のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『印象派と西洋絵画の巨匠展』1

2006-06-30 | 展覧会
今回の記事とは何の関係もございませんが、可愛い写真なのでご紹介します。

Yahooスポーツ 2006FIFAワールドカップ? - 写真ニュース

ぼーずーず。


さておき。
『印象派と西洋絵画の巨匠展』 ~7/17 京都文化博物館 へ行って参りました。



特別展示室 京都府京都文化博物館

のろ、印象派はあまり好きな方ではございません。
それでもこの展覧会に足を運んだのは、チラシに載っておりますピカソの鳩に
どうしてもお目にかかりたかったからでございます。

蓋を開けてみると印象派の展示はごく一部で、ロマン主義から現代に至るまで
時代も傾向も実に幅広い作品を集めた展示となっておりました。
ジェリコーありーの、ブーグローありーの
マグリットありーの、ミロありーの
タピエスありーの、ウォーホルありーの。
展のタイトルにしても、チラシのつくりにしても、
何故「印象派メイン、その他ちょっぴり」であるかのような売り方をしているのか、さっぱり解りません。
あやうく、行かずに済ます所でございました。

というわけで、あまり期待せずに行ったことも手伝ってか
今回はめっけもんが多うございました。
明日以降の記事で、順次ご紹介して参ります。




クモ

2006-06-26 | 映画
もしも
貴方のおうちに
タランチュラみたいな蜘蛛が現れたら、どうします?
困りまさあね。とりあえず。

のろは
困りました。

一昨晩のことです。
ワールドカップ ドイツの2点先制に気をよくしていたのろの前に
どう見ても日本産ではない大きさと容貌の蜘蛛が現れたのでございます。
こんなかんじのやつです。実物大でお届けします。



重ねて申し上げますが、実物大でございます。
脚は太く、全身がふさふさとした毛で覆われております。暑そう。
そりゃ、ザムザ君ほど巨大なわけではございませんが
町中のワンルームマンションで普通にであうような生物でもございません。

のろが
固まっておりますと、向こうもワタクシのただならぬ気配を察知したのでありましょう、
固まってしまいました。

殺虫剤は手の届く所にあります。
しかしのろはこの殺生兵器を、のろがどうしても共生できない生物ーーーゴキブリ諸氏ーーー以外には、使いたくないのでございます。
(できれば彼らとてあやめたくはないのでございますが、頼んでも出てってくれやしませんので、いたしかたございません)
のみならず、目の前のひとが8本の長い脚を激しく痙攣させてのたうち、
断末魔にもがき苦しむ様子をありありと想像してしまうと
いたって脆弱なのろの精神は、それだけでもう身動きとれぬほど疲れきってしまいました。

「どうかお願いです、そちらの窓から出て行ってください」
と、のろがむなしいテレパシーを送っているうちに
彼女は部屋のしきりの隙間から、ソロリソロリと玄関の方へ去って行きました。
とりあえずの危機的状況は回避されたものの、玄関には、彼女が外へ出られるほどの広い隙間は無いのです。
その時以来、彼女の姿を見かけてはおりませんが
まだこの部屋のどこかに潜んでらっしゃるのかもしれません。

蜘蛛は別に嫌いな生物ではございませんし
お互いになるべく関わらないようにしていれば、決して同居できないわけではございませんが
いかんせん相手の素性が知れません。
卵でも産まれてはさすがに困るなあと考えておりましたら
『アラクノフォビア』1990 米 という映画を思い出しました。
アラクノフォビア、つまり蜘蛛恐怖症である主人公が、突然田舎町に現れた、南米産太脚ふわふわボディーの毒蜘蛛と攻防を繰り広げる、というお話です。
ホラーコメディというジャンルになりますが、別に怖くはございません。
夏休み系とでも申しましょうか、当たり障りのない内容ながらなかなか面白く、以外と楽しめる作品でございます。
蜘蛛の動きがたいへんよろしい。
ボスキャラ的に登場する母蜘蛛の母性愛(便宜上この言葉を使います)には、悪役ながらなんだかグッときますよ。

しかしのろが本作を観たのは、なにも蜘蛛が見たかったからではございませんで
のろの愛好するうるわしの英国産ヘンタイ俳優ジュリアン・サンズが出ているからでございます。
この人がいかなるヘンタイ道を歩んで来られたかについては、またとっくりとお話する機会もありましょう。
↓これは『ボクシング・ヘレナ』1993 米 から。



グラマラスな美女に執心して彼女の四肢を切り落とし、自宅に監禁してやさしく世話するマザコンで潔癖性の外科医
の、役です。

『アラクノ~』では、蜘蛛研究の第一人者を演じておられました。
終盤、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きになって天井からぶら下げられておりました。
うんうん、よく似合うよ、そういうの。
↓ファンサイトはこちらに。いやあ、いるんですね。ファンが。

A Study of Julian Sands

このサイトでは「全裸シーンがやたら多い」と言われておりますが
確かに、無意味なほどよく脱ぐんですわ。この人。短足なくせに。もう、大笑いです。

うるわしきヘンタイ道。
現在の若手では、ジョナサン・リース・マイヤーズがこの路線を驀進中と思われます。
と思ったらこの2人、『セクシャル・イノセンス』 1998 米 で共演してました。

こう、ヘンタイ的な役ーーー悪魔とか吸血鬼とかマッドサイエンティストとかーーーの似合う人ですから、
ホンダのCMに出てた時には心底たまげました。

自動車CM大全 - CR-VのCM

ビリー・ジョエルの歌をバックにねえ。


さてさて
あの蜘蛛は何処へ行ったのやら分かりませぬが
居るなら居るし
居ないなら居ないんでしょう。
考えていても虫取り網持ったジュリアン・サンズが来てくれるわけでもございませんし(来てもらっても困るが)
なるようになれと腹をくくっている今日この頃。






将軍

2006-06-23 | Weblog
ワールドカップ真っ盛りでございますね。

のろは別にサッカーファンではございませんが
ドイツファンなのでドイツを応援しております。

それからジダンが頑張っておりますので
フランスも応援しております。

本日は
「将軍」ジダンの誕生日でございます。



*訂正*

*プラティニの後を継いでそのまま「将軍」と呼ばれているのかと思いきや
ジダンはむしろ「コンダクター」と呼ばれているのだそうで。
にわかファンの知識とはこの程度でございます、お笑いくださいませ。*




有名な選手をこう、愛称というか称号で呼ぶのは面白いですね。
「将軍」だとか「皇帝」だとか「妖精」だとか。
「参謀」だの「密偵」だのもいてほしいもんですが。あと「黒幕」とか。

「皇帝」てえのは、今大会の組織委員長をつとめるベッケンバウアー氏が
現役時代に与えられた称号でございますね。
皇帝ベッケンバウアー。
いやあ、カッコイイですね。

さあ、ラジオの前の皆さんも、一緒に声に出して発音してみましょう。

「皇帝ベッケンバウアー」
「皇帝ベッケンバウアー」
「皇帝ベッケンバウアー」

ぐわっ  カッコイイなあ!


ええと
何でしたっけ?
そう、ジダンの誕生日です。

誕生日といえば、今大会の開会式がまさに誕生日で、その日の開幕戦でいきなり2得点を挙げたのが
ドイツのクローゼでございますね。(ショーン・ペンにちょっと似てませんか、この人)

23日にはフランスの決勝トーナメント進出をかけた試合が行われるのでございますが
クローゼにあやかって、ジダンもいい誕生日を過ごせることを
のろはなんとなく祈っております。


絵本作家ワンダーランド展

2006-06-18 | 展覧会
絵本作家ワンダーランド展 へ行って参りました。
~7/2まで 京都伊勢丹7F 美術館「えき」にて開催中でございます。

「絵本原画展」には、まずもってハズレがございません。
のろは関西圏で開催される絵本原画展には、8割がた足を運んでおりますが
いつも独特の充実感と幸福な気分に伴われて
会場を後にするのでございます。

本展もしかり。
しかもですよ奥さん、
今回はこのお値段! どんっ

600円。

このお値段で、世界的古典である『ちいさいおうち』(バージニア・リー・バートン)や
『わたしとあそんで』『もりのなか』(マリー・ホール・エッツ)、
『アンジュール』
(ガブリエル・バンサン)などなどの作品がいちどきに見られてしまうのですよ。

上記のビッグネームの他にも、本展には有名どこが集まっております。

ジョン・バーニンガム
『ガンピーさんのふなあそび』が有名ですね。本展には『エドワルド----せかいでいちばんおぞましいおとこのこ』他から展示。
イアン・ファルコナー
『オリビア』シリーズ。繊細な黒と鮮烈な赤に感動されたし。
ルーシー・カズンズ
『メイシーちゃん』シリーズ。でかいですよ、本物は!
島田ゆか
『バムとケロ』シリーズが有名でございますね。本展には『ぶーちゃんとおにいちゃん』が展示されております。
荒井良二
多作すぎてどれが代表作なんだか分かりませんね、この方は。
それから
ゲオルゲ・ハレンスレーベン(『リサとガスパール』)、瀬川康男(『ことばあそびうた』)、エロール・ル・カイン等等。


「コピーと本物の違いは、オーラが有るか、無いかだ」
と言ったのが誰であったか、のろは忘れてしまいましたが
絵本のように印刷物として広く出回っているもの、
コピーとしての姿で、わたくしたちに親しまれているものなればこそ
「本物」と対面した時、そのオーラ、その迫力に驚かされるのでございます。
逆に言えば、原画を堪能したあとで印刷されたものを見ると、
ああなんと平板になってしまっていることよ、と嘆息を禁じ得ないのでございますがね。

本展において、のろ的にとりわけ圧巻だったのは
酒井駒子氏の作品でございます。
この方の描き下ろし作品が、チラシやチケットにおいて大々的にフィーチャーされておりますね。



『よるくま』や『赤い蝋燭と人魚』が有名でございますが
今回展示されておりますのは、ブラティスラヴァ世界絵本原画展で金賞を受賞した
『金曜日の砂糖ちゃん』をメインに、『きつねのかみさま』他から8点ほどでございます。
「金曜日の砂糖ちゃん』は手のひらサイズの小さな絵本ですが
原画はA4~A3ほどの大きさ。(サイズいろいろ)
あの、やわらかくかすれた何ともいえない肌合い、そして圧倒的なデッサン力が醸し出す迫力は
ぜひとも原画で味わっていただきたいものでございます。

美術館というものは、たいてい月曜定休なものでございますが
こちらは会期中無休でございます。
しかも、 連 日 、午後8:00まで開いております。
次回のウィリアム・モリス展の割引チケットも貰えることですし
「行って損はない」と、自信を持ってお進めできる展覧会でございます。

絵本作家ワンダーランド<公式サイト>


藤田嗣治展3

2006-06-16 | 展覧会
6/12の続きでございます。

最後のセクションには、戦後フランスに帰化し、かの地で没するまでの作品と
フジタ自身が作り、使った、身の回りのものものが展示されております。

作品のモチーフはパリの風俗や戯画化された動物、基督教、そして子供たち。
画面は再び、華麗な描線と淡彩で飾られます。
描線はいっそう緻密に、鋭くなり、以前よりも立体的・写実的な表現を伴っております。
写実性を高めている一方、なにか夢の中の風景のような、幻想的な雰囲気を漂わせる作品群は
いわくいいがたい不思議な魅力を放っております。

本展の広告塔となっております『カフェにて』
あの、斜視の眼差しで、こちらを見るともなく見ているお嬢さんの絵も
この時期の作品でございます。




絵付けしたガラスびんやタイル、自作の帽子や道具入れなどの日用品が、一番おしまいの展示室に並べられております。
手先が器用なフジタ、身の回りのものをいろいろ自分で作ったのだそうです。
いわば、手すさび、でございましょうが
いかにも自由な筆致で描かれた装飾-----多くは、小さな子供たち-----は、本当にかわいらしく
画家の軽やかな遊び心が感じられます。

彼の波乱の半生に付き合った鑑賞者にとっても、最後にほっ と一息つける展示でございました。


ええ、ところで
京都国立近代美術館の常設展といえば
「いいんだけど、わりといつも同じもの」
という感が否めないのでございますが
今回はちょっと変わりばえがあって、面白うございましたよ。
特に立体部門がよろしうございました。
こちらにもフジタの作品が出ておりますので、
ぜひ常設展示の方へも足をお運びくださいまし。



狂王忌

2006-06-13 | KLAUS NOMI
本日も
いろんな方がお亡くなりですよ。

明智光秀 享年55歳 1582年
ルートヴィヒ2世 享年40歳 1886年
太宰治 享年38歳 1948年

もひとつおまけに
蘇我蝦夷 675年

いやあ
皆様、畳の上では死ねなかった方々で。
まあ100歳まで生きたって畳の上では死ななかったでしょうけどね、
バヴァリアの狂王ルートヴィヒは。

「バヴァリアの狂王」とは、澁澤龍彦氏が著書『異端の肖像』において王に献上した称号でございます。

ちなみに、バヴァリアとはドイツバイエルン地方のことでございます。

ちなみに、
mine geliebtes  クラウス・ノミ の 出身地なのでございます。




ワーグナー好きのお二人。
こう並べてみると、アトムとウランちゃんみたいでございますね。
いや、頭がね。

それだけです、はい。

藤田嗣治展2

2006-06-12 | 展覧会
6/10の続きでございます。

さて、様々な画風を試して独自の表現を模索した
初期の作品を経て、展示は例の「素晴らしき乳白色」、裸婦と猫の時代へと移って行きます。
こちらを見据える美女や思い思いのポーズをとった裸婦、という「フジタといえば、こうよな」的作品も、もちろんございますし
パリのアトリエで、墨と硯をかたわらに、誇らしげに面相筆を構える自画像や
江戸の風俗屏風のごとく背景全体に金箔をあしらった、キリストの十字架降下図など
「西のもの」と「東のもの」のミキシングをはっきりと表している作品もございます。
こうした作品からは、この頃のフジタが
西洋文化のただ中で、東洋人である自分がどんな表現をしうるか、ということを
とりわけ強く意識していたことが感じられます。

さてさてその次にまいりますのが
あっとびっくり中南米時代でございます。
それまでの、細い輪郭線と淡い色彩の画面からはうって変わり
熱く豊かな色彩と陰影で、中南米や沖縄の風俗を描いているのでございます。
とはいえ線描淡彩の表現手法をやめたわけではなく、相当に毛色の異なる2つの手法を平行して制作を続けていました。
展示室の左右にかかる作品は、同一人物の手になるものとは信じがたいほどです。

またこの頃から、複数の人物が重なるように配置された、群像表現への取り組みもなされます。

ところが
新しい表現の可能性を探るフジタを
あらゆる芸術、あらゆる文化活動にとっての 最大悪 が襲います。

戦争です。

多くの人物が画面の中に重なり合う群像表現は、
戦意高揚のための戦争画において生かされねばなりませんでした。

4枚の大きな戦争画、とりわけ『アッツ島玉砕』
本展最大の呼び物のひとつです。

↓で見られます。ずーーっと下の方までスクロールして行ってください。

第7回「戦前」と「戦後」は断絶しているのだろうか?:社会メディア論 II

敵も味方もない乱戦状態を描いたこの作品では
生者も死者も、泥の塊のように一体となって絡み合い、地獄絵図をくり広げています。
個人は群像の泥沼に埋没し、米兵・日本兵の区別なく
皆一様に狂気の表情で、目の前の人間を殺しにかかっています。

戦争画といえば戦意を高揚し、敵への憎しみを喚起するという役割を担ったものですが
この作品は、個を群の中に埋没させることによって、
「お国」というイデオロギーや敵味方の区別以前に
戦争という現象が持っている単純な事実、即ち
「人間同士の殺し合い」という事実の悲惨さと愚かしさを
生々しく表現しているのです。

これらの戦争画は、西洋古典絵画の技法に全く忠実に、写実的に描かれています。

かつて黒田清輝らの教える古典的西洋画に飽き足らず、
渡仏して独自の表現を探し求めた藤田嗣治。

努力と模索のすえに確立した彼のオリジナルな表現は、
すっきりと細い輪郭線と、漆黒のアクセントによって
淡い色彩の中からモチーフを屹立させるものでした。

その独自の表現手法を捨てて描いた、これらの戦争画を見ると
渾然となって重なり合い、埋没し合う群像は
フジタがこの時期、「個」であることをやめざるを得なかったことを
示しているようにも見えるのです。


もう一回ぐらい続きます。

藤田嗣治展

2006-06-10 | 展覧会
生誕120年 藤田嗣治展へ行って参りました。
~7/23まで、京都国立近代美術館にて。

京都国立近代美術館 The National Museum of Modern Art Kyoto

↓割引券をダウンロードできます。

生誕120年 藤田嗣治展 ~パリを魅了した異邦人~(京都国立近代美術館)

パリ留学時代から晩年まで、本邦初公開のもの約20点をを含む、約100点の作品で
その生涯と画業を辿る展覧会でございます。

フジタといいますと、かの「すばらしき乳白色」と賞賛された裸婦像が、何たって有名なのでございますが
ずっとあればかり描いていたわけではなく
50年余に渡る画業の間に、何度かその作風を大きく変えております。
その変わりっぷりがまた
「これが皆、ひとりの人が描いたものだろうか?」と思うほどの変貌ぶりなのでございます。

フジタはあんまり好きじゃない、という方も、今回の展覧会にはぜひお運びいただきたい。
「フジタといえばコレ」というような作品、即ち、猫を従えシーツに横たわる、乳白色の身体の官能的な裸婦像 とは
違った世界を見ることができるからでございます。

もちろん「フジタといえば」的な裸婦像も展示されておりますが
個人的好みで申し上げるなら、初期の薄暗く物憂い感じの作品や
晩年の、神経症的なまでに緻密な描線を駆使した作品の方が、断然面白うございました。

ピカソやモディリアニと親しかったフジタ、
モディリアニ風の顔立ちとプロポーションをもった人物像を描いていたこともありました。
その頃の作品が今回8点展示されておりますが、どれも大変のろ好みの素敵な作品でございました。

例えば「人形を持つ子供達」
全体に灰色がかった、くすんだ色彩の中、3人の子供たちと人形の真黒いひとみが
画面をぐぐっと引き締めております。
一様に青ざめた顔色の3人の少女は、赤というよりも黒に近い唇を、みなキュッと引き締めて
おのおのあらぬ方向にじっと視点を据えています。
娼婦のような物憂気な空気を漂わせる、無表情な少女たちには
後年の作品に見られるような生々しい肌合いはありません。
すわった眼、細い身体はあくまではかなく、物憂く、病的にすら見えます。

この時代に描かれた人物像はみな、
無表情で、暗く美しい面差しをしています。
陰影をほとんど持たないやせ細った身体に表情の無い顔、
固いポーズに漆黒のひとみ。
固く結んだ、黒い唇。
ギューッと強くつまんで引っ張ったような、細くとんがった鼻梁もまた美しい。

そこらの少女や知人だけでなく、聖母子を描いてすらこの調子なのです。
「聖誕 於巴里」は誕生直後のキリストとその家族を描いた作品ですが
この聖母ときたら、肺病でも患っているかのような青ざめた顔と異様な痩躯で描かれているのです。

ひざまずいたマリアとヨセフが、厩の床に横たわる嬰児キリストを見守る、という構図をとってはおりますが
マリアの眼差しは、はっきりとキリストに向けられてはいないのです。
船越桂の彫刻作品のごとく斜視であるマリアは、実際の所、どこを見ているやら判然としません。
平板な顔に引き結んだ唇、眉毛は全く無く(ああ、のろは眉毛の無い顔が好きなのでございますよ)
慈愛はもとより、およそ表情らしきものも認められません。
飢餓者のように細く尖った顎を胸元に引いて、その顎にとても赤ん坊を支えられそうにない、力ない指先を添えて。

ピエロ・デッラ・フランチェスカの技のごとく
無表情、無感情の、それはそれは静謐な画面なのでございます。

残念ながら展覧会のチラシには、この時代の作品は掲載されておりません。
初期ルネサンス好きな貴方も、ウィーン分離派好きな貴方も、エコール・ド・パリの暗い側面が好きな貴方も
ぜひともこれらの作品に会いに行ってくださいまし。

まだ続きます。


2006-06-07 | Weblog
さても臆面もなく まだ生きております。

古書店にて、ちと よいものを入手いたしましたのでご報告を。

二条通に面した水明洞という古書店、
いつも軒先に面白いものを並べているのでございます。

いや、「並べている」というよりも
ガサッと箱に放り込んでボーーンと外に出している
という方が正しいのでございますが。

昔の朝日グラフやキネマ旬報、婦人雑誌に宝塚ファン雑誌、
戦前のものとおぼしきアルバム、それよりさらに昔のものとおぼしき観光絵葉書、
破損して商品価値の下がった20世紀初頭の洋書、ロシア一帯が「ソ連」だったころの地理の本、
虫食いだらけの線装本、などなど。

それらのかたわらに------これまた売っているのか捨ててあるのか分からないような置き方をされながら------
出所不明(時には用途も不明)のモノたちが、モノ好きの目に止まることを待ちぼおけているのでございます。

「かつては何かの部分であったと推測されるもの」としか呼びようのないモノや
「これ、 売 る んですか」という素朴な質問が脳裏をよぎるような物品もございますが
時には掘り出し物もございますので、店の前を通る際には必ず、それら「ボーンと売ってます箱」をチェックすることにしております。

で、先日、こんな素敵なモノを見つけてしまったのでございます。





TO BE GENUINE EVERY CIGAR MUST BEAR OUR BAND BENSON & HEDGES

どうやら煙草の箱のようでございます。
調べてみますと、BENSON & HEDGES の創業は1873年。
残念ながら箱には年代が記載されておりませんが、なんとも趣のあるパッケージではございませんか。



BY APPOINTMENT TO HIS MAJESTY THE KINGという言葉とともに、
ライオンとユニコーンをあしらった英国王室の紋章が蓋の内と外にプリントされております。
これもネット調べによります所、このBENSON & HEDGES、
当時の皇太子アルバート・エドワード(のちのエドワード7世)のために設立された会社だということです。
正真正銘、王室御用達ブランドでございますね。
そのクォリティに誇りを持っているが故でございましょう、箱の内にも外にも裏側にも、
しつこいくらいに「模造品に注意」の旨が書かれております。



ちなみに、100円でございました。
デザイン違いの2つのうち、鍵がきちんとかかる方を購入いたしました。
数時間後に通った時には、もう片方もなくなっておりました。

水明洞についてはこちら ↓ を御参照ください。

KOSHO

KOSHO




カフカ忌

2006-06-03 | 
わたしが生涯を費やしたのは、私の生涯を
粉砕せんとする自分を 阻止するためだった。

(『夢・アフォリズム・詩』 吉田仙太郎 編訳 平凡社 1996)

これはワタクシのことですか、ヘル・ドクトル? と
のろが申したならば、
純粋さもなく明晰さもなく繊細さもなくつまるところたいして苦しんでいるわけでも真剣に闘っているわけでもない傲慢な自己嫌悪のカタマリであるのろが申したならば、
きっとカフカは「苦しそうに微笑をうかべ」て、この無作法な発言に全力を傾けて耐えようとするのだろう。



本日は
フランツ・カフカの命日です。

1人の友人と恋人に看取られ
41歳の誕生日をちょうど1ヶ月後に控えた1924年6月3日、
喉頭結核のため亡くなりました。



歴史上の有名人が最後に発した言葉を集めた、
『最期のことば』(ジョナソン・グリーン編 社会思想社 1989)という本がございます。この本で紹介されている、カフカの「最期の言葉」は

(書いた物は全て焼却してくれ、)「そうすれば、ぼくが作家だったという証拠がなくなる」

という言葉でございますが
これは友人マックス・ブロートのあてた遺言の一節であって、「最期の言葉」ではございません。
最期の日々につきそった友人の医師、クロップシュトックによりますと
カフカの臨終は以下のようなものでした。ブロート著『フランツ・カフカ』(みすず書房 1972)より抜粋いたします。
(「エリ」とはカフカの妹の名。この場にはいません)

クロップシュトックが彼の頭をささえてやると、カフカはーーー彼はいつも、誰かに病気をうつしはしないかという大きな危惧を抱いていたーーーこう言った。「あっちへ行きな、エリ。近寄っちゃいけない、近寄っちゃいけない」クロップシュトックがすこし身を起こすと、彼は満足して言った。「そうそう、それでいい」


しかし「カフカ最期の言葉」としてよく取り上げられるのは、これより少し前に交わされた言葉です。
注射器を消毒するためにベッド脇を離れたクロップシュトックに対して、カフカが呼びかけます。

カ「行かないでください」
ク「どこへも行きませんよ」
カ「でも、ぼくの方が行ってしまう」


ああ、何とも
何とも
滑稽ではございませんか。
彼の作品そのままに、絶望的に滑稽ではございませんか。

「行かないでください」
「どこへも行きませんよ」
「でも、ぼくの方が行ってしまう」・・・・・

痛ましいのは、カフカが死の前に、激しい身体的苦痛を味わわねばならなかったことです。
作品の中で自らの分身に課したような死ーーー自分が消滅して行くのを、満足感をもってうっとりと眺めながら、
静かに、ひっそりと、この世から退いていくーーー
そのような死が、残念ながら、カフカには与えられませんでした。
喉の痛みのために水も飲めなくなり、痛みと乾きに苦しめられ、
痛み止めのモルヒネを何度も懇願せねばなりませんでした。
声を出すことが困難になったため、筆談で意思疎通していたカフカ、クロップシュトックにこう書きます。

早く殺してください。さもなければ、あなたは人殺しだ。

死の前日に、骸骨のようにやせ細った身体を寝台に横たえて校正していたのが
『断食芸人』だったというのですから、アイロニーここに極まれりの感がございます。

カフカの最期の日々、およびそれに先立つ療養生活については、
『病者カフカ』(ロートラウト・ハッカーミュラー 著 平野七涛 訳 論創社 2003)に詳しく描かれております。
医師の診断書や体温変化表といった資料も盛り込んで、(身体的)病、という側面からカフカを描き出す本書。
文章は大変読み易く、カフカが入院したサナトリウムの外観や、
おそらくはそこに腰掛けたこともあったであろう、院内の読書室の写真など、図版も豊富です。
しかしなにより、
親のもとから脱しようともがき
人と会うことを怖れ
食物と騒音をめぐって苦しみつつ
そんな自分を皮肉る、
要するに最期の最期までカフカ節なカフカが、なんとも、可笑し・悲しい。

『カフカ最後の手紙』(ヨーゼフ・チェルマーク 他 著 三原弟平 訳 白水社 1993)というのもございます。
1986年に発見された、手紙魔であったカフカの、本当に最後の、書簡集です。
のろは研究者ではございませんから、資料的価値についてはあまり興味がございませんが
つづられた文章からは、両親への心遣い、経済的困窮、そして身体の衰弱をありありと感じることができ
ひとつひとつのセンテンスが胸に突き刺さるような心地がいたします。

そして、カフカ的な、あまりにカフカ的なことでございますが
最後の手紙もまた、未完で終わっているのでございます。

「人間は歳をとるにつれて、その視界は拡大される。生活の可能性は、しかしいよいよ小さくなってゆくのです。おしまいに残るのは、ふと眼をあげ、ほっと最期の一息をつく、それだけのことなのです。その瞬間おそらく人間は、その全生涯への展望をもつことでしょう。最初にしてーーー最期の展望を」
(『増補版 カフカとの対話』グスタフ・ヤーノホ 著 吉田仙太郎 訳 筑摩書房 1994)