ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

「熱狂の日」2009(1) コルボ バッハ:マタイ受難曲

2009-05-06 | コンサートの感想
今年もラ・フォル・ジュルネへ行ってきました。
私が聴いたのは4日・5日の2日間、計10公演です。
音楽仲間の方たちと素晴らしい時間を共有させてもらった4日、普段なかなか聴く機会の少ない宗教曲をまとめて聴いた5日、いずれも得難い経験でした。
本当は時系列に書くべきなのですが、何といっても深い感銘を受けた昨夜のマタイから。

J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244
<日時>2009年5月5日 19:45開演
<会場>東京国際フォーラム ホールA
<歌手>
■シャルロット・ミュラー=ペリエ(ソプラノ)
■ヴァレリー・ボナール(アルト)
■ダニエル・ヨハンセン(テノール)
■ファブリス・エヨーズ(バリトン)
■クリスティアン・イムラー(バリトン)
<演奏>
■ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
■ミシェル・コルボ(指揮)

あれほど敬愛してやまない音楽でありながら、マタイを実演で聴くのは初めてでした。
会場が5,000人収容の巨大なホールということで、若干の不安を持ちながらコンサートに臨みましたが、コルボの人間味あふれるマタイを聴くのに、大きな障害となることはありませんでした。
舞台の両サイドには大きなスクリーンがあって、舞台の映像をリアルタイムで映し出してくれます。日本語訳が出たら最高ですが、これは贅沢というものでしょう。

指揮台に立つコルボの表情をみただけで、私は早くも胸がいっぱいになりました。
もう2年前になりますが、同じ「熱狂の日」で聴いたフォーレの崇高なまでの美しさを思い出したのです。
そんな感慨に浸る間もなく、冒頭の第1曲が始まりました。
引きずるような、しかし強い意思をもったリズムを刻み続けるバス。
そんなバスに支えられて管弦楽が奏で、続いて悲痛な雰囲気を湛えた合唱が加わってくると、そこはまぎれもないマタイの世界。
私が一度は生で聴きたいと願っていたマタイの世界。「感傷的になるな」というほうが無理です。
ヒューマンな温かさをもったコルボの特徴は、この第1曲ですでに明らかでした。
弱音で美しく歌わせながら、リズムの弾力性を失わない表現力もコルボならでは。

すっかりコルボのマタイの素晴らしさを堪能しているうちに、あっという間に第1部が終わりました。
拍手がぱらぱらと起こりましたが、コルボは演奏を止めることなくそのまま第2部に入りました。
えっ、休憩なしに最後まで演奏するの?
一瞬ホール内にどよめきが起きます。
私が、「よし、こんなに素晴らしいマタイなら、むしろ続けて最後まで聴かせてもらおうじゃないか」と腹をくくった矢先、ペテロの否みの場面を経て、あの「主よ憐れみたまえ」が始まりました。
このアリアは間違いなくバッハの書いた最も美しい音楽だし、聴くたびにその美しさに涙しそうになる私ですが、この日初めて聴く生のマタイ受難曲の中で接して、もう息をすることもできないくらい大きな感銘を受けました。
すっと立ちあがって弾きだしたコンサートミストレスのあのヴァイオリンソロ、続いてヴァレリー・ボナールが聴かせてくれた神々しいまでの歌に、私は言葉を失いました。
このときコルボは、素晴らしい表現力で奏でるコンミスに対して、さらに「もっと歌え、もっと心をこめて・・・」と言わんばかりの表情で迫ったのです。
それに応えて、コンミスは尋常ではない純度でヴァイオリンの音を紡いでいきました。
そして、直後のすべてを包み込むようなコラールの美しさ。
この音楽、この情景、私は生涯決して忘れることはないでしょう。
コルボはここでようやく演奏を小休止しました。
異論はあるかもしれませんが、私はコルボの意図に賛成します。

第2部は、第1部にも増して感動的な音楽が続きました。
神の愛を歌うアリアで、ソプラノとフルート(フルートトラベルソではありませんでした)が奏でる慈愛に満ちた美しさ。オーボエ・ダカッチャの伴奏を聴きながら、私は無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番のアダージョを思い出していました。
そして、有名な「甘き十字架」では、通常のヴィオラ・ダ・ガンバに代えて初期稿にしたがいリュートを伴奏に使っていましたが、リュートの幽玄さが実に素晴らしい効果をあげていました。(このリュートは誰だろう?日本人女性とお見受けしましたが・・・)
イエスの最後の言葉「エリ、エリ、・・・」から、エヴァンゲリストの「わが神、わが神、なぜ私を見捨てるのですか・・・」は、生演奏ということも手伝って、極めて鮮烈なメッセージとなって私の心に突き刺さってきました。
そして、続く追悼の「受難のコラール」の迫真性、地震の後合唱が一体となって歌う「本当にこの方は神の子だった」という言葉の意味深さを、体全体で実感させられたあたりからは、バッハの凄さ、コルボの凄さに対し、私はただただ頭を下げるだけでした。
そこから先は実は良く覚えていません。
気がつくと、終曲の感動的な音楽が流れていました。
最後の最後、不協和音がハ短調の和音に吸収されていくのを聴きながら、拍手をするのも忘れて、「あー、私の初めてのマタイが終わった。終わってしまった・・・」と、私は人知れず溜息をついていました。

そのほか、この日特に印象に残ったのが、何度も出てくる「受難のコラール」。
コルボは、それこそ慈しむように大切に演奏していました。
歌手では、エヴァンゲリストを歌ったダニエル・ヨハンセン、アルトのヴァレリー・ボナールがとくに秀逸。
もちろん手兵ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル の素晴らしさも、この日の名舞台に欠かせない存在でした。
しかし、これほどヒューマンなマタイ像を築き上げることができたのは、何といっても御大コルボの功績でしょう。

それから全く余談になりますが、これほど深い感銘を受けながら、この日私は涙がでませんでした。
最近とみに涙もろくなった私としては、考えられないことです。
「劇の登場人物に感情移入して、ついもらい泣きする」という感覚ではなく、人間そのものを深く考えさせられて感動したような場合は、ひょっとすると涙は出ないのかもしれません。

いずれにしても、私の初めてのマタイ体験は終わりました。
いや、始まったばかりなのかも知れませんね。
しかし、最初のマタイが、コルボのマタイで良かった。
いま、心からそう信じています。

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8 コメント

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コルボ礼賛 (ユリアヌス)
2009-05-09 14:12:36
そうですか。やはりコルボのマタイはそれほど素晴らしかったのですね。今のコルボは本当に最高峰にいるのでしようね。romaniさんと聞いた2年前のフォーレのレクイエムは最高でしたし、昨年、私はひとりでシューベルトのミサ曲6番を聴きましたがこれも素晴らしかった。私は5月5日は家族サービスを最優先にしてしまいましたが、やはり聴いておくべきだったか…記事を読んで本当に羨ましいです。私は彼のマタイのレコードでも探して聴きます。生演奏の感動とは程遠いかもしれませんが。
>ユリアヌスさま (romani)
2009-05-10 11:12:38
おはようございます。

私にとって「初マタイ」でしたが、想像以上に感動しました。
この稀有の音楽の基本は、やはり「合唱」であり「歌」だと改めて感じました。
その意味でも、コルボのマタイは本当に素晴らしかったです。

来年のLFJは「ショパン」ですから、コルボが来てくれるかどうかわかりませんが、同時代ということでメンデルスゾーンのエリアあたりを期待したいですね。
ご無沙汰しております。 (上野のおじさん)
2009-05-13 22:48:27
以前、Kroll Quartetのときに書き込みさせていただきました上野のおじさんです。ずっと拝読しておりましたが、気分が落ち込んでおりました。
私、昨年10月に勤務しておりました外資系金融機関を解雇されてしまい、半年間失業しておりました。この4月中旬から日本の会社に再就職できましたので、コンサートにも行けるようになりました。本来なら昨年中に再就職できているはずだったのですが、急速に市場が悪化したため決まりかけていた別の外資系会社による採用がpendingになってしまいました。やっと職に就きました。本当に不安でした。京都に2回行って寺社にお参りもしました。4月初旬に再就職が決まってお礼参りもしました。

コルボ氏のロ短調ミサを4日の晩に聴きました。私、個人的には父と同じトランペットをやります。初めて生でH-mollミサを聴きました。大変勉強になりました。

ロ短調ミサが地獄から救い上げてくれたのかもしれません。

この思い出深い出来事は、死ぬまで忘れないでしょう。

>上野のおじさんさま (romani)
2009-05-15 00:09:38
こんばんは。

いただいたコメントを拝読させていただいて、胸が熱くなりました。
私も金融機関に籍を置く者の一人として、厳しい状況、他人事とは思えません。
でも、新しい職場が決まられた由、本当に良かったですね。

そのような状況でお聴きになられたコルボのロ短調ミサというのは、きっと生涯の思い出になることでしょう。
また、これから何かあった時の力にもなってくれると思います。
私は翌日のマタイでしたが、この日のマタイ体験がこれからの人生の糧になると確信しています。

今後の、ご活躍をお祈りしております。
Unknown (sheepsong55)
2009-05-25 21:04:36
私も2回の席で果たして声が届くのか、不安でしたが、そんな不安も飛んでしまう名演でした。両脇の画面もコルボさんの力が入るときの表情がわかって、抵抗ありませんでした。真夜中近くまでこんなに観客があつまるなんて日本も捨てたものではありません。私も始めてマタイの実演を聞きましたが、楽器がどのように活躍するか、初めてわかりました。
コルボさん、ご苦労さまでした。
>sheepsong55さま (romani)
2009-05-26 08:25:58
おはようございます。

コメントいただきありがとうございます。
もうあのマタイを聴いて3週間になるのですね。
いまでも、ときどきいくつかの場面を思い出して、「素晴らしいバッハだったなぁ」と感慨にふけることがあります。
2階席でも十分声が届いたということは、それだけコルボのメッセージが強かったということですね。
あの日は、普段バッハをあまり聴かないような雰囲気の方々も大勢いらっしゃいましたが、聴衆の集中力も素晴らしかったっと思います。
来年、またコルボでこの感動を味わいたいですね。
初めまして、私も聴いてました (鳥かず)
2009-09-14 23:42:52
あの演奏をCD化して販売していないかと検索していたら、こちらのページに辿り着きました。
拝読させていただき、演奏の記憶を鮮明に思い出し、いたく感激しまして図々しく書き込みさせていただきます。

わたくしもマタイ受難曲を愛しながらも生演奏を聴いた事がなく、またコルボ氏を愛しながらもチケットは取れず仕舞の日々。。。
マタイ&コルボという夢のセットは私には天国でした。

この演奏を聴きながら、コルボ氏の優しい微笑みと、その子供らのように寄り添いながら奏でるソリスト達、舞台の上に神と天使を見た思いでした。

あの大会場でのリュートの美しさも感動でした。

終わってからコルボ氏に対しての鳴り止まぬ拍手(アンコールを求めている拍手ではなかったですよね!)は豊かな雨のように感じました。

「お願いだから長生きしてください」と思いながら拍手してたら涙が止まりませんでした。
涙の種類は色々なのですかしら(^^)

あの演奏がTVで放送されないか、CD化されないか、心待ちにしております。
突然の書き込み、失礼致しました。
>鳥かずさま (romani)
2009-09-15 08:35:47
ようこそおいでくださいました。

本当に感動的なマタイでしたね。
いただいたコメントを拝読させていただきながら、マタイの「受難のコラール」がずっと頭の中で流れています。(笑)
初めて生で聴くマタイが「コルボのマタイ」で良かったと、今でも強く思っています。

>終わってからコルボ氏に対しての鳴り止まぬ拍手(アンコールを求めている拍手ではなかったですよね!)は豊かな雨のように感じました。
素敵な表現ですね。まったく同感です。
あの大きな会場でどれだけコルボのメッセージが伝わるか心配していたのですが、杞憂でした。

>あの演奏がTVで放送されないか、CD化されないか、心待ちにしております
ほんとにそうですね。ラ・フォル・ジュルネのCDはほとんど発売されたことがないようですが、何としても映像で見たいです。
一昨年のコルボのフォーレのレクイエムも、後日BSで観て改めて感動しましたから・・・

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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