-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

草刈鎌の柄も修理(素人技術編)

2021-08-04 15:35:49 | その他

 前回の投稿が5月28日でしたから、もう二ヶ月以上も経ってしまいました。投稿するのが億劫になっていました。コロナ対策も進まないままに五輪が強行され、滅茶苦茶な政府の政策の数々、腹が立つIOCの言行に従順に従って日本人の誇りがズタズタにされている腑抜けな姿、国外へ目を向ければトランプは一旦退陣したものの、まだ続いている大国の理不尽さ、それに私はコロナ用ワクチンの副反応によるかもしれない鬱屈した気分が、生来の怠惰な性格を増長させました。それが長期の投稿サボタージュを引き起こさせました。

 と、怠慢の言い訳は数知れなく論(あげつら)うことができます。そんな言い訳をしても「怠慢」以外の何物でもありません。

 

 さて、今回も家籠りの中での作業です。

 永年、愛用してきた畑沢の草刈鎌の柄がぽっきりと折れてしまいました。それぐらいのことは昔からあった事ですが、久しぶりの修理意欲に燃えました。次の写真で上部に折れた柄が写っています。下が柄を付け替えた鎌です。刃は危険なので、ガムテープで覆っています。

 

 元々の柄は、刃の付け根から折れました。刃は2本の釘で固定されていました。昔は1本の釘だったようですが、最近は2本使われています。縦に2本を木目に一致するように一直線に釘が打たれていますので、1本と比べて格段に裂けやすくなりました。草刈用ですので、普通の使い方なら大きな力がかかりません。真面な人が使うならそれでいいのですが、真面でない私にはそうはいきません。草だけでなく細い樹木も切ります。大きな力が釘の部分にかかり、柄が折れました。私の使い方が荒いだけでなく、長い時間、野晒しにされてことがあり、水が浸透してしまい脆くもなっていました。

 

 下の写真が修理の主要部分です。一見、簡単そうに見えますが、二箇所に釘を打つことが困難を極めました。釘が一ヶ所なら楽に打つことができます。しかし、二か所の穴を合わせるのは至難の業でした。今回は運よく成功しました。単なる「運」です。いつもこうなるものではありません。失敗は数知れずです。この鎌は人生最後までお付き合いすることになりますので、二度と折れないように強化しました。先ず、不要となった5合のテグスを巻き付け、それをエポキシ接着剤でコーティングしてあります。刃と木部の接合部は、樹脂と木粉を練って水が浸透しないようにしました。これから20年は使うつもりです。

 

 鎌の柄を折った現場です。夏の草が茫々と茂っていました。下の写真は耕作放棄された田んぼの中のホソバギボウシです。構図を気に入って掲載しましたが、花にピントが合っていません。何度もシャッターを切ったのですが、どうしても駄目でした。私の腕の限界か、それともスマホの限界か、です。

 

 初めてアマガエルを撮影しました。これまで、ヤマアカガエル、シュレーゲルアオガエル、トノサマガエル、アズマヒキガエル、ツチガエルは写しましたが、最も身近なアマガエルはまだでした。

 これは今年生まれたばかりのようです。体長(手足を除いた長さ)は2cmに少したりません。

 

 ヤマユリが満開でした。周囲に百合の香りが満ちていました。畑沢の春が福寿草なら、畑沢の夏は山百合です。

 しかし、今年は意外な事がありました。畑沢の土手には毎年、山百合が沢山、咲いていました。ところが今年は土手の草刈りが行われているのですが、山百合が残されていません。どうしたことでしょう。下の写真は耕作が放棄されている沢での山百合で、幸いにもここは残っていました。


高齢者の必需品である手摺を自作(素人技術編)

2021-05-28 19:26:37 | その他

 しばらく前に左官屋さんに玄関の階段を作ってもらいました。その時、いずれかは階段に手すりが必要になるだろうと思い、左官屋さんに手摺の設置を相談したところ、「後でも大丈夫」と言われたので、何も付けないことにしました。確かに、当時はインターネットで調べると、コンクリートの側面に設置できる既製品が沢山ありましたので、安心していました。

 ところが、いつの間にか我々夫婦は高齢者になっていて、御近所の方々も一緒に年をとり、手摺が必要になってきていました。そこで、インターネットで既製品を探したのですが、コンクリート側面に設置する品物が一点もありません。コンクリート側面へ設置するのは強度不足になるようなので、販売しなくなったようです。

 こうなると、階段の踏み面に穴を開けて支柱を埋め込むしかありません。でも、狭い踏み面が益々、狭くなってしまいますし、懐(ふところ)がいつも寒い高齢者には、無理なことです。ならば、いつものように我が身を削りながらも自作するしかありません。

 

 材料は近所で捨てようとした約15cm角の栗の柱です。貰いました。電動丸鋸は最大で5cmの刃を出せますので、表裏を切ると真ん中に5cm分が残りました。これを手鋸で約2mを切りました。重労働を覚悟したのですが、意外と素直に切れました。材料を買ってくるのであれば大工仕事も比較的簡単なのですが、材料を切り出すことから始めるので、私の大工仕事には、製材という大きな作業が常に入ってきます。鋸は薪用のものです。木工用の縦引き鋸は適していません。

 

 コンクリート側面に振動ドリルで支柱一本につき2穴を開けました。直径12mmで2mの深さです。私は慣れないので真っすぐに穴を開けられません。今回も少し曲がりました。

 

 

 穴にアンカーを打ちます。コンクリートアンカーには何種類かがあるのですが、穴の中で金属が広がる種類のアンカーはコンクリートが割れるのではないかと心配で、ケミカルアンカーという接着剤タイプのものにしました。

 

 アンカーのボルトに支柱を組み込んでみました。十分な強度があり、安心しました。

 

 さらに全体を仮組みして、支柱と手摺棒の長さを決定しました。

 

 その後、何日も支柱と手摺棒を成形し、さらに塗装を繰り返して、ようやく完成しました。

 

 風雨に晒(さら)される場所なので、防水に配慮しました。木の接合部分は隙間を完全になくし(たつもり)、木に浸透するエポキシ系の接着剤を塗布し、それでも隙間が生じたので木の粉を接着剤で練ったパテで埋めました。何とか誤魔化せるものです。

 

 アンカー部とボルトもコーキング剤でコテコテと塗りたくりました。これも何とかなるものです。

 

 コンクリート面と支柱の間もコーキングで完全に埋めました。これでも水が入るなら「入った水が悪い」ということにしてあります。

 

 


チチャコイ修理の続き(素人技術編)

2020-09-23 12:00:00 | その他

 去る令和2年7月22日にチチャコイ修理(素人技術編)を投稿して、空気入れを修理した拙い技術を紹介しました。それはそれで何とか成功しましたが、又もや空気を入れている最中にスー・スーと空気が漏れる音がして、自転車に空気が入りません。前回、修理したアダプター(前回はコネクターと書きました。)に問題はありません。それでは何所かと探すと、ホースの途中から音がしました。

 

 ホースの折れ曲がる部分であろうと見当をつけて、覆っている布を切り裂くと、案の定、パッカリと裂け目がありました。これでは空気が漏れる訳です。前回よりはずっと深刻な状況です。さすがの私も修理不能かとの思いが脳裏をかすめましたが、頭のどこからか「ここで諦めるか。愚か者」の声が聞こえてきました。そうです。私は、追い詰められると意外なアイデアが生まれます。まあ「火事場の馬鹿力」みたいな土壇場での力です。現職中に私のこのような性格をよく分かっている優れた上司は、私を窮地に追い込んで仕事をさせていたようです。流石(さすが)の人事管理でした。

 

 さて、この場合の窮地とは、「裂け目をどのような接着剤で塞ぐか」です。ホースの材質はゴム系と見られますので、ゴム用の接着剤を使うのが常套手段です。しかし、最近、私は所謂、「ゴム」と言われている物には、多種多様な材質が含まれていることを知っています。ゴム系の接着剤に対して疑いを持つようになりました。そうかと言っても他の接着剤が頭に浮かびません。接着剤は対象とする物質の材質によって効果がまるで違ってきます。でも、このようなホースの材質を正確に知ることは、まず不可能です。そこで「窮地」からの閃(ひらめ)きが出てきました。「コーキング剤を使おう」。コーキング剤は割れた砥石を接着するときに使ったことがあります。コーキング剤にも種類がありますが、面倒なことは考えません。過日、ユニットバスの入隅(いりずみ)を修理するときに余った物がありました。そして私の格言を御披露します。

「失敗して元々、上手くいけばしめたもの」

 

 コーキング剤を塗りたくり、指でグジュ・グジュと裂け目に押し込みました。

 

 しかし、それだけでは心配があります。ホースを曲げると、塞いだ裂け目が再び裂けてしまいます。それを抑えるにはメッシュ状の何かが必要です。「窮地」の中で再び「閃き」様が降臨しました。「内壁作りで、石膏ボードの繋(つな)ぎ目を覆うシールがよかろう」。これも嘘です。何かないかと物置を漁っていたら目に留まったのがこれだっただけです。でも、適切でした。メッシュの目が粗いので、コーキング剤が良く通りました。

 

 さらにコーキング剤をペタペタと塗って完成しました。出来栄えが良くありませんが、実際に空気が入りました。恐るべし「コーキング剤」、恐るべし「土壇場の思いつき」でした。


チチャコイ修理(素人技術編)

2020-07-22 10:00:05 | その他

 どんな物でも一旦、壊れたら修理することに挑戦します。とても直ぐに捨てることはできません。畑沢で生まれ育って培ったのは、ちょっとやそっとやっただけで上手くいかないぐらいでは 諦めまない根性です。などと大胆な言い方をしてしまいました。あっさり言えば、諦めが悪いのです。

 さて、自転車に乗ろうとしましたが、タイヤの空気圧が足りません。いつもは、空気圧が低い方が抵抗があるので、体力増強に都合が良いと考えています。しかし、余りにも空気圧が低いと、チューブを痛めてしまいます。空気入れで何回もピストンを繰り返しますが、一向にタイヤに空気が入りません。コネクターを外して見ると、下の写真のようにコネクタ―のパッキンが割れていました。

 パッキンを外すとよく見えます。これではパッキンを交換しない限り、修理は無理です。でも交換用のパッキンを買うことができません。でもこんなチチャコイ(小さな)物が壊れただけで、コネクターとホースが一体になっている部品を買い替えなければなりません。ホース部分と金属のコネクター部分は捨てなければなりません。それらは職人が頑張って造ったはずです。私が手づくりしようとしても、及びつかない技術が必要です。「捨てるのは申し訳ない」と思いました。

 そこで、パッキンとなる物を探しました。思いついたのが、パソコンで使うプリンターのカットリッジです。プリンターは大量にカットリッジのインクを使います。廃棄するカートリッジが沢山あり、それを解体した時にインク噴出孔のパッキンがありました。下の写真の〇で囲んだ物です。でも径が大きすぎます。

 

 周囲をカッターナイフで削ってみました。格好悪いのですが、何とか径が小さくなりました。

 早速、コネクターに取り付けました。自転車へポンピングすると空気が入ります。成功です。チチャコイ修理でした。

 

 実は私は予備のホースとコネクターを持っていたのです。しかし、このコネクターは自転車用としては不都合なところがあります。自転車タイヤの空気注入口に固定することができません。ただ差し込むだけです。でも自動車にも空気を詰めることができるので、タイヤ交換時は重宝しています。

 

 その点、大きなクリップで挟み込む下のコネクターが便利です。私はこれを愛用しています。


胡桃(クルミ)割りに文明の利器が現れました。

2020-05-22 15:23:44 | その他

 今年の2月7日に「胡桃(クルミ)割り人形のようになれなかった爺の失敗」を投稿しましたが、今回はリベンジを果たしました。でも自力ではありません。文明の利器に手助けを頼みました。

 

 クルミ割りを上手にするためには、加熱を欠かせません。前回のようにアルミ鍋に入れました。アルミ鍋は昭和50年代にガスの炊飯器として使用していたものです。使わなくなっても直ぐに捨てるなどという事ができません。それから50年後、やっと役に立つことができました。鍋も喜んでいるようです。

 クルミは2019年の畑沢産で、貰いました。

 

 熱源は灯油のコンロです。子どもたちとキャンプするときに使おうと思って、今から30年ほど前に安価な中国製品に飛びつきました。しかし、そんな時間的余裕がないままに、いつの間にか子どもたちは成長してしまいました。まともに使った覚えがありません。さらに安価な製品には安価な材料が使われていました。パッキンがボロボロになっていました。耐油性のゴムシートを買ってきて丸く切り、パッキンを造りました。普通、私の場合はこの手の工作では何度も失敗するのですが、一回で成功しました。こんなこともあるんですね。パッキンは低質でしたが、コンロの本体である金属部分はしっかりとしていました。灯油タンク部分を加圧、アルコールを燃やしてプレヒート、頃合いを見て付属しているバーナーから灯油を噴霧すると、バーと勢いよく炎が出ました。順調、順調。

 

 加熱はほどほどにしなければなりません。クルミの固い殻がパッカリと割れるまでに加熱しようとすると、とんでもないことになります。中の実が焦げてしまいます。前回、これを嫌と言うほど経験しました。うっすらと割れ目らしきものが見えたら十分です。割れ目らしきものが見えなくても、ある程度、加熱してあれば十分なのかもしれません。

 次にいよいよ文明の利器の登場です。割れ目らしきところに刃先を合わせて力を入れれば簡単に割れます。

 

 割ったクルミは下の写真です。綺麗なところだけ写しました。正直、すこし焦げたものもありました。過熱です。

 

 割ったクルミを穿り出す道具を自作しました。大きな釘の先をトンカチで叩きました。使いにくい道具となりました。短すぎることが欠点でした。きちんと材料を探せばよいのですが、手短な物で間に合わせる私の悪い癖です。本当は金属製の耳かきが良いのですが、いくら私でも使っている耳かきをクルミに使いたいとは思いません。

 

 そして、このように掻き出すことができました。1ℓ 以上のクルミを取り出すのに夜中までかかりました。疲れましたー。

 5月17日に畑沢で田植えを終えました。昔なら「さなぶり」と言って、餅を食べていました。その餅に、納豆、餡子(あんこ)、クルミなどをまぶしていました。私はクルミ餅が大好きです。上手かったものです。餅そのものよりも、大きな労働を終えた安堵感(あんどかん)が幸せな気分にしていました。田植えは子どもにも辛い労働でしたが、大勢の家族が一緒の楽しい時間が沢山、ありました。