「今日、明日のことなんて解りっこない。解りっこないことを気に病むなんて、無駄なこと。時間の無駄。だから今を考える」ってちょっと違った。こうだった。「今日、明日のことなんて解りっこない。明日のこと考えるなんてぞっとする。もし覚醒していれば、そんな時間の無駄使いなどせぬ。第一、明日があるなんてどこにも確証ない」。
何度もミスを重ね、何度も指示に従わなかった。ついに、ジェラルディン、2月21日、あまりにも庵主の足が地についていないのを見かねて堪忍袋の緒を切ってしまった。「お前は解った、解ったというが、何も解っちゃないじゃないか。今回お前の英語は酷い、酷過ぎる」。言い訳はしない。今回着いた時から、彼女は何かを見抜いていた、から…。で、渡されたのが、ルバイヤートの英訳版。「いつまででもいいから、明日の朝寝坊してもいいから、読んでごらんなさい。きっと、今のお前の抱えている問題の解決への糸口があるから…」。
翌朝 “カウ”プチーノの時間にこの話を彼女に。「随分遅くまで読んでいたわね。ポールとも話してて、ちょっと酷い言い方をしたけど」。過去5回を含んだ今までの滞在中一番おいしい “カウ”プチーノだった。おいしい、そう! 畑から菜の花を積んで帰った。お浸しにして頂く。その美味かったこと。
≪菜の花に 一献捧げし 夕餉かな≫
今日の一枚:その菜の花のお浸し。19時過ぎ、食卓にて。