「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

紅美しき天女来たれり春の雷 佐々木博子 「滝」6月号<瀑声集>

2015-06-11 04:21:34 | 日記
 タイトルに「吉祥天女拝観」とある。仙台に来た奈良・薬
師寺の国宝を見ての吟詠だ。麻布に描かれた独立画像として
現存最古の彩色画を前に「美しき」と素直に表現するしかな
かったのだ。注目したのは「春の雷」。天女の姿を見た作者
の胸の内に春雷ということばが湧き上がってきた。展示会場
のあの閉塞した空間にいて、なぜ春雷が浮かんできたのだろ
う。そこを探るために作者の胸の内の「命の源」を遡ってみ
ることにしよう。生命を誕生させるためには、たくさんの有
機分子を用意し組み立てる必要がある。有機分子の中で最も
重要なものがアミノ酸。無機的な世界だったはるか昔の原始
地球に、何ものがどのようにしてアミノ酸を登場させたのか。
海中にはさまざまな化合物が不安定な形で溶け込んでいる。
その中には、アミノ酸の構成要素となるものも多く含まれて
いた。また、岩盤や大気も不安定だったため、噴火や雷など
がひっきりなしに起こっていた。原始地球上では放電、加熱、
撹拌、酸化、還元などの反応が四六時中、巨大規模で起こっ
ていた。そんななか雷光によって偶然アミノ酸が「合成」さ
れるような現象が起きた。生命を構成する原初の有機物であ
るアミノ酸は、雷のもつ放電エネルギーで生成されたと考え
られる。生命つまり生物の源を作ったのは雷なのだ。作者は
吉祥天女の御姿に命の源である雷を感じ取った。春の方角の
東を守るのは青龍。その龍は雷の光をもたらし豊饒の大地を
創る。雷を感じ取れたのは、作者の深い感動に天女の思慮が
及んだからだろう。(石母田星人)