六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

満蒙開拓団の末裔たち 籠原あき『あなたはどこにいるのか』(春秋社)を読む

2022-09-15 16:15:58 | フォトエッセイ

 切り詰めていってしまえば、岐阜県出身の満蒙開拓団にルーツをもつ末裔たちの物語であり、小説である。 著者自身も岐阜県人で、幼少時にその一員として当時の満州に渡ったことがあるようだ。

 満蒙開拓団は1931年以降始まり、昭和恐慌で疲弊した日本の農村部を満州を中心とした地方へ移民させる計画で、日本、満州、中国、朝鮮、蒙古の五族協和の精神に基づく事業とされた。
 その一部は屯田兵(武装開拓団)として国境警備にもあたったという。

           

 全国からおおよそ三〇万人が参加し、県別に見ると長野県が第一位、続いて山形、熊本、福島、新潟などが続き、岐阜は第六位に相当する。
 結論めくが、これら開拓団は、1945年、ソ連の参戦、日本の敗戦、といったなかで極めて悲惨な終焉を迎えねばならなかった。そのひとつは、彼らを庇護するはずの関東軍が一部の守備隊を残し、いち早く撤退してしまったこと、なだれ込んだソ連兵の収奪強姦などの残虐行為が続いたこと、五族協和のはずの現地人から壮絶な報復攻撃があったことなどである。
 この最後のものは、開拓といいながら、実際には武力で現地民の土地を押収し、開拓民に下げ渡したものが多く、その怨嗟は著しく、日本の敗戦と同時に報復が広まったからである。
 むろんこれは、開拓団員の罪ではない。これを企画した連中が他民族を抑圧してきたことへの報復であった。

 そうした混乱による彼らの被害状況がどのようなものであったかは、この小説に出てくる岐阜県の四つの開拓団のみをみても、郡上村開拓団841人中382名、奥美濃開拓団690人中210人、和良村開拓団302人中118人、朝日村開拓団662人中337人の犠牲者をみるに至っている。そして先に見た全国30万の開拓団のうち、おおよそ40%が還らぬ人となったのである。

 先にみたように、この小説はそうした背景をもったその末裔、4代にわたる話である。そして彼ら、彼女らが遭遇するエピソードも多彩である。そうした多様な物語を経た彼らが、その終章では現代の日中友好の活動に加わることとなる。
 ようするに、4分の3世紀前、満蒙の地の悲劇に端を発した物語は、ささやかながら、そうした悲劇を再生産しないための活動へと収斂されるのである。

 とても真面目な小説である。ただ、私のような粗雑な頭脳の持ち主にとっては、エピソードの順が必ずしも年代通りではなく、舞台も変わるため、この4代にわたる末裔たちの人間関係がわかりにくい点があった。

 巻末に、往時の満蒙地方の地図が付されているが、ついでに、登場人物の相関図も付けていただいたらわかりやすかったのではとも思った。
 これは極めて私的な注文であり、この書を読む価値は十分にあることを前提にしたものだ。

 混沌のなかに投げ出された人々が、それを原罪とするかのようにその後の事態を受け止め、そこで生き、そしてまた、かつての混沌を解消するかのような灯りを目指す道を見出す・・・・。
 それは、「創世記」から引かれたらしいこの書のタイトルにふさわしいものでもあるだろう。
 そしてまた、クオ‐バディス(Quo Vadis)・・・・「あなたはどこへゆくのか」の問いと呼応し合うものでもあろう。

 



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする