日本福音教団富谷教会 礼拝説教 辺見宗邦牧師

辺見宗邦牧師が富谷教会で行う礼拝説教を随時アップしてまいります。
毎週土曜日か、前日の金曜日に掲載いたします。

「イエスに香油を注いだマリアの信仰」 ヨハネによる福音書12章1~8節

2016-03-06 00:05:28 | 説教

             ↑  イエスに香油を注ぐベタニアのマリア

  981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

             日本キリスト教 富 谷 教 会

              週    報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を表す人になろう。』

聖句「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

    受難節第4主日   2016年3月6日(日)  午後5時~5時50分

     礼 拝 順 

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉 

讃美歌(21) 543(とびらの外に)

交読詩篇    2(なにゆえ国々は騒ぎ立ち)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書  ヨハネによる福音書12章1~8節(新p.191)

説  教   「イエスに香油を注いだマリアの信仰」    辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌(21) 567(ナルドの香油)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏 

                     次週礼拝 3月13日(日)午後5時~5時50分

                     聖書 ヨハネによる福音書12章20~36節

                     説教   「十字架の勝利」

                     賛美歌(21)225 502 24  交読詩篇 22

 本日の聖書 ヨハネによる福音書12章1~8節

  1過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。2イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。3そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。4弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。5「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」6彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。 7イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。8貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

  本日の説教

  今日の聖書の箇所は、十一章との関連で書かれています。十一章には、ベタニア村に住むマリアとその姉妹マルタの兄弟ラザロが病気になり死んだとき、このラザロをイエスがよみがえせた事が記されています。ラザロのよみがえりの出来事は、主イエスが復活であり、命であることを示された最後のしるしでした。イエスがラザロをよみがえらせたことは大きな波紋を巻き起こしました。このままでは皆がこの男を信じてしまう。そう思った大祭司と祭司長たちはイエスを殺そうとたくらみました。そこでイエスと弟子たちは、一時ベタニアを去り、荒れ野に近い地方のエフライムの町に滞在していました。

  過越祭が近づいた頃、イエスはエルサレムに行くことを決意され、またベタニアに行かれました。ベタニアは、エルサレム近郊の村で、オリーブ山の東南の麓にあり、エルサレムまでは3㎞の距離にあります。ベタニアにはイエスが愛したラザロとその姉妹マルタとマリアの他に、イエスが癒した重い皮膚病だったシモンの家がありました(マルコ14・3)。ベタニアはイエスが地上での最後の日々、夜を過ごした村でした(マルコ11・11~12)。

  イエスがベタニアに行かれたのは過越祭の六日前です。イエスにとって最後の過越祭です。<過越祭>はかつてエジプトにおいて奴隷状態であったイスラエルが、神の導きによって脱出したことを記念する祭りです。神がエジプト人の初子を殺したとき,仔羊の血を鴨居と入口の二本の柱に塗ったユダヤ人の家だけは過ぎ越したという出来事にちなむ祭です。新約時代には過越祭の行事はユダヤ歴ニサン月(三月~四月)の十四日の午後、神殿での羊の屠りで始まります。この日は、エルサレムの住民が各家庭で過越祭を祝って食する羊をほふるため、神殿に羊を連れて来るので、神殿境内は人と羊であふれます。当時エルサレムの人口は約三万人ですが、神殿境内にはおよそ六四〇〇人が神殿につめかけたと推定されています。夕方までに祭司とレビ人による屠りと奉献の儀式があり、 祭司の手によって羊の血が祭壇に注がれます。その儀式を終えてから、日没後各家庭でこの肉を食します。例年、過越祭には外地から十万を超える巡礼者が訪れたと言われています。

  イエスは六日後の過越祭の初日、神殿で羊の屠りが行われる時に十字架の死を遂げることになるのです。そのような差し迫った状況の中で、イエスはベタニアに行かれました。そこにはイエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいました。イエスのために夕食が用意され、マルタは給仕をしていました。ラザロはイエスと共に食事の席についた人々に中にいました。

 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐいました。

  <一リトラ>は約326gです。缶ジュース一本ぐらいの量です。<ナルドの香油>とは、インドやネパールが原産で、ヒマラヤの高地に自生する高さ15~30㎝位の植物の根茎から抽出する精油で、英名はスパイクナード、別名ナルデと言い、主に鎮静作用があり、皮膚の保湿効果もがあります。当時は、ギリシア、ローマ世界で珍重された高価な香油です。ソロモン王の栄華を伝えるために雅歌にも出てきます(4・13)。

         ナルド、おみなえし科の植物

  同じ、香油注ぎの話(平行記事)が、マルコ福音書14・3~9、マタイ福音書26・6~13にあります。また似た話がルカ福音書7・36~49にあります。ルカ福音書では、イエスのガリラヤ伝道の時に、ファリサイ派の人の家で「一人の罪深い女」がイエスの足を涙でぬらし、髪の毛でぬぐい、接吻して香油を塗った話になっています。この女がマグダラのマリア(ルカ8・2)の同一視されるようになったのは、後世の教会伝承によるもので、聖書にはその根拠はありません。

 マリアはイエスの足に香油を塗っていますが、それは当時饗応の食事の場合は、身を横にして、左手で頬杖をつき、右手で食事をするという姿勢だったので、足が後ろの方にあうので、容易に足に塗ることができたのです。

 マリアが高価な香油を惜しみなくイエスの足に塗り、<自分の髪でその足をぬぐった>行為は、普通では誰も思いつかない奇抜な行為でした。香油の香りで家はいっぱいになりました。

 その場にいた人たちは、マリアの振舞いを理解できなかったと思います。イエスの弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか」と彼女の無駄と思える浪費をとがめました。

  <三百デナリオン>とは、労働者のおよそ三百日分の収入に相当します。それだけの費用があれば、貧しい多くの人を助けることが出来ると、ユダは言ったのです。しかし、ユダがこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではありません。「彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである」と、福音書記者の説明があります。ユダは金銭への執着がありました。ユダは人間的な欲望のために、やがて悪魔の誘惑に陥りました。過越しの食事の後、ユダは祭司長たちから銀貨三十枚をもらってイエスを売り渡し、裏切りました(マタイ27・3、4)。

 ユダの非難を聞いたイエスは言われました。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

  マリアのイエスに対する振舞いは、兄弟のラザロをよみがえらせてくださったイエスへの深い感謝と、自分たち家族を愛してくださるイエスへの尊敬と謙遜と愛を表す素直な思い切った行動でした。イエスはそれをお認めになり、お喜びになられたのです。

  マリアがイエスの死を予感し、その準備のために香油を貯えていたのかどうかはわかりません。また、イエスの死の備えをするために香油を注いだのかどうかも分かりません。しかし、主イエスはその日のマリアの振舞いをご自分の死への準備とし、死体への塗油の先取りとして受けとられたのです。ユダヤでは遺体を埋葬するとき、遺体に香油を塗り、布で包んで墓に納めました。それが「葬りの備え」です。イエスはマリアの香油の塗油をご自分の埋葬の準備としてお受けになったのです。

  イエスは言われます。「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

  ここで主イエスが言っていることは、いつでもできる事と、今しか出来ない事というものがあるということです。「わたしはいつも一緒にいるわけでなはない」と言われて、人々の罪の贖いとなって十字架の死に向かわれる方に、マリアはおそらく意識しないまま、その時彼女ができる最善のことをしたのだと思います。彼女の振る舞いは、この六日後には十字架上で死に、ゴルゴダの墓に葬られる死者イエスの塗油の先取りであり、一回限りの最終的表現でした。

 日本には、「一期一会」という言葉があります。人と人との出会いは、常に人生で一度きりのものと心得て、相手に対して精一杯の誠意を尽くさなければならない、という意味で用いられる茶の湯の教えの言葉です。マリアは意識していたわけではなかったと思いますが、これから自分にかわって十字架にかかってくださるイエス様に、私の救いのために命を捨ててくださるイエス様に、せめて自分の大切な宝、出来る限りの最高の贈り物をしようとした香油注ぎは、時に適う一期一会の行為でした。

  ベタニアのマリアのイエスへの香油注ぎは、信仰によるものでした。マリアはなぜか無口です。イエスの一行がベタニアの村に最初行かれたとき、マルタはイエスを迎え入れました。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていました。信仰は主のみことばを聞くことにより始まるのです(ローマ10・17)

  その後、兄弟のラザロが死んで墓に葬られたとき、イエスが来られ、マリアを呼んでいるとマルタから聞いたマリアは急に立ち上がって出て行き、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言っています。マリアが口に出して行った言葉は、この一言だけです。しかし、マリアはイエスがラザロを生き返らせたことを目撃しました。イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じました。

 姉のマルタは、「わたしは復活であり、命である。…このことを信じるか」とイエスに問われたとき、「主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると信じております」と告白しています。ラザロを生き返らせた奇跡を目撃したマリアも、イエスを神の子、メシアと信じたに違いありません。

 貧しい者を助け、隣人を愛することも大切ですが、神を愛することはさらに大切です。しかし、人はパンを与えることはできますが、命のパンを与えることはできません。命のパンを与えてくださるのは神であり、神の子イエスだけです。マリアのイエスへの香油注ぎは、神の子イエスへの礼拝行為なのです。あのイエスの前に座ってイエスの言葉を聞いていたマリアは、聞くだけの人ではなく、聞いたあと、思い切った行動をする信仰の人でもありました。

  マリアはイエスの足もとにひざまずき、罪人をも愛してお救い下さる、永遠の命を与えてくださるイエス、復活される永遠の命であるイエスを信じ、彼女もてる宝を捧げつくし、献身のしるしとしたのです。家中にいっぱいになったナルドの香油の香りは、彼女のかぐわしい信仰の香りでした。イエス様は「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるであろう(マルコ14・8~9)」と言って称賛されました。

  イエスに対するマリアのこの香油注ぎを、わたしたちも称賛しようではありませんか。いや、称賛するだけではなく、マリアの主イエスを愛する信仰を学び、「増させたまえ、主を愛する愛を」(讃美歌21,483番)と、わたしたちもひたすら祈り求めたいと思います。

 

 

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