のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『スター・トレック イントゥ・ダークネス』および悪役ばなし

2013-09-29 | 映画
ワタクシのスター・トレックについての知識はかなり乏しいものでございます。
ミスター・スポックといった超有名人は知っておりますが、過去の映画化作品はひとつも鑑賞したことがございません。ドラマの方は少しは見ていたはずなのですが、きちんと思い出せるのはアンドロイドのデータ少佐くらいでございます。好きだったので。

それが何でわざわざ『スター・トレック イントゥ・ダークネス』を観に行ったかと申しますと、同僚の「悪役がよかった」という言葉に吊られたからでございます。
というわけで、当記事は「スター・トレックをよく知らない、いち映画ファンの感想」でございます。ファンの皆様には噴飯ものの意見も飛び出すやもしれませんが、どうぞご了承くださいませ。

面白かったですよ。退屈はしませんでした。
色々と類型的だナァと思う部分もございましたけれども(危険な任務を冷静にこなす男とそれに苛立つ恋人、等々)、上述のようにスター・トレックの世界をよく知らないワタクシでも楽しめました。また、何が起きているのかよく分からない部分もあることはありましたが(スポックが未来の自分?と話しているシーン等々)、おそらく丁寧に説明してしまうと長年のファンからは無粋であるとのお叱りを受けるような事柄なのでございましょうから「そういうものなんだろう」とだけ思っておきました。

ゾーイ・サルダナは美しかったし、いつになくぼやきまくりの、タフじゃないカール・アーバンもいい味出してました。そしてコメディリリーフながらしっかり活躍する”スコッティ”サイモン・ペグ、最高でした。ワタクシ、全編を通して一番心躍ったのは、提督の船に乗り込んでいた彼からエンタープライズ号に通信が届いたシーンでございました。心の中で拍手喝采を送りましたとも。
2D鑑賞でしたが、映像もたいそうなものでございました。医療用ガジェット等の小物使いも、宇宙船がワープ航路からはじき出される場面などのスペクタクルも、実にきれいな上に説得力がありました。

ただ。
全体が平均的に面白かった一方で、これは!と手に汗握り思わず身を乗り出すような場面や、問答無用でワクワクしてしまうような場面も特になかったといいましょうか。山場の連続のおかげで見ていて飽きない反面、クライマックスの山場感がいささか薄かったようにも思います。

以下、ネタバレ話およびツッコミでございます。




本作で一番の山場というのはおそらく、エンタープライズ号が制御能力を失って地球へ落ちかける場面なのでございましょう。けれどそれが他の山場と比べて突出して緊迫感が濃いかというと、ウーンそうでもないんでございます。この後もう一山くらい来るのかな、と思っていたら割とあっさり終わってしまって、振り返ってみるとあそこが(話の構成から考えて)頂点だったのかな、というぐらいのもので。
しかもその危機の解決方法と描写が、ちょっとしょぼい。船長のキックで解決って。その船長も色々あった割には元気いっぱいにしか見えませんし。それに、中に長いこといると死ぬような環境なのよ、と言葉で説明されはするのですが、その危険度というのが目に見えないので、いまいち緊迫感が薄いのでございます。

成功することが初めから分かっていることが問題なのではございません。ミッションの成功があらかじめ約束されているのは、他のたいがいの映画でも同じことですもの。インディ・ジョーンズが映画の冒頭で大岩に潰されて死んじまったり、ルーク・スカイウォーカーが撃墜されてデス・スター破壊に失敗するなんて、観客は誰も思わないわけです。それでも大岩に追いかけられるジョーンズ博士や、デス・スターの壁面すれすれを飛びながら中枢に乗り込んで行くルークにワクワク、ハラハラするのは、視覚に訴える盛り上げ要素があるからなのであって、言葉で「あそこはすごく危ないから」と説明されたからではございませんでしょう。

いやいやそれよりも、悪役loverの視点から言わせていただければ、映画自体の最大の山場と、悪役であるカーンがよく一番動いているシーンとがかぶっていないというのがマイナスでございます。ここぞという一番の盛り上がりに悪役不在というのはいけません。大混乱へろへろ状態のエンタープライズ号にさらに追い打ちをかけて、爆破でボロボロになった自艦を何度も体当たりさせて来るぐらいの執拗さを見せてくれなくては。

さて、ここからは怒濤の悪役ばなしでございます。

ジョン・ハリソン、すなわちカーンさん。
まあ「世紀の悪役」ってのは盛り過ぎでございますが、魅力的な悪役、ということなら及第点でございました。
作り手および売り手の「悪役推し」がミエミエすぎてもまあ、それもよしといたしましょう。冷徹、強靭、頭脳明晰で人間が死ぬことなんで屁とも思っていない一方、仲間たちのことは心底大事にしているというのは、なかなかいい設定ではございますもの。同情の余地なし系悪役も悲しみ背負った系悪役も、等しく応援しますよワタクシは。
単に高い能力の持ち主というだけでなく、思わず話を聞いてしまいたくなるカリスマ性があるのもよろしうございますね。ベネディクト・カンバーバッチの深い声と変な顔...失礼、個性的な風貌が生きておりました。



だからこそ、悪役としてもっと活躍していただきたかったのですよ。それは今後の作品を乞うご期待、ということなのかもしれませんが、出し惜しみはよくないと思いますよ。
主人公らを徹底的に叩きのめして完全な勝利を収めるかと思いきや、まさかの逆転劇によって遠大な野望とともに葬り去られる、というのがこういうカリスマ系悪役の王道ってもんでございましょう。ところが本作では、この”主人公叩きのめし”パートを、黒幕的な存在のロボコップ提督がおおむねやってしまっておりまして、カーンがエンタープライズ号に対して加えた危害というのは、せいぜい最後のひと押し程度なんでございますね。そのため、カーンがものすごく怖くて酷くて悪い奴、という印象があんまりないのでございます。

せっかく高い身体能力を持っているという設定ですのに、主人公やその仲間を直接ボコボコにのすようなシーンがあまりなかったのも残念でございました。白兵戦のシーンは何度かあったものの、ほとんどが主人公サイドに立っての共闘でございました。すると当然スクリーンは余裕綽々の悪役カーンよりも、一生懸命に奮闘するカーク船長の姿の方を映し出すわけです。主人公ですものね。で、気がついたら多分カーンのおかげで敵は全滅してました、てな具合でございまして、カーンの強靭さや身体能力の高さというのが、あんまり主人公側の脅威としては感じられないのでございますよ。

終盤の逃走シーンでようやくそれが表現されるかと思いきや、これまたわりと生ぬるい描かれよう。もっと圧倒的な、絶対的な、スポックさんがうっかり絶望してしまうくらいの力の差があった方がよかったと思うのですよ。なにも頭クラッシュにこだわらなくても首をポキッと折るか下界に投げ落とすかすれば済む話じゃん、というツッコミはまあ、しないでおくとしても。
バルカン人の身体能力がどんだけ高いのかは存じませんが、クリンゴンとの銃撃戦や提督の艦船への潜入時には戦闘のプロみたいだったカーンが、殴り合いに慣れているとは到底思えないスポックさん1人に手こずるようではイカンでしょう。

最後も”強化人間”にしてはあっさりしすぎでございます。最終的には拘束されざるを得ないにしても、せめて、近距離からウフーラのスタンガン射撃を何度もくらってよろよろになりつつも、後ろから掴みかかるスポックさんを落下寸前の所までえいやっと蹴っ飛ばしてウフーラの頭をわしづかみ、あわや頭クラッシュという所で、もう1人援軍として転送されて来たエンタープライズ号乗組員から「お前のクルーは全員無事だ」と聞かされ、思わずホッと気を緩めた隙に、立ち直ったスポックさんから後頭部をスタンガンで連射されてようやくダウン、というくらいの粘りを見せていただきたかった。ジェームズ・キャメロンだったらこれくらいはやらせたと思うの。

制作者側としては、9.11を連想させる市民の大量死を描くことによって、カーンの冷酷さや悪人っぷり、一言で言えば「もの凄さ」を表現したつもりかもしれません。けれども映画的には、見えない所で100人が死ぬより、目の前で1人が撲殺される方がよっぽどインパクト大でございます。
その点、提督の頭クラッシュのシーンはたいへんよろしうございました。また、とりわけ戦闘員ってわけでもない提督の娘の足を、ついでのように無造作にボギャ!とへし折るのもとってもよかった。悪役はこうでなくっちゃいけません。ほれぼれでございます。これに続くスポックさんとのやりとりも、いかにも知的で不敵で冷酷な悪役って感じがしてよろしうございました。この2人、若干キャラがかぶりがちではあるにしても。

ワタクシとしては、カーンとスポックの差異化を図るため、カーンには悪役の魅力をさらに高める要素の一つである「お茶目さ」をもう半匙ほど加えていただきたかった所でございます。いえ、コミカルなキャラにせよということではございません。魅力的な悪役の持つお茶目さについて、ちと自説を語らせていただきますと。
悪役の「お茶目」には大別すると2種類ございます。1つは、精神的余裕および戦況の優位、あるいは本人のダンディズムから意図的に行われる茶目。これを”意図的茶目”としましょう。もう1つは、悪役自身はまったく意図していないのに、普段の例えば冷酷な、あるいはいかめしい、あるいは隙のないといったキャラにそぐわないような「抜けた」瞬間が、見る方にしてみれば妙に愛嬌あるものに感じられてしまう場合、これを”非意図的茶目”としましょう。

T-1000で例えれば、弾切れのサラに向かってちっちっち、とやるのは意図的茶目。通り抜けたつもりの鉄格子に拳銃だけが引っかかってしまうのは、非意図的茶目でございます。『マトリックス』のスミスが分身のネクタイを直してやるのは前者。『殺しが静かにやって来る』でロコが主人公サイレンスをボコボコにしながら「痛かったか?すまん」なんて言うのも前者。
それに対して、『ロボコップ』の二足歩行ロボED-209が階段でひっくり返ってじたばたするのは後者。『ゴールデン・チャイルド』でエディ・マーフィ演じる主人公から頬にぶちゅっとキスされた悪魔サード(そう、チャールズ・ダンス)があのギョロ目をひんむいて「はい?!」という目つきで見返すのも後者でございます。チャールズ・ダンスといえば『ラスト・アクションヒーロー』の悪役、殺し屋ベネディクトもよかったですねえ。こいつの場合ですと、義眼である左目にニコちゃんマークの目玉を入れていたり、主人公の映画好き少年に「やあ、トト」と呼びかけたりするのが意図的茶目、一方雇い主のマフィアのボス(無駄遣いアンソニー・クイン)が英語のことわざをいちいち間違えるのを、いちいち小声で訂正せずにはいられないというのが非意図的茶目でございます。あの映画は悪役のベネディクトと、T-1000姿で一瞬だけ登場するロバート・パトリック以外には何一つ見所のないような作品ではありましたけれども、とにかくベネディクトは悪役好きのツボを押さえたなかなかのキャラクターでございました。

閑話休題。
カーンさんは「船の最期には船長がいないとな」といったセリフ、そして「橋の上からコップめがけて飛び込むようなもんだ」と言われて「大丈夫、前にもやったことがある」と答えたカーク船長を無言でまじまじと見つめるシーンからして、意図的・非意図的、両方のお茶目素質を備えておいでと見受けられました。今後の開発に期待したい所でございます。

そんなわけで
設定も演技もいいものの、描き方にイマイチ物足りなかった感のあるカーンさんではございました。当然期待される今後の復讐だか逆襲だかを遂げるため、次作以降ではよりパワーアップして復活していただきたいものでございます。悪役loverは首を長くして待っておりますよ。

『世界が食べられなくなる日』

2013-09-22 | 映画
『モンサントの不自然な食べもの』は見逃したワタクシ。
今回は逃さじと『世界が食べられなくなる日』を観てまいりました。

映画『世界が食べられなくなる日』公式サイト

邦題からはGM(遺伝子組み換え)作物の問題のみを取り上げているように見えます。そして実際、この問題が集中的に取り上げられてもおります。しかし本作はモンサント社の寡占や食の安全という問題のみに留まらず、社会的・倫理的により広い視野と射程において作られたドキュメンタリーでございます。
即ち、他のあらゆる価値を差し置いて、効率や金銭的利益を追求して来た企業そして社会に対する告発という、過去から現在へと至る歴史の反省に根ざした視野、そしてその流れへのカウンターとして今活動する人々に注目しつつ、代替案を提示する-----その中で、生きること、食べることとはどのようなことであるのかに自然と思いが至る----、未来への射程でございます。
だからこそ「GM作物と原発」という一見無関係な2つのものを扱いながらも散漫になることなく、「20世紀に世界を激変させたテクノロジー」へのひとつの警鐘として説得力を持っているのでございましょう。

<『世界が食べられなくなる日』予告編 >


上映時間は118分、ドキュメンタリーにしては長めでございます。
甲状腺がんをわずらっていて取材の3ヶ月後に亡くなった方や、福島の原発事故を受けて自死された農業社のご遺族、GM作物を食べ続けたラットの恐ろしく肥大した腫瘍などが画面に登場しますので「興味深い」と言うのは気が引けるのですが、テーマも、そこに映し出されている現実も、じっと見ずにはいられない切実な求心力があり、長尺ながらいっときもダレることがございませんでした。
土気色というよりもほとんど灰色の顔をしたチェルノブイリの子らや、犬をけしかけられる「GM作物刈り取り隊」のメンバーなど、少なからず衝撃的な映像もございましたが、観賞後に心に残るのは、むしろその”絵”をめぐる人々の重く真摯な言葉でございます。

モンサント社の除草剤「ラウンドアップ」と、この除草剤に対する耐性をつけたGMトウモロコシ(つまりラウンドアップをじゃんじゃんかけても枯れないようにできている) を混ぜた餌を食べ続けて、身体の半分もありそうな巨大な腫瘍ができたラットを手にして、この実験の中心人物であるセラリーニ教授は言います。
「動物実験そのものに反対する人もいる。しかし(この問題に関しては)動物実験をしなければ、すべでの動物が実験台になってしまう」

皆様ご承知の通り、GM作物は単に対象となる植物の遺伝子をいじって便利なものを作った、というだけの話ではございません。風や虫の媒介によって在来種と交配し、(喧伝されているのとは正反対に)強力な農薬の散布に拍車をかけ、それによってさらに農薬耐性の強い雑草や害虫が登場するという自然界における悪循環と、在来種から乗り換えた結果、競争上不利な小規模農家も毎年モンサント社から種子と農薬を買わざるを得なくなり、借金で首が回らなくなる、という経済上の悪循環をもたらしております。さらには農薬を撒かざるを得ない農業者や、輸送・運搬に携わる人たち、つまり成育過程で大量の農薬をかぶった作物に日常的に晒される人たちの身体を損なっている実態が本作では描かれております。
そうした作物が、安全性への十分な検証もなされないままに世界に広められ、家畜の飼料に使われ、もちろん人間の口にも入る、それが倫理的に許されるべきことなのか。

除草剤耐性作物に使用される農薬はこんなに危ない
遺伝子組換え作物で、飢餓が増えている? 安濃一樹

本作の原題「Tous cobayes? みんなモルモット?」は、上記のセラリー二教授の言葉と、福島の有機稲作農家、群さんの「(原発事故以来)モルモット扱いされているようだ」という言葉からいただいたものでございましょう。
本作はコンピュータ上のシミュレーションやラボで得られたデータを示すだけでなく、農薬散布や原発事故の被害者、そして抗議活動を続ける人たちに直接取材し、「客観性」や「社会・環境への影響」というより大きな絵の中では埋もれがちな、当事者個人の言葉を伝えてくれます。

「原発さえなかったら。地震と津波だけならなんとかなった。空も繋がっている、海も繋がっている。世界中が原発に反対してほしい」(自死された福島の農業者のお連れ合いの談)

農薬が原因と見られる健康被害で性機能を失った男性や、同じ理由で身体を害し亡くなった方のご遺族、チェルノブイリ原発事故で汚染された木材などの貨物を扱ったために甲状腺がんを患っているという港湾作業員。それぞれ異なる事情と困難を背負っている彼らが一様に口にするのは、「被害者が声を上げるのは勇気がいる」ということ。そして、そうではあっても、これ以上同じような被害者を出さないために、あえて声を上げたのだということでございました。

また警鐘を鳴らす人へのバッシングはレイチェル・カーソンの時代からあいも変わらぬもので、セラリーニ教授は企業側から「不安を煽るな」、「自分の利益のためにやってるんだろう」という誹りを受けたのでございました。不安を煽るも何も、そもそも供給元であり受益者であるモンサントが、安全性について必要な検証をしていないのが問題だというのに。
それにしても、このバッシングの構図もフレーズも、この2年半ばかりの間、日本でしばしば目にしたもののような気がいたしませんか。

本作は、GM作物と原発問題は繋がっているという問題意識のもとに作られております。
セラリーニ教授いわく「20世紀に世界を激変させたテクノロジーが二つあります。核エネルギーと遺伝子組み換え技術です。これらは密接に関係しています。米国エネルギー省は原爆につぎ込んだ金と技術者を使って、ヒトゲノムの解析を始めました。そこから遺伝子組み換え技術が誕生しました」
また、このテクノロジーには3つの共通点があるとも。即ち、
・後戻りができない
・すでに世界中に拡散している
・体内に蓄積されやすい
と。ここに「反対の声を上げると圧力がかかる」というのを加えてもよさそうです。
並べてみると何だか絶望的な感じがいたします。それでも、「NOと言わなければ、YESと言ったことになってしまう」(東京に暮らす若いお母さんの談)。

また、後戻りすること、つまり技術自体やその影響をなかったことにすることはできないとしても、これ以上の拡大・拡散をくい止めた上で、別の道を選択することはできるはずでございます。
フランスで、またセネガルで、アグロエコロジー(自然や環境と調和した、小規模農業による持続可能な農業システム)を実践する人たちや、30年に渡る反対運動で原発建設計画に抵抗して来た祝島の人々の姿を通じて、その可能性が示されます。とりわけ前者のくだりは映像が美しく牧歌的ですらあると同時に、「食べる」とは本質的にどういうことであるのかについて、しみじみ考えずにはいられない所でございました。

最後に、本作のパンフレットから監督の言葉をご紹介しておきます。

「TPPは犯罪です。生きているものを投機の対象にし、生物多様性を破壊し、ひいては人間を殺す。TPPと同じくヨーロッパでもWHOが農業を投機してもいいということにしました。このことに関して世界の人は拒否する権利があります。日本の人は核を拒否し続けてきたように、自由貿易の商品を買わないという権利を行使しなくてはなりません」

(日本では原発問題に比べてGM作物反対の声がまだ少ないという問いに答えて)
「まず原発と同じくNOと言ってほしい。作中で語られている通り、NOと言わないのはYESと言っているのと同じです。遺伝子操作の技術は、ほんとうは必要ないもの。そして原子力がなくても日本は風、潮の満ち引き、太陽、地熱、海底にもエネルギーがあり、それを利用できる科学者と技術と勇気があるではないですか。原子力から離れるすべてがそろっています。

わたしたちは、ふたつの武器を持っています。ひとつ目は、環境を大切にしている人のために、将来の世代を尊重する人のために、お金を使ってください。多国籍企業に対して、1ユーロたりともお金を与えるのをストップすることです。どんな小額のお金でも、誰に挙げるかということを自ら選んでください。

そしてふたつ目は、言葉です。我々はもっと発言しなければいけない。この映画を観て、思っていることをあなたの周りの人たち、友人やご家族の方と共有して、また、懐疑的な人たちを説得するために言葉を使わなければならない。わたしもあなたもメディアなんです」



13金(2013)

2013-09-13 | 映画
いきなりですが13日の金曜日でございます。
以前の13金(2008)で記事にしたのは...

13金 - のろや

妄想映画。我ながらなかなかの出来映えでございます。
今ならこの映画に、月の裏側で採掘作業をしていたら偶然に鍵十字形の巨大建造物を発見してしまうサム・ロックウェル、というのをはじめとした以下のシーンもねじ込みたい所でございます。

月ナチスに捕まってあわや拷問に晒されるかと思いきや、K-PAX星からやって来た善良な宇宙人ケヴィン・スペイシーの卓越した交渉術のおかげで解放されたサム。基地に帰ってみると、突然のK-PAX星人の出現によって自我崩壊を起こしたロボットのガーティから宇宙空間に放り出されそうになり、やむなくガーティの電源を強制シャットダウン。「ビヨンド・ザ・シー」を歌いながらゆっくりとこと切れるガーティ。
一方、ハワイ沖で海上軍事演習をしていたはずなのにふと気がついたら火星にいたテイラー・キッチュは、映画がコケるのは俺のせいじゃないと必死に訴えるものの、火星の第七王子マーク・ストロングからバックハンドで思いっ切りしばかれた上に生爪をはがされて「私に嘘はつくな」とスゴまれ、思わず「うるせーハゲ!」と毒づいてしまいます。その言葉がユニバースをアクロスしてはるばる地球に到達し、中米の天文台で観測を続けていたSETI研究員ジョディ・フォスターがそれを受信したことから、全地球上ののピカード艦長ファンならびに一部のブルース・ウィリスから「ハゲで何が悪い!」という激しい反火星運動が巻き起こるのでございました。
ジョディ・フォスター研究員が反火星キャンペーン以上にやっかいな同僚メル・ギブソンがまき散らす舌禍への対応に追われている間に、ロシアの極秘エージェントたるケイト・ブランシェットは謎の暴言の発信元について探りを入れるべく、何やら知っていそうなドクトル・ハリソン・フォードに接触を図るものの、ドクトル・フォードは長らく冷凍状態でコチコチに固まったままなので何も引き出せそうになく、それならば諜報活動で何とかしようとかつての国務長官で諜報部のチーフであったジェフリー・ラッシュに招集をかけるものの、彼は彼で公序良俗に反する著作を出版したかどで長らく精神病院に収監されているとの報を受け、エージェント・ブランシェットはあまりのやるせなさに、思わずギターをつまびきながら「風に吹かれて」を口ずさんでしまうのでございました。

えっ
サム・ロックウェルは最後にギャラクシー・クエストの一員として出て来るから、月で採掘作業してるのはおかしいんじゃないかって。大丈夫です。あの人、いっぱいいますんで。


というもはや13日の金曜日にはかすりもしないような話を延々と繰り広げてしまったわけでございますが。
こんな馬鹿話も5年前にはわりと屈託なくできたのですよ。


最後に、言い訳のように真面目な話題を取り上げておこうと思います。ちなみに13日の金曜日とは依然として無関係な話でございます。
といっても他のブログさんをご紹介するだけなんですが。
しばらく前から読ませていただいている米国在住の方のブログです。
リンクしたページでは東京新聞の記事を紹介してくだすっております。
大手メディアにも気骨あるジャーナリズムが残っているのを見ますと、わずかなりとも勇気づけられます。

裸の王様に、「王様は裸ちゃうの?」と言えん大勢の意気地なしが、無かったことにする『日本の現実』 - ウィンザー通信

(追記)
真面目話ついでにもう一つ。
現代版治安維持法との呼び声も高い「秘密保全法案」についてのパブリックコメント、こいつが9月17日まで募集中でございます。ワタクシは今回はじめてパブコメというものを出してみました。日弁連の言うように、たった2週間の募集期間をもっと延長するべきだという意見も添えて。コメントったって一応政府に届く文章なんだし、いろいろ難しいことを書かねばならいのかしらん、と今まで尻込みしていたのですが、反対ですとか賛成ですという一言だけでもいいそうですよ。

↓のフォームから送付できます。
パブリックコメント:意見募集中案件詳細|電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ

オリンピックと子どもたちの甲状腺

2013-09-06 | Weblog
国を挙げてスポーツイベントにかまけている場合ではぜんぜんないと思うのですよ。

原発事故との因果関係は? 福島で増え続ける子供の甲状腺がんの実態 - Infoseek ニュース

皆様ご存知原発推進機関であるIAEAさえ、ビキニ環礁についての報告書で「ここで暮らしてると被爆量が年間15msvにもなっちゃうから、ずっと住むのはオススメできません」と言ったのですよ。それに対して日本の政府は「年間20msvまでならダイジョウブだから帰って住みなさい」ですと?

Life is beautiful: ICRPの勧告に照らしても、年間被ばく量が5~20mSvの地域への帰還は不適切

天下一運動会の招致なんぞに使うお金や人員があるなら、被災者支援や移住の促進・補助にあてるべきでしょうに。
震災からまだ2年半、原発事故はどう見ても継続中、子供たちの身体を危険に晒し、放射性物質が海や地下水に流れ出るのを止める根本的な方策もなく、壊れた原子炉から燃料を取り出す方法もわかんないけど、とりあえずオリンピック招致って、優先順位がおかしくないですか。

オリンピックで景気浮揚なんて言いますけれど。
景気がよくなったら、子供たちの喉のしこりが消えるんでしょうか。
景気がよくなったら、海洋汚染は帳消しになるんでしょうか。
某出戻り総理は「政府が本気出すから7年後には無問題」なんてことをおっしゃってるようですが、政府が本腰入れれば何とかなるような話なら、もっと早くから本腰入れて取り組めばよかったんじゃないですか。こんな汚染水ざぶざぶ状態になるまでほっとかないで。政権をお取りになってからもう9ヶ月くらい経つような気がするんですが。地下水への影響を懸念する指摘は事故直後からありましたし。東電が汚染水漏れを公表してからさえも、1ヶ月以上経っているわけなんですが、その間いったい何を...えっ、外遊と夏休み?

この国の優先順位はなんかおかしい、と感じるのはオリンピック招致に限ったことではございませんし、今に始まったことでもございません。しかし、一方にあまり報道されない子供たちの甲状腺異常のニュースを見、もう一方でさもさも重大事であるかのように報じられるオリンピック云々のニュースを見ますと、つくづくやるせなくなるのでございます。

放射線管理区域の東京でオリンピックなど正気の沙汰ではない BLOGOS(ブロゴス)
↑9月1日に日比谷公会堂で開かれた「さようなら原発講演会」での発言の一部要旨。
落合恵子さん、小出裕章さん、澤地久枝さん、内橋克人さんほか。