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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

気分は「お蚕さん」 桑の木と私

2015-04-27 02:38:10 | よしなしごと
 いまの若い人たちには「お蚕さん」といういい方はいくぶん奇異に響くかもしれない。もちろん、蚕は知っているだろうが、なぜそれに「お」や「さん」など敬称を付けるかだ。
 種明かしをしてしまえば、養蚕というのは農家にとって、割合短期間のうちに現金収入が得られるありがたい仕事だったのだ。だからそれをもたらす蚕を呼び捨てにするのは恐れ多いことだった。

          

 私もその端くれを経験したことがある。
 戦争中に疎開した母の実家は、米を主体とした農家だったが、その二階を利用して、この時期からお蚕さんを飼い始め、一ヵ月余を過ぎると繭ができて、それが絹糸の原料になるというわけだ。
 繭ができた頃、街から仲買人がやってきて、天秤秤で計量してそれを買い取ってゆく。
 その過程が、どんぴしゃりお蚕さんの食料、桑の新芽が出て成長してゆく経過と重なっているのだ。

          

 私たち子供にできることは、お蚕さんの食料、桑の葉の運搬ぐらいだ。
 大人たちが、桑を枝ごと切って束にする。背中いっぱいの大きな束は大人たちが運ぶ。子供たちは小さな束を作ってもらって抱えるようにして運ぶ。
 蚕の食欲は旺盛だし、常に新鮮な葉が必要だからこれもけっこうキツイ労働だ。

 切ってきた枝はそのままお蚕さんの棚に均すようにして並べる。お蚕さんたちはそれをひたすらモリモリと食べる。その食べっぷりがどんなにすごいかというと、一匹一匹は人間の小指にも満たないほどなのに、それが何千匹単位でひたすら食べると、その音がシャカシャカと絶え間なく聞こえるのだ。

          

 そんな経験もあって、お蚕さんとそれに関連した桑の木のはちょっとした思い入れがある。

 もう30年ほど前だろうか、いま住んでいる家の敷地の片隅に、20センチあるなしの一本のヒョロヒョロッとした木が生えているのを見つけた。こんなところに生えてきたって、じゃまになるだけだから可愛そうだが引っこ抜こうと思った。最初は、我が家の古参、ムクゲの子供かなと思ったのだ。しかしよく見ると違う。桑だ。

          
 子供も頃の思い出がむくむくとこみ上げ、よっしっ、育ててみようと日当たりの良い場所に移植した。桑の木の成長は早い。そうでなければ蚕の食欲にも追いつけないのだろう。今やこの木は、2階建ての我が家を凌駕し、その枝を二階の私の部屋のベランダに張り出している。

 そして、5月末から6月のはじめにかけてたわわに実をつけるようになった。一見、真っ黒に見えるまで熟した実は、甘くて独特の香りがあり美味しい。毎年、2、3日の間隔をおいて数度にわたって収穫でき、採ったものは娘が働いている学童保育の子供たちのおやつに供している。
 ここに載せた実の写真は、昨年の5月31日のものである。



 そんな桑の木が、いま新葉の時期を迎えている。読書や、PCに疲れてふと目を上げると、日増しに濃くなる緑が眼前にあるのは嬉しい事だ。
 そんな2、3日前、ネットで調べ物をしていたら、その派生的な情報として、桑の新芽は天ぷらにすると美味いというのが飛び込んできた。桑とは子供の頃からもう70年の付き合いだが、これは初耳だ。

 早速、ベランダに出て、その新芽を摘んで食べてみた。桑の実と同じ味がほんのりとして、何のアクもなく、そのままサラダにも使えそうだ。
 桑の新芽は、実の赤ちゃんと同時に出てくる。この実の赤ちゃんというのは実は花であり、それが実になるのだろう。

 実を採らないようにして新芽とまだ柔らかそうな葉を採り、天ぷらにした。
 美味いっ!
 ただし、うまく揚げるためには多少の配慮がいる。要は大葉の天ぷらと同じだが、衣はやや薄めにして高温でさらっと揚げる。揚げ足らないとベチャッとするし、揚げ過ぎると味が飛んでなんだかわからなくなってしまう。菜箸で確かめながら、衣にカリッとした感じが出たところで素早く取り出す。

          

 縷々書いてきたように、桑との付き合いは長いが、その葉っぱをこんなに美味しく食べることができるなんて知らなかった。
 もう、気分はすっかり「お蚕さん」だ。

 天ぷらの写真、向こう側はその日、地元の蕗を煮たのだが、その先の方は硬いので、その部分を天ぷらにしたもの。これも美味しかった。

 桑は、私を三重に楽しませてくれる。目前の緑として、その実の甘さとして、そして新芽の美味しさとして。
 長生きはするもんだ・・・ったって、この長寿社会、まだ新参者の老人にすぎない。その割にはあちこち傷んでいる。

コメント (6)
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