オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記憶

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法政大学出版局「ものと人間の文化史 188 玉ころがし」のご紹介

2022年07月24日 20時10分05秒 | 歴史

今を去ること11年前の2011年、拙ブログではおなじみの米国Bally社が、「SKEE BALL (スキーボール)」というタイトルのスロットマシンを発表しました。

Ballyが2011年に発表したスロットマシン「スキーボール」のボーナスゲーム画面。慌てて撮影したので若干ボケているのが悔やまれる。

上の画面から、正面ボード部を拡大した図。ボケている画を画質調整しているので画面が汚い。

「スキーボール」は、その終端が若干持ち上がってジャンプ台となっている長さ数メートルのレーンに、直径9㎝程の木製のボールをボウリングのように転がし入れてジャンプさせ、正面ボードに設置されている穴に入れて得点を競うゲームです。穴はいくつかあって、その大きさや位置によって得点が異なります。

スキーボールが開発されたのは20世紀初頭(1907年に特許出願、翌1908年に特許取得)ですが、現在も全米の多くのアーケードやアミューズメントパークに設置されており、アメリカ人なら知らない者はいないほど浸透している定番ゲームとなっています。日本では、広い設置面積を要するためかどこにでもあるというわけにはいきませんが、遊園地などで見ることができます。

日本での設置例として、八景島シーパラダイスに設置されているスキーボール(八景島シーパラダイスの公式ウェブサイトより)。レーンの長さは一律でなく、これは比較的短いタイプ。

スキーボールは子供でも難なくできる簡単なゲームですが、誕生以来1世紀以上を経た今でも健在なのは、このゲームにはボウリングとダーツを併せたような技量が要求される、普遍的な競技性があるからだと思います。

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さて、実は今回の話の本題はここからです。(毎度前置きが長くてすみません)。拙ブログではかつて、パチンコの起源から発達の歴史を追った書籍「パチンコ」をご紹介いたしました(関連記事:法政大学出版局「ものと人間の文化史 186 パチンコ」のご紹介)。

著者の杉山一夫さんは自宅を改造して「パチンコ誕生博物館」を造り上げ、パチンコの歴史を追う調査で得た資料を公開されています(関連記事:【特報】パチンコ誕生博物館オープン(1))。その杉山さんが、このたび新たな著書「法政大学出版局 ものと人間の文化史 188 玉ころがし」を上梓されました。

杉山一夫さんの新著「玉ころがし」の表紙。

このご本は 3200円+税で、購入可能な書店、オンライン書店は法政大学出版局の公式ウェブサイトで紹介されています。

「玉ころがし」は、パチンコと同じく「バガテール」を祖としますが、パチンコは欧州で生まれた「ウォールマシン」を経ており、バガテールの孫と言えます。一方の玉ころがしは江戸時代に西洋から持ち込まれたバガテールが直接日本国内で変容しており、バガテールの子に当たります。

従って玉ころがしの登場時期はパチンコよりもずっと早く、明治10年代からすでにパチンコのようにゲームの結果に応じて景品を提供する営業が行われ、たいそうな人気を博していたそうです。本書の4ページには、昭和26年(1951)のアサヒグラフ誌を初出とする「パチンコが流行るにつけても昔の「玉ころがし」を想い出す」で始まる秋山安三郎(演劇評論家、随筆家)の文章が紹介されています。

上から順に、出島資料館に掲示されていたバガテールの説明、長崎阿蘭陀出島之図の外国人がバガテールを遊んでいる図(部分)、それに復元されたバガテールテーブル。説明では「ビリヤード」と言っている。

明治29年(1896)、玉ころがしをアメリカに持って行って運営した櫛引弓人(くしびき・ゆみんど)という日本人がいました。櫛引は単なる玉ころがし屋に留まらず、日本風の公園事業(日本テーマのアミューズメントパークやファンランドの類)や、当時アメリカで良く行われていた博覧会のプロモーターとして成功し、アメリカにおける日本人社会の歴史に名を残しています。

残念ながら初期の玉ころがしの画像が見つからないのですが、拙ブログにしばしばコメントをくださるカナダのCaitlynが、自身のブログで「Tamakorogashi - Japanese Roll Ball - 玉ころがし」という記事を公開されており、ここに日本におけるバガテールから始まり、アメリカに広まっていくまでを今に伝える資料がたくさん掲載されていますので、ぜひご参照いただきたいと思います。

Caitlynのブログより、アメリカの有名な行楽地「コニ―アイランド」で営業されていた玉ころがしの図。ここでは「JAPANESE ROLLINGBOARD」と呼ばれている。

玉ころがしはアメリカでも好評を得て、同じアメリカの日本人社会内だけでなく、アメリカにも模倣する者が現れました。注目したいのは、1906年、後にスロットマシンの最大手メーカーとなるミルズ社が、玉ころがしを模倣した「Japanese Roll Ball 」を売り出した事実です。ミルズがその後の1910年に売り出した「オペレーターズベル」は、スロットマシンに初めてフルーツ柄を採り入れた機種で、これ以降フルーツはスロットマシンのデファクトスタンダードとなっています(関連記事:スロットマシンのシンボルの話(2) フルーツシンボルの出現)。

また、これまで拙ブログで何度か触れてきているGマシン「Winter Book」を製造していたアメリカのEvans社も「Japanese Roll Down」と言う名称の玉ころがしゲームを販売していた事実も目を惹きます。

こちらもCaitlynのブログより、アメリカEvans社が1929年に頒布したカタログに掲載されていた玉ころがし。

Caitlynは、杉山さんが本書を執筆するにあたり、カナダから多くの資料を提供しており、本文中の各所にそのお名前が出てきています。

同じバガテールから派生したパチンコは今も残っているのに、「玉ころがし」の名は消えてしまいました。しかし、アメリカに渡って定着した玉ころがしはやがて「スキーボール」に姿を変えて、現在もなお親しまれ続けていることが、冒頭の前置きにつながるというわけです。

なお、スキーボール同様今でもみられるボールを転がすゲームに、一般に「ケンタッキーダービー」と呼ばれるカーニバルゲームがあります。レーンの手前からボールを転がすのはスキーボールと同じですが、ジャンプ台はなく、レーンの先にはいくつかの穴があり、ボールが入った穴に記された数だけ正面ボードの駒(多くは競馬馬の形をしている)が進んで、他の客と着順を競うというものです。

これもそのゲーム性から玉ころがしから発展したものと言えそうです。日本でも70年代半ばに新宿歌舞伎町のゲームセンターが導入した実績があり、業界紙誌の記事で見た覚えがあるのですが、残念ながら締め切りまでに見つけることができませんでした。


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8 コメント

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玉ころがし (Robot415)
2022-07-25 23:37:46
>nazox2016 様

お疲れ様です

杉山一夫さんの新著は未読ですが、面白そうですね

また、こちらのコメント欄の常連でもあるCaitlynさんの論文+資料集は圧巻ですね
じっくり読んでみたいと思います

ところで、膨大な量の古書の紹介・解説をされている「き坊」さんのhp

http://dabohazj.web.fc2.com/index.htm

に、郷土玩具研究者の清水晴風 (1851-1913)著の
『世渡風俗図会』という、幕末~明治初期の風俗をイラスト付きで紹介した
書籍が掲載されておりまして、その中にビリヤード~バガテルとは
異なる起源から来ていると思われる「玉ころがし」が紹介されています

http://dabohazj.web.fc2.com/kibo/note/YW-d/YW-7-b/yw-7-09.htm

これは原始的な「競馬ゲーム」のようなもので、プレイヤーに出来る行為は
betだけで、技術介入の余地は一切なさそうです
Unknown (nazox2016)
2022-07-26 22:21:14
おー、いい情報をありがとうございます。この玉ころがしは今回ご紹介した本が指しているものとは別物と思われますが、着順を予想する賭博のようにも見えます。中に球が入ったカプセルがぴょこんぴょこんとユーモラスな動きで転がり落ちていくものだと思います。祭りの露店でも売られていましたね。ワタシも小学生の頃、工作で自作しました。
このウェブサイトは他にも興味深い話が多いですね。
rolling (caitlyn)
2022-08-02 12:51:05
Thank you for sharing the book! It was a lot of fun to research for.

I do not agree with the conclusion that Skee Ball came from tamakorogashi.
Skee ball was a bowling alley with a jump added. I see it coming from bowling.
Is the book written to say that skee ball definitely came from japanese rolling ball?

On my page I have the "Japanese Rolling Ball" section to show where I think it evolved to. For me, the largest impact was that it seems to have begun the idea of "Redemption Arcades".
Unknown (nazox2016)
2022-08-02 21:10:15
Hello Caitlyn, thank you for your comment.

Mr. Sugiyama says, "I think Skee Ball was created under the influence of Japanese Ball Rolling and Japanese ping-pong.'' (P.182).

Also Mr. Sugiyama refers to the first Skee Ball ad that written as "SKEE-BALL BOWLING" (P.189).

I agree that the playing style of the Skee Ball is more like the bowling rather than Tamakorogashi.
But I can't judge the origin of the Skee Ball.
derby (caitlyn)
2022-08-02 22:44:20
I also wanted to add that ケンタッキーダービー (Kentucky Derby) was sold in Japan by ジャトレ (Jatre)!

please see 1975-01-20 Game Machine page 4.
Tamakorogashi went from 1870s Japan 1970s Japan :)
Unknown (nazox2016)
2022-08-03 20:42:49
Oh my gosh! This article is exactly what I was looking for!
How did you find this article?
I have played Kentucky Derby several times at exactly place the article mentioned.
I can't remember when it is, but around 1976.
Kentucky Derby was not widely introduced in Japanese arcades, probably because it required an attendant to operate and/or it was too big.
hello Robot415 (caitlyn)
2022-08-10 11:24:19
Robot415: 本へのリンクありがとうございます! 見るのは素晴らしいです。
thank you for your link to the book! It is wonderful to see.

米国には、同じことを行う多くの「貿易刺激装置」があります。 それらは1900年から1935年にかけて人気がありました。
There are many "trade stimulators" in the USA that do the same thing. They were popular from 1900-1935.

一般的な例を次に示します。
Here is a common example: http://www.ibuyoldslots.com/priceGuide/images/320204958894.jpg

ビー玉がランダムに落ち、どの馬が勝つか賭けます。 :)
The marbles fall randomly and you bet on which horse might win. :)
hello Robot415 (caitlyn)
2022-08-10 11:27:42
初期の日本のアーケード、およびアーケードに影響を与えたゲームについての言及をさらに見つけたら、私に知らせてください.

If you find any more references to early Japanese arcades, and games that influenced arcades, please let me know.

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