六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

マドンナからの電話!

2006-08-25 14:43:33 | よしなしごと
 


 高校時代の同級生(女性&往年のマドンナ)から、年に似合わず(失礼!)弾んだ声で電話があった。
 「ね、ね、見た? あの津高校の・・」
 どうやら彼女、私とは別ルートで、私が前の日記で触れた『国民学校一年生の戦争体験』と題する「三重県立津高等学校昭和32年卒業生・戦争の記憶を記録する会」が作った冊子を入手したようなのだ。
 
 「見たどころか、若い人達に是非読んで貰いたいので、ネットで宣伝に努めているところさ」という私に、「わー、さすが六さん・・」と電話の向こうで拍手でもしかねない勢い。
 「でも、良いものを作ったねぇ」、「ほんとねぇ」などといっている間に、「ね、ね、私たちも作ろうか」との彼女の提案。

 「でもそれって、二番煎じだろう。それに、ほかにも類似のものはあるだろうから、三番煎じか四番煎じかも知れないよ・・」
 と、私はある予感とともに語尾を濁した。

 「良いじゃない、いくら何番煎じだって、若い人にもっともっと読ませたいんでしょう?」
 確かにその通りである。
 「それにほら、六さんが編集してくれたらあれに負けないものが出来るかも知れないでしょう」
 ときた。
 それこそ、私が恐れていたことなのだ。こうした話になると、だいたい私のところへ話が振られる。この電話にしたって、始めっからそのつもりでかけてきたのにちがいないのだ。

 なぜ、私が、津高校の諸兄姉に敬意を表するかというと、ああしたものを作ることがいかに大変であるかを知っているからだ。それに今さら、「ね、ね、作ろうよ」というマドンナの鼻にかかった誘いにくらくらっとする(ちょっとはするが)ほど若くはない。

 結果は、今秋の同窓会で、然るべき人数の賛同と協力が得られればということになった。その間、この津高校のものを若い人達に勧めて行こうということで電話が終わった。
 う~ん。なんか、刑の執行を猶予されているような気分だ。

 ところで、私たちの年齢に限らず、とくにもっと年上の人達の戦争、戦後体験を記録することは良いことだと思う。
 年々風化する記憶を保存する必要性はむろんだが、と同時に、私が何度も書いているように、若い人達の戦争観が、かなり観念的で薄っぺらなものになっているように思うからだ。

 その責任は、今のブッシュの親父のブッシュが引き起こした湾岸戦争(1991)にある。あの折りの戦争報道のシミュレーション化は、戦争という事態が当然伴う血肉の飛散という有機性を隠蔽し、それをデスクトップ上で展開される無機的なゲームに変じてしまったのだ。

 しかも決定的なのは、それを攻める側、シューティングする側の視点から展開して見せたのだだからあの、すさまじい重火器の炸裂する下で、殺されたり逃げまどったりする側は映像化されなかった。
 せいぜい、攻撃から幾ばくかして、その成果としての破壊の状況を見せるのみだった。

 それに反し、すぐる戦争を体験した人達の記憶には、そこで失われた血肉の鮮明な痕跡がある。自らの肉体に加えられた飢餓や損傷の具体性がある。ゆがめられた心の痛みがある。
 ゲーム感覚で照準を合わせシュートをする視点とは違った、そのシューティングの的であったもの達の、獲物でしかなかったもの達の視点がある。

 確かにこれらの記憶は、自らの被害者性が圧倒的に多くなるだろう(津高のそれにはそうばかりではない記憶も含まれている)。しかし、それでもいいではないか。戦争が決してゲームのように高みから見下ろせるものではなく、私たちの肉体や心の具体性に迫るものであることを知ってさえもらえれば・・。

 ところで、かのマドンナは、今頃私の刑の執行を確実にすべく、あちこちへ電話をかけまくっているに違いない。
 恐ろしいことである。
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする