オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記憶

コインマシンやギャンブルゲームやカジノの歴史的エピソードとか、時々カジノ旅行記とか、たまにスポーツやマンガとか。

【訂正・追加等】メダルゲーム ジャトレ「TV21」の開発元が判明!

2019年06月30日 13時21分58秒 | 訂正・追加等
前回に続いて、今回も過去記事のフォローです。

ワタシは、およそ2年前の2017年07月08日に、「メダルゲーム『TV21』(ジャトレ・1977)の謎」と、続く2017年07月17日 に、「メダルゲーム『TV21』(ジャトレ・1977)の謎 その後」という記事をアップしました。その概要は、

・1977年ころ、ワタシは「ジャトレ」と言うメーカーが発売した「TV21」というビデオメダルゲームにハマった。
・この頃はまだビデオのメダルゲーム機はあまり例がなく、非常に先進的であった。
・しかし「ジャトレ」にはさほど技術力に優れたメーカーという印象はなく、真の開発元は未だに謎である。
・ひょっとしたらIGTの前身である「SIRCOMA」もしくは「A1 SUPPLY」が元ネタと思われるが、確たる証拠はまだ掴んでいない。
・IGTの創業者である「サイ・レッド」の伝記本を発見したので買ってしまった(が、英語表記なのでまだ読んではいない)。


というもので、果たして「TV21」は誰が作ったのかという疑問に対する結論はまだ出ておりませんでした。

しかし、この6月よりネット環境さえあれば誰でも参照できるようになった業界紙「ゲームマシン」のバックナンバーを読み込んでいたところ、1977年5月1日号に掲載されたジャトレ社の広告に、ワタシのこの長年の謎に対する答えが書いてありました。

紛らわしいコピー商品について
 本商品TV21は「米国A1サプライ社」が開発し、日本では(株)ジャトレのみが同社にロイヤルティを支払って国内生産を許可されている世界的な商品です。コピー商品・類似商品が出回るとの噂もありますが、当社はA1サプライ社より、企業防衛上権益保護の断固たる処置を委託されておりますので、ユーザーの皆様にはこの旨あらかじめお知らせ申し上げ、あらぬご迷惑がかからぬよう、くれぐれもご留意お願い申し上げるものです。



ゲームマシン1977年5月1日号に掲載された「TV21」の広告から、警告文の部分。

ジャトレは、月二回刊であるゲームマシン紙においては、「TV21」の広告を1977年1月1日号から同年12月1日号までの23回にわたって掲載しており、このうち9回目である5月1日号から14回目である7月15日号までの6回に、この警告文を追加記載しています。

この警告文が述べる「コピー商品・類似商品」が指すものは明らかにされていませんが、類似するゲームと言えば「ジャックロット」以外に思い当たるものはありません。その「ジャックロット」は、ゲームマシン紙では1977年7月1日号の「話題のマシン」でデータイーストの商品として取り上げられています。


ゲームマシン1977年7月1日号に掲載された「ジャックロット」の紹介記事。

しかし、ゲームマシン紙上で「ジャックロット」の広告が掲載されたのは、紹介記事掲載から二か月半後の9月15日号に、「チェスト」というディストリビューターのものが初でした。データイーストが自ら広告を掲載するのは記事掲載から4か月後の11月1日号からで、それは「ジャックロット」の改良版である「Mark-II登場、10月下旬発売」を告知するものでした。


ゲームマシン1977年11月1日号に掲載された、データイーストによる「ジャックロットマークII」の広告。

ここまでを整理します。

77年1月1日号 「TV21」の広告が初めて掲載される(以降12月1日号まで掲載は続く)
77年5月1日号 「TV21」の広告に、警告文が追記されるようになる(以降7月15日号まで続く)
77年7月1日号 「話題のマシン」欄に「ジャック・ロット」の紹介記事が掲載される。
77年8月1日号 「TV21」の広告から警告文が消える。
77年9月15日号 「ジャックロット」の広告初掲載。掲載した企業は「チェスト」というディストリビューター。
77年11月1日号 データイースト、「ジャックロットマークII」の広告を掲載。
77年12月1日号 「TV21」の最後の広告を掲載。

ジャトレが自社の広告に警告文を追記していた期間中に「ジャックロット」の紹介記事が掲載され、警告文の記載をやめてから「ジャックロット」の広告が掲載されています。そして、ジャトレが「TV21」の広告をやめた後も、「ジャックロット」の広告は継続して掲載されています。ひょっとして。ジャトレとデータイースト、もしくはその他の業者と何らかの話し合いが行われて解決したのかもしれませんが、それを示す証拠はまだ見つけられてはおりません。

ともかく、「TV21」の開発元が「A1 SUPLLY」であれば、シグマの「TVポーカー」(関連記事:ワタクシ的ビデオポーカーの変遷(1)」が「TV21」とそっくりな画面だったのも当然のことでした。

ワタシの心の中で40年以上引っかかっていた謎が、ゲームマシン紙のおかげで解くことができました。前回の記事でも言及いたしましたが、「ゲームマシン」をアーカイブ化された関係者と篤志家の方々に、心よりの賞賛を捧げます。
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【訂正・追加等】「ミリオンダイス」の元ネタを発見

2019年06月23日 18時20分27秒 | 訂正・追加等
このブログに記事をアップした後で、誤りや新事実、あるいはより正確だったり詳しかったりする情報が見つかるということはしばしばあります。過去には、既にアップした記事本文を直したことも何度かありますが、そのことを告知する場所がないため、改訂に気づかれないままの読者様も多かったであろうと思われます。また、執筆者本人であるワタシ自身も、どの記事をどのように修正や加筆などをしたかが覚えきれなくなってもおります。

そこで今後は、本ブログに【訂正・追加等】というカテゴリーを新設して、過去記事の訂正や続報などを行う場合はここにまとめておこうと思います。


**********ここから今回の本文

さる4月21日、ワタシは「ネバダでsigmaに先んじたらしい日本製ギャンブル機「ミリオンダイス」の記憶
という記事をアップしました。その中でワタシは、、「ゲームマシン」紙1979年1月15日号に掲載されたボナンザ社の広告をネタ元として以下のようなことを述べています。

・「ネバダゲーミングコミッションにて認可!! リノ・ラスベガスのカジノへ続々出荷中!!」とある。
・さらに、「富士電機製造(株)三重工場にて完全製造」とも謳っている。
・ひょっとしてボナンザは、シグマよりも早くネバダのライセンスを得た日本のメーカーなのか?

しかし、この記事を掲載した後に、ゲームマシン紙1977年1月1日号に「ラッキーダイス」という、「ミリオンダイス」にそっくりな製品の広告とその紹介記事が掲載されているのを発見してしまいました。その発売元はタイトーでした。




「ゲームマシン」紙1977年1月1日号に掲載されたタイトーのラッキーダイスの広告(上)と、本文における紹介記事(下)。

この画像では筐体がわかりづらいので、フライヤーから筐体部分だけトリミングしたものも念の為挙げておきます。


ラッキーダイスのフライヤーから、筐体の部分。

ゲームマシン紙に「ミリオンダイス」の紹介記事が掲載されたのが77年12月1日号で、その翌号である12月15日号には、ゲームマシン紙では初めて「ミリオンダイス」の広告が掲載されています。これだけを見ると、「ミリオンダイス」よりも「ラッキーダイス」の方が先に出ていることになります。しかし、その12月1日号の記事には、「昨年(注:76年)新発売となったローマンダイスの段階から品質を一挙に高めたもの」とあり、「ラッキーダイス」や「ミリオンダイス」の前に「ローマンダイス」というものがあるらしいことがわかりました。




「ゲームマシン」紙1977年12月1日号に掲載されたボナンザ「ミリオンダイス」の紹介記事(上)と、ゲームマシン紙に初めて掲出されたミリオンダイスの広告。

そこでさらに古いゲームマシン紙を調べたところ、1976年11月15日号に、ボナンザがプライベートショウを開催し、米国ネバダ州のローマン・インダストリー社のライセンスを受けた「ローマンダイス」を発表したという記事を発見しました。ボナンザは「ローマンダイス」の広告を、ゲームマシン紙では1977年2月1日号に初めて掲出しており、そこには「Licenced by ROMAN INDUSTRIES INC. Las Vegas, Nevada, U.S.A Exclusively manufactured and sold in Japan and Far East by:(以下ボナンザの住所)」とのクレジット表記も併記されていました。




「ゲームマシン」紙1976年11月15日号に掲載された、ボナンザによる「ローマンダイス」お披露目の記事(上)と、同紙1977年2月1日号に掲載された「ローマンダイス」の広告。

更に関連する記事は無いかとゲームマシン紙のアーカイブを虱潰しに調べていたら、1978年10月1日号に「米国カジノで採用/ボナンザの『ミリオンダイス』」という見出しの記事が掲載されており、それによれば、ネバダの当局が「ミリオンダイス」を認可し、リノやラスベガスのカジノに出荷中で、向こう5年間に千台出荷されるという事になっています。


ゲームマシン紙1978年10月1日号に掲載された、ミリオンダイスがネバダ州のライセンスを取得したことを伝える記事。

混乱してきたのでこれまでの経緯をまとめます。

・1976年11月15日号 ボナンザ「ローマンダイス」お披露目の記事が掲載される。
・1977年1月1日号 タイトー「ラッキーダイス」の広告と紹介記事を掲載される。
・1977年2月1日号 ボナンザ「ローマンダイス」の広告が掲載される。
・1977年12月1日号 ボナンザ「ミリオンダイス」の紹介記事掲載。「ローマンダイス」を改良した趣旨の記述あり。
・1978年10月1日号 ボナンザ「ミリオンダイス」がネバダの認可を受けカジノに出荷中との記事掲載。
・1979年1月15日号 ボナンザ「ミリオンダイス」広告掲載。←ワタシが過去の記事で参照していた資料

この機会に「ミリオンダイス」のゲームマシン紙での広告掲載状況を調べたところ、ワタシが先の記事「ネバダでsigmaに先んじたらしい日本製ギャンブル機「ミリオンダイス」の記憶」を書くにあたって参照した資料は1979年1月15日号の掲載でしたが、初めての掲載はそれよりも2年以上も早い1977年12月15日号でのことでした。ミリオンダイスの広告は、以降しばらくは月1回の掲載だったものが、78年4月より毎号掲載(ゲームマシン紙は月2回刊)するようになっていました。また、広告の中でネバダの認可を受けたとアピールをし始めたのは同年9月15日号の広告からでした。

「ミリオンダイス」のネバダでのライセンスが、誰の名義でどのように取得されたのかまでは不明なため、結局のところボナンザがシグマを先んじたと言っていいのかどうかは依然として明言はできないままですが、少なくともアメリカ製の「ローマンダイス」という元ネタがあり、それが改良されたのが「ミリオンダイス」であるらしいことはわかりました。

今回、ここまで謎が解けたのは、業界紙「ゲームマシン」の社主である赤木真澄氏と株式会社ツェナワークスの川野忠仁氏、武田寧(おにたま)氏が協力して、ゲームマシン紙をアーカイブ化し、誰でも参照できる環境を創設してくださったおかげです。この偉業をなされた皆さんには最大の賛辞をお送りいたしたいと思います。

それにしても、「ラッキーダイス」は、いったいどんな経緯でタイトーから出ることになり、どのようにして人知れず消えていったのでしょうか。足かけ4年に渡って一つのダイスゲームに取り組んできたボナンザに対し、タイトーの態度は極めて冷淡に感じます。もっとも、権利問題などの理由で熱を入れることができなかったのかもしれませんが。
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新ラスベガス反生中継2019GW DAY6その2:最終日(後半) 

2019年06月16日 21時29分49秒 | 半生中継
◆本日の予定
(前半)
・午前中はひたすらカジノでゲーム。
・午後、タウンズスクウェアのホールフーズで、現地在住の友人SLさんと会う。


(後半)
・ピンボール・ホール・オブ・フェイムを覗く。
・宿をサムズタウンに移す。
・夜を徹してカジノに入り浸る。

◆これより本日の記録

SLさんと別れた後、今夜の宿であるサムズタウンに向かうが、その前に、道中にある「ピンボール・ホール・オブ・フェイム(PHoF)」に立ち寄る。ところで、このPHoFのすぐ周囲には、「PRESS START GAMING CENTER」と、「A GAMER'S PARADISE」という、二つのゲーム関連の店があることを最近知ったので、ついでに覗いてみた。




「PRESS START GAMING CENTER」(上)と「A GAMER'S PARADISE」(下)のエントランス。いずれもPHoFと同じ敷地内にある。屋根にシートがかぶせてあるのは、たぶん雨漏りがするのだろう。実際この一角は、控えめに言ってもさびれているという形容を免れない。

PRESS START GAMING CENTERに恐る恐る入ると、店内には僅かながら客もいた。


「PRESS START GAMING CENTER」の店内。

この店では、店内を見て回るだけなら料金は発生しない。ただし、ゲームをする際には1時間いくらという制度になっており、「プレイしたいときは係員に声をかけてください」と掲示されている。ただ、具体的な料金の表示は無い。


(1)メタルスラッグのアップライト筐体。 (2)たくさんのゲームが入ったカクテル筐体。おそらくMAME。


(1)パズドラバトルトーナメント。ポップだけでなく画面も日本語表示だった。 (2)店のシステムを告知する掲示。入り口そばのテーブルの上に立てられていた。ワタシは入店したときには気づかなかった。

「PRESS START GAMING CENTER」の中を一回りした後、次に並びにある「A GAMER'S PARADISE」を、入り口の外からドアのガラス越しに覗いてみた。しかし、手前の方にコンシューマー用のゲームソフトと思しきものが見えるくらいで、アーケード志向のワタシには興味を惹く物がなさそうなので、こちらは店内に入ることなく離れ、PHoFに入った。

PHoFでは、リリースが発表されたばかりで世界中から注目を集めていた「Black Knight Sword of Rage」が早くも導入されていた。


Black Knight Sword of Rage。ゲーム料金は1ドル。


今回の目玉フィーチャーのひとつと思しき、鉄球を振り回すブラックナイトは少し面白い。

「Black Knight」と言えば、何と言ってもアウトレーンに落ちそうになるボールを強力な磁力で救済する「Magna Save」フィーチャーである。1980年に発売された初代のBlack Knightで初めて採り入れられ、これまで歴代のBlack Knightシリーズの他、6機種に搭載された。今回のBlack Knightにももちろん搭載されている。ただし、発動させるスイッチがロックダウンバーの中央に付いており、とっさの操作がしづらい。


マグナ・セイブを発動するボタン(緑色に光る)。

また、3月に大阪を訪ねた際に遊んだ「バッティングゲーム」(関連記事:大阪レゲエ紀行(7・最終回)) DAY 2・その2:大阪駅前第2ビルB1「ZERO」)の元ネタではないかと思われるゲーム機や、「Ice Cold Beer」もあった。ただし「Ice Cold Beer」は故障中で遊べなかった。


(1)バッティングゲームの元ネタと思しき野球ゲーム。空気で吹き上げられているボールを、バッター人形を操作して打つ。左のノブで風量を調整できるので、日本のバッティングゲームよりは簡単にホームランが打てる。 (2)Ice Cold Beer。

サムズタウンに到着したのは夜7時ころ。明日の未明5時過ぎには出ていくので、10時間ほどの滞在になる。チェックインすると、「部屋をアップグレードしておいたよ」と言われた。部屋に到着すると、中庭に面する角部屋の、スイートルームだった。


部屋の様子その1。(1)部屋に入ってすぐ左手の、キチネットのカウンター越しに部屋の中を臨む。リビングの右手にはベッドルームに繋がる入り口が見える。 (2)リビングから入り口方向を臨む。 (3)リビングからベッドルームに通じるドア。 (4)ベッドルーム。左手のバスタブは、ジェットバスではなかった。バスタブの背後は洗面所とシャワーブースになっている。


部屋の様子その2。(1)洗面所の様子。アメニティは通常の部屋と変わらない。 (2)洗面所からシャワーブースを臨む。 (3)~(4)窓からの風景。中庭の様子が見渡せる。

サムズタウンにはこれまでに10回くらい宿泊しているが、こんな部屋に通されるのは初めてのことだ。しかし、せっかくだがワタシはこれから夜通しカジノで過ごすつもりなので、この豪華な部屋は、ワタシにとっては束の間の荷物置き場でしかない。去年、フレモントでも同じことが起きたが、どうせなら旅程の中ほどでこういう目に遭いたいものだ。

サムズタウンでのトリプルプレイプログレッシブは最低でも1280ドルと、オーリーンズに比肩するほど溜まっていたので、一つくらいは落せるだろうと始めたのだが、全くツイていない。あまりに調子が悪いので、途中、スポーツバーで軽食を取るなど、なんとか流れを変えるための努力をしてみたりもした。


スポーツバーで注文したホットドッグ、シュリンプカクテル、ソーダ(小)。

しかしその努力もむなしく、かなり残っていたはずの浮き分はついに底を突いて、いよいよ元本に手を付けなければならないまでに落ち込んでしまった。出発まであと2時間半ほどあるが、この調子が続けば、今回の旅では大きくお金を減らしてしまいそうだ。

プログレッシブは依然として魅力的に膨れ上がっているが、もうやめよう。最後の2時間半はクラップをして過ごそう。もちろんクラップスだって泣きたくなる大負けを食らうこともあるが、こんなに遊べないVPなら、今回はもういらない!

ということで、場所をクラップスに移してまず200ドルでバイインする。サムズタウンのクラップスには、他ではあまり見かけた覚えがないサイドベットがある。何と呼ばれるものかもわからない。隣のスティックマンに、「あのベットはなんというのだ?」と聞いたが、「3ドル出してワン―ワン―ワンって言うんだよ」というだけで、ベットの名前は言わない。

この「ワン―ワン―ワン」は、7の目が出た後でしか賭けられない。賭ける場所は、「小の目(2~6)」、「大の目(8~12)」、「全て(7を除く2~12)」の三種類で、次回に7の目が出るまでに、指定の目が全部出れば勝ちとなる。小の目と大の目は75倍だから、1ドルを賭けているだけでも当たればまあまあの配当になる。賭け金はあくまでも例で、5ドルチップを投げて、大と小の目に2ドル、全てに1ドルという事もできる(その場合はツー-ツー-ワンと言う)。ワタシは殆どのゲームでここに賭け続けた結果、およそ2時間半のプレイ中に、小の目が3回も出てくれた。また、セブンナウトせずに延々シュートしてくれる優良シューターにも恵まれたこともあり、ゲームをやめるころには数百ドル程度お金を増やすことができていた。

もう出発しなければいけない時刻となったので豪華な部屋に戻り、この部屋では結局ソファーに座ることさえしなかったといくらかの悔しさを残しながら、その片隅に置いておいた荷物を取って部屋を出た。

日本に帰って改めて残っているお金を数えてみたら、出発時よりも100ドルちょっと、増えていた。クレジットカードで支払った買い物などは考慮に入っていないが、次回のゲーム資金が減らずに済んだことは喜ばしい。次回のラスベガス巡礼は10月中旬の予定。

(このシリーズおわり)
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新ラスベガス反生中継2019GW DAY6その1:最終日(前半) 

2019年06月16日 21時12分49秒 | 半生中継
◆本日の予定
(前半)
・午前中はひたすらゲーム。
・午後、タウンズスクウェアのホールフーズで、現地在住の友人SLさんと会う。
(後半)
・ピンボール・ホール・オブ・フェイムを覗く。
・宿をサムズタウンに移す。
・夜を徹してカジノに入り浸る。

◆これより本日の記録

慢性的に寝不足気味なので今朝は10時くらいに起きるつもりだったのに、朝6時前に目が覚めてしまった。昨夜は早めに寝たとはいえ早すぎる。

今日は午後から現地在住の友人であるSLさんと会い、更に宿をサムズタウンに移すことになっているので、荷物を車に積んでいつでもチェックアウトできるようにしておく。出発までは、幸いカジノ資金は潤沢なので、午前中はずっとゲームをして過ごす事にする。

オーリーンズには、DDBのAces & Faces(9/6)がある。通常のDDBでは、ボーナスは2~4のクワッズに振られているが、Aces & FacesではJ~Kに振られており、若干有利になるので、ワタシは好んでプレイする。しかし、ローカードのクワッズしか出てくれない。一度、4ロイヤルがディールされたがロイヤルに発展することは無かった。

どうもビデオポーカーが思うように遊べないので、珍しくメカのリールマシンに浮気してみようという気になった。目を付けたのは、世界最大のスロットメーカーであるIGTの「Super Silver 7」だった。デノミは1¢、3リール27ライン、各ラインに5ベットできるのでマックスベットは1.35ドルになる。これを選んだ理由は、フルベットしてもゲーム単価がさほど高くならないからだった。


IGTの「Super Silver 7」。同じコンセプトでタイトルが異なる機械が3台ならんでいたうちの一つ。

始めてから10ゲーム目くらいで、LINE 5にANY BARが、LINE 8にSINGLE BARが揃った。


LINE 5(オレンジ色の線)にANY BARが、LINE 8(水色の線)にSINGLE BARが揃っている。

通常、ANY BARとSINGLE BARでは配当が異なる。それぞれいくらだったのかと機械の表示を見ると、どちらも30の払い出しだと表示されている。


機械に表示された、各ペイラインで当たったクレジット数。LINE 5(左)、LINE 8(右)共に「PAYS 30」と表示される。

訝しく思ってペイアウトスケジュール表を表示させてみると、やはりおかしい。ANY BARの配当は30、SINGLE BARは80となっている。


ペイアウトスケジュール表。赤い楕円で囲んだところが今回のゲームで支払われるはずの配当。ANY BARは30、SINGLE BARは80となっている。

これに従えば、今回のゲームでの配当は110でなくてはならないはずだ。しかし実際には60しか払い出されていない。50¢のショートペイである。とは言えたいした損害ではないし、諦めてこのままゲームを続けてしまおうという考えも浮かびはしたが、カジノ機器での配当間違いはたとえ少額でも由々しき問題なので、結局コールアテンダントボタンを押して係員を呼んだ。数分後に白人のおばちゃんがやってきて、「ハロー、どうしたの?」と声をかけてきた。一般の客かと思ったら、その人がスロットアテンダントだった。

「えとあの、今こんな手ができたんだけんども、60クレジットしか払い出されないでござる。んでも、この表を見ると(と言って、表示をペイアウトスケジュール表に切り替える)、ANY BARは30で、SINGLE BARは80となってるある。これはおかしくないですかいの?」

訴えを聞いたおばちゃんも、自分で配当表やペイラインを調べた後、ワタシの主張に間違いがないことを確認したうえで、インカムに向かって何かを告げていた。ワタシはおばちゃんに、なんとなく言い訳がましく「額は少ないんだけど・・・」と話しかけると、おばちゃんはそれを受け取るように、「Yes, it's a point」と答えた。

ほどなくして更に二人の男がやってきた。一人はメカニック、もう一人はボスのような立場であるように見えた。おばちゃんは二人に状況を説明したが、ボスのような男はよくわかっていないようで、LINE 5だけしか当たっていないのではないかなどととんちんかんなことを言っている。確かに15年前の機械であれば3リールマシンのペイラインは5本以内であるものが殆どだったが、今は時代が違う。そうなったのも、あんたらカジノがゲーム単価が高くなる機械をメーカーに求めてきたからではないか。

メカニックと思しき男は、筐体に鍵を差し込んで何かの操作をした。するとリールが回り出して、最終的にさっきと同じ状態で停止した。たぶん、最後に行われたゲームの再現をテストモードから行って、結果の確認をしたのだろう。

しばらく三人で話をして、これは機械の不具合であるという結論に達したらしかった。おばちゃんは一旦どこかに姿を消し、すぐに戻ってからワタシに1ドル札を手渡してきた。ワタシは結果的に50¢トクをしたことになる。このときおばちゃんに「この機械はクローズされるんですかいの?」と聞くと、「ええ、そういうことになるわね」と返ってきた。ワタシはまだこのゲームで遊んでいたかったのだが、諦めて別の場所に移動した。

次に、VPのプログレッシブトリプルプレイに向かった。ロイヤル様の賞金は、上段が1737ドル、下段が1400ドル、中段が1116ドルと素晴らしく溜まっているので、出発するまでこのゲームに賭けようと決め、それから5時間半に渡って打ち続けた。この間、クワッズは14回、ストレートフラッシュは3回出たが、ノーヒットの4連発、5連発などという不運もたいへん多い。野球で言えば「三振か長打」のようなゲームが延々と続くので、お金はずいぶん減ってしまった。

そろそろSLさんと待ち合わせの時間が近づいてきた。この時のプログレッシブは、上段が1876ドル、下段が1539ドル、中段が1255ドルにまで膨れ上がっていたが、後ろ髪をひかれる思いで台を離れた。

SLさんとは、タウンズスクウェアのホールフーズで待ち合わせている。ついでに、ホールフーズならではのジモチーお勧めのお土産をいくつか教えてもらった。それらは確かにホールフーズらしいとは言えるが、ラスベガスらしいというわけではない。やはり、ラスベガスには名物は無いのだなあ。

土産を買った後、SLさんが店内のカフェでお茶でもしましょうと誘ってくれたので、そういえば朝から何も食べていないことを思い出して、店でシナモンロールとコーヒーを買って、喫茶コーナーに入り、1時間半ほどおしゃべりをして過ごす。旅行先で、地元の人々に混じって、地元の人たちと同じものを食べたり同じことをして過ごすのは面白い。今度女房とラスベガスに来た時にも、一緒に来てみよう。

(つづく)
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新ラスベガス反生中継2019GW DAY5:ハンバーガーとゲームの日

2019年06月09日 17時59分37秒 | 半生中継
◆本日の予定
・一旦オーリーンズをチェックアウトして、新たにチェックインし直す。
・一日中ゲームをして過ごす。

◆これより本日の記録

女房空港に送り届け、オーリーンズに戻ったのが朝の8時半ころ。今夜はオーリーンズ3泊目となるが、コンプの都合で2泊と1泊に分けて取っているので、一度チェックアウトしておく必要がある。

チェックアウトタイムの12時まではまだ少し時間があるので、コンプキヨスクに立ち寄って何かプロモは出てないかと調べたら、スクラッチくじのようなものを引かされて、10ドルのダイニングクーポンが当たった。

さっそくこのクーポンを使って朝ごはんをと思い、リニューアルしたバフェイに向かったら、今日は土曜日でシャンパンブランチの日だという。ワタシにとってシャンパンの飲み放題は嬉しいフィーチャーではなく、値段も通常の倍くらいになるので、バフェイはやめてボウリングセンターのスナックバーに行った。ここではチーズバーガーとソーダ(S)のセットを注文して、クーポンで支払う。


オーリーンズのボウリングセンターのスナックバーでのチーズバーガー。パティは1/3ポンド程度か。普通においしい。

ボウリング場では、おそらくリーグと思われるゲームが行われていたので、ボウラーズベンチの後ろのテーブルに座ってプレイを見ながらチーズバーガーを食べた。それにしても、アメリカのアマチュアボウラーには上手だと感じるプレイヤーが本当に少ない。今、目の前で投げている60人程のボウラーも、そのほとんどは我流自己流で、ひと目見て「おっ?」と思わせられるようなプレイヤーは殆どいない。それでも、アメリカ人ならではの持ち前の体格とパワーでカバーできてしまっているからフォーム改造など考えもしないのだろうか。アメリカはテンピンボウリング発祥の地であり、プロ団体PBAには他の追随を許さない世界最高レベルのプレイヤーが揃っているというのに、アマチュアとの差がこんなにも大きいのはいったいどういうわけなのだろう。

バーガーを食べ終わってカジノに戻り、何か面白いゲームでも無いかとカジノ内をうろついていたら、普段はあまり寄り付かないバーの近くで、「ウルトラボーナス」というビデオポーカーを発見した。聞いたこともない機種だったので、VP情報サイト「VPFREE2」を検索したが、掲載されていない。ペイアウトスケジュールを見ると、Aおよび2~4のスペシャルクワッズの配当が、キッカーを問わずDDBの高い方の配当(2000、800)になるという事のようだ。その代りトリップスの配当が2倍となっており、TDBと同様、やるなら深追いはするべきではない、イチかバチかの短期勝負で遊ぶべき機種のようだ。

というわけで20ドルだけ遊んでみるかと紙幣を挿入したあとで、デノミが50¢であることに気付いた。ただでさえ分散の大きな機械でデノミが通常の倍となれば、20ドルなどあっという間になくなってしまう。ゲームをせずにペイアウトして立ち去ることもできるが、昨日のVPとクラップスでお金には余裕があったので続けたところ、開始後5ゲーム目だったか6ゲーム目で、あっさりと4のクワッズが出てくれた。


ウルトラボーナスでの4のクワッズ。普段やっている、デノミが25¢のBPなら50ドル、DBまたはDDBなら100ドルに過ぎない手が、たまたま起こした気まぐれで400ドルにもなった。

早い段階で当たりを引くのは、分散が大きいゲームでのまさに理想的な展開だ。ここで「もう一度当たりを」などと欲を出してはいけない。お金を増やすよりも遊ぶことが目的なら、増えたお金を持って分散の小さいゲームに移るのが正しい選択だ。ということで、これでウルトラボーナスをやめる。

そろそろ12時が近くなったので部屋に戻り、TVからチェックアウト手続きをする。荷物はいったん車に積んだが、ベルデスクに預けておけばもっと楽だったのにと、今思った。

しばらくビデオスロットをちょこちょこつまみ食いしたりポーカールームを覗いたりして過ごした後、1時半ころチェックインする。割り当てられた部屋は高層階のストリップビューの部屋だった。


窓からの眺め。遠いが、これも一応ストリップビューではある。部屋の値段はやはりマウンテンビューよりも高くなるのだろうか。

カジノ内をふらふらとさまよい、主にビデオスロットをつまみ食いして過ごすうちに、夕ごはんを食べても良いくらいの時間になったので、フードコートのファドラッカーズでハンバーガーを食べることにする。クック・ツー・オーダーの店なので、以前はページャーを持たされたが、今はレシートの番号が画面に表示されるようになっており、まるで病院で薬ができるのを待っているようだ。


ファドラッカーズ。店頭中央の頭上に、出来上がりのレシート番号を表示するモニターが新設されていた。

何にすれば良いのかわからず、うっかり勢いでBBQバーガーとかいうものを注文してしまった。ひょっとしたら手がベタベタになる系ではないかと後悔しながら出来上がりを待っていたら、出てきたものは案の定、炒めた玉ねぎにどろどろのBBQソースがかかっていた。


BBQバーガー。パティは1/2ポンド。うまくないわけではないが、手がベタベタになるのには閉口する。

食後、まだしばらくゲームをしたが、昼間のウルトラボーナスを最後に、どうもときめくような手が来ない。それどころか、アレ以降お金は少しずつ減る傾向になってきているようにも感じる。昨夜は殆ど寝ていないこともあるので、まだ11時前だが寝ることにする。

(つづく)
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