オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記憶

コインマシンやギャンブルゲームやカジノの歴史的エピソードとか、時々カジノ旅行記とか、たまにスポーツやマンガとか。

1960年代のTAITO(4):追加情報その2

2021年11月28日 16時09分06秒 | メーカー・関連企業

60年代のTAITOシリーズの追加情報2回目は、1967年発売の「サンダーバード」です。ワタシは今回のシリーズの1回目、「1960年代のTAITO(1):1964-1967【情報求む】」の中で、この「サンダーバード」について、「ジャンルの見当すらつかず、調べるにしても絞り込みもできない」などと泣き言を言いました。

すると、昭和時代に頒布されていた観光ホテルのパンフレットのゲームコーナー画像を多数掲載するブログ「しいたけと猫が好き」のオーサーであるaccs2014さんから、コメント欄に「JAIA(注・AM産業の業界団体の略称)の資料でちょっとだけ確認できる」との情報をいただきました。そこには1975年に撮影されたという「水上温泉ホテル」のゲームコーナーの画像があり、その中の機械の一つが「サンダーバード」だと説明されていました。

1975年の撮影とされる水上温泉ホテルのゲームコーナー。矢印がサンダーバード。

水上温泉ホテルのゲームコーナーの画像から、サンダーバードの部分を拡大。

カラーで比較的鮮明なこの画像は、しかし残念ながら、サンダーバードの全容までは見えません。そこに、やはり拙ブログにしばしばコメントをくださるEM好きおじさんと言う方が、サンダーバードと思われるゲームの内容として、

クレーンゲームの筐体を利用した、玉を目標に落とすゲームがありました。クレーンを降ろす代わりに可動部からパチンコ玉程度の鋼球を落下させて、下に何個か設置してある目標物の上面に開いている穴に入れるという感じでした。成功すると別の目標にチャレンジできる仕組みだったと思います。外れた玉は傾斜した底板を転がって回収されていきました

とご説明くださいました。さらにEM好きおじさんは続報として、「白黒だが見やすいサンダーバードの筐体画像が、英語版Wikipediaを経由して閲覧できる米国の「Cash Box」という業界誌にある」との情報をくださいました。

「Cash Box」1968年7月号に掲載されていたTAITOの広告から、サンダーバードの筐体。

この画像を見て、これまですっかり失念していた、かつてTAITOの社員だった方から一部をコピーさせていただいていたTAITOの社史本「遊びづくり四十年のあゆみ」の存在を思い出して調べたところ、その64ページに、「四十二年には「ペリースコープ」「サンダーバード」「バスケットボール」「サッカーゲーム」を(中略)発表した」との記述があり、Cash Box誌よりも幾分シャープな筐体画像も掲載されていました。

「遊びづくり四十年のあゆみ」のP.64に掲載されている「サンダーバード」の筐体。コントロールパネルのジョイスティックがはっきりと見える。

実はワタシには、1970年前後富士急ハイランドのゲームコーナーで遊んだ記憶はあるものの、タイトルもメーカーも覚えていないゲームがあったのですが、今回それがサンダーバードであることが判明しました。およそ50年にわたって心の隅に引っかかり続けていた謎が皆さんからの情報によって解明されて、感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました。

****************************

ところで、今回の本題とは外れますが、せっかく水上温泉ホテルのゲームコーナーの画像があるので、ついでにこの中に見られるゲーム機を特定しておきたいと思います。

●右手のガンゲームは手前が「スペースモンスター」(太東貿易、72)、奥が「ラットパトロール」(太東貿易、71)。

●左手の手前が「スカイファイターII」(太東貿易、71)、奥のドライブゲームが「スピードランナー」(太東貿易、72)。

●奥壁面のピンボールのうち右が「スパニッシュアイズ」(ウィリアムズ、71)」、左が「キングロッククール」(ゴットリーブ、72)」(11/30修正:キングロックは4P用だが、画像は2P用に付き修正。製造年は変わらず)

●ピンボールの左が「ファンタジー」(太東貿易、69)、そのさらに左が「タイム80」(ユニバーサル、70)。

●浴衣姿の男女二人が興じているゲーム機と、その後ろに見えるドームがかぶさっているゲーム機、およびその左に見える白い浴衣姿の男性が手をついているゲーム機は、残念ながら特定できませんでした。ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ大変ありがたく存じます。((12/5日追記):その後accs2014さんより「『ドームがかぶさっているゲーム機』は、前々回記事1960年代のTAITO(2):1968-1969【情報求む】で言及している『ゴールデンアーム』ではないか」との示唆をいただきました。確かに筐体側面は赤一色だし、コントロールパネルの様子も一致しているように見えます。また、ドームの中にはアームと思しきものも見え、さらにこのロケがTAITOの縄張りであることから、ゴールデンアームで間違いないと思われます。)

特定できた国産品のうち、「タイム80」は唯一TAITO製品ではありませんが、この機械は1972年頃TAITOの子会社となっていた日本自動販売機社からも売り出されていた(関連記事:ユニバーサル1977)ので、このロケーションはTAITOが縄張りとしていたことが窺えます。

それにしても、今よりも製品寿命が長かった時代とは言え、1975年の撮影にしてはラインナップがやや古く、実際はもう少し早い時期に撮影されたものではないかとも思われます。

さて、先週時点の予定では、1960年代のTAITOシリーズは今回で終了するはずでした。しかし、長年の謎が解けたことからついつい熱く語ってしまい、またテーマ外のトピックも加わって長くなってしまったので、バスケットボール(67)とファンタジー(69)については次回「追加情報その3」に持ち越しとさせていただきます。


1960年代のTAITO(3):追加情報その1

2021年11月21日 15時24分46秒 | メーカー・関連企業

前々回と前回の2回で、かつてTAITOが自社のウェブページで公開していた1960年代の製品リストを記録いたしましたが、元のデータには画像が残されていないばかりかゲームの内容すら明らかでないものが殆どなのが残念でした。

しかし、実に全くありがたいことに、拙ブログをご高覧くださっているオールドゲームに詳しい方々から、コメント欄やSNSで多くの情報をいただきましたので、今回から2回に渡って、前2回の補足を行っていきたいと思います。

最初は、ある方からご提供いただいた、1966年の「クレーンゲームクラウン603」のフライヤーです。

クレーンゲームクラウン603のフライヤー。「あなたの利益をガッチリつかむ!!」のコピーは前作602のフライヤーにもあった。

タイトーは前年に「クレーンゲームクラウン602」を発売しています。602と603を比べてみると、603の方が幾分装飾性が増しているように見えますが、次々と新製品を出すほど当時のクレーンゲームの人気が高かったということでしょうか。

左が1965年発売の602、右が翌66年発売の603。

これらのクレーン機は、それまでコインマシンの商社であったTAITOが、自社ブランド製品の企画・開発・製造を目的として1983年に設立した子会社「パシフィック工業」の製品です。名に冠されている「クラウン」はそのブランド名のようで、60年代にTAITOが売り出した他の機械にも、その名と三本角のクラウンシンボルが見られます。

次は、同じく1966年の「スポーツマン」です。単独のフライヤーはありませんが、1970年前後頃に頒布された総合カタログの中に記載されていることをご教示いただきました。

スポーツマンの筐体。1970年前後の総合カタログより。

総合カタログには製品の説明がないのですが、どうやら背筋や握力を計測する機械のように見えます。そう言えば60年代前半にはコイン作動式の体重計なんてものがAM機の一種として存在していた(米国では今でもショッピングモールやフードコートなどで見かける)ので、その類似コンセプトと言うことなのかもしれません。

今回はもう一つ、1967年に発売された「ペリスコープ」の鮮明な筐体画像をご紹介します。この画像も、前出クラウン603のフライヤーをご提供くださった同じ方からのご提供です。

ペリスコープの筐体。見えにくいが、インストラクションが英語表記で、また背景にあるものから、海外で撮影されたものと思われる。

ペリスコープと言えば、ナムコ(当時は中村製作所)とセガの両社が、このおよそ3年前のほぼ同時期に、同名、同コンセプトのゲーム機を発売していますが、そこに第三の同名機を投入するとはなんとも大胆不敵なことです。

なお、このような潜水艦の潜望鏡を覗いて敵艦に向かって魚雷を撃つゲームとしては、翌1968年サミー(当時はさとみ)が「ソナーアタック」を発売し、さらにその8年後となる1976年には、ユニバーサルがやはり「ソナーアタック」を発売しています。パクりパクられはゲーム機業界の常とはいえ、全く仁義なき戦いの様相を呈しています。

ところで、このペリスコープも、「クレーンゲームクラウン602/603」同様、筐体に三本角の王冠マークが付いているのみならず、ビルボードには「Crown」の文字が描かれています。この、TAITOの「クラウン」へのこだわりに気づいたことが、後にワタシにとって数年に一度の大発見につながるのですが、それは今回のシリーズが終わった後で、また別のトピックとして記録したいと思います。

次回、1960年代のTAITO(4):追加情報その2(サンダーバード(67)、バスケットボール(67)、ファンタジー(69))につづく


1960年代のTAITO(2):1968-1969【情報求む】

2021年11月14日 18時02分10秒 | メーカー・関連企業

前回の記事(1960年代のTAITO(1):1965-1967【情報求む】)には、当該記事のコメント欄のみならず、SNSからもいくつもの貴重な情報をいただきました。本当にどうもありがとうございました。当初の計画では、この「60年代のタイトーの記録」シリーズは今回で終了するはずでしたが、予定を延長し、次回以降ではいただいた情報をご紹介したい思います。

とりあえず今回は、前回の続きで1968年~69年のリストですが、この中にもよくわからないタイトルがございますので、引き続き何かご存知のことがございましたらご教示いただければありがたく存じます。

◆1968年(昭和43年)
・スーパーソニックボンバー
タイトルから、爆撃機テーマのゲームであることは見当がつきますが、筐体の画像はありません。TAITOが1990年に発売した「スーパーソニックブラストマン(「スーパーマン」の権利を侵害しているといちゃもんが付き、のちに「ソニックブラストマン」に改名)」がこのタイトルを意識していたのかどうかはわかりません。

・ダブルスキル
・タッチアンドゴー
・クレージーボール
これら3機種は全く見当がつきません。なんとなく、アップライト筐体またはウォールマシンタイプの小型プライズ機に付けられそうなタイトルのように思えないこともないですがあくまでも想像(妄想の方が近いか)です。

◆1969年(昭和44年)
・インテリジェンスコンピューター
一般市民にとって「コンピューター」とは「よくわからないが、最先端科学技術を結集した、とにかくスゴイもの」だった時代(関連記事:TRON(Bally/MIDWAY, 1982)」ならではのコインマシンですが、これで何ができたのかは不明です。筐体画像は70年前後のTAITOの総合カタログ画像の中に見ることができます。それによると、筐体にモニター様のものが見えますが、この時代にCRTを載せた筐体があったとも思えず、おそらくはリアプロジェクターで何かを表示していたのではないかと想像しています。

1970年頃のTAITOの総合カタログに記載されていた、「インテリジェンスコンピューター」の筐体。四つ足のデザインが時代を感じさせる。

参考として、翌1970年、ナムコ(当時は中村製作所)は「ミニコンピューター」という娯楽機を発売しています。こちらはいくつかの質問に答えるとふさわしい職業が画面に表示されるというものでした。「ミニコンピューター」は、マジックミラーで鏡となっている筐体のスクリーンに、バックライトを当てることによってスライドを投影するという機構で、正しい意味でのコンピューターが使われているというわけでは(当然のことながら)ありませんでした。

参考画像:中村製作所の「ミニコンピューター」のフライヤー。筐体は、インテリジェンスコンピューターよりもずっとファンキーでポップなデザインになっている。

・ゴールデンアーム
ターンテーブル上を回る景品をスイングするアームで落とすプライズ機です。ゴールデンアームには立派なフライヤーが残っています。

ゴールデンアームのフライヤー。69年時点で現代と遜色ないフライヤーが作られていたことに、若干の驚きを感じる。

参考として、70年代の半ばには「ジャガー」と言うメーカー(よくわからないのですが、当時のディストリビューターであった「ツムラ」の関連企業?)が、ゴールデンアームと同コンセプトの「SUPER SCOPE」を売り出してヒットし、ほどなくしてそのデラックス版と銘打った「クリーン・スイープ」も出しました。これらの機械についてはその後、ツムラ他利害関係者の間でなにやら深刻なもめ事があったという話を業界誌で読んだ覚えがあるのですが、資料が見つかりません。また、90年代には大平技研と言うメーカーが「ジャンボヘキサ」「ゴールデンヘキサ」など6人用の大型機に仕立て上げており、これらもヒットしていました。


参考画像:ゴールデンヘキサのフライヤー。

・ファンタジー
これも、上記「インテリジェンスコンピューター」が記載されていた総合カタログに記載されています。

ファンタジーの筐体。

コントロールパネルには、昭和時代によくあった水道の蛇口のようなものが付いていますが、ゲームの内容は想像がつきません。ただ、筐体前面の最下段には景品取り出し口と思しきものが見えるので、プライズ機だと思われます。

ところで、今回掲載している画像のうち、「ゴールデンヘキサ」を除くすべてのソースは、拙ブログをご高覧くださっているある方から以前にいただいていたものです。その方からは、前回の記事についての補完情報もSNSを通じていただいており、次回以降に活用させていただく了解も得ております。本当にありがとうございます。

次回「1960年代のTAITOの追加情報」につづく。


1960年代のTAITO(1):1964-1967【情報求む】

2021年11月07日 17時06分33秒 | メーカー・関連企業

TAITOは、かつて自身の公式ウェブサイトにおいて、過去の自社製品のフライヤー画像を発行年ごとに仕分けした「TAITO GAME HISTORY」という極めて資料的価値が高いウェブページを公開していました(関連記事:「北米に手打ち式パチンコを見る)。

そのウェブページはいつの間にか削除されてしまいましたが、ワタシはウェブページ全体を保存していたので、今回はその中からタイトーが1960年代に発売していたとするリストを残しておきたいと思います。

1960年代の業界は、その半ば以降ともなればボウリングブームによって飛躍的に発展していきますが、それ以前は市場も限定的で、まだ黎明期にあったと言って良い時期です。上述のウェブページによれば、TAITOはその1960年代に17種の娯楽機を発売しています。

なお、今回ご紹介するゲーム機のほとんどは正体が不明で、1機種を除いてフライヤーも添付されておりません。それぞれについて何かご存じのことがございましたら、ぜひともコメント欄にてお知らせいただければありがたく存じます。

◆1964年(昭和39年)
・フリッバーチャリアッツ
全く正体不明なゲーム機です。「フリッバー」は「フリッパー」の間違いではありません。「チャリアッツ」とは「Chariots」のことと思われますが、日本語表記する際は、通常は「チャリオッツ」となると思います。ボウリングの「スパット」という用語は、英語「spot」の発音を聞こえるまま音写したものですが、それに類似する例でしょうか。

◆1965年(昭和40年)
・クレーンゲームクラウン602
60年代のリスト17機種中で唯一フライヤー画像が添付されていた機種です。「あなたの利益をガッチリつかむ!!」とのことですが、景品は全然ガッチリつかんでくれなかったように思います。

クレーンゲームクラウン602のフライヤー。

◆1966年(昭和41年)
・クレーンゲームクラウン603
・クレーンゲームクラウン605
前年に発売されたクラウン602のアップグレード版と思われますが、どこがどのように異なるのかは不明です。

・スポーツマン
これも正体不明です。1950年代には、WilliamsやGencoなど米国のメーカーが「SPORTSMAN」というピンボール機の一種を売り出しており、ひょっとするとそれらを輸入して売っていたものか、あるいはコピーしたのかと想像します。
参考:WilliamsのSporsman(1952)

◆1967年(昭和42年)
・ペリスコープ
同じ時期に、同じタイトルがセガとナムコ(当時は中村製作所)から出ていますが、タイトーからも出ていたのでしょうか。

・サンダーバード
米国製ゲーム機にいくらでもありそうな名称でジャンルすら見当がつかず、調べるにしても絞り込みもできません。

・サッカーゲーム701
サッカーテーマであること以外、どんなゲームなのか見当がつきません。「Museum of the Game」というウェブサイトでは、米国Bally社の「World Cup Soccer」というタイトルを紹介していますが、関係があるかどうかはわかりません。
参考:BallyのWorld Cup Soccer(1967)

・バスケットボール901
上のサッカーゲーム701同様、バスケットボールテーマであること以外はわかりません。この種のゲームも60年代からいくつも出ています。
参考:MidwayのBasket ball(1964)

・ラッキーバルーン
前出「サンダーバード」以上に、全く見当がつきません。

1968~1969年は次回につづく。