六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

スズランとレトロと映画の話

2007-05-02 00:15:10 | 映画評論
 どっかからもらってきたスズランが昨年から花を付け、今年も可憐な花を咲かせました。

 
 
 昨年よりだいぶ株の数が増えているので、花が終わったら、もう少し大きい鉢に移植してやるつもりです。

 
 
 ところでこのスズランに関し、これを模したいわゆる「スズラン灯」ないしは「スズラン燈」を思い起こされる方は多いと思います。

   
 かつては、繁華街の街灯として、全国を風靡したものだからです。

 私の住む町、岐阜でも、柳ヶ瀬商店街を彩っていたし、それを基本にデフォルメしたものを数え上げれば、ほぼ全国をカバーするのではないでしょうか。
 また、それにつれて、「スズラン通り」という名称も各地にあるようで、私がお世話になった名古屋は今池にも、その地名がありました。

   
 
 なぜ、こんなことを思い出したかというと、昨日観た映画『黄色い涙』に、四角にデフォルメされたこのスズラン灯が出てきていたからです。
 やはり、このスズランの街灯はなにがしか「昭和」を思わせます

 この映画も、昭和30年代後半(1960年代前半)の青年群像を描いたものです。そしてそれは何を隠そう、私の時代とドンピシャリ重なるのです。

 ですから、懐かしい風俗習慣などが至る所に出てきます。食い物がなくて、友人の下宿に何かを持ち寄ってかろうじて腹を満たしたことなど、「あった、あった」という感じです。

 しかし、どこか当時の青年たちと違う感も否めないのです。そのひとつは、これはたぶん意図されたものだとは思うのですが、政治に関する描写が全くないのです。

 これはあの時代にしては幾分、変なのです。
 というのは、その後の70年などと違って、60年安保は、まさに国民のほとんど総員を巻き込んだ政治問題であり、別に特別なデモや集会の場ではなくとも、風呂屋や飲み屋で、普通に話題にされたいたのでした。

 おそらくそれを捨象しきったところに青春群像を描きたかったのでしょうが、やはり幾分、違和感が残ります。要するに、そこに確実にあったものがなかったようにされているのですから。
 ですから、CGや江南や大垣のレトロな風景で当時を再現されても、何だか入れ物だけがその時代という感じで不可思議なのです。

 『三丁目の夕日』のヒットにあやかったのかも知れませんが、この内容なら、とくに60年代に限定することはなかったようにも思えるのです。
 犬童監督自身がこの60年の生れであり、そこに20年の隔たりがあることのせいかもしれません。

 映画の展開や内容には観るべきものがあります。それぞれが夢と希望を持ち寄りながら・・という話の展開はよくできています。
 かつての中国映画『プラットフォーム』をもう少し陽性にしたものかも知れません。

 なお、出演者は主として、男性アイドルグループ「嵐」の面々だとのことですが、それを感じさせることなく、役にすんなりはまっています。

 それにしてもスズラン灯の時代は終わったのでしょうか?
 下は、ガス燈風のイメージです。

   

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする