まずタイトルが意味不明だと思う。
ジャニーズに詳しいうちの娘たちに「ジャニーズWESTの重岡ってどんな人?」と訊いたら、即座に「歯が多い人」「今度ドラマやるよね」「蟹がどうとか」「なんで蟹?」「意味わかんない」と返ってきた。なので説明。
自殺を決意した主人公「北」が、死ぬ前に蟹を食べてみたいと思う。でも金がないので図書館で出会った美女の指輪を奪おうとする。ところがその雪女を思わせる彩女(あやめ)さんは「身体が目的ならお相手しますから乱暴だけはしないで」という。そこは求めてなかった北だが、ついそっちもやってしまい、「蟹を食べてから死ぬ」ことを話すと「いいですねそれ」と彩女さんも乗ってきて、二人で北海道へ蟹を食べに行く、という話である。
彩女さんは人妻で、北は一応犯罪者。どちらもリスクを冒しているので、僕の大好きなロードムービーでありながら、いつも背中に嫌なものがべっとり貼り付いている感覚がある。彩女さんは何を考えているか分からないところがあり、いつ状況がひっくり返るか、突然旅が終わるんじゃないかという不安が常にある。
そのように、昼はヒリヒリしたシーンが多いのだが、夜は甘い夢の時間帯である。彩女さんはなぜか北に対して積極的で、身体が目的ならお相手しますどころではない。具体的な描写は避けるが、そういう目的で読んでも結構そそられる。その道の人たちに言わせれば、ソフトな作品だそうだが。
死出の旅という、終わりが決まっていて先がない絶望感。でありながら魅力的すぎる人妻の身体に毎晩溺れる。飴と鞭の波状攻撃。暗い森の中で彷徨っているような不安と焦燥感。でも美人と手をつないでる、みたいな。ありがちなドラマで言えば、旦那を殺してその妻と逃げる逃避行、みたいな? ちょっと説明が下手だが、そういう感じがたまらん。
僕の故郷、苫小牧が出てくる。それも重要なシーンで。あの市場は今年の正月も行ったので感慨深い。
今ならヤンマガWebで全話読めるので、興味を持った方は是非。
ここからネタバレ。読了した人向け。
クルマで東北を縦断して北海道、稚内までというロードムービー。美人付き。すんなりはいかないそれぞれの事情があってハラハラドキドキさせる。ここら辺は完璧。ガラスの指輪の伏線回収もまあまあ。エッチなシーンも適度でよし。
唯一というか一番腑に落ちないのは、彩女さんが生きているのに北が死んだと信じて疑わないところ。冬眠とか仮死状態だったのだろうか。その辺の医学的な説明を、さりげなく入れておいてほしかった。もしくは北が気付かなかった理由を。
札幌編で世話になるマリアが、すごくいい子だった。もうこのままマリアと生きていけよ、そうすれば死ななくても済むぞ、どっちも脛に傷持つ身だから、後で過去が復讐しに来る、みたいなこともない。と、外野としては思った時期もあった。なので、お別れのシーンは読んでいて辛かった。
彩女さんは、男にとっては御伽話の中の存在である。こんな人いる?(褒めてます) 美人でスタイル抜群でエッチで頭もいい。で、ちょっと怖いことも言う。ミステリアス。こんな人と逃避行したいわ。北の本性が分かるにつれてデレることが増えて来て(銀山温泉とか札幌のジンギスカンとか)、もう君たちくっつけよ、いやもう毎晩くっついてるか、という感じだった。
この作品を俯瞰してみると、江戸時代からある心中物で、死んで終わる形式の物語である。多分作者も、最初はそのつもりで書いていたのだろう。彩女さんは旦那に太宰治二世みたいなのを望んでいたので、たぶんそうだろう。太宰治は心中物っぽいの書かせたら天才だから。本人も女と心中してるし。
しかし、そうはならなかった。北と彩女さんは、一緒になって富良野で幸せに暮らしましたとさ、で終わる。物語の形式としては間違っているのだが、僕はあのラストが嬉しかった。子供ができたっぽい匂わせもいい。マリアも新しい相手と結婚して子供がお腹にいる。
彩女さんを、魅力的に描けすぎてしまったために、作者も殺せなくなったのではないか。だとしたら、これはこれで作品としても幸せなことだったような気がする。
今連載している同じ作者の「童貞噺」も読んでいるが、今のところ、この作品ほど引き込まれてない。作者の力量を疑うわけじゃないが、「雪女と蟹を食う」が奇跡的にうまくいった作品なのかなあ、と思う今日この頃である。