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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

図書をめぐる嫌な話の続出とその背景

2014-04-21 20:58:38 | 社会評論
   写真は内容と関係ありません。 

 さきごろ、『アンネの日記』を破いて歩いた男は逮捕されたものの、精神的に不安定な状況にあるとして処分保留のままだといいます。責任能力の有無は私には分からないし、したがって、彼をしかるべく早く処分しろと主張するつもりはまったくありません。
 しかし、彼がなぜ『アンネの日記』やいわゆる「アンネ本」に絞って破いて歩いたのかには然るべき前提があることを無視するわけにはゆかないのです。

          
           桑の新葉と花、あるいは実の赤ちゃん

 それは、かなり以前から『アンネの日記』偽書説や事後的に捏造されたものだとする説がネット上などで主として「その筋」の人たちによって拡散されてきたという事実があるからです。今回、破損容疑者として逮捕された男も、そうした偽書説に影響されたことは逮捕後の続報の中で触れられてはいましたが、それ自身、れっきとした「ある思想的な影響下」にあるにも関わらず、なぜかごくわずかな取り扱いでしかありませんでした。
 もっとも、それが偽書だからといって公共のものを破損していいという道理はないからやはり何らかの意味で自制力が壊れた人なのかもしれません。

 問題は彼に影響を与えた偽書説ですが、欧米では裁判沙汰にもなり科学的鑑定をも経て完全に退けられたものであるにも関わらず、この国ではいまだに「ユダヤ陰謀説」に始まるネオ・ナチへの傾斜とともに語り継がれていることです。
 それらをネットから拾って見るとこんな具合です。

          
               スズランが咲いた

 「アメリカから、イスラエルが毎年、莫大な援助を受け取っているのも、何割かはアンネの功績であるかもしれません。アンネは、死して後も、ユダヤ人とイスラエルに貢献し続けているのです」

 「アンネの日記で恩恵を受けてきたユダヤ人団体やイスラエルにしてみれば、もし偽作であるとわかってしまえば、大変なことになります。『ホロコーストはな かった』と主張する人たちを勇気付けてしまいます。(ついでといっては何ですが、ホロコーストはありませんでした。ナチの収容所のガス室で殺されたユダヤ 人の数は、600万人ではなく、0人でした。ガス室自体が戦後に捏造されたものです)」

 「ヨーロッパでは、真実を追究すると罪に問われるそうです。法律はユダヤ人の嘘を擁護するためにあるのでしょうか?ヨーロッパがユダヤに組み伏せられ、口に ぼろきれを詰め込まれて沈黙させられている光景が浮かんできます。ヨーロッパはもう、ユダヤの支配から逃れられそうにありません」

          
          この斑ツツジ、咲いたらどうなるのだろう

 なかには、『アンネの日記』は「左翼の聖典」だそうで、したがってその存在を許してはならないといった主張もあります。
 繰り返しますが、容疑者は精神的に不安定な人だとしても、上のような主張に触発されたものであることは間違いありません。もっとも、私にいわせれば、上のような主張を得意になって吹聴している人たち自体がずいぶん精神的に不安定だといわざるをえないのですが・・・。

 さて、『アンネの日記』に関してはそんな状況なのですが、この22日、NHKが伝えるところによると、昨年、松江市の一部の小中学校で自由に閲覧できない「閉架」措置を取ったことが問題になった漫画『はだしのゲン』に関し、学校や図書館から撤去せよという要請が全国の自治体に対して寄せられているというのです。
 以下、NHKの報道によります。

 「漫画『はだしのゲン』を学校や図書館から撤去すべきだという要請が東京都や北海道など全国13の自治体に寄せられていたことが分かりました」

 「NHKが都道府県と県庁所在地の市、それ以外の5つの政令指定都市、それに東京23区の、全国121の自治体を対象に調査したところ、『はだしのゲン』を 学校や図書館から撤去すべきだという要請が、東京都や北海道、大阪市など全国合わせて13の自治体に寄せられていたことが分かりました」

 「『はだしのゲン』を撤去するよう要請されたのは、▽北海道、▽札幌市、▽仙台市、▽東京都、▽千代田区、▽新宿区、▽港区、▽大田区、▽豊島区、▽練馬区、▽文京区、▽大阪市、▽鳥取市の、合わせて13の自治体です。
また、撤去を求める意見書などが寄せられたのは、▽仙台市議会、▽中野区議会、▽足立区議会、▽神奈川県議会、▽松江市議会、▽高知市議会、▽鹿児島県議会の、7つの地方議会です」

          
             白い花に赤い筋が入っている

 たった13の自治体というなかれです。NHKの調査対象は121で、そのうち13ですから1割を超えています。これに意見書も加えると2割近い20の自治体に撤去するようにとの申し入れがあったということなのです。

 理由は「過激な描写」などですが、戦争、なかんずく原爆について描写するならばそれは避けられないというべきでしょう。作者の故・中沢啓治さんがどれほど「過激な描写」を行おうとも、現実の核爆弾やそれがもたらしたものはさらに過激にして過酷なものだったのですから。
 
 私はこれらの要請や意見書の背後にも、ある特定のイデオロギーによって組織された動きを感じざるを得ません。これらの意見は表現の自由や、それを享受する自由を奪う動きなのですが、同時に、そうした一般的な問題に解消できないある意図的なものの包囲を感じてしまうのです。

 それは、上にみた『アンネの日記』も同様ですが、きわめて狭小な視野からみた世界観に依拠し、それにそぐわないものを敵=排除の対象として襲いかかるという不寛容で独善的な立場の浸食作用です。
 いってみれば、きわめて単純化された論理に依拠した他者の排除で、それらが幅を利かせる時、気付いてみたら私たちの選択肢はきわめて貧しいものになり、ある悲惨へと導かれることとなります。

 ある政治哲学者は、全体主義体制が実現するまでの前座として、過激な論調で排除を叫ぶ連中をモッブ(恨みつらみを発散する社会的敗者)と名づけましたが、この国でもそうした連中が勢いを増しつつあるようなのです。
 そしてそれは、現政権との親和性がきわめて強いところに特徴があります。
 
コメント
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