祭り~仏舞~
季節も趣向もやや異なるが、「祭り」と聞いて浮かんだのは「仏舞(ほとけまい)」。
仏舞が各地で舞われるようになったのは奈良時代で、伝承されているのは今では全国で3箇所という。
私の住んでいる地域では「糸崎の仏舞」と呼ばれ、隔年で執り行われている。
黄金の仮面に、真黒な袈裟。ゆっくりで単純なようだが、変わったリズム。
同じような振りを何度も繰り返し、一人ずつ輪の中から抜けていきながら、延々30分間踊り続ける。
昔の人たちは、こんなにゆっくりとした調子で喜びを現したのだろうか?
なぜ一人ずつ抜けてゆくのだろう?
いろいろ考えを巡らせているうちに、やがて彼らが無事に踊り切って舞台から誰もいなくなると、
何かが達成されたような、なんともいえない感動が押し寄せてくる。
1300年もの昔から、仏に奉納されている静かなる舞。
にぎやかな祭りではないが、確固たる歴史と、密やかな情熱を秘めた舞仏たちの姿は、一見の価値がある。(y)
詳細なレポは、こちらをどうぞ☆
長く続けることのできる、
わりと気長な気質を持った地域だからこそ、生き残ったのかな?と思います。
余韻を残す舞、いつか仏様について考えてみたいと思った時、是非見に来てくださいませ☆
最後が無になり静寂で終わる・・余韻を残す日本文化ですね。
mitraさんのコメントにある「意味などない、ただ舞っている」のエピソードも興味深いです。
いつか訪ねてみたいなぁ。
神や仏に舞を奉納するという考え方、
舞うことで無我の境地に入り、ある者は神と、また別の者は死者と死者とつながって、
目に見えない存在との繋がりを再確認する…
って感じでしょうか??
理屈抜きでつながっちゃえ、っていう感性、
人間らしくていいですよね(笑)
この仮面も相当すごいですよね!
機会があったら、是非^^
難しい理屈抜きで「舞う」ことによって、神学や哲学を論じたり学んだりすることでは得られないものを得る。
神話学者ジョーゼフ・キャンベルが来日した際、神道の舞を見てその舞にどういう意味があるのか神主に尋ねた際、「意味などはありません。ただ舞っているのです」(言葉使いはかなり違う気がするけど、うろ覚えです)と答えたことに、いたく感動したというエピソードがありますが、日本の宗教や日本人の感性の素晴らしさって、まさにそこにあるのかな~なんて思うときがあります。
この金色の妖しげな(?)仮面も魅力的だし、儀式に参加してみたいな~って、すごく思いました。