のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『ちょっとピンぼけ』

2006-12-31 | 
人生短いんですから
紅白歌合戦なんか見ている暇はございません。
というわけで年越しのBGMは(以下略)


さて
暮れもここまで押し迫ったというのに
今年一番の大後悔がのろを直撃しております。

即ち
5月25日 にご紹介したロバート・キャパ写真展『CAPA IN COLOR』に行きそびれたということでございます。

5月のことを何故12月になって後悔するのかと申せば
キャパの手記、ご存知『 ちょっとピンぼけ』 (初版)を、昨日読んだからでございます。

本書によって、のろの中では「偉大な報道写真家」という位置づけであり、
つまりは遥か遠い存在だったロバート・キャパがぐっ と身近に感じられ
その文才に対する尊敬の念と、その早すぎる死に対する哀悼の念がふつふつと沸き上がり
それと同時に
「どーーーして行かなかったんだぁ キャパ展!!!」
という大いなる後悔の念がのろを打ちのめしたのでございました。

後悔するものは二重に不幸あるいは無能力である。なぜなら、後悔する人間は最初に悪しき欲望によって、次には悲しみによって、征服される者だからである エチカ第4部定理54

うっ
おおせの通りです、先生。
やめます、コーカイするのは。

で。
『ちょっとピンぼけ(Slightly Out Of Focus)』。
内容の面白さもさることながら、本書の最大の魅力は、その軽妙な語り口にこそあると、ワタクシは思います。
でキャパが描くのは、第二次世界大戦下、従軍記者として戦場を飛び回る彼自身の姿です。
うっかり地雷原へと踏み込んだり、経験もないのに落下傘部隊に同行せねばならなかったり
砲弾の降り注ぐ中、泥まみれになり這いつくばってシャッターをきる、等の戦地ならではの苦労は言わずもがな
ハンガリー国籍で、英語も「およそ完全とはほど遠い」キャパは
敵国人として疑われ(ハンガリーは当時ナチスドイツに併合されていました)
何度も何度も要らぬ足止めをくわされ、不自由を余儀なくされます。

かてて加えて
雑誌の表紙を飾るはずだった写真に軍事機密が写っていたため、発売前に回収処置となったり
前線にいる時に契約先の雑誌社から突然解雇されたり
ものになるかならぬか微妙なラインの上にいる、銃後の恋人を気にかけたり
軍中のわずかな楽しみ、賭けポーカーに参加しては、ひたすら負けに負けつづけて
しばしばすっからかんになったり
とまあ、彼は常に大なり小なりエライコッチャな状況にあります。

しかしキャパはそんな自分と、彼を取り巻く状況を
ほんの少し俯瞰した、あるいは「引いた」視点から捉え、それだけに軽妙なユーモアをたたえ、
冷めた視点と温かな感受性を兼ね備えた筆致で描写しています。

そしていとも軽やかなウィットとユーモアに満ちた文体でありながらも
戦争の悲惨さを軽んじるような雰囲気は、みじんもありません。
戦争は悲惨だ、戦争はひどい、と声高に訴えはしないけれども
キャパはただ、戦地の情景を読者の前にそっと提示します。

(戦闘機が出撃して)6時間という長い間、司令塔の中で待っていると、ようやく1番機が水平線の彼方に現れた。機影が近づくにつれ、われわれはその数をかぞえはじめた。朝には美しい編隊を組んだ24機が、今は空じゅうを数えまわしても、たった17機だった・・(中略)・・昇降口の扉が開いた。乗組員の1人が運びおろされると、待ちかまえた医者に引渡された。彼は呻いていた。次におろされた2人は、もはや呻きもしなかった。最後に降りたったのはパイロットであった。彼は、額に受けた裂傷以外は、大丈夫そうに見えた。私は彼のクローズ・アップを撮ろうと思って近よった。すると、彼は途中で立止って叫んだ、
ーーー写真屋!どんな気で写真がとれるんだ!   私はカメラを閉じた。



そんな具合で
読み進むにつれのろは
ああぜひとも、ここで描かれている人々や情景に、そしてキャパが最後に撮ったインドシナの風景に
無理を押してでも会いに行くんだった、との思いを強くしたのでございました。

本書についてはまだまだ語りたい所でございますが
長くなりますので、またの機会にゆずりたいと思います。
本日は、いや本年はこれにて。

皆様、よい新年をお迎えくださいませ。



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