オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記憶

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ネバダでsigmaに先んじたらしい日本製ギャンブル機「ミリオンダイス」の記憶

2019年04月21日 18時23分50秒 | スロットマシン/メダルゲーム

東横線/日比谷線中目黒駅の高架下は、いまでこそ見違えるほどしゃらくさいスポットに再開発されていますが、それ以前は高架下の空きスペースにパチンコ店といくらかの飲食店などがテキトーに詰め込まれており、現在の東京駅~有楽町~新橋のガード下のような、昭和感漂う風景でした。

その再開発前の高架下に、かつて「KING」という小さなゲームセンターがありました。高架下ですが、階段で登って行く二階がありました。その看板は東横線の下りホームからも見えるように設置されていたので、なにしろゲームセンターとあれば虱潰しに見て回っていたワタシは、そこにもたまに行っていました。アレはおそらく1979~80年のこと。ワタシはその「KING」で、「ミリオンダイス」というゲーム機を発見しました。

 
ミリオンダイスのフライヤーの表と裏。このフライヤーに見える「SIRCOMA」の社名は、1979年から1981年までの足かけ3年しか使用されていない。それ以前の社名は「A1 SUPPLY」、それ以降の社名は「IGT」で、現在も世界最大のスロットマシンメーカーとして盛業中である関連記事:ワタクシ的「ビデオポーカー」の変遷(3)米国内の動き)。

フライヤーの最上段には「THE GREATEST REVOLUTION IN GAME MACHINE SINCE SLOT WAS INVENTED IN THE 1890'S (1890年代にスロットが考案されて以来のゲーム機の大革命)」と謳われています。一体何がそんなに大革命なのでしょうか。

「ミリオンダイス」は、2個のダイスを振り、目の合計を予想するというゲームでした。賭け方は、「6以下(2倍)」、「8以上(2倍)」、「2(24倍)」、「12(24倍)」、「11(12倍)」、「7(4倍)」の6通りで、それぞれメダル5枚までベットできました。


フロント部分のアップ。赤いアクリル製の透明なダイスは、北米のカジノで人気が高い「クラップス」というゲームに使用される「プレシジョン・ダイス(精密ダイスの意味)」のように見える。

ゲームスタート時、ダイスは所定の位置に2個並んでいます。メダルをベットしてスタートボタンを押すと、2個のダイスは勢いよくプレイフィールドに振り出され、その後1本の棒がプレイフィールドの奥から手前に移動してダイスを所定の位置に向かって押し出します。棒に押されたダイスは、プレイフィールド左右に設置されているガイドに沿って所定の位置に押し戻され、そこでダイスの目が判断されて、ゲーム結果に反映されるという方式でした。

今の人がこのゲームを見ても、きっと誰も、驚きなど毛ほども感じないことでしょう。しかし、当時はコンピューター技術もまだ一般に広く普及しているとは言えない時代で、機械がものを見て判断するなど全く驚異的なテクノロジーだったのです。「1890年代以来の大革命」は、それだからこその大宣伝なのです。

さて、ところで、この「ミリオンダイス」は、どういうわけか日本では「ボナンザ・エンタープライゼス」が扱っていました。ボナンザと言えば、殺人ゲームと非難された「デスレース」を日本でディストリビュートしたり(関連記事:【小ネタ】デス・レース 社会から非難を浴びた殺人ゲーム)、後にGマシンの代表機種となる「ゴールデンポーカー」を開発して業界団体を除名される(関連記事:ワタクシ的ビデオポーカーの変遷(4) 80年代の日本におけるビデオポーカーの暗黒時代)など、何かとお騒がせなメーカー・ディストリビューターです。そのボナンザは1979年、業界紙に「ミリオンダイス」の広告を打っています。


業界紙「ゲームマシン」1979年1月15日号に掲載されたボナンザの広告から「ミリオンダイス」の部分。広告はこの一回だけでなく、その後もしばらく継続して掲載され続けた。

その広告では、「ネバダゲーミングコミッションにて認可!! リノ・ラスベガスのカジノへ続々出荷中!!」とか、「富士電機製造(株)三重工場にて完全製造」と謳っています。ということは、「ミリオンダイス」は日本製の機械なのか? ネバダでメーカーライセンスを得た日本企業というと、sigmaが1983年に国外企業として初めて取得したという話は比較的よく知られている(関連記事:ワタクシ的ビデオポーカーの変遷(5) sigma、ネバダのゲーミング市場の参入)と思っていたが、ボナンザの広告を信じるなら、それ以前から日本製のゲーム機がネバダのライセンスを得ていたことになるのはどういう事か?

実は、人から聞いたあまり正確ではない話ですが、sigmaが国外企業として初というのも、それまではレギュレーションに国外企業に関する定めが無く、sigma参入の時期に新たにできたということのようです。そういえば、1992年か93年に、「TAKASAGO」という日本のパチスロメーカーの名が入った古ぼけたビデオゲーミング機をラスベガスの「インペリアルパレス」というカジノホテル(現The LINQ)で見たこともあるのですが、もしかしたらそれも「ミリオンダイス」のような経緯でネバダのカジノに潜り込んだものなのかもしれません。

では、「ミリオンダイス」は、まだ規定が無かった時代に日本のボナンザが製造し、米国のSIRCOMAがネバダで販売した、という事なのでしょうか。ただ、それにしては、SIRCOMAのフライヤーを見返すと、裏面には「NON-PAYOUT CREDIT METER FOR AMUSEMENT ONLY(クレジットプレイのみの娯楽専用)」とあります。つまり、少なくともこのフライヤーの機械はネバダのカジノ向けではなく、いわゆる「グレイマーケット」向けのモノであるように見えます。ただ、ボナンザが作成したフライヤーのデザインは、SIRCOMAのフライヤーと共通の部分が少なからずあり、両社の間になんらかのリレーションシップがあったことは間違いないはずと思われます。


ボナンザの「ミリオンダイス」のフライヤー。SIRCOMAと同じく、最上部には「THE GREATEST REVOLUTION IN GAME MACHINE SINCE SLOT WAS INVENTED IN THE 1890'S」の文言が謳われているほか、ロゴなど他の共通点も見られる。

「KING」では、クレジットモードではなくメダルゲームとして稼働していたように記憶していますが、「ジャトレ」がディストリビュートしていたメダルゲーム機「TV21」(関連記事:メダルゲーム「TV21」(ジャトレ・1977)の謎 その後)もそうだったように、どちらにも対応できるように作られていたのでしょう。

中目黒はワタシの家からは比較的近いとはいえ、最寄駅というわけでもないので、そうしょっちゅう行くところではありませんでした。1983年前後頃、しばらく「KING」にご無沙汰しているなあと思っていたころ、新聞の社会面に、「中目黒のゲームセンター『KING』がゲーム機賭博のために検挙された」という記事を見つけました。ちょうどポーカーゲーム機による賭博が社会問題になっていた時代でした。以降、KINGが再びゲームセンターとして開店することはたしか無かったように思います。


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15 コメント

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Unknown (tom)
2019-04-22 23:25:39
clapsをモチーフとしたと思いますが、7の目の配当が高いところが、このゲーム機の"ミソ部分"なのでしょうね。

学生の頃に「ミリオンダイス」に似た(恐らくコレ?)ゲーム機をゲームセンターで遊んだ記憶があるのですが、DICEの目をどのように判定しているのか?nazox2016さんと同じく不思議でなりませんでした。

Unknown (nazox2016)
2019-04-23 00:08:20
「11」の目に賭けられるのに「3」の目に賭けられないのはどういうことだと思っていたのですが、確かにクラップスをモチーフにしたのかもしれませんね。

出現率が1/6である7の配当が4倍というのはひどい設定です。「賭け金1に対して4を払う」、つまり5倍だとして計算しても、ペイアウト率は71.4%にしかなりません。

現在のネバダのスロットマシンのペイアウト率は、最低でも75%以上であることが求められています。ミリオンダイスのころもそうだったのかどうかはわかりませんが、もしそうであれば、このままではネバダには出せないということになり、やはりグレイマーケット用と推測できそうな気もしますね。

いつ頃だったかはっきり覚えていないのですが、おそらく90年代の半ばころ、ボナンザは、5個のダイスでポーカーの役を作る「スーパーダイス(タイトルもうろ覚えです)」というゲームを出しています。ダイスの搬送は振動で部品を運ぶ振動フィーダーの原理を使っていました。所定の位置にダイス5個を並べ、一つずつカメラで画像認識する方法でした。ご存じありませんか?
Unknown (tom)
2019-04-23 20:05:08
nazox2016さん

ボナンザ社って、「スーパーダイス」も作っていたのですね!

当時メダルゲーセンは入り浸っていたのに、全く知りませんでした!

しかし、当時のDICE判定の仕組みを知りたいものです(笑)
Unknown (nazox2016)
2019-04-23 21:45:36
ボナンザのスーパーダイスは、「The Internet Arcade Museum」に画像がありました。
https://www.arcade-museum.com/game_detail.php?game_id=5852
二つありますが、一つ目のは違いますね。ヨーロッパのスロットマシンのように見えますね。
これには1988年とありますが、ここは結構誤った情報も多いので、鵜呑みにはしない方がいいです。

tomさんなら、1980年前後の技術でダイスの目を読むマシンを電子工作できませんか?
Unknown (ken)
2019-07-23 13:26:47
Million Diceの稼働できる実物を持ってます。
10年以上前に海外から購入したものです。
資料も若干付属してまして、回路図には日本語で昭和45年の日付が書かれていました。
ダイスに特殊な加工が施されていて光学的に出目を読み取れるようになっています。
同サイズのダイスに交換すると出目判定が出来なくなってしまいます。
Unknown (ken)
2019-07-23 13:36:28
昭和45年は記憶違いでした。現物資料が見つかり次第、正しい情報を追記いたします。
失礼いたしました。
Unknown (nazox2016)
2019-07-23 23:36:48
kenさん、初めまして(ですよね?)。ミリオンダイスのダイスが汎用品ではないこと、回路図に日本語の記述があることなど、貴重な情報をありがとうございます。初めて聞くお話にわくわくしています。

ところで、youtubeに上がっているミリオンダイスの動画では、打ち出してから所定の位置にダイスを戻す途中で2個のダイスがスタックしてしまった時に、ダイスが変な動きを見せてリカバーいるのですが、なぜダイスがひとりでに動いているのか、何度見返してもわかりません。kenさんはこれについて何かご存知のことはありますでしょうか。当該動画はこちらです。
https://youtu.be/oyYfMWKFV-U?t=641

もしこの件について何かご存知のことがありましたら、なにとぞご教示いただければありがたく存じます。

これからも、どうぞいろいろ教えてください。
Unknown (ken)
2019-07-24 21:33:54
初めまして 挨拶が遅れまして失礼いたしました。
私は以前より他の記事も含め、とても深い内容に感動しながら読まさせていただいております。
回路図が見つかり正しい年月が分かりましたので訂正いたします。昭和54年8月と昭和55年1月の記載がありました。
ダイスのスタック時の動作は、所定の位置までダイススライダーが下がらない時は、下板の水平方向にある幅1mm X 長さ 30mmほどのスリットから回転する棒が出てきてスタックしている奥側のダイスを横方向に押し出します。リンクいただいたyoutube映像の10:10のところで、指でその棒の動きをまねしているように見えます。
ちなみに私の所有機はDUBLE UPは付いていないタイプです。

このマシンの面白いところは、掛けた目が出にくいようにダイスを弾く力を制御していると思われる所です。明らかに毎回ダイスを弾く力が違います。私の推測ですが、現在表示されている出目からどのような力で弾くと掛け目が出にくいかパターン認識していると思います。例えば1・1で2の出目120倍の後で、2をベットすると弱く弾く→出来るだけ目を変えたいように動作する等です。

こちらこそ、これからのご活動を楽しみに拝読させていただきます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
Unknown (nazox2016)
2019-07-25 00:46:12
kenさん、ワタシの質問にお答えいただき、ありがとうございます。言われてよく見れば、確かにプレイフィールドのスリットから何やら棒のようなものが出てきて、ダイスを押しやっていますね。なーるほど! そうとわかって10’10辺りから見直したら、「ロールフィンガー、カムアップアンドゴーライクザット」と言って指で半円を描いて説明をしていることもわかりました。いやあ、すっきりしました! 本当にありがとうございます!!

昭和54年、55年といえば1979年と80年で、ゲームマシン紙に広告を出していた時期と重なりますね。ダブルアップが無いバージョンがあったという事も存じませんでした。

当時のネバダのレギュレーションがどうであったかは不明ですが、少なくとも意図的な出目の操作が認められるとは思えませんので、打ち出す力の変化は、ランダム性を出すためとかなんとか言ってごまかしていたかもしれませんね。

もしまだミリオンダイスの隠れた秘密がありましたらぜひお報せください。また、ミリオンダイス以外でも、昔のゲーム機の思い出などがありましたらお聞かせください。今後ともよろしくお願いいたします。
Unknown (ヒューイ・ダック)
2021-06-07 15:05:28
自分も昔中目黒高架下のゲーセンでこの機種か分かりませんが遊んだ記憶があります。
その時は一回10円を投入し、
2つの出目を予想し当たるとその倍率に応じた金額が払い戻されるという物でした。
その時のサイコロは確か半透明の緑色だったと思います。
その時の事が記憶に蘇り機種名を調べてる時にこのページにたどり着きました。
自分は昔三宿付近に住んでいたので時折中目黒のゲーセン等に遊びに行っていました。

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