いつものように母の病室に行く。
いない! 母のみではなく、ベッドごとなくてガランとした空間が残るのみ。
不吉なものを感じてナースセンターへ。
「あ、たった今・・」
「え? たった今?」
「レントゲンなどの検査のため別室へ移動いたしました。30分ほどしたらお戻りになるかと」
30分ぼんやり待っているのもと思い、いつも母の病室から見ているだけの木曽川河畔にいってみる。
この辺りを境に木曽川は下流域に入る。
かつては伊勢湾から遡上してきたセイゴやボラが釣れたというが今はどうだろう。
どっしりとした橋は、一昔前は名古屋・岐阜間の大動脈のようなもので、この上の道路は国道22号線であったのだが、別途バイパスが出来、最初は名岐バイパスと呼ばれていたそれが国道22号線に昇格するに及んで、ついにはこちらは格下げとなり、現在は県道14号線になってしまった。
それはともかく、この厳つい橋はどこか郷愁をそそるものがある。
河川敷を歩く。
この辺は整備され、パターゴルフだろうかガーデンゴルフだろうか、その競技場となっているが、少し下流へ行くにつれ畑になっている。河川敷の畑も、どこかのんびりした趣があって好きだ。
しかし、この辺も豪雨の際などには水没することもあるらしい。
ところどころに河川敷からさらに川岸に降りる道がある。
川で作業をする人たちや釣り人のためのものであろうか。
あまり人が通わず、マムシが出てきそうな鬱蒼としたところは敬遠し、比較的開けたところを降りる。
ここはちょっとした船着き場になっていて、複数の船が舫ってあった。
そこから先ほどの木曽川橋を撮る。アングルのせいで先ほどより橋が優しい。
橋の下にかすかに見える赤い鉄橋は、名古屋鉄道のものである。
他にもところどころ船が繋がれているようだ。
向こう岸は愛知県であり、一宮市になる。
かつて、この対岸は「雀のお宿」といわれ、数万羽ともいわれる雀たちが集まるところだったが今はどうなんだろう。やはり、夕方には雀が集まってくるのだろうか。
害鳥の駆除ということで、特別に許可を得てかすみ網で文字通り一網打尽に雀を獲ったという映像をテレビで見たのは何年前のことだろう。アウシュヴィッツを連想させるその映像は、こののんびりした風景には似合わない猛々しいものがあった。
久しぶりに懐かしいところを散策したせいで、記憶の底が揺さぶられ、いろいろな思い出の糸が改めて繋がれてゆく。
それらを反芻しながら病室に戻ると、4人の看護師さんたちにベッドを押され、母が検査から帰ってきたところだった。
病室の窓には、私が散策した辺りとはやや下流の風景が広がっていた。
いない! 母のみではなく、ベッドごとなくてガランとした空間が残るのみ。
不吉なものを感じてナースセンターへ。
「あ、たった今・・」
「え? たった今?」
「レントゲンなどの検査のため別室へ移動いたしました。30分ほどしたらお戻りになるかと」
30分ぼんやり待っているのもと思い、いつも母の病室から見ているだけの木曽川河畔にいってみる。
この辺りを境に木曽川は下流域に入る。
かつては伊勢湾から遡上してきたセイゴやボラが釣れたというが今はどうだろう。
どっしりとした橋は、一昔前は名古屋・岐阜間の大動脈のようなもので、この上の道路は国道22号線であったのだが、別途バイパスが出来、最初は名岐バイパスと呼ばれていたそれが国道22号線に昇格するに及んで、ついにはこちらは格下げとなり、現在は県道14号線になってしまった。
それはともかく、この厳つい橋はどこか郷愁をそそるものがある。
河川敷を歩く。
この辺は整備され、パターゴルフだろうかガーデンゴルフだろうか、その競技場となっているが、少し下流へ行くにつれ畑になっている。河川敷の畑も、どこかのんびりした趣があって好きだ。
しかし、この辺も豪雨の際などには水没することもあるらしい。
ところどころに河川敷からさらに川岸に降りる道がある。
川で作業をする人たちや釣り人のためのものであろうか。
あまり人が通わず、マムシが出てきそうな鬱蒼としたところは敬遠し、比較的開けたところを降りる。
ここはちょっとした船着き場になっていて、複数の船が舫ってあった。
そこから先ほどの木曽川橋を撮る。アングルのせいで先ほどより橋が優しい。
橋の下にかすかに見える赤い鉄橋は、名古屋鉄道のものである。
他にもところどころ船が繋がれているようだ。
向こう岸は愛知県であり、一宮市になる。
かつて、この対岸は「雀のお宿」といわれ、数万羽ともいわれる雀たちが集まるところだったが今はどうなんだろう。やはり、夕方には雀が集まってくるのだろうか。
害鳥の駆除ということで、特別に許可を得てかすみ網で文字通り一網打尽に雀を獲ったという映像をテレビで見たのは何年前のことだろう。アウシュヴィッツを連想させるその映像は、こののんびりした風景には似合わない猛々しいものがあった。
久しぶりに懐かしいところを散策したせいで、記憶の底が揺さぶられ、いろいろな思い出の糸が改めて繋がれてゆく。
それらを反芻しながら病室に戻ると、4人の看護師さんたちにベッドを押され、母が検査から帰ってきたところだった。
病室の窓には、私が散策した辺りとはやや下流の風景が広がっていた。