前々回の記事「法政大学出版局「ものと人間の文化史 188 玉ころがし」のご紹介」の最後で、「昔のゲーム業界紙誌で『ケンタッキーダービー』と言うカーニバルゲームの記事を見た覚えがあるのだがみつからない」と泣き言を述べたところ、そのコメント欄で、拙ブログではもうおなじみの、カナダのCaitlyn(関連記事:カナダからの手紙 with オールドゲームコレクション)が、「ゲームマシン紙の75年1月20日発行の「第13・14合併号」に掲載されている」と教えてくださいました。Thank you so much, Caitlyn.
「ケンタッキーダービー」が新宿歌舞伎町の「カジノラスベガス」に導入されたとの記事。ゲームマシン1975年1月20日号の4面より。
上述ゲームマシンの記事より、写真の部分を拡大。
この記事にある「カジノラスベガス」は、一昨年の11月に惜しまれながら閉店した新宿プレイランドカーニバルの前身で、ケンタッキーダービーはその2階部分にありました。なぜそこまでわかるかと言うと、実はおそらく1976年頃、ワタシもこの「カジノラスベガス」で、記事にあるように優勝するともらえるメダルのサービス券を目当てに遊んでいたのです。
ケンタッキーダービーのレーンの終端はV字型に切れ込んでいて、その先は一段低くなっています。そこにはいくつかの穴がボウリングのピンのように逆三角形に配置されており、それぞれの穴の縁には、赤、青、黄のいずれかの色の、やや高さのあるリングが嵌め込まれています。レーン全体はプレイヤー側に僅かに傾斜しています。
ゲームは、レーンの手前からボールを転がし、入った穴の色により駒が1~3ステップ進みますが、どの穴にも入らなかったボールはレーン終端のV字型に沿って転がり落ち、最下段のリターンホールに入ります。この場合は駒は進みません。穴に落ちたボールはレーンの下を通ってプレイヤーの手元に戻るので、この動作を繰り返し、いち早くフィニッシュに達したプレイヤーが優勝となります。駒は馬だけでなく、ラクダ、車、海賊船、サーフィン他さまざまなバリエーションがあります。
ゲームマシン紙を更によく調べると、ケンタッキーダービーの第一報は1974年11月10日号にあり、そこでは、「ジャトレ」(関連記事:メダルゲーム「TV21」(ジャトレ・1977)の謎)が英国製のケンタッキーダービーの総代理店となり12月から本格的に売り出すと報じています。
ゲームマシン1974年11月10日号でのケンタッキーダービーの記事。
ただ、このケンタッキーダービーが英国製である点には少し引っ掛かりを感じます。玉ころがしが19世紀に人気を集めたのは米国での話です。ケンタッキーダービーが玉ころがしと似ているからと言って、本当に玉ころがしから派生したものと考えて良いのでしょうか。
とは言うものの、競馬の発祥地たる英国製であるにもかかわらず、タイトルを米国のレース名から採っているところを見ると、実はこのオリジナルは米国製で、それをコピーしたとも考えられそうです。この問題は未解決事項として今後も調査を続ける必要はありそうです。
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さて、ところで、Caitlynはそのコメントの中で、「スキーボールが玉転がし起源とすることには同意できない。スキーボールはボウリングを起源としていると考える」と異議を唱えています。
玉ころがしとボウリングは、どちらも目標に向かって手でボールを転がす点は共通しますが、微妙に差異があります。スキーボールのプレイスタイルは、ワタシも彼女の意見の通り、玉ころがしよりもボウリングに近いように思います。一方で、位置によって得点が異なる穴を狙うゲーム性は、玉ころがしやケンタッキーダービーに通じているようにも思います。
英語版のウィキペディアで「Bagatelle」を調べると、「スティックとボールを使ったテーブルゲームはグラウンドビリヤード、クロッケー、ボウリングなどのような屋外ゲームを悪天候時に室内で遊べるようにする取り組みから発展した」と説明されています。これを信じるなら、バガテール直系の子孫である玉ころがしは、ボウリングとは遠い縁戚関係にあると言えるかもしれません。
膨大な資料に当たって研究しているCaitlynや杉山さん(「玉ころがし」著者)のお二人を前に、素人のワタシがろくに調べたわけでもないくせに結論じみたことを言うことは控えたいので、あくまでもワタシの印象という前提で、スキーボールはボウリングと玉ころがしのハイブリッドだった可能性はどうかなあと述べるに留めます。ただ、バガテール、玉ころがし、スキーボール、ケンタッキーダービーなどは、そのルーツを辿るとどこかでつながるということはありそうです。