のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

改装ウォルシンガム本3

2011-06-20 | 
6/18の続きでございます。

本書を改装した一番の目的は、開きのよさを確保することでございました。よって背表紙は本体の背に接着せず、本を開くと本体と背表紙の間に空間ができる「ホローバック」としました。しかし今回使ったのはたいへん柔らかい羊革でございます。背表紙が開くたびにふにゃふにゃするようでは、ちとかっこ悪い。上にタイトルラベルを貼る予定なのでなおさら、閉じても開いてもそれなりにパリッとした形を保っていてもらわねば困ります。そこで表紙をくるむ前に背表紙にあたる部分に和紙を一枚貼り、背表紙の芯としました。あまり固い紙を貼ると今度はコードの出っぱりを出しづらくなってしまいます。
↓芯の上端に貼ってあるのは麻紐。背表紙の天地を補強し、形を整えるためでございます。
角の部分は3方向から折り曲げることに。



再び水ときでんぷん糊をたっぷりと塗って、天地→左右の順で折り返します。薄く漉いてある縁の部分は水分を吸ってよく伸び、皺ができてしまうため、湿っている間によくよく馴染ませ、凸凹を落ちつかせます。

折り返し部分が乾いたら、縁を切りそろえ、段差を小さくするためやや厚手の紙を貼ります。
その紙もすっかり乾いたら、表紙側の見返し(きき紙)を貼ります。



折丁に巻き込んだ部分は、隣のページに貼付けず遊ばせておくことにしました。なにせ本体の紙質が良くないので、負担をかけそうなことはなるべく避けねばなりません。
角はきれいに納まり、背表紙の折り返しもなかなか上手くいきました。

さて、仕上げにタイトルラベルを作ります。
紙コレクションをひっくり返した所、楽紙舘で買ったものと思われる、ネパール産の手漉き紙が出てきました。厚みといい色合いといい本書のラベルにはぴったりでございます。
黒一色の地味な装丁にした分、タイトルラベルくらいにはささやかな装飾を入れようと当初は計画しておりました。主題と副題の間にワンポイント入れるとか、まあ、その程度の。しかしまたも脳内クライアントからダメ出しをくらったので断念して,結局文字だけのラベルを作ることにしました。

うちのphotoshopで使えるフォントを全て試してみたのち、ふたつに絞り込んで印刷。実際に背表紙に当ててみて、パラティーノというフォントの方を採用することにしました。後で知ったのですがこのフォントの名前は16世紀イタリアの書家ジャンバッティスタ・パラティーノに由来するものなのだとか。おお、図らずも同時代人ではございませんか。当時のイングランドとローマの関係は険悪であったものの、ウォルシンガムは若い頃にイタリアに滞在していたことがありますし、イタリア語にも堪能であったことですから、かの地由来の書体を使っても、きっと許していただけるでしょう。

思ったよりも綺麗に印刷されたました。こすると表面がほほけてくるので、全体を鑞でコーティングしてから貼ります。実際に貼ってみると、狙い通りにパーチメントのような風合いに仕上がりました。よかよか。



革の乾燥に伴って装飾のラインがぼやけたり板が反り返ったりするのではないかという懸念は、幸いなことに杞憂に終わり、開きの悪さも大幅に改善されました。もとは開いたまま置いておくこともできなかったのですよ。
反省点は、コードに使った麻紐が細すぎたということ。全体的に軽い本なので強度の点では全く問題ないと思われますが、16世紀イングランド風にしては背のでっぱりが少々大人しすぎるように思います。ヴォリュームを出すためにコードの上に細く切った和紙を貼ったのですが、革をかぶせたら結局シングルコードにしか見えなくなってしまいました。

しかしまあ、全体的には、自分でもそれなりに満足のいく出来に仕上がりました。及第点といった所でございます。



というわけで
完成しました、国務長官殿。

えっ
もっと社会の役に立つようなことに時間と労力を費やせって。
ああおっしゃるとうりでございます。しかしワタクシは自転車操業的に何か作っていないと駄目なのですよ。

ところでこのElizabeth's Spy Masterが出版されたのは2007年の春でございまして、同年夏にはSir Francis Walsingham、秋にはWalsingham、その前年にはHer Majesty's Spymaster、また2009年にはThe Elizabethan Secret Servicesと、ここ数年なぜか立て続けにウォルシンガム関連書籍が出版されております。
さらに今年の秋にも、350ページのハードカバー本The Queen's Agent: Francis Walsingham at the Court of Elizabeth I: The Life of Sir Francis Walsinghamが出版を控えていたりして。

そもそも近年ドラマや映画でテューダー朝を舞台としたものが流行しているらしいので、ウォルシンガム本ラッシュもその流れの一環かもしれません。あるいは、とりわけ2007年夏に世に出た本の”A Courtier in an Age of Terror”(テロの時代の廷臣)という副題が物語っているように、情報網を駆使して冷徹に、しかも献身的に、国内外の難局に対処した国務長官殿の姿に、今の時代に求められる政治家のあり方を見いだそうという試みでもありましょう。

正直、現代の政治家にウォルシンガムの権謀術策メソッドを真似していただきたいとは全然思いませんけれども、私利私欲を廃した仕事への情熱や現状分析の冷静さ、広い視野、そして芸術文化に対する理解といった点は大いに見習っていただきたい所でございます。

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2 コメント

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Unknown (エンジン)
2011-06-23 23:13:56
こんにちわ
検索から偶々きて
ブログ拝見させていただきました。
ところどころにある
のろさまご本人のイラストがお上手で好きです。
これはなんのソフトを使って描いているのでしょうか?
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こんにちは (のろ)
2011-06-24 07:13:14
エンジン様、いらっさいませ。
イラストは全てphotoshopで製作しております。
たまに手書きしたものをスキャンしたのち加工を加えることもありますが、ここ最近のものは全てPC上で、ペンタブレットを使って描いたものです。
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