読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

「ゴシックとは何か」

2006年06月07日 | 人文科学系
酒井健『ゴシックとは何か―大聖堂の精神史』(講談社現代新書、2000年)

フランスを旅行していて大きな街でたいてい目に付くのがゴシック様式の大聖堂です。パリのノートルダムはもちろんのこと、青のバラのステンドグラスで有名なシャルトルの大聖堂、シャンパーニュ地方らしくブドウ栽培者たちの姿を描いたステンドグラスがあるし、歴代のフランス国王が戴冠式をすることでも有名なランスの大聖堂、丘の上のあるリヨンの大聖堂、アミアンの大聖堂、ストラスブールの大聖堂などなど。

いくつもの尖塔をもち、ごてごてと装飾があちこちにあり、内部は空間が非常に高くて柱廊からいくつものアーチが出て天井を支えているのが、ゴチック式大聖堂の特徴だということは、まぁ素人目にもわかりますが、それが中世に後ろ髪を引かれながら伐採していた森林をイメージしているのだということは知りませんでした。たしかにそう言われてみるとそんな気もします。ヨーロッパ平原は山というものがほとんどなく平地だったのですが、平地といってもほとんどがカシ、ブナ、ナラなどの広葉落葉樹の森で、そこにすむヨーロッパ人たちはそれに畏敬の念を抱いており、10世紀から12世紀にかけての生産力が急速に増大した時期に農地を開墾するためにそうした森の多くを切り開いてしまったのです。そして増大した農民が都市に流れていき、いろんな地方から集まった新興都市民の心の支えとするためにこうした森林をイメージした柱廊を創ったということだそうです。もちろんそこには貴族と肩を並べるほどの権勢をほしいままにしていた当時の司教たちの権威の象徴でもあったのです。だから天井の高さを競って、次々と高くしていった結果、ボーヴェの51メートルの高さをもつ大聖堂は一度は崩壊してしまったということです。

私は何本も突き出ている尖塔が、上へ上へあがろうとする精神の表れだということを、ハイドンのピアノ協奏曲を聴いて思い至りました。あれはもう20年くらい前でしょうか。FMを聞いていたときに解説者がクリアーな音がいかにもCDらしいですねとか言っていたので、たぶんCDが出始めた頃だったと記憶してますが、偶然にマルタ・アルゲリッチがロンドンシンフォニエッタと録音したハイドンのピアノ協奏曲を耳にしたのです。そのなかにピアノソロが上がっては落ち、上がっては落ちするところがあるのですが、それを聞いたとき、これはゴチックの大聖堂の上昇志向とおなじだ、上へ上へ上がろうとする精神の表れだと思ったのでした。マルタ・アルゲリッチはじつに硬質な音を出すので好きなピアニストなのですが、この硬質な音の上下が大聖堂のあの尖塔を見事に表現しているように感じたものです。

またヨーロッパ旅行をしたら、ちょっと違う目で大聖堂を見ることができるかもしれません。

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