塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

妻が夫を支える時

2019-10-20 01:23:42 | 日記
 僕の周囲では結婚という制度に幻滅している人間が見られます。

 その多くは「妻」と呼ばれる存在なのですが、夫が喫煙や過度の飲酒、趣味に金をかけすぎる一方で、家事を全くしないことにいら立ちを感じているようです。

 一方でラグビー・ワールドカップでは、ある意味「定番」である

 「夫を支える妻たち」

 という特集が目立ちます。

 通常、食生活や睡眠などは選手本人が自覚せねばなりませんが、競技の場合はまず「妻」が率先して情報収集し、実践する向きがありますよね。

 そして多くの場合、彼女たちは学ぶことを「面倒」とは思わないわけです。

 恐らく、それは選手たちが冒頭であげた男性とは異なり

 「家でも練習場でもだらしのない生活を行わない」
 「常に自意識を維持してる」

 事があると感じます。

 サッカーでも選手たちは常にワールドカップ出場を目指し、時差の克服や様々な環境に耐えるためにドクターの意見を聞き、自費で栄養管理士を招くことさえあります。

 選手たちには広報や番記者など、身近にも女性は多くいるでしょうが、当然「妻」か「母親」が一番時間を共にしています。

 その女性たちからの信任を得るためには、丁寧なファン・プロモーション、集中して練習に取り組むことも必要ですが

 家でも怠けない姿
 自分を慕うファン、子供たちを丁寧に無空ける

 仕草が大切ですよね。

 だからこそ、妻たちはむしろ望んで積極的にサポートをし、結果的に記事に結び付く形になるのでしょう。

 明治乳業のR1、ヤクルトのテレビCMで小さいお嬢さんが台詞を言う場面があるように、夫を妻、子供がやさしい眼差しで見つめる光景は、今も昔も変わらない美徳に違いありません。

 その妻の笑顔を見るために夫が奮闘するという美徳は、価値観が変化してゆく昨今の中で、変化しない価値観であり続けるでしょうか。
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改めて感じる終身契約の中身

2019-10-20 01:06:37 | 日記
 ラグビー・ワールドカップで選手たちの足元を見ますと、アシックス、ミズノ、アディダスにナイキと、サッカーと同じ光景が確認できます。

 実はサッカー・スパイクはラグビーでも愛用されているそうで、だからこそ今回の大舞台でもおなじみの光景が確認できます。

 ですから、カンタベリーやマクロン、ル・コックなどラグビー・ジャージを仮にサッカー・ジャージに着替えたならば、そこにはサッカーの姿が見えてくるわけです。

 そのサッカー・スパイクは日々進化を遂げています。

 更に凄いのは、中村俊輔、遠藤保仁の両選手が、前者がアディダス、後者がアンブロと就寝契約を結ぶほど、密接な関係にあることです。

 アンブロはデサントが版権を持ち、アディダスは日本法人があるわけですが、企業であるいじょう業績やコンプライアンスの問題が浮上するリスクはあります。

 つまり東芝や住友銀行のように、商品や自分を担当する社員の問題では無く
 
 1・首脳陣の権力闘争で疲弊
 2・事なかれ主義による経営の傾き

 などで、財政が悪化する例はあります。

 そのような経営リスクはあくまで外的要因ですけれども、両選手が終身契約に納得しているという点は、アディダス、アンブロのいずれにしても、実に心強いに違いありません。

 日本では昔から

 「一寸先は闇」

 という格言があるように、契約やハンコを押すことを躊躇する土壌があると感じます。

 僕が選手なら、仮に終身契約を求められたとしても、まずは固辞するでしょうし、そもそも商売道具であるスパイクを一生彼らに任せるべきか、という迷いも浮かぶはずです。

 それでも終身契約を結ぶ形になったわけですから、ブランドとしてはそれだけで大きな価値があると言えますよね。
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