卵は玉子とも書く。
たんに丸いからかと思いきや、魂の入っているものという解釈もあるそうだ。
なるほど、確かに魂は入っているが、そう考えると食べにくくなる。
だからかどうかは解らないが、日本人が卵を食べるようになるのは、南蛮文化が入ってくるまではあまりなかったらしい。
私が子どもの頃、大人が「お見舞いと言えば木の箱におがくずがはいった卵を持って行った」と言っていたのを聞いて、さぞかし美味しい玉子に違いないと想像を膨らませたものだ。
最近の卵では何故か気が進まないが、子どもの頃は、卵のお尻に穴をあけて、醤油をたらして生卵を飲んだ。
殻は千代紙を貼ってお雛様を作った。
「玉子」が安価なご馳走だった頃は生卵。
「卵」になった現在は、煮卵が好きである。
最近「玉子」はみかけない。卵文化は昭和から平成にかけてかなり変わったと思う。
温泉玉子は、観光名物だったのに、今やコンビニ弁当にまで出現している。
オムライスのトロトロもいつの間にか市民権を得ていて、びっくりである。
卵については、飽きずに語れそうである。[a]
軽く考えていた卵がものすごく貴重な食品としてもう一度見直しました。
大好きだった生卵も、半熟卵も、全然食べたいと思わなくなったのはいつからでしょうか…そのことをず~っと考えています。
中東ではまだ、藁などがフンといっしょにくっついた卵を子どもが裏庭から持ってきます。
日本は遠い過去ですね。
病気の時だけこっそりご飯の下に玉子が入っていた、とか、
高価だった玉子を巡る話は尽きませんよね。
私は今でも玉子絶対主義(笑)
やっぱり料理の王様な気がしています^^