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「プラハの春」からチェコ初代大統領になった劇作家の作品を読む

2022-09-20 14:51:48 | 書評

 世の中三連休、その初日はあるパフォーマンスに参加。
 二日目からは台風の中で読書。そして読んだのがこれ。
 
 『通達/謁見』 ヴァーツラフ・ハヴェル(松籟社)

 著者は劇作家にしてエッセイストで、「プラハの春」の立役者の一人でもある。プラハの春は1968年、当時、社会主義圏の一員であったチェコスロバキアにおいて起こったスターリニスト官僚体制に対する民主化運動であったが、ワルシャワ条約機構(ソ連を中心とした東欧圏の軍事条約体制)の軍事介入によって弾圧され、終息を余儀なくされたもので、そのリーダー格であったハヴェルは「危険人物」として監視や抑圧の対象となったばかりか、逮捕されることもあり、一度は5年の刑で収監されたりした(健康上の理由で刑は短縮されたが)。

 そうした条件下でも彼はおのれを曲げることなく劇作活動を続けるのだが、それらの作品はいずれも舞台にかけることを許されず、日の目を見なかった。ただし一部作品は海外で劇化され、その映像が闇ルートでチェコスロバキアに逆輸入され、多くの人々がそれに接したともいわれる。

           

 この書は彼の書いた十二場の劇「通達」と一幕劇「謁見」の二つ脚本からなるが、これら二つの脚本に共通するのは、いわゆる不条理劇であるということだ。そして同時に、その内容は官僚制やそれによって損なわれるヒューマニティへの批判的洞察といえる。逆にいうと、官僚制の不透明さはそのまま不条理劇に通じると言っていいほどだ(読んでいてフランツ・カフカの「審判」などを連想した)。

 不条理劇においては、まさに不条理な事象の続出で、事態は一向に進展せず、それと対応する主人公も、そしてそれを読んでいる(観ている)私たちも苛立ち、焦燥のなかに立たされる。

 最初の作品、「通達」の主人公グロスはある役所の局長であるが、ある時、本局から重要と思われる通達が届くがそれは今まで見たことも聞いたこともない言語で書かれていて、その内容はさっぱりわからない。
 それでいろいろ調べた結果、それが日常言語では事態を正確に表現できないとして新しく開発された人工言語プティデペであり、それが彼の知らない間に流通しつつあることを知る。そして彼の役所においてもその学習会などが行われていて、それを知らないのは局長であるグロスだけなのだ。

 そうした状況を画策したのは局長代理のバラーシュで、それが成功し、彼は新言語の普及に不熱心であるとしてグロスを退け、自分が局長になる。しかし、新言語は正確を期すあまり、冗長で入り組んでいて、かえって効率を損なっているとのクレームが出始める。
 やがてそれが公になり、新言語は姿を消し、それと同時にグロスは局長に返り咲き、バラーシュは局長代理に戻る。

 しかしだ、グロスはやがて、やはり彼の知らないところで、ホルコルなる新しい言語が鎌首をもたげ、やはり局長代理のバラーシュがそれを取り仕切っていることを知る。
 こう書いてくると、少しも不条理ではなく筋が通っているではないかといわれそうだが、実際にこれらは、数々の小さな不条理の積み重ねのであるこの作品から、敢えて私が抽出した筋書きであって、この文字通りのこの「あらすじ」の周りには山ほどの不条理がまとわりついているのだ。

                           

 もうひとつの作品、「謁見」は、あるビール醸造所の責任者、醸造長と、その醸造所で樽転がしとして働くヴァニェクとの会話劇である。このヴァニェクはどうやら政治犯としてこの醸造所に送り込まれた劇作家であり、醸造長は彼を監視し、その報告書を提出する義務を負っている。このヴァニェクとは、作者のハヴェルその人であるとみて構わないだろう。

 醸造長はヴァニェクを呼び出して話しだすのだが、話はなかなか進行せず、同じ会話の堂々巡りに終始する。しかし、やがてその意図が見え始める。醸造長は、ヴァニェクに関する監視結果、ようするにヴァニェクをチクる文章を上部に提出しなければならないのだが、何を書いていいかがわからない。
 そこで思いついたのは、もともと文章家であるヴァニェク本人にそれを書かせようということだった。

 そして、それを知ったヴァニェクがとった行動とは・・・・。

 この対話劇は実に面白い。同じような会話の堂々巡りのような繰り返しのなかで少しずつ差異が生まれ、やがて思わぬ事態が・・・・という展開の仕方が面白い。

 なお、醸造所だけにビールを飲みながらの会話で、しばらくすると演者が舞台裾へ引っ込み、やがてズボンのチャックを上げながら登場するというシーンが繰り返される。

 さてその作品の一部を紹介してきたが、ソ連の東欧支配が終わった際、脱スターリニズムの担い手として周囲から推され、1989年から最後のチェコスロバキアの大統領を務めたのはこのヴァーツラフ・ハヴェルであった。
 そして、1993年、チェコとスロバキアがそれぞれ分離独立した後、チェコ共和国初代大統領を努めたのも彼であった。その後、約10年間、2003年までその職を努めた。

 惜しむらくは、彼が監視から脱し、自由にものが書け、その作品が上演可能になった時、まさに激務というべき職のなかにあり、それらが不可能になるという「不条理」を迎えねばならなくなったことである。
 それでも、大統領を退いた03年から死去する11年までの間に、2、3の作品は残したようだ。

 1936年から2011年までの75年間の波乱の生涯であった。 
 

不条理な展開がいっぱい詰まった作品だが、別に難解ではなく、読んでいて面白い。官僚制へのシニックなジャブ攻撃が随所に見いだされ、その落とし所もなるほどと思わせる。

コメント
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