入ってもらった。これは、要の街……いや、日本、世界のためだ。如いては君のためにもなることなんだ、まだまだ疑念も疑問も解けないだろうが、よろしく頼む!」

 深々と頭を下げる先輩。胸当てのホックが外れていて胸の上半分が見えて……なんにも言えなかった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

 

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ピボット高校アーカイ部・13『たまにはこんな部活も でも事故には注意』

2022-06-21 10:27:01 | 小説6

高校部     

13『たまにはこんな部活も でも事故には注意』 

 

 

 部活以外で先輩に会ったことが無い。

 

 一年と三年では校舎が違う。

 昇降口は全学年共通だけど、三年生は、廊下を挟んだ向こう側の島だし、そもそも登校時間が違うのだから、意識的に待ち伏せでもしない限り会うことは無い。

「体の中を流れる赤血球みたいなもんだな」

 ポッペの新製品だというミニジャムパンを食べながら先輩が答える。

「赤血球ですか?」

 千切ったジャムパンを手に持て余したまま聞く。

「ああ、わたしと鋲は、学校という体を巡る赤血球だ。だが行き先が違う。わたしは脳みそで、鋲はお尻の方だ。だから出くわすのは、一巡して心臓に戻った時ぐらいだ。心臓にあたるのが、この旧校舎の部室だな」

「ああ、部室が心臓というのは、そうかもしれませんねぇ……」

 人づきあいが苦手な僕は、部活以外では、ちょっとドンヨリしている。

「そうだろ、部活で気持ちを洗い直して、お互い日々の学校生活を乗り越えてるんだ」

「アハハ……」

 おたがい赤血球というのはいいんだけど、どうして先輩が脳みそで、僕がお尻なんだ……は聞かない。

「人間の体は37兆個の細胞で出来ていて、赤血球もその細胞の一つだ」

「あ、そうですね。アニメで、そういうのありましたよね」

 僕は、あのアニメの擬人化された赤血球が好きだ。

「いや、わたしは赤血球というより、血球を育てて、外敵もやっつけるマクロファージかな?」

「ああ、あの保育所の先生って感じはいいですね」

「そうだぞ、その37兆分の1の確率で出会っているんだから、この縁は大事にしなければな……」

「そ、そうですね」

 ガブリ

 勢いよく二つ目のジャムパンに齧りつく先輩。

「ウ……」

 ジャムがはみ出して、先輩の口の横についてしまう。

 ちょっと無邪気な吸血鬼という感じになった。

「ヒ、ヒッヒユ、ヒッヒュ」

「ああ、ティッシュですね」

 ヒッヒュでティッシュが分かるんだから、僕も、だいぶ先輩慣れしてきたようだ。

「あ、もっらいない……」

 先輩は、ティッシュを受け取る前に、指でジャムを拭って、拭った指を舐める。

 あ……なんか、反則……。

「ポッペのジャムはドイツから輸入したもので、値段の2/3はジャム代なんだぞ。もったいないだろ」

「あ、あははは」

 先輩は、見かけと言動が、まるで違う。

 身のこなしが奔放で『さよなら三角』を『また来て四角』に直す時や、桃太郎の時など、ちょっと口では言えないようなところまで見えたりする。

 さっきも言ったけど、そんな先輩を部活以外で目にすることはほとんどない。

 その日は、けっきょく、魔法陣に足を踏み入れることも無く、先輩と喋っているだけで終わってしまった。

 

 ちなみに、僕は保健委員をやっている。

 

 保健委員はなり手が無い。

 高校生にもなると分かっている。保健委員と云うのは一学期が大変なんだ。

 発育測定では、記録を取ったり書類を整理したり、けっこう仕事が多い。検尿を集めて保健室に持っていくのも一学期。指定のビニール袋に回収するんだから汚いということはないんだけど。クラス全員のがリアルに入っているわけだから、ちょっとね。

 他にも、授業中体調不良の者が出たら、保健室まで付き添って行かなければならない。

 その日は、女子の保健委員が休みなのに、女子で体調不良の者が出た。

「保健委員、付いていってやれ」

 先生に言われて、仕方なくついて行く。肩を貸すのも大げさだし、まあ、無事に保健室に着くのを見届けて、保健室の先生に事情を説明する。

「ちょっと、廊下に出てて」

「はい」

 まあ、女生徒が体調不良で来たんだから、廊下に出されるよな。

 廊下の窓を開けると、すぐ目の前がプールの壁だということに気付いた。

 開けると、同時に水の音やら歓声が聞こえてくる。

 どうやら、三年女子の水泳の時間のようだ。

 なんだか、バツが悪くて、保健室前の掲示物に目を移す。

 いろいろ、健康に対する注意とかかいてあるんだけど、ろくに目に入ってこない。

 まあいい、こういう状況なら、バツが悪くて当たり前。

 視力検査表が貼ってあるので、片目を隠して一人でやってみる。

 あ、近すぎる。

 目いっぱい下がって、背中を向けたまま、窓から上半身を出すようにして検査表を見つめる。

 

 ドン! キャー!

 

 なにかぶつかるような音と悲鳴がして振り返る。

 

 あ……

 

 なんと、プールの外壁の一部が外側に外れてしまっている。

 ビックリして、外を見てる三年女子たち。

 その視線を追うと、眼下に水着のお尻が……。

「アイタタ……」

 スィミングキャップも外れてしまって、髪を振り乱して振り返った顔は、見慣れた先輩!

「す、すみません(;'∀')!」

 悪いはずもないんだけど、ペコリと謝ってしまうと、大急ぎで窓を閉める。

 あ、でも助けなくっちゃ!

 思って振り返ると、すでに体育の先生が救助を始めている。

 僕は、壁に背中を預けたまましゃがみ込む。

 先輩の白いお尻がフラッシュバックする。

 逃げ出したいんだけど、逃げると、こっちが悪いみたいだし、だいいち、保健室からクラスの女子は、まだ出てきていないし。

 ……え?

 ちょっと違和感。

 フラッシュバックしたお尻には、付け根のあたりに、ちょっと目立つ傷跡があった。

 部活中に、不可抗力で何度か目にしてしまったけど、先輩には、あんな傷跡は無かったんじゃないか……?

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

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ピボット高校アーカイ部・12『ちょっと無理して未来に飛ぶ』

2022-06-15 09:49:55 | 小説6

高校部     

12『ちょっと無理して未来に飛ぶ』 

 

 

 

 ちょっと未来に行ってみよう。

 そう言って、先輩は魔法陣を稼働させた。

 

 シュビーーーン

 

 魔法陣はいつもと違う、なんだかすりガラスを爪でひっかくような、嫌な音をさせる。

「本来は過去に向かう設定だからな、未来に行くのは抵抗が大きい……」

 グガガギガガギィィィィィ……

 すごく嫌な音をさせて魔法陣は停止した。

 なぜか先輩は恍惚とした表情だ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、すまん。嫌な音なんだが、てっぺんまで行って痺れる感じはクセに……なったらダメだぞ!」

「な、なりませんよ(-_-;)」

 ドガ!

「ツッゥゥゥ!」

 一歩踏み出そうとしたら、見えない壁に、したたか鼻をぶつけてしまう。

「やっぱりな……覗けるだけで、出ることはできないんだ」

 言われてみれば、いつもの『また来て四角』が無い。

「こっちだ」

「ちょ、近すぎ……」

 先輩が体の向きを変えると、体のあちこちが接触してしまう。

「無理して、ここまで来たからな、可動面積は電話ボックスほどしかないようだ。いくぞ……」

「先輩、お尻が……」

「尻は誰にでもあるもんだ、気にするな」

「…………」

 

 着いた先は……ボクが卒業した小学校だ。

 なんとか、先輩との間に五センチほどの隙間を空けて校門の前にたどり着く。

 五年生の時に新築された校舎は、そのままなんだけど、ひどくくたびれている。

 窓のいくつかには『さわってはいけません』と一年生でも分かる注意書きが貼ってある。

「このころの要市は、かなり貧乏なようだな」

 一階の廊下を進んでいくと、先生らしい人とすれ違ったけど、咎められない。

「よっと」

 先輩が横に脚を出すんだけど、後ろの先生の脚は引っかからない。

「見えないし、すり抜けてしまうようだな」

「引っかかったらどうするんですか!」

「だから二人目にした。倒れてもスキンシップになるだろ……この教室にしよう」

 それは六年生の教室で、歴史の授業をやっている。

「ほう、やっぱり、全員前を向いてメダカの学校なんだ」

「授業って、こういうもんじゃないんですか?」

「平成から令和にかけては、いろいろ試されてな。教室の壁を取っ払ったり、机を自由に置かせたりしたもんだがな。やっぱり、これがいちばん落ち着くんだろう」

 黒板は、とっくに電子黒板になって、児童の机には仮想インタフェイスが立ち上がって、黒板と同じ内容が映し出されている。

「おい、ちゃんとノートをとってるぞ!」

「ほんとだ!」

 インタフェイスこそ仮想だけども、机に広げられているのはリアルノートだ。

 子どもたちは、ボクの時代と変わらないシャーペンでノートに書いている。

「見ろ、あの子は鉛筆だぞ!」

「ほんとだ!」

 見渡すと、鉛筆を使っている子が四人、中には、肥後守で削っているような子も居て、とても新鮮だ。

「校舎はボロだけど、なかなかいい感じですね」

「問題は黒板だ」

「え?」

 黒板を見ると、ちょうど日本の古代を教えているところで『憲法十七条』と『冠位十二階』が書かれて、その横には見慣れた顔が写されている。

 厩戸皇子(うまやどのみこ)

 顔の下のは、そう書かれている。

「この人は、用命天皇の皇子で、朝廷の制度改革の中心になった人です。一説に寄るとお母さんの妃が宮中見回りの途中、馬小屋の前で産気づいて馬小屋で生まれたとか、十人の話をいっぺんに聞き分けたとかという伝説があります」

「キリストと同じだ……」

「ユダヤ教にも似た話が……」

「イスラムにも……」

 子どもたちから囁き声が聞こえる。

「そうですね、いろんな説や教えが影響していると思われます。だいたい、天皇の皇子が馬小屋で生まれるはずはないし、AIでもなければ、十人の話をいっぺんに聞けるはずもありません」

 そういうと、先生は厩戸皇子に大きなバッテンを上書きした。

 子どもたちがケラケラと笑う。

「つまり、国にとって重要な改革だったので、こういう人物を仕立て上げたんですねえ。だから、大事なことは、そういう改革が行われたという事実の方です」

 聖徳太子を否定しちまった……。

「じゃ、厩戸皇子という人はいなかったんですか?」

 利発そうな女の子が聞いた。

「いい質問ですね。厩戸皇子という皇子は存在しました。でも、伝説で云われてるような偉い人ではなかったと思われます。ほら、令和の昔に仮想アイドルというのがありましたね。いまもあるけど、そういう仮想アイドルにも誕生秘話とか成育歴とか設定されるでしょ。そんな感じかな」

 ああ……バーチャルアイドルと同じにしちゃった。

「やはりな……よし、修正作業は次の機会でやることにしよう」

「もう、未来に来ることはないんですよね」

「いや、でも、次はもっと快適に来られるように工夫しよう」

「は、はあ……」

 帰りは、そのまま魔法陣に戻れたので、ま、いいか……(^_^;)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

 

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ピボット高校アーカイ部・11『市長の娘の死亡記事』

2022-06-09 10:02:35 | 小説6

高校部     

11『市長の娘の死亡記事』 

 

 

 かわいそうに。

 

 叔父さんは、三面の、お祖父ちゃんが目を落とした同じところを二秒ほど見て新聞を畳んだ。

 新聞の下の方に小さな死亡記事が載っている。

 戦後初の市長さんの娘さんが老人ホームで亡くなったんだ。上皇陛下と同い年のお婆ちゃんで、職員さんが朝食に出てこないお婆ちゃんの部屋をノックしたら、すでに亡くなっていたそうだ。

 父親である市長の没後、嫁ぎ先を出されたお婆ちゃんは、再婚することも無く東京へ出て紆余曲折のあと故郷の要市にもどり、職を転々として、二流の老人ホームに入っていた。

「親の因果が子に報いってやつだな」

 心無い独り言をお尻を傾けながらこぼす。

「隆二、屁をひる時は風下でやれ」

 お祖父ちゃんは、湯呑を持って避難する。

「あはは、ごめん(^▽^)/」

 で、もう――かわいそうに――は忘れている。

「お前んとこの新聞はいつまでもつんだ?」

「まあ、十年は大丈夫だろ。天下のA新聞だからな」

「十年のあとは?」

「潰れるね。でも、オレ、五年で定年だし。ましな老人ホーム入れるくらいの金は残るさ。じゃ、帰るわ。鋲、予備校には行けよ。ピボットじゃ、ろくな大学行けないからな」

「……うん」

 そんな余裕ない……という憎まれ口は呑み込んで、曖昧な返事を返しておく。

 叔父さんが帰って十分ほどすると、お祖父ちゃんは年代物のショルダーを、昔の中学生のように引っかけて出かけて行った。

 

 

「今日は、昭和四十年に飛ぶぞ」

 魔法陣に修正を加えながら先輩が言う。

 魔法陣も、時々は手を加えなければならないものらしい。

「どうやら、四角で安定したようだな」

 来るたびに修正していたゲートも、ちょっと三角の折り癖を残してはいるけど安定した。

 もう、体を張って直さなくてもいいと思うと、ちょっと寂しい?

 い、いや、そんなことはない(#'∀'#)。

 

「あれ、新聞社ですね?」

「ああ、全盛期のA新聞だ……校閲部は……七階だな」

 そう言って指を振ると、僕と先輩はエレベーターも乗らずに新聞社の七階に向かった。

「先輩……ダサイですね」

「そういう鋲も……」

 先輩は、化粧っ気のないヒッツメ頭に度のキツイ近眼鏡。僕はグレーのズボンにワイシャツ、ネクタイは第一ボタンと第二ボタンの隙間にねじ込んでいる。二人とも黒の腕カバーをしていて、昔の事務職のコスだ。

「刷り原(校閲が済んで、版が組める原稿)あがってます?」

「ああ、その校了箱」

 年長の校閲科長が顎をしゃくる。壁の月間校閲表に受領のハンコを押す。

「持ってきまーす」

 ガチャン

 ドアを閉めて廊下を戻って階段を下りる。行先は、地下にある印刷工場だ。

 僕と先輩は、A新聞の校閲と工場を結ぶ、工場事務だ。

 毎日、校閲の済んだ原稿を版に組む準備の仕事。

「エレベーター使わないんですか?」

「ああ、原稿に手を加えなくちゃな……あ、これこれ」

 先輩が目に止めたのは、市長に関する記事だ。

「……市長は、ぶら下がり会見のあと、記者の呼びかけにも応えず、完全に無視して会見会場を立ち去った……」

「どうだ?」

「なんか、ひどい市長ですね」

「これが、こないだ助けた市長の三十年後だ。それまでに、いろいろあって、これで市長は失脚する」

「あ、そうなんですか……」

 記者相手に傲慢な態度をとったんだ、そういうこともあるのかもしれない。

「フフ、仕方がないと思っただろ」

「子どもの頃の市長知ってますからね、ちょっと残念かな」

「もう一度読んでみろ」

「……あ、なんかしましたね」

 字数は変わらないが、中身が変わっている。

「どうだ?」

「これは……」

 

 会見の終わった市長を記者が呼び止めた。

「市長!」

 市長は振り向くが、十数人いる記者は誰一人声を上げない。

 二秒ほど待って、市長は背を向けて歩き出す。

「市長!」

 再び声が掛かって、市長は振り返る。

 やはり、声をあげる記者はいない。

 市長は無表情のまま踵を返す。

「市長!」

 三度声がかかるが、今度は振り返らず、そのまま立ち去ってしまった。

 

「これって……?」

「そうだ、市長が記者の呼びかけにも応えず立ち去ったのは事実だが、それは三回目だ。二回振り返らせて無視したのは記者たちの方だ」

「これ、小学生のイジメと同じですよ」

「一事が万事、こんな調子だ。マスコミは腐ってるが、全部を直す力はアーカイ部にはない。この記事が要になると思ってな」

 話しているうちに、地下の工場に着いた。

 数ある偏向記事の、そこだけを変えて、僕と先輩は部室に戻った。

 

「いやあ、昔の支持者がけっこう集まってなあ、いい、お通夜だった。市長は功罪半ばする人だったが、要の街に愛情を持っておられたのは、みんな分かっていたんだな。ちょっと嬉しくなった」

 お祖父ちゃんは、市長の娘さんのお通夜に行ってきたんだ。

 そして、ちょっとだけ、市長への認識も要の歴史も修正されたようだ。

 叔父さんの新聞社も、予想より半年ぐらいは長持ちするかもしれない。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

 

 

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ピボット高校アーカイ部・10『ピカピカの看板』

2022-06-03 09:49:11 | 小説6

高校部     

10『ピカピカの看板』 

 

 

 あ……

 

 一瞬目をつぶってしまった。

 角を曲がって校門が見えてくると、朝日が学校の看板に反射して眩しかった。

 入学して一か月がたったけど、こんなに眩しく感じたのは初めてだ。 

 朝日と看板の微妙な角度で目を刺すんだろう。五歩も進むと眩しくなくなるが、その刺激で、思わず校門を潜るまで、看板を見つめてしまった。

 

 PIVOT  HIGH  SCHOOL(ピボット高校)

 

 英語の横文字表記の下に2ポイントほど小さな日本語の校名がレリーフになっていて、朝日が反射しなくてもピカピカ。

 入学式の時は大きな『2022年 ピボット高校入学式』の立て看板の横で写真を撮った。

 門扉の横のレンガ塀に学校の看板があるのは分かってたけど、マジマジ見るのは初めてだ。

 英語の横文字は、古めかしい亀の子文字だ。

 今どき、こんな古い書体じゃ読めないだろう……まあ、書体を含めてのデザインなんだろうけど。ひょっとしたら著作権があるのかも……と思いつつ、一時間目は体育で、早く着替えて移動しなくちゃと思ったとたんに忘れてしまった。

 

「ちょと、看板を磨いていたんだ」

 

 部室に入ると、マネキンには、いつもの制服ではなくてジャージがかけられていた。そのジャージから、クレンザーのような匂いが漂っている。

「あ、先輩が磨いたんですか?」

 今朝の看板が浮かんできた。

「おお、気が付いたか(^▽^)」

 なんだか、すごく嬉しそうな顔になる。

 素の顔でも美人なんだけど、笑顔になると、ちょっと反則なくらいの可愛さが加わる。

「あ、でも、授業は出てたんですよね?」

「ああ、むろんだ。昨日一度磨いたんだけどな、なんだか足りない気がして、六時間目に、もう一度やったんだ」

「サボリですかぁ?」

「人聞きの悪いことを言うな、自習だったんだ」

 自習でも、終礼はあったんだろうけど、深くは追及しない。

「でも、なんで先輩が看板磨くんですか?」

 いつものようにお茶を淹れながら背中で聞く。ひょっとして、なにか悪さをして、その罰にやらされてた?

「愛校精神だ」

 青信号で道を渡りました的に当たり前の答えが返ってきた。でも、愛校精神で看板を磨くというのは、青信号の上に、手を挙げて渡りましたというぐらいに珍しくて、わざとらしい。

 でも、指摘すると、きっと顔を赤くしてワタワタしそうなので追及はしない。

「お、今日はケーキですか!」

 お茶を飲むときには、なにかしらお菓子が載ってるテーブルに、今日はコンビニのそれよりは二回りも大きなショートケーキが載っている。

「ひょっとして、先輩のお手製?」

「バカ言うな、自慢じゃないが、そういう乙女チックなことは苦手だ」

 お手製と思ったのは、ちょっと大振りなことと、作りがザックリしていたからだ。

「駅前のポッペってパン屋がケーキも作ってるんだ。まあ、食え」

「いただきます…………おお!」

 ちょっとビックリした。どうにも遠慮のない甘さなのだ。

 今日は体育もあったし、お昼を食べたとはいえ、高校生が放課後にいただくには、ちょうどの量と甘さだ。

「ハハハ、男が美味そうに食べる姿はいいもんだな」

「看板見て、改めて思ったんですけど、なんで英語表記の方が日本語よりも大きいんですか?」

「英語じゃないぞ、スペルは同じだがドイツ語だ」

「ドイツ語?」

「ああ、ピボッ ハイスクールだ」

「え?」

「英語では、ピボット ハイスクール。微妙に違う。だから亀の子文字で書いてある」

 あ、そうか、あの書体はドイツって感じだ。

「この学校は、百年以上前にドイツ人が作ったんだ。ホームページに書いてあるだろうが」

「あ、えと……」

 あんまり読んでいない。二校落ちた後、ここしかないから入ったんで……笑ってごまかす。

「PIVOTというのは、日本語で要という意味だ」

「ああ、要市の要」

「昔は、要中学とか要女学校とかがあったからな、差別化の意味も込めてドイツ読みにしたんだ」

「ああ、そうだったんですか」

 納得はしたけど、それほど感心はしない。街の名前が要市(かなめし)だ。

 僕の覚めた反応に興ざめしたのか、先輩は、この可愛い口がここまでいくかというくらいの大口でケーキにかぶりつきながらパソコンを操作した。

「よし、今日の部活は、ここだ!」

 思い至った先輩は、口の端にベッチョリとクリームを付けて、いかにも「これから悪戯をやるぞ!」というわんぱく坊主の顔になっていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長

 

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ピボット高校アーカイ部・9『ドアのささくれを直した』

2022-05-28 09:22:47 | 小説6

高校部     

9『ドアのささくれを直した』

 

 

 ドアのささくれを直した。

 

 ほら、うちのトイレのドア。

 お祖父ちゃんが二度もひっかけて、セーターに綻びを作ってしまった。

 ホームセンターでパテを買ってきて、ささくれ部分を削ってパテを埋めておいたんだ。

 説明書には24時間で切削可能と書いてあったけど、一週間空けた。

 パテは収縮するし、24時間では少し柔らかいので、そのまま整形したら数日で他の所よりも痩せてしまって跡が残る。パテの堅さがドアの素材と同じ硬さになるのを待ったんだ。

 デザインナイフで粗々に削って、さらに二日置い後、サンドペーパーをかける。

 周囲と面一(つらいち)になったところで、クレヨンで木目を描く。

「ほう……こういう補修をやらせたら、お祖父ちゃんより上手いなあ」

「アナログだからね、あ、お茶淹れるよ」

 

 仕事場にお茶を持っていくと、すでにお祖父ちゃんは休憩モードで動画を見ていた。

 

「街の人が、こんな動画を作ってるよ」

 お祖父ちゃんが示したのは、フリー動画の上にお話を載せたものだ。

「桃太郎だよね……」

「うん、パッと見面白そうなんだけどね……」

 お茶を飲みながら横に流れる物語を読んでみる。

 あ…………

 それは、先輩と飛び込んだ桃太郎の世界だ。

 最初のお婆さんが桃を拾わないものだから、下流のお婆さんが拾って家へ持って帰ると、中の桃太郎は腐っていたって。あのパロディー。

 アクセス数もいいね!も街の人口よりも多い。

「次が、これ……」

「ああ……」

 次は、誰にも拾われずに桃は流れ去っていくというもの。

 見かねた通行人が「なぜ拾わないんですか?」と聞くと、こう応える。

「桃太郎はつまらん、育てても鬼ヶ島に鬼退治にいくだけじゃ。話し合いもせずに、一方的に鬼を懲らしめて、こいつは軍国主義じゃ。ロシアと同じじゃ。だから拾わん、拾ってやらん」

「アハハ、そうなんですか……」

「おい、通行人」

「笑っとらんで署名せい」

 お婆さんはズイっと署名のバインダーを押し付ける。

 バインダーの署名用紙には『桃太郎を二度と戦場に送らないための請願署名』と書いてある。

 先輩の時と同じだ。

 でも、通行人はサラサラと署名して行ってしまった。

「この通行人、次からは道を変える」

「え、そうなの?」

「いや、お祖父ちゃんの想像だけどな。たぶん、そうだ」

 そう言うと、お祖父ちゃんはボールペンのお尻でキーボードを操作して、一つのブログに行きついた。

「『シンおとぎ話の会』か……」

「まだ新しいんだろうね、シンなんとかっていうのはゴジラからだからね」

「シンというのはパロディーとは違うと思うんだがね……」

「お祖父ちゃん、そのボールペンはメイドインどこだと思う?」

「百均で五本百円だったからC国製だろ」

「じゃあ、先っちょのボールはどこ製?」

「日本製だろ」

 え、知ってる?

「ボールペンのボールは高い精度を求められる。こいつがいい加減だと、インクが出なくなったり、逆にダダ洩れになったりするんだ。これが安価に大量に作れる国は、そう多くは無い」

「うん、そうだね」

 お祖父ちゃんは先輩並みだ、いや、先輩がお祖父ちゃん並なのか(^_^;)?

 数日すると『シンおとぎ話の会』の動画もブログもアクセスは頭打ちになっていた。

 

☆彡 主な登場人物

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ピボット高校アーカイ部・8『シフォンケーキと桃太郎』

2022-05-23 09:51:45 | 小説6

高校部     

8『シフォンケーキと桃太郎』

 

 

「あれって、桃太郎だったんですよね?」

 

 あくる日の部活、すっかり僕の仕事になった部活前のお茶を淹れている。

 今日のお茶うけはコンビニで買ってきたらしいスポンジケーキだ。

 けっこうボリュームがありそうで、こんなの食べたら晩御飯食べられるだろうかと心配になるが、口にはしない。

「まあ、食ってみろ」

 口にしなくても読まれてる。

 クポクポクポ……

 お茶を淹れて、フォークでケーキを切る。

 あれ?

 フォークをいれたケーキは、押しつぶしたようにひしゃげてしまう。

「シフォンケーキというんだ、見かけの割には頼りない」

「はい……あ……」

 口の中に入れると、頼りなく萎んでしまう。ケーキというよりは綿あめかマシュマロを食べているように頼りない。

「こういうソフトな感触がいいというので、街では、ちょっとしたブームでな。コンビニでも置くようになったんだ」

「はあ……」

 これなら、晩ご飯の心配はしなくていいようだ。

「このソフトというか頼りな路線は、桃太郎の昔話にも及んでいてな……」

「先輩、美味しそうに食べますね」

「うん、でも、こんなものばかり食べていては咀嚼力も消化する力も弱ってしまう……で、桃太郎だ」

「あ、はい」

「お婆さんは洗濯に夢中になって、流れてきた桃に気付きませんでした……という異説がもてはやされてきた」

「ああ、それで、前回は桃を上流まで運んで、強引にお婆さんに気付かせたんですね」

「うん、ああでもしないと、桃はさらに下流まで運ばれて、別のお婆さんに拾われてしまう」

「別のお婆さんじゃダメなんですか?」

「いや、別のお婆さんでも構わないんだ。だがな、拾って持って帰ってお爺さんといっしょに桃を切るとな……」

 先輩のフォークが停まってしまう。

「切ると……どうなるんですか?」

「腐りかけの桃太郎が出てくるんだ」

「ハハハ(^O^)」

「笑い事ではない、桃太郎のナニは腐って無くなってしまっているんだぞ。桃太郎ではなくて桃子になってしまう」

「だめなんですか?」

「だめだろ、そんなのが幅を聞かせたら、金太郎は金子、浦島太郎は浦島太子になってしまうぞ」

「アハハ(^O^)」

「ということで、もう一度、桃太郎の世界に行くぞ!」

 

 そして、いつものように魔法陣の中に入って、前回と同じ田舎道に立った

 

「……やっぱり、お婆さんは桃を見過ごしてしまいますねえ」

「いくぞ!」

 同じように下流にまわって桃を拾い、これまた気づかれないように上流に持って行って桃を流した。

 ポチャン

 桃のすぐ前に石を投げ入れて、お婆さんに気付かせる。

「「あれ?」」

 お婆さんは、桃に一瞥はくれるんだけど、知らんふりして洗濯物を続けるではないか!

「ちょっと、お婆さん!」

 あ、先輩(;'∀')!

「なんじゃ、おまえら?」

「ちゃんと桃を拾わなきゃダメじゃない!」

「フン」

 鼻で笑われた!

「桃太郎なんぞ、つまらん……」

 つ、つまらん!?

「拾って育てても、鬼退治に行くだけじゃ」

「そ、それが桃太郎じゃないですか!」

 思わず声が大きくなってしまった。

「鋲!」

「すみません、でも……」

「『ノーモア鬼ヶ島』じゃ……おまえらも、これに署名せえ!」

 バインダーに挟んだ署名用紙とボールペンを突き付けるお婆さん。

 署名用紙には、こう書いてあった。

『桃太郎を二度と戦場に送らないための請願署名』

 先輩は、署名のためのボールペンを握ると、署名はせずに、こう聞いた。

「このボールペンは、どこ製か知ってるかい?」

「ん、こんなものは、たいがいC国製じゃろが」

「そうだね。じゃあ、先っちょのボールはどこ製?」

「C国製じゃないのかい?」

「日本製なんだよ」

「おや、そうなのかい」

「じゃあね、ごめんね洗濯の邪魔して。いくぞ、鋲」

 

 そして、僕と先輩は部室に戻って、お茶の後始末をした。

 

「わたしは、ちょっと残ってる。鋲は先に帰れ」

「あ、はい」

 部室を出て昇降口に向かって校門を出たんだけど、桃太郎の事が気になって、駅の手前まで来て学校に戻った。

 昇降口で上履きに履き替えていると、旧校舎から出てくる先輩が目に入った。

 旧制服から今の制服に着替えた先輩は、なんだか眩しくて、けっきょく声も掛けずに下足に履き替え、校門を出る先輩を見送ってから家に帰ったよ。

 

彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
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ピボット高校アーカイ部・7『先輩と川に入る』

2022-05-15 09:16:17 | 小説6

高校部     

7『先輩と川に入る』

 

 

 くの字に曲がる小川の手前まで来て、先輩は立ち止まった。

「ここを曲がった先、小川の向こう岸にお婆さんが現れる。そのお婆さんを観察するのが、今日の部活だ」

「あ、そうですか」

「念のため、靴と靴下は脱いでおいてくれ」

「え?」

「理由は聞くな、わたしも脱ぐから」

 そう言うと、先輩は器用に立ったまま靴と靴下を脱ぐ。

 たかが靴と靴下なんだけど、ドキッとする。

 片足ずつしか脱げないので、脱ぐたびに先輩の片足が上がって、太ももの1/3くらいが露わになるし、くるぶしから下の生足が露出するし。

「ズボンもたくし上げておいてくれ」

「ひょっとして、川に入ります?」

「可能性の問題だが、とっさに間に合うようにしておきたい。さ、行くぞ」

 

 くの字の角を曲がって薮に身を潜めると、向こう岸にお婆さんが現れて盥の中の布めいたものを水に漬けはじめた。

 お祖父ちゃんの影響で、あれこれ知識のあるボクは、お婆さんが染色の職人さんのように思えた。

 今でも、地方に行けば染色の職人さんとかが、染めの段階で糊や、余計な染料を洗い流すために川を使うのを知っているからだ。お婆さんの出で立ちも裾の短い藍染の着物だったりするので、その線だと思った。

「ただの洗濯だ」

「え……ということは」

「黙って見ていろ」

「はい」

 待つこと数分、先輩のシャンプーの香りなんかにクラクラし始めたとき、先輩が、小さく、でも鋭く言った。

「来たぞ!」

 見ると、川上の方から大きめのスイカほどの桃がスイスイ流れてきた。

「桃は、スイスイではなくて、ドンブラコドンブラコだろ……」

「は、はあ……」

 ドンブラコドンブラコというのは、川底に岩とかがあって、流れが複雑で揺れている感じなんだけど、桃は、性能のいいベルトコンベアの上を行くように、ほとんど揺れることがない。だからスイスイなんだけど、先輩には逆らわない方がいい。

 穏やかに流れてきた桃は、ゆっくりとお婆さんの前に差し掛かってきた。

「ここからだ……」

 お婆さんは、染め物職人のように洗濯に集中しているせいか、気付くことも無く、桃は、お婆さんの目の前を通り過ぎる。

 チッ

 舌打ち一つすると、先輩は女忍者のように川下の方に駆けていく。僕もそれに倣って川下へ。

 くの字の角を戻ったところで、川に入る。

「少し深い」

 先輩は、スカートの裾を摘まみ上げるとクルっと結び目を作って、丈を短くした。

 太ももの、ほぼ全貌が見えて、思わず目を背ける。

「見かけよりも重いぞ」

「え?」

 一瞬、先輩のお尻に目がいってトンチンカンになる。

「しっかり持て!」

「は、はい」

 それと分かって、二人で桃を持ち上げて向こう岸に上がる。

「すぐに、上流に行くぞ」

「はい」

 二人並ぶようにして桃を持ち上げ、お婆さんを避けつつ小走りで、百メートルほど上で川に入る。

「急げ、ゆっくりと!」

「は、は……あ!」

 矛盾した指示にバランスを崩してしまう!

 ジャプン

「「………………」」

 努力の半分が水の泡。

 二人とも、川の中に転んでしまって、もう、胸から下がビチャビチャ。

 しかし、桃は無事に川の流れにのって流れていく。

「鋲、念には念をだ!」

「はい?」

 急いで岸に上がると、お婆さんの後ろ側の土手に隠れる。

 先輩は、野球ボールくらいの石を拾うと、迫ってきた桃の前方に投げた。

 ドプン!

 さすがに気づいたお婆さんは、洗濯の手を停めて、川の中に入ると「ヨッコラショ」と桃を持ち上げた。

「うまく行ったぁ!」

「ちょ、先輩!」

 感激した先輩は、濡れたままの胸で抱き付いてきて、僕はオタオタするばかり。

 お婆さんが無事に桃を持って帰るのを確認して、僕たちはゲートを潜って部室に戻って行った。

 

☆彡 主な登場人物

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ピボット高校アーカイ部・6『今日の部活はヘソパンから』

2022-05-10 09:42:25 | 小説6

高校部     

6『今日の部活はヘソパンから』

 

 

 今日も、おへそで茶を沸かしている。

 

 と言っても、面白いことがあって笑っているわけではない。

 おへそ型のガスコンロでお湯を沸かして、お茶を淹れる準備をしている。

「どうだ、ガスコンロでお湯を沸かすというのはドラマだろ」

 黙っていれば清楚な美人なんだけど、喋ると男言葉、ズッコケのセクハラ女。でも、時々すごいこと(いろんな意味で)を言ったりやったりする。

 お祖父ちゃんに部活の事を、つまり螺子先輩のことを離すと「そりゃ、自己韜晦だろ」という。

 ジコトーカイなんて言うもんだから、自我が崩壊していることかと思ったら――内面にすごいものを秘めていて、日ごろは、わざとバカなふりをして人に気取られないようにすること、している様子――なんだそうだ。

 

 クククク……

 

 ほら、また始まった。

「鋲、きょうのお茶うけはウケるぞ」

 ああ、初手からダジャレだ。

「え、なんなんですか?」

 ちゃんと反応しないとひどいことになりそうなので、笑顔で振り返る。

「これだ、見たことあるかい?」

 先輩がトレーを持ち上げて示したのは三角錐の焼き菓子の一種だ。

 どら焼きの片方を膨らませて富士山のミニチュアにしたような、大きさは、ソフトボールを半分に切ったぐらい。

 トレーの上に四つ並んだ、それは、形がまちまちで、きれいな三角錐になったものから、山頂部が屹立したもの、弾けてしまったものと個性的だ。

「吾輩のは、どれに近いと思う?」

 三角錐と屹立したのを胸にあてがって……なんちゅうセクハラだ!

「知りません」

「つれない奴だなあ、ティータイムの、ほんの戯言を咎め立てするとは無粋なやつだ」

「お湯湧きましたから、さっさとお茶にして、部活しましょう」

「部活なら、もう始まっているではないか。鋲が、そのドアを開けて入ってきたところから、すでに部活だぞ」

「ええ、まあ、そうなんでしょうが……」

 コポコポコポ……

「鋲は、お茶を淹れるのがうまいなあ」

「うまいかどうか……いつもお祖父ちゃんにお茶淹れてますから」

「おお、それは、孝行な……これはな、ヘソパンという。正式には『甘食』というらしいがな、わたしは『ヘソパン』という俗称が好きだ」

「ヘソなんですか?」

「ん? オッパイパンとでも思ったか?」

「いえ、けして!」

「きっと、出べそに似ているからなんだろうなあ……造形物としては、津軽の岩木山のように美しい三角錐になったものがいいのだろうが、あえて弾けた失敗作めいたものに視点をおくネーミングは秀逸だと思わないかい?」

「そうですね……」

「これに冠せられた『ヘソ』は『デベソ』のことなんだなあ……子どものハヤシ言葉に『やーい、お前のカアチャン出べそ!』というのがあるなあ」

「そういう身体的特徴をタテに言うのはいけないことです」

「そうか、人の顔を見て『ゲー!』とか『キモ!』って言うよりは、よほど暖かい気がするんだが……う~ん、このベタでそこはかとない甘さは秀逸だなあ……早く食べろ、食べたら部活だ」

「部活は、もう始まってるんじゃないんですか?」

「揚げ足をとるんじゃない」

「だって」

「じゃあ、部活本編のページをめくるぞ! どうだ?」

「どっちでもいいです」

「つれない奴だ…………」

「そんなに、ジッと見ないでください、食べられません」

「いや、君が、どこから齧るのかと思ってな……」

「もう!」

 僕は、ちょっと腹が立って、ヘソパンを一気に口の中に押し込んで、親の仇のように咀嚼する。

「ああ、そんな……まるで、この胸が噛み砕かれて蹂躙されているようだぞ!」

「モグモグモグ……ゴックン! 胸を抱えて悶絶しないでください!」

「ヘソパンは、しばらく止めておこう……」

「同感です」

「じゃ、今日も飛ぶぞ!」

 やっと正常にもどった。

 

 魔法陣で飛ぶと、やっぱりゲートは三角に戻っていた

 

「しかたない、折り癖が直るまでは油断がならないなあ」

 油断がならないのは先輩の方なんですけど……思ったけど、口にはしない。

「じゃ、そっちを持ってくれ……いくぞ!」

「はい!」

 ポン!

 ちょっと警戒したけど、今度は、さほど力を入れなくても四角になった。

「……なんだか前と同じみたいですね」

「違うぞ、前の地蔵は延命地蔵だったけど、今度のは子安地蔵だ」

 先輩に倣ってお地蔵さんに手を合わせ、裏にまわるのかと思ったら、先輩は小川に沿って上の方に歩き出した……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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ピボット高校アーカイ部・5『ゲートの向こうへ』

2022-05-04 10:57:22 | 小説6

高校部     

5『ゲートの向こうへ』

 

 

 

「じゃ、始めるぞ」

「はい」

 

 前回と同じように魔法陣の椅子に向かい合って座る。

 グィーーーン

 遊園地のコーヒーカップが回るのに似ているけど、そこまでは激しくない。

 ガクン

 ワッ!

 前回と違って、なにか引っかかったような衝撃があった。

 ムニュ

 一瞬遅れて胸に柔らかい衝撃。

「すまん」

「いえ(#^△^#)」

 衝撃で先輩が覆いかぶさってきている。「すまん」という割には平然としているようなんだけど、単なるドジなのかもしれない。

 胸は接触しているんだけど、腰から下は接触しないように全身を突っ張らかせている。

「魔法陣そのものもメンテナンスが必要なのかもな……よっこいしょういち」

「え?」

「気にするな、つい古い掛け声が出ただけだ」

 前回とは逆向きで停まってしまったので、発見するのは僕の方が早かった。

「あ、ゲートが」

「え? ああ……」

 倒れてはいなかったけど、ゲートは、元の三角形に戻ってしまっていた。

「しばらく放置していたから、折り癖がついてしまったんだな……」

「あのう……」

「なんだ?」

「あのままでも通れないことは無いと思うんですが」

 じつは、前回、四角形に戻すときは、けっこう力が要った。

 三角が開いた時、先輩は後ろに倒れてしまって……見えてしまった(^_^;)。何度も、そういうことが続いたので、僕は気が付かないふりをしたんだ。

「じゃ、いちど試してみろ」

「はい」

 少し身をかがめると、三角は公園の遊具よりも口が広いので、通れる気がした。

 ……通れた。

 潜った先は、やはりオフホワイトの空間だけど、誰も居ないから、通れたと思った。

「これを見て見ろ」

「え?」

 視野の外から声がして、首を巡らせると先輩がスマホを構えて立っている。

「いまの鋲の姿だ」

「あ……」

 僕が潜るのを斜め後ろから撮っているんだけど、三角の向こうに僕の姿は現れない。

 三秒ほどすると、僕は、入ったところから、そのまま出てきた。

「な、さよなら三角だから、入っても出てきてしまうんだ。さ、四角に戻すぞ」

「はい」

「イチ、ニイ、サン!」

 ギイイ…………ポン!

 

 ゲートを潜ると、どこかの田舎道、田んぼの中をあぜ道に毛が生えた程度の地道が集落に続いている。幾本かの轍が穿たれているから軽自動車ぐらいは通るのかもしれない。

「自動車じゃない、自転車……せいぜいリヤカー程度のものだ」

「どこの田舎なんですか?」

「要の街だ、ただし、明治の終り、日露戦争の頃だ」

 カエルが鳴いて、路肩の下は農業用水が流れて、そこはかとなく土と堆肥のニオイがする。

 先輩に付いて歩き出すと、一足ごとに土の感触。

 ジャリ? ミシ?

 どう表現したらいいんだろ、土の上を歩く表現が思い浮かばない。

「ホタホタ……」

「え?」

「土の道を歩く感触だ」

「あ、それいいですね!」

「そろそろだ、脇によるぞ」

「はい」

 先輩と二人、一瞬だけ手を合わせて、お地蔵さんの後ろに回る。

 羽虫みたいなのが飛んでいてかなわないんだけど、先輩は横顔で――がまんしろ――と言っている。

 ホタホタホタ

 先輩が考案したのと同じ足音をさせて少年が歩いてくる。

 膝小僧までの着物に草履履き、頭は三分刈りくらいの坊主頭で、肩からズックのカバンを掛けていなければ、そのまま江戸時代でも通用しそうなナリだ。

 ちょっと速足、家の手伝いとかで登校するのが遅れてしまった小学四年生といったところ。

「尋常小学校の六年生だ」

「昔の子は幼く見えるんですね」

「顔をよく見てやれ」

「あ……」

 驚いた、遠目には幼そうに見えるけど、間近に迫った坊主頭はの面構えは、微妙に大人びている。

 頬っぺたは、令和の子どもよりも赤々としているんだけど、一重の目に光がある。

「来年には街に出て丁稚奉公することが決まっている。いまの高校生よりもよっぽど大人だ」

 坊主頭は、お地蔵の前まで来ると立ち止まってお辞儀をして手を合わせる。

「わ」

「慌てるな、お辞儀は地蔵にしているのだ。わたしたちのことは見えていない」

 三秒ほど手を合わせると、クルっと踵を返して歩き出す。

「「あ!?」」

 路傍の石に躓いたのだろうか、坊主頭はタタラを踏んで躓いてしまった。

 ウウ……

 小さく唸ったかと思うと、伏せた頭の下から血が滲みだした。

 なんか、あっけなさ過ぎる。

「おい、きみ!」

 思わず駆け出して、坊主頭を抱き起そうとしたけど手がすり抜けてしまう。

「手遅れだ」

「そんな……」

「ページを戻すぞ」

「え?」

 先輩は、足もとの空間を摘まむような仕草をすると、右肩の上の方にめくるような仕草をした。

 パラリ

 ページが繰られるような音がして、目の前の瀕死の坊主頭は消えてしまった。

「それだ、そこの石をどけるぞ」

「え、どれですか」

「そこの三つだ」

 先輩が指差すと、ゲームの中のキーアイテムのように光り出した。

「これですね!」

 たいそうな力がいるかと思ったけど、普通に石は手に取ることができる。

 石を取り除いて、再びお地蔵さんの後ろにまわる。

 一分もしないうちに坊主頭がやってきて、さっきと同様に立ち止まって手を合わせると、今度は何事も無かったように背中を向けて行ってしまった。

 

「あの坊主頭はなんなんですか?」

 部室に戻ると、だいいちに、それを聞いた。

「あいつは、35年後、戦後初の要市の市長になるんだ。彼の市政のお蔭で街の復興はよそよりも早く、うまくいく」

「そうなんですか……」

「図書館の本と違って、このアーカイブにあるものは、きちんとメンテナンスしてやらないといけないんだ。それが、このアーカイ部の活動だ」

「なるほど……」

 とても不思議で信じがたい話なんだけど、なんだか、お祖父ちゃんのトリミングの仕事に似ていて、さほどに不思議には思わない。この旧校舎の部室や螺子(らこ)先輩の雰囲気にあてられたのかもしれない。

「今日のは、まあチュートリアルみたいなもんだ。これから先は……まあ、そうそう石が光って教えてくれるなんてことはない。が、そのぶん面白味も出てくる」

「そうなんですか(^_^;)」

「ま、ひと働きはした。お茶にするぞ。そのヤカンで湯を沸かしてくれ」

「あ、はい……えと、ガスコンロは?」

「その書架の横にあるだろう」

「え……?」

 よく見ると華奢な五徳(ヤカンを載せる鉄の台)はあるんだけど、五徳の中にあるのは、なんというか……オヘソだった。

 質問すると、なにが飛び出してくるか分からないので、大人しくお湯を沸かしてお茶にした。

 

 部活が終わって校門を出たところで、提出する書類があることを思い出し、職員室。

「よし、きちんと戻って提出するのは褒めてやるが、忘れないようにするのが大事だぞ」

 褒められたのか叱られたのか分からない言葉を担任から頂戴して、再び昇降口に向かうと、校門へ向かう螺子先輩の姿が見えた。

 部活中とは違って、普通の制服を着ている。

 背格好も、姿形も螺子先輩なんだけど、まとっている雰囲気がまるで違う。

「……………」

 声を掛ければ届く距離だったけど、ついタイミングを失ってしまった。

 家に帰ってお祖父ちゃんに話すと、お祖父ちゃんはお茶を飲みながら「ホホホ……」と口をすぼめて笑うばかりだった。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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ピボット高校アーカイ部・4『さよなら三角また来て四角』

2022-04-27 11:40:32 | 小説6

高校部     

4『さよなら三角また来て四角』

 

 

 え……着替えるんですか?

 

「言ったろ、部活中は着替えるって。今日から正式な部活が始まるんだ。鋲も着替えなくちゃならんだろ」

「えと……だって、これセーラー服ですよ(^_^;)」

「あ……トランスなんとかで五月蠅いんだったな。じゃ、選ばせてやる……どっちにする?」

「じゃあ、学生服の方で」

「そうかぁ……ほれ」

「なんで、つまらなさそうにするんですか(^_^;)」

「いや、セーラー服の方が似合うと思っていたんでな。ま、気にするな」

「じゃ、着替えてきます」

「ここで着替えるんだ。部活中は部室を出てはいかん」

「え、そうなんですか?」

「ああ、集中力の要る部活だからな」

「ええと……」

 

 部室を見渡す……教室一つ分の大きさはあるんだけど、身を隠すところがない。

 

「手間のかかる奴だなあ……よし、こうすれば恥ずかしくないだろ」

 段ボールの中から唐草模様の風呂敷を出したかと思うと、先輩の制服をかけたマネキン人形に持たせて目隠しにした。

「えと……ま、いいや」

 覚悟を決めて目隠しの陰で着替える。学生服なんて着たことが無いから、首元の窮屈さが馴染めない。

「ほう……着やせするタイプなんだな」

「え?」

「すまん、そこの鏡に映るもんでな。あ、向こうを向いていよう」

「……(////·-·´///)」

 さっさとズボンを履き替えて、上着を着る。

「着替えました!」

「よし……なんだ、ちゃんと襟を留めんか」

「留めるんですか?」

「当たり前だ、詰襟を留めないのは、制服のリボンが無いのと同じだぞ」

「……えと……あれ……」

 初めての詰襟なので、なかなか留まらない。

「不器用だなあ……」

「え……あ……」

 先輩が寄ってきて留めてくれる、鼻息のかかる近さ! シャンプーの匂いとかするし!

「よし、これでいい……顔が赤いぞ」

「あ、アハハ……」

「そうか、こんな近くに異性に迫られるのは初めてなのか」

「あ、その……」

「わたしも不器用なんでな、ま、鋲も慣れろ」

「はい」

「じゃ、さっそく始めよう。そこに座ってくれ」

 

 先輩は、部屋の隅にある向かい合わせの椅子を示した。

 座ると、足もとが明るくなる……え、魔法陣?

 

「最初は目が回るかもしれん、目をつぶってもいいぞ」

「はい」

 素直に目をつぶると、足もとがグラッとした。

 グィーーーン

 遊園地のコーヒーカップが回るのに似ているけど、そこまでは激しくない。

「よし、目を開けていいぞ」

 

「…………ここは?」

「始まりの地だ」

 

 オフホワイトというかライトグレーというか、目に痛くない程度の白い世界。何も描いていない液タブの画面的な感じ。

「ええと……そこだ」

 先輩が少し離れたところを指さす。

 何もないと思っていたら、音もなく大きな横になった三角形が現れた。

「よっと」

 先輩が小さく蹴ると、三角は膝の高さほどに浮きあがった。

「なんですか、この三角は?」

「アーカイブのゲートだ。しばらく使っていなかったので三角になってしまったんだ……そっちの方を持ってくれるか?」

「あ、はい」

 先輩と二人で三角の一辺を持つ。

「暖かい」

「うん、起動し始めてるんだ。だが、入り口として機能させるには、もうひと手間いる。わたしの合図で引っ張ってくれ。リヤカーを引っ張るくらいの力でいいぞ」

「リヤカーなんて曳いたことないです」

「えと……じゃ、適当にやれ、いくぞ……イチ、ニイ、サン!」

 ギイイ…………ポン!

 軽いショックがあって、三角は変形した。

「四角になりましたね!」

「ああ、これで、しばらく置いておけば安定する。今日はここまでだ。じゃ、戻るぞ」

「あ、はい」

 

 来た時とは逆の順序で部室に戻った。

 

「あの三角と四角はなんなんですか?」

「言ったろ、アーカイブへのゲートだ」

「はあ……」

「さよなら三角また来て四角だ」

「は?」

「分かりやすいだろ」

「はあ」

「じゃあ、今日はここまでだ。わたしは後片付けするから、先に帰っていいぞ」

「あ、はい」

―― え、これでおしまい? ――

 思ったけど、口にしたら、また変なことが起こりそうなので、大人しく校舎の外に出る。

「ええ?」

 

 ほんの十分ほどしかたっていないと思っていたけど、もう西の空に日が沈みかけていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長

 

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ピボット高校アーカイ部・3『美少女部長 真中螺子』

2022-04-22 10:16:11 | 小説6

高校部     

3『美少女部長 真中螺子』  

 

 

 あ、すみません(#'∀'#)!

 

 クラっときてよろめいたところに人が立っていてぶつかってしまった。

 二の腕に受けた感触で女性、それも鼻を掠めた匂いで同年配の女の子だと知れておたついてしまう。

 ……えっ!?

 女の子はうちの制服を着ていて……首が無い。

「それはマネキンだ」

「は、はあ……」

 改めて見ると、襟から出た首にはジョイントが付いていて、首のないマネキンだと分かる。

「見ての通り、わたしは女子高時代の旧制服だ。部活では、旧制服に着替えている。それで、普通の制服は、そのマネキンにかけているんだ」

「はあ……」

 かけてあるという感じじゃない。ちゃんと着せてあって、ブラウスの襟にはリボンも掛けてある。

「他の部活でも、ジャージとかユニホームに着替えているだろう、同じことだ。まあ、そこに座ってくれ」

 示されたソファーに掛ける。

「おわ(°д°)」

 思いのほか深く沈んでビックリした。

「応接室のお下がりだ、昭和のものなんでクッションが良すぎるんだ」

 言いながら、先輩は向かいで足を組む。

 (#'0'#)

「すまん……不用意だったな」

 脚を戻すと、浅く座りなおして身を乗り出した。

「部長の真中螺子(まなからこ)だ。きみは田中鋲……でいいんだな?」

 メモにサラリと名前を書いて確認。

「あ……なんで相合い傘なんですか(#'o'#)」

「二人だけのクラブという意味だ。それに、これは相合い傘ではないぞ『これから二人で部活をやっていくぞ!』的な矢印だ」

「でも、真ん中に傘の柄が……」

「これはケジメだ」

「ケジメ?」

「ああ、部室は学校の端っこ、日ごろ人気のない旧校舎の一室。わたしは見ての通りの美少女だし、きみは第二次性徴真っ盛りの十六歳。ケジメが必要だろう?」

「う……」

「まあ、心構え、心意気の両方を表していると思ってくれ」

 際どくって、めちゃくちゃのようで筋が通っているような気もする。

「入学にあたっては、アーカイ部への入部が条件であったはずだ。多少の疑念があっても、鋲に選択権は無い」

「は、はい」

 もう呼び捨て、それも下の名前で(^_^;)

「分かっていると思うが、うちは、並みの部活ではない」

「そ、そうなんですか(^_^;)」

「周りを見てくれたまえ」

「え?」

 薄明かりなので目につかなかったけど、壁際は全て棚や本棚、ロッカーの類で、大小さまざまなファイルめいたものが詰め込まれている。見たことはないけど、新聞社やテレビ局の資料室は、こんな感じだろう。

「これはな、この、要(かなめ)の街の記録なんだ。街の図書館よりも充実しているぞ」

「アーカイブなんですね」

「そうだ、百年前に学校が設立された時、要の街が全面的に協力してくれたんだが、その時の条件が『街の記録の整理と保管』ということだった。学校は研究室を作ろうとしたが、街の代表者たちは『肩の凝らない部活のようなものでいいですよ』と言う。それで、こういう訳さ」

「なるほど……」

 部長は、ちょっと変わった人だけど、やっていることは『郷土史部』みたいなことなんで、ちょっと安心した。

「納得したら、入部届けを書いてくれるか。いちおう手続きなんでな」

「はい、すぐに!」

 返事をしてボールペンを手に取ると、先輩はホッとした笑顔になって、脚を組んで座りなおした。

 (#'0'#)

「ああ、すまん」

 こうやって、僕の高校生活が始まった。 

 

 ☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        要高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        要高校三年 アーカイブ部部長
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