大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・103〔The Summer Vacation・10〕

2022-03-18 06:39:16 | 小説6

103〔The Summer Vacation・10〕 

           

 

 結局、仲間美紀は辞める決心をしてしまった。

「……でも、あたしを引き留めてくれるのは、明日香さん自身のためなんでしょ?」

「……そだよ、あたしのため。やっと軌道に乗りかけた6期、このまま仲間を失ったら、みんなへの影響が強すぎる。あたしの使命は一人も欠かさずに、きちんとメジャーに、AKRの看板にすることだからね」

 ちょっと一面的すぎるけども、こういうドライな言い方の方が、決心してしまった美紀にはいいと思った。

 ついさっきまで、六期生一番のイイコで通してきた美紀は、いわばきれいごとに押しつぶされてしまったんだ。そんな子にきれいごと的な説得や慰めをしても、なにも入らないと思った。

 別に、計算して言葉にしたわけじゃないんだけど、息を吸って吐いたら、こういう言葉になった。

「それで、いいと思うよ……」

 ガバ!

 美紀は、精一杯の笑顔を作ったかと思うと、ベッドの蒲団を頭からかぶって泣き出した。

 ガバ!

「も、もうほっといて!」

「美紀!」

 あたしは、ベッドの布団ごと美姫を抱きしめた。

 ウワーーーン!

 抱きしめると、たった今のドライな決心も一瞬で崩れてしまって、ただただ、いっしょに泣くことしかできなかった。

 

「あの子は精神的にまいってる。とにかく辞めさせるのが一番。治療はそれからです」

 

 お医者さんの意見で、笠松プロディユーサーも、市川ディレクターも納得した。

 気が付くと嗚咽してるのは、わたし一人。美紀は、枕に顔を埋めたまま寝てしまった。

「あ……」

 入ってきたお医者さんは、なにか注射の用意をしていたけど、コクっと頷いて、そのまま出て行った。

 取りあえず、眠らせることがいちばんだったんだろうね。

 でも、ドラマじゃないんだから、これで目覚めて丸く収まるようなことはない。

 取りあえず、ホッとして、駆けつけてきた美紀のお母さんと交代した。

 

 あたしは後悔した。

 6期は、もうみんな家族だ! 姉妹だ! そして、あたしが一番のお姉ちゃん! そう思ってた。だけどなんにも分かってなかった。危ないのは和田亜紀と芦原るみだとばっかり思てた。リーダーなのに、あたしはなんにも見えてなかった。

「まあ、一人二人抜けるのは織り込みずみだから、気にすんな明日香」

 市川ディレクターはビジネスライクに、一言でしまい。下手に慰められるよりは、気が楽だった。

 夜はステージが終わった後、ローカル局のトーク番組があった。

「美紀のことには触れないように。こっちのディレクターにも話してあるから」

 市川Dに言われた通り、あたしもパーソナリティーも美紀のことは無かったみたいに、プロモロケの話やら、アホな話で盛り上がった。

 

 家に帰ったら、日付が変わっていた。

 メールのチェックもしないで、ざっとシャワー浴びて、そのまま寝てしまった。

 

 あくる日はスタジオ入りには時間があるので、美紀の病院へ行った。面会時間じゃなかったけど、ナースステーションに寄ったら「もう落ち着いてるからどうぞ」て言われて病室へ。


 ところが、部屋に入ったら美紀の姿が無かった。

―― 明日香、トイレに行け! ――

 さつきが心の中で叫んだ。

 トイレに行くと、個室二つが閉まっていた。

 一つはノックしたらすぐにノックが返ってきた。もう一つをノック……反応が無い。


―― ここだ! ――


 さつきの声に体が反応した。ヒョイとジャンプして、個室の上に手を掛けると、自分でも信じられないぐらいの身の軽さで個室の中へ。

 美紀は手首を切ってぐったりしてたけど、あたしの姿を見ると暴れだした。

 血まみれになりながら緊急ボタンを押して、美紀のみぞおちに当て身を食らわせた。

 当身を食らわせるなんて、やったことなかったけど、これはさつきのしわざだろうね。

 切って間が無かったので、美紀は助かった。

 このことは、秘密にすることになったけど、血まみれのうちと美紀をスマホで撮ったドアホがいて、あっという間に動画サイトに投稿され、手におえないことになってしまった……。


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« やくもあやかし物語・129... | トップ | せやさかい・285『「恋す... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小説6」カテゴリの最新記事