『相棒 season 7』最終話“特命”(3月18日放送)は、前週の予告で新相棒として及川光博さん参入が公表され注目されましたね。20:00からの変則ワイド、昼間のWBCの余韻もさめやらぬ中での放送で順風とは言いにくい環境での船出でしたが、いやぁなかなかやるではありませんか。及川さんも、スタッフも。
96年頃なにやら色モノミュージシャン?みたいな印象でお見かけしていた及川さん、演技する姿を見たのは99年の『氷の世界』からだったと思います。物語が始まった時点で死んでいる役なんだけど、終わってみるとすべての謎の鍵を握る男だったという。当時、偶然、職場の昼休み『いいとも』のテレフォンショッキングで、劇中、結婚していた設定の松嶋菜々子さんのことを「キスシーン撮ったんですよ、菜々子ベイビーと」と言及していて、なんだコイツ上等な野郎だなと思った記憶も。
その後『白い巨塔』の財前側弁護士役では、ネタ抜きのガチ冷徹辣腕演技で、これでだいぶ印象も変わったかな。亀山くんの後を襲う特命係役としては、前任者が長かっただけに一抹不安もありつつも、上司の右京さん(水谷豊さん)とある意味似かよった、“頭いい”“都会的”“身体より理屈”“生活感希薄”キャラなのがおもしろいと思い、基本的にはニュートラル、ややポジティヴ寄りの地合いで視聴に臨みました。
何が「なかなかやる」って、及川さん扮する神戸ソン…じゃなくて尊(たける)の特命係デビューエピソードを、警視庁お膝元の都下は都下でも都心を遠く離れた奥多摩の山村舞台に持ってきたところがナイスワザあり。
神戸がそれこそ“(さっぱり上の真意のわからない)特命”を帯びて特命係に飛ばされてアウェイなだけではなく、突然届いた犯罪現場らしき細密画の差出人を訪ねて土地勘のない山村に飛び込んだ、右京さんもアウェイなんですね。もちろん、頼みもしないのに「赴任初日の挨拶を」と追いかけてきた神戸にあれこれチャチャを入れられるはめになった、その状況も右京さんとしてはアウェイ。
神戸にすれば場所がどこだろうと、杉下右京警部なる、人となりの掴みにくいことこの上ない上司と行動をともにしなければならない時点でアウェイ。
これら“アウェイ四段重ね”のおかげで、俳優・及川光博さんの『相棒』世界におけるアウェイ感、砕いて言えば、途中参加序盤につきものの“浮いてる感”があらかたマスキングされました。Season最終話、拡大枠SPとしての“非日常感”を画面に付与する地方ロケともからめて、これはワザありです。
すべての事件が明らかになって本庁に戻った朝、神戸は愛用のMacの前、右京さんもこれまた愛用のティーセットに紅茶を注ぎながら、こっそり相手の様子を盗み見しあっているラストシーンでは、もうじゅうぶん“新相棒”スタートラインに並んだコンセンサスが成立して、視聴者も心おきなくクスクスニヤニヤできたのではないでしょうか。
いままでのseason最終SPにありがちだった、警察組織や政官界を席捲する話、あるいは司法制度などを採り上げた、ムダにではないけれどスケールの大きすぎる、結論の出にくいエピソードではなく、住人ほとんどが親戚か顔見知りの、都市化から取り残された村に生きる人々のささやかな、しかしだからこそ切実切迫した、濃密な葛藤が生んだ事件だったことが、単なる好みですけれど個人的に嬉しかったですね。
超高解像度デジカメのような視覚と画力を持つイディオ・サヴァン知的障害の弟・毅一(やべ きょうすけさん)の世話に明け暮れながら、都会で就職しキャリアを積む夢を封印していた姉・直弓(なおみ。宮本真希さん)。弟が描いた現場画の事件に至ったのは地元区長(前田吟さん)の、生活力のないひとり息子溺愛が原因でしたが、「毅ぃちゃんは想像では描いたことがない、きっと現実に見た場面のはず」と直弓が捜査を願い出た時点で、“何か”が動き出していたのかもしれない。すでに成人し青年とも言いにくい年齢になるまで、動物だけを描いてきた毅一が、血なまぐさい事件現場としか見えない絵を描いたのを目にしたとき、直弓の中で“いまだかつて起きたことがない出来事”“ここではないどこか”“いまの自分ではない自分”への渇望の扉が隙間を開け、風が吹き込んだのです。
近隣で目をかけてくれている区長やその弟晋平さん(日野陽仁さん)に感謝と恩義で心理的にべったりであれば、彼らを疑い捜査対象にするような行動は、思いつきはしても打ち消していたはずです。彼女の深層心理に、基本的に村や村の住人たち、とりわけ無能な息子を都会に出して好き勝手させている区長を恨めしく、どうにか腹いせしたく思うマグマがずっと存在していたと言っていい。
結果、区長と晋平、古馴染みの住職(苅谷俊介さん)3人の、起業を夢みる放蕩息子の夢を支え失敗を糊塗してやるための工作を、見事に明るみに出すことになった皮肉。いくら金を工面してやってもドブに捨てるような息子を都会で暮らさせる財力があったら、障害の弟に尽くすため日の当たる人生をあきらめ村に閉じこもって朽ちて行こうとする直弓に、施設を斡旋したり、毅一の特殊能力の細密画で自立につながる道を探してあげたりする大人が、どうして1人もいなかったのか。都会に比べて田舎は人情が豊かというのが通り相場ですが、ときに都会以上に冷ややかで非情で偏狭なのも田舎。
そればかりか、区長たちの犯罪隠蔽工作が、“いつもと違った状況”“見慣れない風景”に対応できないサヴァンの毅一を雨の山中でパニックに陥れ、“扉が開いてしまった”直弓を悲しい行動に駆り立て、もうひとつの事件は胸痛む結末を迎えます。
小さな村でひとつ屋根の下肩を寄せ合って暮らしながら、弟は“明日も明後日も永遠に同じ”を願い、姉もそれに添ってやろうとしながら、心の奥では“何かが、何でもいいから変わること”を憧憬していた。
寂れ行く寒村と濃い血縁地縁とくれば、横溝正史さん辺りが得意とする、古代伝説、民間伝承や祟り・呪いといったおどろおどろしいモチーフがつきものですが、「善人なればこそ、ふとしたきっかけで心に鬼が忍び込む」と右京さんが呟き、神戸は反論も嘲笑いもせず黙って先に村をあとにする、右京さんはひとり、毅一が愛し1日も欠かさず参拝していた山道の祠に立つ…という結び方も『相棒』らしい寂寥感をたたえつつ、あくまで淡彩にスマートでした。
一昨年の昼帯ドラマ『愛の迷宮』序盤を彩り惜しまれながら早め退場してしまった宮本真希さんが美しかったですね。1940年代のアメリカ映画で“スウェーター・ガール”とグラマラスぶりをもてはやされたラナ・ターナーも斯くやという、ニットセーターを着るために生まれてきたようなたっぷりボディもさることながら、“静かな無念さ”を秘めた目の演技が素晴らしかった。
毅ぃちゃんの遺作となった直ちゃんの“ご め ん ね”4枚続き絵、何かを思い出すなと思ったらseason 2の皮切り“ベラドンナの赤い罠”で、実は連続毒殺犯だった小暮ひとみ(須藤理彩さん)が、浅倉禄郎(生瀬勝久さん)死刑確定判決直後の傍聴席から、「さ よ な ら(勝誇)」と唇で告げていましたね。
あちらも今話と同じ輿水泰弘さん脚本で、監督は和泉聖治さんのコンビでした。宮本さんと須藤さん、タイプも似ている。『相棒』のメインスタッフ一郭を担うお二人は、豊満女性のクチビルアップに偏愛があるのかな。まぁ男性で、嫌いな人はいないでしょうけど。