イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

哀しみ本線

2007-01-20 18:22:48 | テレビ番組

再放送の『けものみち』が昨日終了。“松本清張最終章”と銘打った『わるいやつら』が同日の21:00~本放送されるのに合わせた再放送だった様子。最近、昼ドラに勘弁してほしい作品が続いているので、帰宅後のビデオ再生の楽しみはこの再放送が軸になっていました。

本放送時は賛否分かれる結末だったようですが、余情のある、なかなか良い締め方だったと思います。小滝と民子の戦いは、訣別後のエンドマークの彼方からが本番。浴室の窓越しにほくそ笑みながら焼き殺されかけて、民子がいまだに小滝に想いを残しているとは思えないけれど、車の窓越しに振り向いた小滝のほうは、「あの女今度こそ消してやる」だけではない、愛惜のようなものを秘めていたともとれます。

誰も彼もハラにイチモツばかりの人物たちとは言え、ただ自分ひとりの欲徳のためだけに悪を働くのではなく、たとえば鬼頭→民子、秦野→鬼頭、民子→初音(逆も)、秦野→民子、米子→民子(逆も)など、彼らひとりひとりの“ここだけは崩したくない信条”、“人間としてのリスペクト、信義”のようなものがちょっとしたセリフのはしばしや表情などから感じられました。生きるため、生き残るために“けもの”の道を選んだ者たちも、終生“人間”であることからは逃れられない。

民子に「あんたは金づるだから守ってやる」と言ってのけた久恒が、妻に「オレの一番大切なものはおまえと(息子の)太郎だ」と言い置いて瀕死の体で主無き鬼頭邸に這って行き、血を吐きながら最後の力を振り絞って辞めた署に通報、「あの女が必ず中に居る、早く身柄を確保してやれ、頼むぞ」とかつての部下に告げて息絶えるラストひとつ前のシーン。事実上のラストはここでもよかったぐらい。彼にとって「金づるだから」も、「大切なのは妻と子」であることも、民子を助けたいという思いも、ぜんぶ嘘ではないのです。人間とは、結局そういうものではないでしょうか。仲村トオルさん、先日の『華麗なる一族』での田宮二郎ばりとも相俟って、この一週間で軽く惚れ気味です。まずいまずい。

他方、サブキャラの女たち、光恵・奈々美・美代子はあからさまに醜かった。コイツら信条も信義も惻隠の情もいっさいお呼びでなし。私利私欲あるのみ。

まぁ美代子ちゃんはおバカという救いがあり、間宮代議士の“結婚しよう魔”ぶりにも気づいて哀れさも漂ったし、高学歴そうな光恵は小滝に切り捨てられた後もどこか景気のいいIT企業辺りにもぐり込んで、人の顔色窺ったり寝返ったりしながらしたたかに生きて行きそうだけど、奈々美ばっかりはホントどうしようもないですね。目先の欲望でケチな悪さをしては親のコネでもみ消してもらって、確たる野心も上昇志向もなく、民子のように戦って努力してのし上がってきた人の成功に嫉妬して足引っ張ろうとする泥棒根性だけ一人前。ポストバブルの日本の若者の、悪い所だけ抽出して固めたみたいなキャラでした。民子の放火殺人をおっかぶされて冤罪くらっても、鐚一文同情の余地なし。

ドラマ全体の映像が蒼め寄りに暗くまとめられていたのも、最終話ひとつ前の第8話でやっと納得が行きました。民子の生まれ故郷が富山県伏木(ふしき)という設定。富山湾越しに立山連峰を仰ぎ見る、北陸の日本海岸独特の、鉛色の波がうねるような暗鬱感、そこから脱け出そうと藻掻いて、大都会東京のイルミネーションの只中にたどり着いた民子の視界をヴィジュアライズしようとしていたのではないでしょうか。松本清張さんの作品には日本海側のローカリティを強調したものが多くありますが、こうした味つけで映像化されるなら作家冥利でしょう。

短い場面でしたが田村高廣さんの、地元の開業医としての登場も良かったと思います。民子が小児喘息に苦しんで痩せ細っていたということを言ってくれたおかげで、家族関係や生活水準などを回想シーンで見せられなくても、早くこの土地を離れたい、もっと明るく暖かい所に行きたいという願いの切実さを想像することができました。『黒革の手帖』SPで共演済みですから、米倉涼子さんと相対すると、そこはかとない“昔馴染み感”“見守ってるよ感”も醸し出されるんですよね。これはナイスキャスティング。田村さんはTVドラマでは最後のご出演になったのではないでしょうか。

このシーン、米倉さんの「えっ、私のことなぜ知ってるの?そう言えば…この先生見覚えがある…あの時の?…ウソでしょう、この土地にはもう私を知ってる人なんか誰もいないはず…覚えていてくれたなんて…」と、無言のまま大きな眼に次々にうつろう感情の表出も見事。米倉さんは『黒革』以降演技が瞠目の進歩ですね。ドラマ出始めの頃は恵まれ過ぎた肢体をフレームの中でバッサバッサ持て余している感じで、“この人女優としては無理かも”と思えたものでしたが、良くぞここまで来ました。某歌舞伎役者と別れて正解だったね。

小さな輪郭に大きなパーツ、女優としてはこの上ないくらい顔立ちも恵まれています。まだ要所要所で“やたら眼ギョロつかせてクチ半開き”なまま、驚きとも感動とも恍惚ともつかず立ち往生みたいな、顔を使う演技の引き出しの少なさも目立ちますが、上昇の余地はまだまだあるはず。月河、小説でも映画でも“悪女もの”好きなので、こういう、綺麗かつケレン味身上の女優さんは楽しみです。仲村さんと並んで、実は米倉嬢にも最近はちょっと惚れそうな自分がいます。

『わるいやつら』第1話も実は録画してあります。こっちには仲村トオルさんは出ないようですけど。

コメント
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