富谷教会ホームページ・礼拝説教

富谷教会は宗教法人の教会です。教会は礼拝室と二つの茶室からなる和風の教会です。ゴルフ場に接する自然豊かな環境にあります。

「エマオ途上での主の顕現」 ルカによる福音書24章13~35節

2019-04-27 12:28:54 | キリスト教

              ↑ スイスの画家Robert Zund(ロベルト・ジュント)の「The Road to Emmaus(エマオへの道)」1877年作、所蔵 museum in St. Gallen(スイス)所蔵

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

     日本福音教団 富 谷 教 会    週  報

 年間標語 『日々に、刻々と、肉の思いに生きようとする自分に死に、霊の思いに従って歩む者とされましょう。」

聖 句 「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和に

     あずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。

     いつも感謝していなさい。」(コロサイ3・15)

 

 復活節第2主日  2019年4月28日(日)   午後5時~5時50分 

                          礼 拝 順 序

                                                司会 田中 恵子姉

前 奏              奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21)  57(ガリラヤの風かおる丘で)

交読詩編   16(神よ、守ってください)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

司会者祈祷

聖 書(新共同訳)ルカによる福音書24章13~35節(新p.160 )

説  教    「エマオ途上での主の顕現」 辺見宗邦牧師

祈 祷                                

讃美歌(21) 325(キリスト・イェスは)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏

                                            次週礼拝 5月5日(日) 午後5時~5時50分 

                                             聖 書  ルカによる福音書24章36~43節

                                             説教題  「弟子たちに現れた復活のイエス」 

                                             讃美歌(21) 204 325 24 交読詩編 4

                本日の聖書 ルカによる福音書24章13~35節

  13ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、14この一切の出来事について話し合っていた。15話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。16しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。17イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。18その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」19イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。20それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。21わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。22ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、23遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。24仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」25そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、26メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」27そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

    28一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。29二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。30一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。31すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。32二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。33そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、34本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。35二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

             本日の説教

「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。」(13~14)

  <ちょうどこの日>とは、日曜日の朝早く、婦人たちがイエスの葬られ墓を訪れた後、空の墓とイエスが復活したという天使のお告げを弟子たちに伝えた日です。二人のイエスの弟子が、エルサレムからエマオに向かって歩いていました。エマオまでの距離は<六十スタディオン>です。、すなわち11㌔ほど離れた村です。(古代オリンピックの行われたギリシャのオリンピアの競技場では、徒競走のスタート地点からゴール地点までの直線コースが作られ、1スタディオンと決められていました。このコースを持った競技場がスタディアムです。1スタディオンは185m(共同訳聖書巻末の「度量衡」による)なので、60スタディオンは11100m、約11キロになります。)普通大人の歩く速度は時速4㎞と言われているので、エルサレムからエマオまでは、歩いて3時間ほどの距離になります。エマオは、<温かいかい井戸>という意味があり、キリスト教の伝承ではアムマスとされていますが、エルサレムから30㎞もあり、遠すぎます。エルサレムから15㎞ほど北西のエル・クべイベーは昔ローマ街道が通っており、現在フランシスコ会のクレオパ教会が建っていて、エマオの地として有力な候補地です。しかし、エマオがどの位置にあるのかは明確ではありません。

 二人の弟子の一人はクレオパ(18節)で、もう一人は29節で泊まるように勧めていることから、エマオに家を持っていたと思われます。話し合っていた<一切の出来事>とは、主イエスの十字架上の処刑と復活についてを指すとみられます。彼らはイエス様の死に失望していました。そのような悲しみをもって、彼らは弟子たちの集団を離れ、故郷に帰ろうとしていたと思われます。

  「話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」(15~16)

    大切な人生の導き手を失った二人の弟子は、失意のうちに、エルサレムからエマオに下る道を歩いていました。しかし、そのような道すがら、彼らの語らいの中に、復活の主が近づき、合流され、一緒に歩き始められました。主が霊的な体をもって現れ、弟子たちと一緒に歩いても、二人の目は遮られて、それが誰だか分かりませんでした。

  「イエスは、『歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか』と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。『エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。』」(17~18)

   主イエスは二人に、彼らが道々論じ合ってきた事柄の内容について尋ねました。それに対し、彼らは暗い悲しそうな顔をして立ち止まりました。二人の中の一人、クレオパは、その道連れに「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存知なかったのですか」とけげんそうに言いました。

 「イエスが、『どんなことですか』と言われると、二人は言った。『ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。』」(19~21)

 「どんなことですか」と、この旅人のさらなる問いかけに、二人はナザレのイエスのことについて語り出します。彼らは、<行いにも言葉にも力のある預言者>であるイエスに、政治的メシアを期待していたのです。そのイエスを、<祭司長たちや、議員たちは、死刑にするため>にローマ総督に引き渡して、十字架につけてしまったのです。彼らにとって最大の疑問は、神はイエスをこんな目にあわせ、そのまま今日で三日間も放置しておられるということでした。

 「ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」(22~24)

    ところが、自分たちの仲間の婦人たちが朝早く墓へ行ったが遺体はなく、天使が現れ、「イエスは生きておられる」と告げたというのです。全くの絶望の状態から、ほのかな希望へと導かれます。しかし、婦人たちの報告は<わたしたちを驚かせました>、と言うだけで、喜びはありません。復活の告知についても、<天使が告げたというのです>と言うだけで、主の復活を信じるまでには至っていません。仲間の者も墓へ行ってみたが、<あの方は見当たりませんでした>と答えるだけです。

 「そこで、イエスは言われた。『ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。』そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」(25~27)

 そこで、イエスは、<預言者たちの言ったことを信じられない者たちよ>、と一喝します。それは、彼らが、イエスこそ「預言者」の力で、<イスラエルを救って下さるはず>だと考え、彼に政治的・地上的メシアを期待していたことにあります。復活のイエスは、彼らに「キリストは、必ず、苦しみを受けて、それから、栄光に入るはずだったのではないか」と、その必然性を、聖書全体を通して説き明され、二人の弟子たちの不信仰を厳しくとがめます。キリストの栄光が明らかにされるのは、復活の出来事を通してのみなのです。そして、イエスはモーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれれていることを説明しました。

 「一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、『一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから』と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。」(28~29)

    一行はエマオの村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子でした。二人は、もっと旅人の話を聞きたいと願うようになり、日も傾いているので、無理にイエスを引き止め、共に泊まるために家に入りました。二人の弟子ちはイエスに「泊まって」下さいと無理に引き止めたのです。ここで重要なことは、弟子たちの自発性です。「泊まる」ということばは、「それは神との親しいかかわりを持つことを意味しています。もし弟子たちの関心が希薄であれば、それまでのことで、イエスは去って行かれたはずです。

 

  オランダの画家レンブラント「エマオのキリスト」制作年は1648年から1648 ルーヴル美術館所蔵

 「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」(30~31)

 一緒に食事の関に着いたとき、イエスは家長であるかのようにパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、二人に渡されました。その様子はイエスが弟子たちと食事をするときと全く同じです。このとき、弟子たちの<目が開けて>、旅人が主イエス御自身であることがわかりました。彼らの「目を開いた」のは聖霊の働きです。この方こそ不信仰な自分達のために、神の計画によって十字架で死んでくださり、復活されて栄光に入ったキリストだとわかったのです。心の目にはイエスだと分かりましたが、彼らの肉眼には、その姿は見えなくなりました。弟子たちがキリストであると認めるに至るのは、キリストの側からの働きかけによるものであり、決して弟子たちの自然的な認識能力によるものではありませんでした。

 「二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。」(32~35)

  二人は、道で話しておられるときや、聖書の説明をしてくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか、と語り合いました。聖書が正しく解釈されて、みことばが説き明かされることによって、聞く人々が「心燃ゆる経験」をするのです。そこには聖霊が働き、聞く者の心を命の言葉で満たします。二人は、今や復活された主との食卓を共にしたことによって、悲しみと絶望から立ち直っており、彼らの興奮は当然のことながら、彼らを兄弟姉妹の許へと向かわせます。二人はすぐに出発して、その日の夜のうちにエルサレムの町へ戻りました。すると、十一人とその仲間が集まっていて、本当に主は復活して、シモン・ペトロに現れたと言っていました。二人も、道で起こったことや、パンを裂いて下さったときにイエスだと分かった次第を仲間に話しました。

    エマオの二人の旅人の物語は、生ける主イエスとの出会いを求める私たちの歩みと重なります。弟子たちは、「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」とイエスにとがめられました。しかし弟子たちは、去ろうとするイエスに「一緒にお泊まりください」と無理に引き留めました。復活の主は私たちの心の目を開いてくださるために、私たちが無理に願うこと、切に願うことを待っておられるのです。「求めなさい。そうすれば、与えられるのです。」(マタイ6:7、ルカ11:9)                                                             

    復活し、父なる神とともに世を支配しておられる主イエスは、常に私ちと共に歩んでくださる方であり、御言葉を語ってくださる方であり、主の食卓に招いて、私たちにパンと杯をお与えくださる方であり、私たちと出会って、祝福を与えてくださる方であります。このキリストの愛によって、私たちの心を燃やされ、生ける主イエスに出会い、その主イエスが今も生きておられることを悟るのです。

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「キリストの復活」 ルカによる福音書24章1~12節

2019-04-18 13:31:41 | キリスト教

         ↑ Fra Angellico(1395-1455)「キリストの復活と墓の女たち」サン・マルコ美術館所蔵

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

     日本福音教団 富 谷 教 会    週 報

 年間標語 『日々に、刻々と、肉の思いに生きようとする自分に死に、霊の思いに従って歩む者とされましょう。」

聖 句 「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」(コロサイ3・15)

  復活節第1主日(復活日) 2019年4月21日(日)   午後5時~5時50分 

                         礼 拝 順 序

                                                司会 佐藤 洋子姉

前 奏              奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 327(すべての民よ、よろこべ)

交読詩編   30(主よ、あなたをあがめます)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

司会者祈祷

聖 書(新共同訳)ルカによる福音書24章1~12節(新p159)

説  教    「キリストの復活」    辺見宗邦牧師

祈 祷                                

聖餐式            7 8 (わが主よ、ここに集い)

讃美歌(21) 328(ハレルヤ、ハレルヤ。たたかいは終わり)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏

  (礼拝後、イースターを祝う愛餐会があります。)

               次週礼拝 4月28日(日) 午後5時~5時50分 

               聖 書  ルカによる福音書24章13~35節

               説教題   「復活の主、エマオで現れる」 

               讃美歌(21) 57 320 24 交読詩編 16

   本日の聖書 ルカによる福音書24章1~12節

 24:1そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。 2見ると、石が墓のわきに転がしてあり、 3中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。 4そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。 5婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。 6あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。 7人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」 8そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。 9そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。 10それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、 11使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。 12しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。

           本日の説教

      

 

 今日の聖書に書いてある出来事を理解するためには、イエスの十字架の処刑から知る必要があります。ナザレ出身のイエスは腐敗したエルサレム神殿の在り方やユダヤ教の指導者達を批判したため、捕えられ、ユダヤ人による最高法院の裁判で、「お前はメシアか、神の子か」と問われ、罪名は神を汚したとして冒涜罪(ぼうとくざい)とされ、死刑する権限のないユダヤ人指導者たちは、ローマに対して民衆を惑わす反乱罪で、ローマ総督ピラトに告発しました。ピラトはイエスに「お前はユダヤ人の王なのか」と尋問したが、犯罪に当たることは何もしていないことが分かり、釈放しようとしました。しかし、祭司長たちと民衆は一斉に、犯罪人バラバを釈放し、イエスを殺せ、十字架につけろと叫び続けたのです。ピラトは彼らの要求を受け入れたのです。イエスの罪状書きは、「INRI」(ラテン語の「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の頭字語で 「イエズス ナザレヌス レックス ユディオルム」)と読みます。「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」の意味です。金曜日の午前9時に十字架につけられ、午後3時に十字架上で死にました。

 十字架で処刑されたイエスの遺体を、引き取ったのは、当時のユダヤの宗教議会の議員だったアリマタヤのヨセフと言う人でした。彼は危険を恐れずピラトに申し出て、イエスの遺体を引き取り、自分の家の墓に葬りました。日没から労働が禁止される安息日が始まるので、大急ぎで埋葬がなされました。
 「イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した」(23・55~56節)。

 その埋葬を見届けたのが、「イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たち」でした。<家に帰って、香料(香料と香油)を準備した>のは、安息日が始まる前でした(マルコ福音書には、安息日が終わった土曜日の日没後に準備した(16・1)、とあります)。

 「そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。」

 「週の初めの日」、すなわち日曜日の朝早く、日が昇る前のまだあたりが暗い時刻に、婦人たちはイエスの墓に行きました。金曜日の日没前に墓に葬られてから<三日目>のことです。彼女らは、愛する主イエスが十字架につけられて殺されてしまったという悲しみ、嘆き、絶望の中で安息日を過ごしました。準備した香料(を混ぜた香油)は、大急ぎで埋葬された遺体に、防腐剤として塗るためか、あるいは、遺体を香料で清めて葬るためでした。

 「見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。」

 彼女たちはイエスを慕う一心で墓に向かったのです。イエスの遺体に香料を塗るには、墓の入り口を塞いでいる石を取り除かなければなりません。彼女たちでは動かすことができないほど大きな石が、いがいにも、すでに脇にころがしてありました。イエスの遺体を納めた「墓」は横穴の洞窟でした。婦人たちがその中に入ったが、主イエスの遺体は見当たりませんでした。

「そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。」せめて主イエスの遺体に香料や香油を塗って丁重に葬りたい、そのことだけを慰めに、やって来たのに、主イエスのお体が見つかりません。それは彼女たちにとって、絶望の上にさらに絶望を味わう出来事でした。そのため途方にくれていると、輝く衣を着た二人の人(天使)がそばに現れました。婦人たちは墓の中でこのような聖なる天使の顕現に接して、恐れて顔を伏せました。すると二人は言いました。

 「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」

 主イエスの復活が彼女らに告げられました。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」と、墓でイエスを捜す愚かさを婦人たちはとがめられました。「今生きておられる方」を、既に死んでしまっている者の中に捜すのか。主イエスは、死者を埋葬する墓の中にはおられない、だから墓をいくら捜しても主イエスを見つけることはできない、なぜなら主イエスは復活して、今生きておられるからだ、そう天使は告げたのです。これは、主イエスの復活を告げる喜ばしい知らせです。天使の言葉は、十字架につけられた者が甦ったという、人間の理解をはるかに超える出来事を告げたのです。

 「まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」

 イエスはガリラヤでお話しになった中で、メシアとしての御自分の受難と死、そして復活とを予告されていました。主イエスは既に三度にわたって、ご自分が長老、祭司長、律法学者たちによって捕えられ、殺され、三日目に復活することを予告しましたが、「ガリラヤにおられたころ」は二度も予告がなされました(9章)。天使はイエスの受難と死と復活は神の計画に基ずくものであることを、彼女たちに思い出させようとしました。

 「そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。 そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。」

 彼女らは天使の言葉によって、主イエスがご自分の死と復活を予告しておられたことを思い出したのです。しかし、まだ復活された主と出会ってはいません。そして、墓から帰って、十一人の使徒たちと他の人たち皆に、墓で起こった一部始終を知らせました。

「それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。」

 彼女らは、「悪霊を追い出して病気をいやしていただいた婦人たち」で、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラ出身のマリア、ヘロデ王の家令クザの妻ヨハナ、それにヤコブの母マリアたちでした(8:2-3)。主イエスがガリラヤで宣べ伝えておられた頃から従っており、主イエスと弟子たちの一行に、自分の持ち物を出し合って奉仕して、エルサレムにまで来たのです。彼女たちは、イエスの十字架の死を目撃し、イエスの遺体が納められた墓を見届けた婦人たちでした。

 「婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。」

 婦人たちは墓が空であったことや、天使から伝えられたイエスの復活を、使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思ったので、婦人たちの言うことを取り合わず、信じませんでした。

 <たわ言>とは、ばかばかしい話、ふざけた話のことです。復活を信じるということはとても難しいことです。「自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。(コリント一、2・14)」「聖霊によらなければ、だれも『イエスは(復活された)主である』とは言えないのです。」(コリント一、12・3)

 「しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。」

 しかし、ペトロだけは、「主イエスは生きておられる」という天使のお告げを婦人たちから聞き、主イエスが語っておられた受難と復活の予告の言葉を思い出しました。ペトロはその事実を確かめるために、立ち上がって墓へ走りました。見をかがめて墓の中の様子を観察すると、イエスの遺体に巻いた亜麻布しかなかったので、この不思議な出来事に驚き、家に帰っていきました。

 復活されたイエスは、この日、エルサレムからエマオの村に向かって歩く二人の弟子に現れました。エルサレムでも、本当に主は復活して、シモン・ペトロに現れたことが、十一人とその仲間の間で話題になっていたとき、イエス御自身が彼らに現れました。

 弟子たちが復活の主と出会えたのは、神であるキリストの側からの働きかけによるものであり、決して弟子たちの自然的な認識能力によるものではありませんでした。

 弟子たちが命がけでイエスを、復活されたキリストとを宣べ伝えたのは、彼らが復活のイエスとの人格的、霊的出会いを体験したからです。復活の信仰は、神が聖霊によって私達の心を開いてくださり、与えてくださるのものです。 

 主イエスの復活を最初に信じたのは、婦人たちでした。婦人たちが信仰を与えられたのは、天使の言葉によって、イエスの言葉を思い出したからです。それは神が婦人たちの心を開いて、イエスの復活を信じる信仰をお与えになり、イエスの復活の最初の証人とされ、使徒たちにそれを報告する重要な使命をお与えになったのです。

 マタイ福音書では、婦人たち(マグダラのマリアともう一人のマリア)は、弟子たちに知らせに行く途中で、復活の主に会い、イエスの足をいだき、その前にひれ伏したことを記しています。(マタイ28:9)。

 マルコ福音書では、16章の後の結び一では、「復活したイエスがマグダラのマリアに、ご自身を最初に現されたことを記しています。

 主イエスの復活をわたしたちが信じるということは、復活というかつて起こったことを信じるだけでなく、復活の主が今も生きて働いておられ、私たちを導き、罪から解放し、永遠の命を与えて下さっていることに信頼して、その命に生かされることです。主イエスが生きておられるというのは、復活の後、天に挙げられ、父なる神の右の座におられて世を支配し、聖霊をわたしたちに与えて、主イエスは生きて働き、御自身を御言葉を通してあらわしてくださるのです。

 復活された主に栄光あれ。御子イエスを復活させてくださった父なる神に栄光あれ。

 

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「マグダラのマリアに現れた復活のイエス」 ヨハネによる福音書20章1~18節

2019-04-18 11:52:16 | 説教

   ↑ 【レンブラント】  ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)

       1638年 61 x 49,5 cm バッキンガム宮王室コレクション ロンドン

 981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

    日本キリスト教 富 谷 教 会

          週    報

 年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を表す人になろう。』

 聖句「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

  復活節第1主日  2016年3月27日(日) 午後5時~5時50分

 

   礼 拝 順 序

前 奏             奏楽 辺見トモ子姉 

讃美歌(21) 204(よろこびの日よ)

交読詩篇   30(主よ、あなたをあがめます)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

共同訳聖書 ヨハネによる福音書20章1~18節(新p.209)

説  教   「マグダラのマリアに現れた復活のいえす」 辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌(21) 325(キリスト・イエスは)

聖餐式    78(わが主よ、ここに集い)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏 

   本日の聖書 ヨハネによる福音書20章1~18節

   1週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。2そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」3そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。4二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。5身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。6続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。7イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。8それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。9イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。10それから、この弟子たちは家に帰って行った。

  11マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、12イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。 20:13天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」14こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。15イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」16イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。17イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」18マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

           本日の説教

     過越祭の準備の日(他の福音書では過越祭の日、どちらも金曜日)、主イエスはゴルゴタ(「されこうべの場所」の意味)で十字架につけられました。そこはエルサレムの都に近い場所でした。イエスの十字架のそばに、イエスの母マリアと母の姉妹と、クロパの妻マリアと、マグダラのマリアが立っていました。(この後、主の母マリアはヨハネの家に引き取られます。)午後3時頃、イエスは息を引き取られました。

    <マグダラのマリア>は、イエスに「七つの悪霊を追い出していただいた婦人」(ルカ8・2)です。彼女はガリラヤ湖西岸の町マグダラ出身の女性です。「七つの悪霊」とは神経系の病気と思われます。当時の人々は目に見えない悪霊が存在して、それが人の精神を乱したり、種々の病気を起こすと信じていました。彼女はひどい心霊的苦悩からイエスによって救い出されたのです。このマリアを、ルカ7章3節にある「罪深い女」と同一視する説がありますが、その根拠は聖書にはありません。マリアは「罪深い女」でも、娼婦でもありません。カトリックの公会議も1969年にマグダラのマリアを「罪深い女」から区別すことを明確にしました。最近では「身分の高い女性」との認識に変わりつつあります。イエスに悪霊を追い出して病気をいやしていただいた婦人たちの中には、ヘロデ王の家令クザの妻ヨハナのような貴婦人もいました。彼女たちは自分たちの物を持ち出し合って、イエスの一行に奉仕していました。

      マリアは病気をいやしていただいたことに感謝し、イエスを慕い愛しました。イエスに付き従って行動を共にしたことは自然なことです。彼女のイエスに対する献身と奉仕が誰よりも熱く、イエスも彼女を愛して親しくされたことは、イエスの周囲の女性たちが言及されるときはいつも彼女の名が最初にあげられることからもうかがわれます。

     イエスが十字架につけられた日(金曜日)の日没から、ユダヤでは安息日に入ります。過越祭の特別な安息日です。この安息日になる前に、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身の「身分の高い議員」(マルコ15・43)ヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ローマから派遣されている総督ピラトに勇気を出して願い出て許されました。ヨセフはゴルゴタに行って遺体を取り降ろしました。そこへ、かつてある夜、イエスに会ったことのある「ファリサイ派に属する議員」(3・1~15)であるニコデモが、没薬と沈香を混ぜた物を持って来たので、二人はイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布に包みました。

     イエスが十字架につけられた所には園があり、そこにはだれも葬られたことのない新しい岩を掘って作った墓がありました。この墓が近かったので、そこにイエスを納め、墓の入り口には大きな石を転がして入り口をふさぎました。それは日没前に急いでなされた仮埋葬でした。マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていました(マルコ15・47)。

     マリアは翌日(土曜日)の夕方、安息日が終わるのを待って、イエスに油を塗りに行くために香料を買っておきました(マルコ16・1)。

     週の初めの日、日曜日の朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは、「用意しておいた香料を携えて」(ルカ24・1)墓に行きました。他の福音書では、マリアは数人の女性と共に墓に行ったと記していますが、ヨハネ福音書はマグダラのマリアが一人で行ったように記し、マリア一人に焦点を当てています。マリアは墓の入り口から石が取りのけてあるのを見ました。マリアは誰かが墓に入って、イエスの遺体を運び去ったと思ってしまいます。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子(「ヨハネ福音書を書いた弟子」19・26)のところへ走って行って彼らに告げました。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません」と伝えました。

     そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行きました。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着きました。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてありました。しかし、彼は中には入りませんでした。続いて、シモン・ペトロも着きました。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見ました。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所にはなく、離れた所に丸めてありました。遺体を盗むのであれば亜麻布で包んだままで運ぶはずです。丁重に亜麻布が解かれているのは、イエスの身体がこの場所から出て行ったことを物語っています。それは、イエスの死体が決して盗まれたのではないということの証しになっています。先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じました。彼は、遺体がないのを見て、イエスが復活されたことを信じます。しかしまだ浅い信仰です。イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉と結びつけて理解することが、二人はまだ出来ていませんでした。それから、この弟子たちは家に帰って行きました。おそらく、彼らは「不思議に思いながら家に帰って行きました」(ルカ24・12)。

     マリアは二人の弟子が家に帰った後も、墓の外に残って立ち、泣いていました。マリアはその場を立ち去ることも出来ずにいました。彼女は遺体が見つからないことにあきらめきれず、泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えました。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていました。しかしマリアはそれが天使であるとは気付かなったようです。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」と言いました。マリアは、大切な主の遺体がどこかに移されて、見失ってしまった悲しみを訴えます。マリアがいかにイエスを慕い愛していたか、その深い心情が、この言葉に込められています。

     こう言いながら、人の気配を感じたのか、マリアは後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えました。しかし、それがイエスだとは分かりませんでした。イエスは「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と言われました。マリアは、園丁(墓園の管理人)だと思って、「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」と言いました。マリアとしてはせめてもイエスの遺体にもう一度丁寧に油を塗って、正式に埋葬したいと願っていたのでしょう。

    

  コレッジョ「ノリ・メ・タンゲレ」   1524 プラド美術館       マドリード 1518-1524年頃 130×103cm

   イエスが、「マリア(ヘブライ語で<ミリアム>)」と言われると、彼女は振り向いて、自分の名を呼んだ方に、思わずヘブライ語で、「ラボニ」と呼びます。マリアは師であるイエスを呼ぶときにいつも用いていた呼び名です。このとき思わずその呼び名が口をついて出たのです。ラボニとは「(わたしの)先生」という意味です。これはマリアの素直な喜びの表現です。復活のキリストを目の当たりにしながらそれと気付かなかったマリアも、自分の名を呼ばれて、初めて霊の目が開かれたのです。

     嬉しさのあまり、マリアは思わずイエスにすがりつこうとしました。そのマリアに、イエスは「わたしにすがりつくのはよしなさい」と言われました。その理由として「まだ父のもとへ上っていないのだから」と言われました。復活したイエスは生前のイエスが現れたのではありません。イエスは地上の体ではなく、天の父なる神のもとへ上る霊の体となっています。おそらくマリアは、生前のイエスに対するのと同じ思いでイエスにすがりつこうとしたのです。しかし、イエスのこの拒否の言葉を聞き、マリアは死の支配に打ち勝たれた復活の主を見ました。イエスはマリアに、「わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と」言いなさいと、伝言を託しました。

    キリストが弟子たちをさして<わたしの兄弟たち>と言い、神はわたしの父であって、またあなたがたの父でもあると言われました。イエスはこれから父のみもとに上られることによって、イエスと弟子たちとは、地上のイエスと弟子たちとの関係以上に、共通の絆によって深く結びつくことを告げたのです。

     マグダラのマリアは、イエスを失って失望の底にいた弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げました。そして、主から言われたことを伝えました。マグダラのマリアは復活されたイエスの最初の証人とされました。女性の証言する能力を認めなかった当時としてはおどろくべきことでした。

     復活したイエスと出会う前、マリアが見ていた墓は死者の世界、死の支配する領域でした。そこにイエスの死体を探し求めていました。愛し、慕っていたイエスとの結びつきは、イエスの死によって引き裂かれ、自分自身も生ける屍のような状況にありました。せめてイエスの死体を手厚く葬りたいと思っていました。しかし、そのご遺体も見い出せない彼女はどんなに傷心したことでしょう。

   東日本大震災による死者数は15894人、その内、まだ行方不明の方は2561人もおられます。ご遺族の方々のご心境が偲ばれ、心が痛みます

    マグダラのマリアは復活したイエスと出会うことによって、絶望から希望へ、悲しみから喜びへ、死と滅びの世界から生命の支配へ、愛と信頼へと変えられました。

   イエス・キリストは復活しました。父なる神によって、陰府(よみ)の世界から復活させられました。主イエスは死に勝たれました。主は、わたしたちに復活の命に生きる希望を与えてくださいます。永遠の命に生かされている保証として、聖霊を与えてくださいます。この神の恵みにあずかろうではありませんか。

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「十字架への道―オリーブ山で祈る」 ルカによる福音書22章39~53節

2019-04-12 08:21:36 | キリスト教
  ↑ エル・グレコ 「ゲッセマネの園で祈るイエス・キリスト」
981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

日本福音教団 富 谷 教 会 週 報

年間標語 『日々に、刻々と、肉の思いに生きようとする自分に死に、霊の思いに従って歩む者とされましょう。」
聖 句 「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和に
     あずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。
     いつも感謝していなさい。」(コロサイ3・15)

  受難節第6主日          2019年4月14日(日)
(棕櫚の主日)           午後5時~5時50分 
礼 拝 順 序
司会 田中 恵子姉
前 奏              奏楽 辺見トモ子姉
讃美歌(21) 309(あがないの主に)
交読詩編   22(わたしの神よ、わたしの神よ)
主の祈り   93-5、A
使徒信条   93-4、A
司会者祈祷
聖 書(新共同訳)ルカによる福音書22章39~53節(新p155)
説 教    「十字架への道―オリーブ山で祈る」   
辺見宗邦牧師
祈 祷                                
讃美歌(21) 299(うつりゆく世にも)
献 金
感謝祈祷              
頌 栄(21)  24(たたえよ、主の民)
祝 祷             
後 奏
次週礼拝 4月21日(日) 復活日礼拝
午後5時~5時50分 
聖 書  ルカによる福音書24章1~12節
説教題   「キリストの復活」 
讃美歌(21) 325 328 24 交読詩編 30

本日の聖書 ルカによる福音書22章39~53節
 22:39イエスがそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った。 40いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われた。 41そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。 42「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」〔 43すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。 44イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。〕 45イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた。 46イエスは言われた。「なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい。」
47イエスがまだ話しておられると、群衆が現れ、十二人の一人でユダという者が先頭に立って、イエスに接吻をしようと近づいた。 48イエスは、「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言われた。 49イエスの周りにいた人々は事の成り行きを見て取り、「主よ、剣で切りつけましょうか」と言った。 50そのうちのある者が大祭司の手下に打ちかかって、その右の耳を切り落とした。 51そこでイエスは、「やめなさい。もうそれでよい」と言い、その耳に触れていやされた。 52それからイエスは、押し寄せて来た祭司長、神殿守衛長、長老たちに言われた。「まるで強盗にでも向かう
ように、剣や棒を持ってやって来たのか。 53わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたたちはわたしに手を下さなかった。だが、今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。」

本日の説教
  3月6日から始まった受難節が、いよいよ最後の一週間の受難週に今日から入ります。受難週の第1日は、棕櫚の主日(日曜日)と呼ばれ、主イエスが子ろばに乗って弟子たちと共にエルサレムの町に入られた日です。エルサレムの市民たちが歓迎の気持ちを表すために棕櫚(なつめやし)の枝を道に敷き、ホサナ、ホサナ(救い給えの意)と叫んでキリストを迎えました。
 今日の聖書の個所は、十字架に架(か)けられる前夜の<ゲッセマネの祈り>と呼ばれている個所です。平行記事は、マタイ26章36-56節、マルコ14章32-4250節、ヨハネ18章1-11です。
「イエスがそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った。」

最後の晩餐をした二階座敷からゲッセマネへの道→

<そこを出て>とは、過ぎ越しの食事をしたエルサレム市内の二階の広間です。イエスと弟子の一行は、この最後の晩餐のあと、エルサレム市街を出てキドロンの谷を経てオリーブ山の方に向かいました。<オリーブ山>は、エルサレムの東側、キドロンの谷の向こう側にある海抜814mの小高い山です。その西側斜面に一つの園(ゲッセマネ)があり、イエスは弟子たちと一緒にその中に入られました。<いつものように>とあるように、イエスは、昼は神殿で教え、夜はしばしばこのオリーブ山で過ごして眠ることにしていました(ルカ21・37)。その場所はイスカリオテのユダのよく知っていた場所でした。主イエスは弟子たちと共に過ごす最後の時、苦難に向かおうとされる大切な祈りをするために、この場所を選ばれました。マタイやマルコ福音書はこの場所を<ゲッセマネ>と呼んでいます。「ゲッセマネ」は「油絞り器」という意味のヘブライ語に由来する名です。オリーブの木の植えられた農場であったと推測されます。
「いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、『誘惑に陥らないように祈りなさい』と言われた。」  
   ルカ福音書では、誘惑に陥らないように祈っていなさい、と十一人の弟子全員に言われているが、マタイやマルコではペトロ・ヤコブ・ヨハネを伴われて、「ここを離れず、目を覚ましていなさい」と言われました。イエスは<主の祈り>の中で、<我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ>と祈るように弟子たちに教えています。誘惑に立ち向かう時の力は、神から与えられるからです。
 「そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。」
マタイやマルコでは、<少し進んで行き>とあります。弟子たちがイエスが祈るのを目にすることが出来る距離です。誘惑に陥らないためには、祈ることが必要である事を、弟子たちに解らせるために、弟子たちから見える場所で主イエスは祈られたのです。
  当時は立って祈るのが普通だったので、<ひざまずいて>祈るということは重大な危機に直面したような時に祈る姿勢でした。マルコやマタイは、<地にひれ伏し>という用語を用いています。
   「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。」
  イエスの祈りは、<父よ>という言葉で始まっています。マルコ福音書では、その呼びかけは「アッバ」というアラム語です。この愛情あふれる言葉は、通常は小さな子供たちが使用した<おとうちゃん>に当たります。イエスと父なる神との関係の深さと強さが読み取れます。キリストの十字架の贖いによって、<神の子>とされた私たちも、父なる神につながれ、子たる身分の霊を受けて、在天のイエスの名によって祈ることを許され、<アバ、父よ>と呼ぶことができるのです(ローマ8・14~15)。
  <この杯>を取りのけてくださいという、<この杯>とは、旧約聖書では神の救いや祝福の場合もあるが、ここでは神から与えられる審判であり、呪いであり、怒りです(エレミヤ書25・15~16、詩編11・6、75・8)。主は自ら負うべき苦難と十字架を悟り、そのような苦い杯は、出来れば、<取りのけてください>と祈られました。主の受けられた試練・誘惑こそ、主イエスが人間として生きられたことの表れでした。
主は恐れの中にありました。それは死の恐れではなく、神からの断絶の時が来る恐れでした。イエスは人間の罪に対する神の裁きを受けるのです。それは昔の預言者が「わたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた」(イザヤ五三・六)と語り、聖霊によって奥義を示された使徒パウロは「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪とされた」(コリント二、5・21)と語りました。罪のないイエスが人間の罪を負って、罪人としての神の裁きを受けなければならないのです。
  「しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
  どこまでも神の<御心>に従おうとする祈りです。主イエスは、御自身の願いの成ることを求めず、神のみこころと一致する事を求めたことの中に、神の救いのみわざが実現する事を知ります。この祈りにおいて、イエスは自ら負わなければならない十字架の贖罪としての死の意義を悟られたのです。主イエスは、このような深い恐れの中で、神のみこころに従う決意をし、神にすべてを委ねたのです。
 「すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。」(43,44節)
 この43、44節は早い時期の写本にはありませんでした。後に写本を書き写す際に、ルカの証言をマタイ、マルコの証言と合うように、書き加えられたもののようです。
神に仕える天使が現れて主イエスを力づけたことは、神がこの苦しみを知っておられ、イエスに力を与えておられるということです。この天使の力添えは、苦難を取り去るということではなく、苦難に打ち勝ことが出来るようにするためです。主イエスの十字架を前にした葛藤は、ただ超然として十字架への歩みを続けられたのではないことを示しています。その苦しみは、<汗が血の滴るように地面に落ちた>という表現になっています。死力を尽くして祈られた姿が描かれています。キリストは、「肉において生きておられた時、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いをささげ」(ヘブライ5・7)られたのです。
「イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた。」
  マタイやマルコでは、イエスは三度もペトロたちの所に戻っています。弟子たちは離れた場所で、主の苦しみの本当の意味が解らないながらも、最後の晩餐の席で言われイエスと
の別れの悲しみのあまり眠っていました。祈ることの大切さを示されていながら、祈り続けることができなかったのです。
 「イエスは言われた。『なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい。』」
  誘惑や困難は弟子たちにとって避けることの出来ないもの
です。主が弟子たちと祈りを共にされたのは、主イエス御自身の十字架への備えのためでありましたが、また同時に、弟子たちが誘惑を克服する道を、また困難に立ち向かう力を、祈りによって得るようにという教訓を与えるためでもありました。
   イエスがまだ話しておられると、群衆が現れ、ユダが群衆の先頭に立って、彼らの手引きとなって、イエスに接吻をしよう近づきました。イエスは、「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言われました。
  イエスの周りにいた人々は事の成り行きを見て取り、「主よ、剣で切りつけましょうか」と言いました。そのうちのある者が大祭司の手下に打ちかかって、その右の耳を切り落としました。
  そこでイエスは、「やめなさい。もうそれでよい」と言い、その耳に触れていやされました。耳を癒すには、イエスが単に無抵抗だけではなく逮捕に際してすら敵に対して救い主であることを示しています。
  それからイエスは、押し寄せて来た祭司長、神殿守衛長、長老たちに言われました。「まるで強盗にでも向うように、剣や棒を持ってやって来たのか。わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたたちはわたしに手を下さなかった。だが、今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。」」今、イエスの許可のもとに、闇の時の力は振るい始めます
。ゲッセマネの物語は、私たちの意志が私たちの父なる神の意志と一体となるように絶えず熱心に祈ることによって、試みに打ち勝つことができるのだということをイエスから学ぶことができます。
  主イエスは、ゲッセマネの祈りで、「しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈られました。ここに私たちは祈りの究極の意味を教えられます。主イエスが弟子たちに教えられた<主の祈り>に、「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」という祈りがあります。私たちも、主の御心に従う祈りをすることが求められています。私たちの祈りは、神様に自分の思いや願いを投げかけているだけということが多いのではないでしょうか。自分の願いを神様に向かって語ることは信仰の大事な要素です。しかし、そういうことだけの祈りは、信仰者の祈りではありません。神様の御心、ご意志はどこにあるのかを求め、それに従っていこうとすることが信仰です。
更にゲッセマネの物語が告げる重要なことは、このゲッセマネの祈りで、主イエスの父なる神への完全な従順が示されたということです。「キリストは御子であるにもかかわらず
、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり」(ヘブライ5・8~9)ました。イエスは、神の意志を無視して自分の命を救おうという誘惑に打ち勝ち、「死に至るまで従順」(フィリピ2・8)になることができたのです。
  イエスの最も重要な犠牲は、その贖いの血ではなく、神への従順でした。ヘブライ人の手紙には、<血>と<犠牲>は、イエスが真に神に捧げられた従順を示す比喩にすぎないことを語っています。キリストは罪を贖うためのいけにえを望まれない神のために、神の御心を行うために世に来られたの
です。「この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです(ヘブライ10・10)。」「一人の人の不従順(アダム)によって多くの人(全人類)が罪人とされたように、一人の従順(キリスト)によって多くの人が正しい者とされるのです(ローマ5・19)」とあるように、「キリスト者にとってゲッセマネの園は、エデンの園を逆転したもの」なのです(現代聖書注解、マタイによる福音書p.518)。ここに罪と死の支配から解放されて、すべての人が義とされて永遠の命を得ることになったのです。
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「十字架の勝利」 ルカによる福音書20章9~19節

2019-04-03 12:42:17 | キリスト教
      ↑イタリアの画家、ラファエル(1483 – 1520)の作品, 「カルバリーへの道で倒れるキリスト」スペインのプラド美術館所蔵
〔カルバリーは、ヘブライ語の「ゴルゴタ(されこうべの場所の意)」〕
981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

日本福音教団 富 谷 教 会 週 報

  受難節第5主日  2019年4月7日(日) 午後5時~5時50分 
           礼 拝 順 序
                 司会 田中 恵子姉
前 奏              奏楽 辺見トモ子姉
讃美歌(21) 300(十字架のもとに)
交読詩編   54(神よ、御名によってわたしを救い)
主の祈り   93-5、A
使徒信条   93-4、A
司会者祈祷
聖 書(新共同訳)ルカによる福音書20章9~19節(新p.149)
説 教    「十字架の勝利」   辺見宗邦牧師
祈 祷                                
讃美歌(21) 297(栄えのイェスの)
献 金
感謝祈祷              
頌 栄(21)  24(たたえよ、主の民)
祝 祷             
後 奏

次週礼拝 4月14日(日) 午後5時~5時50分 
聖 書  ルカによる福音書22章39~53節
説教題   「十字架への道」 
讃美歌(21)309 299 24 交読詩編 22

本日の聖書 ルカによる福音書20章9~19節
 
20:9イエスは民衆にこのたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。 10収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。 11そこでまた、ほかの僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋だたきにし、侮辱して何も持たせないで追い返した。 12更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせてほうり出した。 13そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』 14農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』 15そして、息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。 16戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。」彼らはこれを聞いて、「そんなことがあってはなりません」と言った。 17イエスは彼らを見つめて言われた。「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』 18その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」 19そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスに
手を下そうとしたが、民衆を恐れた。

本日の説教
ルカによる福音書19章28節から、主イエスの最後の一週間が始まります。
前日の土曜日は、ベタニヤのシモンの家に滞在したと思われます(ヨハネ12:1-8)。
最後の一週間は、次のようになります。
   日曜日は棕櫚の日曜日です。(マタイ21:1-11マルコ11:1-11 ルカ19:28-40 ヨハネ12:12-19 )。
 月曜日は、宮きよめ。夜はベタニヤで過ごします。
  (マタイ21:12-17 マルコ11:15-19 ルカ19:45-48 ヨハネ2:13-22)。
 火曜日は、様々なしるしと奇跡を行い、エルサレムの退廃ぶりを嘆かれました。やもめの献金を見守る。夜はオリーブ山で過ごす(ルカ21:37)。
 (マタイ21:18-19 23:37-39 マルコ11:12-14 ルカ13:34-35 )。
 水曜日は、ベタニアで香油を注がれる。ベタニヤで過ごす
   。(マタイ26:6-13 マルコ14:3-9 ヨハネ12:1-8)。
 木曜日は、弟子の足を洗う。主の晩餐、この後ゲッセマネで祈る。ユダの裏切りで、 当局者に捕らえられる。(マタイ26:17-75 マルコ14:12-72 ルカ22:7-63 )。
 金曜日は受難日。十字架に掛けられる。日没前、墓に葬られる。
 (マタイ27:1-61 マルコ15:1-47 ルカ22:66-23:56 ヨハネ18:28-19:38)。
 土曜日は、安息日。番兵が墓を見張る。(マタイ27:62-66)。

19章47節には、神殿から商人を追い出した宮きよめの後、境内で教えるイエスを、「祭司長、律法学者、民の指導者たちは」殺そうと謀った、とあります。
    20章1-8節では、祭司長たちが「何の権威でこのようなことをしているのか」とイエスに尋ねたことから、イエスの権威についての問答が記されています。
   そして今日の聖書の箇所に入ります。並行記事は、マタイ21:33-46、マルコ12:1-12です。火曜日の出来事のようです。ユダヤの支配者たちの前で、イエスは民衆に、「ぶどう園と農夫」のたとえを話し始めました。このたとえは寓話化しています。ぶどう園の主(ぬし)は神です。ぶどう園はイスラエルです。農夫たちはイスラエルの民であり、遣わされる僕(しもべ)は預言者たちであり、息子はイエスを指しています。たとえではイエスは自分は神からこの世に送られたメシアであることを伝えます。しかもそのメシアの受難と死を予告します。
    ある人がぶどう園を作り、それを整え、農夫の小作人たちに貸して長い旅に出ました。収穫期に、農夫たちは、小作料として収穫の一部を主人に支払わなければならない契約をかわしました。それで、収穫の季節になった時、ぶどう園の主人は、小作料を納めさせるために、ひとりの僕を送りました。しかし、農夫たちは不在地主が送ったこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返しました。主人は第二の僕を送ったけれど、農夫たちは袋だたきにし、侮辱して何ももたせないで追い返しました。第三の僕に対しても傷を負わせてほうり出しました。
    そこでぶどう園の主人は、「どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならばたぶん敬ってくれるだろう。」と思いました。しかし農夫たちは、ぶどう園の主人が想像するよりも悪い人たちでした。彼らは息子を見て、互
いに論じ合いました。「これは跡取りだ。殺してしまおう。
そうすれば、相続財産は我々のものになる。」そこで彼らは息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまいました。
   イエスは、「さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。戻って来て、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに貸し与えるちがいない。」と、この物語を結んで言われました。
    このたとえ話しを聞いた民衆たちは、「そんなことがあってはなりません。」と言いました。人々が「そんなことがあってはならない」と感じたのは、農夫たちが主人の僕を袋だたきにし、愛する息子を殺してしまったことです。自分たちにぶどう園を貸してくれ、生計を立てることができるようにしてくれた主人に対して、こんな恩を仇で返すようなことをするなんてとんでもないことだ、と人々は思ったのです。そんなことをすれば、当然農夫たちは主人に殺されてしまう結果になると民衆は思ったのです。
   ルカのこのたとえは、イザヤ書5:1-7の<ぶどう畑の歌>を背景にしています。。
「わたしは歌おう、わたしの愛する者のために、そのぶどう畑の愛の歌を。わたしの愛する者は、肥沃(ひよく)な丘に、ぶどう畑を持っていた。よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り、良いぶどうが実るのを待った。しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ。わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。わたしがぶどう畑のためになすべきことで、何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに、なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。さあ、お前たちに告げよう。わたしがこのぶどう畑をどうするか。囲いを取り払い、焼かれるにまかせ、石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ、わたしはこれを見捨てる。枝は刈り込まれず、耕されることもなく、茨(いばら)やおどろが生い茂るであろう。雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑。主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁きを待っておられたのに、見よ、流血。正義を待っておられたのに、見よ、叫喚(きょうかん)。」[叫喚=大声でわめき叫ぶこと]
   ぶどう畑の所有者は万軍の主である神です。ぶどう畑は<イスラエル>です。ここではユダの人々の住むユダの山地です。主が喜んでそこに植えられたものは、ユダの人々です。イスラエルの神への背反を次のように述べています。「良いぶどうを植え」、「良いぶどうの結ぶのを待ち望んだ。ところが結んだものは野ぶどうであった」。「野ぶどう」は、イザヤ時代の不信、背教、堕落のユダ国民を風刺したものです。主なる神は良いぶどうではなく酸っぱいぶどうを実のらせたぶどう畑を<焼かれるにまかせ、……踏み荒らされるにまかせます。
   「主は裁きを待っておられたのに」とは、主は正しい裁判を人民に求めたのに、罪なき者の血を流す暴虐圧制があり、正しい正義を求めたのに、圧制に苦しむ者の叫びがある。
したがって、主の審判はやむをえない。預言者は、良い実を結ばない、神の期待にこたえないイスラエルを神の厳しい審きに値する神のぶどう園にたとえています。
   ルカ福音書のたとえで、主人が最後の手段として送った息子は、明らかにメシアであるイエスを指しています。息子を殺せばぶどう園は自分たちのものになると農民たちが考えたのは、神から独立して、<神のように>なろうとする人間の欲求であり、罪の本質を反映しています。彼らは息子を捕まえてぶどう園の外に放り出して殺してしまいました。ここに
は、イエスがエルサレム城壁外で殺されることが暗示されています。これはイエスの受難予告です。
   主人は<戻って来て、この農夫たちを殺し>は、農夫たちは最後の日に神の怒りによって裁かれることが言われています。神はイスラエルの民を滅ぼし、その地を<ほかの人たちに与えるにちがいない>。これは、ローマ軍によるエルサレムの滅亡と占領(紀元70年)を指しています。
   「ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。」主イエスは、イスラエルに約束されていた神の国はとりあげられ、御国にふさわしい異邦人に与えられるに違いない、と言われました。このことは、やがてイスラエルの地位が教会に与えられることを示しています。
   主イエスは、このたとえを語ったあと、彼らを見つめながらこう言われました。「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」
   イエスは詩編118・22~23を引用されました。大工が捨てた石が隅の親石になった、という比喩を用いて、バビロニアへの捕囚という、捨てられたかのように見える民が、再び神に用いられることが語られています。ここでは十字架にかけらえた主イエスが、死より甦えられた復活を指しています。人間の拒絶に対し、神は復活の勝利を収めたもうのです。
   「その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」
   イザヤ8・14-15、ダニエル2:34-35、45が背後に考えられるみ言葉です。隅の親石となる主イエスを拒み、敵対するなら、その人は滅びに至る、ということを意味しています。隅の親石はそのように救いと滅びとを分ける決定的な意味を持っているのです。
   そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちを指して語っていることに気付きました。このたとえは、ユダヤ人の罪を鋭く突いており、ユダヤ人であれば、だれにでもすぐわかるたとえです。彼らはこのたとえを聞いて憤慨し、殺意にまで駆り立てられますが、民衆を恐れて、手を出すことが出来ませんでした。
   このたとえは、今日の時代に対する神の言葉でもあります。神はぶどう園を作って、人間に貸与し、長い旅に出られました。神が離れておられるというところに人間の生の現実があります。ぶどう園とは世界です。私たちの人生は、ぶどう園を神から貸与されたようなものです。この世界の主人は私たちではなく、神が主人です。神が天地の創造者であり、すべての支配者です。人間は被造物として生きることを許されています。人間は神の前に生きる存在です。しかし、主人の不在は、まさに農夫たちが主体的に行動できるときです。しかし「罪を犯すほどの自由」を行使したために、神から離れ、自己中心的な罪に染まりました。わたしたちは、神をあがめず、かえって多くの罪と悪を犯さざるを得ない罪人です。
そのため、神との交わりを断たれた死を受けなければなりません。
   神は、この世界のすべての人々を救うために、御子イエス・キリストを遣わされました。キリストは神にそむく私たち人間に対する神の最後の救いの手段なのです。ところが、神の民として先に選ばれたユダヤ人たちは主イエスを捕え、十字架にかけて殺してしまいました。
  ぶどう園の主人に殺され、排除される、農夫は私たち自身ではないでしょうか。
しかし、神は主イエスを死からよみがえらせ、全世界のすべての人の救い主とされました。イエスの十字架は、人々の罪の裁きとしての死から救い出すために、私たちが受けるべき裁きの身代わりとなって、罪のない神の御子が十字架の死を遂げてくださったのです。イエスこそ永遠の世界で神と共におられた方であり、罪なくして世に来られた神の御子であり、人が自分の罪のゆえに払わなければならない代価を、ご自分の命をもって十字架上で支払ってくださった方です。
   このように、イエスの十字架と復活は、私たちを罪と死の束縛と支配から解放し、自由と救いとを与えてくださる勝利を与えてくださいました。「わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に感謝しましょう。」(コリント1、15:57)
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