明神男坂のぼりたい
結局、仲間美紀は辞める決心をしてしまった。
「……でも、あたしを引き留めてくれるのは、明日香さん自身のためなんでしょ?」
「……そだよ、あたしのため。やっと軌道に乗りかけた6期、このまま仲間を失ったら、みんなへの影響が強すぎる。あたしの使命は一人も欠かさずに、きちんとメジャーに、AKRの看板にすることだからね」
ちょっと一面的すぎるけども、こういうドライな言い方の方が、決心してしまった美紀にはいいと思った。
ついさっきまで、六期生一番のイイコで通してきた美紀は、いわばきれいごとに押しつぶされてしまったんだ。そんな子にきれいごと的な説得や慰めをしても、なにも入らないと思った。
別に、計算して言葉にしたわけじゃないんだけど、息を吸って吐いたら、こういう言葉になった。
「それで、いいと思うよ……」
ガバ!
美紀は、精一杯の笑顔を作ったかと思うと、ベッドの蒲団を頭からかぶって泣き出した。
ガバ!
「も、もうほっといて!」
「美紀!」
あたしは、ベッドの布団ごと美姫を抱きしめた。
ウワーーーン!
抱きしめると、たった今のドライな決心も一瞬で崩れてしまって、ただただ、いっしょに泣くことしかできなかった。
「あの子は精神的にまいってる。とにかく辞めさせるのが一番。治療はそれからです」
お医者さんの意見で、笠松プロディユーサーも、市川ディレクターも納得した。
気が付くと嗚咽してるのは、わたし一人。美紀は、枕に顔を埋めたまま寝てしまった。
「あ……」
入ってきたお医者さんは、なにか注射の用意をしていたけど、コクっと頷いて、そのまま出て行った。
取りあえず、眠らせることがいちばんだったんだろうね。
でも、ドラマじゃないんだから、これで目覚めて丸く収まるようなことはない。
取りあえず、ホッとして、駆けつけてきた美紀のお母さんと交代した。
あたしは後悔した。
6期は、もうみんな家族だ! 姉妹だ! そして、あたしが一番のお姉ちゃん! そう思ってた。だけどなんにも分かってなかった。危ないのは和田亜紀と芦原るみだとばっかり思てた。リーダーなのに、あたしはなんにも見えてなかった。
「まあ、一人二人抜けるのは織り込みずみだから、気にすんな明日香」
市川ディレクターはビジネスライクに、一言でしまい。下手に慰められるよりは、気が楽だった。
夜はステージが終わった後、ローカル局のトーク番組があった。
「美紀のことには触れないように。こっちのディレクターにも話してあるから」
市川Dに言われた通り、あたしもパーソナリティーも美紀のことは無かったみたいに、プロモロケの話やら、アホな話で盛り上がった。
家に帰ったら、日付が変わっていた。
メールのチェックもしないで、ざっとシャワー浴びて、そのまま寝てしまった。
あくる日はスタジオ入りには時間があるので、美紀の病院へ行った。面会時間じゃなかったけど、ナースステーションに寄ったら「もう落ち着いてるからどうぞ」て言われて病室へ。
ところが、部屋に入ったら美紀の姿が無かった。
―― 明日香、トイレに行け! ――
さつきが心の中で叫んだ。
トイレに行くと、個室二つが閉まっていた。
一つはノックしたらすぐにノックが返ってきた。もう一つをノック……反応が無い。
―― ここだ! ――
さつきの声に体が反応した。ヒョイとジャンプして、個室の上に手を掛けると、自分でも信じられないぐらいの身の軽さで個室の中へ。
美紀は手首を切ってぐったりしてたけど、あたしの姿を見ると暴れだした。
血まみれになりながら緊急ボタンを押して、美紀のみぞおちに当て身を食らわせた。
当身を食らわせるなんて、やったことなかったけど、これはさつきのしわざだろうね。
切って間が無かったので、美紀は助かった。
このことは、秘密にすることになったけど、血まみれのうちと美紀をスマホで撮ったドアホがいて、あっという間に動画サイトに投稿され、手におえないことになってしまった……。