日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

「坂の上の雲」に学ぶ、“ポジティブ・シンキング”の大切さ

2009-01-08 | 経営
NHKは今年の秋から約3年間にわたる不定期連続ドラマの一大プロジェクトとして、司馬遼太郎原作の名作「坂の上の雲」を放映するそうです。

この作品は司馬遼太郎の数ある歴史小説の中でも名作中の名作との誉れ高く、68年の新聞連載スタート以来、書籍販売部数は累計で2000万部以上と言う驚異的な売上を記録しています。多くの司馬遼ファンからは古くから、大河ドラマ等での映像化を望む声も多かったものの、単純な時代劇ではなく明治時代の主人公と多数の登場人物たちが繰り広げる大長編かつテーマの取扱における表現上の難しさ及び司馬遼太郎本人の難色姿勢もあり、これまで何度か噂になっては消えてきた企画でもあります。

「坂の上の雲」は、明治維新から日露戦争までの約40年間を、軍人である秋山好古・真之兄弟と歌人正岡子規らの生き様を通して、当時日本近代化の「夢」や「希望」をもち前向きに進み続ける「志」を描いた小説です。新聞に連載された68年から72年は、高度成長期の真っ只中。その時代を支え続けた我々の父親世代のビジネスマンたちの共感を呼び、圧倒的な支持を得たのでした。思い起こせば、我が家の父の書棚にも、ハードカバーの「坂の上の雲」各巻が並んでおりました。

物語の魅力は、何といっても主人公3人の「志」と「生き様」です。秋山好古は当時世界最強と言われたロシアのコサック騎兵に挑み勝利。弟の真之は日本海海戦の作戦を練り、常識外の戦術でロシア海軍を破りました。正岡子規は重病を患いながらも楽天的に生き、短い生涯の中で旧弊と戦い続けて俳句・短歌の革新を成し遂げました。3人に共通した「志」は欧米列強に追いつかんとする国を思う一途に前向きな姿勢であり、時代に立ち向かった「生き様」は徹頭徹尾一貫した楽天主義でありました。

作者司馬遼太郎は、本作のあとがきで感動的な表現でこう記しています。
「楽天家たちはその時代人の体質として、前のみを見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の一朶(いちだ)の雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくだろう」

なぜ今「坂の上の雲」なのか、NHKの担当プロデューサー氏がコメントしています。
「列強に囲まれ食うか食われるかの明治時代を生きた秋山好古、真之兄弟と正岡子規は、国の状況と自らを重ね合わせて生きました。政治や経済の混迷に将来への不安を抱く我々には、きっと百年前の彼らの「志」や「生き様」にこれからの歩むべき道筋が見えてくるでしょう」

作者のコメントに込められたこの大作をして伝えたかった趣旨は、昭和の時代の映像文化には高度すぎて時代が追いついていなかったと思えます。作者が映像化を拒んだ理由もそこにあるのでしょう。それが40年の時を経て今、ようやく物語の趣旨が正しく理解され多くの人に共感を与えうる時代が来たということなのかもしれません。

秋山兄弟が挑んだ日露戦争は、当時の常識では日本が勝てるはずのない大国ロシアに対して前向きかつ楽観主義的に立ち向かい、不可能を可能たらしめた世界史上の大事件と言っていいでしょう。翻って今を考えるに、不況の時代に恐れをなして後ろ向きになり、悲観的なことばかりを考えていては早く抜けるはずの不景気の煽りから、なかなか抜けられないかも知れません。こんな時こそ彼らの「志」に学び、時代に立ち向かう「前向きな姿勢」とポジティブ・シンキングを見習うべきなのかもしれません。

あの時代は国全体が、そこに生きる人々すべてが、目の前に浮かぶ雲(夢、目標)を見つめながら近代化への坂を上り、その実現に向けて突き進んでいった時代でもあったのです。景気下降線の弱気に押し切られてしまいそうな今の時代にあって、百年前の彼らの前向きな「生き様」は、混乱の時代を生き抜く経営者たちに何か重要なものを教え勇気づけてくれるのではないかと思います。この秋からの放映が楽しみです。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿