Kindle Paper Whiteには、最初からサンプルとして小説や漫画の冒頭とか第一話が入っている。その中に吉田貴司のマンガ「やれたかも委員会」の第1巻第1話があった。
帰省用にKindle Unlimitedを契約した。無料の一ヶ月だけ使って止める予定。気になっていた「やれたかも委員会」が全巻Unlimited対象なので、ダウンロードして読了した。その感想。
「やれたかも委員会」は、あのときこうしていれば、とか、ああしていなければ、彼女/彼と、やれたかもしれない、と主張する人物が毎回出てきて、三人の「やれたかも委員会」がその可否を判定する一話完結形式の短編集である(4巻だけ長編)。
僕にも、逃げずに話していれば、恋人関係になれたかもしれない、という女性が二人いた。そのうち一人とは、まっすぐ歩いていって話をすれば良かったのに、今は決着を付けたくないと思ってそれをせず、それっきりになってしまった。振り返ってみると、それは僕の人生の岐路というか転換点になった瞬間だった。
分かっている。あのとき右に曲がったから今がある。その後かなり経ってからだが、僕は妻と出会って結婚し、二人の娘にも恵まれた。
でも時々思う。あの時まっすぐ歩いた世界線だったら、と。
いや、これも分かっている。真っすぐ進んでも上手く行ったかどうかはわからないということは。
そういう、あの時ああしていればうまく行ったのかどうかを検証し、結局幻に終わったそっちの世界線を成仏させるのが、この「やれたかも委員会」なのである。
いわゆる「やれたかも」なので、一応肉体関係のことを想定しているのだが、その手前、恋愛関係になれたかどうかという事例もある。そういうIFの後悔と、それを納得させられたり諦めたり乗り越えたりという意識の持ちようは、仕事や学業にも転用できなくもない。なので、人生に後悔する分岐点を持つ全ての人に刺さる作品だと思う。
もう一つの読みどころもあって、それは各巻のあとがきである。この作品は出版社を介さず、作者が自分で権利関係を管理して制作販売している。あとがきには制作出版の費用をどうしたかの作者からの報告があり、やった人にしかわからない苦労が語られている。
一人で全部描いたという1巻はクラウドファンディング等で賄ったらしい。実写ドラマ化されたりもして利益があったのか、2巻はアシスタントを雇って背景をしっかり描いた。3巻もその体制。4巻の途中で苦しくなってチームを解散。コロナの支援金など借りつつ5巻はまた一人で描いたと。
4巻だけ長編と先に書いた。4巻は、非モテで思い込みの激しい男子大学生がサークルの先輩女子を執拗に追い求める狂気の物語「童貞からの長い手紙」だけ(厳密にはおまけ短編も付いてる)。この話が結構ハードで長く、読むほうもなかなかきついなと思っていたら、あとがきで「読者が減るのは想定してたが、一回北の端っこまで行ってみたかった」とあって納得。あの尖った4巻があることで、「やれたかも委員会」全体の作品性を高めていると思う。
委員会主宰?の能島は、基本的に「やれた」の札を上げる。選ばれなかった世界線への未練は人生の糧に昇華させ、前向きに生きていこう。
やれないから出会えたのか。出会えたからやれなかったのか。もはや哲学である。
世界の成り立ちを知った男と名乗る4巻の主人公の理論。考えすぎだって。