富谷教会ホームページ・礼拝説教

富谷教会は宗教法人の教会です。教会は礼拝室と二つの茶室からなる和風の教会です。ゴルフ場に接する自然豊かな環境にあります。

「主の来臨の希望」 イザヤ書2章1~5節

2016-11-27 00:25:41 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

       日本キリスト教 富 谷 教 会

             週    報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を現す人になろう。』

聖句「神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

 待降節(アドベント)第一主日  2016年11月27日(日) 午後5時~5時50分

     礼 拝 順 序

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 268(朝日は昇りて)

交読詩編   24(地とそこに満ちるもの)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳)イザヤ書2章1~5節(旧 p.1063)

説  教   「主の来臨の希望」   辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌(21) 240(「イエスは近い」と)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

           次週礼拝 12月4日(日) 午後5時~5時50分

           聖書   イザヤ書59章12~20節

           説教 「旧約における神の言(ことば)」辺見宗邦牧師

           讃美歌(21)175 229 24 交読詩編96篇

   

   本日の聖書 イザヤ書2章1~5節

1アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。

2終わりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい、

3多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。

4主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。

5ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。

     本日の説教

 イザヤ書について、1章1節で次のように説明しています。

「アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて見た幻。これはユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世のことである。」

アモツの子と言われているイザヤは、エルサレムの貴族階級に属する祭司であったと思われています。イザヤ(第一イザヤとも呼ばれています。)は、南ユダ王国の首都エルサレムで活動した預言者です。1章から39章までが、イザヤの予言です。

 イザヤが預言者として神から召命を受けたのは、ウジヤ王の死んだ年のことです(6章1節)。紀元前739年のこの年、アッシリア帝国の侵攻があり、ユダ王国に重大な危機が迫りつつある時代でした。召命とは神に呼び出されて使命を与えられることを言います。

 イザヤが預言者として召されたのは、ユダ王国の滅亡に至るという神の審判を告知することにありました(6章9~11)。

イザヤの預言活動は、ウジヤ王の死んだ年から、ヨタム王(治世6年)、アハズ王(治世7年)、ヒゼキヤ王(治世29年)の晩年まで、約40年続きました。ヒゼキヤ王の時代に、北のイスラエル王国の首都サマリアがアッシリ帝国によって陥落し、イスラエル王国は滅亡(前721年)しました。

【イスラエル王国とユダ王国の歴代諸王の治世年については、記事一覧の2014-10-18年のイスラエル王国とユダ王国の歴代諸王を参照ください。】

 イザヤはエルサレムとその住民、そして特にエルサレムとユダ王国の政治に責任を負う王と支配階級に対して、悔い改めるべきこと、神の意志を行うべきこと、そして何よりも神の約束に対して確固たる信頼を寄せることを求めました。

イザヤの場合、エルサレムとユダの人々の不信仰のゆえに、彼らは徹底的に神の裁きを受けなければならないが、しかしそれにもかかわらず、神のエルサレムとその王に対する約束は変わらないという信仰が一貫として堅持されていることです。

 イザヤ書1章2節以下のユダの荒廃に関する預言は、紀元前701年にユダとエルサレムが、アッシリアのセンナケリブ王に攻撃され、ユダの町々は占領され、エルサレムは大軍で囲まれた時のことです。

 神は子であるイスラエルを育てたが、イスラエルは背いたと非難します。そして、牛やろばですら、飼い主に忠実であるのに、イスラエルは自分を育てた神の恩恵をわきまえないと言い、エルサレムの民の不信仰に対し、絶望的な怒りを抱きながらも、「あなたがたゴモラの民よ、われわれの神の教えに耳を傾けよ」(1章10節)と呼びかけたのです。神が求めたのは、悪をやめ、善を行い、搾取する者をこらしめて、孤児や寡婦の権利を守ることでした。しかし彼らは神の教えに聞こうとはしませんでした。

 今日の聖書の箇所に入ります。

アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。」(2章1節)

2章1節は、2章から12章までの予言集についての説明です。2章2節から5節にかけての預言は、ついにヒゼキヤ王の時代に、エルサレムはアッシリアの攻撃を受け、ヒゼキヤは降伏した後の預言です。当時エルサレムの状態はイザヤ書1章4節~9節に記されているような状態でした。

「災いだ、罪を犯す国、咎の重い民、悪を行う者の子孫、堕落した子らは。彼らは主を捨て、イスラエルの聖なる方を侮り、背を向けた。何故、お前たちは背きを重ね、なおも打たれようとするのか。頭は病み、心臓は衰えているのに。頭から足の裏まで、満足なところはない。打ち傷、鞭のあと、生傷はぬぐわれず、包まれず、油で和らげてもらえない。お前たちの地は荒廃し、町々は焼き払われ、田畑の実りは、お前たちの目の前で、異国の民が食い尽くし、異国の民に覆されて、荒廃している。そして、娘シオンが残った、包囲された町として。ぶどう畑の仮小屋のように、きゅうり畑の見張り小屋のように。もし、万軍の主がわたしたちのために、わずかでも生存者を残されなかったなら、わたしたちはソドムのようになり、ゴモラに似たものとなっていたであろう。

 奇跡的にヒゼキヤとエルサレムの支配者たちは捕囚を免れ、かろうじて名ばかりの独立を維持することができました。エルサレムはかろうじて生き延びたが、支配者たちのモラルは絶望的な状態でした。しかしイザヤの抱いたエルサレムに対する神の約束は変わりませんでした。アッシリアはエルサレムからあらゆる金銀を奪っていったが、神の約束は変わりません。そして終わりの日は次のことが起こります。終末の平和の預言です。この預言はイザヤの最後期の預言です。

 「おわりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい、多くの民が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう』と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。」(2章2~3節)

 「終わりの日に」という語は、預言における終末的未来です。終末的未来とは、必ずしも歴史の流れの遥かかなたではなく、「切迫している未来」です。イエス様がこの世に来られたことによって、神の国、平和の王国、終末が始まっています。「主の神殿の山・シオンの山が他の山々の上に立つ」(2節)と記されています。シオンとは、エルサレムの東側に突き出ている山のことです。後にシオンはエルサレムと同義語として使われるようになりました。そのシオンが、神の栄光と恵みの故に、周りの山々(人々)に抜きん出て輝くというのです。

 諸国の民が、「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」(イザヤ書2:3)と言ってやって来るのは、そこで主の道が示されるからです。諸国の民がシオンのやってくるのは、主が世界の主であることを認めているからです。主は、世界の王、支配者、主権者として、その教えを示されるお方です。シオンには、主の教え、啓示された主の言葉が満ち、「国々はこぞって大河のように」やってきましたが、「御言葉はエルサレムから」、「大河のように流れ」、その恵みは、あふれ出ます。

 アッシリア帝国が強力な軍事力によって当時の世界の全面的支配を確立したとき、イザヤはアッシリアの従属国となったユダ王国の都エルサレムこそが世界の中心として高くそびえ、そこから語られる、主の教えと言葉を求めて、世界中の諸国、諸民族が巡礼の旅をして流れのように集まってくるというのです。どのようにして主は、そこに集う者に喜びを与えるというのでしょう。

「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(2章4節)

 神が争いの根が断ち切られる、というのがこのメッセージです。従って、戦いのための武器は必要がなくなるのです。これが主の与える喜び、慰めです。主の裁き、戒めは、争いに用いる武器である剣を打ち直して鋤として、「国は国に向かって剣を上げない」平和な時代をもたらせられるというのです。このイザヤ書2章4節は、ニューヨークの国連本部の正面入り口から入った目の前の大きな壁に英文で刻まれています。

 アッシリアに蹂躙され、平和の尊さが身にしみてわかる人に向けられた慰め、励ましがここに語られています。シオンから、エルサレムから語られる御言葉に聞く者が、「もはや戦うことを学ばない」者となることによって実現する平和です。

ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」(2章5節)

 主に一度捨てられた民に向かって、「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」と預言者は呼びかけています。「主の光に歩む」とは、神のみことばに従って生きるということです。イスラエルは神のみことばを聞くよりも、世の中のことを優先し、異邦人のように、人が造った物を拝んでいました。その罪を悔い改めて、主の道に歩もうではないか、と言うのです。

 主の教えが語られるヤコブの家とは、御言葉が語られ、御言葉が聞かれる礼拝が守られる場所です。主を礼拝し、主の御言葉を聞く生活、これこそ「主の光の中を歩む」生活です。そうするなら、わたしたちは終末に生きる民として、その使命を果たすことができるのです。今日から、待降節アドベントが始まります。平和の君、イエス様を心からお迎えいたしましょう。

 

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「王として統治されるキリスト」 ミカ書2章12~13節

2016-11-20 12:20:22 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

          日本キリスト教 富 谷 教 会

                    週    報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を現す人になろう。』

聖句「神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

 降誕前第7主日  2016年11月20日(日) 午後5時~5時50分

         礼 拝 順 序

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉

 讃美歌(21) 235(久しく待ちにし)

交読詩編   47(すべての民よ、手を打ち鳴らせ)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳)ミカ書2章12~13節(旧p.1450)

説  教    「王として統治されるキリスト」     辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌(21) 358(小羊をばほめたたえよ)

聖餐式    81(主の食卓を囲み)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

            次週礼拝 11月27日(日) 午後5時~5時50分

            聖書   イザヤ書2章1~5節

            説教   「主の来臨の希望」

            讃美歌(21)268 240 24 交読詩編24篇1~10節

新来会者の紹介  ラオス共和国のグェン ティ ゴック姉妹が、先の礼拝に来られたハイさん、ヒィェンさんと礼拝に来られました。 

  本日の聖書 ミカ書2章12~13節

 12ヤコブよ、わたしはお前たちすべてを集めイスラエルの残りの者を呼び寄せる。わたしは彼らを羊のように囲いの中に群れのように、牧場に導いてひとつにする。彼らは人々と共にざわめく。13打ち破る者が、彼らに先立って上ると他の者も打ち破って、門を通り、外に出る。彼らの王が彼らに先立って進み主がその先頭に立たれる。

    本日の説教

 ミカ書は、旧約聖書の最後の方にあるホセア書から始まる12小預言書のうちの6番目の書です。最後の書・マラキ書の方から数えると7番目に当たります。ミカ書は7章からなる短い預言書です。「ミカ」は女性の名ではなく、男性の名です。ミカヤまたはミカヤフ(だれが主のようであり得ようの意)の短縮形です。

  ミカ書の1章1節は、次のような「ミカ」ついての説明で始まります。

  「ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に、モレシェトの人ミカに臨んだ主の言葉。それは、彼がサマリアとエルサレムについて幻に見たものである。」(1章1節)

 ミカが預言者として活動した時代は、イスラエルは北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂していた時代です。南のユダ王国の11代ヨタムから13代のヒゼキヤ王の治世中に、彼は預言活動をしました。

 ミカは、預言者イザヤや、北イスラエル王国出身で、ユダ王国で活動した預言者ホセアとほぼ同時代の人です。ミカの出身地はエルサレムの南西約35キロにある<モレシェト>です。

 ミカの時代、ユダ王国もイスラエル王国もアッシリヤ帝国の侵略により脅威にさらされ、滅亡の危機に直面していました。当時、両国とも社会は腐敗し、不正が満ち、貧富の格差が増大していました。その堕落と退廃はカナンの異教宗教の偶像礼拝の罪に陥ったためであり、社会からは公正さが失われ、人々は物欲に支配されていました。

 ミカは、イスラエルの民であるユダの人々が神との特別な契約の民であることを思い起こさせ、サマリアが偶像礼拝の罪のゆえに神の裁きによって滅びること、またエルサレムも不正義のゆえに神の審判を逃れられないことを予言しました。ついに主都サマリアが陥落し、紀元前721年に北のイスラエル王国は滅亡しました。南のユダ王国は、アッシリヤの属国となり、かろうじて存続しました。

 ミカの活動は、サマリアの陥落の前の紀元前735年頃から、25年間と予想されます。ミカ書の最終的な編集は、ミカ自身から数世代を経た捕囚期ないしそれ以後と考えられています。

 ミカ書の構造は四つに区分することができます。①1~3章はサマリアとエルサレムに対する裁きの預言、②4~5章は救いの約束、③6~7章7節は再び裁きの預言、④7章8節~20節は救いの約束の預言です。ミカ書では、来るべき破滅の日の預言とその後の希望の日の預言が交互に並べられています。

  1章2節~7節は、サマリアとエルサレムの罪に対する審判が告げられます。

 主はまず、諸国の民に耳を傾けるように命じます。世界の支配者である主は、全世界の民を裁く審判者(証人)として地上に降りてこられます。5節は、神の恐るべき出現と裁きが「ヤコブの罪」として、すなわち北イスラエル王国に向けられ、宣言されます。北王国の主都であるサマリアをその偶像崇拝のゆえに撃ち、そこを廃墟とすると宣言します。

  南ユダ王国の罪についても指摘されます「ユダの聖なる高台とは何か。エルサレムではないか。」「聖なる高台」とは、ユダ王国の首都エルサレムにある異教の神々を礼拝する高台です。ユダ王国の民も主なる神との契約を破って罪に堕ちていることを指摘され、責められています。

  主の裁きは北イスラエル王国にとどまりません。南ユダ王国とその都エルサレムも、罪のゆえに同罪です。サマリヤの滅亡は神にとって深い痛みあり、悲しみでしたサマリアを襲った破壊は、ユダをも巻き込みエルサレムにまで達しようとしたのです。

  「このため、わたしは悲しみの声をあげ、泣き叫び、裸、はだしで歩き回り、山犬のように悲しみの声をあげ、駝鳥のように嘆く。まことに、痛手はいやし難くユダにまで及び、わが民の門エルサレムに達する。」(1章8、9節)

  悲しんでいるのは神です。ミカも神と共に悲しみます。神がイスラエルの民を深く愛しておられるからこその嘆き、悲しみです。神の厳しい裁きの背後には、民を愛してやまない神の深い嘆きがあるのです。神の裁きの預言は、ユダの民が神に立ち返ることを求めているのです。

 10節からは、神の裁きを受けるユダの町々の名が語られます。これらの町が、今のどの町々に相当するのかわかりませんが、おおよそミカの町であるモレシェトから半径14キロの円を描く形で点在している町々と予想されます。

 2章1節~5節は、支配階級の間に行われている不正を指摘し、審判を宣言します。特に、富裕な支配者階級が貧しい者たちを圧迫していることを、ミカは糾弾しています。

 ユダ王国に悪がはびこり、貪欲が国を支配しています(1、2節)。それを神が裁かれます(3節)。彼らが不正に手に入れた土地、畑は取り上げられて他者のものになり、嘆きの歌を歌う羽目になります(4節)。

 2章6節~11節は、ミカが厳粛な神の裁きを語るのに対して、ユダ王国のミカに逆らう者たちは神の憐れみを強調し、神が常にイスラエルの味方であるから滅亡には至らないとの楽観的な選民思想に基づく主張をします。

 ミカの預言を、権力者、裕福な者たちは「たわごと」と決めつけ、「こんなことについてたわごとを言うな。そんな非難は当たらない。ヤコブの家は呪われているのか。主は気短な方だろうか。これが主のなされる業だろうか」と言って、真剣に耳を傾けようとはしません(6、7節)。

 預言者の言葉を「たわごと」というのは、神に向かってたわごとを語っていると言うことになります。だから、彼らはその報いを受けなければなりません。

 ミカを通して神は言われます。お前たちの略奪行為にひとしい不当な搾取によって、女や幼児たちが生活基盤を奪われている。お前たちは、わが民に対して敵となっている。神は彼らに、「立って、出て行くがよい。ここは安住の地ではない。この地は汚れのゆえに滅びる。その滅びは悲惨である」(10節) と言われました。神の都と言われ、神殿のおかれたエルサレムが安住の地ではなくなり、汚れのゆえに滅びるというのです。

  2章11節は、さらに敵に対するミカの反論です。ミカは痛烈な風刺をこめて言います。彼らは裁きを語らずに、もっぱら恵みのみを語ります。そのような預言者が人々から歓迎され、その者は、この民にとっての説教者・預言者とされます。しかしそれでは真理は語られません。

  今日の聖書の箇所、2章12~13節は、主なる神が語る力強い復興の預言です。「ヤコブよ、わたしはお前たちすべてを集め、イスラエルの残りの者を呼び寄せる。わたしは彼らを羊のように囲いの中に、群れのように、牧場に導いてひとつにする。彼らは人々と共にざわめく。」(12節)

  イスラエルの民は神の裁きによって大国に踏みにじられて滅ぼされます。民は民族国家としての存在を失い、捕囚の民となり、諸国民の中に散在します。「残りの民」とは、神の憐れみによってかろうじて残される少数者を指します。主の憐れみによって裁きを越えて、そのかなたに救いの希望がが与えられている者たちです。民の残りの者を集めるという救いのイメージは、民が散らされている捕囚以後の時代の状況を反映しています。ですから、「ヤコブよ」と呼びかける神の声は、ユダヤの民に対する語りかけです。

 神は羊飼いが羊を集めるようにイスラエルを囲いに集める、と語ります。「彼らは人々と共にざわめく」とは、おそらく人々の数が増し加わることを意味するようです。エレミヤ書31章10節にも、「イスラエルを散らした方は彼を集め、羊飼いが群れを守るように彼を守られる」と記されています。イスラエルを治める者の統治のさまを、羊飼いが群れを牧するイメージで描いています。神は、「わたしはお前たちをすべて集め」、「わたしは彼らを羊のように囲いの中に、群れのように、牧場に導いてひとつにする」と言われています。

 ち破る者が、彼らに先立って上ると他の者も打ち破って、門を通り、外に出る。彼らの王が彼らに先立って進、主がその先頭に立たれる。」(13節)

 捕らわれている者たちが、閉じ込められている場所から解放されることが預言されています。その解放は彼らの王が彼らに先立っ進み、主なる神がその先頭に立って城門を打ち破り、民を外に導く、と語っています。第二イザヤが語るバビロンからの解放、エルサレムへの帰還のイメージに重なります(イザヤ48:20、52:11)。

 イスラエルの残りの者たちを閉じ込めている城門を打ち破るのは主なる神であり、主なる神が王となって彼らの先頭に立たれるのです。ミカ書3章では、イスラエルの指導者たちの罪が告発されます。国政をつかさどる指導者である王や祭司や預言者たちが職務を果たしていない責任を問い、非難しています。このような指導者たちの職務は終わりの日には廃止され、かわって主なる神が直接統治する時が来るのです。人ではなく、実に神が立てた王、キリストによって、完全な解放が実現し、平和が与えられるのです。それは政治的解放にととまらず、罪と死の支配からも解放し、自由を与え、神の国の住民としてくださるのです。

 「主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。(4章3節)

  人間同志の武力で決着をつける必要がなくなり、武器は廃棄されて平和な道具につくかえられます。ニューヨークの国連本部のロビーの高い壁に刻まれている平和への願いの英文の文字になっています。イザヤ書2章4節のことばとして刻まれています。

  ミカ書5章1節では、ベツレヘムからメシアである、イエス・キリストが生れるという預言がなされています。「エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る。」  次の主日から、主の御降誕を祝う準備の期間のアドベント(待降節)に入ります。

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「救いの約束」 申命記18章15~22節

2016-11-11 13:47:00 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

   日本キリスト教 富 谷 教 会

         週    報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を現す人になろう。』

聖句「神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

 降誕前第6主日  2016年11月13日(日)    午後5時~5時50分

        礼 拝 順 序

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 412(昔主イェスの)

交読詩編   4 7(すべての民よ、手を打ち鳴らせ)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳)申命記18章15~22節(旧p.309)

説  教   「救いの約束」 辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌(21) 510(主よ、終わりまで)

聖餐式

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

                  次週礼拝 11月20日(日) 午後5時~5時50分

                   聖書    ミカ書2章12~13節

                   説教    「王の職務」

                   讃美歌(21)235 358 24 交読詩編 47篇

新来会者の紹介

ラオスから来られて、大和町で働いておられる女性の、チャン ティ ハイ さんと、ヴー ティ ヒィェン さんのお二人(ふたり)です。

本日の聖書 申命記18章15~22節

15あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。16このことはすべて、あなたがホレブで、集会の日に、「二度とわたしの神、主の声を聞き、この大いなる火を見て、死ぬことのないようにしてください」とあなたの神、主に求めたことによっている。 17主はそのときわたしに言われた。「彼らの言うことはもっともである。18わたしは彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであろう。19彼がわたしの名によってわたしの言葉を語るのに、聞き従わない者があるならば、わたしはその責任を追及する。20ただし、その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない。」21あなたは心の中で、「どうして我々は、その言葉が主の語られた言葉ではないということを知りうるだろうか」と言うであろう。22その預言者が主の御名によって語っても、そのことが起こらず、実現しなければ、それは主が語られたものではない。預言者が勝手に語ったのであるから、恐れることはない。

   本日の説教

 申(しん)命記(めいき)のヘブライ語(ご)原典(げんてん)の書名(しょめい)は、一章(いっしょう)一節(いっせつ)の冒頭(ぼうとう)から取(と)られた「これらは(モーセの)言葉(ことば)である」の二語(にご)です。このことばの後(あと)に「モーセがヨルダンの向(む)こう側(がわ)で全(ぜん)イスラエルに語(かた)った」という文(ぶん)が続(つづ)いています。

日本語(にほんご)聖書(せいしょ)の「申命記」の「申(しん)」には、「重(かさ)ねる」の意味(いみ)があり、重ねて語(かた)られた命令(めいれい)という書名(しょめい)になっています。シナイで結(むす)んだ神(かみ)との契約(けいやく)を、「モアブの地(ち)」で再(さい)確(かく)認(にん)し、律法(りっぽう)の精神(せいしん)をもう一度(いちど)、教(おし)える文書(ぶんしょ)です。

申命記はモーセが約束(やくそく)の地(ち)カナンを目(め)の前(まえ)にして、ヨルダン川(がわ)の東側(ひがしがわ)にある「モアブの地」(申1:5)で、イスラエルの人々(ひとびと)に死(し)ぬ前(まえ)に語った遺言(ゆいごん)です。モーセが死ぬ前の一日(ついたち)の出来事(できごと)として記(しる)しています。「イスラエルよ、聞(き)け」とモーセが語る状況(じょうきょう)を設定(せってい)しています。

 申命記の第一部(だいいちぶ)(1章(いつしょう)1節(いっせつ)から32章47節)は、モーセが決別(けつべつ)の言葉(ことば)を語る部分(ぶぶん)です。

 第二部(32章48節から33章29節)は、モーセの死(し)への歩(あゆ)みです。

 第三部(34章7節~12節)は、モーセの死後(しご)のことが記(しる)されています。

 第一部のモーセのことばは、三つの部分に分けられます。

① 1章5節~4章40節は、荒野の旅の回顧とシナイのホレブでの契約の再確認です。

② 4章44節~28章68節は、モアブの契約の根本精神を教えます。モーセはモアブの地でこの律法を告知(こくち)していますが、その律法はすでにホレブで与(あた)えられたものです。

③28章69節~30章20節は、モアブで結ぶ契約で、ホレブの契約への参与(さんよ)を呼(よ)びかけています。

申命記の中心(ちゅうしん)部分は12章1節から26章15節までの、「申命記的(てき)律法」と呼(よ)ばれている部分です。

⑴  正しい礼拝について(12:1~16:17)

⑵  神の民の指導者についての教え(16:17~18:22)
  ➊王(おう)(17:14~20)

  ➋祭司(さいし)(18:1~8)

  ❸預言者(よげんしゃ)(18:15~22)に関(かん)する規定(きてい)について

⑶  その他の規則と教えについて(19章~26章)

 以上の三つの主題に分けられます。

 今日(きょう)の聖書(せいしょ)の箇所(かしょ)の18章15節以下(いか)には、神がイスラエルの民の中(なか)から預言者を立(た)てることが約束(やくそく)されています。「わたしのような預言者」を立てられる、とあります。この「わたし」とはモーセです。モーセは、神が顔(かお)と顔を合(あ)わせて語った預言者でした(出(しゅつ)エジプト記33章11節)。モーセのような預言者が将来(しょうらい)民の中から神によって立てられる、その人(ひと)に聞(き)き従(したが)わなければならない、と語られています。

 その後(あと)の所(ところ)には、神はなぜそのように預言者を通(とお)して民を教え導(みちび)くこととされたのかが語られています。それは民が「ホレブで」、集会(しゅうかい)の日(ひ)に求(もと)めたことでした。ホレブとは、主(しゅ)が十戒(じっかい)を授(さず)けて下(くだ)さったあのシナイ山(さん)のことです。民はあの時(とき)、神が直接(ちょくせつ)語ることを恐(おそ)れたのです。罪(つみ)ある民は神が現(あらわ)れることを恐(おそ)れたのです。神と直接顔(かお)を合(あ)わせたら生(い)きてはいられない、死ぬ他(ほか)はないからです。民はモーセに言いました。「この大きな火が我々を焼き尽くそうとしています。これ以上、我々の神、主の御声を聞くならば、死んでしまいます。」「二度(にど)とわたしの神、主の声(こえ)を聞(き)き、この大(おお)いなる火(ひ)を見(み)て、死ぬことのないようにしてください。」(出エジプト記20章19節、申命記5章25節)と民はモーセに言いました。ここで言(い)っている「わたし」は、イスラエル全体(ぜんたい)を言うことばです。

 主なる神は民のその言葉を聞いて、モーセを、神と民との間(あいだ)に立てて、神のみ言葉を民に伝える預言者とされました。つまり預言者は、神のみ言葉を受けてそれを民に伝える人です。預言者は神と民との間に立つ仲(ちゅう)保者(ほしゃ)という性格(せいかく)を帯(お)びています。預言者によって語られる神の言葉を、聞き従わない者がいるなら、神はその責任(せきにん)を追及(ついきゅう)すると神は言われます。

 ただし、主に命(めい)じられていない預言者が、勝手(かって)に主の名によって語ったり、あるいは、他(た)の神々(かみがみ)の名によって語るならば、その預言者は死なねばなりません。主によって立てられた預言者と、そうでない、主に命じられていない預言者との見分(みわ)け方は、語ったことが実現(じつげん)しなければ、それは主が語られた者ではない偽(にせ)預言者なのだから、恐(おそ)れることはない、言っています。

 神の御言葉をもって人々を教え導く預言者、神に仕え民のために執り成し祈る祭司、律法により正義と平和を実現する王が、神によって立てられ、聖なる油を頭に注がれてメシアとされ、その人々による指導(しどう)によって、イスラエルが神の民として整(ととの)えられ、歩(あゆ)んでいくことができるのです。このことは、主イエス・キリストの元(もと)に集(あつ)められた新(あたら)しい神の民、新しいイスラエルである教会(きょうかい)においても同(おな)じです。

  イスラエルの民は、苦難(くなん)の歴史(れきし)の中で何百年(なんびゃくねん)もの間(あいだ)、モーセのような預言者、エリヤのような祭司、ダビデのような王の出現(しゅつげん)を求(もと)めてきました。

 使徒(しと)言行録(げんこうろく)の3章11節以下(いか)にはペトロが語った説教(せっきょう)が記(しる)されています。その22節以下でペトロは、申命記18章15節以下の、主がお立てになる預言者に聞き従わなければならない、という言葉を引用(いんよう)しています。「神は御(ご)自(じ)分(ぶん)の僕(しもべ)を立て、まず、あなたがたのもとに遣(つか)わしてくださったのです。」(26節)と語っています。「神の僕」とは、神の子(こ)イエス・キリストのことです。主(しゅ)イエスこそ、モーセが語った、民の中から立てられるモーセを超える最高の預言者、神の言葉を民に伝える方(かた)、神の民が彼にこそ聞き従わなければならない方なのです。

  新しいイスラエルである教会にとって、まことの預言者は主イエス・キリストです。私たちは、主イエス・キリストのみ言葉にこそしっかり耳(みみ)を傾(かたむ)け、聞き従わなければならないのです。祭司についても同じことが言えます。主イエス・キリストこそが私たちのための唯一の大祭司となって下さった方です。神と人間の間の執(と)り成(な)しをすることが祭司の務(つと)めです。旧約(きゅうやく)の時代(じだい)の祭司は動物(どうぶつ)の犠牲(ぎせい)を捧(ささ)げることによってその執り成しをしましたが、神の独(ひと)り子(ご)であられる主イエスは、十字架(じゅうじか)にかかってご自分の命(いのち)を捧(ささ)げて下(くだ)さることによって、私(わたし)たちのための完全(かんぜん)な執り成しをして下さいました。主イエスは復活(ふっかつ)して永遠(えいえん)に生きておられる方として、今(いま)も父なる神の前(まえ)で永遠(えいえん)の執り成しをして下さっているのです。
 王についても同(おな)じです。主イエスは悪魔(あくま)を追(お)い払(はら)い、十字架の死と復活によって、罪(つみ)と死の支配(しはい)に打ち勝ち、すべての支配、権威、勢力、主権の上にある神の国の王となられた方です。十字架の罪状(ざいじょう)書(が)きには、ラテン語のINRIという文字(もじ)が書かれています。イエズス ナザレヌスレクス ユデオルムの頭(かしら)文字で、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という意味(いみ)のことばです。まさにユダヤ人の王であるだけでなく、全人類を救い、支配する王です。

  神がイスラエルを神の民として選(えら)ばれたのは、イスラエルが正(ただ)しいからでも、心(こころ)がまっすぐだからでもありません。イスラエルは強情(ごうじょう)な民にすぎません。神はそれをご自分の民とされたのです。「愛(あい)するに値(あたい)しないものを愛する愛」(アガペー)は、神の一方的(いっぽうてき)な愛であり、イスラエルの神の民としての選びは、この一方的な神の愛にのみ根拠(こんきょ)づけられているのです。そして、わたしたちが救(すく)われるのも、この神の愛によるものなのです。

 モーセを通(とお)して語られた神の約束(やくそく)、王・祭司・予言者を立てて民を救(すく)うという神の約束は果(は)たされました。神はわたしたちをすべてのもを救うために、預言者・祭司・王の三つの職務(しょくむ)を完全(かんぜん)に成(な)し遂(と)げられたメシア、すなわちキリスト(救い主)を世(よ)に遣(つか)わされたのです。

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「神の民の選び」 創世記13章1~18節

2016-11-02 00:48:28 | キリスト教

  旧約時代のカナンの地図 13:ベテル 17:へブロン 21:ソドムとゴモラ 

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12 

   TEL:022-358-1380    FAX:022-358-1403 

    日本キリスト教 富 谷 教 会

     週    報

降誕前第7主日  2016年11月6日(日)  午後5時~5時50分

礼 拝 順 序

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 151(主をほめたたえよ)

交読詩編  105篇1~11節(主に感謝をささげて)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳)創世記13章1~18節(旧p.16)

説  教    「神の民の選び」  辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌(21) 504(主よ、み手もて)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

              次週礼拝 11月13日(日) 午後5時~5時50分

           聖書    申命記18章15~22節

           説教    「モーセへの救いの約束」

           讃美歌(21)412 510 24 交読詩編 77篇

本日の聖書 創世記13章1~18節

1アブラムは、妻と共に、すべての持ち物を携え、エジプトを出て再びネゲブ地方へ上った。ロトも一緒であった。2アブラムは非常に多くの家畜や金銀を持っていた。3ネゲブ地方から更に、ベテルに向かって旅を続け、ベテルとアイとの間の、以前に天幕を張った所まで来た。4そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった。5アブラムと共に旅をしていたロトもまた、羊や牛の群れを飼い、たくさんの天幕を持っていた。6その土地は、彼らが一緒に住むには十分ではなかった。彼らの財産が多すぎたから、一緒に住むことができなかったのである。7アブラムの家畜を飼う者たちと、ロトの家畜を飼う者たちとの間に争いが起きた。そのころ、その地方にはカナン人もペリジ人も住んでいた。8アブラムはロトに言った。「わたしたちは親類どうしだ。わたしとあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも争うのはやめよう。9あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう。」10ロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一帯は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡すかぎりよく潤っていた。11ロトはヨルダン川流域の低地一帯を選んで、東へ移って行った。こうして彼らは、左右に別れた。12アブラムはカナン地方に住み、ロトは低地の町々に住んだが、彼はソドムまで天幕を移した。13ソドムの住民は邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた。14主は、ロトが別れて行った後、アブラムに言われた。「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。15見えるかぎりの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える。16あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう。17さあ、この土地を縦横に歩き回るがよい。わたしはそれをあなたに与えるから。」18アブラムは天幕を移し、ヘブロンにあるマムレの樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた。

  本日の説教

  創世記は天地創造の「神話」の部分から始まりますが、11章26節以下になると、イスラエルの最初の族長となるアブラハム(旧名はアブラム)の名が登場し、族長時代の「歴史」が始まります。この時代は、歴史的事実の裏付けはありますが、全体としては、歴史というよりも、歴史的伝説であり、史的説話です。

    

 アブラハムはバビロニア南部、スメル地方の住民でした。父テラに率いられてカルデヤの古代都市ウルを去り、ユウフラテス川に沿って北西に進み、パダンアラムのハランという所に移住しました。父テラの死後、族長となったアブラハムは、「わたしが示す地に行きなさい」との神の声に従い、ハランをさり、カナン地方へ旅立ちました。アブラハムが75歳の時です。彼の行こうとしている地は、漠然とした希望の地で、目的地さえ示されていません。彼はシケム、ベテル、ネゲブ、エジプトへと移住し、再びネゲブ、ベテルへと旅をし、カナンに定住しました。アブラハムは紀元前1950頃の人と推定されています。アブラハム伝説は、創世記11章26節~25章10節までに記されています。

 現在パレスチナと呼ばれている地域(西は地中海、東はヨルダン川、南は死海、に囲まれた地域)は、当時カナン人が住んでいたので、「カナン」と呼ばれていました。その後、カナンの地中海沿岸にペリシテ人が西方から移住し、定住したことから、「ペリシテ人の地」を意味する「パレスチナ」と呼ばれるようになりました。

 アブラハムから始まる族長時代は、アブラハム、イサク、ヤコブと続き、ヤコブの子ヨセフの時代にエジプトに移住するまでの時期(B.C.2000年頃~1700年頃)です。アブラハムは初め、アブラム(尊敬すべき父)と呼ばれていましたが、後に神の祝福の契約によってアブラハム(多くの民の父)と改名します(17:3~5)。旧約聖書は「神による人間の救い」を主題としています。

                                                               アブラハムのエジプトからベテルへの旅を黄色い線で示しています。 

  創世記13章1節~3節は、アブラハムのエジプトよりベテルへの帰還の記述から始まります。アブラムは、妻と共に、すべての持ち物を携え、エジプトを出て再びネゲブ地方へ上った。ロトも一緒であった。アブラムは非常に多くの家畜や金銀を持っていた。」(1、2節) 

  アブラハムは、「非常に多くの家畜や金銀を持っていた」が、約束の土地への帰還の旅は、彼にとって傷心の旅でした。ネゲブでの飢饉を避けるために、約束の地を離れてエジプトに行ったアブラハムでしたが、エジプト人が美しい妻サラを奪おうとして、自分を殺そうするのではないかと恐れ、妻を妹と偽ってエジプトに入ったのです。エジプトの王ファラオは、サラを妻とするため宮廷に召し入れました。その見返りにファラオはアブラハムに多くの家畜や男女の奴隷を与えました。ところが、神はサライのことで、ファラオと宮廷の人々に恐ろしい疫病にかからせたのです。そこで、ファラオはアブラハムに退去を求めました。

 アブラハムは、「非常に多くの家畜や金銀を持っていた」が、約束の土地への帰還の旅は、彼にとって傷心の旅でした。ネゲブでの飢饉を避けるために、約束の地を離れてエジプトに行ったアブラハムでしたが、エジプト人が美しい妻サラを奪おうとして、自分を殺そうするのではないかと恐れ、妻を妹と偽ってエジプトに入ったのです。エジプトの王ファラオは、サラを妻とするため宮廷に召し入れました。その見返りにファラオはアブラハムに多くの家畜や男女の奴隷を与えました。ところが、神はサライのことで、ファラオと宮廷の人々に恐ろしい疫病にかからせたのです。そこで、ファラオはアブラハムに退去を求めました。アブラハムは、偽りを土台にして「すべての持ち物」を得たのでした。彼の犯した偽りの責任の罪については免れましたが、彼の旅は決して晴れやかなものでなかったと思われます。

    アブラハムは、更にネゲブからベテルを目指し、旅を続けました。ベテルの東の山、ベテルとアイの間、かつて天幕を張り、祭壇を築き、ヤハウェの名を呼んで礼拝した所まで来ました。アブラハムは再び信仰の原点に立返ったのです。

  アブラハムも甥のロトも牛や羊を群れを財産とする遊牧民です。彼らは財産が多くなったので、アブラハムの家畜の牧者たちと、ロトの牧者たちの牧草地や水場のことで争いが起きました。更にその地方ではカナン人とペリジ人の原住民が当時まだいたので、一緒に住むことはできませんでした。

  部族の長として、身内の争いを止めるために、アブラハムは決断します。二人が共に生きていくためには、別れなければならなことを告げました。アブラハムは年長者の権利を放棄して、ロトに選択の自由を与えました。

  妻にいつわりを強要してでもわが身の安全を願ったアブラハムが、自分の生活を危うくするような申し出をしたのは何故なのでしょうか。アブラハムの信仰による寛容さなのでしょうか。いや、そうではなくあのエジプトでのいまわしい自分の行為の記憶と苦い帰還の旅が、アブラハムから「他人を押しのけてでも」という強引さを取り去ったのではないかと思われます。

  「ロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一帯は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡すかぎりよく潤っていた。ロトはヨルダン川流域の低地一帯を選んで、東へ移って行った。こうして彼らは、左右に別れた。」(10、11節) 

  アブラハムに先に選ぶ権利を与えられたロトは、目を上げて見渡しました。彼の目に写ったヨルダンの低地はよく潤っていました。この低地(標高100~200㍍)をロトは選びました。

  <ソドム>と<ゴモラはともに死海南東部の沿岸に位置していたと思われます。その後、地震による陥没と火災などのために、水中に没したと言われています。その南に位置する<ツォアル>は、ソドム滅亡の際にロトが二人の娘と共に逃げ込んだ町です。このツォアルも、その後死海の水底に没したと言われています。

 アブラムはカナン地方に住み、ロトは低地の町々に住んだが、彼はソドムまで天幕を移した。ソドムの住民は邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた。」(12、13節)

  ヨルダンの低地は遊牧に最適の地でしたが、この「楽園」に比較されるような最良の土地の中に、遊牧民とは異質の人々が住む「町々」がありました。ロトは、その町に心惹かれ、町の人々と共に住むためにソドムまで天幕を移しました。ソドムの住民は堕落して罪深い生活をしていました。「姦淫を行い、偽りに歩み、社会的不正義が支配していた」ことが、エレミヤ書23:14で言われています。

 主は、ロトが別れて行った後、アブラムに言われた。『さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見えるかぎりの土地をすべて、わたしは永久あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう。さあ、この土地を縦横に歩き回るがよい。わたしはそれをあなたに与えるから。』」(14~17節)   

  ロトが低地を選んで去った後、アブラハムは痩せた高地の「カナンの地」に住むことになりました。標高600~800㍍の山地です。彼には淋しさと不安があったと考えられます。うなだれて足元を見つめていたアブラハムに、「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい」と神様は言われます。先にシケムで約束された時は、カナン人の住む地をアブラハムの子孫に与えるという約束でしたが(12章7節)、今度は見える限りの土地をあなたとあなたの数えきれないほど多くの子孫に、永久に与えると約束されたのです。ロトが見渡して選んだヨルダンの低地をも含むものでした。アブラハムはその神の語りかけによって目を上げ、神様の約束を信じて立ち上がりました。

 アブラムは天幕を移し、ヘブロンにあるマムレの樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた。」(18節) 

  アブラハムは神の約束を信じたことにより希望と勇気を与えられました。アブラハムは、天幕の移住生活を始めます。ヘブロンにあるマムレの樫の木の所で天幕を張りました。ベテルからヘブロンまでおよそ50キロの旅でした。<マムレ>とは、ヘブロンの北5㌔の村落です。アモリ人マムレの支配地だったと想像されます。アブラハムはそこに、主のために祭壇を築き、主と交わる祭儀を行いました。アブラハムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教という三大宗教の始祖であり、「信仰の父」、「多くの国民の父」として崇敬されています。「地のすべての民族はあなたによって祝福される」(12章3節)という神の約束は、神がアブラハムを選んでくださったことによるものです。アブラハムから神に選ばれた民の歴史が始まるのです。

  アブラハムがカナンで実際に手に入れたのは、妻サラを葬るために購入したマムレの前の墓地でした(23章)。しかしアブラハムは、カナンという地上の限られた地ではなく、天の御国を受け継ぐ者いで生きる者とされたのです。

      マムレにある「マムレの樫の木」。ヒイラギのような葉のセイチ樫です。

           

 パレスチナ自治区の都市ヘブロンのマクベラの洞穴のあるアブラハム・モスク。                      アブラハムとサラ、イサクとリベかベカ、ヤコブとレア、三代の族長とその妻の6人が埋葬されています。

  

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