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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・96〔The Summer Vacation・3〕

2022-03-10 06:59:06 | 小説6

96〔The Summer Vacation・3〕 

              

 

「勝手に東京音頭なんか流すんじゃないわよ!」

 夏木先生が、鬼の顔になって怒った。

「すみません!」

 ワケは分からないけど、研究生は怒られたら、とりあえず謝る。この世界のイロハです(^_^;)。

「あんたたちはオールディーズのイメージで売り出すんだからね。一人違う色を出されると困んのよ!」

「はい。すみませんでした!」

 そこに横から市川ディレクターが口をはさんだ。

「夏木さん。でも明日香のアクセス、3000件超えて、まだ伸びてますよ。6期生のブログじゃ最高だよ」

「うそ……ほんとだ」

 夏木先生と、市川ディレクターは20秒ほど話して結論を出した。さすがは芸能プロ。良くも悪くも頭の回転は早い。

「よし、今日一日で5000超えるようなら残してよし。超えなかったら、即刻削除。いいわね!」

「はい(*゚O゚*)!」

 と、返事したあとは、カヨちゃんたち研究生が笑って、もう別の話題になっていた。

「ええ、一昨日のバケーションの評判がいいので、急きょプロモーションビデオを撮ることになりました。ただし、製作費は安いから、無料で撮影できるところだけで撮ります。じゃ、衣装に着替えて。バスに乗り込むよ!」

「はーい!」

 で、20分後には衣装に……と言っても、一昨日のありあわせのままだけど。

 まずは、近場でアキバの駅前。バスからサッと降りたかと思うと……

「カメラ目線でもいいから、とにかくハッチャケて。フォーメーション? そんなのいいから、とにかく一本いくよ」

 マイクも何にも無し。カメラ2台。照明さん二人。音声さんは、たった一人で口パクを合わせるためだけに曲を流す。夏木先生は選抜の人たちの振り付け指導で残留。市川ディレクターとアシさんが二人っきり。

 10分で撮り終えると……どうやら撮影許可をとってないようで、お巡りさんから言われるまえに撤収。   

 次にスカイツリーが見えることだけが取り柄の、親会社ユニオシ興行の屋上。ここは自前の場所なんで、リハも含めて、一時間。それからユニオシの前。日本橋、浅草、東京タワーなんかで、ゲリラ的に数人ずつ撮影。さすが物見高いオーディエンスの人たちも「なんかやってんぞ!」と集まったころには撤収。上野のパンダ橋でやったときは、見物のオバチャンがみんなにアメチャンをくれた。たぶん大阪の団体さん。

「次は不忍池!」

 池の前、弁天堂の向こうにスカイツリーを背景に十分。大江戸放送が『東京ローカル』のロケに来てたんで、無理矢理割り込んで一曲やらせてもらう。これは市川さんのアイデアと違って、あたしたちと大江戸放送の世紀のアドリブ。生放送に5分も割り込む。お互い低予算同士の助け合い。

 バスに戻ったら、アシさん二人がロケ弁を配ってくれた。さすがにAKRのアシさん、この移動の最中に贔屓の弁当屋さんに手配してくれたらしい。

 感心してたんだけど、アシさん二人は、みんなが食べ終わるまで、打ち合わせやら、次の手配やらで走り周り。

「ロケの許可下りました」と、アシさん。

 急きょ都庁の前に行って30分。終わりの方では三月後に選挙を控えた都知事さんも出てきてノリノリ。これも互いのPR。芸能プロと政治家のやることに無駄はありません。

 さすがに衣装が汗びちゃ。


「その衣装は、ここまで。次は海水浴!」

 で、一時間半かけて湘南の海へ。その間にバスのカーテン閉めてみんなで水着に着替える。

「みんな、高画質で撮ってるから、ムダ毛の処理なんかは、忘れずに。シェーバーはここにあるから、よろしく!」

 22人の勢いはすごい。とても文章では表現できんようなありさまで、着替えたり、ムダ毛の処理したり。朝からのハイテンションで、スタッフのあらかたが男の人だということも気にならなかった。

 江ノ島海水浴場に着いたのは4時前。海水浴客が少なくなる時間帯を狙ってる。なんか思い付きで撮ってるようだけど、市川ディレクターの頭には、ちゃんとタイムテーブルがあるみたい。

 江ノ島では、フォーメーション組んで、二回撮った後は、みんなで時間いっぱい遊んだ。カメラさんは腰まで水に浸かりながら撮影……してたらしい。あたしたちは、そんなもの忘れてはしゃぎまくり!

 その日、家に帰ってパソコン見たら、アクセスは5000件を目出度く超えておりました……(^0^)!    

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明神男坂のぼりたい・95〔The Summer Vacation・2〕

2022-03-09 06:58:39 | 小説6

95〔The Summer Vacation・2〕 

 

 

 バスケット一杯のもぎたてレモン!!         

 昨日の初舞台の新聞の評さ!

 家で一番早起きのお父さんに、朝の6時に起こされて知らされた。

 いっぺんに目が覚めてしまったよ。

 あたしたちのデビューは昨日、夏休み初日の劇場公演の二番目だった。選抜メンバーのヒット曲とトークの最後に紹介された。

「ちょっと異例の早熟デビュー。でもどこか面白くて新鮮! 名無しの6期生初のお披露目! バケーション! どうぞ!」

 選抜センターの石黒麗奈さんの紹介で、あたしたちは舞台のカミシモから11人づつ出て、バケーションをかました!

 VACATION(ブイエーシーエーティアイオーエン)!

 舞台のリハは一回しかできなかったから、ぶつかったり、イントロの間にフォーメーション整えたり、はっきり言ってドンクサイ。

 だけど、歌とダンスは二日で仕上げたとは思えないくらいにイカシテタ!

 衣装は急にオソロは間に合わないので、親会社のユニオシ興行の衣装部から借りてきたオールディーズ。衣装さんの工夫で、ブラウスとスカートが半々の割合で揃ってる。それをいろいろ組み合わせてバリエーションを工夫。スカーフは首に、それぞれの工夫で巻いて、バラバラの中にも統一感。

 曲はオールディーズの代表曲なんで、たいていのお客さんもノリノリ。

 あっという間に一曲終わって、石黒さんのMCで全員が10秒ずつの自己アピール。

「東京音頭でオーディション通りました。神田明神男坂下のオネーチャン。佐藤明日香! 明日の香り! では明るく元気に東京音頭の一節を!」

「やられてたまるかあ! 一人10秒だぞ。アキバはジャンク通り。お電気娘のカヨちゃんこと白石佳代子で~す!」

 てな具合に続いて、ボロが出る直前の7分あまりで退場。

 一応観客席は湧いていた。だけど、これは選抜の人たちが作ってくれた空気に乗ってなんとか恥をかかずに済ませた程度……だと思っていた。

 ところが、新聞の評は思いがけずに好意的だった(^▽^)!

 ネットで、スポーツ新聞とか見てみると、三面のトップとはいかないけど、各紙とも二三段くらいのコラムで書いてくれてて、さっきの「もぎたてレモン」やら「異色の6期生デビュー!」とか書いてくれていた。

「そだ、ブログだ(*゚▽゚)!」

 あたしたちは、研究生になった時からブログのソフトを渡されて毎日更新してる。AKRだったらいっぱいアクセスがあると思ってたけど、まだ顔も見たことない研究生へのアクセスは少なくて、日に300ほどだったけど、昨日は1000件を超えた。

 コメントが20個ほど着てて「明日香の東京音頭が聞いてみたいぞ!」いう書き込みが多かった。

 動画で東京音頭を撮って、さっそく流そうと思って、美枝、ゆかり、麻友の三人にメール。いきつけのカラオケ屋で動画を撮ってYoutubeでアップロード。ほんとは、そのままカラオケで遊んでいたかったけど、夏休みは午後からみっちりレッスン。

「ごめん、また今度!」

 で、スタジオに行ったら、夏木先生に怒られた……(^_^;)。
 

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明神男坂のぼりたい・94〔The Summer Vacation・1〕

2022-03-08 06:11:58 | 小説6

94〔The Summer Vacation・1〕 

         


 夏休み(The Summer Vacation)が始まった!

 

 なんの予定も目標も無くても、夏休みの初日は楽しいもんだと決まってる……いつもは。

 今年は、ちょっとちがう。

 美枝の連れ子同士の、それも女子高生と大学生のデキチャッタ結婚も丸く収まった。アメリカの高校まで行く必要も無くなった。

 一昨日の晩、美枝の家でお父さん・お母さん・お兄さん兼ダンナ・美枝本人と2時間ケンケンガクガクの大論争。

 だけど、あたしがAKRの研究生だということが分かったとたんに、コロッと話が片付いた。

 AKRの看板が水戸黄門の印籠になるとは思わなかった。

 

 さつきに言われて考えた。

 

 お父さんもお母さんも、美枝の顔見てたら無理だというのが分かってきた。しかし、話の勢いで簡単に引き下がるわけにはいかなくて。そこで、あたしのAKRの話に感心したふりして、矛先を収めた。

 男坂で待ってくれていたのも嬉しかった。出雲阿国も来てくれて……ゆず餅おいしかった。

 水天宮さまも気に掛けてくださったみたいだしね、お団子食べに来たついでというのが奥ゆかしいよ。

 水天宮さまの本性は建礼門院。

 あとで調べたら、平清盛の娘の徳子。壇ノ浦の戦いで、子どもの安徳天皇といっしょに海に身を投げて、平家一門の中で、ただ一人助かった人。

 きっと、子どもの安徳天皇への気持ちの強さから水天宮になったんだ。

 ググったら、安徳天皇、母親の二位の尼もいっしょに祀られていて、今は幸せそう。

 そうだよね、自分が幸せでないと、人の気持ちに寄り添ったりはできないだろうしね。

 

 あたし、ちゃんとお礼言えたかな……言ったような気はするけど……ゆず餅もらって「ありがとう」しか言えてないかも。

 

 で、昨日スタジオにいくとびっくりした。

「君らのデビュー曲が決まった」

 市川ディレクターが直々に言った。

「ええ!?」「ウワー!」いうのが22人のメンバーの反応。

「正直、デビューさせんのはまだ早い。未完成。ただ、他の期の研究生と違って、えらくハッチャけた感じが、とても新鮮で面白い。この新鮮さは、上手くなるに従って失われていくと、ボクや笠松さん、夏木さんも感じてる。AKRは元々ファンの人たちに押されながら成長するのがコンセプトだった。ところが競合するグループの完成度が年々高くなるので、いつのまにか完成度が高くなりすぎて、高止まりのマンネリの傾向にある。そこで、君たちは、あえて未完成過ぎるくらいのところで出すことになりました」

 後を夏木さんが続けた。

「この方針は決まったばかりで、曲も振り付けも一からでは間に合わないので、逆手にとって、リメイクでいきます!」

 パチン

 夏木さんが指を鳴らすと曲がかかった。

 V・A・C・A・T・I・O・N 楽しいな(^▽^)/    

「コニー・フランシスの名曲。オールディーズの代表曲。これをひと夏やります。さ、立って、振り付けいくわよ!」

 あたし、あたしたちの「バケーション」という名前の目標というよりは、戦いが、ここから始まった!

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明神男坂のぼりたい・93〔人生出来たとこ勝負でゆず餅〕

2022-03-07 08:40:40 | 小説6

93〔人生出来たとこ勝負でゆず餅〕 

       

 


「人生って、出来たとこ勝負だと思うんです!」

 なんともヘタクソに大見栄を切ったのは、夕べ。

 AKRのレッスンが終わって、なんと夜中の10時に美枝の家のリビングで中尾一家を前に大演説をぶった!


「それ、出たとこ勝負じゃないの?」

 元凶の兄貴が鼻先で言いう。

「いいえ『出来たとこ』です。お腹の中の赤ちゃんが、まさにそうです!」

「そうか、言葉のあやで、来ようってか」

「美枝に赤ちゃんが出来て、二人で夫婦になる。この大前提は了解してもらえますね?」

「ああ、だから、こんな夜中にみんなに集まってもらってる」

 お父さんが鷹揚なんか嫌味なんか分からん言い方をする。

「それを了解してもらえたら、結論は一つです。美枝を東京に置いて、全うさせるのが正しいんです」

「だけど、美枝は、こう見えてプレッシャーには弱い子なんだ。学校や世間で噂になったら耐えられないよ」


 ムカついた。

 

 耐えられんような現状にしたんはあんただろ! 

 それに、いかにも秘密がバレるのはあたしたちからだろうという上から目線!


「あたしたちがバラさなくても、見学ばっかりの体育とか、体つきの変化なんかで必ず分かってしまいます。確かに、アメリカに行けば一時秘密は隠せます。だけど、お兄さん……ダンナさんには分からないでしょうけど、それは逃げたことと同じです」

「逃げて悪いのかい? 母親の心理はお腹の中の子供にも影響するんだ。プレッシャーの少ない環境で、出産させてやりたいと思うのが配偶者のつとめだろう?」

 どの口が言うとんねん! アメリカ行きの費用持つのはあんたの親だろが!

「逃げたという負い目は一生残ります。それこそ、赤ちゃんに悪い影響……場合によっては、流産、切迫早産の危険もあります」

「そんなことは……」

「あります。これ、厚労省の資料です。『高校生などの若年出産のリスク』という統計資料です。社会的な体面などを考えて妊婦の環境を変えた場合の問題点に、逃避的対応をとった場合の影響に出てます」

 お母さんが、興味を示してスマホの画面を見た。美枝自身は俯いたまんま。

 美枝はもともとは内弁慶な子だ。親しい仲間や地域の中でこそ大きな顔して『進んだ女子高生』ぶってるけど、アメリカみたいに、まるで違う環境に入ってしまったら青菜に塩になるに決まってる。

「無事に出産できたとしても、美枝には逃げ癖がつくと思うんです。なにか困ったことがあったら、親が助けてくれる。逃がしてくれる。その方が本人のためにも生まれてくる子にも、長い目で見ると悪い影響が出ます」

「しかしねえ、鈴木さん」

 お母さんが口を開く。

「無事に出産することが大事だと思うの。万一の事があって、生まれてくる子供や母体に影響が出て……場合に寄っちゃ流産したり、子どもに障害が残ることもあるのよ。そういうリスクを小さくしてやることも親の務めだと思うの」

 親の務め……もうちょっと前に発揮しておくべきだよ。

「美枝を出産するときも、ちょっと大変だったのよ」

「え、美枝の時もですか?」

 ニュアンスで母体の事では無くて、出産する環境の事だと思った。

「え、まあ……」

 言葉を濁すくらいなら言わないでほしい。

「でも、お母さん、美枝は無事に育ってきたじゃありませんか!」

 理屈じゃない、無事健康に育って出産までしようって美枝そのものをタテにする。

 ひょっとして、美枝の体や生まれてくる赤ちゃんの事とではなく、世間の聞こえを意識?

 でも、それを言ったら、きっとご破算になってしまう。

 最後の最後は美枝自身の気持ちなんだけど、大事なとこで俯いたまんま。

 

 それから、一時間近くも議論した。

 

「もう時間も遅い。日を改めて話そうじゃないか」

「無理言いますけど、結論出しましょう。延ばしたら美枝が苦しむだけです」

「もともとね、こんな平日の夜中に話そうってのが無茶なんだよ。土曜でも日曜日でも……」

「土曜は都合がつかない。そうおっしゃったのはお父さんです。日曜はお兄……ダンナさんが都合が悪いって、伺いました」

「じゃあ、一週間延ばせばよかったじゃん」

「その一週間、美枝は苦しいままなんですよ!」

「でも、こう言うとなんだけど、今日は私は昼からスケジュールが空いていた。こんな時間に設定したのは、鈴木さん、あんたの都合……責めるような言い方で申し訳ないけど。あんたが、そこまで言うんだったら……なあ」

「すみません、それはあたしの都合で……」

 雪隠づめの沈黙になってしまった。

 ヤバイ……。

「明日香は、AKRのレッスンがあるんだよ……」

 美枝が呟くように言う、せめてもの義理立てなんだろうけど、もっと自分のこと言えよなあ。

「AKRって、あのAKR47のことかい?」

「は、はい。なりたての研究生ですけど……」

「「「え!?」」」

「すごいよ、あれ2800人受けて20人ほどしか受からなかったんだろ!?」

 意外なとこで、美枝の家族が感動した。

「さぞかし、ダンスやらボイトレとか、普段から習っていたんだろう!?」

「いいえ、進路選択の一つで体験入学みたいなつもりで受けたら通ったんです。で……出来たとこ勝負でやってます」

 あたしが、その時、初めて見せてしまった弱み……だけど、これが功を奏した。

「AKRに合格するような子なら、こちらも真剣に耳を傾けなきゃ!」

 え、今までは真剣じゃなかったの?

 で、美枝のアメリカ行きは沙汰やみになった。

 

 お疲れさん

 

 美枝の家を出て二十分、クタクタになって家に入ろうと思ったら、男坂の上の方から声がする。

 ……さつき?

 団子屋のお仕着せのままで、オイデオイデする。

 話があるんなら、そっちから来いよ……思いながら石段を上がる。

 すると、さつきもゆっくりと下りてきて、真ん中の踊り場のところで、揃って腰を下ろす。

「うちで話すんっじゃダメだったの?」

「いや、ちょっと、ここで話したい気分でな。今の今まで仕込みの手伝いしてたしな」

 そういえば、さつきから柑橘系のいい匂いがする。

「こんどゆず餅を出すんでな。また食べに来い」

「うん」

「よくやったよ明日香」

「うん、でも、AKRで納得されてもね……」

「けっきょく、親の意地なんだよ。明日香の言うことも美枝の事も分かってるんだけどな、言い出した手前引っ込みつかなかっただけさ」

「そうなの?」

「そうさ、まあ、明日香の熱意に『こういう友だちがいるなら』って、賭けてみようって気になったこともあると思う」

「う、うん……」

「自分たちの都合で再婚した夫婦だから、子どもに負い目がある。それが、ああいう気づかいになった」

「そうなの?」

「ああ、そうだ、人間には、そういうところがある。親も兄貴も問題ありだけどな、美枝が受け入れて愛情を感じてるんだ、明日香には分からない美点もあるんだ」

「うん、それは分かってる」

「だったらいい」

「うん」

「とにかく、よくやったぞ、明日香は」

「……あのさ」

「なんだ?」

「なんで、今夜は優しいの? いつもは、もっとツッケンドンじゃん」

「ああ……たまたまだ」

 さつきが目をそらすと、柑橘系の匂いが強くなってきた。

 

 水天宮さまよ

 

 びっくりして振り仰ぐと、二段ほど後ろに出雲阿国が同じお仕着せで立っている。

「水天宮……ああ、こないだ行った?」

「うん、お団子食べにいらっしゃって『みんな良い子たちですね』って仰ってたわよ」

「……水天宮さまって?」

 お参りには行ったけど、御祭神とかは確認しそこねた。

「ハハハ、『何ごとのおわしますかは知らねども』というやつだな」

「え?」

「水天宮の御祭神は建礼門院さまよ」

「建礼門院……」

「子どもを産んで育てることに、人一倍の想いのあるお方。その水天宮様に来られちゃねえ、さつきさん」

「いや、そういうわけじゃ……」

「ちょうど、ゆず餅あがったから……試供品よ、どうぞ」

「あ、ありがとう」

 竹の皮で包んだゆず餅を受け取ったところで意識が飛んだ。

 

 気が付くと、着替えもしないで自分のベッドで寝ていた。

 いつもより十分早く目覚めた部屋は、ゆずの香りに満ちていた。

 

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明神男坂のぼりたい・92〔初めての水天宮!〕

2022-03-06 08:51:07 | 小説6

92〔初めての水天宮!〕 

        

 


 高校生の妊娠は珍しくない。連れ子同士の結婚も、ままあること。

 だけど、この両方をいっぺんにやってしまうことは、大変珍しい。

 その珍しいことを、美枝はヌケヌケとやってしまった。

 信じられないことに、美枝の親も異議はないらしい。

 学校も生徒の妊娠ということは過去にいくつかあったみたいで対応は早いというか、マニュアル通り。

 職員会議にかけて、全教職員が共通認識をもっておく。一般の生徒には妊娠の事実は知られないようにする。体育は基本的には見学にする。修学旅行は不参加。妊娠の状態が顕著になる7か月目以降は、医師の診断書により休学とする。

 それに加えて、美枝の場合は、あたしとゆかり、それに麻友が知っているので、三人は秘密を守るとともに、出来うる限り美枝を見守ってやることが付け加わる。

「見守るって、どうすることですか?」

 相談室で、ガンダムに質問した。AMY三人娘と麻友がいっしょ。

「見守りは見守りだ。第一には他の生徒には分からないようにすること。積極的に触れまわったりしないが、美枝は心臓疾患ということにしておく。くれぐれも頼んだぞ」

 要は、あたしたちへの口止め。普通、生徒の妊娠は、友達にも言わない。それが、美枝は、あたしらに言ってしまったので、学校としては言わざるをえない。

 ガンダムには悪いけど、これは学校のアリバイ。

 学校としては事情を知ってる生徒には注意した。だから、万一他の生徒にバレても、学校の責任じゃない。元学校の先生を親に持つと、このへんの機微は分かりすぎるくらいに分かってしまう。

「まあ、こんなもんは想定内のことだから、よろしく頼むわ」

 と、昨日の美枝はお気楽だった。ゆかりと麻友は秘密を共有したパルチザンの同志みたいに興奮していた。あたしもできてしまったものはしかたないので、調子を合わせておく。

「安産祈願に行きたい!」

 帰り道の外堀通りで、美枝が立ち止まる。

「「「安産祈願!?」」」

 ゆかりと麻友と三人そろって驚く。

「うん、やっぱり、やるべきことはやっておきたいの!」

 ということで、神田明神に向かう。

 あたしの神さまだし、三人とも何度か連れて来たし、神頼みと言うことになると、ここになる。

 

 大鳥居が見えて、だんご屋の前までくると、美枝が立ち止まった。

「どうかした?」

「神田明神て、安産祈願……」

「うん、やってるよ。お願い事ならなんでもありだよ」

 子どものころから知ってるし、この界隈の人間は、お願い事は、全部明神さまで済ませている。

 おらが村っていうか、我が街の神さまって感じで、例えは悪いけど、買い物と言ったら、まず近所のスーパー。具合が悪いといってはかかりつけのお医者さん。そんな感じ。

「でも、専門じゃないんだよね」

「え……まあ」

「ちょっと待って……」

 美枝は、スマホを出してググり出した。

 団子屋の前なもんだから、店の中から視線を感じる。

 チラ見すると、おばちゃん、さつき、に、最近入った出雲阿国までが、こっち見てる。

 おばちゃんは、近所のあたしが友だちと仲良く喋ってる的に微笑ましく見てるけど、さつきと出雲阿国は神さまみたいなもんだから、会話の内容も分かってるみたいでニヤニヤしてる。

「あ、水天宮が専門だ!」

 クレープの専門店見つけたみたいなノリで美枝が指を立てる。

「日本橋だ、ここからならタクシーの方が安いよ」

 言うが早いか美枝は、立てた指を親指に換えて歩道に走る。

―― この浮気者めえ ――

 さつきのジト目を感じながら、スグに掴まったタクシーに乗って水天宮を目指した。

 

「うわあ、きれい!」

 

 始めてやってきた水天宮はでっかい神棚って感じ。

 数年前に造替工事(ぞうたいこうじ)が終わったばかりで、白木の肌も初々しく、神田明神に慣れ親しんだわたしは、ちょっと意表を突かれる。

「こういうのもいいねえ!」

 お参りの目的も忘れて見とれてしまう。

 神田明神も、お社は古くない。関東大震災のあとに鉄筋コンクリートで立て直され、メンテも行き届いているので由緒の割には古さを感じさせない。

 だけど、新築同然みたいな水天宮の清々しさは、やっぱりいい。

「おお、免震構造だって!」

 近ごろ漢字にも強くなった麻友が感動(半分は読めた感動なんだけど)して指さす。

「なるほど……お社ごと免振装置の上に乗っかってるんだねえ」

「地震の時には、ここに来ればいいね!」

「なんか、いかにも安産に向いてますって感じ!」

 嬉しくなって、遠足か修学旅行かってノリになってしまう。

「あ、ご挨拶忘れてるよ!」

「「「ああ!?」」」

 もういちど鳥居の外に出てお辞儀のし直し。

 石畳は神さまの道なので、端っこを歩いて、手水舎で手を洗って拝殿で二礼二拍手一礼。

 明神さまのお参りで慣れているので、四人きちんとできました。

 子宝犬ってブロンズがある。

 母犬に子犬がじゃれてる周りに、十二支のお饅頭みたいなデッパリがあって、自分の干支を撫でておくと効くらしい。

 安産だけではなく『無事成長』ってのもあるんで、美枝以外の三人も自分の成長を祈ってスリスリ。

「ほんとうは御祈祷とかもしてもらいたいんだけどね……」

 サバサバした美枝だけど、やっぱ制服姿で安産祈願は腰が引けるらしく、安産のお守りだけをゲット。

 巫女さんは、ニコニコとお守りを渡してくれたけど、女子高生四人のお参り……どう思ったかな?

 いやいや、日本の神さまは懐が深い。安心しよう。

 

「おや、先ほどの……」

 

 タクシーに乗ったら、偶然来た時と同じタクシー。

 でも、運転手の小父さんは、それ以上余計なことを言わずに運転してくれる。

「はい、お待ちどうさま」

 降りる時に、運転手さんのプロフ(運転手席の後ろにあるやつ)を見ると。

 え?

 運転手の名前は『平将門』とあった。

 ま、まさかね(^_^;)。

 

 楽しい安産祈願になったけど、このままうまくいくだろうか……不安がよぎるけど、美枝の幸せそうな顔。

 取りあえずは、おめでとう!

 

 だけど、予感は、あくる日には現実になってしまった。

「親が秋からアメリカの高校に行けっていうの!」

 昨日とは打って変わって、泣きそうな顔で言ってきた。

「どういうことよ!?」

 ゆかりが、目を吊り上げる。

「それが……」
「それが、どうしたの!?」

「三人に言ってしまったって言ったら、それは漏れる可能性が高い。漏れてからでは逃げるみたいでゲンが悪い。幸いアメリカは9月から新学年。向こうは学校に託児所まである。卒業までは、そうしなさい」

 と、言われたまんまぶちまけた。

 言われたあたしたちは頭から信用されてないみたいで気分が悪い。麻友なんかはユデダコみたいになって怒って叫んだけど、スペイン語なのでよく分からない。

 ゆかりが、静かに言った。

「あたしたちのつきあいは、そんなもんじゃまいでしょ……そう言うご両親も情けないけど、それを、そのまま聞いてきて一言も言えないで、あたしたちに言う美枝も美枝だと思うよ」

「これは、新しい命を授かるための神様からの試練よ。美枝自身が決めなきゃ仕方がないわよ」

 深呼吸を十回くらいやった麻友は、やっと日本語でカトリックらしいことを言う。

 美枝は怒るし、麻友は神父さんみたいに浮世離れしてしまうし、AKRのレッスンの時間は迫ってくるし。

「分かった、あたしがお父さんとお母さんを説得してやる!」

 口先女の悪いクセが出てしまった……。

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明神男坂のぼりたい・91〔金の心〕

2022-03-05 06:21:05 | 小説6

91〔金の心〕 

 

 

 こんな夢を見た。

 

 どういうわけか、学校のプールサイドをグルグル歩いている。

 プールサイドにもプールの中にも誰も居ない。だけど学校の水着を着てるから授業なのかもしれない。

 何周か歩いていると、かすかにみんなの声やら宇賀先生の声が聞こえ始める。

 やっぱり授業中。あたしってば授業中に、ひとりウロウロしてるんだ。

 あたしが一人勝手にウロウロしていても、だれもなんにも言わない。

 シカト……とじゃない。

 みんな、あたしの存在に気づこうともしない。

 そのうち、胸がモゾモゾ(ドキドキじゃない)してきて、あろうことか、水着を通して自分の心がヌメヌメと出てくる。

 え……ええ?

 受け止めた手の上でプルンプルン。プルンプルンなんだけど、金色に輝いてる。だからうろたえながらも、なんか凄いと思った。

「うわあ、あたしの心は金でできてる!」

 ひとりで喜んでいたら、その金の心が手を滑って落ちてしまった。

 ポチャン

「あっ!?」

 金の心は、どんどんプールの底に落ちていって見えなくなってしまう。

 なぜかプールのそこだけが深くなっていて、暗く見える。

「先生、心を落としました!」

 そう言っても、先生はチラ見しただけでシカト。クラスのみんなは見向きもしない。

「ああ、心が、あたしの心が……」

 いつもだったら平気で飛び込めるプールなんだけど、プールのそこには大きな穴が開いていて底が見えない。心は、その穴の中に潜り込んでしまったみたい。

「ああ……どうしよう、どうしよう……」

 オロオロしてるうちに、プールの穴の中からヴィーナスみたいな女神さまが現れた。

「明日香さん。いま、このプールに心を落としたでしょう? 明日香さんが落としたのは、鉄の心? 銀の心? それとも金…………メッキの心?」

 これって、なんかに似てるんだけど、ちょっとちがう。金は金で、金メッキなんかじゃない。だから、あたしは正直に答えた。

「三つとも違います。落としたのは金の心です!」

「あら、そう?」

「はい、生まれたての赤ちゃんみたいにグニャグニャなんだけど、ピカピカ金色に輝く心です」

「困ったわね。落ちてきたのは、この三つしかないのよ」

「だけど、ちがいます」

「でもね……」

「あたし、自分で探します!」

 そう言って、水に飛び込もうとしたら止められた。

「そのままの格好で飛び込んでも、ここは、ただのプールよ。あの底の穴にはたどりつけない」

「どうしたらいいんですか?」

「裸になりなさい」

「……裸みたいなもんですけど」

「ダメ、水着を着ていてはたどり着けないわ。それ脱がなくっちゃ」

 そう言えば、女神様はスッポンポン。微妙なところは、ごく自然に手で隠してる。

 ……うう、どうせみんなシカトしてるんだ!

 そう思って、あたしは裸になった。

「え!、あすかスッポンポン!」
「ヘアヌードだ!」
「鈴木さん、裸になっちゃダメでしょ!」

 そんな声が聞こえてきたけど、あたしは構わずにプールに飛び込んだ。

 ドボーン!

 いったん顔を出して精一杯肺に空気を溜めると、穴を目指して潜り込む。

 ムグググ……

 もう少しで穴の中というところで、なんだか怖なってきて、なかなか進めない。

 く、くそ……!

 やっとの思いで穴に入ろうとすると、妙な抵抗感。それも、なんとか突き破って中に入ると、真っ暗で先が見えない。だんだん息が苦しくなってくる。

――だめだ、もう、もたない!――

 

 そこで目が覚めた。

 

 気づくと、お饅頭の入ったビニール袋を握っている。

 ああ……さつきが試供品とか言って持って帰ったんだっけ。

 振り返ると、もう、さつきの姿は無かった。

 そうなんだ、この頃は、仕込みの段階からやってるって言ってた。

 出雲阿国が加わって、なんだか近ごろ、さらに生き生きしてる。

 そういやあ、見事なスッポンポンに目を奪われてたけど、あの女神様、さつきに似ていたかも。

 

 ゆかりからメールが来ていた。

 

―― 美枝のことは、心配いりません。なんとかまとまりつつあります。アスカは自分のことに集中して ――

 

 カーテンを開けると、台風一過の上天気、ちょっと寂しい心は押し殺して、AKRの鬼のレッスンに出かけた。

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明神男坂のぼりたい・90〔いいかげんにしなさい!〕

2022-03-04 07:19:40 | 小説6

90〔いいかげんにしなさい!〕 

        

 


 再婚同士の連れ子は法的には結婚できる。

 法律的にはそうだけども、美枝自身もはっきり言ってたことだけども……ほんとうにするとは思ってなかった。

―― うそだ ――

 心の中から声が聞こえる。うちの内心の声かさつきかはよくわからない。だけど、最初に思ったのはそれだった。

 二か月ほども前から、あたしは美枝の気持ちを知っていた。

「連れ子同士だけど、結婚はできる」

 美枝の、その言葉を、どこかでスルーしてきた。

 なんと言っても、美枝は、まだ十七歳。あたしもそうだけど。

 結婚とか、妊娠とかは、まだ子供の背伸びした夢か怖れ程度にしか受け止めてなかった……いや、ウソだ。

 高校生の妊娠騒ぎは、けっこうあるのは知っていた。お父さんも現役の教師だったころ、この問題で走り回っていたことがある。連れ子同士の結婚も、多くはないけど、普通にあることも知っていた。

 偶然だったけど、美枝の家に行く前に寄ったコンビニで、美枝のお兄さんがコンドーさん買ってたのも見てる。だから、美枝が妊娠することは無いと、どこかでタカをくくってた。

 いや、ウソだ。ゆかりは、しっかり知っていた。ゆかりは友達としての寄り添い方が違う。

 あたしはAKRに入って、正直きつい毎日。別の心が「仕方ないよ」と言ってる……それも、そうかなと思う。

 気持ちを聞いたとき一度は反対はしてる。

 でも、それは、言い訳のアリバイ。また、心のどこかが呟く。

 

 この二日、レッスンはさんざんだった。

 

「どうしたの、明日香全然だよ!」「いいかげんにしなさい!」一昨日も昨日も夏木先生に注意された。

「たとえ親が死んでも、平気でやれなきゃ、この世界は通用しないのよ!」

 夏木先生の理屈は、その通りだけど、気持ちが素直には着いてこない。

―― あたしは、メッチャ忙しい。美枝には一度ならず注意はした。愛していたらコンドーなんか使うなってバカを言ってた、でも、あれは子どもが拗ねていたようなもの、まさか本気で……でも、要は本人の問題、美枝がうかつだった。だけど……だけど、それで済むか? ――

 あたしの頭は、この三日間同じところをグルグル回ってる。

 今日も、そんな気持ちを引きずりながらAKRのスタジオまで来てしまった。スタジオが入ってるビルの手前でカヨちゃんが待っていた。

「ちょっといい?」

 カヨさんに、ビルの裏側に連れていかれた。ビルと車道のバンの間で、カヨさんは振り返った。

「今からしばく」

 バシッ!

 真剣な目で見られた直後、左のほっぺたに痛みを感じた。

 小学校の時、お母さんにぶたれて以来だった。

「カヨちゃん……」

「あたしたちはプロ、外のこと引きずってくんな! なにがあったか知らないけど、そんなことであたしらの足引っ張らないで。友達だから、一回だけは言っとく!」

 そう言うとカヨちゃんは、さっさとスタジオの方に行った。

 いろんなものがせきあげてきて、涙がぽろぽろこぼれてきた……。

 

 

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明神男坂のぼりたい・89〔テストの終わりと、その始まりと〕

2022-03-03 07:12:28 | 小説6

89〔テストの終わりと、その始まりと〕 

 

 

 出来不出来にかかわらず、テストの最終日、終わった瞬間は嬉しい!

「ウワー!」「終わったあ!」「ホエー!」「やったー!」という感激と開放感と、達成感やらやけくそやらのため息とも歓声ともつかない言葉が教室に満ちた。


 AMY三人娘(明日香 美枝 ゆかり)と麻友とで、放課後カラオケに行く話がまとまった。その直後担任のガンダムが入ってきてホームルーム。終業式までの短縮授業の説明。

――なんでテストのあと休みにしないかなあ――

 両親揃って元教師というあたしは、昔の学校は期末テストが終わったら試験休みがあったのを知ってる。週休二日制になって授業時間が足りないというので、期末テストのあとも授業をやるようになった。

 だけど、週に二回7時間目の授業をやったり、土曜に検定なんか持ってきて、実質的には不足分は消化されてる。納得できないんだけど、元来「そのとき少女」。とりあえず、今日が楽しく乗り切れたら、それでいい!

「えーーーと、このあと文化祭についての取り組みを話し合わなくちゃならないんだけど、安室、南、なんかあるか?」

「あ、うちはサンバて決まってますから、企画書も生徒会からもらって書けてます」

「あ、そうだったな。じゃあ……なにか係とか決めることないのか?」

 どうやら、ホームルームは30分ぐらいはやらなくっちゃならない縛りがあるみたい。

「細かいことは、いくつかありますけど、よそのクラスの出方も見たいですから……まあ、サンバのリーダーの決定ができた方が……いいかな?」

「あ、それ、あたしがやります!」

 麻友が立候補。あっさり決まってしまう。

「サブリーダーが、何人かいると思うから、あたしと美枝と明日香の三人で、さっそく今日からやります」

 カラオケに、サンバの実技講習という名目が、あっさりついてしまった。

 結局、机を整理して、みんなで掃除しておしまいになった。よそのクラスよりも早く終わってラッキーだった。

 食堂で燃料補給してる時に関根先輩からメール――今日はなんか予定あんのか?――

 ムム

 ちょっと心が動いたけど、カラオケのスケジュールが決まってるんで――残念無念! 文化祭の稽古が入ってますm(_ _)m――と無念のメールを返す。

 燃料補給して、すぐにカラオケに出張る。


「まあ、時間はたっぷり。サンバの前にテンション上げよっか!」

 セロテープと女子高生の屁理屈は、どこにでもくっ付く、あたしらは二時間ほどノロノリで歌いまくった!

「ちょっとは、サンバもしとこっか?」

 ゆかりが、そう言ったときは、もう4時前。

「じゃ、基本からいくわね」

 麻友が立ち上がって、基本のステップを示してくれた。

 ここまではよかった。

 次に体をスクランブルさせるような独特のシェイクの練習に入ったとき、美枝がしり込みをした。

「あたし……できない」

「美枝?」

 一瞬なんのことか分からなかった。麻友は、いっそう分からない。

「あたしが代わって言うわ。いいね美枝?」

「……うん」

「あたしたちだけの秘密にしといてね……美枝……妊娠してんの」


「「「………………!?」」」


 空が落ちてきたみたいなショックだった……!

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明神男坂のぼりたい・88〔麻友と久々の志忠屋〕

2022-03-02 07:04:05 | 小説6

88〔麻友と久々の志忠屋〕 

       


 今日のテスト勉強も麻友の世話になる。

 学校では落ち着かないので、麻友へのお礼を兼ねて志忠屋へいく。

 あ、1月に行ったきりだから忘れてる人も多いかも知れないね。

 志忠屋のオーナーシェフはお父さんの40年来のお友だちで、映画評論の傍らイタ飯屋さんをやっている。おもしろいオジサンで、あたしも子供のころから何かにつけて世話になってる。春からのリニューアルで、夜の営業だけになってしまったけど、この7月から、やっとランチ再開。

 でもって、あたし自身楽しみで麻友を誘って来たわけよ。2時でランチタイムは終わるけど、あとのアイドルタイム(準備中)は、テーブル席を使わせてくれる。麻友へのお礼と勉強と人生相談を兼ねた要領のいい企画なわけですよ。

      

「おいしいね、ここのパスタ!」


 海の幸パスタに麻友は大感激。見かけによらん明るさと大きな声にタキさんが興味を持った。

「明日香もおもろそうな友達持ったな」
「あたしの師匠。で、新しい親友。麻友はね……」

 麻友のあれこれを話すとタキさんもKチーフも、俄然麻友に興味を持ってくれたみたい。気が付くと店のBGMが、いつのまにかサンバに変わっていた。麻友の体が小刻みにリズムを取り始める。

「ちょっとハジケテもいいですか?」

「ああ、いいよ。アイドルタイムだから」


「イヤッホー!」


 頭のテッペンから声出して、麻友はハジケた。オッサン二人とあたしが、鍋の蓋やらグラスでリズムをとると、麻友は一人で店の中をリオのカーニバルにしてしまった。

「さすが、ブラジルだなあ!」
「ワールドカップで夜も寝られねえだろ!?」
「ネイマールの怪我、わしらでも、アって思ったもんな!」

「え、あ……サッカー嫌いだし……」

 麻友の冷めた言い回しに、盛り上がった店の空気がいっぺんに冷めてしまった。

「麻友ちゃんは、なんか胸にありそうだな……」

 優しく言いながら、タキさんはサービスでオレンジジュースを出してくれた。麻友は例の定期入れの写真を出した。

「お兄さん……」
「十八になります……生きていたら」

 麻友の目から涙が溢れた……。

 涙ながらの麻友の話をまとめると、こんな感じだった。


 麻友の兄の友一(ゆういち)は、ハイスクールでサッカーのエースだった。それが去年の試合で凡ミスをやり、決勝戦を落としてしまった。

 そして、試合の帰り道、みんなからハミゴにされて帰る途中、道路を渡ろうとして車に跳ねられた。

 直接の原因はいっしょに道路を渡ろうとした子供だった。車は子供を避けようとして、ハンドルを切った。

 この時、ハンドルの切り方には二つの選択肢があったそうなんだ。右に切れば、通行人の誰にも接触しないが、スピンして、向かいの店に突っ込みそうだった。左に切れば友一を引っかけそうだったが、友一の運動神経なら、避けてくれると運転手は判断し、ハンドルを左に切った。

 そして、兄の友一は車に跳ねられて亡くなってしまった。そして、運転手は、同じサッカーチームのメンバーだった。

 麻友と両親は、運転していたチームメイトに殺意があると思った、少なくとも未必の故意があると。

 しかし、警察も世論も、チームメイトの味方ををした。父親は裁判まで持ち込んだけど負けた……だけじゃなくって、町中から非難のまなざしで見られた。で、勤めていた日系企業の日本本社への転勤を希望して、親子三人で東京に越してきたんだそうだ。

 初めて麻友の秘密を知った。

 もう明日のテストは欠点でもいいと思った。

 だけど、麻友は切り替えが早い。

 おしぼりで顔を拭くと、きっちり一時間かけて、明日のテストの山を教えてくれた。駅まで歩いてるときは、もう普通の麻友だった。

 

 その日のAKRのレッスンは快調で夏木先生にも誉めてもらえた。

 

「歌も踊りも、元気でハリがあってグッド! それでいて少女の憂いってか、存在の悲しさが出てて、とても良かったよ。この曲に関しては選抜級だ!」

 あたしには、それが麻友の影響だというのが分かった。そして、その誉め言葉に喜んでる自分も発見。

 自分がメッチャ嫌な子に思えてきたよ。

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明神男坂のぼりたい・87〔5/4拍子の恐怖〕

2022-03-01 06:51:22 | 小説6

87〔5/4拍子の恐怖〕 

       


 4分の5拍子のリズムはむつかしい。

 ♪♩♪♩♩♩

 分かる、このリズム?

 タ・タン・タ・タン・タン・タンてな具合で、メッチャ難しい。あたしたちは、これを『テイクファイブ』いう有名な曲でやらされた。

 あたりまえだけど、学校の授業じゃないよ。

 AKRのレッスン。

 こんなリズムは、アイドルグループの曲の中では絶対出てこない。それをなんでノッケからやらせるのか?

 自信を崩すため……一昨日のレッスンで夏木先生が、全員アウトになったあとに白い歯をむき出しにして言う。

「あんたたちはね、2800人の中から選ばれたから、どこかで自分は特別だと思ってんのよ。確かに、既成のアイドルグループのコピーは上手いわよ。でも、それって、やっぱ、ただのコピー。英語の曲が歌えるから英語が喋れると誤解してるようなもの。どんなリズムでも刻めるようにならなきゃ、オリジナリティーのあるプロにはなれないのよ」

 と手厳しい。

「これで、自分は素人だという自信が湧いてくるでしょ」

 アハハハハハ(;'∀')

 引きつった笑いが起こる。

 さすがにプロのインストラクター、自信を崩すのもノセルのも上手かった。

 これで、わだかまりなく素人の意識から謙虚にレッスンを受けられるようになった。

 でも、あたしとカヨさんは、ここから恐怖が蘇ってきた。そう、あの難波の事故。

 事故直後は、わりに平気だった。目の前にRV車が突っ込んできて、10人の重軽傷者が出た。一番近くに転がってたオッチャンなんか、壊れた人形みたいに不自然な格好で倒れてた。だいたい道路で人が転がってること自体がシュールで怖いよ。
 それが、五拍子のリズムができるようになった途端に「怖いこと」として、頭の中でフラッシュバックするようになってしまった。

 もともと勉強が嫌いなところにもってきて、このフラッシュバック。試験が全然手につかない。

 そんなあたしの様子に気づいてくれたんは麻友だった。

「あんな事故目の前にしたら、気持ちが入らないよね……」

 見透かした上で寄り添ってくれた。美枝とゆかりも気づいたみたいだけど、こういう時は大人数でゴチャゴチャ言うよりは、訳の分かった者が一人で相手にするほうがいいと、二人きりにしてくれた。

 ありがたかった。

 試験中だから、レッスンまでには4時間ほどある。

 一人で勉強できる状態じゃなかったので、おおいに助かった。

 麻友というのは、ブラジルからの帰国子女。

 見た目はうりざね顔のベッピンさんなんだけど、それが中身はコテコテのラテン系。

 この子のお蔭で、文化祭ではリオのカーニバルをやることになっている。プールで着替える時も、クルリとスッポンポンになって、鏡で自分の体を点検してから、チャッチャっと着替える。最初のプールで、真っ先にプールに飛び込んでガンダムに怒られもした。

 だけど、事故で顔に怪我した宇賀先生には、真っ先に労わりの言葉をかけていた。

 まだ、転校してきてから一か月足らずだけど、うまいこと馴染んでいる。

「……だから、ここは、この公式をそのまま使って。あとは、ただの応用。試しに、この三番目の問題やってごらんよ」

 麻友は、数学オンチのあたしに噛んで含めるように教えてくれる。

「そうかあ、こういうアプローチの仕方があったんだな……」
「うん、よしよし。ま、これで70点は固いよ。あとは……」
「あ、ダメだレッスンの時間だ!」

 教室の時計がタイムリミットを指していた。

 あたしは良くも悪くも反応が早い。脳みそが働く前に体が反射する。

「どうもありがとう! ほんと助かった!」

 机の上のあれこれを鞄に突っ込んで、立ち上がった拍子に麻友の鞄を蹴飛ばしてしまった。

 アッ!

 勢いで鞄の中身が床に散らばってしまう。

「ああ、ごめん!」

 急いで、飛び散った中身を拾い集める。二つ折りの定期入れが開いていた。

 その開かれたとこに、麻友によく似た、日焼けした男の子が白い歯で笑ってる写真が入ってるのが見えた。

「あ、いい、いいよ。自分でやるから。アスカ時間でしょ。急いで!」

 麻友が珍しく動揺している。で、あたしの興味津々な助べえ根性を急いでなだめるように付け加えた。

「一つ年上の兄き……ただ、それだけ」

 それだけじゃないのは、逆に、よく分かったけど。触れられたくないのも、それ以上に分かった。

 で、それ以上にレッスンに遅刻しそうなので「ほんとごめんね!」を背中で言いながら、あたしは駅に急いだ……。

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明神男坂のぼりたい・86〔事故のあくる日〕

2022-02-28 07:21:36 | 小説6

86〔事故のあくる日〕 

        

 


 死者こそなかったけど、重傷二人軽傷者八人の大事故だった!

 あの時、あたしの靴紐が切れてなかったら確実に巻き込まれていた。

 重傷の人は、あたしたちの直ぐ後ろを歩いていて、あたしが靴紐直そうとしてしゃがみ込んだところを追い越して前に出たサラリーマンの二人。

 あたしもカヨちゃんも、しばらく動けなかった。

 ほんのちょっとした運命のイタズラで二人は助かった。

 そして目の前で血を流して倒れてる人たち。

 警察を呼ぶ声! 救急車を呼ぶ声! 倒れてる人たちを励ます声! 

 あたりは騒然とした。

 そして、警察と救急車とマスコミが同時に来た……。

 

 あくる朝、お母さんに言われて気が付いた。10人も犠牲者が出たので、ニュースは全国ネットで流れた。なんとスンデのとこで巻き込まれそうになった代表みたいに、あたしとカヨさんがニュースに出てたらしい。それもモザイクなしで。

 覚えてなかった。とにかく、足が震えて、その場を動けなかったところに、ワヤワヤと人が寄ってきたぐらいの記憶しか無かった。

 けっこう喋ってた。事故や、事故前の様子。そして、自分たちがAKR47の研究生だということを……。

「カヨちゃん、覚えてた!?」

 朝だけど、カヨやんに電話した。

『え、アスカ覚えてないの? テレビのインタビュー受ける前に、事務所に電話して許可もらったのアスカだよ』

 電話を切ると、今度はお父さん。

「おい、明日香、三面のトップだぞ『またしても脱法ハーブの惨禍! AKRメンバー危うく難を逃れる!』」

 そのあと、やったことと思ったことは二つだった。

――あれ、助けてくれたの、さつき?――

――感謝しろよ……と言いたいところだけど。あたしにも分からん。出雲阿国じゃないかな?――

 で、カヨちゃんにメールで聞いたら「阿国もさつきさんじゃないかって」と返ってきた。偶然なのか、あたしたちの運の良さなのか……?

 そして、学校に着いてからが大変だった。

「そういう進路にかかわることは、早く、担任に言え!」

 と、ガンダム。

「鈴木さんには幸運の女神さまが付いてるんだわ!」

 宇賀先生は喜んでくれたけど、先生の傷を思ったら複雑な気持ち。

「なんで、アスカは言わないのかな!」

 これは、美枝とゆかり。

「アスカ、アイドルなんだね。事故とスキャンダルはスターの条件だからね!」

 この変な励ましは麻友。

 みんなの質問に共通してたのは、なんでAKR47のこと黙ってたか。

「やっぱり、言っちゃダメってことになってるんでしょ?」「明日香の奥ゆかしいとこなんだな!」「もう、選抜になるんだろ?」

 と、いろいろ言ってくる。

 そういうわけじゃない。

 ガンダムに進路選択迫られて、いろいろ体験入学やら申し込んでる中に、AKRがあっただけ。あたしは、どうも人からズレてる、外れてると自覚。

 関根先輩からも――がんばってんだな。今度のことは無事でなにより!――というメールが来た。

 お礼のメールは打っといたけど、それだけ。

 

 ただね、あくる日は、日ごろ無信心な両親が「明神様にお礼に行こう」と言って、三人で男坂上れたのは嬉しかった。

 巫女さんが恥ずかしそうな顔して「サインもらっていいかなあ」と迫ってきたのにはビックリ。そんでもって「あ、これ社務所のみんなから」と御守りのプレゼント。

「あ、こういうものは身銭切らなきゃ効き目が無いぞ!」

 お父さんは、そう言うんだけど「いえ、これは気持ちですから(^_^;)」と巫女さん。

「じゃ、改めてお賽銭に!」

 お母さんは、なんと諭吉を賽銭箱に投げ込んだ!

 でもって、三人で鳥居横のだんご屋さんに行った。

 ここでも、だんご屋のおばちゃんが我がことのように喜んでくれる。

「ほんと、やっぱり日ごろの信心だねえ、いやあ、男坂をヨチヨチ上がってた子が、こんなに立派になってえ……ねえ、総代さん、明日香ちゃんの応援団つくろうよ!」

 ちょうど居合わせた氏子総代さんに話を持ち掛ける。

 配膳してくれたのはさつきともう一人の新人さん。

 きれいな子だ……

 バシ!

 思わず呟いた亭主をお母さんが張り倒す。

 プっと噴き出す新人さん。

「お国ちゃん」

 さつきがたしなめるので、思わず新人さんを見ると、新人さんの名札には『出雲』とあった。

 

 今日は、あたしの苦手なリズムのレッスンがある。

 タ タン タ タン タン タン………タ タン タ タン タン タン………ムズ!

 五拍子のリズムなんか、だれが作ったんだ! そう思いながらも、歩きながらリズムをとる明日香でありました!

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明神男坂のぼりたい・85〔カヨちゃん〕

2022-02-27 07:33:45 | 小説6

85〔カヨちゃん〕 

      

 


 正直きつい、最初の山だと思う。

 なにがって? AKRと学校の両立。
 
 あたしは、アイドルになりたくってAKRに入ったわけやじゃない。なんというか、その場その場の「負けられるか!」って気持ちで、ここまで来てしまった。


 一週間たって、そのへんのオメデタイところがシンドサになって表れてきた。

 責任の半分はさつきのせい。

 知らない人のために解説。

 さつきとは神田明神の平将門さんの娘で五月姫のこと。

 この春から、あたしの心の中に居候してる、大きな声では言えないけども怨霊のカテゴリーに入る女の子。世間的には滝夜叉姫で通ってる。気まぐれなやつで、最近はだんご屋のバイトをやっていて何日も存在を感じないときと、ウザイほどにしゃしゃり出るときがある。AKRのオーディションの自由課題の時に出てきて、心の隙間から呟いて派手に東京音頭をやらせた。で、どうやら女子高生と東京音頭のギャップが決め手になったらしいんだよ。

 他の子は、アイドルまっしぐら。レッスンはきついけど、みんな嬉々としてやってる。やっぱりちがうんだよねえ……そう思ってるうちは、まだメンバーの友達はいなかった。

「鈴木明日香さん?」

 くたびれ果てて、中央通を南に歩いてるところを後ろから声をかけられた。

「はい……」
「ハハ、やっぱり、あたしのことは覚えてないか?」

 その子は、うちの後ろを自転車押しながら歩いてた。

「ごめん。物覚えの悪いたちで」
「白石佳代子。佐藤さんのあとだったのよオーディション。東京音頭のあとだったからやりにくかったわ」

 そう言いながら、顔は笑ってる。

「アスカて呼んでいいかしら? あたしのことはカヨでいいから」
「えと、じゃあ、カヨちゃんでいい?」
「え、あたしだけちゃん付け?」
「単なるゴロ。カヨちゃんの方が言いやすい。アスカはちゃん付けたら、微妙に長い」
「じゃ、アスカ」
「なにカヨちゃん?」


 女子高生のいいところは、呼び方がしっくりいっただけで、メッチャ距離が縮まるとこ。


「アスカは、おもしろいアイドルになると思うよ」
「ありがとう。あたし正直バテかけてるから」
「アスカは、負けん気あるけど欲がないからね」

「え?」

 カヨちゃんの的確な言葉にびっくりした。

「カヨちゃんて、どこの子?」
「中央通の西ひとつ入ったとこ」
「え、ジャンク通り? アキバの地元?」
「うん、ちっこい電子部品屋の娘。最近は、ネット通販とオタクに食われて客足ばったりだけどね」
「ネット販売はやってないの?」
「やってるよ。売り上げの半分はネット。だけど、先は見えてる。オタクに食われてんだったら、オタクを食ってやろうと思ってAKR受けたの。スタジオまで自転車で通えるし、ジャンク通りからアイドル出たら絶対ウケルし!」

 そこで思い出した。カヨちゃんは、あたしの後でお腹に響くようなゴスペル歌ってた子だ。

「そだ、思い出した。あのごっついゴスペル……カヨちゃんだったんだ!」
「アスカの東京音頭ほどじゃないけど」
「ううん、なんか憑物がついたみたいだった」
「ハハ……ほんとに憑いてるって言ったらびっくりする?」
「……それは」

 言葉に詰まった。なんせ、あたしがそうだから。

「あたし、出雲阿国(いずものおくに)が付いてんの。あんたは?」

「五月姫……」

「え?」

「あ、ちょっとマイナーっぽいかな。平将門の娘で滝夜叉姫って言うんだ(だんご屋のバイトは伏せた)」

「ちょっとググってみるね……ちょっと自転車お願い」

「え、あ、うん(^_^;)」

「え……別名滝夜叉姫……これって、怨霊(;'∀')?」

「えと、最後は浄化されてっから(^_^;)」

「ああ……なるほど、よさげな画像もあるねえ」

「ちょっとわがままなとこあるけどね」
「ああ、分かるう、いっしょいっしょ!」

 この飛躍した共感は、互いに憑物が憑いてる者同士の嗅覚からだと思う。

 プツン

 その時、あたしの靴の紐が切れた。

「あ、切れちゃった」

 その場にしゃがんで、切れた紐をつなぎ直し、カヨちゃんは自転車止めて付き合ってくれた。

 キキキーーーー!! ドン! ドドン!

 そのとき、後ろから来たRV車が、歩道に乗り上げて、あたしたちのすぐ前を通って、通行人を次々に跳ね飛ばしていった!

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明神男坂のぼりたい・84〔宇賀先生の復活〕

2022-02-26 07:20:43 | 小説6

84〔宇賀先生の復活〕 

        


 宇賀先生が復活した。

 喜ばしいことなんだろうけど、ちょっとは複雑な気持ち。

 宇賀先生は、今月の初めにグラウンドの線引きを体育委員の子とやっていて、風で飛んできたカラーコーンが顔に当たって何針も縫う大怪我をした。生徒に当たりそうになったのを庇っての大怪我。

 麻衣が「やめた方がいい」と言うのを美枝とゆかりと三人で見舞いに行って後悔した。先生の顔はパンパンに腫れてたんだ。

 昨日は腫れこそは引いてたけど、右のコメカミからほっぺたにかけての傷がとても痛々しい。先生は、その傷を隠そうともせずに、いつものポニーテール。

「ごめん。見てる方が不愉快だと思うんだけど、あたしは隠したくないの……まあ、ちょっとずつ治ってくるから、しばらく辛抱してね……いや、ほんとに。今は整形とかも進んでるから、一年もかけたら元の顔にもどるよ……うん、あたしだって、恋人作って結婚したいしね!」

 少しほぐれた。

 だけど、いつもだったら「ほんとは、もうカレ居るんじゃないの?」「男のお見舞いさばききれないから退院したんじゃね?」とかチャチャ入れるヤンチャたちが黙ってる。先生が精一杯だというのも分かってるし、あの傷は跡が残るいうこと、バカな高二でも分かる。女同士、やっぱりまともには見られないというのが正直なとこ。

 で、先生は、それ以上傷の話題には触れずに授業に入った。授業は気合いが入ってた。平泳ぎ25メートルを五本もやらされてヘゲヘゲ。先生は庇われた体育委員の子に気遣いしてんのがよく分かった。暗くしてたら、その子はいたたまらないもんね。

 いつものようにスッポンポンになって着替えるから麻衣が一番早いんだけど、今日は格別に早かった。

 何かあるなと思って、AMY三人組(明日香・美枝・ゆかり)で見に行った。ちょうど体育の教官室から麻衣が出てきて、宇賀先生が嬉しそうな顔でお礼言ってた。

「「「何か先生にあげた!?」」」

 三人で声をそろえて聞いた。

「なんでもないわよ」

 麻衣らしくもない、ツンとすまして行こうとするから、うちらは呼び留めた。

「正直に言わんとコチョバシの刑だぞ」
「なに、コチョバシって?」

「やった方が早い」

 ゆかりの一言で三人でコチョバシた。

「アハ、アハハ、アハハハ、ウキャキャキャ、ハヘハヘ、笑い死ぬう!」

 麻衣は廊下に転がって、おパンツ見えるのも気にせんと笑い転げた。麻衣は笑い方までラテン系だ。

「言う言うからギブアップ、ギブアップ!」
「なんかブラジルのお土産?」
「にしては、時期が遅い」

「怪我のお守り、神田明神で買ってきたの!」

「麻衣、よく知ってたね!」

「明日香が教えてくれたんだよ」

 ようやく乱れた制服を直しながら麻衣が言うんだけど、麻衣に神田明神のこと言ったっけ?

「あたしが?」
「電車は、降りなかったらどこまで行ってもダダだって。それで駅の案内とかいろいろ見たんだけどね。近場じゃ神田明神が一番の効き目。分かった?」
「あんたは、エライ! その偉さを讃えて、コチョバシ……」
「キャハハ、ギブギブ!」

 コチョバシてもないのに麻友は、笑いながら行ってしまった。

 次のしょーもない数学の時間に考えた。

 麻衣は知らない間に、あたしたちがコチョバシの刑ができるほどに親密になったいうこと。これは喜ばしい。そして見かけからは想像できないぐらいゲラだということ。あの子の見かけの清楚さとラテン系の明るいギャップは、なかなか面白い。

 で、もう一つは反省。麻衣はブラジルから来た子なのに、ちゃんと調べて明神さまに行ってきたんだ。あたしは、朝の挨拶こそはしていくけど、しばらく、キチンとはお参りしてない。

 それに、なんで神田明神のお守り? ブラジルだったら、カトリックなのに……思ってたら、先生にあてられてアタフタ。こっそり答え教えてくれたのも麻衣。

 帰り道、久々にお賽銭入れて、キチンとお参りして帰った。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 さつき          将門の娘 滝夜叉姫
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校
 美枝           二年生からのクラスメート
 ゆかり          二年生からのクラスメート

 新垣 麻衣        ブラジルからの転校生

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明神男坂のぼりたい・83〔あなたたち、歯が痛いの!?〕

2022-02-25 07:10:15 | 小説6

83〔あなたたち、歯が痛いの!?〕 

     


「あなたたち、歯が痛いの!?」

 別に歯医者さんに言われたわけじゃやない。

 レッスンの初日は、AKRのホームページに載せる写真を撮ることから始まった。

「いいこと、みんな笑顔よ。笑顔!」

 そう言われて、みんな笑顔を意識してカメラの前に座った。一応ナリはお仕着せのAKRの制服。

 で、最初の集合写真で、インストラクターの夏木静香先生にカマされた。

 なるほど、みんな笑顔が固いというか、虫歯が痛いのを堪えているような顔になってる。

「いいこと、笑顔ってのは、ホッペの笑筋を使ってほほ笑むの。それと顔の緊張は目じりに出てくるから、目じり中心に顔の緊張をほぐすようにして! だめよ、ちょっとダメ出されたからって緊張してるようじゃ」

 それから、十分かけて笑顔の練習。さすがに互いの顔を見て吹き出すような子はいないし、飲み込みも早い。

「ま、いいでしょ。研究生らしい微笑みにはなってきた。とりあえず、これで撮ろうか……あのね、学校のクラス写真撮るんじゃないんだから、真っ直ぐ向いてどうするの。それぞれ軽く個性が出るようにして、それでいて全体でバランスがとれなきゃ。姿勢は基本的には斜め。それで顔は正面。いくよ。景気づけに『わたしたちAKR47だ!』って、カマしていくよ! 」

「わたしたち、AKR47だ!!」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 その瞬間シャッターの連写音。

「ま、30枚ばかり撮りましたから、使えるのあると思いますよ」

 プロの仕事は、さすがに早い。

「じゃ、個人写真。順番にいくよ」
「AKR最初の写真。わたしの第一歩はこれでしたって、選抜になった時笑えるような写真いくよ。そう、その時笑えるためには、いま笑えなくっちゃね。さ、元気よく3+4は?」
「ナナア!」
「東京弁でアホのことは?」
「バカア!」

 てな具合に、たえず言葉を発し「あ」母音で終わるような言葉を言わせて連写。その場の空気を大事にしてることが分かる。みんながハイになっている5分ほどで、22人全員の写真を撮り終えた。

 それから、練習着に着替えて、いきなりAKRの代表曲『おもいろクローバー』をみんなでやらされた。いちおうオーディションを通ってきた子たちなので、フリも、曲も頭と体に染みついてる。あたしはうる覚えだったけど、三クール目には完全にいけた。

 あれ……?

 と思ったのは、五回目。

「うん、よかったから、もう一回」

 言葉を変えながら、十五回ほどもやらされてヘゲヘゲになってしまった。

「いい、選抜の子たちは、こんなの立て続けに三時間こなすんだよ。たった十五回、45分でバテてちゃ話にならないわよ。それに見てごらん、各自バラバラでフォーメーションもヘッタクレもなし。分かったわね、今日は自分たちの今を知ってもらいました。次から本格的にやります。まず体力づくり!」

「はい!」

 テンションを上げながら、できてないことをズバズバと指摘。さすがはプロの世界だと思い知らされた。

 そして、学校やら友達のことは急速に頭から抜けて行ってしまった……いや、抜けていくことさえも気づかなかった。
 

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明神男坂のぼりたい・82〔迷ってるヒマもない〕

2022-02-24 05:39:41 | 小説6

82〔迷ってるヒマもない〕 

 


 迷ってるヒマもなかった。

 なにがって、AKR47のこと。

 とにかく目の前の競争には負けたくない。その気持ちだけでオーディションを受けてきた。2800人が応募して、100人だけが書類選考に残って28倍の競争に残ったことになる。さらに100人のオーディション合格者から選ばれるのは20人だけ。それに合格したのは140倍の合格率に残ったいうことで、数で言うと、1780人の子を蹴倒して抜かしたことになる。

 大学の入試で、ここまで高い倍率はない。クラスの子たちが騒いでる進学レベルの話とは次元が違う。かろうじて麻友が言ってるアナウンサーの倍率がこれに近いけど、それは、これから大学に入って三年ぐらいになったときの問題で、まだ夢物語と言っていい話。

 だけど心は正直揺れた。研究生になれただけでアイドルになれると決まったものじゃない。これから厳しいレッスンと競争が待っている。

 AKR47は年に二回研究生をとる。合計40人。その中で、将来選抜メンバーに入れるのは二三人。そこから漏れたら、ただのコーラスライン。正直ビビる。

 美枝、ゆかり、麻衣なんかには相談しようかと思ったけど、半分自慢になりそうなので、言えない。で、ホントのホントは関根先輩に話したかった。相談じゃない。傍に寄り添っていてほしかったけど、これは、さらに実行不可能。

 で、じっくり考えて迷う暇も無く、合格発表の48時間後には入所式。

 いつになく口数の少ないあたしに、美枝たちはなにか言いたげだったけど、放課後、御茶ノ水まで歩いて電車に乗った。アキバで降りるのには早すぎて山手線に乗り換えて一周してしまう。

 6時から入所式。母親同伴いう子がほとんど。一人で来ているのはあたしぐらいのもの。ちょっと気持ちが軽くなった。

 ところが、合格者の席に座ってる子が22人いた。募集は20人だよ、なんで?


「オーディション合格おめでとう。祝福の言葉は、これだけです。ここから君たちの競争が始まります。だから、言うべき言葉の99%は『がんばれ』です。気が付いた人がいるかもしれないけど、ここには22人の合格者が居ます。そう、定員より二人多い数です。この意味は二つ。一つは、今回の受験者の水準が高く20人に絞り込めなかったということ。もう一つは研究生の平均一割が正規のメンバーになるまでに脱落していきます。その分を見込んだこともあります。AKR47そのものが、他の姉妹グループとの競争の中にあります。力のないものは、個人であれ、グループであれ、没落していくのが、この世界の常識です。学校ではないことを肝に銘じてください。学校では努力を評価しますが、この世界では努力は当たり前。大事なものは結果です。早ければ三か月。遅くとも半年で結果を出してください。一年たって結果が出ない人は先が無いと思ってください。以上。あとは研究生担当の市川が事務的な説明をおこないます」

 みんなの顔が引き締まった。さすがに勝ち残った子たちなので心細そうな子は一人もいない。
 

 レッスンは、月二回の休み以外、平日は2時間、休日は6時間。レッスン用の衣装は無し。と言って裸と言うわけではない。各自がレッスンに相応しいナリをしてくること、で、そのナリも評価のうちになるということ。レッスン料や所属費はとらないが、毎月あたしたちには一人当たり二十万円近いお金がかかっているらしい。

 そして、最後に合格書と保護者の承諾書が配られた。たったA4二枚だけど、めちゃくちゃ重かった。そして、良くも悪くも、あたしの人生を左右する運命の書類だった……。

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