hiver(イヴェール)
写真:Miah
唐突だが、イギリス人には旅好きが多い。出発の数時間前、半額まで値の下がったツアーに参加を決め、とっとと飛び立つ。そんな身軽さを携えて、どこへ行くのか。もちろんまさに地球の裏側まで、なのであるが、当然フランスにも飛んでゆく。“仲が悪い”わりには、結構行き来している。
私も彼らの旅好きの趣向が身に付いたのか(元々だったのかもしれないが)、よくパリへ飛んだ。特に冬。暗くて、全体的に灰色で、寒くて、服装もシンプルでダークなイギリスから抜け出し、寒くてもきらびやかに輝いた、金色の光で染まる美しいパリに出かけた。
今から何年前の冬になるだろう?私はその時も、フランスにいた。そんなつもりはなかったが、たまたま自分の誕生日だった。記念すべき日に、世界の都パリにいることができるなんて。というほど深くは考えなかったが、さて、せっかくなのだから、何か思い出に残るようなことをしようではないか。そう思って向かった先は、エッフェル塔だった。
エッフェル塔は、つい数年前まで、私の中で最も美しい建造物だった。何を言っている、ビッグベンだって美しいではないか。それに比べたら、あんなの、ただの鉄塔だ。そういう輩もいたが、初めてエッフェル塔を訪れ、シャイヨ宮から広がるその完璧なまでに整えられた風景は、心に深く刻まれた。
エッフェル塔を上ると、パリ中を見渡すことができる。寒い風が吹いていたが、夕暮れで、あちこちの光が美しかった。しかし、なぜだか、満たされた気分にはならなかった。
自分は、ここに何をしに来ているんだろう…
実は、当時も分かっていた。あれだけ情熱的に憧れたパリは、現実逃避の手段だったのだと。その頃の私は、イギリスと名の付くものは全て嫌いだった。そんな自分の気持ちを同情的に慰めてくれると思っていたのが、フランスだった。もし今、当時とは全く反転し、大好きになってしまったイギリスと共に、フランスを訪れることになったら、どんな感情を抱くのだろう?
来年の冬、もしかしたら私はパリへ行く。今度は逃避ではなく、必要な旅として。その散歩では、きっと当時の、物悲しくてどこか切ない冬とは、また違った風景が広がるのかもしれない。[y]
寒くても温かい。そんな旅ができるといいネ☆