京都御所の紫宸殿の前庭には正面の階段から見て右側に右近の橘、左側には左近の桜が植えられています。
この御所の橘は古式(平安京の紫宸殿)に則って植えられているのだそうです。
また、平安京紫宸殿前の橘は、1053年前の今日植えられたと言われています。
そこで今日は「右近の橘、左近の桜」の由来について調べました。
・「京都御所紫宸殿」の東側に植えられている「左近の桜」です。左の覆屋が設置されているのが右近の橘です。
「左近の桜」と「右近の橘」の由来
「左近の桜」と「右近の橘」は、平安宮内裏の紫宸殿(南殿ともいう)の前庭に植えられている桜とタチバナ(橘)のことで、左近・右近は左近衛府(さこんえふ)・右近衛府(うこんえふ)の略称です。
平安時代以降の儀式の時、左近衛府の官人は紫宸殿の東方に、右近衛府の官人は西方に列して陣をしき、ちょうどその陣頭の辺に植えられていることからこの名があるそうです。
左近の桜は元は梅で、794年(延暦13)の平安遷都のとき桓武天皇によって植えられたものですが、960年(天徳4年)の内裏焼亡の際に焼失し、内裏新造のとき梅に代えて重明親王(しげあきらしんのう)の家の桜を植えたものだそうです。
・昨年、京都御所を訪れた時は「紫宸殿」に向かって左側に植えられている「右近の橘」は防霜のため覆屋が設置されていました。(昨年4月撮影)
右近の橘は、元は秦 河勝(はたのかわかつ)の宅にあったのを、内裏建造の際に紫宸殿に植えたもので、天徳3年(959年)12月7日に新たに橘樹1本を植え替えしたと伝えられています。
橘を植えるのは、秦河勝宅地の縁だけではなくて、橘が古くから非時香菓(ときじくのかくのこのみ)と言われ、その葉が寒暖の別なく常に生い茂り栄えることから、長寿瑞祥の樹として珍重されたからでもあるとも言われています。
・京都御所の右近の橘です(ウィキペディアより)
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お雛様の雛壇に、桜と橘を飾りました。もちろん、右大臣と左大臣が随身しています。いろいろ約束事がありますね。
浄土真宗も浄土宗や日蓮宗も、みんな仏教ですから陽が東から昇り、西の浄土に沈む世界を構成します。
瑠璃はお経の中に出てしたように思います。