千葉県市川市のマンションで平成19年3月、英国人の英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさんが他殺体で発見され、市橋達也容疑者(30)が死体遺棄容疑で指名手配されている事件で、容疑者が整形を繰り返していたこと、大阪の建設会社で1年半にもわたって住み込み勤務をしていたことなどが続々判明し、連日マスコミで報じられています。
今回の新展開で分かったこと。この事件で逃亡を続ける市橋容疑者の身柄拘束を難しくしなおも逃がしている原因の大半は、関係の団体や個人の「責任欠如」行動にこそあるということです。まずはじめに「責任」とは何かですが、それはある一定の立場にある者が、その立場に応じた行動をとることであると考えます。これは、組織における役職者の場合と全く同じです。組織において、部長は部長の課長は課長の自覚を持ってそれぞれの立場に応じた行動をとることが求められる訳です。部長が部長として、課長が課長としてなすべき業務を遂行しないなら、それは責任遂行能力を問われることになるのです。
今回の事件の場合、まず目につく「責任行動」の欠如は今回容疑者の顔の整形にかかわった複数の整形外科医です。整形外科医は人の人相を変えうる職業であり、手術の保険対象の有無にかかわらず美容整形希望者の身元確認をしっかり行うことは、法の規定の有無に関係なく必ずおこなうべきことではないのでしょうか。警察が犯罪捜査がらみで日常的に聞きこみに回る整形外科なのですから、身元の確認もおこなわず申し出に応じて顔の美容整形を実行することで、犯罪の片棒をかつぐリスクがあることは容易に想像できるハズです。医師としてのその社会的責任を十分に認識し行動すべきであると考えます。
全く同様の「責任欠如」行動は、市橋容疑者が1年半勤めていたと言う建設会社にもあてはまります。仮に日給契約であったとしても、住居として社宅の一室を与え1年以上もの長期にわたって雇用関係を結んでいた訳ですから、その間本人の身元を確認していないなどというのは、恐ろしく企業責任意識が欠如していると言わざるを得ないでしょう。この問題は決して「業界の常識」などで済ませてはいけない、最低限のコンプライアンスであると思います。
「責任欠如」行動という意味では、整形外科医や建設会社以上に現在進行形で問題視されるべき人たちがいます。それは、市橋容疑者の両親です。とうに成人を過ぎた息子が起こした事件の「責任」を問うつもりは毛頭ありませんが、逃亡から2年半、世間を騒がしている事件の容疑者の親として、すなわち本人の身柄確保に一番力を発揮できるであろう立場にある人物として、その「責任」を認識した行動が見られない事は大いに問題視すべきであると思うのです。具体的に申し上げれば、なぜテレビの取材に対して肉声で我が子に語りかけないのかです。テレビ各局は、ここ数日母親のコメントを「肉声を放送しないという条件で取材に応じた」という断り書きを付して放送しています。
どう考えても、おかしなことではないでしょうか。顔を整形してまで逃げ続ける容疑者に対して、肉声で投降を呼び掛けることで本人に心変わりをさせられる可能性が高いのは、血を分け育て上げた両親を置いて他にないのです。それが「我々がかくまっている、経済的支援をしているかのような憶測は間違い」などと、慇懃無礼な企業広報の如き対応を平然としている訳ですから、その行動すべき立場上の「責任欠如」たるやあまりに甚だしく非難する適当な言葉すら見つからないほどです。マスメディアや世論は、勇気をもって容疑者の両親のその立場上の「責任全う行為」を強く求め、一日も早い市橋容疑者の投降と事件の全容解明につなげることを切に望んでおります。
今回の新展開で分かったこと。この事件で逃亡を続ける市橋容疑者の身柄拘束を難しくしなおも逃がしている原因の大半は、関係の団体や個人の「責任欠如」行動にこそあるということです。まずはじめに「責任」とは何かですが、それはある一定の立場にある者が、その立場に応じた行動をとることであると考えます。これは、組織における役職者の場合と全く同じです。組織において、部長は部長の課長は課長の自覚を持ってそれぞれの立場に応じた行動をとることが求められる訳です。部長が部長として、課長が課長としてなすべき業務を遂行しないなら、それは責任遂行能力を問われることになるのです。
今回の事件の場合、まず目につく「責任行動」の欠如は今回容疑者の顔の整形にかかわった複数の整形外科医です。整形外科医は人の人相を変えうる職業であり、手術の保険対象の有無にかかわらず美容整形希望者の身元確認をしっかり行うことは、法の規定の有無に関係なく必ずおこなうべきことではないのでしょうか。警察が犯罪捜査がらみで日常的に聞きこみに回る整形外科なのですから、身元の確認もおこなわず申し出に応じて顔の美容整形を実行することで、犯罪の片棒をかつぐリスクがあることは容易に想像できるハズです。医師としてのその社会的責任を十分に認識し行動すべきであると考えます。
全く同様の「責任欠如」行動は、市橋容疑者が1年半勤めていたと言う建設会社にもあてはまります。仮に日給契約であったとしても、住居として社宅の一室を与え1年以上もの長期にわたって雇用関係を結んでいた訳ですから、その間本人の身元を確認していないなどというのは、恐ろしく企業責任意識が欠如していると言わざるを得ないでしょう。この問題は決して「業界の常識」などで済ませてはいけない、最低限のコンプライアンスであると思います。
「責任欠如」行動という意味では、整形外科医や建設会社以上に現在進行形で問題視されるべき人たちがいます。それは、市橋容疑者の両親です。とうに成人を過ぎた息子が起こした事件の「責任」を問うつもりは毛頭ありませんが、逃亡から2年半、世間を騒がしている事件の容疑者の親として、すなわち本人の身柄確保に一番力を発揮できるであろう立場にある人物として、その「責任」を認識した行動が見られない事は大いに問題視すべきであると思うのです。具体的に申し上げれば、なぜテレビの取材に対して肉声で我が子に語りかけないのかです。テレビ各局は、ここ数日母親のコメントを「肉声を放送しないという条件で取材に応じた」という断り書きを付して放送しています。
どう考えても、おかしなことではないでしょうか。顔を整形してまで逃げ続ける容疑者に対して、肉声で投降を呼び掛けることで本人に心変わりをさせられる可能性が高いのは、血を分け育て上げた両親を置いて他にないのです。それが「我々がかくまっている、経済的支援をしているかのような憶測は間違い」などと、慇懃無礼な企業広報の如き対応を平然としている訳ですから、その行動すべき立場上の「責任欠如」たるやあまりに甚だしく非難する適当な言葉すら見つからないほどです。マスメディアや世論は、勇気をもって容疑者の両親のその立場上の「責任全う行為」を強く求め、一日も早い市橋容疑者の投降と事件の全容解明につなげることを切に望んでおります。
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しかしながら、凶悪犯が2年半以上にもわたって逃げとおせる日本の様々な問題点が浮き彫りになったと思います。
オウム事件の手配者をはじめ、いまだに捕まらない凶悪犯罪の容疑者もいます。彼らも今回のような「責任感欠如」の手助けを受けて逃げ続けているのかと思うと、今回の反省を踏まえた法整備等が早急に必要であると考えます。
何事においても、「再発防止」こそ最も大切な事後対応なのです。