アマゾンプライムで見た映画「グリーンブック」の感想。
著名で裕福な黒人ピアニストのドン・シャーリー(ドク)と、運転手兼ボディガードのトニー・リップがアメリカ南部をめぐるコンサートツアーの道中を描いたロードムービーである。それだけ書くと、非常に僕向きの映画で、実際これはうちの奥さんが、あんた好きでしょこういうの、と勧めてくれたものである。
白人と黒人の主人と運転手コンビといえば、「ドライビングMissデイジー」がすぐに思い浮かぶが、「グリーンブック」はポジションが逆で、黒人がインテリで富裕層、白人が粗野で社会的には下層の人である。その二人が人種差別が激しい時代のディープサウスを車で旅する。
この作品が面白いのは、ポジションが逆なだけではなく、二人が旅を通じてそれほど成長しないところにある。特にトニー。
こういう映画でステレオタイプの脚本なら、相互理解を深め、友情を育みつつ、インテリのほうが悪い遊びを覚えたり、やや卑猥なスラングを使うようになったりし、ワイルドなほうが読み書きができるようになったり、ビジネスのスキルが身についたりすると思う。
ところが、トニーは違う。粗野で無学な人物かと思いきや、素直で漢気があって機転も効く。割と早い段階で、この人元々ナイスガイだわと気付かされる。最初は黒人が使ったグラスを捨てたりしたが、ドクの演奏を一度聴いただけで感心し、世界一と本心から褒める。契約だからと言いながらも、ドクが差別を受ければ身体を張って守るし、得意のはったりで警官に賄賂を渡して切り抜けたりする。
ラストシーンでドクのことを「あのニガーはどうだった?」と訊かれたとき、トニーは「その言い方はよせ」と窘め、最初から黒人差別のない奥さんがほほ笑む。これがまあ成長というか、トニーの偏見がなくなっていることを表しているのだが、成長といえばそれくらい。あとは終始、差別云々より自分が納得いかないから差別するやつに対して怒るだけ。この、人種差別をテーマの一つにしておきながら、そこをあんまりガツガツ描かないのがよかった。
最終的には固い友情で結ばれるのだが、それもそれほどベタベタしてない。トニーの行動は熱いが、契約だから、ボスだから、と冷静。僕としてはちょうどよい友情度だった。
ドン・シャーリーという人は僕は知らなかったんだけど、コンサートシーンなどの彼の曲は結構いい。フリージャズに見せかけて、計算されたフレーズを幾何学的に配置してくるというか。ちょっと音楽制作の参考にしたくなった。
ロードムービーとしては、移動シーンはまずまず多めでよし。ストーリー的にいろんな街に立ち寄るので、そこは非常によし。ただ、移動シーンの風景は「オン・ザ・ロード」ほど変化に富んではいない。ディープサウスの空気感も、「エンゼルハート」の半分くらいでめちゃくちゃ旅行してる感はないのだが、脚本がよかったので概ねOK。アカデミー賞の作品賞を獲っただけある。
で、いい映画だったなあとWikipediaなどで調べたら、この映画、結構批判もされてるのね。特に白人が黒人を救う構図がだめらしい。
確かに、白人が見ればいい映画だと思うだろうし、黒人が見れば、うーん、となるかもしれない。差別する側が作った映画と言われれば、まあそうなんでしょう。共同脚本にトニーの息子が入ってるし。でも僕はそう単純には思えなかったんだよな。
ドクはいい服を着てて振る舞いも上流階級なので、行く先々で普通の貧しい黒人から憎しみの目で見られる。ドク自身も、自分ははぐれものの黒人と言っている。また、トニーもアメリカでは下のほうのイタリア系なので、時々アングロサクソン系に舐められる。イタリア系か、じゃあ半分ニガーだなと言われてぶちのめしたりする。ドクは3つも博士号を持っているインテリで、トニーに手紙の書き方を教えて感謝されたりもする。黒人が白人を救うシーンもあるのだ。
というわけで、この作品の差別感は、単純な白人と黒人のじゃないんだよね。最後NYに帰る途中で、パトカーに止められ、また嫌がらせかと思いきやパンクを注意してくれただけというシーンが象徴しているように、どっちかというと北部と南部の違いを描いているように僕には思える。
ああいい映画だったと無邪気に浸っているだけではただの馬鹿なので、あとで他人の評価を調べることは必要なのだが、なんつーか今回は水を差された気分である。みんなちょっと悪く考えすぎじゃない?