のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

ノミ話13

2007-02-26 | KLAUS NOMI
ひょっほっほっほっほっほほほ!

という笑い方が最近のマイブームでございまして。
いえ、人前ではいたしませんが。
心の中でひっそりと。


しかし先日、本屋さんの店頭にて
喜びのあまりにこの哄笑を実践しそうになりましたとも。
と申しますのも、ぜひとも ぜひとも 入手したかった雑誌が
おお、きちんと棚に鎮座して、ワタクシを待っていてくれたからでございますよ。
即ち ↓ これでございます。



レジへと向うももどかしく
すぐさま獲物に襲いかかるハイエナのごとき眼差しで(多分)ページをめくってまいりますと
おお、ございましたよ、お目当てのものが。
即ち、これ ↓ でございます。



ひょっほっほっほっほっほほほ!

あー         ノミ。

白黒ですが、襟の形から察しますに
着ておりますのは、おそらくこれ
同写真右端に横顔で写っておりますのは、相方のジョーイ・アリアスでございましょう。
隣のページに後頭部だけ見えておりますのは、ジャン・ミッシェル・バスキアでございます。
バスキアと、彼を撮った友人ニコラス・タイラーがメインの記事でございますから
ヤツについては「80年代にテクノ・オペラの奇人として知られたクラウス・ノミ」と
軽く触れられているだけでございます。

ノミ、プライベートなのにこのメイク。
残念ながらこの写真では、くまどりメイクが目立ちすぎてお分かりいただけないやもしれませんが
たいへんいい笑顔なんでございますよ。
ってのろが言っても説得力ないでしょうか。

ヤツの存在を知るのがどうにもこうにも遅すぎたのろ、
死後23年も経ってしまっては、秘蔵写真/映像のたぐいが新たに発掘されることなど
なかなか無いのであろうな と
半ばあきらめつつ人生を送っておりますので
こんな写真に巡り会うのは まことに まことに 嬉しいことでございます。

というわけで
地震の際に持って逃げねばならぬものがまた増えてしまいました。

めでたいことがもひとつございまして
Youtubeにはつい先日、ノミへのトリビュート(を含む)画像が新たにUPされました。

YouTube - Smeagol's Girl's Creations 2006

自作ファンアート集でございますね。よくできているではございませんか。
シザーハンズ や『指輪物語』の中堅悪役、 蛇の舌にも心を向けていらっしゃるあたり、
制作者Smeagol's Girlさんの嗜好は、のろのそれとかなり共通するものとお見受けいたします。
(↑「蛇の舌」リンク先からは壁紙ダウンロードもできます。ぜひとも拡大して見てやって下さいませ。)

ええ、「蛇の舌」大好きでございますよ。
『指輪物語』の全登場人物の中で2番目に好きですとも。
1番好きなのはゴクリ(ゴラム)ですよ、もちろん。
彼らの名誉のためにひと演説ぶちたい所ではございますが
あまりにも話題が逸れますので、ここでは控えさせていただきます。

ともあれ       ノミ。
こういうものをわざわざ作るかたがいらっしゃる、というだけでも
何とも 何とも 嬉しいことではございませんか。

では皆様、ご一緒に。

さん はいっ

ひょっほっほっほっほっほほほ!

『佐伯祐三とパリの夢』2

2007-02-23 | 展覧会
ヤボ用にかまけて
記事を準備できぬまま、スピノザ忌を過ぎてしまいました。
ああ無念。それでも2秒で立ち直れ。


はいっ
でわ。
2/18の続きでございます。

おおむね、見目うるわしい、眼に心地よい作品で構成されている本展において
異彩を放っておりますのがスーチンの『南仏風景』でございました。

ベイコンの作品にも言えることでございますが
スーチン作品の前に立ちますと、何かこう
身体が ぎりっ とねじれるような心地がいたします。
(↑ ベイコン作品リンク先、画像をクリックすると大きく表示されます。
 Second Version of ...等の項目もぜひごらんくださいまし。ヒッヒッヒ、今夜は悪夢ですよ)

スーチンの作品の特徴は、描かれているのが
風景にせよ
静物にせよ
人物にせよ
どこか 臓 物 に似ているという点でございますね。
画布に描かれたモチーフは、現実にあるモノとしての端正なかたちと、
それを見る画家の激しく動揺する情念の間に挟まれて、苦しげにねじれております。
同じ時代、同じ場所でキスリングやローランサンが
いかにもきれいな女性像を描いていた一方で
かくも激しくのたうち、荒れ狂う魂を表現した作品が描かれたというのも
興味深いことではございませんか。

ところで
本展では佐伯祐三コーナー以外の全作品に
作品そのものの鑑賞ガイドになるだけでなく、作品や作者の背景を知ることができる
平易かつ丁寧な解説がつけらております。

例えばカミーユ・ピサロの『チュイルリー公園の午後』
パリの中心地チュイルリー公園が俯瞰で描かれておりますが
のろは あれっ と思ったのですよ。
ピサロ=農村風景、という思い込みがございましたもので
人の大勢いる都会の風景も、俯瞰の構図も、わたくしの知っているピサロさんとは違うのう、と。
解説によりますと、老年のピサロは屋外での制作が困難になったため
パリのホテルの窓から見える風景をよく描いたのだとか。
また、遠景に薄紫色のシルエットとなって見えるのは
その時まさに建設中のオルセー駅(そう、のちのオルセー美術館。もちろんピサロの作品も飾られることになる)
であるということも、解説を読まねば分からぬことでございました。
ええまあ、のろが知らなかったというだけの話ではございますが。

ポスターデザインの天才カッサンドルが、自死によってその生涯を閉じたということも
のろは本展の解説で初めて知りました。
本展には彼の出世作、『北方急行』が展示されております。
ええまあ、これものろが知らなかったというだけの話ではございます。

会場は地下鉄心斎橋駅から徒歩5分という、都会の喧噪のただ中に位置しておりますが
ゆったり、じっくり、楽しめる展覧会でございました。



『佐伯祐三とパリの夢』1

2007-02-18 | 展覧会
『佐伯祐三とパリの夢』 へ行ってまいりました。

本展は国立国際美術館、サントリーミュージアム天保山、
そして大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室 長いですよあまりにも の3館共同企画、
「大阪コレクションズ」の一環でございます。
こちらの半券を他の2館で提示すれば
開催中の「夢の美術館」展および『夢の20世紀』展を割引料金で見られるという特典がございます。

展示品は全51点。数は多くなくとも名品ぞろいでございます。
本展のメインはタイトルにありますとおり、佐伯祐三でございます。
30歳の若さで逝去した彼の作品をこれだけまとめて見られる機会は、あまり無いのではないかと。
ヴラマンクに「お前の絵はアカデミックなんじゃー!」と
1時間半に渡って叱責されたという頃、即ちやや初期の作品から
屋外で制作した最後の1枚という黄色いレストランまで、まず15点はあったかと思われます。

最晩年の作品は 描け! 描け!と何かにせき立てられるかのような激しい筆致が画布を鞭打っておりまして
「憂愁」という言葉で片付けるにはあまりにも逼迫した物悲しさ(変な言い方ですが)が画面を覆い、
胸に迫るものがございます。

佐伯祐三以外の展示作品は、上記3館の常設展示などでお馴染みの作品でございます。
しかし、よいものはいつ見ても、また何度見ても、よろしうございますね。
とりわけのろといたしましては、ピカソの『道化師と子供』に会えたのが嬉しうございました。



もの寂しくも、どこか優しく満ち足りた雰囲気の漂う作品でございます。
ピカソが本作を描いたのは「青の時代」から「バラ色の時代(サーカスの時代)」への過渡期のこと。
いみじくも、ひとつの画面に青とバラ色が同居しております。
寂しげな表情の人物がふたりぽっちで立っているだけ、他には何も描かれておりませんが
そこには穏やかな充足感、もっと言えば幸福感すら、感じられるのでございます。

あさっての方向を向きながら寄り添う、痩せた人物像は
「青の時代」にも見られるモチーフでございますが
哀感に満ちたブルーの中、がっくりとうなだれて骨張った身体をさらす「青の時代」の人物とは異なり
この画中の道化師と子供は、ふたりながらに しっかり すっくり と立っております。
青色もぐっと軽やかで透明感があり、画家の心の安定を感じさせる作品ではございます。
とはいえ、やはり、どこかもの寂しうございましょう。
そこがよろしいのです。

ちなみにこの作品、普段は国立国際美術館の常設展示でお目にかかることができます。

続きは次回。


かとお

2007-02-14 | Weblog
本日は 2月14日でございます。
何の日か、皆さんもちろんご存知ですね。
そうです。

平将門の命日です。

まあ旧暦で、でございますが。
とりあえずご冥福をお祈りしておこうではございませんか。
アゴの長い人に引っぱりだされてご機嫌斜めになってるかもしれませんし。

ちなみに例の小説、のろは「あれだけ売れたのだから、きっと面白いのだろう」と思って読みはじめ
「きっといつか面白くなるのだろう」と期待して、一生懸命に全冊読んだのでございますが
最後までその面白さが分かりませんでした。
最後に至り読み終えても分かりませんでした。

残念。
どうしてくれるんだ、かとお。

『揺らぐ近代』

2007-02-13 | 展覧会
『揺らぐ近代 ー日本画と洋画のはざまにー』京都国立近代美術館  へ行ってまいりました。

左が東京でのチラシ。右が京都でのチラシ。




個人的見解をお許しいただければ
京都近美さんは展覧会のチラシおよびポスターのデザインを
よく言えば上品、悪く言えば無難、もっと悪く言えば おもんない デザインに
なさる傾向が しばしば あるように見受けられます。

もっと冒険を!

さておき。

「こ、こんなことしていいんですか」とびっくりさせられることが
アート鑑賞における大きな魅力のひとつでございます。
少なくとものろにとっては。
残念ながら歳ふるごとに、「これはこういうもの」という見方が身に付いてまいりまして
びっくりさせられることが少なくなっているのでございますが
本展では、こんなんアリかい的な作品がいろいろあって、大変面白うございました。

例えば ↓ これですね、東京近美ではポスターに使っております『道真天拝山祈祷の図』



凄いですねえ。
隅の方に 魁! とか何とか書いてありそうですはございませんか。

本展は 狩野芳崖の仁王捉鬼図(1886/明治19)に始まり、
熊谷守一の『驟雨』(1964/昭和39)で締められております。
また、常設展においても ”コレクションに見る「日本画と洋画のはざま」” という小企画が催されております。
文明開化とともに大々的に流入した西洋画の技法や素材に、
日本のアーティストたちがかぶりつき、必死で咀嚼し、消化していった、100年間の軌跡を見ることができます。

あんまり宣伝していないように見受けられますけれども、けっこうな有名どこが揃っておりましたよ。
切手でお馴染みの悲毋観音湖畔あやめの衣
小杉未醒(放庵)の水郷、萬鉄五郎のもたれて立つ人、岸田劉生 道路と土手と塀(切通の写生) などなど。

(細かく語ると長くなりますので、その他の佳品についてはぶっとばさせていただきます)

のろは、黒田清輝はあんまり好きではないんでございますが
本展をずうっとみてまいりますというと
初盤の、どうもこうもこなれの悪い「西洋画」を経たのちに
中盤でかの「湖畔』が登場するわけでございますよ。
今では何と申しますか(流布しすぎたせいもあり)、オーソドックスな名画といった趣きのあるこの作品も
先人たちの苦闘という下地の上に、ようやく花咲いた「日本的西洋画」だったのだなァと
納得した次第でございます。

そんなこんなで日本画・洋画ともに互いの要素を取り込みながら展開していくのでございますが
本展の中盤以降、年代にいたしますと20世紀に入ったあたりからは
取り込んだものものが十分にこなれてまいります。
その上で、西洋的・日本的ということよりもアーティスト個人としての、独自な表現の模索へと
より重心が置かれていったように見受けられます。

最終セクションの「揺らぐ近代画家たち」では、
洋画の素材と技法、日本画の素材と技法、その双方を自在に駆使する画家たちの作品が揃っておりまして
たいへん見ごたえがございました。
中でも びっくりどっきり いたしましたのは
日本画壇の異端児・川端龍子の『龍巻』(←ずっと下方にスクロール要)でございます。

3メートル四方はあろうかという大画面いっぱいの青。
下の方では白波がぐわんぐわんとうねり、
上からはイカやらサメやらクラゲやらエイやらカワハギやらタチウオやらが
泡沫を跳ね上げ、無表情な眼を光らせながら、ばたばたばたばた降ってくるんでございます。

まったく見る者の度肝を抜くような作品でございます。
しかしゲテモノに墮することなく、奇想でありながらも鮮烈に美しい作品たりえているのは
油彩には出し得ない清澄さを備えた、岩絵具という素材と
日本画の伝統であるところのデフォルメ力(りょく)があったればこそではないでしょうか。
してみると、ジャンル分けを拒むかのような、この大胆にして型破りな作品を
日本画ならではの美しさを備えた作品、と呼ぶこともできそうです。

異文化にぶつかり、揺らぎ、もがき、
その異物をも自分の糧としていったアーティストたち。
揺らぎの中からこそ生まれた、濃密で強烈なエネルギーを発する作品たち。
そこに感じられる一種の落ちつかなさすらもまた、魅力的なものでございました。


『世界最速のインディアン』

2007-02-08 | 映画
世界最速のインディアン を観てまいりました。

↑ 左下にある「ABOUT THE FILM」の看板をクリックすると詳しい情報が観られます。

いやっ
これは快作でございます。
青空を仰いでうーんと伸びをしながら
「あー、いい映画観たな~!」と言いたくなるような作品でございます。

時は1962年
スピード狂の集まる
アメリカ ユタ州はソルトレイクに
地球の裏側、「英国の最南端」ニュージーランドから
狭心症の薬と、魚のように美しい愛車「インディアン」をひっさげて
やって来たのはカッ飛び爺ぃ、バート・マンロー62歳 でございますよ。

税関 「で、入国の目的は?」
バ 「世界記録を破るためです」


なんて軽ーく言い放っておいでですけれども
狭心症で前立腺肥大の年金生活者であるこのじっちゃんが
破ろうという記録っていうのが生易しいものじゃございません。
単車で時速300キロ超に挑もうって話なんでございます。
ちなみに実話。


Copyright : 2005 WFI Production Ltd.

最近写真ばかりでイラストがございませんね。・・申しわけござ芋煎餅・・・

1920年代製のバイク、「インディアン・スカウト」。
そもそもは最高速度約80キロだったというシロモノでございます。
マンロー親爺が40年に渡って改造に改造を重ね、今やほとんど 手 作 り 品。
(詳しくは上記リンク先の「スペシャル”項」、別名「マンロー”オタク”スペシャル」をご覧下さい)

スピードを追求するため
無駄なものは一切削ぎ落とし、必要なものすら削ぎ落とし
たどり着いたのがこのカタチ。

しかしこんな低予算手作りマシンで大丈夫なのか??と、みんな思うわけでございますよ。
どっこい、この魚型マシンがまあー、カッ飛ばすのなんの。

地元ニュージーランドで、「インディアン」をコケにする暴走族の挑戦を受けて
というより彼らにケンカを売って、砂浜で賭けレースをするシーンがございます。
ゾク V.S 爺。
スタートの合図と同時に、ゾクたちのバイクは一斉に走り出すのに
マンロー親爺と「インディアン」はいっこう前に進まず、
みんなに押してもらって、ようやっとスタートを切るんでございます。
で、走り出したと思ったら、もうずっと前方でばるんばるん言っていた
ゾクらのかたまりを       ピュンッ   と抜き去る。
その姿のソーカイなことといったら!
(でもカーブは苦手)

応援に来ているご近所さんたちも、イイんでございますよ。
出足の悪すぎる「インディアン」をよってたかって押してやりまして。
で、その時点でかなり引き離されているにも関わらず、マシンが走り出すと
「行けー、バート!!」って大喜びで。バートの勝ちを信じてるんでございますよ。

思えばこの砂浜レースは、本作のエッセンスを凝縮したようなシーンでございます。

レースの翌日に狭心症の発作で病院に担ぎ込まれ
コリャうかうかしてたら死んでまうぞと思ったバート、
長年の夢だったスピード記録測定会“スピードウィーク”への出場を決心します。
こつこつ蓄えた年金 プラス 家を抵当に入れて作った資金
5日後には船に乗り込み、とりあえず渡米するものの
右も左も分からず、乏しい資金をタクシーでぼられたり、「花売り」のおネエちゃんにむしられたり。
しかし行く先々で出会った人々の善意にサポートされて
ようやく“スピードウィーク”出場へ漕ぎ着けるんでございます。
その過程で、始めはうさんくさい思いでバートを眺めていた人たちも
人懐っこい子供のような彼のキャラクターと「インディアン」の走りっぷりに引き込まれ、
いつの間にか「行けー、バート!!」モードになってしまうんでございます。

そんなみんなの声援をはるか後ろに残し
ライダーの聖地、ソルトフラッツの白い平原と青い空の間を
一直線にぶっ飛んで行く、真っ赤なマシン。
グッと来ます。
バートの旅にはるばる付き合ってきた私ども観客も、大声援を送らずにはいられないところでございます。
行けー!

・・と書きますと、何だかほのぼの一辺倒のロードムービーみたいな印象になってしまいますが
死の影や、良き時代(良きアメリカ)の終焉を暗示する挿話が
作品にシリアスなトーンを持たせております。

バイク以外のことにはいたって能天気なバートですが
自分が死から遠いところにいるわけではないことを、よーく分かってるんでございます。
トシだから、ということだけではございません。
彼は子供の頃、双子の兄弟を不慮の事故で亡くし、「それ以来、何も恐れないようにしている」と語ります。
すぐ側にある”死”を想えばこそ、今ある”生”をフルスロットルで突っ走る。
バートの破天荒さも、無類の人なつっこさも
この「すぐ側にある死」という観念に裏打ちされているが故のことかもしれません。

もうひとつ、バートが”死”について直接触れたセリフがございます。

年寄りは暗い隅で死ねばいいと思ってるな。だが、バート・マンローはまだ死なんぞ。

「俺は」ではなく「バート・マンローは」という所が、イイではございませんか。
「俺」という無名の一人称ではなく、わざわざフルネームを持ち出すことで
自分は”お爺さん”でも”お年寄り”でもない、60余年の歴史を持ったバート・マンローという人物であると、
そしてバート・マンローはトシをとったからっておとなしく死んでいくようなヤツではないんだと、
宣言しているんでございます。

ちなみに こちらのサイト にはマンロー語録なるものが。笑
公式サイトに負けず劣らず本作への愛にあふれた、素敵なサイトさんでございます。

最後にマンローさん、もうひと言お願いします。

夢を追わない人間は、野菜と同じだ。

ど、どんな?・・・

キャベツだ。

ははーっ。





そうそう。
本編の上映開始前にマイケル・ベイの次回作『トランスフォーマー』の予告が流れたのですが
出だしがあまりにも『It Came From Outer Space』なので、のろは思わず吹き出しそうになりました。
あの落下物から、何か とんがったもの が出て来るんじゃないかと。

『不都合な真実』

2007-02-01 | 映画
お客様に緊急のお知らせをいたします。
『不都合な真実 』は地球上に暮らす全ての人間によって観られるべき作品です。
観て下さい、今すぐ。
今すぐが無理なら、なるべく早く。

ネット上のレヴューの中では
「こんな程度のことを、改めて”真実”と言いつのるとは笑わせる」
「知ってる情報ばかり。やっぱりアメリカは駄目、観る価値なし」
といった文を寄せておいでのかたもいらっしゃるようですが
ワタクシはこのスタンスをとるつもりはございません。
こうした感想をお持ちのかたは、おそらくすでに環境問題について高い意識をお持ちなのでしょう。
ワタクシ自身、決して環境意識の低い方ではないと自覚しておりますが
「自分が知っている情報ばかり=一般的に観る価値のない作品」だとは思っておりませんので。

パンフより、映画評論家の言葉を引用させていただきます。

39年間のジャーナリスト人生で、このような批評を書くのは初めてです。
貴方にはこの映画を観る義務がある。
もし貴方に孫がいるにも関わらず観ないのであれば
どうして観なかったのか孫たちに釈明する必要があります。
 
ロバート・エバート シカゴ・サン・タイムズ

もちろん、孫のいない貴方も
ワタクシのように、子孫を持つつもりなど毛ほどもないという貴方も
どうか、観てくださいまし。




ぞっとする作品でございます。
言葉のあやではなく、本当に、ぞっ といたします。
かつーーーーここがすごいと思うのですがーーーー、非常に おもしろい のです。
説教くさいのはイヤだなーとお思いの貴方に申し上げます、
本作は おもしろさ という観点からも、見逃しては惜しい作品でございます。
事実そのものは恐ろしいのですが
それを伝えるアル・ゴアの手法はこの上なく分かりやすく、
ツボを押さえたユーモアはかなり笑えます。
元副大統領、さすがのプレゼンテーションでございます。

内容は、アル・ゴアがこれまで世界各地で行ってきた、環境問題についてのスライド講義を
講義では語られない、ゴア個人の動機や背景を交えつつ、映画としてまとめたものでございます。

憶測ではなく、研究者が集積したデータや
現場の写真に基づくこのスライド講義というのが、まあ
先にも申しましたように、これ以上ないというほど分かりやすく
明快であり、それだけに説得力に満ちたものになっております。

エコロジー懐疑論への反論 もまた、シンプル・明確・丁寧でございます。

1:温暖化については専門家の間でも見解の不一致がある
 2:環境対策と経済発展は両立しない
 3:もはや何をしても手遅れである
                    ・・という論。


グラフやアニメーションを駆使し、ユーモアを交えながらの講義でありつつも
講義が進むにつれて見えて来る地球の現状と未来像は、
いともショッキングなものでございます。

知識や言葉で知ってはいても、正確な計算に基づくシミュレーション映像で
オランダの国土のほとんどが海中に沈むさまを見た時は、背筋に冷たいものが走りました。

地球温暖化については
「ポイント・オブ・ノー・リターン」をもはや過ぎてしまった、という節もあります。
しかし。
しかし。


最後にもう一度パンフから、制作者とゴア氏の言葉を引用させていただきます。

アル・ゴアが世界中の全都市へ出かけて行って、人々に話しかけている時間はありません。この映画は、時間が絶対的に重要な意味を持つまさにこの時に、より多くの人に彼のメッセージを伝えることができます。 
制作者 スコット・Z・バーンズ

(映画の中で語られた「否定から絶望へ、ひと足とびに行くべきではない」という言葉について質問されて)
人間の文明はいまだに、この問題(温暖化)に対して”否定”段階にあります。しかし、我々が差し迫った地球規模の緊急事態に直面していることが広く認識されてきたので”否定”は消えつつあります。次に我々がしなければいけないのは、(絶望するのではなく)この危機が大きすぎて解決できないものだという間違った考えを払拭することです。我々には解決策があるからです。 
アル・ゴア